Mission #132 王子の涙

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それから二時間半後、アカツキとハーブは調査隊のキャンプ地に到着した。
途中でマンムー(イノムーの進化形で、ウリムーの最終進化形)が率いるウリムー軍団に襲撃されたり、独りぼっちのユキカブリを助けようとしたらその親(と思われる)ユキノオーに吹雪をお見舞いされたりと、いろいろとトラブルは舞い込んできたが、アカツキがムックと共になんとか捌き、切り抜けた。
ヒアバレーは人が滅多に立ち入らない土地柄、そこに棲む野生ポケモンは人との接触に慣れていない。
それだけに、ちょっとした刺激で危機感を覚えて攻撃を仕掛けてくることがあるのだ。
そういった点は、街中や人里の近くで暮らしているポケモンとかなり異なるところと言える。
それはさておき。

「やっと着きましたね」
「ええ。でも、これからが本番よ」
「分かってます」

目の前に立ち並ぶ頑丈そうなテントを見やり、アカツキは小さく息をついた。
柔らかな雪が降り積もった中を二時間以上休みなしで歩き続け、なおかつトラブル発生時には先頭に立ってそれらを処理し続けたのだから、それで弱音を吐かないだけ大したものだ……ハーブは素直にそう思っていた。
だから、リズミのペンダントにはめ込まれた石の話を聞く前に一休みしようと考えていたのだが……
この分だと、自分が言い出さなければ倒れるまで延々と先へ進み続けかねない。
横目で見やったアカツキの顔には疲労の色が濃く出ており、それなりの休息を取る必要があるだろうと判断した。
ミッション中ではあるが、疲れている状態で無理やり先に進めばどうなるか……それはハーブがよく心得ていた。
同期に、それでポケモンレンジャーの職を辞することになった者がいたからだ。

(これからが本番。ここで倒れられちゃ困るわ……)

真面目で責任感の強い人間ほど、やせ我慢して後で取り返しのつかないミスをやらかす可能性が高い。
先ほど命取り云々と考えていたことが現実になっては目にも当てられない。
そんなことを思いながら、ハーブは立ち並ぶテントの中で一番大きなものに目を留めた。
確か、リズミの父親は調査隊を率いている立場の人間だったはず。だとすれば、パッと見てそれだと分かるテントにいるはずだ。
ついでに、休めそうなら休ませてもらおう。
アカツキだけでなく、ハーブもそれなりに体力を消耗しているのだ。
トップレンジャーとして各地でハードなミッションをこなし、それなりに体力には自信があるものの、寒さで体温が低下した状態で行動を続けるのは無謀もいいところ。

「あそこで休憩しましょう。
体力と体温を取り戻してから、先に進むわ」
「分かりました」

ハーブの言葉に、アカツキは頷いた。
疲れは感じているが、自分が弱音を吐くわけにはいかない。
先ほどからムックが心配そうな顔を向けてきているのは分かっているが、最低限キャンプ地にたどり着くまでは立ち止まらないつもりでいた。
後で心配をかけたことを謝ればいいだろう。
アカツキとしては、無理をしてきたつもりはなかったのだから。

(……ムックだって疲れてるはずなのに、ずっと空を飛んでる。ぼくが先に参っちゃうわけにはいかないよな)

トラブルの対応に当たっていたのはムックも同じだ。
だが、彼は空を飛び回り、技を放ちながらアカツキのアシストに徹していた。ムックの方が体力の消耗が激しいはずだ。
しかも、飛行タイプのムックにとってこの寒さはかなり堪えるはず……それを考えれば、パートナーポケモンより先にレンジャーが弱音を吐くわけにはいかない。
幸い、キャンプ地周辺は除雪が進んでいるようで、踏み出した足が雪にはまって動きにくくなるようなことはなかった。
それでも足取りは重いと自覚できるものがあって、アカツキは足腰に力を込めて一歩ずつ歩いていった。
一番大きなテントの前に立ち、ハーブは傍らの呼び鈴を鳴らした。

「レンジャーユニオン所属のポケモンレンジャーです。リズミさんのお父上はいらっしゃいますか」

吹き付ける風雪はさほどのものではなかったが、それに負けないくらいに声を張り上げて問いかける。
ややあって、中から返事がきた。

「私です。どうぞお入りください」
「失礼します」

よく通る男の声。
この声の主がリズミの父親らしい。
一体どんな人だろうと思いながら、アカツキはハーブと共にテントの中に入った。
中はとても暖かく、外とはまるで別世界のように感じられた。
一面の銀世界と異なり、鮮やかな色の絨毯が敷かれ、木目調の家具が配置されている。
また、調査隊のテントだけあって計測器具類も設置されており、雪と氷しか存在しないとさえ言われるヒアバレーにあって異彩を放っていた。
そのテントの中でアカツキたちを出迎えたのは、いかにも温厚そうな男性だった。
栗色の髪に顎鬚を生やした、中肉中背の男性だ。
目がどことなくリズミに似ているが、全体的には調査隊を指揮しているとは思えないような柔和な雰囲気を放っている。

「突然失礼します。トップレンジャーのハーブと、エリアレンジャーのアカツキです。
リズミさんのお父上でいらっしゃいますね?」
「ええ、リクトと申します。娘が大変お世話になっております」
「いいえ、こちらこそよく助けてもらっています」

よくある社交辞令ではあったが、男性——リクトの顔にはありありと喜びが浮かんでいた。
娘がオペレーターとして立派に勤めを果たしていると聞いて、親としてこれ以上ない喜びを噛みしめているようだ。

(この人がリズミのお父さん……なんとなく似てる気がする)

アカツキはハーブとリクトのやり取りを見やりながら、彼の面影がリズミに若干重なっていることを感じていた。

「ところで、リクトさん。お聞きしたいことがあるんですが」
「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」

本題に入ろうとしたハーブだったが、奥の応接スペースに通された。
リクトは二人がここまで歩いてきて相当に疲労していることを理解していたのだ。
パートナーポケモンであるフィートとムックの様子にも大変気を配っているようだった。
応接スペースに通されるだけでなく、熱いお茶も淹れてもらった。
ありがとうございますと小さく頭を下げてから、ハーブはすぐに本題に入った。

「リズミさんの誕生日プレゼントに贈られたペンダントの石についてお聞きしたいんです」
「あれはヒアバレーでもたまに採れるかどうかという珍しい石でして。
私も詳しいことは知りませんが、『王子の涙』と呼ばれているそうです」
「王子の涙というと、あのおとぎ話の?」
「ええ。本当かどうかは正直分からないんですけどね」

アカツキの問いに、リクトは苦笑混じりに返した。
『王子の涙』とは、アルミア地方に伝わるおとぎ話に登場する石のことだ。
昔々、アルミア地方は一つの国として治められていたが、ある時を境に王が乱心、国政は乱れに乱れ、それを見かねた三人の王子が力を合わせて国を救うという内容の話で、おとぎ話や昔話の類として、アルミア地方で生まれ育った者なら大まかな内容は絵本で理解している。
無論、それが史実として正しいかどうかは疑わしいのだが(だからこそおとぎ話として知られているのだが)、リズミのペンダントにはめ込まれた石には特別な力が秘められていることを鑑みれば、『王子の涙』が存在することはあながち嘘とも言い切れない。

「王子の涙……実在していたとすると、もっと本格的に話の内容を理解する必要があるかもしれないわ」
「そうですね。もしかしたら、あの石について詳しく分かることがあるかも」

アカツキとハーブは顔を見合わせた。
まさかおとぎ話に行き当たるとは思わなかったが、これが意外な突破口となるかもしれない。二人して同じことを考えていた。
よく分からないが、王子の涙について知りたいことがあるらしい。
二人のやり取りを見てそう判断したのだろう、リクトがこんなことを言った。

「詳しい事情は存じませんが、王子の涙についての情報が必要のようですね」
「ええ」
「でしたら、そのおとぎ話に詳しい者が調査隊にいますから、お呼びしましょう」
「お願いします」

願ってもない話だった。
王子の涙について多くの情報を得れば、その中に闇の石に対抗する手がかりが隠されているかもしれない。
リクトは携帯電話でスタッフに電話をして、ここに来てもらうように話を通してくれた。
それから三分と経たないうちに、呼ばれたスタッフがテントに入ってきた。

「わざわざすまないね。
実は、きみの知っている『王子の涙』のおとぎ話を詳しく聞かせてもらいたいんだ」
「分かりました。私の知っていることでよければお話しします」

スタッフは、目の前にトップレンジャーがいることに驚いているようだったが、特に言いよどむこともなかった。
すぐさま『王子の涙』のおとぎ話について語り始めた。






この土地がアルミアと名づけられるよりもずっと昔のこと。
氷原と砂漠と火山を領土に持つ国は、聡明なる王に統治され、平和を保っていた。
しかし、その平和は突如として終わりを告げることになる。
その発端となったのは、三人の王子が些細なことで喧嘩を起こし、仲が拗れてしまったことにある。
仲良しとして知られていただけに、果し合いにまで発展しようかという喧嘩によって決定的に仲違いしたことから、一番上の王子は城を出て砂漠の領土へ、二番目の王子も城を出て火山の島へ、そして一番下の王子は父親を放っておくことができず氷原の城に残り、三人が別々の場所で暮らすこととなった。
王は、本当に些細なことでここまで仲違いした王子たちへの怒りや、王妃を早くに亡くしたために男手一つで育てた自分のやり方が誤っていたのかという悩みで、国政を省みなくなってしまった。
国政は乱れ、不逞の輩が跋扈するようになった国の内情に追い討ちをかけるかのごとく、王は自身が抱く怒りや悩みの感情から闇にとらわれ、人ならざるモノへと変貌を遂げた。
それはもはや王と呼べる存在ではなく、怒りや悩みといった感情を機軸に国を滅ぼす魔物としか言いようがなくなってしまった。
王が人外のモノへと変貌するのを目の当たりにした末弟の王子は、国の存亡に関わる重大な事態であると理解し、直ちに二人の兄と連絡を取った。
国の一大事とあっては自分の都合だけで動くわけにもいかず、三人の王子は氷原の城に集い、国を滅ぼさんとする王だったものを打ち滅ぼすこととなった。
王子たちは力を合わせて魔物と戦い、見事打ち滅ぼすことに成功、闇を振り払い、国は滅亡を免れたのだが、魔物と化した王が元に戻ることはなかった。
王が変貌する原因の一端を担ったのが自分たちであると理解した王子たちは後悔の念から涙を流すも、失ったものは戻らない。
深い後悔と悲しみで流した涙はそれぞれが用いた特別な宝石に力を与え、魔物によって荒れ果てた国土をよみがえらせた。
王子たちは再び力を合わせて国を復興し、国土をよみがえらせた宝石を各地に祀った。
それらは王子たちの涙によって秘めた力を解放したことから『王子の涙』と呼ばれるようになった。






それがおとぎ話として簡略化して伝わっている『王子の涙』の全編だった。
話を聞き終えたハーブは口元に手を宛てた。

「なるほど……闇を振り払う力か。
確かにあの時、闇の石の力が減少したけど……王子の涙は実在している、というわけね」
「不思議な力を宿した宝石が実在しているかどうかは分かりませんが、王子の涙と呼ばれる石が採れることは間違いありません」
「ありがとう、助かったわ。とても貴重な情報よ」
「お役に立てて私もうれしいです」

リズミのペンダントにはめ込まれた石には、やはり不思議な力が備わっていたのだ。
それが『王子の涙』と呼ばれるものかは断定できないが、その可能性がかなり高くなった。
トップレンジャーの役に立ててうれしいのだろう、スタッフの顔には満面の笑みが浮かんでいた。
そこへ、アカツキから質問が飛んだ。

「王子の涙って、宝石だったんですよね」
「ええ、そうですよ」
「もしかして、これくらいの石じゃなくて、もっと大きなものだったんじゃないですか?」
「どうしてそう思うの?」
「祀るくらいだから、ペンダントの石くらいの大きさじゃなんか寂しいじゃないですか。
それに、リズミのペンダントの石は発掘されたものだって言ってました。
だから、本当はもっと大きなもので、その欠片がたくさんあるってことじゃないかなって」
「なるほど……それは言えてるわね」

アカツキの提示した可能性は考えていなかったらしく、ハーブは目を伏せた。
スタッフの話では、『王子の涙』は宝石であり、リズミのペンダントにはめ込まれた石はあくまでも『発掘』されたもの。
その二点を考えれば、本体となるものはもっと大きく、祀られるに相応しいものではないか……?
確証はないが、あながち間違った考え方とも言えない。

「そうなると、祀った場所がどこかって話になるわね。
もしそれが分かれば、手に入れるのが筋なんだけど……そういったのはおとぎ話の中に含まれていない?」
「たぶん、アルミアの城じゃないかと思います。
確証はありませんけど、私が以前に見た古文書では、それぞれの王子が治めていた三つの領土……氷原、火山、砂漠にそれぞれ石が祀られているような記述がありましたから。
そのうちの一つが、ヒアバレーの北端に位置するアルミアの城だと思います」
「……あの氷漬けのお城ね」

王子たちが身に着けていた宝石に力が与えられたものが『王子の涙』なら、それぞれが持っていたことになるので、三つ存在する。
それこそ確証はないのだが、今はそれにすがるしかなさそうだ。
シンバラ教授の日記復元及び解析が進めば、他の手がかりも見つかるかもしれないが、それを期待して待つだけなのは性に合わない。

「アルミアの城っていうと……氷河地帯の奥にひっそりと建ってる城のことですよね」
「そうよ。見るべきものもそんなにはないから、ほとんど調査されてないって話だけど……意外な盲点ね」

アカツキはアルミアの城という名称自体は知っているが、どんな城なのかは分からなかった。
ヒアバレーの北端……ここからだと中南部の氷原地帯を北上し、中北部を占める氷河地帯を突破した先にある僻地中の僻地。
キング・オブ・ザ・僻地という言葉が似合うほどに人の立ち入りが皆無の場所である。
なるほど、そんな場所なら、今まで存在をほとんど知られなかったのも納得できる。

「それだけ情報が集まれば、今後の行動も決まりね。
本当に助かったわ。ありがとう」
「いえ……それでは、私は失礼します」

ハーブが心から礼を言うと、スタッフは照れたように顔を赤く染め、そそくさとテントを出て行った。
調査業務の合間を縫って来てもらったのだ。本当はちゃんとした形で礼をしたかったが、今はできそうにない。
いつか時間を作ってみるのもいいだろう。

「お役に立てたようでなによりです」
「ええ、おかげさまで」

リクトの言葉に、笑顔で応じるハーブ。
確証のないことだらけではあるが、情報としては非常に有益だろう。
とりあえず、得るべき情報は得た——そう判断し、ハーブはリクトに訊ねた。

「リクトさん。
ここで少し休ませていただきたいんですが、どこか適当な場所はありませんか?」
「分かりました。ここを出て右から二つ目のテントは空いていますから、どうぞお使いください」
「ありがとうございます。
アカツキ、ここで一休みしていくわ。アルミアの城は奥地だから、行くのはかなり大変よ。
休んで体力を取り戻しなさい」
「はい、分かりました」
「それではリクトさん、失礼します」

いろいろと力を貸してくれたリクトに小さく頭を下げ、アカツキとハーブは彼のテントを出た。
言われたとおり、右から二番目のテントに入る。
予備のテントとして建てられたらしく、中にはベッドや机をはじめ一通りの家具が備え付けられていた。あるいは、人数が増えた時や来客用としての意味合いもあるのかもしれない。
リクトの心遣いと暖かな布団で寝られることに感謝しつつ、ハーブはアカツキに言った。

「アカツキ。あなたは先に休んでいなさい。疲れているでしょう?」
「そうですけど……ハーブさんはどうするんですか?」
「わたしはササコ議長に手に入れた情報を伝えてから休むわ」
「じゃあ、ぼくもそれまで待ちます」
「あのねえ……」

いかにも真面目なアカツキらしい返答に、ハーブはため息をついた。
そう言うだろうと思ってはいたが、頭から迷うことなくそう言われると、さすがに引く。
ハーブはアカツキの肩を軽く叩くと、たしなめるように言った。

「あなた、ここまでいろいろとトラブルの対応をしてくれたでしょう。
わたしはナビをしてるだけだったからいいけど、あなたは本当に疲れているはずよ。その状態でこれから先進むつもり?
わたしだけならまだいいけど、あなた自身を危険にさらすことになりかねないわ。先輩の言うことはちゃんと聞いておきなさい」
「……分かりました」

そこまで言われては、従わざるを得ない。
アカツキは小さく頷くと『先に休みます』と律儀にもそう言ってから、ベッドに入った。
そこで緊張の糸が切れたのだろう、目を閉じるなりすぐに寝息を立て始めた。ここまで本当に我慢してきたようだ。

「本当に分かりやすいわ……今はゆっくり休みなさい。明日にでも出発できればいいんだけど……」

ここに到着したのは昼過ぎだ。
一眠りして食事でも摂れば、夕方になる。
ただでさえ冬の入り口で寒さが強まっている状態で、視界も利かない夜に行動するのは危険だ。早くとも明日の朝を待たないことには先には進めない。
ならば、その時間は休息に活かすべきだろう。
ハーブはこれからの行動を頭の中で組み立てると、スタイラーを開いた。ボイスメールを起動させ、ササコ議長宛に通信を試みる。
数度のコール音の後、議長が応答した。
ハーブは背筋を伸ばし、報告を始めた。

「ササコ議長、ハーブです。
現在、ヒアバレー調査隊のキャンプにいます。
リズミさんのペンダントの石に関する興味深い情報を手に入れましたので、報告します」






To Be Continued...

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