『片翼のレジェンド』の番外編ですが、これだけでも読めると思います。たぶん。
「少し待っていてください」と言われたのは確かである。
「少し」とやらが人によって随分違うことも確かであった。
だから、数分はその場で様子を見て……まったく自分の「少し」でなさそうだったので、彼女はサファリゾーンの中を見てみることにした。
ナゾノクサ。ドードー、ドードリオ。ゴマゾウがころころと転がっていき、遠くの草むらからキリンリキが顔を出す。
平和だな、とシェーリは思った。前にここにきたのは、旅の途中、ここから集団で脱走したドンファンをまとめて捕獲した時だ。あの時は職員もポケモンたちも随分殺伐としていた……。今回もここから脱走したらしいポケモンを送り届けにきた、というのは変わらないが、園内の雰囲気はだいぶ変わって見えた。
シェーリの足元では送りとどけにきた二匹のピカチュウがちょろちょろとしている。メスのピカチュウが抱えているのは卵。間違っても引っかけないように意識の端で気にしていると、ピカチュウたちは草むらに頭から突っ込んでみたり、知り合い……なのだろうか? のポケモンと挨拶を交わしていたり、不意にシェーリの足にひしっとしがみついてきたり。実に自由である。足にしがみついてきた時にはたたらを踏み、頭をわしわし撫でてやった。危ないだろう。
気ままに園内を散策しているとくわあとあくびが漏れた。
つられるように、足元でも。おお、三連続。
今日はサファリゾーンがあるこのエリアでは冬とは思えないほど暖かい。何より太陽の光がぽかぽかと午睡を誘っている。シェーリはくるりと頭を動かし、近くにちょうど良さそうな原っぱを見つけた。
うん。あそこなら日当たりも良さそうだし、手続きが終わり、サファリゾーンの職員が探しにきてもすぐに見つかるだろう。
短く生い茂った草むらはちょうどいいクッションだ。シェーリはぽすりと横になった。
各々ピカチュウたちも丸くなる。ころり、と卵がふるえたのに一度だけ目を開け、シェーリはそのまま昼寝した。
ひやり、冷たい風がほおをなぶった。
おかしいな、と頭の片隅で思った時。
「ぴ、ちゅ!」
ぺしん。
元気のいい声がして、ほおに何かが当たった。
ぱちりと目を開けると――視界いっぱいに、黄色い影。
「…………」
「ぴーかー」
「ぴかちゅ?」
「ぴちゅ!」
「ぴかちゅ」
「ちゃー……」
いや、待て。今なんか一つ違った。
いやいや待て待て。なんだこの状況は。
「…………」
「ぴかっ!?」
「ぴっ!」
むくりと起き上がるといつの間にか体の上にいた黄色い何かがいくつか転げ落ちた。気持ちよく眠っていたらしいそれらは、急に起こされて怒ったようにこちらに何か言ってきている。いやいやいや、勝手に乗ってきたのはそっち……。
「ぴちゅ?」
「…………」
二匹のピカチュウとつかの間の昼寝を楽しんでいたはずだ。
二匹のピカチュウと、いやもっと詳しくいうならプラス一つの卵と、になるが、とりあえず、シェーリの知っているピカチュウは二匹だけだったはずなのだ。
なのだ、が。
「……増えた」
ぼそりとこぼしたシェーリは、この状況――つまり、二匹だったはずのピカチュウがいつの間にか周囲に山のようになって一緒に眠っていたという状況をよく理解できてなかった。
しかも。
「ぴちゅー!」
「…………」
夢か。夢なんだろうな。
ピカチュウたちを撫でてやった時よりこころもち優しく自分を起こした黄色を撫でたシェーリは、そのまままたぽすん、と草むらに横になった。
「……眠い」
よってきた温もりを懐に抱えて、シェーリはもう一度瞼を閉じた。
結論から言えば夢オチじゃなかった。
次に目が覚めたのは夕暮れ時。周囲でゴソゴソと動く音、やたらと多いピカチュウたちの鳴き声に目を開けたシェーリは、たっぷり一分は自分の腕の中にいるピチューを見て思案した。が、「ぴかちゅっ!」「ぴーぴかー!」といつの間にか周囲に集まっていたピカチュウたちがどんどん解散していくにつれ、残ったピカチュウ二匹の手の中に卵は抱えられておらず。
つまり、そういうことなのだろう。
「…………」
どう説明したものか。ありのままに言っていいのだろうか……。
生まれたばかりのピチューを眺めつつ、シェーリはそんなことを考えていた。
……あまりにすやすやと気持ちよさそうに眠るピチューに、起きるに起きれずにいたのだ。
(……さすがにもう、『少し』は過ぎているだろうな……)
おまけ。
「シェーリさん。シェーリさーん!? 手続き、終わりましたよー!」
サファリゾーンの外に出てしまった二匹のピカチュウとともにやってきた少女を探す職員は困惑したように辺りを見回した。「近くにいる」と言ったはずの少女の姿がどこにもない。まさか奥まで入り込んでしまったのだろうか?
「だ、だとしたら大変だ……!」
彼女はサファリゾーンの入場者に配られる自分の居場所などがわかる端末を持っていないのだ。遭難していたら一大事である。
慌てて事務所に引き返した彼は、知らない。
「近くにいる」という言葉通り遠くにはいかなかった少女が陽気に誘われて彼のすぐそばの原っぱで昼寝をしていたことを。
そして、仲間のピカチュウと少女の不思議な雰囲気に誘われたサファリゾーンのピカチュウたちが彼女のそばで黄色い団子のようになっていたため、昼寝していた少女が見えなくなってしまっていたことを……。
すわ遭難か!? という知らせを受けて慌てて探しに出た職員たちも、誰一人としてきもちよさそーに眠るピカチュウたちの輪に近づかなかったため、少女が自分で起きてくる夕暮れ時まで非常警戒が続くことも、この時は誰も知らなかった。
おわる!