37―Freezing Island 4

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作者:円山翔
読了時間目安:8分
『よかろう!我が背に乗れ!』
 頭に響く声に頷き、ムメイはラティアスをボールに戻して酸素ボンベを口に、ルギアの背に飛び乗った。直後、石造りの床を蹴って部屋を飛び出したルギアの素早さは、おそらく別の場所に立って見れば瞬きをする間に消えてしまうほどだったであろう。ムメイが小さな歩幅で歩いた部屋が、瞬く間に後ろへと流れていく。いつの間にかバリアを抜け、海の中へ飛び出した後も、しばらくは海底神殿の中にいるような感覚が残っていた。来る時と同じ、体に水が触れる感覚がまるでない。そのままぐんぐんと昇っていき、暗い海がどんどん明るくなっていく様を眺めながら、ムメイは考える。この後自分はどうするべきなのか。答えは分かりきっている。既に始まっているであろうキュレムやウラノスとの戦いに、ムメイも参戦する。そうでなくては、ルギアを起こしに行った申し訳が立たない。
 突然、周りの景色が止まった。それはルギアが上昇をやめたに他ならないのだが、急がねばならない時に止まる理由が何かあるはずだった。
 すぐに見つかった。もう少しで海面に浮上できるというところで、海が凍り付いて外に出られないのである。ルギアは氷の板に沿うように島の方向へ進んでいくのだが、どこまで行っても外に出られそうな場所はない。一足遅かったのだ。
『おのれ……面倒な……』
 強力な力を持つルギアだが、海中では得意の”エアロブラスト”は放てない。厚く広くおそらく重い氷河をサイコキネシスで浮かせることもできるだろうが、今それだけの力を使って消耗させるわけにはいかなかった。ラティアスとラティオスをボールから解放し、ラティアスに言伝を頼む。
『今は力を温存してください!氷は、僕たちが砕く!』
 ルギアが頷いたのを見て、ムメイは目を閉じて二匹の竜の背に手をやった。すこしひんやりとしていて、それでいて暖かい。二匹の温もりを感じながら、ムメイは心の中で告げた。
『いくよ、ロンド、カデンツァ』
 目を開く。鏡のない今、自分の瞳を見ることはできない。だが、分かる。右目は赤。左目は黄色。サーナイトとラティオスと共に戦った時と同じように、視界が三つに割れる。見ている光景はすべて同じ。
 石はない。しかし、意思は、意志はある。足りないものはイメージする。いつもそばにいてくれる二匹の竜が、一緒に姿を変える様を。赤を、青を、藤色に染め、赤い瞳を、黄色い瞳を輝かせ、大空を舞うがごとく海の中を翔ける様を。
『カデンツァ!”破壊光線”!!』
 光に包まれた赤い目の竜はルギアの前に出て、海面を塞ぐ氷へ向けてエネルギーを収束させた強力な光線を撃ち出した。その威力と反動故に、ムメイが極力指示しない技。
『ロンド!”流星群”!!』
 石を介してメガシンカを行ったことのない黄色い目の竜は、祈るように氷河の向こうを見上げる。ムメイたちがいる場所からは見えない。が、ラティオスが破壊光線をぶつけている場所へ向かって、隕石が迫っているのが分かる。
 海の中から、外から、同じ場所へ。精密に。正確に。
 無と竜の属性の中でも最高峰の威力を誇る技が炸裂し、衝撃破と共に氷が砕け散った。
『行くぞ!』
 ルギアは咆える。テレパシーでしっかり掴まれとムメイに伝える。
 しかし、ムメイは答えない。応えられない。身体が動かなかった。思考もまともに働かなかった。いつしか口にくわえていた酸素ボンベが、口から外れて海中を漂っていた。ふたりの相棒がその身に背負ったあまりにも大きな反動を、彼もまたその身に負っていた。ポケモンならば耐えることができても、人間は大概のポケモンよりも脆い。
『僕は、影だ』
 誰にともなく、ムメイは心で呟いた。声に出ない心は、拾う者がいなければ誰にも知られることはない。
『僕は行けない。でも、せめてあなただけでも』
 それでも、誰かに伝わるように。流星群を落として疲れ切ったロンドか、技の反動で動けないカデンツァか、それともルギアか。せめて、誰かが拾ってくれるように。
『行ってください!』
 その言葉が伝わったのか否か。
 ルギアは振り向かなかった。言葉も返ってこなかった。氷河に開いた穴をめがけて、一直線に飛んでいく。
 その様子を、ムメイは沈みながら茫然と見送っていた。





    *





 クロバットの足に掴まって飛ぶウラノスは、アイネズ島の北側、海岸でキュレムが戦っているのが見える場所までやってきていた。彼が指示を出さずとも、キュレムは本能のままに島への侵攻を続けている。今は足止めを食らっているようだが、じきに邪魔を振り払って島を氷に閉ざしてしまうだろう。
「どれ、私たちもあの場へ行こうではないか」
 戦いの場へ向かうようクロバットに指示を出したウラノスの頬を、何か白いものが掠めて飛んでいった。
「むっ」
 痛みはない。しかし、細い細い傷ができている。つーっと血の雫が流れ落ちるのも気にせず、ウラノスは「何か」の飛んできた方に視線を向けた。
 目を疑った。
「お前は……死んだはずではなかったかな?」
 彼と同じく、クロバットの足に片手で掴まった、細身の人間。クロバットの表情が薄っぺらいのは、それがクロバットに見える何か別の存在だからなのであろう。薄ら笑いが刻まれた真っ白な仮面は、彼がナルカ島で葬ったはずの奇術師、カリノカオル。
「先に、あなたが氷に閉ざした二人の話を。彼らは自らの力で脱出して、アイネズ島へ向かったようですよ」
 クロバットから手を放して凍った海に降り立ち、コツコツとわざとらしく足音を立てながら、ウラノスの前を横切るように行ったり来たり。自らの推理を披露するドラマの探偵の如く、カオルはゆったりと歩みながら歌うように話す。わざとらしい演出に、ウラノスの額に青筋が浮かんだ。
「ほう……まだそんな力を残していたとは……しかし、お前はどうだ?あまつさえ私のゾロアークの幻術に飲まれ、氷に閉ざされ砕け散ったはずではないのか?」
「あなたは言いましたね。幻術を幻術で返される意味を知っているかと」
 びしっと人差し指を突き付けるカオル。その様子はさながら犯人を指し示す探偵のように。
「では、私のファントムが幻影に翻弄されて傷つき、ボールに戻る様も、私が凍らされてあなたに真っ二つにされたのも。全て、ファントムが作り出した幻影だとしたら?」
 嗤っている。顔だけをウラノスに向けてカオルは尋ねた奇術師は嗤っている。仮面で隠されて見えないが、ウラノスはカオルの表情を感じ取った。心なしか、仮面の表情もすこし口角が上がっているように見える。これもまた幻術によるものなのか。一度幻術返しを食らった身としては、どれが幻術でどれが現実かを見極めなければならない。
「いいだろう。本当の決着をつけようではないか!」
「いいえ。生憎一騎打ちは望めないようです」
 クロバットから手を離し、凍った海の上に着地したウラノスは、クロバットをボールに戻してゾロアークを繰り出した。一方、意味深な言葉を残したカオルもクロバットをボールに戻し、ゾロアークのファントムを繰り出す。同じゾロアークの二匹の碧い瞳が火花を散らした、ちょうどその時。
「悪いが、水を差させてもらうぜ」
 声と共に放たれた爆音波が、ウラノス諸共ゾロアークを吹き飛ばした。上手く受け身を取ったため外傷はないものの、ウラノスは耳を抑えて苦悶の表情を浮かべた。
「随分と乱暴なトレーナーがいたものだ」
 ふらつきながらも立ち上がったウラノスに、ビブラーバを従えた黒衣の男は腰に下げた短刀を鞘から抜いて見せた。よく磨かれた細身の剣は、しかしところどころに血の跡が見受けられた。
「トレーナー?違うな」
 ゾロアークにではなく、カリノカオルにでもなく。ウラノスに短刀を突き付けて。不敵な笑みを浮かべた青年ルファは告げた。
「悪党を自らの手で葬る、おそらくあんたらからすれば狂った元警察官さ」
お借りしたキャラクター(敬称略)
公式よりコスモ団ボスのウラノス、jupettoさんよりルファ

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