第5話 青空スクール

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 あっという間に、入学式から1か月経った。
 ある日の夜、その人は職員寮の一室にいた。床に座って、1枚の紙を読んでいた。

 青空スクール
 今年も卒業生が出前授業にやってきます。今回はビエンタウンのレンジャーベースから、ポケモンレンジャーが来てくれます。現役レンジャーの話を聞けるチャンス。ふるってご参加ください。*この授業は任意参加となります
場所  船出の広場、誓いのオブジェ前
日付  7月6日(土)
時間  14時から
服装  制服(私服厳禁)
 参加する生徒は、レンジャーへの質問を一つ考えてきましょう。
 
「レンジャーベース……、はて? あっ、思い出したぞ」
 レンジャーベースは、レンジャーユニオン本部から遠く離れた場所に置かれる、レンジャーのための基地。複数のレンジャーが常駐し、リーダーレンジャーが指揮を執っている。
 その人は、リーダーレンジャーのバロウが来ることを思い出した。これは簡単に思い出すことができた。朝のミーティングでラモが言っていたからだ。
 その人はポケットに手を突っ込み、大きいビー玉サイズのモンスターボールを取り出した。モンスターボールをソフトボールほどの大きさにし、頭上に放り投げた。
 モンスターボールは空中で開き、中からオーベムが出てきた。
 その人は、落ちてきたモンスターボールをつかみ、オーベムを呼んだ。
「来なさい」
 その人はオーベムを膝に乗せ、子どもに話しかけるような口調で言った。
「一週間後、青空スクールという特別な授業がある。ほとんどの学生と教師がこの授業に参加する。そこでだ、我輩はエアームドにアレを試そうと思う。手伝ってくれるか?」
「ベム」
 オーベムはうなずいた。
 独身のその人にとって、オーベムは家族のような存在だった。

 青空スクール当日の朝、スグルは図書室にいた。そこで、ポケモンを操る道具について調べていた。机に座り、ノートにメモを取りながら、本を読んだ。

ドカリモの音はポケモンを惑わせる。ドカリモに操られたポケモンは、キャプチャしても気持ちが伝わらない。しかし、ドカリモの音は人間と、操られる前にキャプチャしたポケモンには効果がない。

「操られる前にキャプチャしておけばいいのか……」
 スグルはノートにペンを走らせた。
 この日は土曜日で休日だった。スグルはいつものように私服を着ていた。
「なにしてるの?」
 リリがスグルに声をかけた。
 スグルは顔を上げた。リリの服装は制服で、右手首にスクール・スタイラーをつけていた。
「ドカリモとか、操りのコテについて調べてた」
「ノートに字がびっしり、すごいじゃない」
 リリは驚きのまじった声で言った。
「そんなことより、なんで制服着てるの? 今日土曜日だよ」
「青空スクールに参加するの。スグルは?」
「参加しない。任意だから」
「どうしてよ、現役レンジャーの話が聞けるチャンスなのに!」
 リリが声を大にして言った。
 周囲の視線が集まった。
 ここで、スグルは皆が制服を着ていることに気付いた。
「しーっ。僕はいいよ」
「えー、そうなのー? 一日体験とかはどうするの、希望どこにも出さないの?」
 一日体験とは希望を出した施設で仕事を体験する課外授業だ。
「どこでもいい。卒業したら働く場所はユニオンが決めるし」
「そういうことじゃないでしょ」
 リリが呆れた顔でスグルを見た。
「おー、勉強か。いいじゃねぇか」
 トウマが現れた。リーゼントにピアス、右手首にスタイラー。服装は制服だった。
「トウマ、スグルは青空スクールに参加しないんですって」
 リリは言った。
「えっ、ありえねぇ。なんで?」
 トウマは聞いた。
「現役レンジャーとは卒業したら嫌でも話すことになる。それに一日会ったところで、なにかが変わるわけないし」
「そういうことじゃねぇだろ。てかお前、ポケモンレンジャーのことあんまり分かってねぇだろ」
 トウマは突っ込んだ。
「みんな参加するんだから、行かないのはおかしいわ」
 リリが言った。
 スグルはトウマとリリに説得され、しぶしぶ青空スクールに参加することにした。

 13時ごろ、制服に着替えたスグルは、トウマ、リリと船出の広場に行った。
 途中、コナツが現れた。スグルの肩に飛び乗り言った。
《青空スクールですね》
「うん」
 スグルはぞんざいに答えた。
《私も一緒に行っていいですか?》
「好きにしていい」
 スグルとトウマ、リリ、コナツは船出の広場に着いた。誓いのオブジェの前に、人だかりができていた。一同はその中に入った。

 14時、青空スクールが始まった。
 参加した60名以上の学生は、誓いのオブジェの前に並んだ。
 学生達の前に、ラモとエリダ、アンリ、世話焼きおばさんが一列に並んでいる。
 誓いのオブジェの横に、ポケモンレンジャーがいた。服装は、黒いズボンと、白と黒のシャツと赤いジャケット。これがポケモンレンジャーのユニフォームだ。
 レンジャーは、黒い肌が特徴的な30代の男性。体格が良く、腕と足の筋肉が盛り上がっている。右手首にはキャプチャ・スタイラーがついていた。レンジャーの傍らにマクノシタがいた。
 マクノシタは、力士のような姿のポケモン。腕の先端が丸まっていて、頭部が巾着に似ている。タイプは格闘。身長は1mほど。
 ラモが口を開いた。
「皆さんそろったようなので、青空スクールを始めます。こちらはバロウさんです。このスクールの卒業生で、ビエンタウンのポケモンレンジャーです」
 バロウが学生達の前に進み出た。
「バロウだ! ビエンタウンのレンジャーベースで、リーダーレンジャーをしている。よろしくな。そしてこいつが俺のパートナーポケモン、マクノシタだ」
 マクノシタは両手を振った。
 マクノシタが手を下ろした後、アンリが言った。
「それでは青空スクールの名物、恐怖の質問攻めコーナー! 質問スタート!」
 ちょうどその時、スグルはマクノシタと目が合った。
《リトルキング!》
 マクノシタは声を張り上げ、笑みを深めた。スグルに駆け寄り、足に抱きついた。
「どうした!?」
 バロウは素っ頓狂な声を漏らした。
 バロウの近くにいた女子学生が、スグルを指さした。
「バロウさん、あの子、スグル君っていうんですけど、ポケモンホイホイなんです」
 バロウは、確認を求めるようにラモを見た。
「スグル君はポケモンに好かれる体質です」
 ラモが穏やかに言った。
「おい、スバメも来てるぞ!」
 ある男子学生が叫び、向こうを指さした。
 場にいる全員の視線が、こちらに向かう6匹のスバメに移動した。
 スバメは(つばめ)にそっくりな鳥ポケモン。タイプはノーマル・飛行。大きさはバスケットボールくらい。
 学生達は好奇心に満ちた表情をしていたが、スバメ達が近くに来るころには、不安げな顔になった。
 6匹のスバメは、険しい顔をしていた。目つきを鋭くし、脇目(わきめ)も振らず、スグルに迫っていた。
 エリダがスクール・スタイラーをスバメに向けた。同時にバロウもキャプチャ・スタイラーをスバメに向けた。
 キャプチャ・スタイラーは、正規のポケモンレンジャーが使うスタイラー。白いリングに、赤くて四角い本体が乗っかっている。
《かれらに おそういしは ない!》
 マクノシタが大きな声で言った。
 バロウは突き出した右腕を元に戻した。エリダも同じようにした。
 スバメ6匹はスグルの近くに降りた。
 1匹のスバメが息を切らしながら言った。
《おうさま、オーベムをつれた へんなひとが でた。エアームドがたいへん!》
 6匹のスバメが同時に言った。
《はやく こっちに!》
 マクノシタは心配そうな顔でスグルを見上げた。
《おれも いこうか?》
 スグルの肩に乗ったコナツが、マクノシタの横に飛び降りた。
《マクノシタ、他の人が来ると余計ややこしくなるの。あなたが行けばバロウさんも来てしまうわ》
 コナツが説明した。
 スグルは小さくうなずいた。
《わかった》
 マクノシタは気が進まない様子で言った。
 スグルはコナツが肩に乗ってから、駆け出した。
「おい、どこに行く!?」
 バロウが聞いた。
 スグルは動きを止め、言い放った。
「用事です!!」
 スグルはその場を離れた。
 スグルの後を、6匹のスバメとトウマ、リリが追った。
《がんばってー!》
 マクノシタが声援を送った。
《こっちだ》
 1匹のスバメがスグルの前に出て、案内を始めた。
 誓いのオブジェから十分に離れたとき、スグルが口を開いた。
「君以外は、あっちの大人を監視して欲しい。お願い」
《はい!》
 5匹のスバメが、船出の広場に引き返した。

 スバメは、スグルを校庭の南西にある森に案内した。
 森に入ってすぐ、トウマが口を開いた。
「何があったんだ?」
「凶悪犯が現れた。エアームドが大変らしい」
 スグルは早口で答えた。
 それから少し進んだあたりで、スグルは変な音に気付いた。
 耳を突き刺すような嫌な音が鳴り響いていた。
《くぎゅう》
 スバメがぽとりと、地面に落ちた。
 スグルは頭が痛くなり、めまいがした。ドカリモの音ほどではないが、苦しかった。
 トウマは、よろけたスグルを支えた。
「どうした? しっかりしろ」
 リリはスバメを抱き上げた。
「大丈夫? もしかして、この音のせい?」
 コナツはスグルの肩から降りた。
《スグルさん、行けますか?》
「行くしかないだろ」
 スグルはふんばって立った。
 突然、音が止まった。
「今だ」
 スグルは音の方へ走った。
 ほんの少し進んだ先に、大きな花畑があった。
 一同はその手前で、様子を見た。
 花畑の中央に、人とオーベムがいた。人は黒いフード付きのマントで身を包み、顔に白いお面をつけていた。
 中央の人物は、ラルトスがテレパシーで伝えたその人だと、スグルはわかった。
 その人の前に、地面に倒れたエアームドがいた。その人の腕には、スクール・スタイラーに酷似したものがついていた。
「マジかよ」
 トウマは小さく絶句した。
 リリは地面にそっとスバメを置き、花畑に進み出た。
「待て」
 スグルは鋭く呼び止めた。
 リリは止まることなく、その人の前に立った。右手の人差し指を、ピシッとその人に向けた。
「エアームドになにをしたの、答えなさい!」
 その人はなにも言わず、リリの顔を見つめる。
「凶悪犯のくせに、スタイラーを持つなんて許せない!」
 リリはその人を(にら)んだ。
 スグルとトウマ、コナツも花畑に飛び出した。
「貨物船もヒトカゲも、あなたが――」
 スグルは後ろからリリの口を塞いだ。
「静かに」
 スグルはぴしゃりと言った。
 リリは口を閉じた。
「言いたいことはそれだけか」
 その人が、変声機で加工したような声で言った。
「飛び上がれ、エアームド!」
 その人は高らかに言った。
 エアームドはゆっくりと立ち上がった。飛び上がり、スグルの方を見た。
「キーン!」
 エアームドが大きな声で鳴いた。
「何つった」
 トウマが聞いた。
「わからない、操られてる!」
 スグルは間髪入れず答えた。
 その人は冷酷に言い放った。
「エアームド、そこの3人を襲え!」
「キキーン」
 エアームドが3人に迫った。
 スグルとトウマはスクール・スタイラーをエアームドに向けた。
「キャプチャ オン!」
 スグルとトウマが同時に声をあげ、ディスクを放った。
 2つのディスクがエアームドに近づき、爆発した。
 ちょうどその時、スグルとトウマのスタイラーが大きな火花を散らし、黒い煙を出した。
 スグルはここで、同じポケモンを複数人でキャプチャするとスタイラーが壊れることを思い出した。
「何やってんだよ!」
 トウマがスグルに顔を向け怒鳴った。
「よそ見するな!」
 スグルが鋭く叫んだ。
 トウマは顔を前に戻し、息を呑んだ。
 エアームドが、スグルとトウマまで十数mのところに来ていた。
 リリとコナツは横に飛び退いた。スグルは、硬直したトウマを力一杯横に押し、トウマの反対側に飛んだ。
 トウマとリリ、コナツはエアームドの攻撃をかわすことができた。スグルは間に合わず、エアームドの翼が左腕にかすった。エアームドの鋼の翼は、スグルの制服を切り裂き、皮膚にまで達した。スグルの左腕から血が噴き出た。
 エアームドは3人の間を抜けると、その人の前に降りた。
「ははは、無様(ぶざま)だ」
 その人は笑った。
 リリはスクール・スタイラーをエアームドに向けた。
「私が相手よ」
 リリはまっすぐに、エアームドを見た。
「……ほう、面白い」
 その人は鼻で笑い、言った。
「やれ」
「キーン」
 エアームドは飛び上がった。
「さらばだ。今だ、テレポート」
 その人がオーベムに指示を出した。
 オーベムはテレポートを繰り出した。その人とオーベムの姿が一瞬にして消えた。
「キャプチャ オン!」
 リリはディスクをエアームドに放った。
 エアームドはリリへ飛んだ。翼がエネルギーを帯び、銀色に輝いた。
 スグルは、はがねのつばさ、という技だと気付いた。
 エアームドはリリに当たる直前で向きを変え、翼がリリにぶつかるようにした。
 リリは高くジャンプし、攻撃をかわした。その間、ディスクでエアームドを囲む。
 スグルは、血が滴る左腕を右手で押さえながら、リリのキャプチャに舌を巻いた。トウマは青ざめた顔で座り込んでいる。
 エアームドは、天高く飛び上がると、つばめがえしを繰り出した。素早く身をひるがえし、リリに向かって、凄まじい勢いで急降下した。
「でんこうせっか!」
 スグルはコナツに指示を出した。
 コナツはでんこうせっかを繰り出し、目にも止まらぬ速さでリリの近くに行った。
「まもる!」
 スグルはすばやく指示を出した。
 コナツは、まもるを繰り出した。コナツの周りに緑色のバリアーが現れた。
 エアームドはバリアーにぶつかる直前で向きを変え、トウマへ向かった。
「なに!?」
 スグルは判断に迷った。トウマを守りたいが、左腕はまだ血が止まらない。覚悟を決め、右手を左腕から離し、トウマのところに走った。
 トウマは、両腕で顔を覆った。
 スグルは間に合わなかった。エアームドはトウマのすぐ手前で止まると、トウマの右腕をつかみ、そのまま上に飛んだ。トウマは左手でエアームドの足をつかみ、ぶら下がった。
「うわあぁぁ!」
 トウマは悲鳴をあげた。
 エアームドは、トウマを持ったまま飛んだ。
「降ろしてえぇぇ! 助けてえぇぇ! 怖いよおぉぉ!!」
 トウマは泣き喚いた。
「トウマ!」
 リリは取り乱した。ディスクがエアームドから離れていく。
 スグルはリリのところに走り、冷静に言った。
「リリはエアームドをキャプチャするんだ。トウマは、僕とコナツが助ける」
 リリは落ち着きを取り戻した。右腕を動かし、ディスクをエアームドに向かわせた。
 スグルはコナツに言った。
「エーフィに進化だ!」
 コナツは白い光に包まれた。光は元の2倍の大きさに膨らみ、消えた。エーフィに進化したコナツがそこにいた。
 エーフィは、紫の体毛をもつ4本足のポケモン。イーブイより二回りほど大きい。細くしなやかな体形で、二又に分かれた尻尾が特徴的だ。耳は大きく、付け根から下に体毛が垂れ下がっている。額に赤い結晶がついている。タイプはエスパー。
 リリのディスクがエアームドに追いつき、エアームドを囲み始めた。
 エアームドは動きを止め、リリを見た。いわなだれを繰り出した。
 エアームドの周りに、たくさんの大きな岩が現れた。そのすべてがリリに降り注いだ。
 リリは疾走して岩をかわし、エアームドをディスクで囲んだ。
 岩は地面に落ちて消えた。消える度に、エアームドは岩を生成し、リリに落とした。
 エアームドは落ちる岩と岩の間を飛んだ。リリはエアームドの動きに合わせてディスクを動かし、囲み続けた。しかし、それは長く続かなかった。
 ディスクがある岩にあたり、弾き飛ばされた。ディスクは何度も岩にぶつかり、地面に落ちた。落ちてすぐ、ディスクは岩に潰された。岩が消えると、粉々になったディスクが残った。
 リリが予備のディスクをスタイラーにセットしたとき、リリのスタイラーが火花を散らし壊れた。
 ここで、いわなだれが止まった。
「シャドーボール!」
 スグルはコナツに言った。
 コナツはシャドーボールをエアームドに放った。闇色の玉が、エアームドの足の付け根に当たった。
「キンキー!」
 エアームドは苦しそうに鳴き、トウマを放した。
「サイコキネシス!」
 スグルが指示を出した。
 コナツはサイコキネシスを繰り出した。トウマは空中でピタリと止まった。そして、スグルの方に引き寄せられ、スグルの手前に、ふんわりと着地した。
「すまねぇ……うっ」
 トウマは右腕を左手で押さえ、顔をしかめた。
 スグルは、トウマに隅へ避難するよう言い、リリのところへ走った。コナツはスグルに続いた。
「さがってて」
 スグルはリリにきっぱりと言った。
「どうするつもり?」
 リリは心配そうに言った。スグルは答えた。
「ポケモンバトルで、エアームドを倒す」
 スグルは、コナツにエアームドを攻撃させ、動けなくするしかないと考えた。
「そんな……」
 リリは悲痛な声で言った。
 スグルがコナツに指示を出そうとしたとき、どこからか声がした。
「キャプチャ オン!」
 バロウだった。傍らにマクノシタがいる。
 バロウが放ったディスクは、エアームドを囲み始めた。
 スグルとリリ、コナツは隅に避難した。ちょうどトウマも避難していた。
《スグルさん、エリダ先生が》
 コナツが目線をそらした。
 コナツの視線の先に、エリダがいた。エリダは花畑に進み、呆然(ぼうぜん)とエアームドを見た。
「エアームド!」
 エリダは沈痛な面持ちで叫んだ。
「なにが起きてる?」
 スグルはつぶやいた。
《調べます》
 コナツは森の中に消えた。
 エアームドはディスクを振り切きるように、凄まじい速さで飛んだ。
 ディスクはエアームドの動きに合わせ、軌道を変え、エアームドを囲み続ける。
 エアームドは、いわなだれを繰り出した。落ちる岩と岩の間を飛ぶ。
 バロウは岩をかわしながら、ディクスでエアームドを囲んだ。バロウがかわしきれない岩を、マクノシタが壊した。
 数分後、ディスクの描くラインが太くなり弾けた。エアームドは攻撃を止め、ぼんやりとした顔で空中に止まった。
 ディスクがバロウのキャプチャ・スタイラーに戻った。
「キャプチャ完了。エアームド、こっちに来い」
 バロウが太い声で言った。
 エアームドはバロウの前に降りた。
 スグルとトウマ、リリ、エリダはエアームドに駆け寄った。
「スグル、その怪我は?」
 エリダは険しい顔で、スグルの左腕を見た。
「エアームドにやられたようだな」
 バロウは、エアームドの翼に目をやった。翼の先端が血で赤くなっていた。
 エアームドは愕然(がくぜん)とした顔で、翼を見た。
《おれが、おれが、おうさまを……》
 スグルは左手でエアームドの翼を撫でた。
「もう血は止まりました。傷は大したことありません。それに、エアームドは悪くないんです」
 ここまで言って、スグルは言葉に詰まった。どうやって操られていたことを証明すればいいのか。
 トウマが口を開いた。
「エリダ先生、エアームドは操られていたんです。そうだよな、エアームド」
《そうだ! ちくしょう、ちくしょう……もっとおれが つよければ》
 エアームドは悔しげにうなずいた。
 リリも、語気を強めて言った。
「エアームドが私達を襲うなんて、ありえません! なにかあったんですよ」
「どうやら、そのようだな」
 バロウは張り詰めた表情で言った。スグルとトウマ、リリに目を向けて、言った。
「俺が来る前になにがあったのか、話してくれ」
 トウマが話をした。スバメが案内した場所に、黒いマントに身を包み、白いお面をつけた人がいたこと。その人がオーベムを連れていたこと。その人がスクール・スタイラーにそっくりな機械を右手首につけていたこと。その人の指示でエアームドが襲ってきたこと。全員キャプチャに失敗したことを簡潔に説明した。
「スクール・スタイラーだと!?」
 バロウは眉間にしわを寄せた。
「はい、確かにあれはスクール・スタイラーでした」
 トウマは真面目に言った。スグルとリリもうなずいた。
「となると、そのスタイラーでエアームドを操った、ということか……。ドカリモの次はスタイラーときたか……」
 バロウはつぶやいた。エリダに体を向け、言った。
「エリダ先生、これはレンジャーユニオンと警察に通報するべきです。まず今から、私が調査したいのですが、よろしいでしょうか?」
「お願いします」
 エリダは答えると、ポケットに手を突っ込み、モンスターボールを取り出した。
「エアームド、あなたは休んでなさい」
 エリダはエアームドをモンスターボールにしまった。
 スグルがバロウに聞いた。
「どうしてここに来たんですか?」
 バロウはマクノシタを見た。
「こいつが案内してくれた」
《ごめんなさい》
 マクノシタは視線を下に向けた。バロウが説明を加えた。
「お前らがスバメと一緒にどこかに行ってから、しばらく経って、マクノシタが突然校庭の方に走って行ったんだ。これはなにかあると思って、エリダ先生と一緒に追いかけた。校庭に上がってから、どこからかスバメが現れてマクノシタを案内しだした。スバメとマクノシタを追ううちにここに来た」
 バロウは周囲を見回し、言った。
「あれ、スバメのやつ、どこ行った……?」
 スグルは、マクノシタの前でしゃがみ、微笑んで言った。
「ありがとう、助かったよ」
 マクノシタは顔を上げて、明るい顔になった。
 バロウはキャプチャ・スタイラーを操作し、スタイラーに向かってしゃべった。
「ボイスメール! ボイスメール! こちらバロウ。レイコ、聞こえるか」
「リーダー、どうしました?」
 バロウのキャプチャ・スタイラーから女性の声がした。
「スクールに怪しい人物が現れ、エアームドを操った。俺はしばらくスクールに残って調べる。クラムとラクアに帰りが遅くなると伝えてくれ」
「了解」
 女性の短い返事が響いた。
 バロウは通信を切った。
 正規のレンジャーが使うキャプチャ・スタイラーには、スクール・スタイラーにはない機能がついている。ボイスメールはその一つで、仲間のレンジャーやオペレータと連絡を取り合うときに使う。
 エリダが口を開いた。
「私達は校舎に戻りましょう」
 スグルとトウマ、リリ、エリダは校舎に戻った。
 道中、スグルはトウマとリリに言った。
「青空スクールに行ってよかった。僕、一日体験はビエンタウンのレンジャーベースを希望するよ」

 スグルとトウマは、リリと分かれ怪我の手当をした。それから、職員室へ向かった。壊れたスタイラーは職員室で交換することになっている。
 廊下ですれちがった学生が、スグルとトウマになにがあったのか質問した。その度に、二人はごまかした。
 スグルとトウマが職員室に着くと、世話焼きおじさんが二人を奥の戸棚のところに案内した。戸棚は木製で錠がついていた。
 世話焼きおじさんは、鍵を使って錠をとり、木製の戸棚を開けた。中に透明なケースに入ったスクール・スタイラーがたくさんあった。
「ひどそうだね」
 世話焼きおじさんは不安げな顔で聞いた。戸棚の奥からチャック付きの袋を2つ取り出した。
 トウマが答えた。
「平気です。右腕を捻挫(ねんざ)しただけです。俺より、こっちの方が酷いです」
 トウマは暗い顔でスグルの左腕を見た。制服が破れ、そこから下が血で染まっていた。血は乾き始めていて、少し茶色くなっている。
 スグルは気楽に言った。
「包帯巻いたし、もう痛くないです。――それより、リリは来ましたか?」
「さっき来たよ。確か彼女は、エアームドをキャプチャして壊したんだってね。二人は?」
 世話焼きおじさんが言った。
 トウマが落ち込んだ声で答えた。
「俺とスグルが、一緒にエアームドをキャプチャして壊しました」
「そうなの? 気にすることないさ、誰だってするミスだから。スクール・スタイラーは、キャプチャ・スタイラーより壊れやすいんだ。キャプチャ・スタイラーだったら少し一緒に囲んでも壊れないよ」
 世話焼きおじさんは励ました。
「じゃあ、壊れたスタイラーもらうね」
 世話焼きおじさんはスグルとトウマから壊れたスクール・スタイラーを受けとると、一つ一つ丁寧にチャック付きの袋に入れた。
「なんですか、その袋?」
 スグルが聞いた。
「壊れたスクール・スタイラーは、ユニオンが回収することになってる。いくら学生用とはいえ、模造されたら大変だ。実際10年ほど前、ゴーゴー団はスタイラーを悪用してポケモンを操った」
 トウマはゆっくりとうなずいた。
 スグルはなんの話かわからなかった。

 スクール・スタイラーを新しくしたスグルとトウマは、廊下で話をした。
「俺いったん寮に戻るけど、お前はどうする?」
 トウマが聞いた。
「僕は図書室に行く」
 スグルは答えた。
「何すんの?」
「ゴーゴー団について調べようと思って」
「だったら、ちょうどいい本知ってるぜ」

 スグルはトウマと図書室に行った。
 トウマはスグルを奥の本棚に案内し、一冊の本を取った。パラパラとめくり、あるページをスグルに見せた。
 スグルは本を受けとり、該当する箇所を読んだ。

……ゴーゴー団とは、かつてフィオレ地方で暗躍した悪の組織である。スタイラーの模造品を利用しポケモンを操った。ゴーゴー団の目的は、ポケモンレンジャーの信用を無くし、新たな救世主になることだった。そのために伝説のポケモンを操った。彼らに災いを起こさせ、自分達が災いを沈めたように見せかけようとした。
彼らが始めに行ったのは、シンバラ教授が開発したスーパー・スタイラーを盗むことだった。スーパー・スタイラーは誰でも簡単にキャプチャできるようにプログラムした試作品のスタイラーである。……

「シンバラ教授?」
 スグルは本の後ろを開き、索引でシンバラを探した。
「残念ながら、この本に詳しい説明はないと思う」
 トウマは銀縁眼鏡をくいっと持ち上げた。
「シンバラ教授は、レンジャーユニオン技術最高顧問。スタイラーを開発した凄い人だ」
「へぇ」
 スグルは本を読み進めた。ゴーゴー団は10年前レンジャーユニオンに解体されたこと、この事件が三大事件の一つだということがわかった。ふと、トウマを見ると悲しい顔をしていることに気付いた。
「どうしたの、なんかさっきから変だよ」
 スグルは聞いた。
 トウマは沈黙し、か細い声で答えた。
「俺のせいで、こんなことに……」
「気にしないで。あれくらい、どうってことないよ」
 スグルは労わるように声をかけた。トウマの顔はブルーのままだった。
 スグルは制服の左袖をまくり、包帯で巻かれた部分を出した。包帯をほどき、傷口をトウマに見せた。
 トウマはうろたえたが、すぐに間の抜けた表情に変わった。
 スグルの傷口はすっかり塞がり、ほぼ治っていた。
「だから元気だして」
 スグルは言った。
「いやいや、血ぃ噴き出ただろ! ポケモンじゃあるまいし、ありえねぇよ!」
 トウマは声を張り上げ突っ込んだ。
 スグルはトウマの顔が明るくなったことに安心した。 
 スグルが包帯を片付け、左袖を元に戻したとき、リリが本棚の陰から現れた。右手首に ピカピカのスタイラーをつけていた。
「みーつけた、探したわ。なにしてたの?」
 リリが聞いた。
「ゴーゴー団について調べてた」
 スグルが答えた。
 ちょうどその時、イーブイの姿をしたコナツが現れた。
《スグルさん、聞き取り終わりました》
 コナツはスグルの肩に飛び乗った。
「もしかして、コナツ?」
 リリは驚いた様子でコナツを指さした。
 トウマはぎょっとした顔のまま、銀縁眼鏡をくいっと持ち上げた。
「一度進化したポケモンは退化できないんだぜ」
 スグルは声を潜めて説明した。
「イーブイはもともと多くのポケモンに進化できるポケモン。コナツは自分の意思一つで進化したり、退化したりできる。進化できるポケモンは、シャワーズ、サンダース、ブースター、エーフィ、ブラッキー、リーフィア、グレイシア、ニンフィア。ただし、進化すると30分間は退化しかできなくて、他のポケモンに進化できない」
 リリとトウマは、まじまじとコナツを見た。
《あの、話したいのですが……》
 コナツが戸惑った顔で言った。
 リリとトウマはコナツの顔を見ると、さっと離れスグルに背を向けた。
 リリは振り返ってスグルに軽くウインクし、トウマは左手の親指を立ててスグルに見せた。
 トウマとリリが見張りを始めてから、スグルはコナツに話を促した。
 コナツは説明を始めた。
《エアームドは、日中凶悪犯を見つけたと言っていました。彼はスバメ達に伝令を頼み、凶悪犯を捕まえるべく戦いました。すると、凶悪犯はポケモンを苦しめる怪音波を出しました。エアームドの動きを鈍らせながら、スクール・スタイラーのような機械をエアームドに向け、ディスクにそっくりな物体を放った。エアームドはディスクに囲まれてから後の記憶がないそうです》
 スグルはうなずいた。コナツは説明を続けた。
《スバメ達についてですが、スグルさんが監視を頼んだ5匹によると、ラモ校長、エリダ先生、アンリ先生、世話焼きおばさんに怪しい動きはなかったそうです》
 コナツは説明を終えると、走り去った。
 トウマとリリがスグルに近寄った。
「何だって?」
 トウマが聞いた。
 スグルはコナツから聞いた話を小さな声で説明した。
 トウマがひそひそと話した。
「スクール・スタイラーでキャプチャできるのは、エリダ先生とクリアン先生とキャプス先生だ。エリダ先生はスバメの話もあるし、自分のポケモンを操るわけないから違う。クリアン先生は、犯人の可能性が皆無に等しかった。つまり、凶悪犯はキャプス先生ということになる」
 リリは息を呑み、驚愕(きょうがく)した顔でトウマを見つめた。今にも泣きそうな声で言った。
「キャプス先生が、そんな、ウソよ……」
 トウマは険しい顔で言った。
「キャプス先生は、手持ちのピカチュウが話さない秘密がある。それに、事件が起こってからずっと職員寮に泊まっている。次期校長といわれるくらいだから、色々な情報も得られるだろう」
 スグルは静かに言った。
「これは命がけのミッションだ。希望的観測ではなく、現実を直視しなければならない」
 リリは声を殺して泣いた。涙が、リリの頬をつたった。

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