75話 困惑

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「松野さん!」
 二回目の叫びは勝負を終えたばかりの風見くんが上げたものだった。
「くそっ!」
 彼が取り乱したところを見るのは初めてだ。それだから、彼自身が暴走すると何が起こるかが怖い。
「担架っ!」
 担架を呼ぶ指示を声を荒げて僕も松野さんの元へ走る。しかし用があるのは松野さんではない。こちらに向かってくる風見くんだ。
「風見くん、落ちつけ!」
 猛牛のように松野さんの元へ突進してくる彼をショルダータックルで突き飛ばす。
「担架は急いで運んで!」
「はい!」
 ようやくぴくりとも動かなくなった松野さんを担架に乗せてレスキュー班が会場奥へ消えていった。松野さんの姿が見えなくなるまで風見くんは立ちあがってなお松野さんの元へ行こうと僕と格闘を繰り広げていた。
「はっ、はっ、はっ」
 血眼になっている風見くんは今のでかなりの体力を消耗してしまったのだろうか、僕にほとんどもたれかかって体重を預けている様相だ。
「……。風見くん。いくら松野さんが君の恩人だからといって焦っちゃダメだ。怒っちゃダメだ。松野さんは二度と目を覚まさない訳ではない。山本信幸を倒せば松野さんはきっと目を覚ます」
「……」
「だから、松野さんが帰ってくるまで僕、一之瀬がその代役をするよ」
 柱の傍まで風見くんを連れて行ってあげて、柱にもたれれるよう彼を座らせた。利口な彼ならきっとすべきことがわかるだろう。
 ふと目が合った山本がこちらを見て嘲笑ってくれたが、馬鹿馬鹿しくて声を出して笑いそうになった。
 狩られる者の立場を分かってないな、と。



「嘘……だろ」
 気がつけば松野さんは担架で運ばれていったところだった。必死に松野さんの元に行こうとする風見を止める一之瀬さん。
 あんな感情的な風見は見たことないが、それよりも拓哉(裏)をあっさりと倒してしまう実力の松野さんが負けた……?
 松野さんが負け、山本が準々決勝へ駒を進めたということは、だ。
 俺か、……薫が山本と戦う事になる。
 思わず薫が担架で運ばれるところを想像してしまった。そんなことはさせない。絶対にだ!
 能力者との対戦をしたことがあるから分かる。あれはもうカードゲームじゃない。本当に自分自身の精神を削るような戦いだ。
 それを何も知らない薫にはさせたくない。だから勝つしかない……。
「翔! 何ぼさっとしてるの!」
「ああ……」
 この能力者についてはもう一つ疑問がある。能力者が戦うたびに担架が右往左往しているのに、それについて騒ぎ立てる人が一切いないということだ。
 恭介も、蜂谷も、薫も、向井も、皆が皆気づいていないのかどうかはしらないがそれについての言及が一切ないのがおかしい。
 今すぐそこで担架騒ぎがあったのに薫が何も言わないのはおかしい。こういう話で騒ぎ立てるのがしょっちゅうな恭介も蜂谷も何も言わない。
 一体本当にどうなっているんだ? まさかそれも能力なのか?
「あたしのターン!」
 今はとにかく薫に勝つことに集中しなければならない。絶対だ。絶対勝たないと。
 薫のサイドは三枚。俺のサイドは四枚。薫のバトル場には火傷で、闘エネルギー一枚ついたカブトプス10/130、ベンチにはプテラ80/80、カブトプス110/130、プテラGL40/80。
 俺のバトル場には達人の帯、炎エネルギー二枚のついてあるバシャーモ150/150、ベンチにヒードランLV.X120/120、バシャーモFB LV.X110/110、ヤジロン50/50。
「まずはベンチのカブトプスに闘エネルギーをつけて、プテラのポケパワー発掘を発動! この効果で自分のデッキからかい、こうらの化石かひみつのコハクを一枚手札に加えることが出来る。あたしはひみつのコハクをデッキから手札に加える。そしてベンチにかいの化石(50/50)を出す」
 かいの化石、こいつが中々面倒だ。進化されると俺のカードの弱点を突く水タイプのオムスターになる。
「手札のひみつのコハクをトラッシュしてカブトプスで攻撃。原始のカマ!」
 原始のカマは攻撃する前にかい、こうらの化石またはひみつのコハクを手札からトラッシュした場合威力が50上昇するワザ。
 元の威力が20なので、バシャーモが受けるダメージは20+50=70の70ダメージ。
 カブトプスのカマで鋭い一撃を受けたバシャーモは後ずさるも、HPバーは半分以上残って80/150だ。
「ターンエンドと同時にポケモンチェックね」
「一気に行く! このタイミングで、ヒードランLV.Xのポケボディー、ヒートメタルの効果だ! ポケモンチェックのとき、相手プレイヤーが火傷で投げるコインは全てウラとなる! よってカブトプスには火傷のダメージ20を食らってもらう!」
 エフェクトでカブトプスの身が一瞬炎で包まれると同時にHPも奪われて行く。20ダメージを受けたカブトプス0/130は、力なく膝から崩れていく。薫は次のポケモンにプテラGL40/80をバトル場に出してきた。
「俺はサイドを一枚引く。そして俺のターン!」
 絶対に勝たねばならない。薫は回転の遅い俺のデッキに対し速攻で仕留めにかかってくる。ならばこっちはその速攻を崩す重い一撃を休む暇なくぶつけていくしかない。
「俺は炎エネルギーをバシャーモにつける。そしてサポーターカードを発動。ミズキの検索! 手札を一枚戻してデッキからポケモンを一枚手札に加える!」
 勝つにはパワーだ。ここで勝つには力で押すプレイング、ポケモンが必要!
「この効果で俺は───」
 しまった! パワーのことを考えすぎて本来求めていたカードとは違う、バシャーモを選択してしまった……!
「くっ、俺はバシャーモを手札に加える!」
 今バシャーモが手札に来てもベンチにはアチャモもワカシャモもいない。完全に意味のないカードを選んでしまった。本当はネンドールを加え、ベンチのヤジロンに進化させてポケパワーのコスモパワーを使うつもりだった。コスモパワーは自分の手札を一枚か二枚デッキの底に戻し、そこから手札が六枚になるまでドローできるドロー支援のポケパワー。そこから自分のデッキに勢いをつけるはずだったが、焦りのあまりプレイングミスをしてしまった……。でもなったものは仕方ない。
「行くぞォ! バシャーモで攻撃! 炎の渦!」
 深く息を吸い込んだバシャーモが、プテラGL40/80を覆い尽くす巨大な炎のうねりを吹き付ける。威力100の大技はプテラGLをあっさり倒してしまった。
「炎の渦の効果で、バシャーモの炎エネルギーを二個トラッシュする!」
「あっ、あたしはカブトプス(110/130)をバトル場に」
「サイドを一枚引いてターンエンド! そしてこのタイミングでヒードランLV.Xのポケパワーを発動する!」
「えっ、自分の番が終わったタイミングで!?」
「ポケパワー、熱風は自分のターンの終わりに一回使える。そのターンに自分の炎または鋼のバトルポケモンのワザで、そのポケモンからトラッシュした基本エネルギーのうち二枚までを選び、そのポケモンにつけ直す!」
「つけ直す!?」
「俺は炎の渦でトラッシュした炎エネルギー二個をバシャーモにつけ直す」
 炎タイプのポケモンは高火力だがいちいちエネルギーをトラッシュしないといけないデメリットがある。それをカバーするためのポケパワーだ。
「……。なんだか翔らしくないな」
「……?」
「翔はいつも勝負を楽しんでるヤツだと思ってたし、実際さっきまでそうだった。だけどさっき集中を一瞬切らした後から、なんだか勝負の楽しさじゃなくてただ勝利を求めて焦るようなプレイングに変わってた。たとえばさっきのミズキの検索、あれはミスじゃない?」
「いや……」
「ミスだよ。ネンドールを選ぶのが正解だったはず。ミズキの検索をしたあと翔の手札は三枚、ネンドールを引いていたならネンドールにヤジロンを進化させて二枚、これでコスモパワー使えば手札の状況はがらりと変わる。そして何よりバシャーモを選択してしまった時の翔の顔は明らかにミスに対するいら立ちみたいな感じだった」
「っ……」
「悪いけど、『そんな程度』の気持ちで倒せるほどあたしは甘くないよ。あたしのターン! あたしはかいの化石をオムナイト(80/80)に進化させて水エネルギーをつける。そしてミズキの検索を使うよ! 手札を一枚戻してデッキからオムスターを手札に加える。さあ、手札のかいの化石をトラッシュして原始のカマ!」
 相変わらずエネルギー一個だけで強襲してくるカブトプスは強力だ。だが、カブトプスの一撃を受けたバシャーモ10/150はすんでのところで耐えきった。
「俺のターン。俺は……」
 本当にこれでいいのだろうか? 薫のためだという理由で薫の望まない意識で戦うというのは結局薫にとっていいことなのだろうか? 分からない。
「俺は、手札の炎エネルギーをバシャーモFB LV.Xにつけて、バトル。バシャーモで攻撃する。炎の渦!」
 激しく荒れ狂う真っ赤な渦がカブトプスを飲み込み大幅にHPを奪う。かろうじて耐えきったカブトプス10/130だが、さらに追い打ちはかかる。
「ポケモンチェックだ。カブトプスは火傷! そしてヒードランLV.Xのポケボディーで確実に火傷のダメージ20を受けてもらう!」
 今度こそHPの尽きたカブトプスは力なく倒れる。
「くっ、あたしはオムナイト80/80をバトル場に出すわ」
「サイドカードを一枚引かせてもらう」
 これで残りのサイドは一枚。あと一匹、あと一匹を倒せば俺は勝てる。そして薫が危険な目に遭う必要性もなくなる。
 丁度そのとき、隣で戦っていた恭介がよっしゃあああああ! と大声を張り上げて右腕を天井に向け突き上げる。どうやら勝って次へと駒を進めたようだ。
 俺も能力者とかがいなければこれくらいの気持ちで戦えたのになあ。ふと見た恭介の背中は近いはずなのにすごい距離を感じる。
「おい翔てめえ! 負けたら承知しねえぞ!」
 後ろから拓哉(裏)の罵声か応援か、その辺の声が飛んでくる。返事に困った俺は、とりあえず苦笑いだけで返しておく。
「無駄に力が入りすぎてんぞバカが!」
 むっ、最後の一言は流石に余計だろう。
「うっせえ! そっちこそバカだろ!」
「けっ、ようやくいつもの表情に戻ったな」
 拓哉(裏)が珍しく普通の笑みを浮かべるが、なかなか様じゃないか。
「……お前、わざわざ俺のために」
「うっせえな。さっさとその勝負、ケリをつけろ」
「ああ」
 柄にもないことしやがって、ほんと拓哉めバカだ。バカなのは裏の方限定だけど。
「よし、薫。来い!」
「うん、あたしのターン! 手札のマルチエネルギーをオムナイトにつける。マルチエネルギーはポケモンについている限り、全てのタイプのエネルギー一個ぶんとして働く特殊エネルギー。続いて手札からオムスター(120/120)をオムナイトに進化させる!」
 これが薫の最後のポケモンか、俺のポケモン達の弱点である水ポケモンが立ちはだかる。
「ただ倒すだけじゃダメ。だから、こんなのはどう? タイムスパイラル!」
 オムスターの触手がバシャーモを縛り付ける。すると、縛り付けられたバシャーモの体が青く光り出し、その姿が縮んでいく。
「タイムスパイラルは相手の進化ポケモンを一進化ぶん退化させる! 退化させたポケモンのカードはデッキに戻してシャッフルよ」
 やがてバシャーモ10/150の姿はワカシャモ0/100へと戻っていく。
「そうか。退化してもワカシャモに乗っているダメージカウンター自体は変わらない。HP150で140ダメージを受けていた状態から退化してHP100で140ダメージ受けた状態になったのか!」
「そうそう。それでワカシャモは気絶!」
 ようやく触手から解放されたワカシャモはぱたりと倒れてしまう。デッキに戻すという効果が結構厄介だ。たとえばデッキの中に入っているあのカードが欲しいと思うと、デッキの枚数が少ない時ほどそのカードを引く確率が高くなる。こうやってデッキを増やされると、望みのカードを引く確率が下がってしまう。
「だったら俺はベンチのバシャーモFB LV.Xをベンチからバトル場に出す!」
「あたしはサイドをドローする。ただ、ワカシャモにはポケモンの道具達人の帯がついていた。達人の帯をつけているポケモンが気絶したとき、あたしは更にサイドを一枚ドローできる。よって二枚ドロー! これで五分よ」
 五分? 五分どころなもんか。むしろ最悪だ。
 今の俺の手札、場ではオムスターを「一撃で」倒す術がない。もし一撃で倒さなかった場合、次の薫の番でオムスターのワザ、原始の触手で攻撃されるとジエンドだ。一撃でバシャーモFB LV.Xは気絶させられてしまう。
 だから俺の勝利条件はこのターン以内でオムスターを倒すことだ。オムスターのHPは120/120。バシャーモFB LV.Xでの最大火力は80で40足りない。40……?
 そうか、バシャーモFB LV.Xのポケボディー、バーニングソウルを発動出来ればいい。
 バーニングソウルはバトル場のポケモンが火傷のとき、そのポケモンが受けるワザのダメージは+40させるというもの。オムスターを火傷に出来れば勝てる。
 だがどうやって? ポケパワー、バーニングブレスで相手を火傷に出来るバシャーモはもう俺の場にはいない。生憎と前のターン、俺のプレイミスで手札に来たバシャーモはある。しかし残りの手札四枚はクロツグの貢献、ハードマウンテン、炎エネルギー、ポケモン入れ替えの三枚。これではどうしようもない。
「このドローで全てが決まる。頼むっ!」
 大きな動作でデッキから引いたカード。それは───。
「俺はベンチのヤジロンをネンドール(80/80)に進化させる!」
 この一枚で逆転にはならない。ただ、逆転へつながる大きな希望だ!
「手札の炎エネルギーをバトル場のバシャーモFB LV.Xにつける。さあ、ネンドールのポケパワー発動だ。コスモパワー! このポケパワーは手札を一枚か二枚をデッキの底に戻し、その後手札が六枚になるまでドローする。俺は手札を二枚戻し、四枚ドロー!」
 このドローで逆転の手札を引かねば。残り十八枚のデッキから勝利の軌跡を描くカードを!
 一枚目はワカシャモ。ダメだ、この場面では重要になりえない。
 二枚目は不思議なアメ。そう、これは起爆剤だ。勝利を得るには必要な一枚。だがこれだけでは勝てない!
 三枚目は炎エネルギー。違うこれじゃない! 最後の一枚に全てを賭けるしかないっ!
「これだ! 手札からサポーターカードを発動! ハマナのリサーチ! 自分のデッキからたねポケモンまたは基本エネルギーを二枚手札に加えることが出来る! 俺はアチャモと炎エネルギーを選択する。そして俺はベンチにアチャモ(60/60)を出す」
「またアチャモ?」
「いいやまだだぜ。手札からグッズカードを発動。不思議なアメ! 自分の場のたねポケモンの上に手札のそのポケモンの進化ポケモンを重ねて進化させる! さあ、来い! バシャーモ!」
 アチャモを覆う白い光の中で、その小さな体躯はより大きく屈強に変わって行く。そして光が消え、バシャーモ130/130が大きな雄叫びを上げながら俺の場に現れる。
「さあ、焼き焦がしてやれバシャーモ。ポケパワー、バーニングブレス!」
 一際激しく全ての色を塗り替えるその真っ赤な灼熱がオムスターを覆い尽くし、火傷状態にする。
「この一撃で決めてやる! バシャーモFB LV.X、ぶちかませ! ジェットシュート!」
 高く跳躍したバシャーモFB LV.X。そのまま赤い彗星と化してオムスター120/120に高い位置から激しい蹴りの一撃を浴びせる。空気を激震させる激しい一撃が、オムスターのHPを奪い取る。
「ジェットシュートは次の相手の番、このポケモンが受けるワザのダメージはプラス40されるデメリットを持つワザだが、エネルギー二つで80ダメージの超火力ワザ。そしてバシャーモFB LV.Xのポケボディー、バーニングソウルは火傷のバトルポケモンが受けるワザのダメージを40追加させるポケボディーだ!」
「つまりオムスターが受けるダメージは120!?」
 薫のバトル場にはぐたりと動かなくなってしまったオムスター0/120のみ。
「これでゲームセットだ!」
 最後のサイドカードを一枚引いて、この勝負の幕を下ろす。恭介じゃないが、俺も思わず右腕を突きあげる。
 PCCも二回戦を終わり、次はいよいよ準々決勝。次は絶対負けられない。自然と右手に力がこもっていたのを感じた。



翔「今日のキーカードはヒードランLV.X。
  火傷のポケモンを簡単には逃がさせない!
  そしてハイリスクな炎ポケモンのワザをより安定させてくれるぜ」

ヒードランLV.X HP120 炎 (破空)
ポケパワー ねっぷう
 このポケモンがベンチにいるなら、自分の番の終わりに1回使える。その晩に、自分の炎または鋼のバトルポケモンのワザで、そのポケモンからトラッシュした基本エネルギーのうち2枚までを選び、そのポケモンにつけなおす。
ポケボディー ヒートメタル
 相手のやけどのポケモンが進化・退化・レベルアップしても、やけどは回復しない。ポケモンチェックのとき、相手プレイヤーがやけどで投げるコインは、すべてウラとしてあつかう。
─このカードは、バトル場のヒードランに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 水×2 抵抗力 - にげる 4

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