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共に行く道


「ん……」

部屋に漂う甘い香りに眠りから揺り起こされて、アカツキは目を開けた。
背中に触れる柔らかな感触……仰向けに寝かされていると理解すると同時に、おぼろげな意識が急速に鮮明さを増していく。

(確か、オレ……)

浸水した部屋からビクティニと共に逃げようとしたところで、壁を破壊してなだれ込んできた奔流に呑み込まれ……そこで気を失ったのだ。
妙に気だるい身体をおして身を起こすと、周囲の佇まいからここがポケモンセンターの一室であることに気づく。
ベッドで寝かされていたことから察するに、エリーザが助けてくれたのだろう。

(ビクティニは……?)

気を失うまで、ずっと胸に抱いたまま離さなかったはずのポケモンは無事だろうか。
妙な不安に突き動かされるように周囲を忙しなく見回し――すぐにその姿が目に入った。
枕元で、身体を丸めて寝息を立てている。

「良かった……無事、だったんだ……」

不安は音もなく掻き消えて、代わりに安堵が心を占める。
ホッと一息ついたところで、ビクティニが目を覚ました。

『お~。起きたか~。心配したんだぞ~』
「ビクティニも無事だったんだな。良かった」
『当然じゃ~ん♪』

バネのように飛び起き、指でVの字を作ってみせるビクティニ。
奔流に呑み込まれた恐怖などまるで感じさせない、なんとも明るい雰囲気だ。
だが……

(そっか、心配してくれてたのか)

自分のことを心配してくれていたのだとしたら、心配をかけて申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に心配するほどに心を許してくれたことが喜ばしく思える。
尤も、明るい雰囲気からは想像もつかないのだが……ともあれ。

(ポケモンセンターに戻ってきたってことは、ビクティニの住んでた部屋は……)

陽だまりのようにポカポカ暖かかった心の温度が、急激に低下していくのを感じる。
リバティガーデン島の地下にあったビクティニの部屋は、水没を免れなかったはずだ。
あの場所は元々海抜ゼロメートルよりも低い位置にある。海水を排出するだけでも相当な手間がかかるし、その上で補修や壊れた家具類を取り替えるにしても、そもそも人がまるで寄り付かない古びた灯台にそこまで金や人員を出そうという者が果たして出てくるかどうか。

(ビクティニ、知ってるのかな……)

無邪気な面持ちで、身体を揺らしながらこちらを見上げているビクティニ。
だが、長年過ごしていた部屋が使い物にならなくなって、戻れるかどうかも分からないことを知っているのだろうか。
エリーザなら話していてもおかしくないだろうが、話していないにしても自分の口から告げてしまって良いものか。
どうしたものかと思っていると、扉を叩く音が聞こえた。

「はい」
「エリーザです。入っても良いですか?」
「あ、どうぞ」

声だけでの応対を済ませ、エリーザとナナが部屋に入ってきた。
ナナはアカツキが元気そうにしているのを見て、心から安堵したと言わんばかりの表情だったが、エリーザも硬い表情の割に口元が緩んでいる。
彼女たちにも心配をかけてしまったのだろう……二人がベッド脇の椅子に腰を下ろしたところで、アカツキは深々と頭を下げた。

「エリーザさん、助けてくださってありがとうございました。
ナナ、心配かけちゃってごめんな」
「当然のことをしたまでですよ。別状がなかったようで何よりです」
「うん。アカツキもビクティニも元気そうだし、いいっていいって」

二人して『無事ならそれでいい』と声を揃えて言ってくれたが、エリーザには助けてもらった恩を、ナナには心配をかけた埋め合わせをそれぞれしなければならないと、律儀にもそう思っていると、エリーザが『元気そうなら問題ない』とばかりに切り出してきた。

「アカツキ君。
ビクティニの今後も含めて、話をしたいのですが……構いませんか?」
「……はい」

頷くしかなかった。
ビクティニがあの部屋に戻れない以上、外の世界で生きていくしかない。
恐らくは外の世界で過ごした経験はゼロに近いだろう。エリーザが硬い口調で言うのも無理からぬことと思った。

「ビクティニですが、エスパータイプの持ち主ですので、あの状況でも念力で海水を操作して溺れないようにすることはできたと思います」
「え……」
『そうそう。あそこはオレに任せてくれて良かったんだぞ~』
「ええええ……」

自分が手出しをしなくても、ビクティニは自力で脱出できたのか……
むしろ、自分が手出しをしたせいで溺れるハメになってしまったのかもしれない。
突き付けられた予想外の言葉に、アカツキはがっくり項垂れた。
エスパータイプとは知らなかったし、そもそもあの時のビクティニに『力を使って逃げる』という素振りなど見られなかったのだから、逃げようと思えば逃げられたと言われても困ってしまうのだ。
だが、結果的に助かったのだから、細かいことは言いっこなしだ。

(でも、オレはビクティニを助けたいと思って行動を起こした。
そのことは間違ってると思ってないし、後悔もしてない。それで十分じゃん)

結果はどうあれ、自分がそうしたいと思って行動を起こしたこと、己の行為に恥じ入ることがないのならそれでいい。
胸に抱いた熱い想いを後押しするように、ビクティニが謝意を伝えてくれた。

『おまえ、オレを助けようとしてくれたんだろ~? うれしかったぞ~?』
「出会ったばかりだけど、一緒に遊んだんだから友達だろ。友達を助けたいって思うの、普通のことだよ」
『ともだち?』
「ああ。一緒に遊んで、楽しかっただろ?
一緒にいて楽しいって、一緒にいたいって思う相手のことを友達っていうんだ」
『ん~っ……』

友達を助けるのは当たり前。
そういった存在と触れ合ったことのないビクティニがすぐに『友達』を理解できるかは分からないが、アカツキは思いの丈を余すことなく相手に伝えた。

『友達、かあ……』

ビクティニが顔を上げ、窓の外を見やる。
広がる空の彼方に、何を見ているのか……蒼穹を思わせる双眸に浮かぶ、郷愁の色。
何を懐かしんでいるのかは分からないが、ビクティニにとってはかけがえのないものに違いない。

『あそこには戻れないんだよな~……』

水没した灯台の地下室。
どれだけの時間を過ごしたか、部屋に染み付いた生活感が己の一部であると認識できるほどには、思い入れがあったのだろう。
失われたのは、思い出の詰まった場所だけではない。
自分に『楽しい』という気持ちを教えてくれた人は、ずいぶん前にあの灯台を去ったきり戻ってこない。
今になってようやく以前には戻れないのだと理解して、ビクティニの目に涙があふれた。
明るい表情と雰囲気は一瞬にして悲壮感に染まる。

「ビクティニ……」

何を悲しんでいるのかまでは分からない。
ただ、今まで見たことのないその表情はあまりに痛々しくて、見ていられなかった。
そっと腕を伸ばし、小柄なその身体を抱き寄せると、背中を擦った。

(独りぼっちじゃ、淋しいよな……)

下手な慰めを口にしたところで、悲しみが癒えるなどとは思っていない。
何も言わず、ただ傍に寄り添うことが必要な時もあるのだ。

「……………………」
「……………………」

腕の中で、時折身体を震わせながらむせび泣くビクティニ。
声を上げて泣かなかったのは、強がりだろうか……涙が枯れるまで泣いたら、少しは気持ちも晴れるだろう。
だから、今は気が済むまで泣かせてやろう。
……と、そう思った時だ。

「こんな時ですが、アカツキ君。ビクティニの今後について話をさせてください」
「…………!!」

まさに唐突。青天の霹靂とも呼べるタイミングで、エリーザが言葉をかけてきた。
弾かれたように顔を向ければ、真剣な表情をこちらに向けている。

――何も今、話をしなくても。

口に出しかけたその言葉を、アカツキは飲み下すより他なかった。
こんな時だからこそ、しっかりと話をしておきたいと、表情と眼差しが告げている。
話題に上った当の本人は泣きじゃくるばかりで、エリーザの話など耳に入っていない様子だ。

「ビクティニが棲んでいた灯台の地下室……あそこはもう使い物にならないでしょう。
かといって、あの島に戻すこともできません。
他のポケモンと触れ合うことに慣れておらず、遊びとバトルを勘違いしてしまう問題を抱えた状態では、野生に放したとしても余計な騒動を引き起こしてしまう可能性が高いと思います」
「……………………」

まさに正論。返す言葉もない。
遊びのつもりで攻撃を仕掛けることがあれば、野生のポケモンは逃げ出すか戦いを挑んでくるか……どちらにしても面倒事になるのは間違いない。
元の住処に戻せず、野生に放せないとなると、どうすればいいのか。
思案するアカツキだったが、簡単に答えを出せそうにない。その代わり、浮かんだ疑問を確かめるべくエリーザに訊ねた。

「エリーザさん、あそこにビクティニがいるって知ってたんですか?」
「はい。半信半疑ではありましたが、プラズマ団が押しかけてきていたのを見て確信しました。
ですから、あなたたちに保護をお願いしたんです」

問いかけに、エリーザはあっさりと首を縦に振った。
今さら隠すこともないと判断したのだろうが、恐らく彼女はその『先』を見据えている……アカツキは直感しつつも、次の言葉を待った。

「ビクティニはとある富豪のポケモンでしたが、共に過ごすうち、富豪はビクティニに特異な力が秘められていることに気づいたそうです。
ただ、その力を悪用されることがあってはならないと、人里離れたリバティガーデン島に灯台を建て、地下室で暮らしていました。
やがて富豪は病に侵され、都市の病院で闘病生活を送ることになりますが、懸命の治療の甲斐なく亡くなり……ビクティニだけが残されることになったのです」
「……………………」
「そんな……」

エリーザが口にしたのは、衝撃的としか形容しようのない内容だった。
嘘だと思いたい……ナナが沈痛な面持ちで目を伏せたのを横目に見やりながら、アカツキはビクティニの背中を擦った。
恐らく、ビクティニは知らないだろう。共に過ごした人がすでにこの世を去り――二度と戻らないことを。

(頼む、エリーザさんの言葉を聞いててくれるなよ、ビクティニ……)

いつか知らなければならないことだとしても、帰る場所がなくなって辛い想いをしている時に追い討ちをかけたくない。
二の腕でビクティニの耳を塞ぐようにして抱き寄せながら、願う。

「ですが、富豪は信頼できる者に手紙を託していました。
ビクティニの特異な力と、それを悪用されないために灯台の地下で暮らしていること……そして、自分がいなくなった時、もしビクティニが外の世界で生きることを望んだなら、自由にしてやってほしいと。
その手紙は代々、今のわたしが就いている教育機関の理事に伝えられていました。私がビクティニの存在を知っていたのもそのためです。
……にわかには信じられないかもしれませんが、ビクティニはあの地下室で二百年以上、暮らしていたようです。その間、一度も部屋の外に出ることなく」
「に、二百年……!?」

聞き間違えたかと思ったが、そんなはずはなかった。
だが、そうと疑いたくなるような、途方もない年月……人の身では決して過ごすことの叶わない、途方もなく永い時。
ナナの沈痛な面持ちは驚愕に取って代わり、アカツキは仰天するしかなかった。
人よりも長生きするポケモンがいることは知っているが、小柄で子供っぽいこのポケモンが、二百年以上の時を過ごしていたとは。

(ビクティニ、二百年もあの部屋で……ずっと、独りで……)

淋しさなど微塵も見せていなかったが、二百年以上、狭い部屋でたった独り過ごしていたその胸中は如何ばかりか。
部屋の外に出ようと思えば出られたはず……それでも、部屋を出たことはなかったのだろうと思う。
恐らく、共に過ごしていた富豪の帰りを待ち続けていたのだ。
二百年も経てば人間は生きていない。
富豪が灯台を離れてからの二百年間を『ちょっと前』と形容するほどには時の流れに疎いのだから、ビクティニが人間の寿命を理解しているとは考えられない。

(でも、もう一緒に過ごした『じいちゃん』はいない。帰る場所もない……)

心臓を鷲掴みされたように、息苦しささえ憶える。
ビクティニの境遇に想いを寄せれば寄せるほどに、これからどうしていくのか気がかりでならない。
二百年もの時を過ごしたことのない身には、想像することしかできないが……それでも、やはり途方もなさすぎる。
その途方もない時を過ごしていたからこそ、久々の訪問者相手にはしゃいでいたのだろう。
ビクティニを抱きしめたまま顔をしかめるアカツキに、エリーザが富豪の遺した手紙の内容を話した。

「ビクティニは体内で無限のエネルギーを生成し、それを他者に分け与えることで普段以上の力を発揮させ、勝利を与える能力があるそうです。
そんな能力を持つがゆえに、富豪はビクティニが悪事に利用されることがないよう、灯台の地下室に住処を設けることになったのです」
「じゃあ、プラズマ団がビクティニを狙ったのはその力が目当てだったってことですか?」
「恐らくは。どこからビクティニの存在を嗅ぎつけたかは分かりませんが、十分にあり得ることでしょう」

そこでようやく、すべてがつながった。
ビクティニにそんな能力があったとは知らなかったが、富豪が悪用を危惧したのは当然だし、人目を避けた場所に住処を設けて共に暮らしていたのも頷ける。
ただ……

「ビクティニが悪いわけじゃないのに、二百年もその場所にいるなんて……なんか、違うんじゃないかな」
「うん……そうだね」

富豪にビクティニを閉じ込めようという意図はなかっただろう。
やむを得ない事情があったとはいえ、ビクティニが二百年以上独りで過ごす結果になったのはどうにも居たたまれない。
しかし、富豪がこの世におらず、帰る場所もなくなってしまったとなれば、外の世界で生きていくしかない。
辛くても、それが現実だ。
アカツキは顔を上げ、エリーザに問いかけた。

「エリーザさん、ビクティニはこれからどうなるんですか?」

二百年も経てば世界は大きく変わる。
そもそも外の世界をほとんど知らないビクティニにとっては、文字通りの『未知なる領域』だ。
いきなり放り出されても、どこでどうしていいかも分からないに違いない。
出会ったのも何かの縁だ。もしできることなら、自分が傍にいてあげたいと思う。
ソロやシャス、ハーディ、ゲキ……彼らならビクティニと良い友達になってくれるはずだ。
無論、この場においてそれを決めるのはエリーザだろう。
ビクティニに想いを寄せるのはナナも同じで、固唾を呑んで言葉を待つ。
ややあってエリーザは口を開き――その言葉には二人とも驚きを禁じ得なかった。

「わたしとしては、アカツキ君。あなたと共にいるのが一番だと考えています」
「え……」

ビクティニの能力を悪用されないためには、エリーザと共にいるのが一番だ。
しかし、彼女はアカツキと共に行くべきだと言う。
トレーナーとして半人前の自分と一緒にいて、本当に大丈夫だろうか……胸の内で不安が霧のように広がっていくのを感じていると、エリーザは口の端に笑みを浮かべながらこう言った。

「今のビクティニに必要なのは、世界を知ることです。
人々やポケモンの営みは、独りで過ごした二百年もの間に大きく変わっています。
これからの時を生きる上で『今』を知らなければならないのです。
わたしは仕事で様々な場所を訪れますが、それだけでは不十分……その点、トレーナーとしてより多くの場所を巡り、多くの人やポケモンと触れ合えるあなたにこそ、ビクティニと共にいてほしいと考えています。
ナナさんから、あの地下室で遊んでいた時、ビクティニは本当に楽しそうだったと聞きました。
ですから、わたしはあなたに託したいと思ったのです」
「エリーザさん……」

熱い想いが込められた言葉に、不覚にも込み上げるものを感じずにはいられない。
エリーザが自分をそこまで買ってくれているのなら、その期待を裏切るわけにはいかない……が、ビクティニがどうしたいのかを確かめた上で、決めていくしかない。

(だけど、プラズマ団がまた狙ってくるかもしれない。
オレが……ビクティニを守ってあげたい)

灯台の地下室が水没したことは、程なくプラズマ団も知ることとなるだろう。
それでビクティニがいなくなったものと考えてくれればいいが、これまで各地で起こした騒動を鑑みれば、それを期待するわけにもいくまい。
ならば、常に傍にいられる誰かが守らなければならない……そして、自分がその誰かになれるのだから、迷う理由はなかった。

「ビクティニが一緒にいたいと言ってくれるなら、オレが一緒に行きます。誰が来たって、こいつを守ります」
「分かりました。お願いしましょう」

アカツキが力強く宣言すると、エリーザは満足げに頷き返した。
やはり、血は争えない……何かをすると決めたら梃子でも動かない、そんなところが表情からも伝わってきたからだ。
エリーザが親友の息子がこんなにもたくましく育った喜びを噛みしめている間に、アカツキはビクティニを胸元から離し、ベッドに下ろした。
泣くだけ泣いて少しは気が済んだのか、思いのほか穏やかな表情でアカツキを見上げる。

「なあ、ビクティニ」
『おう、なんだ~?』

声をかけると、ビクティニがテレパシーで言葉を返した。
自分の置かれた状況を受け入れたようで、どこか上向いた声音だった。
エリーザの話を聞いていたかは分からないが、一から説明する必要はなさそうである。
そこで、単刀直入に訊ねる。

「ビクティニ、オレたちと一緒に行かないか?
オレはキミと一緒に行きたいんだ。ソロや、オレと一緒にいる仲間たちも、きっとキミを歓迎してくれると思う。どうだ?」
『ん~……』

さっきの話は引き合いに出さない。
意図せず、一緒に行くことを強制してしまうような気がしたからだ。
アカツキの誘いに、ビクティニは口元に手を宛がって考え込んだ。先々のことまではまだ頭になかったのだろう。

「……………………」
「……………………」

自分でしっかり考えて、納得して出した答えを聞きたい。
後で後悔が残るような決断だけはしてほしくないと思い、急かすことなく答えを待つ。
一分、二分、三分……
一瞬が果てしなく引き延ばされているのではないかと錯覚するほど、時の流れが緩やかに感じられる。
じっと待つつもりではいても、さすがに長いかと思い始めた時だ。
ビクティニは口元に宛がっていた手を下ろし、アカツキを見上げた。

『おまえと遊んだの、すっげ~楽しかった。
もっと遊びたいし、一緒に行ってもいいぞ~』
「そっか……ありがとう」

それがビクティニなりの答えなら、尊重したい。
初対面からさほど時間が経ったわけではないが、遊びを通して心が通じ合ったのだろうと思えてならなかった。
喜び以外の気持ちは瞬く間に吹き飛んで、名状しがたい高揚感が心を占める。

「よろしくな、ビクティニ」
『おう、よろしくな~。アカツキ~』

アカツキが笑顔で差し出した手にタッチして、ビクティニはぴょんぴょん飛び跳ねた。
これがビクティニなりの喜びの感情表現らしい。
明るく無邪気で、二百年以上生きているとは思えないくらい、子供だ。十二歳の自分よりも子供で、だからこそ見守っていきたいと思える。

「良かったね、アカツキ」
「ああ。でも、喜んでばかりもいられないよ。
プラズマ団がビクティニのことを知ったら、また狙ってくるかもしれない……オレたちが強くなって守らなきゃ」
「うん……そうだね」

ナナの言葉に喜びを示しつつも、すぐにその口元が真一文字に結ばれる。
共に広い世界を旅することができる……それは実に喜ばしいが、喜んでばかりもいられないと、アカツキはビクティニを取り巻く現実を直視していたのだ。

ビクティニの能力は、体内で生成したエネルギーを分け与えた相手に普段以上の力を発揮させる……つまるところ、勝利を掴ませる能力だ。
実力勝負の世界ではイカサマと呼ばれる類だし、敗北を喫したとしてもそれは自分たちの力が足りないだけ。
負けて、泣いて、悔しさを噛みしめて。
次は絶対に勝つのだという気持ちで努力を重ね、そして掴んだ勝利にこそ意味があると考えているだけに、ビクティニの能力に頼ることがあってはならない。
そして、その能力を悪用しようと近づく輩には断固たる措置を示さなければならない。
自分たちに課せられたモノの重みをしっかりと感じ取りつつも、アカツキはビクティニに満面の笑みを向けた。

「ビクティニ。これからいろんな場所に行って、いろんなものを見よう。
楽しいことばかりじゃないけど、辛い時はみんなで支え合うんだ」
『お~!!』

これから、いいことばかりが続くわけではない。
自身の能力や境遇を果たしてどこまで理解しているのか……定かではないが、ビクティニの表情には不安など微塵もなかった。
どんな出来事が待ち構えていようと、楽しみながら乗り越えていこうという気概すら見て取れて、アカツキは改めて自分たちが頑張らなければならないのだと決意を固めるのだった。






To Be Continued…

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