116話 信じているから

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「……ここまでやられるとは想定外だった。よくもこれほどのダメージを与えたと素直に賞賛しよう。だが、その程度で己(おれ)が止まると思っているのならば笑止千万! 次元の違いを見せてやる。己は、手札からまんたんの薬を使う。その効果でスイクン&エンテイLEGENDのエネルギーを全てトラッシュし、乗っているダメカンを全て取り除く」
「そ、そんな……」
 ダメージを回復されるだけじゃなく、特殊エネルギーもトラッシュされた。これじゃあハッサムのレッドアーマーの効果が発揮されない……。
「手札からサポート、デントを発動。山札の基本エネルギーを三枚手札に加える。己は炎、水、水エネルギーを手札に加え、スイクン&エンテイLEGENDに炎エネルギーをつける。さらにオーダイルの雨乞いの効果で手札の水エネルギー二枚をスイクン&エンテイLEGENDにつけ、攻撃。やれぇっ! バーストインフェルノ!」
 もう攻撃を無効化出来ないハッサムを大きな火球が飲み込み、巨大な火柱がハッサム0/100を包み込む。膝の力が抜け、カクンと膝立ちになって火柱をぼんやりと見つめる。
 ダメだ……、もう勝てない。
「どうした。我が同胞、スイクン&エンテイLEGENDの力に臆したか」
「ぼ、……僕はバトル場にストライクを出す」
 今のライコウのバトル場には炎エネルギーが一つ、水エネルギーが二つついたスイクン&エンテイLEGEND190/190。そしてベンチにはオーダイルグレート140/140。今ハッサムが倒されたことで、ライコウの残りサイドは三枚。しかもスタジアム、セキエイ高原の効果でスイクン&エンテイLEGENDの最大HPは160から190へと大幅に強化している。
 対する僕のバトル場はストライク70/70、ベンチにはハッサムグレート100/100、特殊鋼エネルギーをつけたボスゴドラ140/140。そしてサイドは五枚。
 あまりにも強大で、圧倒的過ぎる。「次元が違う」と言っていたライコウの言葉が身に染みた。スイクン&エンテイLEGENDだけじゃない、ライコウのプレイング技術も今まで僕が戦った人の中では最も強い。勝つどころか食らいつくことさえ許されない、明瞭な実力差──。
「まだだ!」
「えっ?」
 後ろから飛び込んできた叫び声につられ、振り返れば先輩が傷ついた体を奮い立たせ、ゆっくりと立ち上がって僕を真っ直ぐ見つめている。いつまでも膝立ちになっているのが恥ずかしくなって、自然と立ち上がる。
「まだ勝負は終わってない! 諦めんなよ! なあ!」
 一歩一歩、ゆっくりと。先輩はふらつきながらも僕に近づき、ポンと左手で右肩を叩く。叩かれた肩に、ぎゅっと先輩の体重がのしかかる。頭を僕の肩よりも低い位置にしながらも、僕を。僕の目を見つめる。向かい合うように先輩の瞳を覗き込む。
 そうだ。僕の後には先輩がいる。思い出すんだ、ライコウの言葉を。
『貴様らはこれからこの己に勝つまでここから出られることはない。覚悟しておけ』
 僕が負ければ次は先輩がこのライコウと強制的に戦うことになる。いくら先輩のデッキが雷ポケモンで、ライコウが操る水デッキに相性が良くても、このライコウならばその程度は自身のプレイングで巻き返してくるはず。もしかしたら、なんてことも……。
「まだ勝負は半分しか終わってない、希望はまだ残ってるんだぞ!」
 希望──。そうか、その手があったか! このライコウを倒す「希望」が、今見えた。
「任せてください、まだ僕は負けません。先輩は下がって、僕の対戦をよく見ててください」
 先輩が下がったのを確認して、カードを引く。引いたカードは特殊鋼エネルギー。よし、これだ。僕は「まだ」負ける訳にはいかないっ!
「手札の特殊鋼エネルギーをベンチのボスゴドラにつける。そしてグッズ、ポケモンキャッチャーを使い、ベンチのオーダイルをバトル場に引きずり出す!」
 オーダイルの逃げるエネルギーは三つ。ポケパワーですぐに逃げられる可能性は十二分にあるけど、それでもライコウの手札は減らせれる。出来るだけ手数を使わせるのが今は重要だ。
「目の色が変わったから期待してみれば。その程度の小細工は時間稼ぎにもならん! 己はチェレンを発動。山札からカードを三枚引く。そして手札からエネルギー回収を使わせてもらう。トラッシュの水エネルギーを二枚まで選び、手札に加える。己が加えるのは無論水エネルギー二枚だ」
「エネルギー、回収っ……!」
「オーダイルのポケパワー、雨乞いの効果で手札の水エネルギーを三枚、オーダイルにつける。そしてオーダイルのエネルギーを三つトラッシュしてオーダイルをベンチに逃がし、スイクン&エンテイLEGENDをバトル場に出す。まずは目の前の雑魚から焼き尽くしてくれる。バーストインフェルノ!」
 眼前に迫り来る灼熱の炎がストライクに触れると同時に爆ぜ、ストライク0/70を飲み込む強大な火柱を生み出す。熱波が顔をふさぐ両腕と腹に襲い掛かる。
「ううううっ、ああっ!」
「己はサイドを一枚引く。このまま楽にはさせまい、最後の最後までせめてこの己を楽しませろ!」
「ぼ、僕はボスゴドラをバトル場に出す! 今度は僕の番だ。手札からオーキド博士の新理論を発動。手札を全て山札に戻し、シャッフル。そして六枚引く」
 引き直したカードの中には……、ダブル無色エネルギー! よし、望んでいた通りのベストなカードだ。
 ボスゴドラ140/140には今特殊鋼エネルギーが二枚ついている。特殊鋼エネルギーは、鋼ポケモンについている限りそのポケモンが受けるワザのダメージの威力を10減らす効果があるから、計‐20ダメージまで防ぐことができる。
 さらに鋼鋼無無で使えるガードクローというワザは、その効果で次の番にボスゴドラが受けるダメージを‐20することが出来る。この二つが組み合わされば受けるダメージは合わせて‐40。バーストインフェルノを受けたとしても、80×2-40=120でHPが20だけギリギリ耐えることが出来る。そうすれば時間も稼げる!
「僕は、ダブル無色エネルギーをボスゴドラにつける。そしてボスゴドラで攻撃。ガードクロー!」
 固く鋭い爪を振りおろし、スイクン&エンテイLEGEND130/190に60ダメージを与えてから、振り下ろした腕の勢いを利用して、体をガッチリと丸めて外鎧だけを相手に見せつける。
「まさか! おっ、おい! 向井!」
「……やっぱり気付きますよね。先輩、さっきも言いましたけど僕の対戦ちゃんとよく見ててくださいね」
「馬鹿言うな! お前も──」
「何を企んでいるかは知らんが、今度は己の番だ。守りに入ったところでどうとなると思えば大違いだ。……だが、小細工をまたされては困る。そのハッサムから潰してくれる!」
 ベンチのハッサム100/100を先に倒すと宣言……。だったらポケモンキャッチャーをライコウは使うはずだ。
「スイクン&エンテイLEGENDで攻撃」
「そんな! ポケモンキャッチャーを使わないで!?」
「激流の刃!」
 スイクンの背後から二つの水流が、破裂した水道管のように勢いよく飛び出す。二つの水流は蛇のように互いに絡み合いながらも、バトル場のボスゴドラを飛び越えてベンチのハッサムに降り注ぐ。
「うわああああああっ!」
 耳を強く打つ音と共に盛大な水しぶきと衝撃が飛んでくる。踏ん張ったはずでも、ふわっと体が浮いて尻餅をついてしまった。さっきからバーストインフェルノといい、この激流の刃といい、どこかおかしい。普通なら熱さを感じたりしないはずなのに、スイクン&エンテイLEGENDのワザはまるで実体化しているような。
 ま、まさか……。これが翔さんとかが言っていた、能力者?
「大丈夫か!?」
「はい、なんとか大丈夫です」
「向井のベンチにいたはずのハッサムが一撃だなんて……」
「激流の刃は自身についている水エネルギーを二つ手札に戻すことで、相手のベンチポケモンに100ダメージを与えるワザだ。バトル場に出てこようとベンチに逃れようと、貴様らは己の攻撃からは逃れることは出来ない。己はサイドを一枚引く」
 水エネルギーを二つ手札に戻す……。なるほど、だからオーダイルグレートが必要なのか。オーダイル自身の真の役割は、激流の刃のディスアドバンテージをポケパワーで無に帰させること……。
 それでも激流の刃はベンチにしか攻撃出来ない。僕のベンチにはもうポケモンがいないから、次の番使われることはない。これはまだチャンスでもある。この番ガードクローでスイクン&エンテイLEGENDのHPを70/190まで削り、バーストインフェルノを耐え、火傷を回避すれば、鋼鋼無で使えるボスゴドラのワザ、傷をえぐるであのスイクン&エンテイLEGENDは倒せる!
 傷をえぐる自体の威力は40だけど、相手にダメカンが一つでも乗っていればワザの威力はさらに40上がり、40+40=80ダメージになる。これさえ決まれば、せめて一矢報いることが出来る。
「ボスゴドラで攻撃。ガードクロー!」
 スイクンに鋭い爪の一撃が強襲する。これでスイクン&エンテイLEGEND70/190。お膳立ては整った。
「ぬう! だが今更攻撃をしたところで己のサイドは一枚、貴様のサイドは五枚。どうあがいたところで勝ち目はない」
「大事なのは勝つことじゃない!」
「……どういうことだ」
「希望を残すことだ! たとえ僕が負けたとしても、先輩がきっとお前を倒してくれる。僕はそう信じているから、最後まで全力で戦える!」
「そうか、あの時……。立ち直ったと思えば既に覚悟していたのか」
 そう。僕のするべきことは出来るだけ手数を費やし、ライコウの戦術を暴く。それを元に先輩がライコウを倒す。そうすれば先輩は助かるはずだ。いわゆる二人一殺。
「そこまでは流石の己も読めなかった。『希望』か。だがそれが何になる。自分を犠牲にしたところで貴様自信救われるわけでもない!」
「先輩は僕にとって大切な人なんだ! 先輩がいたから今の僕がいる。だけど、僕は先輩に助けてもらってばかりだった。だからこそ僕はこうして恩返しするんだ! 僕が負けたからといって先輩が勝てる訳じゃないけど、それでも『希望』は繋がる! 先輩が今まで僕にくれた『希望』を、僕がこうして紡ぐんだ!」
「向井、お前……」
「まあいい。今更この己が知ったことではない! そしてこのスイクン&エンテイLEGENDはそのような役に立たぬ策略で打ち負かせられるカードではないぞ。おおよそなんとかここを凌ぎ、次の番に傷をえぐるで倒そうと考えているつもりだろうが……、小癪な手は通用しないということを身をもって教えてやろう。この番でこの勝負を終わらせてやる」
「だけど、激流の刃はベンチポケモンにしか攻撃出来ない。そしてバーストインフェルノでは、特殊鋼エネルギーとガードクローの効果で一撃で倒せるという保証はない!」
「笑止。この己がその程度のことを見逃すと思ったか! 手札からプラスパワーを発動!」
「な……!」
「プラスパワーも持っていたのか!」
 プラスパワーの効果でスイクン&エンテイLEGENDのワザの威力は10上がる。つまり、(80+10)×2-40=140。僕のボスゴドラ140/140が一撃に──。
「オーダイルのポケパワーで、手札の水エネルギー二枚をスイクン&エンテイLEGENDにつける。望み通り貴様を葬ってやる。これで終わりだ! バーストインフェルノ!」
 せめてもう一ターンくらいはもたせたかったな……。
「向井、向井ー!」
「……先輩。後は──うっ! ぐううう、ああああぁぁああぁあ!」
 高校に入学してすぐバスケ部に入ったのは良いものの、割と内気なせいもあって友達を作れず、戸惑っていた僕に最初に声をかけてくれたのは先輩だった。
 先輩が他の同級生や上級生たちに、僕を紹介してくれたお蔭で僕にはいろんな友達が。想い出が出来た。
 だから、今度は僕が先輩のために……。
 衝撃で吹き飛ばされ、地面に叩き付けられたんだろうか。もう全身が痛すぎて、今僕はどこを向いているのか、どんな体勢になっているかも分からない。
 ぼんやりした視界の中に、ぐにゃりと歪み続ける先輩の姿が見えた。ちゃんと顔が見れないよ。何か叫んでるみたいだけど、悔しい。全然声が聞こえない。
「っ──」
 ガクガクと震えながら伸ばした僕の手が透けてみえる。先輩の手が僕の手を握ったはずなのに、まるで僕が幽霊のようにすり抜けてしまう。
 最後まで迷惑をかけてごめんなさい……。今までありがとう、ございました。



恭介「今回のキーカードはスイクン&エンテイLEGEND。
   くっ、何なんだこの強大なステータス!
   それでも攻略法はあるはずだ。必ず仇は取ってやる!」

スイクン&エンテイLEGEND HP160 伝説 水炎 (L2)
水水無 げきりゅうのやいば
 このポケモンについている水エネルギーを2個手札にもどし、相手のベンチポケモン1匹に、100ダメージ。[ベンチへのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。]
炎無無 バーストインフェルノ  80
 相手のバトルポケモンをやけどにする。
【特別なルール】
・手札にある2枚のスイクン&エンテイLEGENDを組み合わせて、ベンチに出す。
・このポケモンがきぜつしたら、相手はサイドを2枚とる。
※「伝説ポケモンのカード」は、「上」と「下」を組み合わせて使います。
弱点 雷水×2 抵抗力 - にげる 1

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