第28話 “The Legend of Altomare”

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 青い星と赤い星、ふたつの流星が前後にぴったりと寄り添って、明るい夜空を泳いでいた。
 今日は晴れ渡る満月の日。海上に灯る光はなく、暗黒の世界に瞬く星々がキラキラと輝いている。海に暮らすポケモンたちは、穏やかな水面から遠い空を見上げては、その美しさに息を呑んだ。
 彼らの視界を流星たちが横切る。光の軌跡を描いて、しかしどこかに落ちるなり燃え尽きて消えるなりする訳でもなく、一心不乱に飛んでいた。

(もう少しだ、頑張れ!)

 ああ、兄様の声が聞こえる。
 けれど。

(もう……ダメ……)
(レイナ!!)

 長く空を飛び続けたふたつの流星。やっと、暗い海に落ちていった。
 視界が回る。空が下に、海が上に。頭がぐるぐる。だが目指すべきものは見えていた。
 青い星は、赤い星を抱きかかえて、ぐんと放物線を描いて高度を上げる。危うく海に沈むところだった。一度沈めば、その心地よさに負けて意識を失ってしまうだろう。浮かび上がることは、もう二度とない。
 なんとしてでも、どこかの陸地へ……そこで少し休みを取ろう。そうすれば、生きて皆の元へ帰れるんだ。

 父さん、母さん、会いたいよ……。

 一度は持ち直した青い流星も、やがて少しずつ海に近づいていく。
 刹那に見える、両親の姿。優しく、兄に語りかける。

 よく頑張ったな。
 もう大丈夫よ。

 最後に笑って、青い星は落ちていった。




 あれ。どうなったんだ。
 分からない。海の中にしては冷たくない。なんだか少し暖かい。
 海に落ちたと思ったけれど、覚えていない。その前に世界が真っ暗になった。

 あぁ見えるぞ、レイナの姿がうっすらと。
 向こうも弱りきった目で僕を見ている。
 安心して、レイナ。君のことは僕が守ってみせるから。何が起きても、絶対に。

 ……!
 何かの足音が聞こえる!
 誰だ、人間? 魔獣?
 とにかく掟に従って姿を隠さなくては!
 レイナ! 今すぐ変化の術で姿を変えるんだ!


「まあ、なんてこと!」

 ちょうど昼下がりの散歩に出かけた時のこと。
 砂浜に足を取られながら、古ぼけたローブを着た老婦人が慌てて走る。立派なヒゲをこしらえた老夫もそれに続く。
 見れば、波打ち際に2人の子供が倒れているではないか!
 歳は近く、おそらく双子か何かだろう。体中が痛々しい傷にまみれて、2人とも死んだように身動きひとつ無かった。
 どうしましょう、どうしましょう、とオドオドするお婆さんをよそに、お爺さんは子供達の首筋に手を当て、脈を測る。

「……まだ生きてる、急いで手当てをしてやらねば。婆さんは女の子を頼む、わしは男の子を」
「えぇ、ああ、はい!」

 お婆さんは日頃の腰の痛みや膝の悪さを忘れて、それなりに重たい少女を軽々と持ち上げた。
 少年を抱えながら、お爺さんはそんなお婆さんの背中を、ぽかんと口を開けて見ていた。




 今度ははっきりと目が覚めた。
 木の板を折り重ねた天井が見える。手足は……ほとんど動かない。感覚はある。ひどく痛くて、だるい。

(こ、こは……?)

 かろうじて頭を傾けると、

(おはようございます、グラン兄様)


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 一足先に目を覚ました妹の笑顔があった。
 レイナは隣りのベッドで体を起こし、適度に冷ましたスープを口に運んでいた。おいしそうなシチューの香りが漂う。
 安堵した途端、お腹がぎゅるるる、と大きく鳴った。

「おお、男の子も目が覚めたようじゃな」
「あらまあ、良かったわ。本当に良かった」

 気づいた老夫婦が立ち上がる。お爺さんは顔をペタペタと触ってきて、おそらく熱を調べているのだろう。お婆さんは石の鍋からシチューを皿に移して、フウフウと息をかけて冷ましながら運んできた。
 お爺さんの助けを借りて、体をゆっくりと起こす。目の前に迫る木のスプーン。お婆さんがにこにこ顔で待っていた。

「これをお食べ。元気が湧いてくるよ」

 グランは、初めは口を閉じていた。見知らぬ人間から与えられた物など、口に入れられるものか。
 だが空腹には勝てないもので、二度目の腹の虫が鳴った途端、グランはスプーンに噛み付いた。
 恥を浮かべながらもモゴモゴと口を動かし、グランはレイナにテレパシーを送る。

(レイナ、この人たちは?)
(お爺さんとお婆さん。とってもいい人たちです)
(いや、そうじゃなくて……)

 お爺さんが身を乗り出して訊ねた。

「自分の名前は言えるか?」

 グランは視線を伏せた。レイナを見遣っても、彼女も後ろめたそうに顔を下げる。
 お爺さんはため息を吐いて、頭を掻いた。

「やはりか……この子も言葉を失っておる」
「相当怖い目に遭ったんでしょうねえ、可哀想に」

 心配してくれる老夫婦を見て、レイナは口を開きかけるも、視界の端に映ったグランがしきりに首を横に振っているのが目に留まった。
 もちろん実際に口が利ける訳ではない。だが、テレパシーを通じて話すことはできる。レイナは今すぐにもお礼が言いたくてたまらなかった。

(兄様……)
(ダメだ。人間との接触は一族の掟に反する、彼らと話してはいけない決まりなんだ)
(でも、この人たちは良い人です。どうしてお礼の一言も言ってはならないのですか?)
(それは彼らが僕たちのことを同じ人間だと思っているからだよ。もしも僕たちが魔獣だと知ったら、彼らは僕たちを奴隷にするかもしれない)
(レイナには、彼らがそんな悪い人には見えません……)

 悲しげに表情を曇らせるレイナの頬を、お婆さんが優しく撫でた。

「いいのよ、無理に話す必要はないわ。ここなら安全ですからね、ゆっくりと休みなさい」
「まさかここに置く気じゃ……」

 慌てて振り返ったお爺さんを、お婆さんが睨みつける。

「お爺さん? 貴方、いつからそんなに薄情になったんです?」
「いや……ただ、まあ……わしは忙しい身だから、あまり構ってやる暇はない、かな……と」

 しばらくお爺さんを黙ったまま睨んでから、お婆さんはグランとレイナに微笑んだ。

「あの人ね、子供が大の苦手なんですよ。前も大聖堂の御前で開かれた催事に行った時なんか、街の子供たちに囲まれてあれこれ質問攻めに……」
「これ、余計なことを言うな!」

 仲のいい老夫婦のやり取りを、レイナは微笑ましげに見つめていた。

(やっぱり、この人たちはいい人です)
(分かるものか。この人たちだって、今にきっと……)

 グランの表情に、暗い影が差した。




「ほら見てて、こうするの。これを、こう」

 グランとレイナが漂流してから、七度目の日が昇る。
 2人の傷の治りは早く、まだ外せない包帯も残っているが、辺りをチョロチョロと歩き回ることができるほどには回復していた。
 お爺さんは「まだ休んでいなさい」と厳しいが、お婆さんは嬉々として早速あれこれと物事を教え始めた。例えば料理。
 老夫婦の飼うヒノアラシが釜に火を吹く傍ら、レイナはお婆さんと一緒に、何やらもっちりとした不思議な白い塊を一生懸命こねくり回していた。

(んしょ……!)
「そうそう上手ねえ! 貴方ならすぐに街一番のパン屋さんになれそうだわ」
(えへへ)

 言葉はなくとも、その笑顔で意思が伝わる。お婆さんもにっこりと笑ってくれた。
 一方、お爺さんとグランは外に出ていた。家の外で、海へ通じる大運河に降りるための段差に腰を下ろす。潮の香りが鼻を突いた。
 むっつりとした顔がふたつ並んで、水路を緩やかに下るゴンドラを見つめる。

「わしの家は代々学者でな、治水の学問を修めてきた。この国を、アルトマーレを、水の脅威から守るために」

 お爺さん曰く、ここは水の都アルトマーレ。
 最初にここに来た先祖は、大陸の戦乱から逃れるべく新天地を求めてやって来たと言われている。以来この海に囲まれた孤島に暮らす人々は、大陸の脅威、そして水の脅威と戦ってきた。
 造船の技術を磨き、水路を整え、そして兵士と魔獣を鍛え、商いに尽くした。そのおかげでアルトマーレは水上の交易国として名を馳せ、また難攻不落の王国として敵対国と渡り合っていくことができた。
 だが、それでも勝てないものがあった。
 数年に一度訪れる大水害、アクア・アルト。
 アルトマーレ最大の建築物である大聖堂の頂点に鎮座する大鐘にも届くと謳われ、恐れられている。それは一晩で数千の民を飲み込む水の怪物そのものだった。

「あれが見えるか?」

 お爺さんは堅牢な石の家が並ぶ向こう、小さく見える緑色の屋根を指差した。

「国王陛下の命を受けて、わしが設計した治水の絡繰が、今まさにあそこで造られている。あれはアルトマーレ全国民の悲願と言って良い。もはやわしらは水の害を恐れる必要がなくなるのだ」

 良いことじゃないか。グランはそう思い、怪訝そうにお爺さんを見上げた。
 お爺さんはあまり嬉しそうではなかった。どこか悲しげに、遠く見える大聖堂の先端を見つめて、目を細める。
 その理由が、彼の口からぽつりと溢れた。

「何匹かの魔獣と引き換えにな……」




 再び満月が訪れた。しかし今宵は生憎の曇り空、お月様は拝めそうにない。
 グランたちがアルトマーレで羽を休めて、三十近く日が昇っては沈んでいった。
 兄妹の傷はすっかり癒えて、言葉を発せられないこと以外は、元気な子供と変わらない。たまに近くに住む子供たちと遊びに出かけては、日が暮れるまで街を走り回っていた。
 今日は特に風が強く、曇りがちな天気だったが、それでも構わず遊んでくたくたに疲れて帰ってきた兄妹を、老夫婦が手厚く迎えた。今夜のご飯は、兄妹が初めて来た日と同じ、シチューだった。
 うたた寝しているヒノアラシを抱えて、お婆さんはベッドに入る兄妹に優しく言った。

「おやすみなさい。また明日ね」

 キィ、とドアを静かに閉じる。
 台所では、お爺さんがロウソクの灯を頼りに、何やら熱心に羊皮紙に黒鉛を走らせる。
 外からびゅうびゅうと吹きつける突風が、窓や玄関の戸をガタガタと揺らす。お婆さんは不安げな表情を浮かべながら、ヒノアラシを毛布を敷いたバスケットにそっと置いて、頭を撫でた。

「昼過ぎでしたか、兵士の方がお見えになりましたよ。ちょうどお爺さんが市場に出かけている最中だったのでお引き取り願いましたけど」
「おそらく預言者の話だ。前々からアクア・アルトが近いと言っていた、もういつ来てもおかしくないそうだ。いよいよ絡繰を動かす時が来た」

 そうですか、とお婆さんはため息を吐いた。
 お爺さんの向かいにゆっくりと腰を落ち着かせる。

「それで……あの子たちのことは?」
「兵士や学者の知り合いに聞いてみたが、心当たりがないそうだ。ひょっとしたら外から流れてきた子かもしれん。外国を回ることの多い商船の連中なら、あるいは知っているかもな」

 また聞いてきてくださいね。
 そう言いかけて、お婆さんは口をつぐんだ。
 もうじきアクア・アルトが来る。今はそれが何に置いても大事なこと。大勢の命に関わること。今のお爺さんにかかる重圧は相当なものに違いない。
 今はできるだけ集中させてあげたい。そのためにも、と、お婆さんは微笑んだ。

「あの子たちのことは私に任せて、お爺さんはお国の仕事に専念してください」
「……すまないな」

 お婆さんの顔をちらりと見上げて、呟いた。


 ベッドを抜けて、レイナは薄い戸に耳を立てていた。
 いよいよ大雨も降ってきた。うるさい雨風の音で眠れず、お婆さんのところへ行こうとした時、ちょうど老夫婦の会話が聞こえてきた。
 何やら不穏な雰囲気が漂っている。近々何かが起こるらしい。お婆さんは明るく振舞っているが、その声は少しだけ揺れていた。どうにか力になってあげられないだろうか。
 ふと、グランがレイナの手を取った。

(兄様……?)
(父さんと母さんから連絡が来た。明日の朝、日が昇る前に群れがここの空を通るそうだ)

 レイナの表情が曇っていく。
 そう。グラン兄様は優秀だから、遠くても仲間の声が聞こえる。私は能力に恵まれていなかったから、まだ聞こえない。父様と母様が迎えに来てくれることは嬉しい。でも、声を聞けないことが悲しい。
 それに私たちを助けてくれたお爺様とお婆様ともお別れをしなくちゃいけないなんて……。

(明日出発しよう。お爺さんとお婆さんには内緒にして)
(そんな……このままお礼もせずに行くなんて。せめて別れの挨拶だけでも)
(できない、掟に反する)

 頑なに首を横に振るグランに、レイナは頬を膨らませて反発する。

(兄様は分からず屋です。掟ばかりで、私たちにはあの方達にどれだけの大恩があるのか忘れたのですか?)
(だからこれ以上迷惑はかけたくないんだ。僕たちがここにいると、あの人たちの仕事に差し支える。このアルトマーレにとっての、大事な仕事が)

 ずるいです。
 レイナは心の中で呟いた。

 とうとう雷まで鳴り始める。ゴロゴロと雷鳴が轟き、閉じた窓の戸の隙間から稲光の閃光が漏れた。
 雨がごうごうと戸を叩きつける。レイナはグランに連れられてベッドに戻りながら、不安げに言った。

(……何だか今夜は、嫌な天気です)
(風が強いから、朝までには嵐も過ぎて晴れるさ)
(だといいのですが……)


 夜が更けて、嵐はさらに大きく、激しくなっていく。
 不安と悲しみに涙を浮かべながらレイナが眠りにつく頃。アルトマーレ沿岸部を監視する岬の灯台に、甲冑を着た兵士が激しい雨風に打たれながら転がり込んできた。

「ひえーっ!」
「お帰り、どうだった?」

 鉄の兜と槍を乱暴に放り出して、ずぶ濡れの男の兵士は布を頭にかぶった。ポッポに《風起こし》を頼んで水気を飛ばしながら、手に握って離さない酒瓶を、出迎えてくれた仲間の兵士たちに得意げに見せびらかした。

「へへへ……なんとか調達してきたよ」
「あの、それは違法の酒では……」

 1人の若い兵士がおずおずと言った。
 別の一回り歳を食った兵士が、若い兵士の肩に手を回す。

「大丈夫さ! お前も一度飲んでみな、ぶっ飛ぶぜ」
「や、やっぱりダメです! 僕たちは見張りの係です、敵が攻めてきた時に酔っ払う訳には……!」

 それを聞いて、周りの兵士たちが腹を抱えて大笑いをした。

「敵が攻めてくるだって!? 嵐の夜に、一体どこのどいつがそんな無謀なことをするっていうんだ?」
「こんな雨風が強いのに、大船がまともに進めると思うか? 初日だからって気張るなよ、新人君」
「でっ……ですよねぇ」

 次々と笑われて、若い兵士は恥ずかしそうに頭を下げた。


 アルトマーレは交易都市である。したがって、アルトマーレには世界各国の娯楽も集まってくる。
 このいわゆる「札遊び」も、そのひとつだ。
 天辺から遠い海に光を放つデンリュウを置いた灯台の下、兵士たちは吊るしたランタンの灯りで、札遊びに興じていた。

「へっへっ、魔獣チョンチーに水の力を与えて……さらに魔獣ランターンを重ねるぜ。次の手番でもう一つ水の力が来れば、俺の勝ちだな。降参するか?」
「まだ続けます」

 特にこれは兵士たちの間で、賭け事として流行っていた。
 先ほどの禁制の酒といい、札遊びによる賭け事といい、本来であれば厳しく罰せられる。しかしここはアルトマーレの端の端、大聖堂の監視の目も遠く及ばないところでは、当然のようにまかり通っていた。
 そうなる程に、近年は戦乱の緊張もなく、兵士たちは退屈していたのである。

「何だぁ新人、そんなに良い手が揃ってるのか?」
「ちょ、見ないでくださいよ!」

 後ろから覗き込んでくる酒臭い兵士から手札を伏せながら、新人は彼らをぐいぐいと押し返した。
 気を取り直して、札を重ねた山札を見つめる。
 途中で降りれば良かった、と若干の後悔。そうすれば、失うものは銅貨10枚で済んだ。最後まで行くということは、負ければ銅貨15枚が飛んでいく。しかし勝てば銅貨15枚が手に入る。周りから大人の仲間入りを認められるおまけ付きだ。
 ごくりと息を呑む。見守る兵士たちの中にゴクリンも紛れている。どうせならラッキーにもいて欲しかった。
 意を決して、山札の上に、指を置いた。

「……今何か音がしませんでした?」

 せっかくの緊張感が、当の新人のせいで台無しになった。
 ため息とともに崩れる兵士たち。その1人が、諭すように言った。

「新人、逃げる気か? 最後の大勝負だぜ、こうなったら最後まで行くしかないだろ」
「いえそうじゃなくて、本当に外から何か変な音が……」
「雷か? それとも自分の札の断末魔か?」

 若干の笑いが巻き起こる。
 新人は作り笑いを浮かべながらも、神妙そうに言った。

「違います……もっとこう、何か……大きなものが」

 ……聞こえた。
 今度は新人だけではなくて、他の兵士たちも。
 音。いや、音というよりも地響きか。先ほどまで賑やかだった灯台が一気に静まり返る。見上げると、ランタンがキィキィと音を立てて揺れていた。
 地響きはほんの少し聞こえただけで、あとは再び雨風の音が支配する。

 なんだ、これだけかよ。
 沈黙の中、互いに緊迫した顔が崩れて和やかになりつつある中、今度は灯台の魔獣たちが天井に向かってけたたましく吠え始めた。鬼気迫る勢いで吠える彼らは、いくら魔獣使いの兵士がなだめても言うことを聞かない。怒り狂って毛を逆立てたり、あるいは心底怯えて部屋の隅に身を丸めたりしていた。
 今まで見たこともないほどの魔獣たちの動揺っぷりが、兵士たちの不安の念を駆り立てる。どんな敵にも果敢に立ち向かう魔獣たちが恐れるものとは、一体……。

 それを確かめるべく、ひとりの兵士がおそるおそるドアを開ける。
 外は相変わらず嵐が吹き荒れていた。大雨に視界を潰され、一寸先さえ見通しにくい。もちろん近隣に人や魔獣の気配も無い。当たり前だ、誰がこんな嵐の下に出たいと思うのか。

「何だよ、魔獣共々脅かしやがって。なんにもないじゃねえか」

 振り返ってせせら笑う兵士を、他の兵士たちは全員呆然として見つめていた。
 先の新人兵士が、震えがちな指を差し向ける。

「あれ……」


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「鐘鳴らせ……」

 隊長格の兵士が呟いても、自分自身を含めて誰も動かない。誰も動けない。
 認識できなかった恐怖が、少しずつ体を支配していく。まずは心臓の鼓動が加速し、手足が冷たくなってきて、動かずにはいられなくなる。
 そして恐怖が自覚できるようになる頃、兵士の隊長は張り裂けんばかりの大声で叫んだ。

「鐘を鳴らせ!! 怪物だー!!!」

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