Mission #145 正念場(前編)

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それから二日後、アカツキとムックは若葉色の制服に身を包んだレンジャースクールの生徒たちに取り囲まれ、期待に満ちあふれた視線を一身に浴びていた。

(う……なんかすごくやりにくい……)

よく言えば純粋な期待感に、悪く言えばあからさまな期待感を余すことなく向けられて、さすがのアカツキもこの時ばかりは笑みを引きつらせていた。
ムックはあまり気にしていないようだったが、アカツキはこれほどたくさんの人間から『期待』だけを向けられたことがなかったので、戸惑いを隠せずにいた。
しかしながら、目の前にいる後輩たちの気持ちは、アカツキがスクール在籍時に抱いたものと同じだ。
自分も青空教室の時、ホンモノのポケモンレンジャーになんとも言えないすごい期待を向けていた。

(クラムさんも、今のぼくと同じような気持ちになったのかな……?)

寒いジョークでラクアと彼女のパートナーポケモンであるミーナの不興をよく買っていたクラムも、青空教室で将来のポケモンレンジャーたちを前にした時、今の自分と同じ気持ちになったのだろうか?
今となっては確かめることすら恥ずかしくなるようなことだったが、あまり人前に立つことに慣れていないアカツキには考えるだけ詮無いことだった。
そうして戸惑っている間にも、時計の針は一秒ごとに進んでいて、青空教室の開始時間である十時を迎えた。
ちょうど十時になったところで、ぱんぱん、と手の叩く音がした。
生徒たちは一斉に視線をアカツキからアンリに移した。
ついでにアカツキも彼女の方を見やると、何が楽しいのかニコニコ笑顔で手を叩いていた。

「はい、みんな。それでは青空教室を始めますよ。
今日来てくれたのは、レンジャーユニオン本部で働いているポケモンレンジャー……アカツキ君です。
みんなからすると二期前の先輩になります。歳は同じくらいだから、気兼ねなくいろんなことを質問してね」
『は~い!!』

生徒たちも高まる期待を抑えきれないのか、むやみやたらと元気に返事をしていた。
その様子を見て、アカツキはこんなことを思った。

(うわあ……すごくやりにくそう)

別に自分があがり性だと思っているわけではない。
ただ、こうもあからさまに期待されるというのが初めてで、どう対処していいのか分からないのだ。
まずはポケモンレンジャーに対する質問攻めから始まる青空教室。
よほど変な質問でも飛んでこなければ、大丈夫だろう。慌てず騒がず、普通に受け答えすればいい。
無論、ヤミヤミ団に関することはある程度ぼかして答えるつもりだが。
もう一度自分の役割を思い返したところで、アンリが小さく頷きかけてきた。

「ではアカツキ君、簡単に自己紹介をお願いします」
「あ、はい……」

再び生徒たちの視線がアカツキに集まる。
レンジャースクールの生徒たちにとって、いくら歳が近いといっても、ポケモンレンジャーは憧れの存在だ。
崇拝とまでは行かなくても、不動の地位を築き上げた戦隊モノのヒーローと同じくらいと言ってもいい。

(みんな楽しみにしてたんだ。その期待を裏切っちゃまずいよな……)

青空教室は、レンジャースクールの生徒がホンモノのポケモンレンジャーと触れ合える数少ない機会。
その機会を無駄にしないよう、勉強する気満々なのだ……だからこそ期待されている。
自分もかつては期待していた側だったし、彼らの気持ちが分かるからこそ、期待を裏切るわけにはいかないと強く思う。
こうなったら、惰性でもなんでもいいから、始めてしまうのが一番だ。
大きく息を吸い込んで呼吸を整えてから、アカツキは生徒たちに小さく会釈した。

「初めまして。レンジャーユニオン本部で働いてるアカツキです。
このムクバードはぼくのパートナーポケモンのムックです」
「ムクバーっ♪」

彼の紹介に合わせて、ムックが翼を大きく広げ、一つ大きく嘶いた。
今の今までどこか無表情で愛想もなく、黙りこくっていたムクバードが声を発したこともあって、生徒たちは驚いたが、すぐに好奇心に満ちた視線をムックに向け始めた。

「…………」

一声発しただけでここまで好奇心の塊を向けられるとは……
ムックは唖然としたような顔を見せたが、アカツキはそんなことに構わず、言葉を続けた。

「今日はみんなの将来に役立てられるような青空教室にしていきたいと思うんで、よろしくお願いします」
『よろしくお願いしま~す!!』

柔和な人柄が言葉や表情から伝わったらしく、生徒たちははちきれんばかりの笑顔でぺこりと頭を下げた。
場の雰囲気が一気に和んだところで、アンリが笑顔で生徒たちに話しかけた。

「恒例の質問攻めコーナーを始めますよ。質問は一人一回、挙手をしてから行うこと。
それじゃあ、開始っ!!」
『はいはいはい!!』

彼女の言葉が終るが早いか、生徒たちが次々に挙手した。
まるで親鳥に餌をねだる雛鳥のような光景だったが、アカツキは彼らのひたむきで貪欲でまっすぐなその視線を受けて、感慨深げにスクールの生徒だった頃を思い返していた。

(ぼくも、クラムさんが来た時はこんな風にしてたんだよな……)

スクールの生徒だった頃は、将来に対する不安もなくて、ポケモンレンジャーになるために頑張ることばかり考えていた。
挫折らしい挫折がなければ、辛いことも悲しいことも考えずにいられた。
夢を叶えることにまっすぐで、それ以外は目に入らなかっただけかもしれない。
だが、今にして思えば、それがとても幸せなことなのだ。
もうあの頃には戻れない。
ポケモンレンジャーの制服に袖を通し、スタイラーを手にした以上は。

(でも……あの頃はそう考えてた。不安なんてなかったし……もしかして今のぼくは、余計なことを考えてるだけなのか?)

やらなければならないことと、叶えたい夢。
それだけ考えていたから、余計な感情は抱かずに済んでいた。環境的に恵まれていたことを差し引いても、ただ前だけを見ていた。
生徒たちのひたむきな姿を見て、今はキャプチャに対する恐怖や将来への不安を忘れて、将来のポケモンレンジャーのために全力で自分にできることをしようと思った。
そんなアカツキの考えの区切りを待つように、ちょうどいいタイミングで質問が飛んできた。
いかにも活発そうな顔つきで、体格にも恵まれた生徒だった。

「アカツキさんはどうしてポケモンレンジャーになったんですか?」
「子供の頃に、ポケモンレンジャーに助けてもらったことがあるんだ。
それで、その時に助けてくれたポケモンレンジャーがすごくカッコよくて、ぼくもそんな立派な人になりたいなって思ったのが始まりだったんだ」

アカツキは投げかけられた質問に笑顔で答えた。
子供の頃、森で迷子になっていた自分とヒトミをチコレ村まで送り届けてくれたポケモンレンジャーの立派な姿は、今でもまだ脳裏に焼き付いている。
当然だ。夢を描くきっかけをくれた存在のことをそうそう忘れられるはずがない。

「……って、そんな感じです。答えになったかな?」
「はい、ありがとうございます!!」

ポケモンレンジャーを志そうとする理由は人それぞれだ。
アカツキのようにポケモンレンジャーの姿に憧れて……という子は多いだろうし、それ以上に誰かの役に立ちたいとか、自然を守りたいという理由を第一に挙げる子も中にはいるだろう。
質問に答えた後で、アカツキはふと思った。

(……ぼくも、そういう理由でポケモンレンジャーになりたいって思ったんだな。
なんか、ちょっとだけ忘れてた気がする。
当たり前だって思って、今まで見つめなおしたこととか、なかったな)

自分がポケモンレンジャーになったのは、助けてくれたレンジャーへの憧れからだった。
ポケモンレンジャーになりたいと思って猛勉強を重ねてスクールの入学試験を通過し、こうして今、ポケモンレンジャーとして働いている。
一年近く前の初々しい気持ちを失ったとは思っていない。
ただ、いろいろとありすぎて、思い出すにはちょっと時間がかかりそうだ。
そんなことを考えていると、すぐさま次の質問が飛んできた。

「ポケモンレンジャーになって変わったことってありましたか?」
「うん。スクールの生徒だった頃って、そんなにいろいろと考えなくてもよかったけど、ポケモンレンジャーになってからは地域のポケモンのこととか、配属されたところの周囲の地理とか、覚えなきゃいけないことがたくさんあったから、ちょっと大変だったかな」

レンジャースクールの生徒と、ポケモンレンジャーとの違い。
立場が違うからいろいろと違うのは当然だが、何よりも責任の度合いが違う。
ポケモンレンジャーは給料をもらって働いている、いわゆるプロだ。
それゆえに、レンジャースクールの生徒に貸与されている練習用のスタイラーと違って、ボイスメールやGPS機能が付与されたスタイラーを扱うことを許される。
アカツキにとって給料云々は二の次で、ポケモンレンジャーとして働くことに意義がある。
実際、給料は銀行口座に振り込まれているのだが、一度も手をつけたことがない。手をつける暇がないのだ。
休暇を申請しようと思えば、無茶な範囲でなければだいたい問題ないし、欲しいものだってチコレ村の母親に頼んで買ってもらうことができる。
どうしようもない言い方をすれば、給料云々は忘れてしまっているのだが……
ともあれ、レンジャースクールの生徒からポケモンレンジャーになった時は、いろいろと責任の重さを痛感したものだった。
その時のことを思い返しながら答えると、質問を投げかけてきた生徒は『そうなんだ……』と言いたげな表情を浮かべた。
ポケモンレンジャーになることだけ考えて、将来への不安など一度も考えに及んだことがなかったのだろう。
それは仕方のないことだし、アカツキだって無駄に不安がらせたいわけではない。
だから、こんな言葉を付け足した。

「だけど、みんなはまだどこに配属されるか決まってないわけだし、今から不安に思うことなんてないんだよ。
どこに配属されてもちゃんとポケモンレンジャーとして働けるように、ちゃんと勉強していけば大丈夫」

アカツキはレンジャースクールの入学試験を受ける前に猛勉強して、アルミア地方の地理や棲息するポケモンのことを頭に叩き込んでいたからいいものの、全員が全員、そこまでやっているわけではない。
それでも、入学から三ヶ月後にはポケモンレンジャーとして各地のレンジャーベースに派遣されることから、スクールでは現地で働くのに必要な技術や知識を徹底的に教えてくれる。
だから、不安に思うことなどない。
アカツキの言葉に、質問してきた生徒は痞えが取れたようにホッと一息ついた。
スクールの生徒とポケモンレンジャーの違いを本当の意味で理解していないようではあったが、その一端でも垣間見ただろう。
不安に思うのは後でいい。今はポケモンレンジャーになるためにできることをやっていけばいいのだ。
続いて、質問が飛んできた。

「ポケモンレンジャーになって良かったって思う時って、どんな時ですか?」
「そうだなあ……月並みなことだけど、人やポケモンから感謝の言葉や気持ちを受け取った時かな。
ぼくは自然や平和を守りたくてポケモンレンジャーになったから、誰かに感謝されるのなんてそんなに意識したことはなかったんだけど、それでもやっぱりありがとうって言われるとうれしくなるんだ。
ぼくのやったことで誰かが幸せになれるんだったら、ポケモンレンジャーになって良かったって思うんだよ」

本当に月並みなことだ。
特別なことなんて求めたりしない。
そもそもポケモンレンジャーとは誰かに感謝されるためになるような職業ではない。
むしろポケモンを身近に感じなければならない分、警察などよりもよほど危険な位置づけと言ってもいいだろう。
だから、本当にポケモンレンジャーになって良かったと思うのは、自分のしたことで人やポケモンが仲良くなれたり、幸せになれたような姿を見た時だ。

(ヤミヤミ団の貨物船からポケモンたちを助けた時なんてそうだったよな……ゴーリキーはぼくのこと最初は信じてくれなかったけど、後で力を貸してくれたし)

ユニオン本部へ配属される少し前に遂行したミッションは、特にそうだった。
助けなければならないポケモンを助けただけだが、危険を冒してまで自分たちに力を貸してくれた。
これぞレンジャー冥利に尽きると言わんばかりの状況は何度も経験してきたが、そのたびに頑張ってきて良かったと素直に思える。
今の自分は、そんなところをちゃんと考えているのだろうか?
自信を取り戻して、これからちゃんとやっていけるようにしなければならない。
そのことにばかりとらわれて、本当に抱かなければならない気持ちを忘れてはいないだろうか?
不意に、誰かに問いかけられているような気がした。
生徒たちが投げかけてきた質問は、かつての自分がポケモンレンジャーにしていたものと同じだ。
彼らと同じことを考えていたあの頃。
今はポケモンレンジャーとして考えなければならないことを考えている。
立場が違うのだから、考え方が異なるのは当然のことだし、あの頃と同じ考え方では先には進めない。
だけど……

「…………」

なにやら考え込んでいるようにも見えるアカツキを、アンリはじっと見つめていた。
生徒たちの手前、不安などの感情は表に出さないよう努めているのだろうが、何年も教卓で生徒たちを指導して、人を見ることには自信のある彼女の目をごまかすことはできない。

(本当に、ポケモンレンジャーになっていろいろと考えなければならないことが増えたって顔をしているわ……)

スクールの生徒だった頃からマジメだったが、今も変わっていない。
それが取り柄なのだから、そうそう簡単に変わるべくもないのだが、マジメな性格が逆に命取りになるような状況は存在している。
もしかしたら、そんな状況を経験してきているのかもしれない。
生徒たちと同い年か一つ年上のはずだが、そうは見えないほど、アカツキの表情はどこか大人びていて、憂いを帯びているように思えた。
そうこうしているうちにさらに質問が飛んだ。

「ユニオン本部の前はどこのレンジャーベースにいたんですか?」
「ここから一番近い、ビエンタウンのレンジャーベースに半年くらいいたんだ。
みんなの中に一日体験学習で行くことになる人もいるかもしれないけど、すごくいいレンジャーベースだったよ」
「どうして本部に異動になったんですか?」
「上の方の人が、本部でいろいろな経験を積んだ方がいいって判断してくれたらしくて、それで異動になったんだ」
「アルミア以外の地方のミッションって受けたことはあるんですか?」
「ううん、まだないよ。もうちょっと経験積んでからの方がいいみたい」
「将来はトップレンジャーになりたいって思いますか?」
「あんまりそこまでは考えたことないんだ。ぼくにできることをちゃんとやっていくのが先だと思うからね」
「スクールにいた頃はどんな感じだったんですか?」
「普通だったと思うよ。みんなと同じくらい」

次々と投げかけられる質問を、アカツキは一つ一つ丁寧に答えていった。
質問攻めコーナーとは良く言ったもので、生徒たち全員(一クラス十五名)の質問をなんとか切り抜ける。

(ぼくたちがやった時って、ここまではなかった気がするけど……)

そもそも、自分たちが青空教室でポケモンレンジャーに質問した時は、途中で緊急のミッションが入ってそこで終了してしまったのだ。
その時と比べて圧倒的に長く感じられるのは至極当然のことだった。
質問が一区切りついたところで、アンリが全員の顔を見回した。次のコーナーに移る絶好のタイミングと思っているようだ。
手を叩き、先へ進めようと言葉を発した――その時だった。

「みんな、ポケモンレンジャーのことについて少しは分かりましたか?
それじゃ、次のコーナーに行きましょう。次は……」
「ムクバーっ!!」

何の前触れもなく、まるで進行を遮るようなタイミングでムックが東を向いて声を張り上げた。

「……!?」

アカツキは突然のことに驚きながらも、半ば反射的にムックの視線を追いかけ――はたと気づいた。
貨物船の突撃を受けて壊れたままの桟橋にトレジャーボートが横付けされ、そこから黒ずくめの男が二人、どこかふてぶてしい表情と物腰で上陸してくるのが見えた。
二人して脇にノートパソコンのようなものを大事そうに抱えている。

(ヤミヤミ団!? なんでこんなところに……!? しかもモバリモまで……)

ついにレンジャースクールにまでヤミヤミ団が現れたのか。
否――すでにレンジャースクールにはヤミヤミ団が現れていた。
レンジャースクールの教師としてレンジャーユニオンに潜入していたミラカドだ。
だが、彼が去ったこの場所に、ヤミヤミ団が必要としているものはないはずだ。
それなのに、どうしてここにやってきたのか。
あれこれと考えが脳裏を過ぎるが、アカツキはアンリが上げた声にハッと我を取り戻した。

「みんな、校舎に避難しなさい!!」
「そう言わずに遊んでくれよ、姉ちゃんよ~」
「そうそう。せっかくこんなとこまで来たんだからさ」

生徒たちは避難訓練でも受けているのか、アンリの言葉に従い、一糸乱れぬ動きで校舎の方へと駆けていく。
一方、アカツキは彼女とヤミヤミ団の二人の間に割って入った。

「ヤミヤミ団、ここに何の用だ!?」
「ポケモンレンジャーかよ……ついてねえ」
「いや、相手は一人だ。こっちにゃこれが二台もあるんだから余裕だろ」
「そりゃそうだ」
「……っ!!」

ヤミヤミ団の二人は、ポケモンレンジャーが一人しかいないことから、数の優位を確信しているらしかった。
その証拠に、それぞれ脇に抱えていたパソコンを展開させる。
貨物船でミラカド率いるヤミヤミ団の団員たちが使っていた、ドカリモをコンパクトにした後継機『モバリモ』だ。

(もしここのポケモンたちが操られたら……)

船出の広場には、状況を理解していないと思われるポケモンたちが歩き回っている。
ビッパやピチュー、スボミーたちなら、よほど大勢でかかられない限り、ムックの敵ではない。
だが、アカツキはポケモンレンジャーだ。ポケモントレーナーと違い、実力行使で事態を打開してはならない。

(キャプチャで元に戻すか、ムックでモバリモを破壊しなきゃいけない。
でも、キャプチャは……)

ムックに指示を出して、モバリモを壊してしまえばいい。
そう思ったが、ヤミヤミ団の二人はポケモンレンジャーを警戒して、すぐさまモバリモを起動した。

ぎゅいぃぃぃぃぃぃぃん……

耳障りな音が周囲に広がっていったかと思えば、辺りをのんびりと歩き回っていたポケモンたちの様子が変わった。
見えない糸に引っ張られたように一様にこちらを向き、ふらふらと頼りない足取りで向かってくる。

「ムック、モバリモを壊すんだ!!」
「ムクバーっ!!」

ポケモンたちのキャプチャは、モバリモを壊せなかった時の手段だ。
それに、キャプチャしたところで一定時間が経過すれば再びモバリモの影響下に置かれてしまうのだ。
ポケモンたちをモバリモから解放するには、モバリモを壊すしかない。
ムックがヤミヤミ団に向かって突撃したが、モバリモの前にさっと小さな影が割って入った。

(ピチュー!? そうか、電光石火で……)

その正体が五体のピチューだと分かった瞬間、アカツキはムックに出した指示を取りやめた。

「ムック、ストップ!! ピチューに危害を加えちゃダメだ!!」
「ムクバーっ!?」

危害を加えなくても何とかなると思っていただけに、ムックはアカツキの指示に驚きを隠せなかった。
それでも何かしらの考えがあるのだろうと、ピチューの手前で方向転換し、距離を取った。

(ピチュー、操られてるんだ……)

モバリモの音波が強すぎるせいか、ずいぶんと辛そうだ。
身体はふらふら左右に揺れ、目も虚ろ。

(あの場所に居続けられたら、いくらムックでもモバリモだけを狙って壊すのは無理だ。
……キャプチャ、するしか……)

今は電光石火が使えるピチューだけがモバリモの前にいるが、このまま放っておいたら他のポケモンまで集まってきて、収拾がつかなくなる。
モバリモは複数のポケモンを操ることができるのだ。
ドカリモより強力なことを考えれば、レンジャースクールの半島に棲むポケモンたちのほとんどが影響を受けていることは間違いない。
そうなると、一刻の猶予もない。

(でも、キャプチャは……)

ここに来て、キャプチャへの恐怖がぶり返してきた。
相手はピチューなのに、ルカリオがいるような錯覚を覚えてしまう。

(やらなきゃダメなのに……!!)

逃げたくない。
やらなければならないことがあるのに。
ともすれば逃げたくなってしまう気持ちを、アカツキは苦渋に満ちた表情で処理するしかなかった。
その様子を、アンリが離れたところからじっと見ていた。

(……大丈夫。君なら大丈夫よ。自分の強さを信じて)

たぶん、放っておいても大丈夫。
もし無理なら……その時は自分がやればいい。
以前はポケモンレンジャーだったので、キャプチャの腕には覚えがある。
今はアカツキに任せるしかない。
生徒たちは……

(避難しろと言ったのに、あんなところにまだ……)

校舎に避難したはずの生徒たちが、広場と校舎前の広場をつなぐ階段の上の方にいる。

(確か、ドカリモとかモバリモって、半径五百メートル圏内のポケモンに影響を及ぼすって……それだと、戻るに戻れないわ)

一喝してやろうかと思ったのだが、以前聞いたヤミヤミ団の兵器の情報から考えると、避難した先が安全とも限らない。
それなら一箇所に固まってもらった方が安全だろう。
生徒たちは不安げな視線をアカツキとヤミヤミ団に向けていた。
ヤミヤミ団の存在はニュースでも取り上げられているし、レンジャーユニオンが総力を挙げて戦っている組織なのだから、いずれは自分も……と考えている生徒だっている。

(……やるしかないのよ。みんなのためじゃない。あなた自身のために)

ここが正念場。
アンリは優しくも厳しい視線をアカツキに据えたまま、事態を見守ることにした。






To Be Continued...

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