84話 勝敗

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「大丈夫か、翔」
「風見のおかげでなんとか勝てたぜ……」
「ああ。最後だけだが見ていた」
 山本との対戦が終わると同時に、体に急に物凄い疲労感とだるさが襲いかかってくる。これは風見杯のときにも経験したが慣れれるもんじゃない。
「拓哉はどうなった?」
「あいつもきちんと勝った。だが、その代わり肉体にかなりの負傷を負って病院に運ばれた。準決勝は当然棄権だ」
「そうかぁ……」
「そしてお前は今から長岡との対戦だ」
「ということは風見は負けたのか」
「ああ。内容的にも課題がたくさん残る勝負だったが、後悔はしてない」
「だったらいいんだけどな」
 数秒の間があった後、風見が俺の肩をぽんと叩く。
「さあ、頑張ってくれ」
「は?」
「今から準決勝だ。もう一方の試合はさっきも言った通り、藤原が棄権したため準々決勝を勝ち抜いた中西が一気に決勝進出となる」
「え、ちょっと待───」
「もう能力(ちから)がどうとかいった勝負はない。さあ楽しんで来い」
「棒読みで言うな! くそ、行けばいいんだろ行けば!」
 と口では元気そうに言ったものの、ぶっちゃけこうして立って歩いているのがやっとだ。でもここまで来たんだ。俺は全国大会に行って、才知と由香里との約束を果たさなくてはならない。
「あと二戦、勝つだけだ……」
 自分を奮い立たせる呪文のように、一人小さくつぶやいた。



「翔との公式戦は初めてだぜ」
 バトルベルトでの対戦は、ポケモンが3D映像として現れるがために非常にスペースを取る。俺と恭介の距離は、学校の教室の端から端くらいの広さがあり、ちょっと視力の悪い奴だと細かい表情が見れないだろう。
「お前公式戦出るの初めてだろ。当然じゃん」
 俺が突っ込むと、恭介はうっせーな、と、くだをまく。
「いや、そうだけど! もうなんでもいいからさっさとやろうぜ!」
「ああ。楽しい勝負にしようぜ」
 と言ったはいいが、急に焦点がぶれて向かい側にいる恭介の姿が二人に分裂したかのように見えた。数回瞬きをすれば何事もなかったかのように焦点が戻る。
 くそっ、あと一時間くらいはもってくれ俺の体! まだ倒れたくはないんだ。
 最初の手札からたねポケモンを選択する。バシャーモFB80/80しかたねポケモンはいないか。
 恭介の最初のたねポケモンはピチュー50/50が二匹。
「先攻は俺がもらうぜ! 俺のターン。まずはバトル場のピチューに雷エネルギーをつけてワザ、おさんぽを使う。このワザの効果でデッキのカードを上から五枚見て、その中のカードを一枚、手札に加える。残りのカードはデッキに戻しシャッフル」
 ちゃんとプレイング出来るようになってるじゃないか、流石は俺が教えただけあるな。
「今度は俺のターンだ」
 デッキの一番上に手を伸ばした。が、あるはずのカードはそこにない。辺りを手さぐりで探したところ、間違えてデッキの左隣の空を探しまわっていたようだ。自分の視界がズレてしまっている。
「くっそ、頼むって……。なんとかもたしてくれよ。ドロー!」
 ダメだ、今度は手札がぼやける。絵はまだ見れるがテキストはほとんど読めない。
「炎エネルギーをバシャーモFBにつけ、ハマナのリサーチを発動。ヤジロン(50/50)とアチャモ(60/60)を手札に加えて二匹ともベンチに出す。そしてバシャーモFBで誘って焦がす。ベンチのピチューを引きずり出してやけどにする!」
 バシャーモFBが恭介のベンチへ跳んだ。だが、そこからが妙だ。音がエコーして聞こえる。なんだか遠くで反響する音を聞いているようでずいぶんと気持ちが悪い。
「ポケモンチェック。やけどのコイントスだ」
 コイントスが見えない。恭介がウラ、と宣言したのを聞いてやっと理解する。だがその声も反響して……。
「俺のターン。バトル場のピチューのポケパワーだ。ベイビィ進化。ピチューのダメージカウンターを全て取り除き、ピチューをピカチュウ(60/60)に進化させる。進化したことでやけどは回復だ。そして───」
 体の感覚が徐々に分からなくなる。視界も歪み、耳に入る音は不快感しか伴わない。何がどうなって今起きている? ああわからない。もう、どうにでも、な……れ……。



「はっ! へいあ!」
「ごあっ!」
 次に目を覚ましたとき、目の前にドアップの風見の顔があった。顔と顔の距離が十センチしかなかったと思う。反射的に頭突きで風見を襲ってしまった。
 しかし、よく頭突き出来たなと思うくらい体が動かない。
「いたた、起きるのが結構早いんだな」
「俺がなんだかよくわからんことになってる間に何したんだ!?」
「急に倒れたお前をせっかく運んできたのに、頭突きされるとはとんだ恩知らずだ……」
 気がつけばいつの間にか周囲は会場ではなく、廊下で横になっていた。廊下にはいくつかの扉と、額をおさえて痛がる風見だけしかいない。どこだろうか。
 さっき何があったのかを思い返す。
「……あっ、勝負は? 恭介とやっていたはず───」
「落ち着け。お前はその最中に倒れたんだ。皆びっくりしたぞ。あと言わなくても分かるだろうがお前はもちろん棄権扱いだ」
「……」
 それもそうだろう。
「そんなつまらない顔をするな。良い知らせもきちんとあるぞ。松野さんを始めとした山本の被害者の意識が取り戻ったようだ。実際に松野さんから連絡があった」
「本当か!」
「嘘をつく理由はないだろう。それと、藤原は高津との試合の際に左腕を折ったようだ。全治三カ月程度らしい」
「拓哉も頑張ったんだな」
「翔も頑張ったんだろう?」
「まあ、な」
「俺達には来年がある。未来がある。今回は運が悪かったということだ。次こそ、と意気込むのがいいくらいだろう?」
「へへ、そうだな」
 いつまでも仰向けで廊下に寝転がっているのも良くない。なんとか風見の手助けもあって、立ち上がる。
「今会場に戻ればおそらく決勝戦の最中だ。行くか?」
 服をぱんぱん、と簡単にはたく。
「おう。せめて恭介の応援くらいはしてやらないとな」



「ファイナルブラスト!」
 深く息を吸い込んだレックウザC LV.X100/120の口から無慈悲なほど巨大で強大な極太レーザーが発射される。
「ぐおああああっ」
 音と光が爆発する。大気も震えるかの程だ。離れて見ている俺達にもかなりきついものがある。
「病み上がりにこれを見るのはかなりきついな」
「大丈夫か?」
「ああ」
 見れば恭介のエレキブルFB LV.Xがこの攻撃を受けたらしく、気絶してしまったようだ。
「俺の次のポケモンはライチュウだ!」
「サイドを一枚引いてターンエンド。さて、あとサイドは一枚になったけど、どういうプレイを見せてくれるのかな?」
 恭介のライチュウ90/90には雷エネルギーが既に三つついている。攻撃の準備はばっちりのようだ。
「お望みならば見せてやる。俺のターン! こいつが俺のエースカードだ! 来い、ライチュウLV.X!」
 これが恭介のエースカード……。ライチュウLV.X110/110は頬から大量に電気を放電しながら現れる。
「手札の雷エネルギーを二枚捨て、ライチュウLV.Xで攻撃。ボルテージシュート!」
 瞬間、紫電の槍が中西のベンチを抉るよう襲う。攻撃を喰らった色ミロカロスは強力な電撃を浴びHPを0/80にする。
「へへっ。ボルテージシュートは手札の雷エネルギー二枚を捨てることで相手のポケモン一匹に80ダメージを与えるワザ。色ミロカロスにはアクアミラージュっていう自分の手札が一枚もないときこのポケモンは相手のワザによるダメージを受けないポケボディーがあるが、あんたはさっき俺のエレキブルFB LV.Xを倒してサイドを一枚引いたから手札は一枚。そのポケボディーも働かない! サイドを一枚引く」
「なるほど、私のコンボをそう破るとは流石ですね。ですがサイド差はまだありますよ。君のサイドはまだ二枚ある」
「ライチュウLV.Xがレベルアップしたターンにボルテージシュートで攻撃した場合、ポケボディー連鎖雷が働く。この効果で俺はもう一度だけ攻撃できる!」
「二回攻撃!?」
 決勝戦の相手なのに恭介は一歩も引きさがっていない。それどころか互角の戦いを繰り広げている。もしかしたら……。
「ライチュウLV.XでレックウザC LV.Xに攻撃。炸裂玉!」
 巨大の電気の塊の玉がライチュウLV.Xから放たれ、それがレックウザC LV.Xの元で大爆発する。
「このワザの効果でライチュウLV.Xについている雷エネルギーを三つトラッシュする。だが100ダメージを喰らってもらうぜ!」
「レックウザC LV.X!」
 丁度残りHPを失ったレックウザC LV.Xは、浮力を失い崩れ去る。
「なんという底力。素晴らしい! 私はベンチのミロカロスを出す!」
「サイドを一枚引いて、今度こそターンエンドだ!」
 中西のベンチから現れたのは、息絶え絶えの傷だらけであるミロカロス20/90。
「長岡のライチュウLV.Xは、エネルギーなしでも30ダメージを与えれるスラッシュがある。これで次のターンミロカロスを倒せば長岡の勝ちだ。ライチュウLV.X自身のHPも110もある。そうそう簡単に倒せる相手ではないな」
「よし、頑張れ!」
 中西の手札はたった一枚。それにミロカロスにはエネルギーが超エネルギー一つだけだ。勝てるぞ!
「私のターン。参りましたね……、これが私にできる最善の策です。ハマナのリサーチを発動。デッキから基本エネルギーまたはたねポケモンを二枚まで手札に加える。私は水エネルギーとヤジロンを加え、水エネルギーをミロカロスにつける」
 試合を見ている周りの観客のざわつきが消える。皆、この試合の行く末を見守り息をのんでいる。
「ミロカロスで攻撃。クリアリング!」
 中西のミロカロスが水で出来た透明な輪をライチュウLV.Xに向け放つ。輪がライチュウLV.Xに触れると、輪は水に戻って飛沫を上げた。
「たった20ダメージか? ライチュウLV.XのHPはまだ90もある。次のターン俺の勝ちだ!」
「クリアリングの効果発動」
「なっ」
「望むなら、自分の手札を二枚トラッシュすることで自分のポケモンのダメージカウンターを四つ取り除く」
 なるほど。だから中西はわざわざ手札を0にせず二枚残しておいたのか。
「私は手札のヤジロンとワンダー・プラチナをトラッシュしてミロカロスのHPを回復させよう」
 傷ついたミロカロスの傷が癒え、HPバーが60/90まで回復する。うってかわってさっきのターン炸裂玉の効果でライチュウLV.Xにエネルギーはなし。ベンチにポケモンもいない恭介は劣勢になる。
「嘘だろっ!? くっそー! 俺のターン。手札の雷エネルギーをライチュウLV.Xにつけ、スラッシュ攻撃!」
 ライチュウLV.Xが尻尾でミロカロスを叩きつける。
「ミロカロスの弱点は水プラス20。しかし僅かに足りないな、あの中西という人は相当強いぞ。さらにスラッシュは次のターン連続して使うことが出来ない。長岡はやや不利になってしまった」
 30+20=50のダメージを受け、ミロカロスは10/90、文字通りがけっぷちだけ耐えきる。しかし中西にとってはこれで十分だろう。
「私のターン。手札の水エネルギーをつけてミロカロスで攻撃。スケイルブロー!」
 ミロカロスの体からたくさんの鱗がライチュウLV.X90/110に向かって吹き付ける。それぞれがナイフのようにとがった鱗は、一つ一つがライチュウLV.Xにダメージを与えていく。
「このワザは基本値90に対し、手札の数だけダメージを10減らす。しかし私の今の手札は0。よってそのまま90ダメージを受けてもらいます」
 HPバーが徐々に減り、ライチュウLV.XのHPバーは尽きてしまう。まさかあんなピンチからこうもあっさり勝ってしまうとは。
「サイドを一枚引いて、私の勝ちだね」
 勝利と共に周りの観客から共に激戦を繰り広げた両者に賞賛の拍手が送られる。俺も風見も、共に手を叩いた。
『PCC東京A一日目、カードゲーム部門の優勝者が決まりました!』
 急設された表彰台の上に、中西が恥ずかしがりながら上る。もう一度名誉者への拍手が送られ、これで長かったPCC東京A一日目は幕を閉じた。


 
 会場を出ると、既に外は闇。春の夜はまだ冷たさを伴うものの、大会帰りの俺達の熱気を冷ますには程遠かった。
「くっそおおおあと少しで優勝だったのにいいいい!」
「日頃の態度の悪さ故の当然の結果だ」
「うっせー! お前も人の事言えねーだろうが! っていうか一回戦で負けてるじゃんお前!」
「なんだと!?」
「はいはい暴れんなよ」
 相も変わらずどうでもいいことで揉める恭介と蜂谷をなだめ、俺たちは駅に向かった。
 行きに集合した駅に着き、皆方々に帰って行く。
「あ、風見。これ返しとくよ」
 借りていたフライゴン一式を揃えて風見に手渡す。
「ああ、そうだったな。……、今回能力者を二人倒したが、能力騒ぎはまだ終わってない。それは───」
「分かってるさ。どんな能力を使うやつが現れても俺は戦うさ」
 風見はそうか、と呟くと背を向けて改札を通り抜けて去って行く。
 そう、能力騒ぎはまだ終わっていなかったのだ。



「どうでした? 彼」
 誰もいなくなった会場。閑散とした一帯にはさっきの騒々しさは微塵も感じられない。
 片付けも終わり誰もいなくなったこの会場で、一之瀬は翔の対戦をずっと見つめていた眼鏡の男と対談している。
「素晴らしい素養だ。思った通りだったよ」
「高評価ですね」
 一之瀬は男の言うようには思えなかった。確かに奥村翔は強い部類に入るだろうが、この男からそこまでの評価をもらえるほど強いはずがない。
 全国大会に出る実力はあるかもしれないが、その程度で終わってしまうだろう。彼には一之瀬と違い、戦いに対する覚悟が感じられない。
 その点一之瀬は風見雄大を評しているのだ。
「私がそんなに奥村翔に高評価を出すのがおかしいか?」
「……、貴方がそう言うのが珍しいので」
「そうか。……とはいえ、あくまでもまだ素養だ。とてもじゃないが君には及ばないよ」
「素養……」
 男は何をもって奥村翔を見ているのだろう。一之瀬には分からない。
「ところで山本信幸が言っていましたがポケモンカードに勝てば勝つほど能力(ちから)が増幅するというのは」
「本当だよ。……と、言いたいところだが半分正解というところか」
「その実質は」
「能力は基本的に感情によるものだ。こうしたいという負の感情が集えば集うほど能力はより力を増す。山本は勝てば勝つほど能力が増幅するという思い込みをしていたが、その思い込みという感情によって能力は増幅されていっただけだ」
 つまるところ勝てば勝つほど、はあまり関係ないということか。と、一之瀬は考える。
「彼が言っていた、ポケモンカードを介せずとも能力を使えるというのは?」
「どうだろうね、実質私にも分からないが間違いではない可能性はある」
「それじゃあ逆に高津洋二の能力がバトルベルトでしか発動しないのは」
「あくまで私の考察だが」
 男は眼鏡をくいと上げる。
「高津は能力を恐れていたのかもしれない。自分を認めないものを傷つけたい反面、傷つけることによって余計に自分を認めるものがいなくなるものが増えることへのパラドックスに対して、心のどこかでストッパーがかかっていたのだろう」
 能力……。誰一人として本当のそれを知る由はない。一之瀬だって、この男だってそうだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。一之瀬、君にわざわざ残ってもらった理由だ」
「有瀬悠介(ありせ ゆうすけ)の頼みを断れる人間がいるとでも?」
 悪態を突くように一之瀬が言い放つと、有瀬と呼ばれた眼鏡の男は軽く笑う。
「それもそうかもしれないな。では今から君と私でミーティングだ。『最後の能力者の宴』の、な」



翔「今回は実際に使用したPCC編資料集!
  PCC東京A一日目の本戦トーナメントは以下のようになってたんだぜ」

Aブロック(16人)
対戦表・一回戦
(A1ブロック)藤原VS沙村、??VS??、蜂谷VS沙羅、??VS高津
(A2ブロック)??VS??、??VS??、向井VS??、中西VS??
Bブロック(16人)
対戦表・一回戦
(B1ブロック)恭介VS八雲、??VS??、風見VS??、??VS井上
(B2ブロック)如月VS石川、翔VS??、松野VS桃川、??VS山本
二回戦
(Aブロック)藤原VS?? 沙羅VS高津 ??VS?? 中西VS向井
(Bブロック)恭介VS?? 風見VS井上 石川VS翔 松野VS山本
準々決勝
(Aブロック)藤原VS高津 中西VS??
(Bブロック)恭介VS風見 翔VS山本
準決勝
(Aブロック)藤原VS中西
(Bブロック)恭介VS翔
決勝 中西VS恭介

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