118話 勝利の恐怖

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「山焼きはブーバーンについている炎エネルギーの数だけ相手の山札をトラッシュする。ポケモンを攻撃するより手っ取り早いだろ?」
 斉藤が指をパチンと鳴らすと、ブーバーンの右腕から直線状に炎が飛び込んでくる。
「うおおおおっ……!」
「ブーバーンについている炎エネルギーは今六つ! 六枚をトラッシュしてもらうぜ」
 バクフーングレート、ポケモンキャッチャー、炎エネルギー、キュウコン、チェレン、ポケモン通信。六枚が呆気なくトラッシュに吸い込まれていく。あっという間に山札が十五枚に……!
「このワザはコイントスをしてウラの場合、ブーバーンについている炎エネルギーを全てトラッシュする。……オモテだ。どうだ! 手札破壊なんかの狡(こす)い手よりも、やっぱ山札破壊の方が爽快、豪快だ! そのお前の焦りと驚き、悔しい表情がいいねえ。ここからが、第二ラウンド。本当の勝負だ!」
 斉藤のバトル場には炎エネルギーが六つついたブーバーン100/100、そしてベンチにはヤドキング80/80、シェイミ70/70、炎エネルギーが一枚ついたマグマッグ60/60。
 対する俺のバトル場には炎エネルギーが二つついたバクフーングレート130/140、ベンチにヒメグマ60/60とキュウコン90/90。サイドの枚数では三枚と四枚で、俺が一枚遅れを取っている。
 このまま力押しをするか、と思っていた斉藤の攻撃は想定外にも俺の山札を大幅に削ってきた。
 やはりさっきの斉藤の『三十六か……』は俺の山札の枚数の確認……。戦うふりをしながらも、本当の目的は最初からデッキ破壊! 早くも山札は残り十五枚しかない。自分から能動的にカードを引けばすぐに無くなってしまう。
「いやー、最初こそ思ったよりも山札の減りが遅かったから心配したがドンピシャだ。自分から大量ドローしてくれたお陰で一気に山札を減らしていってくれたんだからな」
「くっ……」
「そんな睨んでる暇があるのか? 早くしないとどこかに消えた雫さんが何かに巻き込まれてるかもしれないぜ」
 落ち着け、斉藤はこうやってただ俺を煽ってるだけだ! 確かに姉さんが気になる。気になるけど、俺が勝てないと姉さんの元に追いつくことさえままならない。まずはここを確実に勝つんだ! そして勝つことは宮内との約束にも繋がる!
「やっぱこんなもんか」
「まだだ、勝負はここからだ!」
「へえ。だったら少しはオレを楽しませてくれよ」
「楽しむ? 他人のカードを奪っておきながらいけしゃあしゃあと!」
「……」
「俺の番だ! ベンチのヒメグマにダブル無色エネルギーをつけ、リングマグレート(120/120)に進化!」
 ここでバクフーンのアフターバーナーを使ってリングマにエネルギーをつけても、リングマにつくエネルギーは計三つまで。これではいくらポケボディーが働こうと、与えれるダメージは30+60=90だ。HPが100/100のブーバーンには僅かに及ばない。
 それならば、互いのエネルギーを一つずつトラッシュする効果を持つバクフーンのワザ、フレアデストロイだ。山焼きで削られる山札の数を少しは減らせるはず。
「バクフーンのポケパワー、アフターバーナーを発動。トラッシュの炎エネルギーをバクフーンにつけ、その後バクフーンにダメカンを一つ乗せる。ここは攻撃だ! フレアデストロイ!」
 右手に炎を宿したバクフーンが、強く踏み込んでブーバーンを殴りつける。と同時に爆発が生じ、二匹をあっという間に包み込む。
「フレアデストロイの効果で、互いのポケモンはエネルギーを一つトラッシュする!」
 これでブーバーンの残りHPは30/100。俺のデッキのポケモンの火力だと、あと一撃喰らわすだけで沈められる。
「その程度では遅いな。オレはヤドキングのポケパワー、千里眼を発動。その効果で自分の山札のカードを上から三枚確認し、好きな順で置き換える。さらにマグマッグのポケパワー、活火山も発動だ。山札の一番上のカードをトラッシュする。そしてトラッシュしたカードが炎エネルギーであれば、マグマッグにつける。ここでグッズカードのスーパーポケモン回収を発動」
 スーパーポケモン回収は、コイントスをしてオモテなら、場のポケモンとそのポケモンについているカードを全て手札に戻す効果を持つ。戻すとなれば狙い目はダメージを受けたブーバーンか、はたまたポケパワーを再度利用するためにシェイミを選ぶか。
「ウラか。まあいい、手札からオーキド博士の新理論を発動。手札を全て山札に戻してシャッフル。そして六枚ドロー。……そうだな、ブーバー(70/70)二匹をベンチに出す。ここでもう一つグッズカードだ。ロストリムーバー! この効果でお前のリングマについているダブル無色エネルギーをロストする!」
「くっ!」
「ベンチのマグマッグに炎エネルギーをつけて……。行けっ、ブーバーン! 山焼きだっ!」
「ぐううううう!」
 ブーバーンに今ついているエネルギーは五つ。つまり、山札から五枚のカード。マグマラシ、不思議なアメ、マグマラシ、炎エネルギー、アララギ博士、マグマラシがトラッシュに送られてしまった。
 マグマラシはこれでデッキに入っている分全てがトラッシュに行ってしまった。不思議なアメもそうだ。ここから自力でバクフーンを呼び出すことがもう出来ない!
「コイントスをしてウラの場合、ブーバーンについている炎エネルギーを全てトラッシュする。……ウラか。まあいい。これでお前の残りの山札は僅か九枚。限られた自分の番で、サイドを四枚引けるはずがない」
「まだ終わってねえ! リングマにダブル無色エネルギーをつけ、バクフーンのポケパワー、アフターバーナーを発動。その効果でトラッシュの炎エネルギーをバクフーンにつける。バクフーンで攻撃、フレアデストロイ!」
 バクフーン110/140が再び果敢にブーバーンに向かって殴りかかる。盛大な爆発が起き、黒煙の立ち込める中からバクフーンは戻ってくる。そして斉藤のブーバーン0/100は気絶し、そのまま消えていく。
「サイドを一枚引いて、俺の番は終わりだ」
「今のプレイング、当たりか外れか……。かろうじて当たりってところか。だとしてもサイド一枚分足りないねぇ! この勝負、見えた」
「口で言うのは誰だって出来る」
「言っただろ? 勝つべくして勝つ。勝つために勝つ、って。オレはマグマッグをバトル場に出す」
 マグマッグには進化をしようともデッキ破壊効果の特殊能力、ワザも持っていない。あるのは攻撃ワザだけだ。また狙いを変えるのか?
「マグマッグ(60/60)を新たにベンチに出す。そしてベンチのヤドキングの千里眼を発動。……続けて、ベンチのマグマッグのポケパワー、活火山を発動。デッキトップをトラッシュ。トラッシュしたのは炎エネルギーだから、それをマグマッグにつける。そしてバトル場のマグマッグをマグカルゴに進化させる」
 今回活火山を使ったのはベンチにいるマグマッグだけ。バトル場のマグマッグは活火山を使わずにマグカルゴ100/100に進化させたということは、千里眼で確認した三枚の中に炎エネルギーが一枚だけだったんだろう。
 やっぱり斉藤は慎重派だ。やる事は豪快だが、それは緻密に計算と思考を積み重ねた結果。これが勝つべくして勝つ。勝つために勝つ。こういうことか。
「手札からベンチのマグマッグに炎エネルギーをつけ、サポートカード、探究者を発動。お互いのプレイヤーは自分のベンチのポケモンを手札に戻す。オレはシェイミを戻す」
 今、俺のベンチにいるのはリングマグレートとキュウコン。キュウコンはポケパワーを使うドロー要因だが、今回の場合はドローをすればするほど自分の首を絞めてしまう。つまり今はキュウコンが不要だ。
「俺はキュウコンを手札に戻す」
「だろうな。……予定通り、マグカルゴで攻撃。溶岩流! このタイミングでマグカルゴについている炎エネルギーを全てトラッシュ。そうすることでトラッシュした炎エネルギーの数かける20ダメージ威力が上昇! トラッシュしたエネルギーは合計三枚だ。120ダメージを喰らえ!」
「ぐっ、うああああああああ!」
 マグカルゴの背中から、盛大な火の手と共に溶岩が三つ飛来する。まるで隕石のように降り注ぐそれは、衝撃を伴ってバトル場のバクフーン0/140に襲い掛かった。
「サイドを一枚引く。これでバクフーンはいなくなった。バクフーンのポケパワー、アフターバーナーが無い限り、オレから攻撃を仕掛けない以上リングマにダメカンは乗らない。リングマにダメカンが無ければポケボディーの暴走も発動せず、ワザの威力も上昇しない。そうなれば恐れるに足りないただの雑魚だ」
 斉藤の言う通りだ。リングマグレートはポケボディーの庇護無しでは無無無で威力30、無無無無で威力60しか出せない。この能力ではお世辞にも強いとは言えない。
 俺のデッキを斉藤が全て把握しているとまでは言い難いが、既にあれだけマグマラシと不思議なアメがトラッシュにあれば、もう俺がバクフーングレートを出す事が出来ない。そう読んでいる。しかもそれが的中している。
 とはいえ俺のベンチにはそんなリングマグレートしかいない。一応探究者で戻されたキュウコンを再び場に出して育てれば、炎炎無で60ダメージを与えるワザ、鬼火がある。しかしこれといった追加効果もない上に、場に出ていてエネルギーもついているリングマと違ってキュウコンは手札だ。
「そうだ。そのリングマをバトル場に出すしか選択肢は、無い。そしてこれから始まる君の番、番の初めにカードを引けば残りの山札は僅か七枚になる」
 最低でも自分の番にカードを一枚引かなければならない。そう考えればこのターンを含めて八ターンはある。でも斉藤がそんな余裕を俺に与えるはずはない。必ずどこかで再び山焼きを狙ってくるに違いない。
 まだ斉藤のベンチにブーバーンはいないが、生憎とブーバー70/70は二匹いる。どっちがブーバーンに進化するか分からない。もしもこれがブーバー一匹だけであれば余裕はあった。しかしたった1ターンでブーバー二匹を同時に倒す事なんて出来ない。
 十中八九、斉藤の手札にはブーバーンがある。そして次の番に必ず進化させてくる。今は被害を最小限に食い止めるんだ。
「俺はロコン(60/60)をベンチに出し、手札のダブル無色エネルギーをリングマにつける。さらにグッズ、ポケモンキャッチャーを使ってお前のベンチにいるブーバー一匹をバトル場に引きずり出す」
「引きずり出したところで一体何になる? 今のリングマではメガトンラリアットを使っても威力は60。HPが70のブーバーを倒すことは出来ない」
「手札からグッズ、ジャンクアームを発動。手札のエネルギー回収、チェレンの二枚をトラッシュして、トラッシュのプラスパワーを手札に戻す。そして、プラスパワーを発動! この番バトル場のポケモンに与えるダメージをプラス10する!」
「なっ……!」
「リングマで攻撃、メガトンラリアット!」
 ズシンズシンと重い音を立てつつも音とは違って鋭敏に動くリングマが、正確にブーバーの首にメガトンラリアットを当てる。
 そのまま上半身のバランスを大いに乱されたブーバー0/70は、仰向けに倒れたまま気絶した。
「サイドを一枚引いて俺の番は終わりだ!」
 これで残りのサイドは二枚。まだ十分にチャンスはある!
「くそっ、ブーバーがやられた……! なーんてな。むしろラッキーだ。オレはマグカルゴをバトル場に出す。寸でのところでラッキーだ。今の攻撃は失敗だ。目の前のブーバーンの幻に囚われていた。本当に倒すべきはマグマッグだったのに」
「……」
「すぐに後悔させてやる。オレはヤドキングのポケパワーを発動。……続けてベンチのマグマッグのポケパワー、活火山を発動。山札の一番上のカードをトラッシュする。当然成功だ、今トラッシュしたのは炎エネルギー。その炎エネルギーをマグマッグにつける。そしてベンチのブーバーに炎エネルギーをつける。続けてベンチにシェイミ(70/70)を出し、ポケパワーを発動。祝福の風!」
 祝福の風はシェイミをベンチに出したとき使えるポケパワー。自分の場の炎エネルギーを全て自在に付け替える、かなり便利なポケパワーだ。斉藤は、マグマッグについている炎エネルギー三つを全てブーバーに回した。これでブーバーのエネルギーは四つ……。
「ブーバーをブーバーン(100/100)に進化する。そしてオレの番は終わりだ」
「……今度は俺の番だ!」
 今引いたのはヒノアラシ。来た、まだチャンスは僅かながらも残っている!
 さっきも問題になっていた、マグマラシと不思議なアメが無いからバクフーングレートが出せないという問題。実は解決策が一つだけある。
 マグマラシと不思議なアメは無い。無い、それでも残り合わせて八枚ある山札とサイドのどこかにバクフーンとジャンクアームがある。
 うまく二枚を手札に揃えることが出来れば、ジャンクアームの効果でトラッシュの不思議なアメを手札に戻し、その効果でヒノアラシをバクフーンに進化させることは出来る。
 そのためにはこの番で必ず斉藤のポケモンを一匹倒し、サイドを引いてバクフーンかジャンクアームのどちらかを引く。かつ次の俺の番に山札が一枚以上残っており、そして次の番引いたカードに残りのどちらかが入っている必要がある。
 斉藤のポケモンを倒す術は既にある。手札のポケモンキャッチャーで、斉藤のマグマッグ60/60をバトル場に引き出し、リングマのメガトンラリアットで60ダメージを与えれば倒せる。
 そうすれば斉藤は必ずブーバーンをバトル場に出し、次の斉藤の番に山焼きで俺の山札を最低でも四枚は削ってくる。
 四枚削られた場合、山札二枚。五枚削られた場合、山札一枚だけ残り、俺の番に回ってくる。削られた山札のカードの中にバクフーンさえ無ければ行ける。
 ただ、この作戦が成功する確率はたった二十八分の一。言い換えると約三パーセント。針の穴のように小さい確率だけど、それ以外に俺が勝てる道筋は無い!
 なんとか斉藤に悟られずにここまで凌いだんだ。あとはやるだけ!
「俺はグッズ、ポケモンキャッチャーを発動。その効果でマグマッグをバトル場に出す。そして、ヒノアラシ(60/60)をベンチに出す」
「ヒノアラシ? まさか、バクフーンをまだ狙っているのか!」
「喰らえ、メガトンラリアット!」
 リングマの大木のような腕が、マグマッグ0/60を粉砕する。一撃で気絶したマグマッグをよそにサイドを……。引くんだ、引き当てるんだ! ここでバクフーンか、ジャンクアームのどっちかを。
「来いっ!」
 引いたサイドは……。ジャンクアーム! まずは一つ目のキーカードだ。
「そうか、ようやく分かったよ。さっきの番にマグマッグではなくブーバーを倒した本当の理由が。もしもマグマッグを倒されていれば、オレはヤドキングのポケパワー、千里眼で自分の山札ではなく君の山札を見ていただろう」
「ああ。ヤドキングのポケパワーは自分か相手の山札の上から三枚を確認できる効果。もしもそれでヒノアラシが見つかっていれば、お前は作戦を変えてでもブーバーンで削り取りに来る」
「なぜならオレは君と宮本との対戦を見ていたから、ヒノアラシが山札に四枚あることを知っている。たとえそれがどんなに小さい確率でも根絶やしにしてくる」
「そうだ。お前は常にセーフティーに事を進めてくる。だからこそ囮にしたんだ。勝つべくして勝つ、そのお前の勝利への執着が隙になった!」
「とはいえ、ヒノアラシが来る確証も無かっただろ」
「確証が無くても信じるしかないさ。これしか俺の逆転の道はない。そして、まだ確証はない」
「おそらくサイドでバクフーンかジャンクアームのどちらかを引いたんだろうな。君のデッキに不思議なアメは二つしかない。そして、その二枚は既にトラッシュされているから、不思議なアメではない」
「……そうだ」
「すべては運次第ってところか。オレはブーバーンに炎エネルギーをつける。ブーバーンで山焼き攻撃!」
 コイントスはウラ。ブーバーンの炎エネルギー五枚は全てトラッシュされる。そして、俺の山札も上から五枚。ダブル無色エネルギー、炎エネルギー、チェレン、エンジニアの調整、ポケモン通信がトラッシュされた。
 バクフーンはトラッシュされていない! 残り一枚の山札と、残り一枚のサイド。そのどちらかにバクフーンのカードがある。
 勝てる!──
「どちらに転んでも、ここが最後のドローだ! 行くぞ!」
 引いたカードは……バクフーン!
「この勝負、もらった!」
「それはどうかな」
「何……?」
 俺の番だというのにまだ何か仕掛けてくるのか? 寒気が全身を駆け抜けて、喜びが一瞬で萎んだ。身構え、睨みつけた斉藤の目は……。どうしてか寂しそうに見える。
「奥村翔。何か聞き覚えがあると思ったら、ついさっきようやく思い出した。PCC(ポケモンチャレンジカップ)で、あの山本を倒した高校生。最初に話を聞いたときは思い出せなかったが、これで全てが納得出来た」
「それがなんだ」
「オレの仲間……、ああ、そいつもアルカニックだがお前の対戦を見た感想を教えてくれた。こいつは二流だと。戦ってみてそれは痛いほど身に染みた。しかし二流か一流かと言われれば、オレからすれば判断はつけ難い」
「それが何の関係がある」
「判断し難いが、その代わり一つ確かなことがある。それは君のポケモンカードは『幼稚』だということだ」
「ふざけんな! 何が言いたい。俺はジャンクアームもバクフーンも揃っている。いまさらそんな言い訳をしてなんになる!」
「実際に対戦してみて分かったよ。確かに君は『対戦』はしている。しかし『勝負』はしていない」
 ただの時間稼ぎか。長広舌をふるってもらう時間が無い。早くこいつを倒して、姉さんを探さないと。
「まず君は、意識していなくとも対戦相手を『敵』と『味方』のどちらかに分類してしまう。その結果、『敵』には強いが『味方』と戦う場合の戦績は五分五分、或いはそれ以下になる。それはどうしてか?」
「俺は、ジャンクアームを発動。手札を二枚トラッシュして、不思議なアメを手札に加える」
「それは、君の原動力が敵愾心で出来ているからだ」
「不思議なアメを使って、ベンチのヒノアラシをバクフーングレートに進化させ、バクフーンのポケパワーでリングマにトラッシュの炎エネルギーをつけ、ダメカンを一つ乗せる」
 ダメカンが乗ったことでリングマのポケボディー、暴走が働く。この効果でリングマのワザの威力は上がり、メガトンラリアットの威力は120になり、攻撃すればブーバーンを倒して逆転勝ちが成り立つ。
「山本の時だってそうだ!」
「っ……!」
 先ほどの小さな声の語りかけと違い、突然大声を出した斉藤に少し怯んでしまった。
「山本は自身の復讐のために能力を増強させようとし、お前はそれを否定して、阻止しようとした」
『野望! この世から不要な人間を全て消し去り、おれがおれの理想とする世界をこの手で!』
 頭の中で山本の言葉がリフレインする。もう数か月の前の出来事だが、あんなことがあった以上そう簡単に忘れられない。
「……それがどうした」
「山本の時だけではない。『敵』とみなした相手と戦うとき、お前は自分が良くないと思った思想を持つ相手のそれを否定して、自分のエゴを、正義を相手に押し付ける。オレとの対戦でもそうだ! だからこそ、ヒヤヒヤした場面はあったがこの勝負は本当に面白くなかった」
「……」
「お前のスタイルはあまりにも幼稚すぎる。それがある意味では利点でもあるが、ほとんどが欠点。今までもっていたのが不思議なくらいな危険な強さだ。そんなまやかしの強さとは違う、本当の強さを身に着けてこそ真の意味での強いプレイヤーと言える」
「どういうことだよ」
 すっ、と山本は右手の人差し指を一本だけ立てる。
「勝負の場に余計な思想や感情は不要だ。それを制御することが、本当の強さだ。……分からない顔をしているな。全ては単純だ。ポケモンカードはあくまで娯楽であり、それ以上でもそれ以下でもない。ポケモンカードをしている以上、カードは楽しんでこそ価値がある。オレの場合であれば、勝ちたいから勝つという動物的本能と、勝つために貪欲になる人間的本能。これがオレがポケモンカードを楽しめるものにしている、本当の強さだ。最初に言っただろう?」
『勝つべくして勝つ。勝つために勝つ。そして勝利の果ての世界へ……! そう。究極のオーガニズム! そこを目指すためならオレは自分を偽らない。ただ勝利を追及する!』
「力故に勝ち、勝つこと即ち力になる! それに比べてお前はどうだ」
「お……、俺は……」
「今みたいな勝負で楽しんでいると言えるか? そもそもお前は勘違いしている。勝負の場には敵も味方も存在しない。あるとすれば、相手だけだ。敵味方や思想云々はすべて勝負の後だ。確かに対戦開始直後に雫さんが行方不明になるイレギュラーがあったが、その前の宮内の件からお前は余計なものを持ち込んできていた。事実、宮内との対戦の時とはまるで様子が違う。その目に余裕が無い。気になって、煽るという形で確認してみたが結果としては残念な方に転がった。まさしく心ここに非ずというべきか、お前は目の前のカードではなくその奥のオレばかり見ていた」
「くっ……」
「だったらどうした、とでも言いたそうだな。だがオレはそういう人間を過去に何人も見てきた。そしてその結末も。……直に身をもって知ることになる。勝利の恐怖を!」
「勝利の……恐怖?」
「昔話をしよう。オレがアルカニックに所属する前、一時期スランプに陥っていた。その理由は単純だ。勝利に恐怖を抱いていたからだ」
「……」
「オレは地元の友人たちの中では確実に強かった。その友人たちの腕がオレより劣ると分かっていても、オレは勝つのが楽しかった。勝ち負けでは勝てばうれしい、それは何においても同じだ。だから勝ち続けていた。しかし、それも長くは続かない。どうしてか分かるか」
「……分からない」
「負けた方は楽しくないと感じたからだ。オレと戦えば負けるだろう。そして負ければ、楽しくない。楽しくなければやりたくないと思うのは当たり前だ。友人たちはオレに負けるのが嫌になり、最終的には誰もオレと対戦をしてくれなくなった。だが、オレだって負けたくない。負ければ楽しくないし、友人たちの間では一番強いという信頼や地位を失いたくないから負けたくない。結果として、周りから仲間が減る『勝利の恐怖』と、楽しみを味わえない、その上地位を失うという『敗北の恐怖』の二つを味わうことになった。よくよく考えてみれば、それは不思議な事ではない。勝利というもの自体が、相手から何かを奪うものだから。負けた方は少なくとも勝利を奪われる。そして勝った方は負けた方から勝利を奪う。こんな普通のことが怖くなるのは、勝った方が勝利以上のモノを奪ってしまったときからだ!」
 勝った以上のモノ……。斉藤の場合は友達、ということだろうか。
「そして友人たちから離れ、店舗大会などで知らない人たちと戦う時でも、それは常に心のどこかで引っかかる。ここ一番でこうしなくてはいけないプレイングでうっかり出来ず、あと一歩のところで躊躇いが生じ、ピンチになればパニックになる。しかし、そんなオレにも転機が訪れた」
 すう、と深く深呼吸した斉藤は両手を横に広げる。
「それがアルカニックとの出会いだ。ここのメンバーは、全国大会や世界大会で結果を残した人たちが集まっている。皆が皆勝利のために全てを費やしている。そんな成績に惹かれた? 違う。当時のアルカニックのメンバーは、誰も勝利も敗北も恐れない。全てをありのままに受け入れ、ポケモンカードを純粋かつ最大に楽しんでいる。汗と涙がぶつかり合い、最高のシンパシーを奏でている! 勝利も敗北も、その全てを喜びの糧とする。その姿勢にオレは雷にでも打たれるような衝撃を受けた。生憎、今のアルカニックは当時よりも人数が肥大化したり思想が変化したりと、全員が全員そうとは言えなくなってしまったが、オレは今でも変わらない。……横道に逸れたな。そう、恐怖だ。とはいえ、今でもオレは勝利が怖くなる時がたまにある。オレが勝ったがために相手がどうなってしまうか。どんなことを考えてしまうかをついつい気にしてしまう。だがその度にオレは恐怖に打ち克つ! 余計な感情、ましてや思想を取っ払う! 目の前の相手と向き合う! ありのままの喜びを享受する! これがオレの本当の強さだ。その点お前はどうだ! 恐怖に怯え、自分の都合を勝負の場に持ち込み、オレとは本当の意味で向き合わずに自分の都合とばかり戦い、怒りと焦りに呑まれている! その結果、これからお前は自らのエゴのために一人の男の命を奪う! 宮内にも同じようなことをしたんだから出来るよなぁ? オレを殺ってみろよ。そしてその血まみれの手でお前のお姉さんを追いかければいい」
 斉藤は具体的な対策はしてこない。つまり逆転はされない。このまま予定通りやれば勝てる。勝てるのに、踏み出せない。
 それがどうしてか、本当は分かってしまった。分かっているからこそ向き合ってしまいたくない。『勝利の恐怖』に──。
 最後の最後、ゴールまであと一歩のところで突き貫かれてしまった。そこに出来た風穴が、俺を、俺の全てを飲み込み始める。
「どうした! やれよ!」
「俺は……」
 冷や汗が幾筋も流れた。心臓がバクバクしてひっくり返ってしまいそうだ。鳥肌が立ち、寒気が止まらない。
 俺が勝ったとして……。本当にそれでいいのか? 俺は勝利以上のモノを……。
 宮内はこいつに禍根がある。姉さんは行方不明になった。そんな姉さんをこいつは出汁にした。こいつが良いやつなはずがない。
 良いはずがない? それは俺のエゴで、押し付けているだけで……。
 風見たちもそう感じているかもしれない。普段は嫌々付き合って、こいつは押し付けがましいやつだ。なんて俺のいないところで言われているかもしれない。
 身近なところだけじゃなくて、風見杯やPCCで対戦した人たち。山本だって斉藤だって、そう感じているかもしれない。
 俺はどうすれば……、何をすればいいんだ……。
「いい加減早くしろよ。お前の姉さんがどうなっても知らねえぞ」
「っ……! リングマで、メガトンラリアット! ……あっ」
 時すでに遅し。つい反射的に言ってしまった。何かを叫んだ気がするが、リングマは止まらない。リングマのラリアットがブーバーン0/100を一撃で気絶させる。
 全てが歪んでいく。対戦が終わり、消えていくポケモン達。そして仰向けに倒れ、消えていく斉藤。
 風に舞う斉藤の手札の中で見つけたポケモンキャッチャーのカード。どうして。前の番にそれを使ってヒノアラシを攻撃していれば、俺の逆転の芽は完全に摘まれて勝てたはずなのに……。
「どうだ……、味わったか。これが勝利の恐怖だ」
 嘲笑うようなか細い声が俺の耳に届いて、辺りは静かになった。



翔「今日のキーカードはシェイミだ。
  単純な戦闘能力ではお世辞にも高いとは言えない。
  その代わりポケパワーを活かして勝負を加速させる!」

シェイミ HP70 草 (E)
ポケパワー しゅくふくのかぜ
 自分の番に、このカードを手札からベンチに出したとき、1回使える。自分のポケモンについているエネルギーを好きなだけ選び、自分のポケモンに好きなようにつけ替える。
草無 エネルギーブルーム  30
 エネルギーがついている自分のポケモン全員のHPを、それぞれ「30」ずつ回復する。
弱点 炎×2 抵抗力 闘-20 にげる 1

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