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突然に


「うわあ……」

窓の外に広がる景色に、アカツキは歓声を上げた。
見渡す限りの大海原。
きらめく波間を行き交う大型船など、イッシュ地方の海辺ならどこでも見られる『ありふれた景色』なのだが、そんなに珍しいのか。
人前であることも気にせず目を輝かせているアカツキの横顔を、ナナとチェレンが苦笑交じりに眺めている。

(……育ったのが田舎町だと言っていたし、珍しいんだろうね)

タンバシティは田舎町とはいえ、海辺ゆえ船舶の航行を目撃するのはそうそう珍しいことではないと思うが、実のところ、タンバシティ付近はアサギシティとの間にある渦巻諸島と周囲の潮流の影響から主要航路から外れており、よほど西寄りに舵を切った船舶でもなければ目撃するのが難しいのである。
さすがにナナとチェレンにそういった地理的要因まで理解を求めるのは酷だろうが、結局のところは自分たちが口を出すべきではないという判断で落ち着いた。
さて、彼らが今いるのは、ヒウンシティとヤグルマの森の西端にあるステーションを結ぶモノレールの中。
ヒウンシティとイッシュ地方南東部を結ぶのはスカイアローブリッジと呼ばれる自動車橋で、二層構造の上層が高速道、下層がモノレールとなっている。
本来は海底トンネルで両者を結ぶことが計画されていたのだが、海底の岩盤が想定以上に堅固であることが判明したため、海上に橋を架けることになったとか。
かれこれ十数年前の話で、当時はイッシュ地方最大の橋が架かると話題になっていた。
当然、アカツキたちが当時の状況を知る由もないのだが……

「でも、ホントにキレイだね。
海をこんな風に眺めるの、あたしも初めてなんだ。カノコタウンには高い建物がないし」
「そういえば、丘とか山とかもなかったような気がする」
「うん。そうなんだよ」

アカツキほど大げさな反応を示してはいなかったものの、ナナもきらめく海に心が洗われるような心地だった。
カノコタウンは海に程近くはあるものの、平地から眺めるのと地上数十メートルから眺めるのとでは当然、見え方は違ってくる。
イッシュ地方にやってきたアカツキに会いにアララギ博士のバギーに乗って上層の自動車道を通った時はどうだったのかと言うと、久しぶりに幼なじみに会えるという喜びに忘我して、景色などまるで目に入っていなかった。
復路についても、アカツキとの話が盛り上がって、景色に現を抜かすだけの暇がなかったのである。
……と。

「チェレンもそう思うでしょ?」
「え……ああ、うん。そうだね」

考え事をしていたところに突然話を振られ、チェレンは一瞬言葉に詰まったものの、何事もなかったように言葉を返した。

(あ、これは考え事してたね……邪魔しちゃったかな)

さすがは幼なじみ。
ナナはチェレンの思考に割り込んでしまったことを察し、適当に二言、三言交わしたところで再びアカツキとの会話に興じた。

「アカツキ。前はのんびり見られなかったけど、ジム戦が終わったらいろいろと見に行かない?」
「そうだなあ……少しは休憩した方がいいかもしれない。ちょっとだけ、観光でもしてみようか」
「よし、決まりだねっ!!」

チェレンもチェレンで、ナナが気を遣ってくれたことを察していた。
イッシュ地方随一の大都市に想いを馳せる二人を一瞥し、視線を一面の海原に戻す。
とはいえ、せっかくの気遣いを無駄にするわけにもいかず、思案を再開する。

(ちょっと早い気もするけど、そろそろその時が来たのかもしれないね……)

ずっと前から考えていたことがある。
それはチェレンがアカツキにかけた言葉で、互いにいつかその時が来ると認識していたことでもある。
アカツキが言い出せば、あるいは自分から言い出せば……どちらかが『そう』と感じた時点で、その時は否応なしに訪れる。
ならば、きっと……
乗客と、同じ数の想いを乗せて、モノレールは静かにスカイアローブリッジを渡ってヒウンシティへと近づいていく。






ヤグルマの森の西端を発車して約三十分、モノレールはヒウンシティ東端のステーションに到着した。

「やっと着いたね」
「ああ。でも、やっぱ大きいなあ、この街」
「まあね。北のライモンシティも大きいけど、ヒウンシティの方がいろんな施設やビルがあるから、大きいって感じるんだと思うよ」

ステーションを出たところで足を止め、アカツキは眼前に屹立する高層ビル群を見上げた。
それはさながら、天に叛逆せんとする者が突き出した槍のごとし。
ヒウンジムもこのような高層ビルの中に設けられているのだろうか……摩天楼でのジム戦もなかなか楽しそうだと思いつつ、視線を地平に戻したところで、チェレンに声をかけられた。

「アカツキ」
「……ん?」

気のせいか、普段よりも少しばかり重たい口調に聞こえたが……振り向いてみれば、カノコタウンからここまで共に旅をしてきた親友の表情は硬く、それでいて真剣だった。
少なくとも、先ほどまでは普段通りだったのだが、何か思うところがある様子だ。
チェレンの『変化』にナナも気づき、どこか不安げに問いかける。

「どしたの? 何かあったの……?」
「いや……」

問われ、チェレンは何か言いかけて――口ごもる。
言い出すべきか迷っているように見えたが、短い逡巡の末に結論を出したのか、アカツキの目をまっすぐ見据えながら再び口を開いた。

「突然だけど、僕が一緒に行けるのはここまでだよ」
「え……?」

その言葉はナナにとって青天の霹靂以外の何物でもなかったのか、ナナは鳩が豆鉄砲食らったような表情で呆然と固まっていた。
対照的に、アカツキはまるで驚きもしていない。

「そういえば『しばらくは』一緒に行くって言ってたっけ……」
「ああ。ここまで来れば大丈夫だと思う。君も、思いのほか旅に慣れているようだしね」

言って、チェレンは眼前の親友が自分の言わんとすることを察してくれているのだと理解した。
目指す場所が違うのだから、いつまでも一緒にいられるはずがない。
ただ、それだけのことだ。
淡々と構えている二人と違い、ナナは淋しげに目を伏せた。

「でも、なんで今なの? いくらなんでも突然すぎるじゃない……」

不確定なことを口にしないのがチェレンだ。
彼の中で折り合いをつけて、そうすると決めたからこそ言葉にしたのだ。
そうと知りながらも、ナナは訊ねずにはいられなかった。あまりに突然すぎて、納得できるはずもなかったから。

何か、転機となる出来事があったのか?
何か、共に旅ができなくなる理由があったのか?

考えてもその理由を見いだせるべくもなく、あふれ出る感情を隠そうともしないナナに目をやり、チェレンは頭を振った。
彼女がすぐに納得できないであろうことは、織り込み済みだった。
だからこそ、言葉を尽くすべきと考えたのだ。

「今だから、なんだよ。
カノコタウンを旅立って、まだそんなに経ったわけじゃないけれど……だけど、僕たちはポケモンを仲間に加えて、少しずつではあるけどトレーナーとして腕を上げてきた。
いつかイッシュリーグで戦うことになった時、互いに手の内やポケモンを知り尽くした状態じゃやりにくくてしょうがないよね」
「まあ、それはそうだけど……」
「一番の理由は……今のアカツキなら、僕がいなくてもナナを守ってくれると思えるから、かな」
『は?』

最後の一言に、ナナだけでなくアカツキまで目を丸くした……が、無論、驚いた理由は二人して違っていた。
ナナは少しばかり異性的なものを感じて。
アカツキは『友達なんだから当たり前じゃん。何を今さら』と思って。
二人に微笑みかけ、チェレンは続ける。

「今までの旅で、アカツキは僕が思うよりもずっとしっかりしてるって分かったんだよ。
だから、僕は僕で安心して一人旅ができると思ってる」
「……………………」

きっと、今まで一人で旅をすることを考えていたのだろう。
考えて、考えて、考え抜いて……そして今、決断を下した。
いくつもの葛藤を乗り越えて出した結論を一顧だにせず、自分は感情的になって、相手の気持ちを考えようともせずに食ってかかった。
アカツキは『いつまでも一緒に旅を続けるはずはない』と最初から割り切っているのか、淡々と構えていたが……なるほど、チェレンがしっかりしていると言うのも頷ける。

(なんか、恥ずかしいなあ……あたし、みんなずっと一緒にいられるとばかり思ってた)

穴があったら入りたい衝動に駆られながらも、自分がここで眼前の現実から目を逸らすわけにはいかない。
チェレンが自分たちと向き合おうと言うのだから、自分が逃げてどうするのか。

「ごめん。あたし、ワガママ言っちゃって……」
「そうでもないよ。いきなりのことだから、ナナが驚くのも無理はないさ」

気まずげに俯くナナに、チェレンは気にしていないと返した。
こちらこそ、彼女がそういう反応を見せるであろうことを理解しながら切り出したのだから、ワガママなのはお互い様だ。
ナナとの話はこれで憑いたと考えて、改めてアカツキに顔を向ける。

「アカツキ。それぞれの道に踏み出す前にやっておきたいことがあるんだ。
今ここで、ポケモンバトルをしたい。負けたまま別れるのは、さすがに癪なんだよね」
「分かった。そのバトル、受けるぜ」
「ありがとう」

決着ならイッシュリーグの大舞台でつけてもいい。
……が、今はカノコタウンでの雪辱を果たしたい。
そんなチェレンの胸中を察し、アカツキはバトルの申し出を快く受けた。
彼が自分の道を歩き出すなら、ポケモンバトルを以ってせめてもの餞としよう。
それに、ここで互いの実力を確認するのも悪くない。

(あれからバトルをしてなかったけど、チェレンはどれくらい腕を上げたんだろう)

差らしい差がついているとも思えないが、ここでバトルすることで自分に足りないものを見つめ直すきっかけにもなるだろう。
アカツキがバトルに乗り気なのを見て取って、チェレンが場所を移すことを提案する。

「ここだと通行人のジャマになるね。あっちの桟橋でやろうか」

彼が指差した先を見やれば、周囲のものと比べて古びた桟橋。
停泊中の船はなく、数棟の倉庫も船荷の搬入作業を行っている様子がない。人もポケモンもいなければ、場所としてはうってつけだろう。
場所を移し、ルールを取り決める。

「二対二のシングルバトルでどうだ?
時間無制限で、ポケモンの入替は禁止。二体とも戦闘不能になったらそこで終了」
「いいよ」

アカツキが提案したルールを、チェレンはあっさりと受け入れた。
シンプルなルールの方が、互いにありのままの実力を発揮できるだろう。
潮風が吹き抜ける桟橋で、二人は十数メートルの距離を挟んで対峙する。
旅立ってからは初めてとなるバトルに心が昂っているのか、二人して不敵な笑みを浮かべている。
ナナは邪魔にならないよう離れた場所に移動し、小さく息を吐いた。

(アカツキとチェレンがバトルするのは久しぶりだけど、二人ともあの時よりも強くなったんだもんね……)

だから、ここからはそれぞれの道を行く。
そして、いつかは……自分とアカツキも、それぞれの道を行くことになるのだろう。
ならばその前に、二人の戦いを目に焼き付けておきたい。
チェレンの決意の強さは、きっとこのバトルに表れるのだろうと思えてならなかったから。
中立の立場の第三者としてバトルを見届けようと決めたナナの視線を意に介することなく、アカツキはチェレンがどのポケモンを出すか考えを巡らせていた。

(シャスはジャノビーに進化したし、チェレンのポケモンも進化してる可能性があるな。
シッポウジムでどんなバトルを経験したかにもよるけど……)

進化によって力が爆発的に高まることを考えれば、今までと同じ感覚で行けば間違いなく負ける。
どうしたものかと思案するアカツキを尻目に、チェレンは腰のモンスターボールを掴み、頭上に放り投げた。

「じゃあ、僕から行かせてもらうよ。出ておいで、ルリス」





彼の一番手はルリス。
水タイプであるルリスが相手なら、草タイプのシャスで相手をするのがベスト。
そう思っていたのだが、姿を現したルリスは、アカツキの良く知るルリスではなかった。

「フタッチ~っ」
「進化したのか……」

ミジュマルより大きくなり、すらりとした体型。
腹につけていたホタチ(ホタテのような貝で、武器や盾になる)を両膝につけている。
表情もどこか精悍さを宿し、ミジュマルの時はつぶらで可愛らしかった目も、鋭さを秘めているように見える。
ルリスはミジュマルから別のポケモンに進化したのだろう。タイミングとしては……恐らく、シッポウジムでのジム戦。
そう思いながらも、アカツキはすぐさまポケモン図鑑で初めて見る種族を調べた。

『フタチマル。ラッコポケモン。ミジュマルの進化形。
流れるような立ち捌きで二枚のホタチを扱うが、その技はフタチマルごとに違っている。
武器であり盾でもあるホタチの手入れを欠かさない』

「フタチマルって言うのか……」

ミジュマルの進化形とは思えないくらい、凛々しい面持ちをしているフタチマル。
ポケモンの進化は、得てして元のポケモンとは異なる印象を与えることが多い。

(でも、水タイプなら草タイプのシャスで対抗できる)

進化によって実力が大きく伸びたはずだが、ポケモンの相性まで変わるわけでもない。
それに、アカツキのチームの中で、シャスは一番素早く動ける。
障害物もなく平坦なこの場所なら、持ち前の素早さを活かすこともできるはずだ。

「よし……行け、シャス!!」

相性の良さと、並外れた素早さ。
その二点から、アカツキはシャスを一番手に送り出すことに決めた。
ボールを頭上に掲げて呼びかけると、シャスは自分からボールを開いて飛び出してきた。

「ジャビっ♪」

あたしの相手は誰だ?
楽しむような表情を見せ、明るい声音で嘶く。
目の前にいるのが、アララギ博士の研究所で一緒に過ごしてきた相手であることを理解してか、特に驚くでもなく、明るい面持ちで相手を見やっていた。

「なるほど、やっぱりシャスで来たね……」

ポケモンバトルの基本は、ポケモン同士の相性だ。
セオリー通りで、一般的にはこれが正解として扱われるオーダーではある。
しかし、アカツキは気づいていない。
チェレンが、彼にシャスを出させるために、敢えて相性の悪いルリスを出したことを。

(ルリス、進化したんだ……)

フタチマルは、アララギ博士の研究所にいない。
『最初の一体』――ツタージャ、ポカブ、ミジュマルの三体は新人トレーナーの旅立ちに備えて研究所に棲息しているが、カノコタウンから旅立ったトレーナーの最初のパートナーだけあって、七体以上のポケモンをゲットして手持ち上限に引っかかった時、ポケモンを研究所に送らなければならなくなっても、他のポケモンを送るケースが圧倒的に多いのだ。
実物を見るのは初めてで、ナナは興味深げな視線をルリスに注いでいた。
ルリスはルリスで、同じ場所で育ったシャスとこうして一戦交えられることを楽しみに思っていた。

「フタッチ~っ……!!」
「ジャビっ……」

低く唸るように声を上げると、シャスも眼差しを尖らせて応じる。
一緒に育ってきた間柄だからこそ、負けたくないと思うのだ。

(シャス、やる気だな……)

並々ならぬやる気を漂わせる背中を見やり、アカツキは素直にそう思った。
進化を機に表情豊かになり、積極的に行動するようになったとはいえ、これほどのやる気をにじませたのは初めてだ。
相手がルリスでなかったら、ここまでのやる気は見せないだろう……それが分かっているからこそ、なんとしてもシャスを勝たせたいと、アカツキ自身も気持ちを奮い立たせた。

「さて、準備は整ったね。それじゃあ、始めようか」
「ああ。どっからでもかかってこい!!」
「先手は僕がいただくよ。
ルリス、アクアジェット!!」

準備が整い、バトルの火蓋が切って落とされた。






To Be Continued…
待ちに待ったサン・ムーンが発売になりましたね。
時間を忘れるくらいのめり込んでいたので、こっちが疎かになってしまいました……困ったものです(笑)

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