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ダゲキとナゲキと試しの岩(後編)


「……………………」
「……………………」

ダゲキは大股で歩み寄ってくるナゲキをきっ、と睨みつけた。
瞬く間に険悪な雰囲気が暗雲のごとく立ち込め、ナナは慌ててアカツキを起こした。

「アカツキ、起きて。さっきのナゲキが来たみたいなの」
「ん……?」

険悪な雰囲気を感じないほど眠っていたアカツキだが、すぐに身を起こした。
寝起きでも眠そうな様子を見せなかったのは、ピリピリとした空気を肌で感じていたからだ。
その原因となる場所に目を向けると、ダゲキが剣呑な雰囲気を剥き出しに、ナゲキと睨み合っているではないか。

(さっきのナゲキだ。ダゲキがなにやってるか気になってやってきたのかな)

今にも取っ組み合いを始めそうな雰囲気を感じながら、そんなことを思ったのだが……その通りだった。
ナゲキは『試しの岩』の近くで物音がするのを認めて、気になって見に来たのだ。
無論、その物音とはアカツキとダゲキが組手で打ち合っていた際に発せられたものであり、この森に棲む格闘ポケモンにとって聖地に等しい場所から聞こえたのだから気になるのも当然だろう。
そして、同じ森で暮らしている者同士と言っても、雰囲気からして友好的な関係ではなさそうである。

(さっきのリベンジをしたがってるな。まだまだ教えたいことあるんだけど、大丈夫かなあ……)

先ほどの雪辱を果たそうという意気込みが、ダゲキの背中から立ち昇っているように感じられる。
教えたいことはまだたくさんあるし、道半ばで付け焼刃……そんな状態で大丈夫なのかと心配に思ったのだが、止めても聞かないだろうと思えてならない。
幸い、こちらがヒヤリとするようなフェイントを覚えたのだ。一発でノックアウトされることはないだろう。
負けても命まで取られることはないのだし、ここは任せるしかあるまい。
剣呑な雰囲気に強い不安を覚えたのか、ナナが恐る恐る問いかけてくる。

「ど、どうしよう……?」

先ほどの二の舞になるのではないか。
居合わせた自分たちも危害を加えられるのではないか。
この状況でどうやったら落ち着き払っていられるのか。
寝起きで頭が働いていないのではないかという不安も重なって、ナナは気が気ではなかったのだが……

「ダゲキ、やってみるか?」
「……………………?」

アカツキの声音が努めて冷静であるのを理解して、ハッとする。
やるかどうかは、ダゲキに一任する。しっかりと相手と向き合っているからこその言葉だったのだ。
ダゲキはナゲキに向き直ったまま、小さく頷き返す。
短い時間ではあるが、今まで知らなかった、考えもしなかった戦い方を教えてもらったのだ。
以前のような結果には……させない。
そんな意気込みさえ感じて、アカツキは黙って見守ろうと決めた。
どんな結果になっても、ダゲキもナゲキも受け入れるだろう。
『勝負』とは、そういうものなのだから。
アカツキが腹を括ったように、ナナもまた自分たちが口出しすべき問題ではないと判断した。
……と、外野の二人が手出ししないことを悟ってか、ナゲキが声を張り上げる。

「ナゲ、ナゲーっ」
「ダっ……!!」

短いやり取りを交わし、少し離れた場所へ移動する。
アカツキたちを巻き込まないなど、簡単にルールを定めたのだろう。
二体の格闘ポケモンは数メートルの距離を挟んで対峙し、鋭い眼差しを突き合わせた。
互いに相手を憎らしいと感じている節はなく、手合わせを通じて互いに高みを目指していこうという気概を漂わせている。

「勝てるかな……?」
「どうかなあ。さっきよりはマシな戦いができると思うけど、やってみなきゃ分かんない。
でも、やるんだったら勝ってほしいな」

ナナの問いに、アカツキはあくまでも見守る立場であることを強調した。
正直なところ、ナゲキの実力が分かっていないので確かなことが言えなかったのだ。
先ほどは投げ飛ばされて一発で終わってしまったので、相手が本気を出していたかどうかも判断がつかなかった。
だが今回、相手が『やる』と分かれば、ナゲキは本気を出してくるだろう。そうなった時に、先ほどまで教えたことがどこまで通じるか……それこそ、やってみなければ分からない。

「……………………」
「……………………」

無言で睨み合う二体が戦いを開始したのは、約三十秒後のこと。
不用意に間合に入り込めば投げ飛ばすぞと宣言するかのように構えるナゲキ目がけ、ダゲキが地を蹴って駆け出したのだ。

(さあ、どうする?)

真正面から突撃するだけでは、先ほどの二の舞だ。
ダゲキには実戦での駆け引きが必要と思って、フェイントや相手の死角に回り込んで攻めることを教えたつもりだが、早くもそれを活かす機会が訪れた。
アカツキがハラハラしながら見守る中、ダゲキはナゲキとの距離を詰め、相手の間合いに飛び込む直前で足を止める。
ナゲキは単に構えているだけに見えるが、ビルドアップで能力を上昇させているのだ。迂闊に攻め込むわけにはいかない。

(そうなんだよ。今もビルドアップ使ってる。
だけど、時間をかければかけるほど不利になる……)

能力上昇の技の多くは、技を発動している時間に比例してその度合いが大きくなっていく。
ビルドアップの場合は物理能力なので、特殊攻撃で攻めればその効果を気にすることはないのだが、ダゲキはどうあっても物理攻撃に偏重したポケモンだ。
ビルドアップを早く止めなければ、攻撃面でも防御面でも厳しい戦いを強いられることになる。

「…………?」

ナゲキはこちらの間合をギリギリ外した位置に陣取ったダゲキを訝しげに見やった。
こいつは何を考えている……先ほどの敗戦を鑑みて、少しは考えて行動することを覚えたのか。
互いにわずかでも前進すれば相手を射程に収める場所にいながら、睨み合いを続ける。
そうこうしている間にも、ビルドアップでナゲキの物理能力は確実に上昇している。
……と、ダゲキが動く。
飛び込んでくると判断したナゲキはすぐさまダゲキの腕を掴もうとしたが、ダゲキは巧みな足捌きで重心を移動させ、ナゲキの真横に回り込んだ。

「…………!?」

予想外の行動に驚愕するナゲキ。
相手の隙を見逃すことなく、ダゲキは回し蹴りを放った。
慌てて対応しようとしたが、横っ面を張り飛ばされ、続けざまに放たれた空手チョップが脳天を直撃。
ビルドアップで打たれ強くなっていると言っても、短時間で攻撃を加えられてダメージを受けないというわけにはいかない。
さすがのナゲキもよろけた末に仰向けに倒れてしまった。
『不意討ち』ではない。
その対極であろう『待ち伏せ』を得意とするナゲキにとって、己の得意とするタイミングを完全に外された攻撃は脅威と呼ぶほかない。
それでも、二回攻撃を食らった程度で負けを認めるナゲキではない。
ダゲキは相手が立ち上がるのを、構えを取ったまま見守っていた。
ポケモンバトルであれば、相手に反撃の暇を与えることなく攻め立てるべきなのだろうが……森のポケモンたちの戦いに関しては、独自のルールがあるのかもしれない。
ルールか、あるいはダゲキの『倒れている相手に攻撃を加えるべきではない』という矜持か。
どちらにしても、ナゲキに立ち直る時間を与えたのは事実だ。

「ナゲーっ……」

ナゲキは立ち上がるなり、低い唸り声を上げた。
先ほどとは明らかに動きが違っている。磨かれた……否、洗練されたと言うべきか。
アカツキは後で知ることになるのだが、このナゲキはヤグルマの森の格闘ポケモンたちを束ねる長のような存在であり、若手のポケモンたちにバトルを挑むことで彼らの成長を促していたのである。
そして、ナゲキは少し離れた場所で戦いを見守っている人間の少年がダゲキを『変えた』のだろうと理解していた。
恐らく、人間の戦い方を組み込んだか……だが、それを卑怯とは思わない。強くなるためには何であろうと血肉にするような貪欲さが不可欠なのだから。
現に、一撃で倒した相手を、今は倒すどころか圧されている。
さて……一、二時間程度しか経っていないが、どこまで成長したのか見てみたい。
ダゲキはナゲキの体勢が整うのを見計らうと、再び相手に突進した。
しかし、同じ手は食わない。
ナゲキは身体の向きを変えることで相手を正面に捉え、横に回り込むことを許さなかった。

(ナゲキも柔軟に立ち回ってる感じがするな……ここから先は、本当にダゲキが考えながら戦うっきゃないか)

自分が教えたことを活かして戦っているダゲキに、ナゲキが合わせてきたのだとしたら、ここからはダゲキ自身が道を切り拓くしかない。
不用意に攻撃を仕掛ければ、当身投げで確実に手痛いしっぺ返しを食らうだろう。
かといって、下手な小細工が通用するとも思えない。
ならば……
ダゲキは反撃を覚悟の上で、敢えてナゲキの懐に飛び込んだ。

「ダっ!!」

勇ましい掛け声と共に繰り出した空手チョップを、ダゲキは避けようともせずまともに受け――案の定、当身投げで後の先を制してみせた。

「…………!?」

流れる水のような鮮やかな動きで――アカツキですら惚れ惚れするような動きで、ナゲキはダゲキを『試しの岩』目がけて投げ飛ばした。
放物線を描きながら投げ飛ばされたダゲキは顔面から大岩に叩きつけられ、地面に落ちた。

(まあ、そうなるよなあ……)

ナゲキは先ほどにも増してダゲキを警戒している。
相手の裏を掻ける策もなしに真正面から突っ込めば、反撃を受けるのは必定だ。

(さっさと勝たないと、相手が警戒して攻めづらくなるんだけど……まだちょっと足りかなかったかな)

反撃を前提とした戦いを得意とする相手への一番の対抗策は、反撃の暇を与えることなく一気に倒すこと。
しかし、ナゲキは高い耐久力で易々とは倒されない。
次点としては、相手の攻撃が届かない遠距離から一方的に猛攻を仕掛けることなのだが……ダゲキにそれを望むのは酷だろう。
さて、どうしたものか。

「だ、大丈夫かな……?」
「うーん……」

ナナが心配そうな顔を倒れたダゲキに向けながら言う。
今の攻撃で大きなダメージを受けたのは間違いないが、大丈夫……とは言いがたい状況だろう。
ともあれ、戦うかどうかを決めるのはダゲキだ。今の状態で無理だと思うなら、ダゲキとて意固地になりはしないだろう。
そう思っていると、ダゲキがよろよろと立ち上がる。
肩で荒い息を繰り返し、足元は覚束ない。
次の攻撃でナゲキを倒せなければ、まず勝ち目はない。窮状と言ってもいい状況だけに、アカツキは険しい表情を向けるばかりだった。
だが、ダゲキの目からは強い闘志が窺える。少なくとも、まだあきらめていない。

(まだやる気だな。何か奥の手でもあるのかな……)

単に負けたくない一心で立ち上がったのか、それとも秘策があるのか。
ダゲキは己が心身を奮い立たせると、ナゲキへと向かって駆け出した。
横から突けば転んでしまいそうな足取りに、しかし力強さが漂って見えるのはなぜか。
距離を詰めながら、先ほどとは違う構えを見せる。

――窮地に陥ってもあきらめないその意気込みや良し。

ナゲキはそう言いたげに鼻を鳴らし、迎撃の構えを取った。
互いに衰えぬ闘志をぶつけ合いながら、決着の時が迫る。
数秒と経たないうちにその時が訪れることを確信し――ダゲキが見せた構えに、アカツキは思わず息を呑んだ。

(……もしかして、これって……!!)

ピンチをチャンスに変える、大逆転の一手。
一歩間違えればチャンスに変えることなく自滅しかねない、極めて危険な切り札だ。
ナゲキはどんな一撃が来ようと、耐えてから反撃できると確信しているようで、先ほどと変わらぬ構えで相手を迎え撃つ。
しかし、ダゲキの渾身の一撃はナゲキを大きく吹き飛ばし、地面に叩きつけるほどの威力だった。当然、反撃などできるはずもない。

(やっぱり起死回生か……)

『起死回生』――読んで字のごとく、体力が減っていればいるほど威力を増す一発逆転の大技だ。
格闘タイプのポケモンなら使えても不思議はないのだが、なるほど……相手が反撃を軸に戦うなら、一点突破のこの技が今の状況には相応しい。

「今の、起死回生……?」
「ああ。ホントにやりやがったよ……」

感嘆の声を上げる二人を余所に、ダゲキはその場に膝をついた。
この一撃に残る力を賭けたのだろう、荒い呼吸を繰り返しながら、仰向けに倒れたまま動かないナゲキをただただ見つめるばかりだ。
これで決着――アカツキはダゲキに駆け寄ると、その肩に手を置いた。

「ダゲキ、大丈夫か?」
「ダっ……」

ダゲキは顔を上げると、アカツキに満面の笑みを返した。
死力を尽くして戦い、勝利を掴んだ……勝利の喜びに、眩いほど輝いて見えた。
短い時間ではあったが、持てる技術を教え込むことができて良かったと、もらい泣きならぬもらい喜びを覚えずにいられなかった。

「良かったな、ダゲキ。いいバトルだったよ」
「ダっ……!!」
「オレもまさかここまでやるとは思わなかったけど、ダゲキがきっちり努力したから勝てたんだ」
「そうだね。よく頑張ったよね」

ナナにまで褒められて、ダゲキは恥ずかしげに顔を赤らめた。
褒められることに慣れていないのだろう……その表情は、先ほどまで死力を尽くして戦っていたとは思えないほど初々しさに満ちていた。

(ダゲキが頑張ったから勝てたんだ。オレたちも、頑張っていかなきゃなあ……)

目指す場所にたどり着くためなら、どんな努力だって厭わないつもりでいる。
手始めにイッシュリーグ出場のためにあと七つのリーグバッジを手に入れなければならないが、その過程でいくつもの努力を積み重ねていかなければならないだろう。
ダゲキの戦いを見て、背中を押されたような気分だ。

(明日には出発しなきゃいけないけど、こいつともここでお別れかな……)

倒した相手のことが気になるのか、視線を再びナゲキに据えるダゲキ。
アカツキは小さく息を吐き、ナナに言葉をかけた。

「ナナ、そろそろ行こう。他の格闘ポケモンを見てみたいんだ」
「いいの?」
「ああ」

勿体無いと言いたげに問い返すナナに、アカツキは頭を振った。
せっかく出会ったのだし、できればこのダゲキと一緒に旅をしたいとも思ったのだが……力を貸した見返りを求めるみたいで、恩着せがましく思えて躊躇われた。

「ダゲキ。オレたちは行くよ。他にも行きたいところがあるし」
「…………!?」

後ろ髪を引かれるような想いを覚えないうちに、立ち去ろう。
そう思って投げかけた言葉に、ダゲキは驚きの表情を向けてきた。もう行くのかと言いたげな、どこか寂しげな視線に胸をチクリと刺された気持ちになりながらも、アカツキは口元に笑みを浮かべながら言葉を返した。

「短い時間だったけど、オレもいろいろ勉強させてもらったよ。
互いに頑張っていこうな。それじゃ……」
「……………………っ!!」

背を向けて立ち上がろうとした時、手首に鈍い痛みが走る。
アカツキは顔をしかめながら振り返り――ダゲキが手首をつかみながら、まっすぐに見上げいるではないか。

「どうしたんだ?」
「……………………」
「もしかして、一緒に行きたいとか思ってたりする?」
「ダっ……!!」

食い入るような目で何かを訴えかけている。
思いつく可能性を口にしたところ、ダゲキはその通りだと首肯した。

「良かったじゃない、アカツキ」
「あー……」

ナナの言う通り、願ったり叶ったりではあるのだが。
ダゲキは恐らく、恩返しのつもりで一緒に行きたいと思ったのだろう。
だが、自分たちの旅はそういったものではない。
本当の意味で一緒にいたい、一緒に行きたいと思ってくれたポケモンなら喜んで仲間に迎え入れるのだが、実際のところはどうなのか。

「この森を出て、いろんな場所に行くんだ。
何かあってもすぐ戻ってこれないし、友達や仲間としばらくは会えなくなる。それでも一緒に行きたいって思ってくれてるんだったら止めないけど」

アカツキはダゲキの手を解くと、まっすぐに相手の目を見つめ返した。
厳しい言葉を口にしたのは、生まれ故郷を離れてでも共に旅をしたいと本当に思ってくれているのかを確かめるためだ。
しかし、愚問に過ぎなかった。
ダゲキは本当に一緒に行きたいと思っていたのだから。

「ダっ……!!」

彼らが外から来たことくらい知っているし、いつまでもここに滞在するわけではないことも。
そして、自分の知らない戦い方を教えてくれた。
アカツキのおかげで自分の世界は少し広がった。彼と一緒に旅を始めたなら、さらに広がり続けることだろう。
ダゲキが一切の躊躇いを見せなかったのを目の当たりにして、アカツキは断れないと観念した。
いつか格闘ポケモンをゲットしたいと思ってはいたが……共に生きたいと思ってくれているなら、それ以上にうれしいことはない。

「そういや、まだ自己紹介してなかったよな。オレはアカツキ。よろしく」
「あたしはナナだよ。よろしくね~」
「ダっ……!!」

アカツキとナナが差し出した手を、ダゲキは左右の手でそれぞれ握りしめた。
今までのやり取りからして、真面目で実直な性分なのだろう。どんなことでも真正面から受け止められるなら、どこまででも強くなれる。
好ましく思いながら、ニックネームを考える。
共に旅をするのだから、種族名で呼ぶのはあまりに他人行儀だ。どうしたものかと思案していると、起死回生を食らって倒れていたナゲキが身を起こした。

「…………!?」
「あ、起きた……」

まだ戦うのかと驚くダゲキだが、アカツキは相手から戦意が消えたことに気づいていた。
互いに満身創痍の状況で続行するほど、ナゲキは無鉄砲でもないだろう。

「ダっ……」
「ナゲーっ……ナゲ」

不安げな面持ちで駆け寄るダゲキを、ナゲキが手で制する。

「どうしたのかな?」
「……話があるみたいだ」

最初から、互いに『敵意』があったわけではない。
単純に、戦うことでより高みを目指していただけだ。

「ナゲ、ナゲナゲ、ナゲーっ」
「ダっ……!!」

ニュアンスからして、怒鳴り合っているわけではなさそうだが……実際には下記の会話が交わされていた。

『さっきまでとは大違いだ。そこの人間に手伝ってもらったのか?』

『手伝ってもらってはいたけれど……』

『いや、手伝ってもらうことが悪いとは言っていない。
しかし、それだけではないのだろうと言っている。
あの短時間でよくここまでおまえの実力を引き出せたなと思って、むしろ驚嘆に値する』

『……………………』

『そんな顔をするな。
どのような経過があったとはいえ、おまえは自身の力でわしを負かしたのだ。
……よく頑張った。それだけの力があれば、どこででもやっていけるだろう。
では、またな。いずれ、また手合わせ願いたいものだ』

『…………ありがとうございました!!』

背を向けて立ち去るナゲキに向けて、ダゲキは深々と頭を下げた。
剣呑とした雰囲気はなく、やはり互いに嫌い合っているような間柄ではなかったようだ。

(なんかいい感じに終わったみたいだ。もしかして、お師匠さんだったりするのかもしれないな)

タンバシティを発つ前の自分とシジマを見ているような気になる。
親子としてではなく、師弟としての自分たちのようで……なんだか微笑ましい。
淡々とした別れの時はあっという間に済んで、アカツキとダゲキは改めて向かい合った。
特段キッカケがあったわけではないが、ふと浮かんだ名前がしっくり来て、アカツキはダゲキにニックネームをつけた。

「キミの名前はゲキだ。よろしくな、ゲキ」
「ダっ……!!」

ダゲキだからゲキ――ともすれば安直とも取れるニックネームだが、当の本人は気に入ったらしい。

「一緒に旅をしてる仲間がいるんだけど、街に戻ってから紹介するよ。今はこの中でゆっくり休んでくれるか?」

ポケモンはモンスターボールに入ることを理解しているのか、ゲキは軽く頷くと、アカツキが差し出したモンスターボールに手を伸ばした。
指先が触れると、口を開いたボールから放たれた光線に包まれ、ボールに吸い込まれる。
アカツキは音もなく地面に落ちたボールを拾い上げ、感慨深げな眼差しを注いでいた。

「良かったね、アカツキ。格闘ポケモンと一緒に行けて」
「ああ。ゲキが一緒に行きたいって思ってくれたからさ」

ナナの言葉に、率直な気持ちを返す。
放っておくわけにもいかず、自分が力になれることはないかと思って手を貸しただけなのだが、ゲキにはそれがうれしかったのだろう。
一切の見返りを求めず、力になりたいと願った気持ちが、相手に届いた……その結果なのだ。

(アカツキがそこまで考えてたわけじゃないけど……それがいいところなんだよね)

シャスもハーディもゲキも、アカツキの人柄に惹かれて、彼と共に行きたいと願って仲間に加わった。
きっと、これからもそうやって苦楽を共にする仲間を増やしていくのだろうと、ナナは我が事のようにうれしく思った。
多くのポケモンたちと一緒に旅をする……研究所のポケモンたちに囲まれた生活も悪くなかったが、自分の知らないポケモンに会えて、触れ合うことができるのはとても新鮮で、いい刺激になる。
ナナがそんなことを思っているとは露知らず、アカツキはゲキのボールを腰に戻して彼女に向き直った。

「ナナ、お待たせ。オレの用は済んだし、ナナの用事に付き合うよ」
「ありがとう。でも、あたしはいいや」
「なんで?」

ポケモンフーズの材料を採取したり、新しい仲間を迎えたり……ただ自分についてきただけではないだろうに、こんなにあっさり返されるとは。
だが、彼女にも思うところがあるのだろう。自分が『やりたいことはないのか?』としつこく詰め寄るのも筋違いか。

「じゃあ、今度はナナの用事に付き合うからさ。いつでも言ってくれよな」
「うん。デートでも何でも付き合ってもらうからね」
「ああ」

自分の用事にだけ付き合わせたままでは立つ瀬がないと思って申し出ると、ナナはニコッと微笑んだ。
ポケモンフーズの材料の買い出しや、ちょっとしたショッピング。
やってみたいと思うことはいろいろとあるが、誰かと一緒の方が楽しいし、彼の言葉に甘えさせてもらうことにしよう。

「それじゃ、シッポウシティに戻ろうか。
そろそろチェレンもジム戦を終わらせてるかもしれないし」
「うん」

思いもかけぬ形ながらも、用事は済んだ。
シッポウシティへの帰路に就くアカツキの足取りも心も、翼が生えて空に飛び立ったかのように軽やかであった。






To Be Continued…

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