104話 避けられない戦いU

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 北海道への修学旅行三日目の夜。入浴も終わり、就寝までの僅かな時間を楽しんでいた。
 初日こそ速攻で沈没していたが、昨日の夜は深夜まで騒がしくて実際に寝たのは夜の三時を回ってからだった。
 現在夜の十一時、昨日の今日のことを考えると寝るのはまだまだ先だろう。消灯されないうちはよくカードをやったり雑誌を見てたりするが、消されてからはただひたすら駄弁るだけ。
 そして今も恭介、蜂谷、拓哉と、同じ班でクラスメイトの野田は四人で脱衣麻雀なんてしてやがる。
 元からルールを知ってた恭介と野田、あとルールを知らなくても日頃の態度的に蜂谷はどうでもいいのだが、ルールをさっき教えられたばかりな上に現在ランニングシャツと制服のズボンという出で立ちにされた拓哉が可哀そうだ。
 俺も途中までやってたけども、一旦抜けて3DSでゲームをしていた野田のケツを蹴って交代させた。
「お、蜂谷それだ! っしゃあ! ロン!」
「え、マジ?」
「リーチ、断ヤオ、三暗刻、ドラは……裏ドラ乗って3つだな」
「そ、そんなに!?」
 野田の強烈な一発を喰らい、蜂谷はみるみる裸に近づく。同性の上半身半裸を見せつけられて何が楽しんだ。
 そんな醜態から目を背けるように、あいつらから一人離れて窓際で本を読みふける風見の傍に寄る。
「あいつらも物好きだよなあ」
「物好きというよりバカだろう」
 風見はこちらを向かなかったが、微かに口元に笑みを浮かばせて返す。バカ、なるほど。全くもってその通りだ。
「ところでその本って飛行機の中で読もうとしてたやつ?」
「そうだが……。それがどうした?」
「前から気になってたけどそれどんな話?」
「これか?」
 ようやく顔を向けた風見は、栞(しおり)を本に挟んで閉じるとやや楽しげに口を開く。
 まるでその質問を待ってましたというような感じで、変な地雷を踏んでいないかと僅かに身構えてしまった。
「莫大な遺産を受けとることになった十四歳の少女と、人語を話し記憶を失ったカイリューが、平穏な暮らしと記憶を取り戻すために繰り広げる。っていう冒険小説だ」
「へー。相変わらずドラゴンタイプ好きだな」
「そっちじゃない。いや、それもあるが……」
「どっちだよ」
 そんなとき、この平和なはずの一室に魔が忍び寄った。
 ガチャリ。それは開くはずのない部屋の扉が開く音。「風見、いるかー」それは本来この部屋では聞けないはずの声。
 ヤツは近づいてくる。ってなんで風見?
「あ、お前ら何やって!」
 部屋に突如やってきたうちの担任は、本来修学旅行に持ちこんではいけない麻雀で遊んでいる四人を見つけて、とりあえず一番近くにいた蜂谷の腕をひっとらえては上裸の背中に一発バシィィンと平手打ちを放つ。
「いっでえええええええええ!」
「うっわ蜂谷お前背中が真っ赤っか」
「何やってんだお前ら!」
「脱衣麻雀です」
 開き直って言い放った野田には担任から正義のチョップが振り下ろされ、ブサイクな顔がさらにブサイクに歪んだ。こっちを向かないで欲しい。
「鬱陶しいからさっさと服着ろ! あと麻雀牌は修学旅行が終わるまで取り上げだ」
「そんなー!」
「当たり前だ。奥村もお前班長なんだから注意しろ!」
「すんません……」
 まさか俺までとばっちりを食らうとは。平手打ちやチョップこそ飛んでこなかったが、後でみっちり怒られそうだ。いや、間違いなく怒られる。
「それよりも風見、お前に用事があって来たんだ。ホテルの一階のロビーにお前の事を呼んでる人がいるらしい」
「俺を呼ぶ人? どんな人ですか」
「いやあ、実際にその人らと話したのは三組の先生だからそこまでは分からないが、結構急ぎの用らしい」
 首を傾げて眉を顰(ひそ)める風見だが、一つ溜息のあと立ちあがって部屋を後にする。
 無理やり麻雀牌を回収してる担任をよそに、殴られた二人と麻雀牌の持ち主である恭介は、恨みを込めて風見の背中を凝視していた。
 まあ確かに風見に用があって部屋に入ってきたからとはいえ、風見に対して怒るのはどう考えてもお門違いだろうに。
 むしろ俺はお前らを恨みたいよ……。



 これは間違いなく嫌な予感だ。胸のざわめきに、意味無く制服のカッターシャツの端をぎゅっと強く握りしめていた。
 そもそもこのホテルの位置が嫌だった。それ以前に言えば、北海道へ修学旅行というのが嫌だった。
 近い。念のために携帯のGPSで距離を計測していたが、ここから車で四十分程度の距離しかない。
 俺が育ったあの洋館。風見美紀の家系が明治時代から代々受け継いだらしいその洋館から。
 エレベーターに乗り込み、考える。やはりこの前の刺客絡みのことと思われる。下手をすれば力ずくということも無いかもしれない。
 だが、それでも翔やあいつらを巻き込むわけにはいかない。この件は俺だけで決着をつけないといけないんだ。もし俺が部屋から出なければ、部屋に直接乗りこまれることも想定出来る。それだとどうあがいても迷惑がかかるのは必至、それくらいなら俺から出ていってやる。
 一階につき、ロビーをうろつく。ホテルの職員とすれ違うだけで、ヤツらと思わしき人影が伺えない。
 そんなとき突如右肩を叩かれた。触られた手を払うように振り返れば、懐かしい顔がそこにあった。
「久しぶりだな。雄大ィ……」
 変わらない。細い目に釣り合わないやや大きな鼻。七三に分けてある髪も、青縁の眼鏡にピチッとしたダークブルーのスーツも、まるで時が止まっていたかのように変わっていない。
「遠藤!」
「ここじゃあ話がしにくい。悪いが外に出よう」
 あまり相手のペースに誘われたくなかったが、有事の際にもしもホテルに迷惑をかければ、と思うと自然とエントランスから出ていた。遠藤以外にも黒服の男が三人程待機している。いくらなんでも三人は多い、やはり最悪の場合は力ずくという事になるのかと構えた。
 話は逸れるが、この遠藤将は俺が中学を卒業するまで俺にありとあらゆることを教え込んだ男だった。一般教養はもちろん、工学、経済学まで。十三年間こいつと共に過ごしてきた。
 そして、こいつが俺の父さんたちを裏切った男……。
「一体俺を呼び出して何の用だ」
「つまらないねぇ。折角一年ぶりに会ったというのに」
「そんなことはいい。用件があるなら早く言え」
「いつの間に父親に似たのか、つまらない男になったな。……そう睨むな。端的に言えば、お前を屋敷に連れ戻しに来た」
「何のためだ」
「黙って着いてきてくれるなら教えよう」
「断る」
 当たり前だ。最初からそれで承諾すれば前回みたいに刺客を返り討ちなぞにはしなかった。
 向こうもその答えが返ってくるのを当然のように想定していたのか、大したリアクションが無かった。
「ほう……。いつの間にか私に対して強気な口を効くようになったんだね」
「……帰らせてもらう」
 このまま話していても時間の無駄だ。そう思い、身を翻そうとした瞬間だった。
「そう安々と帰れると思ったかな?」
「何?」
『周囲の使用可能なバトルベルトをサーチ。コンパルソリー。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
 突如俺のバトルベルトが勝手に起動を始める。驚く間もなくバトルテーブルが起ちあがり、挿入したままだったデッキがオートシャッフルされていく。
「これは!」
「うちの部下にしてもらったお返しだ。コンパルソリーのデータをこちらが持ってないとでも本当に思ってたのか?」
 コンパルソリー。これは他のバトルベルトを探し出し、もっとも至近距離にあるそれを強制的に起動させるシステムプログラムだ。
 実際に刺客に襲われたときもこれで対処していたが、まさかこうやり返されるとは。
「さらにこれだけではつまらないから、面白いモノも用意してある。おい!」
「な、何をするつもりだ!」
 黒服の一人が俺の腕と足を抑えると、もう一人の男が輪状の黒い物体を五つ取り出して俺の両手首、両足首、臍回りにくくりつける。
 その輪状の物体からは全てUSBケーブルが伸びていて、俺のバトルテーブルと連結させられた。俺にはずされないよう、特殊な鍵までつけられて。向かいの遠藤も同様に五つの輪状の物体をくくりつけてある。
「何だこれは!」
「衝撃還元装置だ。自分のポケモンがダメージを受ける度、そのダメージに見合った衝撃、電撃が体を襲う。どうだい、エキサイティングだろう?」
「悪趣味な……!」
「安心しろ。私もつけているから至って条件はフェアだ」
「ぐう! そっちから仕掛けておいて何がフェアだ」
「暴れるな。逃げようとすると強制的に強力な電撃が出るようにしてある。その代わり、もし私を倒せたなら解放しよう。そして、もう二度とお前を連れ戻すだなんて言わないと約束しよう」
 そんなこと言ってもどっちにしろ拒否権がないってことじゃないか。輪状の物体の接続が終わったからか、俺に絡んでいた二人の黒服が離れていく。
「くっ、良いだろう! お前らが何を考えているかは知らないが、その思惑、全力でねじ伏せてやる!」
「良い! 素晴らしい! その目だ! ククク、早速始めようかァ!」
 やむなしで受けるこの対戦、俺の最初のポケモンはタッツー50/50、対する遠藤のポケモンはリグレー60/60。最初のポケモンはどちらも似たようなものだが、それ以上に気がかりなことがある。
 ポケモンカードを俺に教えたのがこの男だということ。戦術は見抜かれていないか? ……いや、だが俺は変わった。安心しろ、落ちつけ。俺は俺だ。決してこいつの模造品でも傀儡でもない。
「コンパルソリー状態でバトルテーブルを起動した際、必ず起動した側が先攻になる。私のタァーン! リグレーに超エネルギーをつけ、サポートカードのチェレンを発動。このカードの効果は──」
「自分の山札から三枚引く。そんな説明は俺に要らない。さっさと進めろ」
「どうしたどうした。気が立ってるじゃないか雄大ィ……。私はお前に何度も教えただろう。『常に冷静に、感情は思考を妨げる』と。私はリグレーのワザを発動。コンタクト」
 リグレーが両腕を持ち上げて、エコーのかかった声を鳴らす。
「コンタクトの効果で、私は山札からたねポケモンを二枚選び出しベンチに並べる」
 遠藤のベンチにゴチム60/60とユニラン30/30が飛び出るように現れる。この様子だと、超タイプデッキか? ユニランのHPは僅か30か。そんな低HPのポケモンを出して、誘っているのか?
「さあ雄大。お前の番だ」
「俺のターン。……俺は」
 惑わされるな。遠藤に。俺はいつも通り、いつも通りやればいいんだ。そう、翔たちとやるように。そうだ。そうすればこいつには負けない。
「俺は、サポートカードのポケモンコレクターを発動。その効果で山札のたねポケモンを三枚、タッツーとモノズ二枚を手札に加え、全てベンチに出す」
 新しく並んだタッツー50/50、二匹のモノズ60/60はどちらも二進化ポケモンで起動までには遅いものの誇れる俺の相棒たちだ。
 さて、この衝撃還元装置か。その性能を見させてもらおうじゃないか。
「バトル場のタッツーに水エネルギーをつけて遠藤、お前のリグレーに叩く攻撃だ」
 リグレーの傍まで進んだタッツーは、尻尾を器用に使ってリグレーに微小ながらも10ダメージを与える。
「ぐおお!」
 リグレーのHPバーが50/60に減少するタイミングで、苦しそうな声を上げる遠藤。一時は顔がひきつるが、すぐに元の表情に戻る。
「やってくれるじゃないかァ。なあ雄大? こっちも負けていられない。私のターン。私はゴチムをゴチミルに。ユニランをダブランに進化させる!」
 先攻ゆえの有利性か、早くも遠藤のベンチはゴチミル80/80とダブラン60/60という強力なバックを従えたまま充実していく。
「私はサポート、ポケモンコレクターを発動。山札からゴチム(60/60)を二枚、ユニラン(30/30)を一枚加えて皆ベンチに出し、ゴチムに超エネルギーをつけてバトル場のリグレーを進化させる。さあ現れよ、オーベムッ!」
 リグレーの体が光輝き、コーラル色のブレインポケモン、オーベム70/80に進化する。
「さあ、オーベムで攻撃だ。シンクロノイズ!」
 オーベムは右腕をバトル場のタッツーに向けると、念力の力かタッツーを弾き飛ばす。と同時に拡声器のあの嫌な音のような、激しい耳鳴りがしてベンチのタッツーまで苦しみもがく。
 それと同時だった。
「うっぐああ!」
 突然体全体が大量の針で刺されるような強い痛みが襲った。衝撃還元装置から電撃が流れたのか。
「シンクロノイズはバトル場のポケモンに20ダメージを与えるが、そのポケモンと同じタイプのポケモンにも20ダメージを与える。タッツー同士仲良く水タイプは20ダメージというわけだ」
 互いにタッツーの残りHPは30/50。一撃自体はそこまで重くは無い、のだが。
「どうしたどうした。まだ始まったばかりだぞ。そんな程度の電撃で参るなんて面白くない」
 軽視していた。まさかここまで強い電撃だったとは。もし100ダメージレベルの電撃が来ればかなりの痛手を背負うことになる。
「俺の、ターン! よし、まずはタッツーに無色エネルギー二つ分として扱われるダブル無色エネルギーをつけ、手札の不思議なアメを発動。自分のたねポケモンを手札の二進化ポケモンに進化させる。さあ来い、キングドラ!」
 バトル場のタッツーがアメを舐めると、強い輝きと共に姿を変えて、キングドラ110/130へと進化を遂げる。
「まだまだ! ベンチのタッツーをシードラ(60/80)にし、グッズカードのポケギア3.0を発動。自分の山札の上からカードを七枚確認し、その中にあるサポーターを一枚加える。俺はその効果でベルを手札に加え、ベルを早速使わせてもらう」
 ベルの効果は自分の手札が六枚になるように山札からカードを引くというもの。今の手札は一枚、よって五枚のカードを引くことになる。
「ベンチのモノズ一匹をジヘッド(90/90)に進化させる」
 さてここからどうするかだ。キングドラには二つのワザがある。ウォーターアロー。水エネ一枚で使えるこのワザは、ベンチも含め相手のポケモン一匹に30ダメージを与えることが出来る。今、ヤツのベンチのユニラン30/30をこれでさっさと仕留めることが可能だ。
 だがもう一つのワザ水流ポンプは、水無無とウォーターアローよりもエネルギーコストが重いものの威力50に加え、このポケモンについているエネルギーを一枚戻すことで30ダメージ追加して与えることを可能にさせる。
 そして手札にあるグッズカードのポケモンキャッチャーは相手のポケモン一匹を無理やりバトル場のポケモンと入れ替えさせる効果。
 ポケモンキャッチャーと水流ポンプを組み合わせれば、オーベムはもちろんヤツのベンチのポケモン全てを一撃でとりあえず一匹は気絶させる事が出来る。出来るのだが!
 誰を気絶させるか?
 それが肝心だ。この判断は間違えれば後の全ての展開に響く。終盤のツメも大事だが、何より序盤にどれだけ自分の場を組み立て、相手の場の組み立てを阻止するかによる。
「考えているな雄大。流石は私が教えただけがある。そう、考えろ。直感ほど愚なモノはない」
 安い挑発だ、無視しろ。気にするな。オーベムのカードテキストを読めば、シンクロノイズはさっきあったように。そしてもう一つのワザサイコショットは超無で使える威力40のワザ。しかも効果はなし。
 見切った、このオーベムは壁だ。本命は……、ゴチルゼルに進化するであろうゴチミル!
「手札のグッズカード、ポケモンキャッチャーを発動。お前のゴチミルをバトル場に強制的に引きずり出す! そしてキングドラで攻撃。水流ポンプ!」
 キングドラについているダブル無色エネルギーを一枚剥がすことで威力は50+30=80ダメージ。キングドラが放つ強力な水流が引きずり出されたゴチミル0/80を。遅れて遠藤を襲う
「ぬぐああっ!」
 ……実際に電撃を受けた遠藤のリアクションがやや大仰過ぎる気がする。もしかして、と嫌な想像が脳裏を過ぎる。
 だが仕方ない、今はただ突き進むのみ。
「……俺はゴチミルが気絶したことによりサイドを一枚引く」
 やはりというか、遠藤は再びオーベム70/80を繰り出す。
「いいぞいいぞ。その調子だ。こうなることを待っていた」
「何?」
「私のターン。私は、サポートカードの双子ちゃんを発動。このカードは相手のサイドよりも自分のサイドの枚数が多い場合のみ発動できるサポート。その効果で、私は自分の山札から好きなカードを二枚加えることが出来る。雄大、お前が私のポケモンを倒してくれたおかげだ」
 まさか、先の番は俺に自分のポケモンを倒させて、双子ちゃんを発動できるように誘っていたのか?
 いいや。それでもまだサイドの差というのは非常に大きいモノ。揺るがないはずだ。
「不思議なアメを発動。ゴチムを進化させる。さあ出でよ、ゴチルゼル!」
「ゴ、ゴチルゼル! くそっ、防ぎきれなかったか」
 遠藤の背と変わらぬほどの人型のポケモン、ゴチルゼル130/130が現れる。ゴチミルを潰して進化の芽を潰したはずが、そうかなるほど。双子ちゃんで素早く進化出来るように仕掛けてきたか。
「まだまだ。ポケモン通信! 手札のゴチミルを戻し、デッキのランクルスを手札に加えてダブランをランクルスに進化!」
 ランクルスのHPは90/90、か。ユニランもHPが低いと思っていたが、二進化したのにこのHPの低さは逆に何かあるかもしれない。とにかく相手に二進化があっという間に二種類揃ってしまったのが手痛い。
「オーベムで攻撃。シンクロノイズ!」
「ぐがっ! くあああ!」
 オーベムの攻撃がキングドラ90/130とシードラ40/80に決まると同時、激しい痛みが装置を通して全身に走る。やや息が乱れているのを自分で勘づく。
 さっき受けたときはピンピンの状態だったからまだしも、こう、徐々に疲労がたまっていくと笑えなくなってくることは必至だ。早期決着を急がねば。
「なんの、俺のターン! キングドラにダブル無色エネルギーをつける。続いてグッズカードだ。スーパーボール!」
「山札の上から七枚を確認してその中のポケモンを加えるカード、か」
「そう、俺はその効果で……シードラを手札に加える。続いてポケモン通信。シードラを戻しキングドラを手札に加え、ベンチのシードラをキングドラ(90/130)に進化させる! さあバトルだ。もう一度、水流ポンプ!」
 水流ポンプで攻撃の際、キングドラのダブル無色エネルギーを手札に戻すことによって、水流ポンプの威力は50から80へ上がり、大きな水流を正面から受けたオーベム0/80は独楽のようにクルクルと回った後に倒れた。そして。
「ぐああああああ!」
 装置から電撃が遠藤を襲う。……いや、やはり違う。これは電撃を受けているフリだ。ヤツからは本当に痛みという劣悪な影響を受けているように見えない。本当に痛いのならば、もっと鬼気迫るようなモノがあっていいはずなのだが。そういう様子をヤツからは微塵も感じ取れない。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ふざける? はは、おいおい雄大ィ……。一体どうしたそんな怖い顔をして」
「そのダメージを受ける演技、見ているだけ鬱陶しい。そんなので俺を騙せていると思うなよ。お前の装置からは電流が流れないことくらい、見ていれば分かる」
「流れていない? それは大きな誤解だ。疑い深いのは感心するが、決めつけるのは良くない。勘違いをしている」
「……どういうことだ?」
「私の装置からは君の装置の十分の一しか流れない。まあ、君の歳の三倍くらいあるんだから健康を考慮して、それくらいのハンデは必要だろう。な?」
「そんな言い分が通るかっ!」
「通るかどうかじゃない。通すんだ。もう始まったこの対戦を貴様に止めることは出来ないんだからな。ははは! さあ、サイドを引きたまえ」
 こいつ……。このペテンは許されないものではない。しかしその反面、確かに遠藤の言うとおり俺にはどうすることも出来ない。このまま戦うしか、ない……。
「くそつ、サイドを一枚引いて俺の番は終わりだ……!」
「流石、物分かりがいい。私はベンチのゴチルゼルをバトル場に繰り出す。そして私の、タァーン!」
 ヤツの薄ら笑いが、本当の笑みに変わっていく。加えてゴチルゼルがバトル場に出てから、異様な威圧感が生じている。悪寒。一言で言いかえればそんな感じがした。息を飲む。
「その程度の小細工で太刀打ち出来ると本気で思っているのなら、失望するよ。なあ雄大? そうだろう?」
 何を言いたいんだ。俺のタクティクスにはミスはないはずだ。実際サイドを二枚上回っている。ここまで差が広がれば追いつくのは厳しいはずだ。だというのに遠藤は薄ら笑いを浮かべるくらい、そう。余裕だ。
 しかし一向に仕掛けてくる気配が見えない。もしかして、ゴチミルも、ユニランも誘われているのか? だがそこまでする必要があるのか。双子ちゃんを発動させるならばサイド差は一枚で十分だったはず。
 見えない、見えてこない。ヤツの狙いがまるで奈落の闇に霞んでいて、予想が出来ない。ただ単にこの状況を楽しんでいるだけ、というのもあるかもしれないが。いいや違う。こいつは無駄なことはしない主義の男。きっと何かある。
「まずはサポートカード、チェレンの効果でカードを三枚引いて……。バトル場のゴチルゼルに超エネルギーだ。さらにベンチのゴチムをゴチラン(80/80)に進化して──」
 本能的な寒気が走った。来る。動く。ヤツが!
「ゴチルゼルで雄だァい……。貴様のキングドラに攻撃だ。マッドキネシス!」
 突如ゴチルゼルの目の前に現れた暗いアメジスト色の丸いエネルギーが周囲の空間を歪ませる。コンピューターが発するような重低音を伴いながら、そのエネルギーは徐々に大きくなる。
「マッドキネシスのワザの威力は僅か30だが、ゴチルゼルについている超エネルギーの数かける20ダメージを威力に加算することが出来る。ゴチルゼルについているエネルギーは三枚、よって90ダメージが貴様のキングドラ(90/130)を襲う!」
 ゴチルゼルが両手を突き出すと、凝縮されたエネルギーが歪みを生み続けながら直進し、キングドラに触れると爆発を起こし、そのままキングドラ0/130を吹き飛ばした。そして、計五箇所に巻かれた衝撃還元装置から、再び……!
「ぐううう、がっ! だあああああああああ!」
 ダメージが発生したことによる衝撃還元装置からの放電が終わると、足元のバランスを保てずにふらついて、そのまま尻もちをついてしまった。
 シンクロノイズの威力の倍もあってか、さっきよりも放電の時間が長く続いたような感覚だ。放電が終わったと言うのに、未だに微かに全身が痛めつけられているような。くそっ、なんとかしないと。
「さあ、早く立ち上がるんだ。まだ始まったばかりだろう? 私はサイドを一枚引いて、私の番を終わろう」
 なんとか立ち上がり、尻をぱんぱん、と手で払う。深呼吸を二度し、なんとか落ち着きを取り戻そうとする。今のベンチにはジヘッド90/90、キングドラ90/130、モノズ60/60。キングドラはまだダメだ。エネルギーがついてないからワザを使えないし、そんな状態で出しても大してダメージを与えれず無駄にやられてしまう。
 だったら超タイプに抵抗力を持ち、HPもあるジヘッドを壁に……。そうだ、そうしよう。
「……まだまだ。俺はジヘッドを、バトル場に出す……。俺の、番だ! キングドラに水エネルギーをつけ、手札からグッズカードを使わせてもらう。スーパーボール!」
 静寂。どういうことだ。スーパーボールのエフェクトがかかるはずだというのに、一向に発動する気配が無い。カードはちゃんといつも通り置いているし、置き直しても一向にどうなるという様子も無い。
「ど、どうなってるんだ。くそっ! どうしてグッズカードが発動しない!」
「はははは! ゴチルゼルの特性、マジックルームだ。ゴチルゼルがバトル場にいる限り、雄大。貴様はグッズカードを一切使用することが出来ない!」
「グッズカードを封じる……だと?」
「雄だァい……。私は貴様にありとあらゆるモノを使わないと勝利を奪えないと教え、実際に貴様は今なおそうやって戦い続けている。だからこそ、どれか一つでも封じてしまえばお前のタクティクスは崩壊する!」
 あともう少しで日付が変わろうとする深夜の北海道。夜とはいえ夏なのに、と言わんばかりの寒気を覚える中、遠藤の嫌な高笑いだけが響いていく。



風見「今回のキーカードはゴチルゼル。
   相手のグッズのみを封殺する圧倒的な特性で、
   相手を蹂躙していくぞ」

ゴチルゼル HP130 超 (BW1)
特性 マジックルーム
 このポケモンがバトル場にいるかぎり、相手は手札から「グッズ」を出して使えない。
無無無 マッドキネシス  30+
 このポケモンについている超エネルギーの数×20ダメージを追加。
弱点 超×2 抵抗力 - にげる 2

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