143話 完全究極領域

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「オーバーゲートを使える一之瀬を倒した以上、私のプランの障害は一つ。奥村翔、君だけだ」
 目に見えるのに、決して触れられない。シャボン玉のような、透明な次元の壁の中へ閉じこめられた一之瀬さんは、疲労とダメージが蓄積したためか、その場に崩れる。
「自分の都合だけで一之瀬さんを利用して……! お前だけは許さない!」
「ふっ。さて、最後を飾る前にギャラリーのご到着だ」
 真っ黒な空間に、突如黄緑の渦が現れる。そこから見慣れた顔がやってきた。
「風見、恭介、薫、松野さん! 拓哉も!」
「翔! 無事か!」
「そっちこそ無事でよかった!」
 恭介が俺のそばへ近づこうとするも、有瀬が広げた手を前に突き出して制止を促す。
「彼らは無事にここまで来ることが出来た。今から執り行われる最後の儀式を見る権利はあるだろう」
「儀式、だと?」
「ただ、邪魔はさせない。儀式に近づくことも、口を出すこともさせない、あくまでただの『ギャラリー』だ」
 有瀬がそう言ったと同時、すかさず恭介たちを中心に、一之瀬さんと同じように次元の壁が作られる。大きな次元の壁に五人がひとまとめに包まれていく。
「風見! 恭介! ……くっ!」
 急いで駆け寄るも、完全に壁が作られてどれだけ壁を叩いても変化はない。恭介たちも大きく口を開いて何かを喋っているが、悲しいくらい何も聞こえない。
「こちらからの声は向こう側には響くが、向こう側の声はこちらには届かない。さしずめマジックミラーのようなものだ」
「……すぐに助けるから待っててくれ!」
 万が一を考えて、被害を受けないように恭介たちから離れ、再び有瀬と対峙する。
 体の芯から怒りが爆発しそうだ。握った右手はわなわな震え、意識せずとも眉に力が入る。
「激昂するには早いんじゃあないかな? しかし戦意は十分のようだ。動機は何であれ、君が持てる力を全てを懸けてこそ初めて意味があるというもの」
「御託は良い!」
 バトルベルトのスイッチを入れる。ベルト前部がテーブルに変形し、ベルトとデーブルを切り分ける。
 対する有瀬は一之瀬さんとの戦いで使ったデッキを握っては、そのまま真上へばらまいた。ばらまかれたカードは酸で溶けるように消えていく。掲げたままの有瀬の右手に淡い光がいくつも集まり、やがてカードの束となる。
「こちらも本気のデッキで戦おうとしよう」
『デッキポケットとのリンク、レベル2で完了。対戦可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
「さあ、君からどうぞ」
「その余裕、すぐに吹き飛ばしてやる!」
 最初の俺のポケモンはバトル場にヒノアラシ60/60、ベンチにゾロア60/60。対する有瀬はバトル場にリオル70/70の一匹のみ。一之瀬さんと戦ったデッキとは中身が別物のようだ。
「俺は手札の炎エネルギーをヒノアラシにつける。そしてヒノアラシでリオルに叩く攻撃!」
 ヒノアラシが小さな右手でリオル60/70の頬に一撃を与える。手札は悪くはないが、いかんせん初動で何も出来ない。
「威勢の良さとは裏腹に随分と生ぬるい攻撃だ。では私の方は遠慮なくいかせてもらおう。まずはリオルに闘エネルギーをつける。続いて儀式の第一段階といこう。神の力の原初、スタジアムカード、アルティメットゾーン1stを発動」
 真っ黒な空間の足下に一筋の線が走る。これは一之瀬さんのときに使っていたカードだ。
「ここでは大きすぎる力は制御される。手札が六枚より多いプレイヤーは、ポケモンチェックの際に手札が六枚になるようにトラッシュしなければならない。そしてアルティメットゾーンが場にある限り、アルティメットゾーン以外のスタジアムを発動することはできない」
 一ノ瀬さんとの対戦では1st以外にも2ndを使ってきた。このカード自体は大した効果を持っていないが、それ以降のカードには気をつけないといけない。
「先に言っておこう。アルティメットゾーンは3rdまである。そして3rdを発動し、さらにその先のアルティメットゾーンの真の力を解き放つ。それがわざわざ君と戦っている理由だ」
「それが儀式……か」
「そうだ。アルティメットゾーンの真の力を解き放ち、君たちのいる次元を破壊する。そして新たな宇宙を、次元を造り上げる。つまり私がアルティメットゾーンの真の力を解き放てば、君が勝ったとしても君たちの望む結果が得られないかもしれない」
 分かってる。これは安い挑発だ。時間制限を振りかざして俺を精神的に追いつめようとしているだけに過ぎない。それに有瀬としてもその力を使うためには特殊な条件があると考えられる。慌てる必要はない。
「私としてはあくまでフェアに戦うつもりだが、手の内を全て晒すつもりはない。さあ、勝負に戻ろう。手札からSL(セキュリティランク)(リミテッド)次元抹殺(エリミネート)を発動。スタジアムがある限り、互いの山札を上から二枚までロストする!」
 ぞっとしたような感覚が全身に走る。この悪寒、PCCの時に対峙した山本信幸と変わらない。
 SLはトラッシュにSL以外のグッズが混ざっていると使うことができないが、その実体はありとあらゆる能力をカードに封じ込めたもの。威圧感だけでなく効果も今までにないものばかりだ。
 俺が山札からロストしたのはアララギ博士とポケモンキャッチャー。対する有瀬はSL3次元治癒と水エネルギーの二枚。
「そして君にも見せてあげよう。絶対無二の神の能力、創造クリエイションを!」
 続け様に先ほどとは違う悪寒……いや、緊張感が襲いかかる。指一つも動かせない、蛇睨みのような。ただ有瀬の姿を捉えることしかできない。有瀬は白紙のカードを掲げると、それをバトルテーブルに叩きつける。
「命生み出す大海の、深淵より浮上せよ! クリエイション、カイオーガEX!」
 白紙のカードに色と文字が発現する。そして地響きと共にベンチに白い渦が現れ、ブリーチングをするように渦からカイオーガEX170/170が飛び出した。
 実際に立ち向かって分かる、圧倒的な存在感。ただでさえ規格外のビッグサイズなのに、他の立体映像とは明らかに一線を画す。
 無意識に右足が一歩引いてしまう。まだ有瀬の最初のターンだというにも関わらず、いきなりの大型ポケモン。しかもよりによって弱点の水タイプ!
「EXポケモンは強大な力を持っているが、LEGENDポケモンと同様に気絶した際に二枚のサイドを相手に引かせる。……最初の威勢はどこにいったのかな? 私はリオルに闘エネルギーをつける。そしてサポートカードのチェレンを使いカードを三枚引く。リオルでヒノアラシに攻撃。パンチ!」
 リオルに正拳突きを喰らい、ヒノアラシ50/60の足取りが少し危うげに見えたが、バランスを取り戻して子犬のように体を震わせる。
「俺のターン! 手札のロコン(50/50)をベンチに出し、グッズカードのポケモン通信を発動。手札のヒノアラシを山札のマグマラシと交換する。そして今加えたマグマラシ(70/80)をバトル場のヒノアラシに重ね、進化させる」
 カイオーガEXとアルティメットゾーンの力が解き放たれるまでの時間制限……。あまりにも課題が多すぎる。時間制限は気にしてもどうしようもないが、いずれにせよ必ず当たることになるカイオーガEXをどうするかだ。
 幸いにもこのデッキには炎以外にも悪タイプのゾロアが既にベンチにいる。そのゾロアをフル活用するためにも、まずは目の前のリオルを早く倒しておきたい。
「サポートカード、ベルを発動。手札が六枚になるまで山札からカードを引く。俺の手札は三枚なので、三枚ドロー。さらにマグマラシに炎エネルギーをつけてバトル。火炎攻撃!」
 マグマラシが火の玉をリオル30/70にぶつける。一旦リオルも膝を突くが、すぐに立ち直る。
「30ダメージか……。その程度では時間がいくらあっても足りないぞ。私のターン、私は場のアルティメットゾーン1stをトラッシュし、手札からスタジアムカードのアルティメットゾーン2ndを場に出す」
 足下にいくつもの直線が碁盤の目のように現れる。これは一之瀬さんにトドメを刺したスタジアム……。
「手札の闘エネルギーをリオルにつけ、リオルをルカリオ(60/100)に進化させる。それに加え手札からSL2次元加速を発動。その効果で手札の水エネルギーをカイオーガEXにつける。ルカリオで攻撃、波動弾!」
 青白い波動のエネルギーの塊を一直線に飛ばしてマグマラシ20/80にヒットさせる。さらにマグマラシに当たった波動弾の一部が跳ね返り、ゾロア40/60にもダメージが及ぶ。
「波動弾は相手に50ダメージを与え、さらにベンチポケモンにも20ダメージを与える」
「これしき! 俺のターン、マグマラシに炎エネルギーをつけ、ロコンをキュウコン(90/90)に。マグマラシをバクフーングレート(80/140)に進化させる!」
 有瀬がもうアルティメットゾーンを2ndにした。その上カイオーガEXにもエネルギーが付き始めている。ここは一気に畳みかける!
「キュウコンのポケパワー、炙り出しを発動。手札の炎エネルギーをトラッシュし、カードを三枚ドロー」
 引いたカードはゾロアーク、ダブル無色エネルギー、レシラム。望んでいたカードがドンピシャだ。バクフーンだけじゃなく、二の矢三の矢がつがえる。
「一気に行くぞ! ゾロアをゾロアーク(80/100)に進化させ、レシラム(130/130)をベンチに出す。続けてバクフーンのポケパワーのアフターバーナーを発動。トラッシュの炎エネルギーを自分のポケモンのレシラムにつける」
 レシラム120/130の足元から火柱が上がる。アフターバーナーのデメリットとして10のダメージを受けないといけないが、レシラム自身が持つワザの逆鱗はレシラムがダメージを受けているほど強くなる。これほどシナジーの噛み合った組み合わせもないだろう。
「まずはそのルカリオからだ! バクフーンでルカリオに攻撃。フレアデストロイ!」
 二足歩行で立ち上がるバクフーン80/140の右前足が、ぼうと音を立てて燃え上がる。後足だけでルカリオに近付き、右前足を振り下ろす。
 爆発音後に黒煙が立ち込め、そこからバクフーンがバトル場へ戻ってくる。その右肩に、黒煙の中から飛び出してきた拳程のサイズの蒼いエネルギー弾が襲い掛かる。
「な、なんだ!?」
「私はこの瞬間にルカリオのポケパワーであるストライクバックを発動したのだ。ルカリオがダメージを受けたとき、相手に20ダメージを与える」
 右肩に攻撃を受け、バクフーン60/140がバランスを崩す。ふらついた二足歩行から前足を地につけ四足歩行に切り替え、バランスを取る。
「ルカリオを倒したことにより、俺はサイドを一枚引く。そしてアルティメットゾーン2ndの効果で、サイドを引いたとき引いた枚数と同じ数だけ山札からカードをドローする」
「その処理に割り込んで、手札からSL2精神解放(マインドリリース)を発動。場にスタジアムがあり、相手の攻撃によって自分のポケモンが気絶したときにのみ発動出来る。自分の手札からたねポケモンをベンチに出し、気絶したポケモンについていたエネルギーをそのポケモンに全てつける」
「そんな! 相手の番にポケモンを呼び出すだと!」
 有瀬は手札から一枚を選び、それを裏返す。しかしそのカードもまたしても白紙。この流れはさっきと同じだ!
「命育む大地の底より烈火を纏いて現れよ! クリエイション、グラードンEX!」
 叩き付けられた白紙のカードに、カイオーガEXと同じように文字とイラストが浮かび上がる。
 そして地鳴りと共に有瀬のベンチにグラードンEX180/180が現れる。
 その足が一歩踏み出すごとに、この真っ暗な空間全体が揺れる圧倒的重圧。並ぶとカイオーガEX170/170よりやや小さく見えるが、遜色ない迫力。何よりたねポケモンにも関わらずこの規格外の体力、そしてルカリオから引き継いだ二枚の闘エネルギーによる臨戦態勢。単純に恐ろしい。
 ルカリオを倒されるところまで読まれてのこの行動、まるで手のひらの上でただ弄ばれている。有瀬を出しぬかないと、きっとこのまま終わってしまうだろう。
 心臓が縮こまって、しまいには潰れそうだ。立っているのも正直やっとで、本当は逃げ出してしまいたい。膝も笑うし、冷や汗が止まらない。それでも、もう俺以外には誰もいない。ここで逃げれば一之瀬さんも、風見たちも。そして姉さんたちはどうなってしまうのか。それに、俺たちの世界が無くなればたくさんの友達や関係ない人が巻き込まれてしまう。
 恐怖している場合じゃない。なんとか恐怖を別の感情に変換しないと。……そう、怒り。怒りだ。絶対に思い通りにはさせない。人を騙し、人を嗤い、人を弄ぶ有瀬を絶対に許してはいけない。
「今にも掻き消えそうな闘志に再び火が点いたか。こんなに早く心が折れてはこちらとしても困るんでね。さあ続行だ。私は新たなバトルポケモンとしてグラードンEXを選択」
 ズン、ズン、と鈍い音を立てながら、ゆっくりとグラードンEXがバトル場へ向かう。こいつもカイオーガと同様に、気絶させればサイドが二枚。要は二匹まとめて倒せばサイドは四枚だ。仮に新たなポケモンがベンチに出ても三匹倒すだけで済む。
「そんなに睨み付けなくてもいいだろう。私のターン。手札の闘エネルギーをグラードンEXに。そしてアルティメットゾーン2ndをトラッシュ。そしてスタジアム、アルティメットゾーン3rd、発動!」
 足元とは垂直に、おおよそ一メートル間隔に赤い線が現れる。これで足元のクロスする直線と併せてみると、x軸、y軸、z軸のように見える。
「さあ、あとはこのアルティメットゾーンの真の力、『パーフェクトアルティメットゾーン』を解放するのみ」
「くっ……。でもそのカードが手札に無ければ──」
「いいや、それが運命だ。手札からSL2事象知覚(パーセプション)を発動。スタジアムがあるとき、自分の手札を相手に見せる」
「自分から相手に手札を見せる!?」
 有瀬の手札にはリオルと水エネルギー、SL3次元想起(ディメンジョンリコール)、ベルの四枚のみ。
「そして自分の手札に無いカードを宣言する。私はパーフェクトアルティメットゾーンを宣言。次の自分の番にそのカードをプレイ(発動)出来れば、自分の山札の基本エネルギーを自分のポケモンに二枚までつけることが出来る。また、プレイできなかった場合は相手は相手の山札の基本エネルギーを二枚までつける」
「何!?」
「当たり前だが、相当驚いているようだな。君にいくつか教えておこう。パーフェクトアルティメットゾーンは私のデッキに一枚だけ。そして山札は三十二枚、サイドはまだ六枚残っている。さらに! パーフェクトアルティメットゾーンを発動するためにはSL∞誕生(バース)というカードを発動しなければならない。無論、これも一枚しかデッキには入れていない」
「有瀬……! 何を考えている!」
「君に絶望を見せるためだ。さらにもう一つだけ言っておこう。今場にあるスタジアムカード、アルティメットゾーン3rdの効果。互いのプレイヤーはサポートを使うことが出来ない」
「それじゃあカードを手札に加える手立てはターン初めのカードドロー……」
「そして気絶させて引くサイドのみ。さあグラードンEXで攻撃。圧殺、ジャイアントクロー!」
 グラードンEXの右腕が朱く輝く。具現化したエネルギーがさながら右腕と一体化し、肥大化したように見える。そしてグラードンEXがそれを振り下ろせば、広い間合いも動かず潰し、バクフーン60/140に襲い掛かる。
「バクフーン!」
「無駄だ。ジャイアントクローの威力は80に加え、相手の体力が満タンでなければさらに40ダメージを加算する。相手のバトルポケモンを気絶させたことで、私はサイドを一枚引く」
 非常にまずい。レシラム120/130はアフターバーナーでダメージを負ってしまった。これではジャイアントクローでまたしてもやられてしまう。ゾロアーク80/100もワンショットでKOだ。……本当はゾロアークは対カイオーガEXを想定していたが、エネルギーが足りないエースカードのレシラムをのこのこやられさせる訳にはいかない。
「俺はゾロアークをバトル場に出す」
 そして有瀬の一切変わらない表情。パーフェクトアルティメットゾーンに必要なカードのいずれかを引いたのか? そうでないのか? 分からない。どういう結果であれ顔には出さないだろう。今までのやり取りで、人を惑わせるのが好きなのは十二分に分かっている。だからこそただ意味ありげな表情でこちらを見下している。
 気にするからいけないんだ。ここは何も考えずに突っ切る!
「俺のターン、まずはヒノアラシ(60/60)をベンチに出し、ゾロアークにダブル無色エネルギーをつける。そしてゾロアークのワザ、イカサマを発動!」
 ゾロアークの姿が揺らぎ、瞬く間に対峙するグラードンEXと同じ姿に変身する。
「イカサマは相手のバトルポケモンのワザを選択し、その威力と効果を得る。俺が選択するのはジャイアントクロー!」
 グラードンEXと化したゾロアークが、有瀬のグラードンEXに朱く輝く爪を振り下ろす。
「しかしジャイアントクローは体力が満タンのポケモンには80ダメージしか与えることが出来ない」
「十分だ……!」
 グラードンEX100/180は倒せばサイドが二枚引ける。つまり、二匹でEXポケモン一匹を倒せば元は取れる。
「さあ、私のターン。まずはドローからだ」
 有瀬の使ったSL2事象知覚(パーセプション)の効果で、この番にパーフェクトアルティメットゾーンが発動するかしないか。それがこの戦いの行く先を大きく分かつ。引いたのか? どうなんだ?
「ところで翔君。君は『運命』というものを信じるかな?」
「……何の話だ」
「私はこれでも創造神であることをウリにしているんだけどね、それでもこの力を持ってでしても操る事の出来ない『運命』というものはあると信じているのだよ。私が一之瀬と出会うことも運命。そして君と戦うことも運命! 全ては運命という名の元の必然であり、何人たりともその運命に背くことは出来ない、究極の自然の摂理!」
「まさか──」
「私は手札のリオルをベンチに出し、SL∞誕生(バース)を発動。そのコストとしてリオルをトラッシュする!」
 リオルの身体が多方向から圧縮され、やがてリオルの姿が見えなくなるとそこからゴウゴウと音を立てる渦が現れる。
「誕生バースの効果はここからだ! 自分のトラッシュにアルティメットゾーン1st、2nd。そして場に3rdがあるとき、それらをロストする。その後、手札のパーフェクトアルティメットゾーンを場に出す! 歪んだ世界に終わりの刻、新たな世界に祝福を。完全なる究極の世界の生誕だ! パーフェクトアルティメットゾーン、発動!」
 空間ごとあの渦に引っ張られている。真っ黒だった世界がその色すら失い、渦に吸い込まれ、音も立てずに爆発する。
「うおおおおおおあああああああああああああっ!」
 全身がビリビリする。衣服だけでなく皮膚もいくつか切れ、かろうじて体を丸める事しか出来ない。平衡感覚が狂う。上はどこだ。俺は地に足がついているのか、どうなんだ。目を閉じても焼かれるような光が視覚を襲う。鼓膜を破るような風の音、そして有瀬の高笑いだけが耳に入る。
「ははははは! 今、このビッグバンを経て新たな宇宙がここに誕生バースした!」
 どれだけ時間が過ぎたか、ようやくビッグバンが収まった。いつの間にか仰向けに倒れていた体を起こす。体中に力が十分に入らない、なんとかバトルテーブルを支えに立つ。気付けば周囲が真っ黒な空間から、遥か彼方にて星が煌めく宇宙に様変わりしている。
「どうだい、気に入ってくれたかな。新たな宇宙は」
 どうにかする手段があったという訳ではなかったが、発動を許してしまった。これが有瀬の言っていた儀式の最終形、新たな宇宙の創造か。
「パーフェクトアルティメットゾーンの効果発動。このカードが場に出たとき、互いのプレイヤーはランダムに手札を一枚トラッシュする」
 左手に持っていた手札からアララギ博士のカードが宙を舞い、トラッシュゾーンに送られる。有瀬は二枚目のグラードンEXをトラッシュしたようだ。
「そして互いのプレイヤーは残りの手札を山札に戻し、山札をシャッフル。その後カードを六枚引く。どうだい、手札を捨て、山札に戻す。そのあとに手札をリフレッシュするのはさながら破壊と創造のデュエット。まるでこの宇宙新たに生まれた宇宙さながら! そしてパーフェクトアルティメットゾーンの真の恐ろしさはここからだ。パーフェクトアルティメットゾーンの更なる効果、発動」
 俺と有瀬の足元に円が現れる。二つの円は俺たちだけでなくポケモン達全ても覆い、フィールドの真ん中で接する。さながら無限大のマークのようだ。そして二つの円の縁がほのかに輝く。
「インフィニティバースト!」
 二つの円から溢れる光がその輝きを増し、それぞれ二つの光の柱が作られる。そして強い重力が襲い掛かる。
「ぐううううっ! んがあっ!」
 バトルテーブルを支えにしても立つことすらままならない。俺だけじゃない、有瀬のポケモンも、俺のポケモンも何かしら異変を見せる。まるで生命力そのものがこの光の柱に吸われているような……。ただその中で平然と立っているのは有瀬ただ一人。
「カード効果によってカードがトラッシュされたとき、トラッシュされたカードの数だけ全てのポケモンにダメージカウンターを乗せる。パーフェクトアルティメットゾーンによってトラッシュされたのは私と君のカードを合わせて二枚。よって全てのポケモンに20ダメージとなる!」
 光りの柱が消え、ようやく解放される。場のポケモンのHPはゾロアーク60/100、キュウコン70/90、レシラム100/130、ヒノアラシ40/60、グラードンEX80/180、カイオーガEX150/170と計120ダメージ……。たった一枚のカードでこんなにダメージがあるなんて。
「まだ私の番は始まったばかりだ。ここで前の番に私が発動したSL2事象知覚(パーセプション)の効果を発動。パーフェクトアルティメットゾーンをプレイしたことにより、自分の山札から基本エネルギー二枚を自分のポケモンにつけることが出来る。……が、私はその権利を放棄する」
「何を考えてる……」
「SL2事象知覚(パーセプション)のもう一つの効果発動。効果を放棄した場合、自分の山札から好きなカードを一枚選び、山札の上に置く。私が選択するのはSL1創造(クリエイション)。そして手札の水エネルギーをカイオーガEXにつけ、グラードンEXでゾロアークに攻撃。ジャイアントクロー!」
 闘タイプが弱点のゾロアーク0/100には(80+40)×2=240ダメージ。グラードンの爪の一撃を喰らい、ゾロアークの姿は跡形も残らない。
 もうベンチに戦えるポケモンはレシラムしかいない。この際温存なんてしている余裕も無い。レシラムをバトル場に繰り出す。
「サイドを一枚引いてターンエンド。そしてポケモンチェックに入ったこの瞬間、更なるパーフェクトアルティメットゾーンの効果が発動。手札が五枚より多いプレイヤーは手札が六枚になるようにトラッシュする」
「うっ! 手札をトラッシュってことは」
「そう。『カードの効果によって手札のカードがトラッシュ』されることにより、パーフェクトアルティメットゾーンの第二の効果が再び発動する。トラッシュするのは君と私で一枚ずつ。よって全てのポケモンに20ダメージを与える。インフィニティバースト!」
 再び俺と有瀬の足元に光の円が現れ、そこから光の柱が現れる。身体が重くなる。ついにはバトルテーブルにすら手が届かない。体中押し潰されてしまいそうだ。
「くっ、ぐうううう!」
 これで場のポケモンのHPはレシラム80/130、キュウコン50/90、ヒノアラシ20/60、グラードンEX60/180、カイオーガEX130/170。
「ついでに一つ言っておこう。パーフェクトアルティメットゾーンが発動したと同時に産まれたこの宇宙は今もなお拡がり続けている。そして拡がり続け、大きくなるとやがてこの空間に収まりきらなくなって君の次元を壊し、飲み込んでいく。それをどうしても止めるためにはこの私を倒す他はない。とはいえ、その傷ついた身体で果たして立ち上がれるかどうかだが」
 光の柱が消えたものの、うつ伏せに倒れた身体のどこにも力が入らない。もうダメだ。勇んで戦ってみたものの、文字通り次元が違い過ぎる。正直、自惚れていた。自分はきっと何かしら特別なのではないかと心の底で思っていた。確かに特別だ。特別なバカだった。皆から期待されて舞い上がっていた。ここまで来る道程、皆が皆立ちはだかる関門に自分から挑んで、心のどこかでほっとしていた節があったかもしれない。有瀬は絶対にこの手で倒してやりたい。そうは思っていた。でもそれとは別、負けるのが怖かったんだ。戦うと負ける可能性は常に付きまとう。だから戦う回数が減れば減るほど負ける回数も減る。一度エンテイに負けて、蜂谷が俺の代わりに立ちはだかってくれてから心の奥底に染みついていた。負ける事、そして失うことの恐怖。
 頭では立ち上がって戦わないといけないということは分かっている。それでも心がそれを拒んでしまっている。無力感。きっとここまでが有瀬のシナリオなんだろう。その筋書き通りだ。励ましてくれる友もここにはいない。隔離された次元の壁の中で皆はどう思っているのだろう。失望しているのか、怒っているのか、嘆いているのか。声が聞くことが出来ないからこそ怖い。皆がそう思っているわけではないとは思いたいけれど、そう思っていないとも限らない。そうなると人間は常に悪い方向に考えてしまいがちだ。胸まで苦しくなる。
 自分はなんて無力で矮小な存在なんだ。顔を上げて見上げる有瀬の姿。これが神と人間の差なのか。このまま宇宙の塵となって消えてしまいたいくらいには。
「もう立ち上がる気力もないか。ならば降参すればいい。これ以上苦しまなくていい」
 たとえ立ち上がったとしても、有瀬を打ち負かすビジョンが想像出来ない。……皆、ごめん。



有瀬「今回のキーカードはパーフェクトアルティメットゾーン。
   破壊と創造を司る完全究極領域!
   何人たりともこのカードを攻略することは出来ない」

パーフェクトアルティメットゾーン スタジアム(PCSオリジナル)
 このカードはSL∞誕生(バース)の効果でのみ場に出す事が出来る。このカードが場に出たとき、互いのプレイヤーは手札をランダムに一枚選び、トラッシュ。その後、互いのプレイヤーは手札を全て山札に戻しシャッフルし、カードを山札の上から六枚引く。
 ポケモンチェックの度に手札が五枚より多いプレイヤーは五枚になるように手札をトラッシュする。
 カードの効果で手札のカードをトラッシュしたとき、全てのポケモンにトラッシュした枚数と同じ数だけダメカンを置く。

 このカードが場にある限り、お互いにアルティメットゾーンと名のつくスタジアムを出す事が出来ない。

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