137話 三人の一之瀬

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『対戦可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
「……行くぞ、恭介」
「ああ。絶対に負けねえ」
 分身か分裂かは分からないが、二人に増えた一之瀬さんのうちの片方が、いつも通り柔らかい物腰で語りかけてくる。
「一つ言っておこう。これは決して二対二のマルチバトルではなく、それぞれ一対一で戦うことになっている」
 ということは俺対一之瀬と、風見対一之瀬さんはそれぞれ独立した戦いになる、ってことか……。自分で言って頭が痛くなりそうだ。
 今までにライコウとかが喋ったり、有瀬が話す能力の全てのせいで、驚くべき状況なのにどこかしら慣れてしまった感がある。
「それでは始めようか。君たちにとっての最後のポケモンカードを」
「言ってくれる……!」
 最初のバトルポケモンは、一之瀬さんがノコッチ60/60。俺はバトル場にトルネロス110/110、ベンチにボルトロス110/110。
「先攻は僕がもらうよ。手札から、スタジアムカードを発動。『補填空間 ―スペアフィールド―』!」
 真っ白な光の壁が右手側と左手側から現れ、風見たちと分断されてしまった。やがて光の壁が実体を持ち、先ほどの空間と全く同じ壁を象っていく。
「な、なんだこれ……」
「さっきまで僕たちがいた空間、その名前がスペアフィールドだ。要は、そのスペアフィールドの内部に新たなスペアフィールドを生成した。これで外部からの干渉を受けない。僕たちの邪魔は誰にも出来ないってことだね」
 元から誰かの助けを望んでいたわけじゃないから、その点に関してはどうでもいいことだ。問題は、「補填空間 ―スペアフィールド―」という聞き慣れないスタジアムカード。……必ずまだ仕掛けがあるはずだ。
「それでは続けよう。僕はレインボーエネルギーをノコッチにつける。レインボーエネルギーをつけたとき、このエネルギーを全てのタイプのエネルギーとして扱う代わりにダメカンを一つ乗せる」
 これでノコッチのHPは50/60だ。あのノコッチの能力自体は大したことがない。だから気をつけなければならないのは勝負が本格化してから。二ターン後くらいだな。
「ぼんやりしてていいのかい? 手札からグッズ、研究の記録を発動。その効果で、山札を上から五枚まで確認して好きな順でデッキのトップ及びボトムに入れ替える。続けてレジェンドボックスを発動!」
「レジェンドボックス……?」
「……知らないのかい。ならば教えてあげよう。レジェンドボックスの効果は、山札の上からカードを十枚めくり、その中にLEGENDポケモンの組み合わせがあれば、そのポケモンをベンチに出す。さらにそのLEGENDに、めくった十枚のうちのエネルギーを全てつけることが出来る」
「ってことは運が良ければ一発でLEGENDを臨戦態勢に持っていける」
「そういうことだね。それではレジェンドボックスの効果で、デッキの上から十枚のカードを確認する」
 バトル場の横に現れた、大きな金色の玉手箱の蓋がひとりでに開き、裏を向けたままの拡大表示されたカードが十枚宙に浮かぶ。十枚が二列に並ぶと、順次一枚ずつ反転して表示されていく。
 順番に、ライコウ&スイクンLEGENDの上パーツ、ライコウ&スイクンLEGENDの下パーツ、水エネルギー、ヨーテリー、チェレン、雷エネルギー、雷エネルギー、デュアルボール、N、ポケモン通信。
 やっぱり研究の記録で、最初からある程度並ぶようにセッティングしていたか。
「僕なりの本気を見せてあげよう」
 一之瀬さんがそう小さく呟くと、一之瀬さんのベンチから黄緑色の光の渦が現れる。……アレは俺たちが通ってきたワームホールと同じだろうか。その中から、幾条もの光が方々に飛び散り出す。
「オーバーゲート! ダイレクトアクセス! 既存ファイルの修正。パターン『V&A』、リミットワンハンドレッドシックスティ。コンパイルチェック、クリア! 眩(まばゆ)い雷と猛る水、両者を交えて天地を統べろ! エマージ! ライコウ&スイクンLEGEND!」
 ワームホールからライコウ&スイクンLEGEND160/160が勢いよく飛び出し、二匹とも揃って雄叫びをこの空間に響かせる。
 こいつは翔と戦ったエンテイが使っていたLEGENDポケモン……。どうしてこんなところに。
「にしても一ターン目からLEGENDポケモンかよ……!」
「これだけじゃない。レジェンドボックスのもう一つの効果が残っている。めくった十枚のうちのエネルギーを全てこのポケモンにつける。さっきの十枚のうちにあったエネルギーは雷エネルギーが二つに水エネルギーが一つ」
「……まさか」
「ふっ。ノコッチについているレインボーエネルギーをトラッシュしてベンチに逃がす。そして僕はライコウ&スイクンLEGENDをバトル場に出す!」
 嘘だろ? ただでさえLEGENDが最初のターンに現れただけでも十分異常自体なのに、攻撃態勢にまで入っているだなんて。
「その閃光は全てを貫く! トルネロスに攻撃、雷電の槍!」
 ライコウの背中から分厚い灰色の雲が立ちこめ、トルネロスの頭上を覆い尽くす。ライコウが電撃を雲に放射すると、雲の中で増幅されたエネルギーが、まるで槍状になってトルネロス0/110に降り注ぐ。
「ぐああああああっ、がっ!」
 すさまじい衝撃に耐えきれず、そのまま後方まで吹き飛ばされる。遮蔽物がない空間のせいで、痛みを堪えて立ち上がれば、バトルテーブルからそれなりに離れた距離まで飛ばされていた。
「くっそ……、トルネロスが、一撃……」
 雷電の槍の威力は確か150だ。トルネロスの体力はおろか、ほとんどのポケモンが一撃で沈んでしまう。
「それでも雷電の槍にはデメリット効果もあったはずだ!」
「そう。ワザを使った自分自身にも、弱点を無視して50ダメージ。それでも僕はそれ以上の対価を得られる。サイドを一枚引いて僕の番は終わりだ」
「俺は、ボルトロスをバトル場に出す」
 早すぎる。今まで戦ったどんなプレイヤーよりも早い。まさに異次元的早さだ。まだ俺のターンが一度も回ってすらいないのに、この醸し出される雰囲気がバトル終盤のものとなんら変わらない。
 まだベンチにボルトロスがいてかろうじて助かった。もしもボルトロスがいなければ、この勝負は俺に一度も番が回る前に終わってしまっていた。
 一瞬も気が抜けない。いや、それどころか気を抜かったところでどうなるか……。
「考えるのはやめだ! ビビってられっか! 俺のターン!」
 引いたのはパチリス。……よし、パチリスならいける!
「今度は俺が目に物を見せてやる。手札の雷エネルギーをボルトロスにつけ、パチリスをベンチに出す。ここでパチリスのポケパワー、充電を発動!」
 ベンチに現れたパチリス60/60が、頬に電気を集めていく。このポケパワーは手札からベンチにパチリスを出したときに使える。手札の雷エネルギーを二枚までパチリスにつけることが出来る。
「俺はパチリスに手札の雷エネルギーを二枚つける。さらにシェイミ70/70をベンチに出して、ポケパワー、祝福の風を発動!」
「なるほど、そう来るか」
「祝福の風はシェイミをベンチに出したときだけ使えるポケパワー。その効果で、自分の場のエネルギーを好きなように付け替えることが出来る。俺はパチリスについている雷エネルギーを二つともボルトロスに付け替える」
 これでボルトロスには雷エネルギーが三つ。こっちも攻撃態勢は整った。
「ここからさらにサポートカード、アララギ博士! 俺の今の手札はこれで0枚。よって手札をトラッシュせずに山札からカードを七枚引く。……エレキッド(30/30)をベンチに出す」
 ライコウ&スイクンLEGEND110/160の弱点は雷と闘タイプだった。ボルトロスはもちろん雷タイプだ。そしてボルトロスのワザ、ディザスターボルトは威力が80。となると受けるダメージは80×2=160ダメージで、ライコウ&スイクンLEGENDを突破出来る。
「行くぜ! ボルトロスの雷エネルギーを一つトラッシュして攻撃。ディザスターボルト!」
 ボルトロスが右手を降り上げ、そのまま真下に降り下ろす。それにあわせる用に、どこからか太い雷がライコウ&スイクンLEGENDを突き刺して爆発と共に黒煙が立ちこめる。
「やったか!」
 黒煙が少しずつ晴れてぼんやりとシルエットが見えてくる。……が、ライコウもスイクンも立ち上がったままだ。
「な、マジかよ……」
 計算は間違ってないし、確かにライコウ&スイクンLEGENDの弱点は闘と雷のはずだ。なのに一体……。
「悪いね。この『補填空間 ―スペアフィールド』はあくまで予備用の空間。弱点や抵抗力といった概念までは再現されていない」
「どっ、どういうことなんだよ!」
「要はこの空間の中では全てのバトルポケモンの弱点と抵抗力は無くなるというわけさ。改心の一撃は非常に素晴らしかった。でも、あと一歩及ばずだったね」
 LEGENDポケモンを倒すには至らなかった……。いや、切り替えるんだ。いつだってそうだ。人間はいかにポジティブに考えられるかどうかだ。
 ディザスターボルトを受けて、ライコウ&スイクンLEGENDのHPは残り30/160。ライコウ&スイクンLEGENDの雷電の槍を使えば、俺のボルトロスを一撃で気絶にすることが出来るけど、その反動で自分自身にも50ダメージをも喰らい、気絶する。
 ところがもう一つのワザのオーロラゲインを使えば、ボルトロスには50ダメージしか与えられないが、ライコウ&スイクンLEGENDもHPを50回復する。いや、HPを50回復したところでその返しの番で、もう一度ディザスターボルトで攻撃すればライコウ&スイクンLEGENDを撃破出来る。
 どちらにせよエースカードであるはずのLEGENDの先は短い。いくら一之瀬さんといえど、エースカードを失っては牙を抜かれた虎。恐れることはない。
「僕の番だ。僕は、手札からサポートカードのチェレンを発動。その効果で山札からカードを三枚引く。……君の考えを当てて見せようか。おそらくライコウ&スイクンLEGENDの先は短いと喜んでる、もしくは安堵しているんじゃないかな」
「だからどうしたんですか。もしまんたんの薬とかで回復させたところで、ワザに必要なエネルギーは三つ! それを付け直す時間があれば流石の俺でも倒しきれます」
「まさかこれで僕が全てを吐き出したとでも本当に思っているのかい?」
「……実は思ってたけど、正直思いたくなかったと言ったら?」
 ……あれ? 一之瀬さんからの返事がない。それどころか、なにやらノイズのような音が聞こえた気がする。いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。このピリピリと張りつめた空気、何かデカイのが来る!
「オーバーゲート! ダイレクトアクセス! 既存ファイルの修正。パターン『F&V』、リミットワンハンドレッドフォーティ。システムバックアップ、OK! 荒ぶる炎と吠える雷。二つの叫びが木霊して、未曾有の力を呼び起こす! エマージ! エンテイ&ライコウLEGEND!」
 ベンチに開いた黄緑色のワームホールから、今度はエンテイ&ライコウLEGEND140/140が飛び出して、二匹がそれぞれ炎と雷を全身から辺りに散らす、迫力のあるデモンストレーションを行う。
「に……二体目のLEGEND……」
 ライコウ&スイクンLEGENDだけならまだしも、エンテイ&ライコウLEGENDまで。それに、かつてライコウと戦ったときの違和感、改めて一之瀬さんと戦ってみてくっきりとわかった。
「エンテイやライコウの正体……。やっぱりアンタだったんだな!」



「有瀬、これは一体どういうことだ!」
「君には許可なくやって、申し訳ないとは思っている。ただ彼らに対抗出来る相手が――」
「それもあるが、そうじゃない。僕らの次元を無に返し、新たな次元を生み出す……。これがどういうことかを聞きたい!」
 怒声を聞いた有瀬はまるで他人事のように目を丸める。
「……それはいつ知ったんだ?」
「さっきだ。君が用意したこのディープディバイダー、その中に入った僕は基本的に意識を閉ざす。それでも完全に意識を閉ざす訳じゃない。なんとなく程度だけでも何があったか、程度は僕にもわかる。僕が出来ることはエンテイやルギアのプレイングに僕の思考ルーチンを与えることだけじゃない」
「それは知らなかったな。自分で試した機会が無くってね。……いいよ。今更隠すことはない。世界の再生に間違いはない」
 頭は疲労のせいでバッチリじゃない。やや靄がかった感じもする。でも、確かに僕の心の内から怒りが沸いてくるのは感じられる。裏切られた。いや、利用されていた……。
「一之瀬。君の良い所でもあるが、純真過ぎるのも考え物だね」
「世界の再生って、本当に本気で言ってるのか!? 僕らの次元に住んでいる人たちを消す……。つまりは殺すってことだぞ!」
「それがなんだ」
 背筋がゾッと凍り付く。ノータイムでさも平然に返す、つまり本当に僕ら人間や僕らの次元に生きる全ての生物のことをその程度でしか思っていないってことだ。
「約束が違うぞ!」
「それがどうした。君たちのためだけにもう一つの次元の人々を犠牲にするわけにはいかない」
「それが約束が違うと言っている!」
 この計画を持ち寄られた当初は、有瀬は全ての次元を救うため、とそう謳っていた。WW(ワンダーワールド)という空間を作り、そこでプレイヤー同士を極限状態で戦わせて正の精神エネルギーを高めさせ、その正の精神エネルギーを集める。そして集めた正の精神エネルギーを僕らの次元にぶつけることで、負の精神エネルギーを打ち消しあわせ、負と正のバランスを正す。これで来るべき危機から二つの次元を救うことが出来ると言い聞かされたからだ。
 ポケモンカードで誰かを救うことが出来る。そう信じてアルセウスジムを始め、今までいろいろと有瀬の手伝いをし続けてきた。
 負ければ消えるという演出も、あまりに酷すぎるとは思っていたが、これでみんなが救われるなら……。そう思っていたからこそここまでやってきた。
 だというのにこの有様はなんなんだ。
 まるで話が違いすぎる!
「いくら君が――」
「おっと、そこから先は今は置いといてもらおう。お客だ」
 突如黒い空間に黄緑の光が輝き、ワームホールが現れる。そしてそこから翔くんが現れ、用を終えたワームホールは消えていく。
「よし。……あ、あれ!? また一之瀬さん!?」
「そうそう。まだ言って無かったね。風見雄大、長岡恭介の前に立っているのは本物の一之瀬ではない。私が次元装置を用いて作ったものだ。一之瀬の思考ルーチンを出来るだけ再現したAIに半実体を与えた、いわば一之瀬の近い偽物だ。それでも彼らからすれば難敵には間違いない。強いて名前をつけるなら、バーチャルファントムとでも呼ぶべきかな」
 ぼくの思考ルーチンを再現するのは有瀬にはそこまで難しくないはずだ。おそらく僕がディープディバイダーを使っているときに、データをまとめ、それを基に緊急用として作り上げたのだろう。
 でも、だからといって楽に倒せる相手ではないだろう。AIだからこそ僕自身の百パーセントの力を出せるわけではない。それに、何も考えず有瀬がそんなものを作るとは考えづらい。
「翔くん。これから有瀬と戦うつもりか!」
「えっ!? そ、そりゃそのためにここまで来たんだ。たとえ今ここで本物の一之瀬さんが俺の前に立ちふさがっても! それでもここまで連れてきてくれた皆のために、絶対に負けるわけにはいかない!」
 突然の質問に一瞬どもったが、すぐに翔くんの目に炎が宿った。その言葉や表情から、強い意志を感じる。顔つきも前に見たときより、心なしか逞しくなっている。
 そうだ。僕も迷っていられない。有瀬の企てが偽りだった以上、僕もそれを許すことが出来ない。
「だったら悪いが、有瀬。翔くんとの前にこの僕と戦え!」
「いいだろう。だが、大切な客人が控えているからね、ここはハーフデッキで短期決戦と行こうか」
「へ? ちょ、一之瀬さんこれ一体……」
「ああ、ごめん。そういえば何も話してなかったね」
 完全に話を追いてけぼりにしていた翔くんに、僕と有瀬の行き違いを簡単にまとめて説明し、翔くんを後ろに控えさせて有瀬の前に立つ。
「前にも僕は言ったと思う。ポケモンカードは決して誰かを陥れたり傷つけたりするものじゃない」
「そう言うと思っていたよ。だが、もはや世界の再生以外に平穏が訪れる手段はない。未来あるもののために一部を切り捨てるのは君たちもよくやることだろう。私も、未来あるもう一つの次元のために、君たちの次元を切り捨てる」
「今ここにいる僕らは、君が知り得ない数々の想いを抱えて生きている! 無限の可能性を持つ僕らの未来を、たかが君個人に決められて蹂躙される権利はない!」
「それも言うと思っていたよ。そして次に言う言葉は……」
「「だから、僕なりの本気で君を倒す!」ってとこか」
 有瀬は何がおかしいのか、クックックと静かに肩を揺らす。
「だからと言って、そのあるかないか分からないような可能性に全てを託すこと自体がおかしいということを。そして世の中には決して抗うことの出来ない運命の流れがあるということを教えてやろう。存分にかかってこい」




一之瀬「今回のキーカードはこれだ。
    風見くんと恭介くんが今いる空間を制御するために作られたカードだ。
    弱点と抵抗力を無くし、フラットな対戦空間を作り出す。地力が物を言うようになるね」

補填空間 ―スペアフィールド― スタジアム(PCSオリジナル)
 おたがいのバトルポケモンの弱点と抵抗力は、全てなくなる。

 スタジアムは、自分の番に1枚だけ、バトル場の横に出せる。別の名前のスタジアムが場に出たなら、このカードをトラッシュする。

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