みんな大きな輪の中へ

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:10分
 夕日を背に、三人の音楽は始まった。楽器を取り出し、それぞれ思い思いの音を鳴らす。久しぶりの演奏ということで、カンを取り戻すまでにゆっくりと時間をかけているらしい。スターの耳にも、彼らの音が次第に良く変わっていくのが分かった。調子を取り戻したところで、ジャンが声をかける。
「よし、いつものヤツから始めよう」
「了解」
「うん」
 二人が頷くと、ジャンは一定のリズムを取り始めた。単純なパターンだが、それ故に印象に残るようだった。ヌーシュがそれに乗り、ギターをかき鳴らす。非常に開放的だ、と思った。荒々しくも楽しく、弾ける閃光ような力を周囲にまき散らしていくような曲だった。聞く者を吹き飛ばしてしまいそうな強い圧力が、スターの全身にのし掛かる。それに負けじと、足を踏ん張る。演奏者と聞き手が戦い合い、散らす火花に心が踊った。その中で歌うロマの旋律は、まるで音楽の中を踊っているかのようだった。
 戦いの一曲目が終わると、そのまま流れるように二曲目を演奏し始めた。ロマの独唱から始まる、スターが初めて聞いたあの曲だ。一つの流れを歌い上げ、後からヌーシュとジャンが息を合わせて始まる。この瞬間がなにより愛おしくなり、演奏中にも何度か思い出してしまう。だけど、この曲にそのシーンは最初の一回しかない。だからこそその一回が映えるのだ、と思った。
 気がつくと、横には知らないポケモンが立っていた。振り向くと、木陰にも様々な種族の影がちらほらと見受けられる。彼らの演奏を聴きに来たのだろうか。そんなことを思っていると、影たちは少しずつ前に現れ、各々が見やすい位置に陣取っていく。脇を通ろうとしたオオタチと目が合い、会釈したので、スターもそれに合わせた。やがて周囲はポケモン達でいっぱいになり、スターが立っている位置から動けなくなるほどだった。自分よりも前に陣取る者もいたが、彼らの演奏を見たい気持ちはよく分かるので、まあいいか、と気にしないことにした。それによって自分の視界が遮られることもない。高い背丈は自分だけの特等席だ。
 ジャン達は少しの間話し合い、それぞれの指慣らしを軽く行った。長い時間待った末に始まった三曲目は、今までの演奏とは大きく違っていた。明らかにカンを取り戻すための演奏から、明らかに集まったポケモン達に見せるための演奏に切り替わっている。三人の躍動は大きくなり、呼吸の重なりが更に緻密になっていく。その緊張と高揚を一切遮ることなく、四曲目に突入していく。
 五曲目が終わったあとの喝采は、凄まじかった。スターもその中に混じって、声を上げていた。ポケモンたちの声はしばらく鳴り止まず、三人も演奏するのを難しそうにしていた。この辺りが頃合いと思ったのか、ロマは全員で立ち上がり、彼らに手を振る。声は更に大きくなる。しばらくしてから手で彼らに静まるように合図すると、ほんの少しだけ静かになったような気がした。そして、ロマは大勢に向かって挨拶する。
「みんなありがとう! こんなにたくさん聞きに来てくれるなんて、嬉しいです。本当にありがとう。私たち、まだしばらくここにいるから、また明日も来てください、よろしくお願いします」
「あ、今日の演奏がいいなって思った方、何か食べ物とかくれると嬉しいです」
 ヌーシュが付け加えるように言う。
「それじゃ、次で最後です。聞いてください」
 そう言って、非常にゆっくりとした調子の曲を始めた。湖の底に沈んでいくような、あるいは星空の中を一人でさまようような、深い孤独を描いた曲だった。

 演奏終了後も、ずいぶんと長い間、三人は聞きに来てくれたポケモン達と話し込んでいた。夜も大分深まってきたはずなのに、周囲の興奮はいまだ醒めやらぬようだ。多くのポケモンが木の実を持ってきてくれたおかげで、しばらく食べるものには困らなさそうだ。むしろ、食べきれずに余らせてしまうことを心配しなければいけないほどの分量だった。
 最後の客を相手にしている頃には、スターはまどろみに襲われかけていた。同じ旅をする一員として、せめて先に眠りにはつくまいと、度々湖の水を飲んだりして時を過ごした。
「お疲れさま。もう眠くなっちゃったでしょ。水遊びしたあとのことだったし」
 ヌーシュが声をかける。
「はい。でもすごいですね。この森にこんなに色々なポケモンがいたなんて。みんな音楽が好きなんですね」
「そうだよ。集まったのは、みんな音楽が好きなんだ」
 柔らかい笑顔を浮かべるヌーシュ。
「でも、こんなに凄い方達の中に、僕が本当に入っていけるんでしょうか」
 改めて、自分の思いを打ち明ける。今、ヌーシュになら聞いてもいいような気がした。自分の中にため込んでしまうより、言ってしまった方がいい。
「僕、まだ何も演奏出来ないし、歩くのも遅いし、皆さんに迷惑かけてるんじゃないかと思うんです。いつか役に立たないヤツだって思われて、捨てられてしまうんじゃないかって思ってしまうこともあって」
 スターは言った。ヌーシュはスターの言葉が終わるのを待つと、少し考え込むような姿勢を取った。
「うーん、そうだねぇ」
 そう言うと、ジャンの方をちらと見る。二人とも、まだ観客と話し込んでいるようだった。
「本人の前ではあんまり言っちゃダメなんだけど、今はまだお客さんと喋ってるみたいだし、言ってもいいかな。ジャンさんのこと」
 ジャンさんの、と聞くと、そう、とヌーシュは頷く。
「昔からジャンさんってリズム担当で、凄く上手だったんだ。練習量も人より多くて。そういうところは僕もロマも尊敬してる。でも、周りの子達のことをバカにしてた。どうして自分と同じくらい練習しないんだろう、どうしてみんな上達する気がないんだ、って。そんな感じだったから、あまり周りと上手く行ってなかったんだ。それに加えて、音楽しかやってなかったから、運動は本当に苦手だった。長い距離を歩いたらすぐにバテて倒れちゃうくらいに、体力もなかったんだ。僕らはある程度の歳になったら、森を出て音楽活動の旅に出なければいけない。ジャンさんはそれを凄く嫌がってさ。森の中で自分のやりたい音楽だけをやっていられたらいいってゴネてたみたい。それと、今彼が叩いている箱みたいな楽器……カホンって言うんだけどね、あれは本当に持ち運び重視の単純な楽器で、故郷の森で演奏するときはもっとしっかりとしたセットを使うんだ。それが使えないことも辛かったんだろうね。
 それでも旅には出たんだけど、それじゃ何の役に立たないってことを思ったみたいで。旅の道中じゃ周りに迷惑かけるし、演奏も周りと気持ちの面で合わせられなくて、上手く行かないし。演奏が終わって、お客さんもジャンさん以外の子とばかり喋ってて。そうやって周りが楽しそうにしているのを見て、すごく悔しかったみたい。目の前に面白いものが転がってるのに拾いに行けないのは、ジャンさんにとって辛いことだったんだって。一度旅から帰ってきたら、人が変わったように色んな人と話をしたり、体力づくりに励んだりしてた。他の人の音楽も、良いところを見つけようとしてさ。それでも、最初の何年かは全然上手くいかなくて、旅に志願したけど熱出して途中で帰って来ちゃったこともあったな。でも、あんまり他の隊員に嫌われるようなことは無くなってたかな」
 しみじみと思い出すように、ヌーシュは話す。
「上手くいくようになるまでは、やっぱり時間がかかるものだと思うんだ。スターが僕たちと一緒に旅をしてるのも、つい最近のことだし。まだまだこれからだってことは、ジャンさんも分かってると思うよ。僕も、荷物持ってくれてるのは凄く嬉しいし、こうやって喋ってるのも楽しいから、スターにはまだまだ僕たちと一緒にいてほしいなって思うんだよね」
 あはは、と穏やかに笑うヌーシュに、ほっとした。ジャンもまた、上手くいかない自分に苦しんでいたことがあったのだ。きっと、ヌーシュにも、ロマにも、それぞれの形であったのだろう。
「今の三人で旅をするのはこれが四回目なんだけどさ、初めて旅をした時だったかな。たまたま他の森の音楽隊と出会って、演奏を聞かせてくれたことがあったんだけどね、僕らの知らない楽器もたくさんあって、それがまた素晴らしい演奏だったんだ。デスカーン……って言って分かるかな。黄金で出来た身体を持ってるポケモンなんだけど、それを上手いこと加工してスチールパンみたいにしててさ。ジャンさんがスターを誘ったのって、あの時の演奏に憧れてやってるところもあると思うんだよね」
「そうなんですか」
「あれは幻想的だったなぁ。会場の雰囲気とも凄くよく合ってて。スターにもいつか聞かせてあげたいよ」
 ヌーシュは楽しそうに話す。彼らが経験したことはとても魅力的で、いつか自分も出会えたら、と思うようなことばかりだった。
 気がつけば、ジャンもロマも眠ってしまっていた。結局、その日一番最後まで話し込んでいたのはスター達だった。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想