106話 確固たる覚悟O

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 何が何でも勝つ。勝たないとならない。俺とかつての育ての親、遠藤との対戦は折り返し地点を通過した。
 終盤になればなるほど逆転はしづらい。だから、せめて今のうちに勝利への糸口を掴まないと。
 今俺のサイドは三枚、遠藤のサイドは二枚。俺のバトル場にはダブル無色エネルギーがついたサザンドラ150/150、ベンチにはキュレム130/130。
 遠藤の方にはバトル場に超、ダブル無色がついているゴチルゼル130/130、ベンチにはゴチルゼル130/130、ランクルス90/90、ランクルス70/90。
 場からして不利なのに加え、ヤツは強力なコンボを持っている。ゴチルゼルの特性はマジックルーム。ゴチルゼルがバトル場にいる限り俺はグッズを使えない。そしてランクルスの特性、ダメージスワップはダメカンを自分のポケモンに自由に乗せ替えれる効果。
 勝つためには遠藤のゴチルゼルのグッズ封じ、ランクルスのダメカン移動、まんたんのくすりで回復という三拍子揃った戦術を打ち破らねばならない。
 しかしいくら考えても考えても、俺のデッキの構築の問題のせいか答えが出ない。ならばやることは一つしかない。押して押して、押しまくる!
「俺の番だ!」
 引いたカードはポケモンキャッチャー。相手のベンチポケモンを強制的にバトル場に出させる……グッズだ。これが使えればランクルスを始末出来るのだが、それをゴチルゼルに完全に封じられてしまってる。
 考察する限り、このデッキ自体は無敵ではない。例えばミラーマッチ、相手も同じデッキの場合だ。ゴチルゼル、ランクルス共に弱点は超タイプ。なのでマッドキネシスの打ち合いになって、先に息切れすれば負けになる。
 他にはゴチルゼルやランクルスに育つ前に潰す。俺も試みたが、既に失敗してしまっている。やはりこいつらはミラーマッチでない限り完成してしまうと普通は崩せない。そんなことは分かっている。
「俺はサザンドラにダブル無色エネルギーをつける。サザンドラは特性、ダークオーラの効果で、このポケモンについているエネルギーを全て悪エネルギーとして扱う。続いてサポート、ふたごちゃんを発動」
「……くっ」
「ふたごちゃんも、俺のサイドがお前のサイドよりも多い時に使えるサポート。その効果で山札から好きなカードを二枚手札に加える」
 遠藤を打倒するためにはここで中途半端にサポートを持ってくるよりも、確実に次に繋げれるエネルギーが必要だ。水エネルギーとレインボーエネルギーの二枚を手札に加える。
「さあ、サザンドラで攻撃だ。遠藤、お前に目に物見せてやる。狂気の刃!」
 サザンドラの三つの首が深く息を吸いやや後傾させながら、夜の闇よりも深い漆黒に染まったエネルギーを溜め、一気に首を前に出すと同時に溜められていたエネルギー三つが遠藤の場に放たれる。
 鋭い剣のように尖った三つのそれが、遠藤の場という場を荒らしていく。
「ぬおおっ、ぐう!」
 黒煙のエフェクトが遠藤の場を覆い尽くしたが、やがてすぐにそれも晴れていく。そこにはダメージを受けた三匹のポケモンと、被害を受けずに済んだベンチのゴチルゼル130/130を見て、遠藤は驚愕する。
「私のポケモンが、こんなにダメージを!」
 一気にダメージを受けてしまったゴチルゼル70/130、ランクルス30/90、ランクルス50/90。もちろん、全て狂気の刃のワザだけだ。
「狂気の刃の威力は60。だがそれだけでなく相手のベンチポケモン二匹に40ダメージずつ与えることが出来る」
「計140ダメージ、か」
「これで俺の番は終わりだ」



 序盤に比べると、キュレムと空手王の番から吹っ切れたのかワザの威力が増大している。
 だがさっきのキュレムの逆鱗とは違い、今の狂気の刃はダメージが分散している。それなら何も怖くない。分散されているなら集約し、回復すればいい。
 詰めが甘くなったな。というのが雄大の戦術への印象か。
 もしもこの戦術が衝撃増幅装置の出力を上げて私の戦意を喪失させる、というつもりであれば私は失望する。多少痛いとはいえ通常の出力の十分の一、なんの問題も無い。
「私のターン。さあ、どうしたものか」
 それよりも厄介なのはサザンドラの抵抗力。サザンドラは超タイプから受けるワザの威力を20減らしてしまう。
 私のバトル場のゴチルゼルの攻撃では倒すのに時間がかかってしまう。ゴチルゼルのワザ、マッドキネシスは威力30に加えゴチルゼルについている超エネルギーの数×20だけ威力が上がるが、今ゴチルゼルに超エネルギーは一枚、よって30+20=50ダメージしか与えられない。
 さらに抵抗力の分も引かれて実質与えうるダメージはたったの30。これではサザンドラを倒すために私の番だけで数えて五ターンもかかってしまう。しかし、今手札にある超エネルギーをつけることでマッドキネシスの威力を増加してやることも出来る。
 だが毎ターンエネルギーを増やしていったとしても……。50、70、90。どうしても三ターンかかる。ならばエネルギーを一枚だけつけて、ベンチのゴチルゼルに控えとしてつける方が良いだろう。同じ三ターンかかるならば控えがいつでも戦えるよう努めるべきだ。
 後続のキュレム130/130のことを考えればゴチルゼルにエネルギーを付け続ける方が建設的かもしれない。だがヤツには先の空手王がもう一枚飛んでくる可能性がある。
 それで計算が狂い、エネルギーが大量についたゴチルゼルが気絶してしまえば後が続かず、飲み込まれてしまう。私の山札に超エネルギーは九枚あるが、既に三枚はトラッシュにある。高火力のゴチルゼルを立てなおす方が難しい。
 そもそも毎番超エネルギーを確保出来るという保証もない。成程、よくよく考えれば私に選択を渋らせる良い戦術だ。それならば時間をかけても着実に戦うまでだ。
 生憎手札にはまんたんのくすりを補うカードがある。今は雄大の攻撃を防ぎながら着実にやつの命を削りに行く。
「どうした、長考か」
「ふん。ランクルスのダメージスワップを発動する」
 操作がややこしいが、バトル場のゴチルゼル70/130に乗っているダメカン六つ、ランクルス30/90に乗っているダメカン六つをベンチのゴチルゼルに乗せ替えることで、左から順に130/130、90/90、10/130へHPを入れ替えさせる。
「そしてバトル場のゴチルゼルに超エネルギーをつけ、グッズカードのジャンクアームを使わせてもらおう。このカードの効果は、手札を二枚トラッシュさせることでトラッシュにあるグッズを一枚手札に戻す。ポケモンコレクター、ポケモン通信をトラッシュし、まんたんのくすりを手札に戻す」
「くっ!」
「そしてまんたんのくすりを発動だ。ベンチのゴチルゼル(10/130)のHPを全回復させる」
 このカードの回復量は異常と言っても良いほどだ。回復するポケモンのエネルギーを全てトラッシュする必要があるという制約があるものの、ダメージスワップでエネルギーがついていないポケモンにダメカンを乗せ替えてやればそもそもエネルギーがついていないポケモンに乗せ替え、無償で回復出来るというパターンに持ち込むことは容易。
 敢えて言うならばランクルス90/90は二進化ポケモンだというのにHPが極端に少ないが、ゴチルゼルでグッズを封じておけばポケモンキャッチャーのようなグッズカードでその貧弱なHPを晒す必要が無い。これこそが完璧なタクティクスだ。
「サポート、ベルを使わせてもらう。手札が六枚になるよう、山札からカードを引く。私の手札は今一枚のみ。よってカードを五枚引く。そしてゴチルゼルでマッドキネシス攻撃だ」
 空間を歪ませる凝縮されたアメジスト色のエネルギーが、ゴチルゼルの合図一つで、大地を抉りながら突き進みサザンドラに襲う。
「ぐおおおおおおおっ! だァ!」
「どうした雄大。まだまだこの対戦は終わらないぞ」
 大きく肩を上下に揺らし、真っすぐ立てずにふらふらと千鳥足になっている雄大。指一本で突いてやれば、立ち上がることさえ難儀そうだ。どうした。お前の実力はそんなもんじゃないはずだ。



「俺の、ターン!」
 引いたカードは、またもグッズカードか。無駄ドロー、と言うやつだな。
 だが収穫はある。明らかに遠藤の姿勢が引き気味になった。空手王に続け、ふたごちゃんの牽制が上手いこと効いたのか、ヤツも空手王を警戒して迂闊に下手な攻撃は出来ないだろう。
 実際のところ、空手王は俺のデッキには一枚しか入っていない。だが遠藤はもちろんそんなことを知らず、俺の放った大きな影と苦闘しているだろう。
 心理戦なんてそういうモノだ。ありのままの自分を見せる必要はない。大きな影を見せつけることが大事なのだ。拓哉(裏)ではないが、恐れれば恐れるほど無意識的に引き気味なプレイングになる。ポケモンカードは戦いに行かなければ勝てない。そのことを忘れ、守り守りに行けば勝利はどんどん遠ざかる。
 後ろが崖だと知らずに一歩一歩下がる、まさにそんな調子だ。遠藤はもう崖の縁に足をかけようとしている。
 しかしながら余裕、ということでもない。所詮影なのだと気付かされれば、間合いを詰められ俺が崖から突き落とされる。慎重に、緻密に心理戦を潜り抜け、豪快に、強大に肉弾戦を制す。それが俺の、俺自身が編み出したスタイルかつタクティクスだ!
「俺はキュレムに水エネルギーをつけ、サザンドラで攻撃だ。狂気の刃!」
 サザンドラは間髪入れずに三つの漆黒の剣状のエネルギーをぶち込んでいく。狂気、と呼ぶにふさわしい光景だ。
「ふぐうう! ぐう、グッズを封じて戦術を抑えたはずなのにこれほどか……!」
「俺にとって戦術はあくまでおまけ程度。圧倒的なパワーを際立たせるモノにしか過ぎない! 止められると思うなよ!」
 二度目の狂気の刃で、バトル場のゴチルゼル、ベンチのランクルス二匹に再び攻撃をしかけ、順に残りHP70/130、50/90、10/90まで削っていく。
 あと10あればランクルスは倒せたが、ギリギリ届かないのが歯がゆい。
 俺自身もブレーキをかけれる、とは思っていない。いくら影を見せつけたからといって、チャンスになったわけでもなく、むしろ劣勢だ。
 だからこそ僅かに開いたこの勝利へ続く隙間を、手放すわけにはいかない。手を伸ばさなくてはならない。
「私のターン! いくらダメージを与えようが無駄だ無駄だ! ダメージスワップを発動ゥ!」
 バトル場のゴチルゼル70/130、ランクルス10/90からダメカンが一気に大量に取り除かれていく。110/130、90/90まで回復した両者をヨソに、ベンチのゴチルゼルに10/130になるまでダメカンが乗せられる。
「手札からまんたんのくすりを発動。その効果でベンチのゴチルゼルのダメカンを全て取り除く」
「やはりか……」
「さらにもう一度ダメージスワップだ。バトル場のゴチルゼル(110/130)のダメカン二個を、ベンチのランクルス(50/90)に乗せ替え、もう一枚まんたんのくすりを使い、このランクルスのHPを回復させる」
「二枚目だと!」
 ダメカンを吸収してHPが30/90に一時的に下がったランクルスだが、すぐにまんたんのくすりで全快してしまう。本当にキリがない。
「続いてベンチのゴチルゼルに超エネルギーをつけ、サザンドラに攻撃。マッドキネシス!」
「だっ、ぐううううあああ!」
 回転。後に衝撃。一瞬何が起きたか分からなかったが、どうやらバランスを保てずとうとう俺が倒れてしまったようだ。
 痛む。全身が。立ち上がろうと足を動かそうとしても、支えにしようと腕を動かしても、衝撃還元装置からの電撃は止まっているのに痛みが残る。
「大丈夫か雄だァい。……もう限界か?」
「ちょっと、休んでいる、だけだ」
「こんな状況でも強がれるか。母親似だな」
「……遠藤。どうしてお前は俺の父さん達を裏切った」
 対戦に夢中ですっかり忘れていた事だった。仮にも父さん達と大学生時代を過ごしてきたなのに、何故裏切らなければならなかったのか。ずっとこれに関する事件の際、胸に突っかかっていた。
 何か納得できる理由でもあるのか。父さんは、所謂引き抜き、EMDCが金で遠藤を買収したと言っていた。俺もそうだと思うが、TECKも大手企業。金にはそんなに困らないはずだ。何かおかしい。だからこそ、知りたい。
「知りたいか?」
「……ああ、知りたいな」
「ふん、私が裏切っただのなんだのと知っている限り、お前の父親は諸々と話したようだな。……良いだろう」
 正直なところ、快諾してくれるとは思っていなかった。どうせこの対戦に勝てばうんたらかんたらなどと言うのだろうと思っていたからだ。
「先に言っておくが、金ではない」
「だろうな」
「復讐だ」
「復讐?」
「そう、復讐。私はお前の父親が、憎かった」
 予想外の答えに思わずたじろぐ。痛みがひいていたことに気付き、ようやく重い腰を上げて立ち上がると、遠藤が続ける。
「私はお前の母親に恋をしていたのだ。……叶わなかったのだがな」
「恋?」
「私とお前の母親、愛華はお前の父である雄平やもう一人の仲間である田中と出会う前から。高校の時から知り合いだった。私に意気地が無く、告白できないままだった私にも問題があったし、そこをとやかく言う必要も無い。私は愛華が幸せであるなら、親友である雄平の元に行ってもいいだろう。そう思い、祝福した」
「……じゃあどうして」
「お前が生まれてしばらくし、愛華が少しずつ仕事に復帰し始めていた頃だった。雄平は愛華に他の企業への挨拶回りに向かわせた。それがいけなかった。その道中、愛華は……!」
『ただ、結婚してからたった三年、お前がまだ一歳だったころに愛華は事故で亡くなってしまったが……』
 悲痛な遠藤の表情を起因に、父さんの言葉を思い返す。写真を少し見せてもらったくらいで、記憶にほとんどない俺の母親……。
「事故、か」
「あのとき! 雄平が愛華を外に向かわせなければ愛華は事故で死なずに済んだ! それが許せない、許せなかった!」
「父さんだってそんなこと分かっていたら!」
「分かっている! 分かっている! そんなことは私だって、雄平だって、愛華だって分かっている!」
「だったらどうして!」
「割り切れないんだ! 事故を起こしたヤツも命を落とし、私は怒り、悲しみのやり場を失った。今でもそのことを考えると胸が痛む。貴様の衝撃還元装置なんかよりも十倍、百倍、千倍、もっと、もっと痛む!」
「っ……」
「丁度そこにEMDCが手を差し伸べた。後は知っている通り、EMDCは表面上はTECKと提携、事実上EMDCの買収することになる。そして私が雄平にEMDCの社長の娘と政略結婚を結ばせ、お前を北海道に連れてこさせた。お前を私が育てること。些細と言われても良い、それが私なりのヤツへの復讐だった! ……柄に無く感情的になってしまった。これで満足したか?」
 思わず言葉に詰まってしまった。あ、ああ。と間抜けな声を出すのが精一杯だ。
 対戦中に聞くんじゃなかった、とも後悔する。今まで歪な人間だと思っていた遠藤の輪郭がようやく見えて来て、何とも言えない気持ちになる。俺は、どうすればいいんだ?
「さあどうした雄大。貴様の番だ。私に勝つんじゃないのか? さもないと貴様等の行く末も削られていくぞ」
「お、俺のターン。……まずは──」
 落ちつけ。既にこの番に何をするかは決めてある。迷う必要はないし、焦る必要もない。先の番の遠藤の動きは予想の範疇だ。今は、遠藤の言う通り勝ちに行くだけ!
「キュレムに水エネルギーをつける。そしてサザンドラで狂気の刃!」
 サザンドラ50/150から放たれた三つの刃がゴチルゼル、ランクルス二匹に襲いかかる。爆発と同時に黒煙が舞い、相手の場が丸ごと見えなくなる。
「ぐううううう!」
「これで俺の番は終わりだ」
 遠藤の場が少しずつ晴れて行く。これで遠藤の場にはダメージを受けたゴチルゼル70/130、ランクルス50/90、ランクルス50/90。そしてベンチにゴチルゼル130/130。
 次の番、確実にサザンドラは気絶させられる。しかし俺も俺で出来るだけのこと、可能な限り遠藤の場を荒らすだけはやった。
「そうでなくてはな……。私の番だ。……くっ」
 極めて小さく漏れた遠藤のそれを、聞き逃さなかった。自分に有利なカードを引けなかったということだろうか。
 チャンス、あるかもしれない。全てはこの番の遠藤の動向に全てがかかっている。
「ぐぅ! 私は超エネルギーをベンチのゴチルゼルにつける。そして、ダメージスワップだ。全てのダメージカウンターをランクルス達に集約させる!」
 ゴチルゼルの六つのダメカンが、二匹のランクルスにそれぞれ三つずつ吸収される。それぞれ130/130、20/90、20/90。
 そこまでしたはいいが、遠藤の動きが止まる。視線が手札、バトルテーブル、場を行ったり来たりして中々プレイに移らない。
 もしも手札にまんたんのくすりがあるなら迷わず使うはずなのに、どうして渋る必要がある。やはり、最初のカードドローの時から予想は出来ていたがヤツの手札にまんたんのくすり、またはそれをサルベージ、サーチ出来るカードがないということか。
「私は、サザンドラに攻撃する。マッドキネシス!」
 来る、と同時によし、と小さくガッツポーズをする。ワザを使えば自分の番は強制的に終わる。つまり遠藤はまんたんのくすりを使わない。予想するに、それらのカードが手札に無い、と推測出来る。
 喜ぶのもつかの間、攻撃を受けたサザンドラを介して電撃が体を襲う。
「づああああああ! はぁ、はぁ……」
「どうしたどうしたどうしたァ! 私はサイドを一枚引いてターンエンドだ。リーチ、貴様のキュレムを倒せば残りのサイドは無くなり、私の勝ちだ。だがしかしお前はまだ三枚もある」
 確かに、リーチをかけられた状況でサイドを三枚も差をつけられてしまった今。並大抵では勝つことが出来ない。だが、まんたんのくすりを使われなかった、それだけで十分だ!
「俺のターン。水エネルギーをキュレムにつけ、ここで目にモノ見せてやる。凍える世界!」
 一瞬で辺りが蒼に染まった。と同時に、遠藤の全てのポケモンが足元から突如現れた氷の塊に襲われる。突き上げられ、跳ね飛ばされ、弾かれて地面に叩きつけられる。
「あああっぐうう! なんだこれは!?」
「このワザは、相手の全てのポケモンに30ダメージを与える。ダメカンをばらさずに固めたのは失敗だったな!」
 ゴチルゼル100/130二匹はかろうじて立ちあがったが、前の番にダメカンを集中させられていたランクルス0/90二匹は倒れたまま起き上がらない。まんたんのくすりを使われていれば、こうはならなかっただろう。
「サイドを二枚引く。これで俺の番は終わりだ。どうした、追いついて見せたぞ!」
「ふふふ……。そうでなくては張り合いが無い、熱くならない。だがそれでも結果は変わらない。私の番だ。ベンチのゴチルゼルに超エネルギーをつけ、マッドキネシスだ」
 ゴチルゼルから放たれたエネルギー弾を遠慮なくキュレムがその体に打ちつけられ、巨体がよろめく。
「ぐううううううおおおお!」
 千鳥足になる俺とは違い、横転しそうな体勢から持ち直したキュレム60/130は怒ったように雄叫びを上げる。
「おー怖い怖い。だが全ての布石は出来ている。だがいくら次の番貴様が逆鱗で攻撃してこようとその威力は90。私のゴチルゼルのHPが10だけ残り、次の私の番にマッドキネシスを使えば勝利できる。サイドの枚数が同じでは空手王も使えまい。私の勝利は決まった。詰みだ! 雄大。待ったはないぞ」
「そいつは……どうかな?」
「ほう?」
 確かに、あいつの言う通りだ。逆鱗は基本威力20に加え、キュレムに乗っているダメカンの数×10ダメージ威力が増すワザ。今のキュレム60/130のダメカンは七つなので、与えるダメージは90となる。それではゴチルゼル100/130を仕留めれない。
 わざとこうするように、やつはバトル場のゴチルゼルではなくてあえてベンチのゴチルゼルにエネルギーを乗せ、有事の際に対応しようとしている。
 グッズが使えないのでプラスパワーも使えないし、遠藤の言ったように空手王も使えない。だがこの状況でも逆鱗の威力を上げる方法は……ある!
「俺の、タァーン! レインボーエネルギーをキュレムにつける」
「レインボーエネルギーだと!?」
「そうだ。レインボーエネルギーの効果は、このカードを手札からつけたとき、そのポケモンにダメカンを一つ乗せる!」
 キュレムのHPバーが10だけ下降する。また、レインボーエネルギーのもう一つの効果はこのエネルギーは全てのタイプのエネルギー一個分として働くことが出来る効果もある。
 これでキュレム50/80の逆鱗の威力は、20+80=100ダメージに。もう遠藤のポケモンを守る物はない。
「これが俺の、確固たる覚悟だ! トドメを刺せ、キュレムで逆鱗攻撃!」
 天に向かって一吠えしたキュレムは、臆面なくゴチルゼルにトドメの一撃を喰らわせた。縦に一回転しながら飛ばされたゴチルゼル0/130は遠藤の手前で墜落する。
 ……決まった。ただひたすら肩を上下させ呆然としていたが、我に返って最後のサイドを引く。
『ありとあらゆるモノを使わないと勝利を奪えない』、そうだ。その通りだ。……だったらなんだ。
 遠藤の戦術を昇華させたものが、俺の戦術だ。過去は決して消せないが、塗り潰すことなら出来る。これが、俺の答えだ。
「外してやれ」
 遠藤の指示一つで、俺に巻かれていた全ての衝撃増幅装置が取り除かれ、俺は自身のバトルテーブルを片付ける。
「約束しよう。我々はもう二度と雄大、お前を連れ戻そうとはしない」
「……ああ」
「くく……。かかか……! ははははは!」
「何がおかしい!」
「私に常勝ならぬ常敗していたお前が、本気の私を打ち負かすとはな。成長とは侮れない。……これは、そんなお前への褒美だ。受け取れ」
 遠藤はポケットから何かを取り出し、闇夜にきらりと光る小さなそれを、俺に向けて投げつけられる。
 落とさぬよう、受け取ってそれを見るに、USBメモリのようだ。何が入っているんだ。そして何のために。
「雄大! 東京に戻りTECKに向かったとき、そいつを田中に渡せ。いいか、必ず、必ず渡せ」
「どういうつもりだ!」
 田中、はTECKを創設した四人のうちの一人、つまりは遠藤達の同期。だが、TECKを裏切った遠藤が今さら何用なんだ。
「田中がいなければ、最悪お前の父親でも構わない。とにかく、そいつを渡すんだ」
「ま、待て遠藤!」
 踵を返した遠藤を追いかけるように、一歩前に踏み出して手を伸ばした途端。急に重しが体に圧し掛かったような気がして、視界が暗転し、何が何だかわからなくなって、そこで俺の意識は途切れた。



「遠藤様、いかが致しましょう」
「……ったく、十六になっても世話がかかるやつだな。ホテルに運んで寝かせてやれ。疲労と集中の糸が切れて気絶しただけだ。衝撃増幅装置自体が人体に及ぼす影響は大したものではないからな」
「はあ」
「これも持っていけ」
「分かりました……」
「私はここで待っている。さあ、行け」
 顔を互いに見合わせて戸惑いつつも三人の黒服達は、渋々と雄大を抱えホテルの中に入っていく。もしものときのために一室取っておいた部屋に倒れた雄大を寝かせるだけだ。変なことはしないし、難しいことをする訳でもない。
 本当は雄大に伝えたい言葉が。話したいことがもう少しあったが、それも叶わぬ今。念のためにとあらかじめ用意していた予備の手段に託すしかない。黒服が、私が渡した手紙を雄大の枕元に置くはずだ。雄大も気付けばきっとそれを読んでくれるであろう。
 とりあえず今のところは予定通りに事が進んでいる。問題はこれから、この後から。ここから先に起きるだろう事に関しては、私はどうすることも出来ない。全ては雄大、お前自身に委ねられた。
 それにしても愛華……、才に恵まれた、良い息子を授かったな。今は立派に成長したぞ。私に負けないくらいに、な。



風見「今回のキーカードはサザンドラだ!
   重そうなワザのコストも特性でカバー。
   合計140ダメージで相手の場を蹂躙だ!」

サザンドラ HP150 悪 (BW2)
特性 ダークオーラ
 このポケモンについているエネルギーは、すべて悪タイプになる。
悪悪悪悪 きょうきのやいば  60
 相手のベンチポケモンを2匹選び、そのポケモンにも40ダメージ。[ベンチへのダメージは、弱点・抵抗力の計算をしない。]
弱点 闘×2 抵抗力 超-20 にげる 3

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