Mission #143 変わりたい気持ち(前編)

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「ブイは……?」

翌朝、アカツキは目を覚ますなり、ブイの姿が見えないことに気づいた。
昨日ほど悲観的な考えは抱いていないものの、自分自身にすっかり自信がなくなってしまったことに変わりはない。
ブイを捜して室内を嘗め回すように見渡すと、窓が開いていることに気づいた。

「散歩……? でも、窓が開いてる……」

窓を開けた覚えはない。
ムックが開けたのかと思ったが、いくら器用でも翼だけではスライド式の窓を開けることはできないだろう。
それに、扉には鍵がかかっているのだ。
誰かが入ってきて窓を開けたなんてことはないし、逆に窓の外から誰かが開けたとも考えにくい。
そんなことがあれば、ムックとブイが確実に反応している。
争った様子もないし、余計腑に落ちないのだが……

「もしかして、ブイがここから? でも、なんのために……?」

散歩でもしているのだろうか?
窓際に歩み寄り、窓から顔を出して外の景色を見やる。
風が少し冷たいものの心地よくて、思わずうっとりしそうになる。
だが、ブイの姿は見当たらない。
アクアジェットなどの技を用いれば、短時間なら空を飛び回ることもできるのがブイゼルという種族のポケモンだ。

「……どこか行っちゃったのかな?」

ブイはムックほどドライではないが、時には気分転換をしたいとも思うのだろう。
アカツキはそう考えて気楽に構えていたのだが、夕方になっても戻ってこなかったため、さすがに心配になった。

「ブイ、どこに行ったんだろう……戻ってこないなんて」

夕陽が差し込む室内で、アカツキはひたすらブイの帰りを待っていた。
いつブイが戻ってきてもいいように開けっ放しにしていた窓からは少し冷たい風が吹き込んできて、肌寒さを感じる。
ムックはさほど心配していないのか、鷹揚に構えている。
ブイなら大丈夫だから心配するなとアカツキに語りかけてきているようですらあったが、そんな悠長には考えていられない。
……今のアカツキには、ブイが自分の傍を離れた――ここを出て行ったのだということは分かっていない。
増してや、ブイが何を想い、何を考えて彼の傍を離れることを選んだのかも。






それから一時間が経ち、二時間が経ち……窓の外は夜の帳が降りて、星が瞬く夜空へと表情を変えてもなお、ブイは戻ってこない。
そこでようやく、アカツキはブイが自分の傍を離れてしまったのではないかと思い始めた。

「ブイ、出て行っちゃったのかな……」

ムックよりも繊細で心配性なパートナーだ。
今の状況に耐えられなくなったとしても不思議はない。
それに……

「ぼくのこんなみっともないとこ、見るの嫌になって当然だよ」

恐れる必要がない時さえも恐れを抱いて、何もできない自分。
ムックもブイも、ビッパやピチュー相手にキャプチャの練習をしようとして何もできなかったアカツキの姿をしっかり見ているのだ。
そんな、ポケモンレンジャーとしてどうしようもなくみじめな姿を見て、嫌になったのかもしれない。
ムックほどドライに割り切れる性質ではない……それはアカツキにだって分かっていることだった。
だからこそ、余計にそう思えてならない。

「ぼくがしっかりしてたら……ブイは出て行かなかったかもしれない。
しっかり……してたら……」

自分のせいだ。
自分のせいで、ブイが愛想を尽かして出て行ってしまった。
ブイはここを出て行く時に、何を思ったのだろう……?
そう考えると、自分の不甲斐なさが嫌で嫌でたまらなくなる。

「逃げたくないって……逃げられないって分かってるのに、なんで逃げちゃうんだ……」

アカツキは壁に額をつけ、握り拳で何度も壁を叩いた。
周囲の迷惑などどうでもいい。
もっとも、彼の状態を慮ったハーブは、周囲に誰もいない場所を用意していたので、多少暴れた程度では迷惑などかからないようになっているのだが。
アカツキが壁を叩く音で目が覚めたムックは、彼の様子を見てすぐさま駆け寄って声をかけたが、聴こえていなかった。

「逃げたくない、逃げたくないんだよ……ぼくはポケモンレンジャーをこれからも続けてくって決めたんだ。決めたんだから……っ」
「ムクバーっ……!!」

パートナーポケモンが愛想を尽かして出て行くのは当然かもしれない。
あれから何日過ぎたか分からないが、ずっとふさぎ込みっぱなしだった。
逃げてはいけないと、逃げ続けることなんてできないと分かっていながらも、キャプチャに対する恐怖心を言い訳にして向き合ってこなかっただけだ。
そうと分かっていながら向き合ってこなかった自分自身のバカさ加減に苛々して、アカツキは何度も何度も壁を殴りつけた。
歯を強く噛みしめ、気づかないうちに口の中に血の味が広がっていて。知らないうちに目から大粒の涙がこぼれていて。
何に対する悔しさかも、何に対する悲しさかも、よく分からなくなっていく。
それくらいどうでもよかった。
パートナーポケモンが愛想を尽かして出て行ってしまったという事実の前では。

「ちくしょう、ちくしょう……!!」

すべての原因は自分にある。
ルカリオのプレッシャーに中てられてキャプチャに対して恐怖してしまうようになったという事実が存在しているにしても、それからの対応はすべて自分の責任なのだ。
この半月の間、ずっと先延ばしにして逃げ続けてきた。言葉で発してきたわけではないが、態度で言い訳を並べ立てていた。
ちゃんと向き合っていれば……すぐに解決するわけではないにしても、パートナーポケモンと一緒に向き合っていれば、ブイはきっとここを出て行かなかっただろう。
今さらブイに合わせる顔なんてないけれど、今からだって変わっていかなければならない。
泣くだけ泣いて、気持ちが少しは晴れたらしく、顔を上げたアカツキの目には強い意志の光が灯っていた。

「……変わらなきゃ。
ブイはもう戻ってこないかもしれないけど、だからってこのままでいいわけがない。
もしいつかブイが戻ってきてくれるなら……ちゃんとブイに顔向けできるような立派なポケモンレンジャーにならなきゃ」

窓の外に広がる夜空を見やりながら、アカツキはブイのことを想った。
結局……あれから今まで、一度もパートナーポケモンを顧みることなく、自分の殻に閉じこもっていた。
それが分かったのは、パートナーポケモンがいなくなってしまったという事実……皮肉としか言いようがない。
アカツキはその場に座り込むと、不安げな面持ちを向けてくるムックに小さく微笑みながら言葉をかけた。

「ムック……キミもブイも、ぼくのことをとても心配してくれてたんだね。
でも、ぼくはまったく気づかなかった……見ようともしなかったんだ。
ぼく自身のことで手一杯で……でも、それは言い訳でしかないんだよ」
「ムクバーっ……」

ムックはアカツキが立ち直ろうとしているのだと分かって、少し安心した。
ブイがどうして出て行ったのか、彼はまだ理解していないようだったが……それは理解できるだけの環境が整っていなかったのと、ブイの気持ちを彼に伝える術がなかったからだ。それについては責めることなどできないし、その術もない。
だったら……
自分が変わっていかなければならない。
いつかブイが戻ってきてくれたら……なんて都合のいいことを考えてもいいのは、やるべきことをやって、ブイに顔向けできるようになってからだ。

「明日から、ちゃんと頑張らなきゃ。
……キャプチャだって、まともにできないんじゃしょうがないし」

今からでは遅いかもしれない。
だが、遅すぎることはないはずだ。
なんだって、やろうと思った時にやらなければならないのだから。
アカツキは頬を手で叩き、気持ちを切り替えた。
自分がふさぎ込んでいたせいで、心配してくれていた人がいたはずだ。その人たちのためにも、頑張っていかなければならない。

「あれから何日経ったのかな……あんまり気にしてなかったけど」

部屋の電気をつけ、机に立てかけられている電子式卓上カレンダーを見やる。
カレンダーが指し示している日付は、アカツキがヒアバレーに赴いてから半月が経過していた。

「半月……そんなに長い間、ぼくはなにもしてこなかったんだな」

よくよく見てみれば、ルームメイトであるダズルの姿がない。
半月も戻ってこないようなミッションはさせないだろうし、落ち込んでしまっているアカツキには接触させない方が良いと、セブンかハーブが判断して別の部屋を用意したのだろう。
半月もの間、自分の殻に閉じこもって、ただ嘆いているだけだった。
それだけの時間があれば、できることだってたくさんあったはずだ。
それをしてこなかったツケがあまりに大きすぎたことは、誰よりもアカツキ自身がよく理解していた。

「ダズルやハーブさんにも、心配かけちゃったんだろうな……」

電気を消して、ベッドに仰向けに寝転がりながら、アカツキは小さくため息をついた。
ツケが大きくなければ、ここまで考えたりはしなかっただろう……そのように思う。
自分だけで済めばまだいいが、親友のダズルやトレーナーのハーブにまで心配をかけてしまった。
あれからほとんど接触がないから、彼らがどのように思っているのかまでは分からないが、心を煩わせてしまったことだけは確信できる。
月明かりに照らされた、ほのかに青白い天井をじっと見上げ、明日からはちゃんと頑張ろう……と、気持ちを入れ替えて、少しでも早く良いポケモンレンジャーになれるように必死になって頑張ろうと思った。

「心配かけちゃった分、ちゃんとやらなきゃ……」

遅れはきっちり取り戻さなければならないし、心配をかけた人たちにも、その心配を払拭するような働きをしなければならない。
それから……

「ブイ……」

目を閉じて、自分のもとを去ったブイのことを想う。
ブイが何を思って、何を感じてここを去ったのかは分からない。
いくらアカツキが考えたところで、ニアピンこそありえても、正解にたどり着くことはありえない。
だから、ブイの心中を察しようと思うより、自分がやらなければならないことに全力で取り組もうと考えた。

「キミには何度も助けられたよね……確か、最初はビエンの森の火事だったっけ」

まぶたの裏に、ブイと今まで遂行してきたミッションが浮かんだ。
出会いは、ビエンの森だった。
森の鎮火のためにたまたまキャプチャしたブイゼルが、後になって二体目のパートナーポケモンになろうとは、その時はまったく考えていなかった。
それからポケモンハンターがボイルランドにやってきた時は、アノプスの化石を守ろうとマニューラ相手に大立ち回りを演じた。そのおかげでなんとか展示物を守れたし、ポケモンハンターを撃退することもできた。
ミッションの数で言えばムックよりも少ないが、ムックと同じくらいの働きをしてくれた。
ムックと同じで大切なパートナーポケモンであるブイがいなくなってしまったのは寂しいし悲しいが、その原因が自分であることは、認めるしかない。

「できれば戻ってきてほしいけど……今、そんなことを考えちゃいけないんだ。
ちゃんとブイに向き合えるようなポケモンレンジャーになってからじゃなきゃ」

楽しい思い出ばかりが浮かんでくる。
それはブイがいなくなってしまった寂しさを埋め合わせるかのようだったが、今だけは……その楽しい気持ちを何よりも大事に抱えていたかった。
そして気づかぬうちに、アカツキはまどろみの中、眠りに落ちていった。






To Be Continued...

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