146話 無限の可能性

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 突如、地震のような強い揺れが起こる。立つことすら出来ず、四つんばいになって揺れに耐えようとする。
 金属同士がぶつかり合うような鈍い音があちこちで響き、パーフェクトアルティメットゾーンの空間に亀裂が走る。
 オーバーズが解け、今まで感じなかった疲労がどっと圧し掛かってくる。腕が震え、かくんとしたのも束の間。四つんばいすら保てずにうつ伏せになってしまう。
「翔くん!」
 揺れが少し弱くなった頃、一之瀬さんに呼ばれて顔を向ける。その後ろには風見達もついている。皆の力を借りて、ようやっと立ち上がる。
 有瀬もふらつきながらも立ち上がる。恭介が俺たちの前で庇うように仁王立ちをするが、一之瀬さんが右手を出してそっと恭介を制する。
「一之瀬……」
「ああ。分かってる。いいか、聞いてくれ。風見君たちを今から先に元の世界に戻す。僕らは今崩壊しつつあるパーフェクトアルティメットゾーンをどうにかしないといけない」
「ま、待ってくれ! 一之瀬さんは──」
「いろいろ言いたいとは思うのは分かる。ただ、時間はあまりないんだ。今は悪いけど僕の指示に従ってもらう!」
「その前に一つだけ待ってもらいたい」
 いつの間にかすぐそばまでやってきた有瀬が、一之瀬を制する。
「風見雄大……、君にも悪い事をしたね。私の都合でバトルベルトのプログラムを勝手に書き換えたこと。オーバーテクノロジーを与えるのは不本意だったが……」
「いや、確かに初めて見たときは驚いたがむしろ俺はそれでバトルベルトが良きものになったと思っている。文句はない」
 有瀬が左手を広げると、そこに光の粒子が集まって白いUSBメモリが生成される。そしてそれを風見の手の上に押し付けるに近い形で渡した。
「これはその詫びのつもりだ。使う使わないの判断は君に委ねる。オーバーテクノロジーの賜物だが、私のそれがなくとも君なら自力で辿り着けるかもしれない。いずれにせよ君ならばこの技術を正しく使うことが出来るだろう」
 有瀬と一之瀬さんが目を合わせると、一之瀬さんは有瀬の気持ちを察してすっと頷く。
「続きはまたいずれ会ってからにしよう。僕たちもすぐに君たちを追う!」
 まるで有無を言わさぬように、風見達の足元に黄緑の光の渦が現れて皆を飲み込んでいった。
 その直後に、ひときわ大きく耳を割るような轟音が響く。空間のあちこちに行き渡りつつあるひびのうち一つが大きく割れていた。
「……私の勝手ですまないと思うが、アレを抑える必要がある。そのために力を貸してほしい」
「力を貸すったってどうすれば」
「君たち二人の正の精神エネルギーと、私がアルセウスジムで蓄えてきた正の精神エネルギー。それらをあの空間の裂け目に向けて放つんだ」
 突然そんなことを言われても。正の精神エネルギーをぶつける、それそのものの意味がしっくりこない。
「二人とも、自分のデッキからエースカードを一枚選ぶんだ。そしてそのポケモンがあの裂け目に向かって攻撃する様相をイメージする。一之瀬はオーバーゲートでポケモンを呼び出せ。奥村翔、私は君のイメージにシンクロして創造(クリエイション)を行って攻撃する。深い事は考えなくていい。人生は暗闇の峠……、だったか。それを切り拓く勇気と覚悟があれば自ずと上手く行く。君たちの中にある正の精神エネルギーを私が具現化して、そのポケモンの攻撃に乗せる。上手く行けば崩壊は収まるだろう」
 唐突過ぎて事情は半分も飲み込めてないが、とりあえず今は有瀬を信じる他はない。先ほどまで有瀬と戦ったデッキの中からエースカードを探す。バクフーンか、レシラムか。いいや、今選ぶとすれば……。
「時間がない、行くぞ! 無限の力を解き放ち、新たな世界の創造を。顕現せよ我が力! アルセウス!」
宇宙(そら)にてぶつかる二つの力、それらを束ねて大地を揺るがす。叫びを上げろ! エマージ! レックウザ&デオキシスLEGEND!」
「勝利を信じる友との絆が無限の力の鍵となる! 今ここに現れよ、ビクティニ!」
 薄く発光する橙色の光が、どこからともなく各々のカードに集まっていく。カードから現れたレックウザ&デオキシスLEGENDは、二匹併せて巨大なレーザーを放つ。有瀬の後ろに再び浮かび上がる有瀬の真の姿、アルセウスからは小さい光の帯を数多く繰り出し、それらは次元の狭間へ向けて降り注いでいく。最後に現れたビクティニのV字の輪郭に炎が浮かび上がり、俺たちの周りをくるりと一周すると、自ら次元の狭間へと飛び込んで行った。そしてその背後から、有瀬が一之瀬さんの攻撃からも守り続けていた大きな装置からも橙色の光が次元の狭間に向けて飛び込んで行く───



挿絵画像



 一体どれだけの時間が経ったかは分からない。気付けば、初めてこの空間に訪れた時と同じようにどこまでも真っ白な空間が拡がっていた。見渡しても、空間にひび一つない。
「君との戦いに負けた隙を見て、抑え込んでいた負の精神エネルギーがどっと押し寄せて来た。それがあの空間のひび。そこに正反対の正の精神エネルギーを打ち込んで、互いに打ち消し合った。負の精神エネルギーを全て消え去ることは出来なかったが、それでも当分面だった事にはならないだろう。改めて礼を言わせてもらう。一之瀬、そして奥村翔」
 声のする方を振り返ると、体が薄くなりつつある有瀬の姿があった。
「有瀬、お前……」
「今から私は転生に入る。私は私としての寿命を全うし、新たなアルセウスが生まれる神聖な儀式をこれから行う。その前に私の最後の友である二人にいろいろ伝えておかなくてはいけない。まず奥村翔。正の精神エネルギー、それは喜びや勇気と表現したが、その源は果たして何かわかるか?」
「源?」
「人は何故喜び、時には奮い立つのか。答えは決して一つではないが、私はこう考えている。人間は常に自己の中で設定した限界を打ち破ろうと向上しようとする。よりよい自分であろうとする。それが地位なのか金なのか友情なのかは分からない。とはいえその先や過程で得られるのが喜び、楽しさ、勇気、覚悟と言った正の精神エネルギーなのではないか。では逆に負のエネルギーとは何か? 怒りや悲しみ、絶望はどこからくる? それは何かを失い、罵られ、自己そのものや限界を打ち破ろうとする行為を否定されたり、はたまた邪魔をされたり頓挫したときに起こる。そうして出来た怒り、悲しみ達は負の精神エネルギーへと変化していく。……つまり全ての感情は同じ場所に起点がある。誰にだって正の感情に満ち溢れたり、負の感情に溺れる可能性はあるのだ。しかし、心魂共有コモンソウルの能力を持った君なら、相手の気持ちを正しく理解することが出来るだろう。今はまだそこまでの力はないが、やがては負の感情が蔓延った世界で、人々に正しい感情を導くことが出来る。私はそう信じている」
 有瀬が手を差しだすと、黒い指貫グローブと一枚のカードが現れる。
「これを君に。この先にもきっと困難は待ち構えているかもしれない。その時にこれを使うといい、助けになるはずだ」
 有瀬から指貫グローブとカードを受け取る。何故かグローブは右手だけしかないが、つけてみると心なしか暖かく、懐かしさも感じる。預かったカードはPAポジティブアビリティコモンソウル。ただ、そのテキスト欄は白紙のままになっている。
「君がコモンソウルの力を十分に使えるようになったとき、そのカードにテキストが浮かび上がる。いざという時にデッキに入れておくといい」
 一つ頷いて、カードはデッキの中にそっと入れておく。
「そして一之瀬。君にはさんざん悪い事をしたと思っている。そんな中頼むのも悪いが、新しいアルセウスが産まれて役目を果たせるようになるまで私の変わりとして二つの次元を見届けてほしい」
「どうせ断われないんだろう」
「ああ、そうだな。最後まで君には頼りっぱなしだとは思うが、よろしくお願いしたい。君には私の力の一部を委ねておく。……さて、時間が来たようだ。もうこの有瀬悠介としての姿を留めておくのも限界に近い。このアルセウスジムで失われた魂も元に戻っているだろう。……私は私が出来る全ての事はやりきった。これ以上君たちがここにいる必要はない。私が君たちが果たしてどんな未来を紡いでいくかを見れないのが残念だが、ここで私は先に抜けるとしよう」
「……」
「先ほどまでは鬼気迫る表情だったのが、そんなしょぼくれた顔になって」
「お前、本当は──」
「私は私で誰になんと言われ、どう思われようが何も後悔はしていない。むしろ最高だ。私の命の最後の最後、素晴らしいものを見せてもらった。ありがとう」
 気付けば足元に黄緑の渦が俺と一之瀬さんを飲み込んでいく。有瀬の姿がどんどん薄く、遠くなっていく。最後に見えた有瀬の顔は、どこかしら笑っているように見えた。



 ──アルセウスジムから一週間が経った。
 姉さんや蜂谷はアルセウスジムそのものの記憶がないらしく、記憶があるのは直接アルティメットゾーンまで辿り着いていた俺、風見、恭介、薫、松野さん、そして一之瀬さんだけのようだ。
 その一之瀬さん曰く、最後に俺たちが空間の狭間へ打ち込んだ正の精神エネルギーによって、既に大きな歪みが生じていた次元の歪みは向こうしばらくは心配しなくていいくらいは落ち着いたらしい。
 改めて自分の世界へ戻ってきたが、取り立てて異変らしき異変は何も起きてない。どこまでもいつも通りの日常が続いている。一週間も経てば実感はほとんど薄れ、あの時の興奮も徐々に冷めつつあった。
 時折、有瀬にもらったグローブやコモンソウルのカードを見て思い返すくらいでしか思い出すことも無くなった。
 ……風見から連絡をもらうまでは。
「こうして会うのも久しぶりだな」
「ああ、お互い忙しかったからな」
 うちのマンションの屋上。風見は柵に背を預け。俺は反対に柵に顎を乗せて街を眺める。
「まずは一之瀬さんの事なんだが……。退社したらしい」
「一之瀬さんが退社?」
「ああ。松野さんから連絡をもらってな。松野さんも止めたみたいだったけど、聞く耳持たずだったらしい。当の松野さんも自ら志願して部署を異動したらしいが。……おそらく責任を感じているんだろう。元はと言えば有瀬のせいだが、一之瀬さん自身も噛んでいた訳だからな」
 それもあると思うけど、一之瀬さんはきっと有瀬に頼まれたことをやろうとしているのだろう。今となってはもう一之瀬さんがどこにいるかも分からない。また会えるかどうかも。
 松野さんはきっと今回の件で、俺たちを巻き込んでしまったことを悔いているのかもしれない。もうカードとは関係のない部署、とは聞いた。となると必然的に会う機会はこちらも無くなってしまうだろう。
「それともう一つ。俺が有瀬からもらったメモリの件だ。やっと解析が終わったんだがな、これがとんでもない技術だった」
「と言うと?」
「ホログラムだ。しかも現在技術化されているそれを遥かに上回る、強いて言うなら質量を持つ、『光量子ホログラム』だ。SF映画みたいに、小さな端末からホログラムのタッチパネルが現れて。みたいな事が出来る、近未来的技術だ」
 確かホログラムは有瀬と戦った時、有瀬自身も自分のバトルテーブルをホログラムで作り出していた。その技術のことだろうか。
「だけど俺はこれを封印しておく。俺は自分自身の力でこの技術に届く。元々ホログラム自体は今も研究中だ。折角もらったデータだが、有事まで仕舞っておくことにする」
「そっか。それがお前の決めたことならいいんじゃないか」
 今になって考えれば、有瀬は果たしてどこまで。そして何を考えていたのかわからないことばかりだった。
 そもそも俺が有瀬に勝つことまでが有瀬の思惑だったのかもしれない。一之瀬さんを裏切る事になってしまったのは有瀬にとっての苦渋の決断だったのかもしれない。
 パーフェクトアルティメットゾーンを使って新たな世界を生み出すことが目的だったのか? それとも最初から空間の歪みに正の精神エネルギーを打ち込むことが目的だったのか?
 気になる事はつつけばいくらでも湧いてくる。ただ、それは有瀬がいなくなった今になればどれも正しいかもしれないし、どれも正しくないかもしれない。判断する事は誰にもできない。おそらく、有瀬自身もそれを望んでいるんだろう。
 いくら寿命がある生き物だったといえ、相手は名実共に神だった。その神が求めた、そして選んだ運命とは一体どの未来だったのだろうか。
「なあ」
「どうした」
「俺たちってまだ出会ってから一年経ってないんだぜ」
「……そう言えばそうだな。去年の秋に会ったのが始まりだったな」
「最初はただの喧嘩だったのが、能力者が現れたり神と戦ったりだ。……全く何が起きるか分かんねえよ」
 ずっと反対側を向いていた風見が、ようやくこちらに顔を向ける。つられて俺も風見の顔を見る。
「となると、この後何が起こるかますます分からない訳だ」
「はっ、言ってくれるじゃんか」
 再び柵の外に広がる街に目をやる。何はともあれ勝ち取った未来。掴み取った未来だ。
 ここから見える街の人たちはどれだけ気付けているのだろうか。明日が来るということ、大切な人が傍にいるということ、ただそれだけの素晴らしさを。
 短くも長いように感じたアルセウスジム。そこで多くのモノを失い、そして多くのモノを得て、多くのモノを取り返すことが出来た。そうして今の俺がいる。
「人生はっ、暗闇の峠!」
 体に力を入れ、大きくジャンプして柵に立つ。
「勇気と覚悟で灯りをともし」
 ほんの少しだけ高い所から見ただけでは何も変わらない。ぐっと足に力を入れ、さらに高くジャンプする。
「踏み込むことで未来を切り拓く!」
 有瀬が言うように、今はまだこの世界は淀んでいるかもしれない。それでもきっと、俺たちがどう過ごすか。どう挑むか。どう向き合うかによって、いくらでも明日は輝くはずだ。



──Formula Speed──
 作詞:照風めめ

1、偶然的な邂逅が 花開いては
宙に浮く星のよう 輝き続けてる
その道程はアップ&ダウン 楽じゃないけど
今になって言うには 良き思い出

ちゃっかり 思い違いも何度か 挟んだり
シナリオ通りに行かずに 悩んでも
十から千になって 無数に広がっていく
一人一人がストーリーテラーになる

Fomula Speedで進んでいく 一つの出会いの軌跡
時にはいがみ合ったり 些細なことで笑ったり
悲喜交々 理屈を越えて
そっと手を伸ばしたら ほら 誰かが支えてくれるから いつでも
照れくさく恥ずかしい でもだからこそ伝えたい
ありがとう さようなら またこうして会える日まで

2、圧倒的な状況に 気圧されてた日
余裕のない心に 君からのエールで
精神力が励起して 満ち溢れる
一人じゃないのはこういうこと

きっとね 強い人はそんなに いないから
理想と現実の中でもがいても
答えが見つからないって 塞ぎこまなくていい
一に十集い 大きな一になる

Fomula Speedで奏でる 確かな記憶のメロディ
下手くそな歌声で 継ぎ接ぎばっかリリックを
響かせたい 君の元へ
中々気付かないことだと 今になって分かる だから言わなくちゃ
君がいて 明日が来て それだけでも素晴らしい
ありがとう さようなら 今日という日を 胸に刻む


Fomula Speedで進んでいく 一つの出会いの軌跡
時にはいがみ合ったり 些細なことで笑ったり
悲喜交々 理屈を越えて
離れ離れになるけど 確かな絆は切れない 必ず
言わずとも通じ合う でもだからこそ伝えなきゃ
ありがとう さようなら いつの日か会えるまで
ありがとう さようなら 今日と言う日を 胸に刻む

For my new days 輝き続けるように…

云十億の宿縁が 絡まり合い
紡いだ未来に 何が待ってるんだろう
何十回も call my name すぐ向かうよ
新しいステージは もう見えてる



………
……

『もしもし。……ああ、どうやら私の読みは正解だったようだよ。検出器で表示された空間の歪みを元にここに来てみれば。パーフェクトアルティメットゾーンのカードの、切れ端のごく一部があったよ。これだけでもすごいエネルギーだ。……そうだ、分かっている。このエネルギーを元に新たなカードを作れば我々にとっても大きな戦力になりえる。そう、今こそ我らの悲願を──』

 To be continue to OVER DRIVE
イラストはとらとさんに頂きました。感謝!

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