第1話 揺れる日常
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
レンジャーベースの窓から差し込む日差しが、日陰と日向をくっきりと分けている。
スグルは日陰になっていた階段にどっかりと座り、デンリュウとヤドラン、ロトムと話していた。
「君たちに、話しておきたいことがあるんだ」
スグルは小声で言った。
デンリュウとヤドラン、ロトムはうなずいた。
「もう少ししたら、手持ちポケモンの5匹を、パートナーポケモンとしてここに呼ぼうと思ってる」
《そのポケモンたちって コナツみたいに すごくあたまいい?》
ヤドランが聞いた。
ヤドランは、ピンクの体を持つ、二足歩行のポケモン。身長は1.6mほど。間抜けな顔をしていて、尻尾に大きな巻貝がついている。タイプは、水・エスパー。
「どういうこと?」
スグルが聞いた。
《コナツって、わたしたちと ちがって もじを かいたり よんだり できるし、とけいも よめるロロ》
ロトムが口を開いた。
ロトムは、芽が出た玉ねぎのような形をしたオレンジ色の体を持ち、全身が白いプラズマで覆われたポケモン。身長は2ℓペットボトルほど。タイプは電気・ゴースト。
「そういうことか。僕の手持ちは――」
スグルは答えようとして口をつぐんだ。
廊下の向こうからツトムが現れた。
スグルは、ポケモンと話せることを同僚と上司に言っていなかった。
「お、スグルく~ん、ま~たホイホイしてる」
ツトムがニコニコしながら言った。
ツトムは20代の青年。ポケモンレンジャーで、栗色の縮れた髪と頬に広がるそばかすが特徴的だ。ロトムは彼のパートナーポケモンだ。
「昼飯食べた?」
ツトムが聞いた。
「食べました」
スグルが答えた。ツトムはオフィスに入っていった。
誰もいないのを確かめてから、スグルは答えた。
「僕の手持ちは賢いけど、コナツのように文字を読んだり書いたりできないよ」
《なんで コナツは あんなに あたまいいロロ?》
ロトムが聞いた。
「実は、コナツは元々イーブイじゃなかったんだ」
スグルは言い、コナツの正体をそっと教えた。
デンリュウとヤドラン、ロトムは息を呑んだ。
《なるほど……! でも、どうしてイーブイに?》
デンリュウが言った。
デンリュウは、黄色の体色が特徴的な二足歩行のポケモン。毛が抜けた羊のような姿だ。頭に二本の突起物があり、首と尻尾に縞模様がある。身長は1.4mほど。タイプは電気。
スグルは暗い顔で答えた。
「グレートスター団という悪の組織が、コナツをイーブイにしたんだ。奴らは伝説や幻と呼ばれるポケモンを利用して、世界を壊しかけていた」
この世界には、伝説や幻と呼ばれるポケモンがいる。強大な力を持ち、人前に姿を見せない者が多い。明らかになっていることが少ない珍しいポケモンでもある。
「まあ、僕とポケモン達が壊滅に追い込んだから、もう危険はないんだけどね」
スグルは微笑んで言った。
ヤドランとロトムは表情を明るくした。
デンリュウが神妙な顔で言った。
《ねえ、リトルキング。わたしも はなしたいことが ある》
ちょうどその時、物陰からコナツが現れた。
《スグルさん、パトロールの時間ですよ》
コナツが言った。
スグルははっとして、立ち上がった。デンリュウに詫びた。
「ごめん、後ででいいかな」
デンリュウは寂しげにうなずいた。
スグルはコナツとともに、レンジャーベースを後にした。
外は大気が、すん、と澄み渡るほどに晴れていた。そよ風が、スグルの少しうねりのある黒髪をなびかせる。スグルの肩に乗ったコナツが、気持ちよさそうに目を細めた。
スグルはノヴァ地方のアンレースタウンにあるレンジャーベースに配属された。もうすぐ1か月が経つ。
スグルは、ポケモンレンジャーとしての仕事にも慣れ始めていた。軽い足取りで歩を進める。
《リトルキングー!!》
スグルの後ろから声がした。デンリュウだった。
スグルは周りに人がいないことを確かめてから、口を開いた。
「どうしてここに?」
《さっきので、やっぱり はなしたくて きた》
デンリュウが真剣な顔で答えた。
「聞くよ」
デンリュウが口を開いたそのとき、スグルの頭に衝撃が走った。
サッカーボールがスグルの足下に落ちた。
「ごめんなさ~い!」
7歳くらいの少年が、ニヤニヤしながら現れた。
スグルはジンジンと痛む頭に顔をしかめ、サッカーボールを拾い、少年に渡した。軽く注意して、再び歩き始めた。
少年はヘラヘラしながら一同についていった。離れる気配はない。
《デンリュウ、よかったら私が話を聞くわ》
コナツが声を掛けた。
《いや、いいよ》
デンリュウは首を振った。
スグルは困った顔で、少年に言った。
「どうして、ついてくるの?」
「う~んとね、お兄ちゃんって俺んちのイワンコにそっくりだから、よく見ておこうとおもって」
「へー。君はイワンコと遊ぶ?」
「うん! でも、ぜんぜん懐かないの」
「賢いイワンコだ」
しばらく話した後、少年はスグルから離れた。しかし、少年が離れる前にデンリュウがレンジャーベースに帰ったため、スグルはデンリュウの話を聞くことができなかった。
パトロールを終えてレンジャーベースに帰ったスグルは、オフィスに行った。
自分のデスクに座ろうとしたとき、リーダーレンジャーのタケルがスグルを呼んだ。
スグルはタケルのデスクに向かった。コナツはスグルの肩から降り、スグルについて行った。
タケルはがっしりとした体格の男性。50代だが、どこか迫力があり老いを感じさせない。目尻が引き締まっていて、髪と地肌の境目が不自然だ。デンリュウは彼のパートナーポケモン。
タケルはいつものように無愛想な顔つきをしていた。スグルが目の前に立つと、赤ペンがびっしりと入った紙を見せた。
「なんだこの報告書は。明後日までに書き直せ」
「はい」
スグルは大人しく答えた。
タケルはオフィスを出ていった。
スグルは自分のデスクに戻ると、隣にいるツトムに話しかけた。
「ツトムさん、報告書ってどう書けばいいんですか」
ツトムは真顔で答えた。
「スグルく~ん、そういうのは自分で勉強するもんだよ」
「なんでもいいのでヒントをください」
「……資料室に、他の人が書いた報告書がある」
「分かりました。ありがとうございます」
ちょうどその時、タケルがオフィスに戻ってきた。
スグルはコナツとオフィスを出て、資料室に向かった。
途中で、スグルは足を止めた。コナツに小声で言った。
「資料室の鍵忘れた」
資料室の鍵はオフィスの中にあった。
スグルとコナツは、オフィスに戻った。オフィスに入ろうとしたとき、ドアの向こうからしたツトムの声で、動きを止めた。
「俺もスグルくんは悪い奴じゃないと思ってます。なんか緩い雰囲気ですし。でも、どんくさいなあと思います」
スグルはドアの隙間からそっと中を覗いた。ツトムが腕を頭の後ろで組んで、椅子の背に寄りかかっていた。
「どんくさいって、ツトムが言う? スグルくん、ちょっと可哀そうかも」
ミミカが訝しげに言った。
ミミカは、30代の女性。ポケモンレンジャーをしている。赤い縁の眼鏡が特徴的で、長い髪をバレッタでまとめている。ヤドランは彼女のパートナーポケモンだ。
「油断してると、スグルくんに追い越されるわよ」
メカニックのアンネが言った。アンネは20代後半の女性。赤毛を短く切りそろえ、油で汚れたつなぎを着ている。
「ぶっ!!」
突然、ミオが吹いた。さっと塞がれた口から笑い声がこぼれる。
ミオは茶髪をおかっぱにした、10代の女性。スグルより年上で、オペレータをしている。
ツトムは慌てた様子で言った。
「こらっ、ミミカさんとアンネさんはともかく、お前にまで笑われたら俺の立場がなくなるじゃないか!」
「だったらもっと頑張らないと。ね、ミミカさん」
アンネが楽しげに言った。
「ふふふ、そうね」
ミミカはうなずいた。
スグルはひそかにため息をついた。タケル以外の全員がスグルをくん付けで呼ぶという状況にうんざりしていた。
ミミカがタケルに聞いた。
「……ところで、リーダーはどう思いますか? スクール時代どんな学生だったのかとか、何かご存知ですか?」
タケルは少し間を置いてから答えた。
「私は大器晩成型だと思っている。友人に、レンジャースクールの教師がいるんだが、彼はこんなことを言っていた」
タケルは声色を変えて言った。
「淡々と、柔らかでありながら、強靭な芯を持ち、絶対に屈しない。いろいろと謎が多い子で、僕が分からないこともたくさんあるけど、少なくとも只者じゃない」
オフィスが、しん、と静まり返った。ミミカが沈黙を破った。
「一字一句覚えたんですか?」
「まあな。彼があんまり褒めていたから、つい」
スグルは口の端をわずかに上げた。そのとき、ミオが椅子から立ち上がり、ドアに向かってきた。
スグルとコナツは、さっとドアを離れ、しばらくしてからオフィスに入った。
スグルとコナツは資料室に行き、報告書を探した。
資料室は、多くの棚と床に積み重なった書類の束のせいで通路が狭かった。スグルとコナツはなかなか報告書を見つけられずにいた。
スグルがある机を通り過ぎたとき、ユニフォームの裾が資料の山にひっかかり、床に資料が散らばってしまった。
「ああっ、ごめん。コナツ、大丈夫?」
スグルは振り返り言った。
《大丈夫です。進化したほうがいいでしょうか?》
「いや、なにもしなくていい。僕が片付けるよ」
突然、資料室のドアが開いた。デンリュウがいた。
デンリュウが中に入ってきて、スグルに言った。
《リトルキング、いまいい? ……って、なにこれ?》
「気にしないで。話してよ」
スグルは促した。
デンリュウは真剣な顔で言った。
《ポケモンと はなせることを タケルたちに はなしてほしい》
「僕のような異端者を理解する人は本当に少ない。みんなに受け入れてもらうなんて無理だよ。そんな奇跡に賭けるより、適当に隠して平和に生きることが大事なんだ」
《そう、かなあ》
デンリュウはじっとスグルを見つめた。
「……考えておくよ」
シャンデリアの光が、優雅な子ども部屋を照らしている。
ブレーザ・グレートは、職人が手作業で作った特注のソファに座り、ダーツの投げ矢を投げていた。
ダーツの投げ矢が立派なからくり人形の目に刺さっていく。ブレーザが投げ矢を全て投げ終えたとき、人形の目が見えなくなっていた。
ブレーザは退屈で仕方がなかった。先日しったぱを愛用のおもちゃで拷問しているところを、父であるセイファート・グレートに見つかり、罰として部屋に軟禁されている。そろそろ部屋を抜け出したいと思っていた。
ブレーザは振り返り、入口付近に控えているスバルに目をやった。
スバルは、つい最近ブレーザのお付(仕え、用を足す人)になった執事だ。きりっとした顔立ちの青年で、年は23。静かな佇まいはほとんど空気と同化しているが、注目しても全くそつがない。表情は、他の二人の執事と同じくほとんどなかった。
ブレーザは、スバルがときおり見せる鬱屈した表情に関心があった。グレート家でいないことになっているシリウス・グレートが関わっていることを確信していたが、それ以上のことはどうしても分からなかった。
「スバル、こっちにきて」
ブレーザが言った。
スバルは短く返事をすると、ブレーザの近くまできた。
「どうなさいましたか」
スバルは言った。
「あの絵をとって」
ブレーザは、壁に飾られている小さな絵画を指さした。
「かしこまりました」
スバルは答えると、部屋の隅にある脚立を取りに行った。
ブレーザはからくり人形の目から、ダーツの投げ矢を1本抜いた。
スバルは、脚立を絵画の下に置き、登った。
ブレーザは、スバルが脚立の一番上に乗るのを見計らって、ダーツの投げ矢をスバルの首筋に目掛けて投げた。
スバルは脚立に乗ったまま、くるりと振り返り、ダーツの投げ矢を手でつかんだ。
ブレーザは心底驚き、歓声をあげた。拍手しながら、言った。
「すごーい! さすが、あの惨劇を生きのびただけあるね」
「毒矢を人に向けると、重大な事故に繋がる恐れがございます」
スバルは落ち着き払った声で言った。
「ざんねん! そのダーツに毒をぬってないよ」
「さようでございますか」
「うん。だから返して」
ブレーザはスバルに近寄り、手を出した。
スバルはダーツの投げ矢を、そっとブレーザの手に置いた。そして、体を壁に向け、作業を再開した。
ブレーザは、ポケットからモンスターボールを取り出し、投げた。
モンスターボールから、ジャローダが出てきた。
ジャローダは、葉っぱ色の体色を持つ、蛇に似た大型のポケモン。身長は約3.3m。胴体に黄色い唐草の模様があり、高い襟のようなヒレがついている。王族のような雰囲気が特徴的だ。タイプは草。
ジャローダが出てくるのと同時に、スバルはモンスターボールを投げた。
スバルのモンスターボールから、ラグラージが出てきた。
ラグラージは、楕円形の頭と、4本のたくましい足をもつポケモン。体色は青で、ヒレに似た突起物が、頭に2本、尻に1本生えている。身長は1.5mほど。タイプは水・地面。
「れいとうパンチ!」
スバルは鋭い声で指示を出した。
ラグラージは、れいとうパンチを繰り出した。右の前足に冷気とエネルギーをこめ、振り上げた。
ブレーザはダーツの投げ矢をラグラージの右の前足に投げた。ダーツの投げ矢は、前足に刺さった。
ラグラージは顔をしかめ、動きを止めた。
「リーフストーム!」
ブレーザはジャローダに言った。
ジャローダは体の周りに、鋭利な葉っぱを大量に生成し、ラグラージに飛ばした。
「かわせ!」
スバルは指示を出した。しかし、ラグラージは動かず、リーフストームを受け、戦闘不能になった。
ブレーザはニヤリとした。ダーツの投げ矢には毒を仕込んでいた。
「ジャローダ、スバルにまきつく!」
ブレーザが指示を出した。
ジャローダは、スバルに飛びかかった。スバルは抵抗したが、相手はポケモン。5秒と経たぬうちに、ジャローダに拘束された。
ぎりぎり、と締め付けられたのち、スバルは気絶した。ジャローダはスバルから離れた。
ブレーザはスバルを見下ろし、つぶやいた。
「楽しかったよ。惜しむらくは、けいけんが浅いということか」
ブレーザはタンスからガムテープと、縄とアイマスクを取り出した。ガムテープでスバルの口を塞ぎ、アイマスクをつけ、縄で手足を縛った。ラグラージは毒でしばらく動けないと判断し、そのままにすることにした。ジャローダをモンスターボールにしまい、部屋を出た。
ブレーザは誰もいない廊下を進み、ソンブレロの研究室に行った。研究室も、誰もいなかった。
「うそでしょ。……なんかつまんないな~」
ブレーザはため息まじりに言った。そして、周りを見渡し、近くにあった机を物色した。
ある引き出しの中に、小さな缶があった。缶の中にキャンディがあった。白い包み紙に包まれている。
ブレーザはソンブレロのキャンディだと確信した。目を輝かせ、2つキャンディをとり、ポケットに入れた。さらに、もう1つキャンディを取り、包装紙をとって口に放り込んだ。
ソンブレロの作るキャンディは絶品だ。まろやかな甘さと、なめらかな口どけ。時を優雅に変える素晴らしい芳香と、絶妙な酸味が全てを調和し、人間もポケモンもうっとりさせる――はずだった。
ブレーザが食べたキャンディは絶望的なほど苦かった。おまけに、強烈な悪臭が鼻を突き抜け、吐き気を催した。
ブレーザは涙をこらえ、ハンカチを取り出し、キャンディをハンカチに移した。
物陰からソンブレロが現れた。白髪交じりのひげを掻きながら、呆れ果てた顔でブレーザを見つめている。着ている白衣から水の入ったペットボトルを取り出し、ブレーザに渡した。
「ブレーザ様はもうすぐ6歳でございます。もう少々分別を身に着けていただきたいのですが……」
ソンブレロがしわがれた声で言った。
ブレーザは、ペットボトルの水を飲めるだけ飲んでから答えた。
「分別なんて自分できめるよ」
「もうすぐセイファート様がいらっしゃいます。部屋にお戻りになったほうがよろしいかと」
ソンブレロはにべも無く言った。
ちょうどその時、入口の引き戸がノックされた。
「ソンブレロ、入っていいか?」
セイファートの声がした。
ブレーザはソンブレロを懇願するように見つめた。ソンブレロはブレーザを見もせず、平然と言った。
「どうぞ、お入りください」
ブレーザは、慌てて机の裏に隠れた。
引き戸が開き、セイファートが研究室に入ってきた。ブレーザと同じように、瞳がライム色で、髪がグレーだった。服装は、白いワイシャツに、黒いスラックスだった。とても47歳には見えない。いつものように、鼻から下を布で隠していた。
「解析は進んでいるか」
セイファートが聞いた。
「はい。こちらをご覧ください」
ソンブレロは、机の近くにあるコンピュータを指さした。そして、こう付け加えた。
「壁画によると、アストライアの涙とアークツルスの剣は、確かにノヴァ地方に存在するようです。しかし、一つ問題が判明しました」
「なんだそれは?」
「アークツルスの剣を我々の計画に利用した場合、ノヴァ地方が壊滅する危険性があります」
「……ふふふ、そんなことか。微々たる問題だ」
ブレーザは、セイファートが自分の存在に気付いてないことに安心した。それから、周りを見渡し、引き戸の近くにある段ボールに目をつけた。その陰に隙を見て移動することにした。
「ところで、兵器の性能はどうなっている」
セイファートがさらに聞いた。
「一度に操れるポケモンは、杖は1匹、箒は3匹、水晶は10匹です。杖は全てのしたっぱが扱えました。箒も大部分のしたっぱが扱えます。しかし、水晶を扱える者は、我輩以外ではまだ見つかっていません。さらに、兵器は物理的に破壊されると効果がなくなります。また、操られたポケモンをレンジャーにキャプチャされることでもダメージを受けます。キャプチャされたポケモンの数が、一度に操れるポケモンの数と等しくなると兵器が壊れてしまうようです。例えば水晶は、操ったポケモンを10匹キャプチャされると割れました」
「ふむ、分かった。……ソンブレロ、昨日の新聞は読んだか」
「読みました。世間では、我々は魔法使い集団と呼ばれているようですね」
ブレーザは、引き戸の近くの段ボールの陰に向かった。無事、辿りつくころができた。引き戸に手を伸ばし、少しずつ引き戸を開けていく。
「兵器といい、服装といい。魔法使いにそっくりだからだろうが、もう少しひねりが欲しいところだ」
セイファートが苦笑しながら言った。
「兵器は別として、服装のデザインをなさったのはセイファート様でございますから、我輩はてっきりセイファート様が意図したことと存じていました」
「けっこう適当だったんだが。白いシャツと黒いズボン、茶色いブーツはいいとして、防寒着を黒いマントにしたのがいけなかったのだろうか」
「気になさらなくてもよろしいかと存じます。レンジャーの邪魔は厄介ですが、我々はレンジャーの目や人目の届かないところを発見しつつあります」
ブレーザは、やっと引き戸を自分が通れるくらい開くことができた。思い切って飛び出し、部屋の外にでた。そして、音を立てないようにそっと引き戸を閉じていく。
もう少しで完全にしまる、というところで、ブレーザは手を滑らせ、大きな音を立てて引き戸を動かしてしまった。
「おい、今の音は何だ!」
セイファートの厳格な声が、ほんの少し開いた引き戸から漏れた。
「機械のビープ音です。後で我輩が調べます」
ソンブレロの声がした。
「そうか」
セイファートの声がした。
ブレーザは引き戸を最後まで閉め、軽い足取りで部屋へと歩を進めた。
ある曲がり角を曲がった先で、ブレーザはスバルと出くわした。
「ブレーザ様!」
スバルは目を吊り上げ言った。
夜、セイファートがブレーザの部屋にやってきて、ブレーザを叱った。
「スバルを気絶させたそうだな。何をした?」
「お父様、そんな顔をしないでください。拷問はしていません。ぼく、いいつけどおり、ちゃんと執事を大事にしています。ちょっとしたイタズラだったんです。ポケモンの攻撃に反応できるのか試したくて――」
「試す必要などない。我がグレート家は、執事を0から育てている!」
「ごめんなさい。やりすぎました」
ブレーザはしおらしく言った。
「よろしい」
セイファートは言い、表情を緩めた。
ブレーザは申し訳なさそうな顔を保ちつつ、心の中で抜け出したことがバレていないことをほくそ笑んだ。そして、言った。
「あの、お父様、聞きたいことがあります」
「どうした?」
セイファートは優しい声で言った。
「シリウスお兄様はどんなかたですか?」
セイファートの顔から表情が消え、わずかに青くなった。
「誰から聞いた?」
「言いたくないです。言ったら、その執事をばっするでしょう? いやですよ、そんなの。ぼく、いいつけどおり、ちゃんと執事を大事にしたいので」
セイファートは口を閉ざした。
ブレーザは部屋に飾ってある、クエーサの写真に目を向けた。
クエーサはセイファートの妻で、ブレーザの母にあたる。少しうねりのある金髪が特徴的だ。
ブレーザは、セイファートからクエーサが行方不明だと聞いていた。
「お兄様はお母様似ですか? それともお父様似? それだけでも教えてほ――」
「あれのことは思い出したくない。それにもう死んだ! だからお前とは関係ない!」
セイファートの取り乱しようは、ブレーザが見たことないほどだった。