第14話 挑戦!バトルピラミッド

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「まったく……勝手に散歩して捕まるなんて」
「今度から気を付けるから、ね?」

 連絡を取り、バトルピラミッドで落ち合ったジェムとダイバ。電話中も実際にあってからも、ぶつぶつと文句を言うダイバにジェムが謝り、宥めていた。ひとしきり文句と不満を吐いた後、ダイバはジェムに言う。

「で……行くんだね?バトルピラミッド」
「うん。私にバトルを教えてくれた人が待ってるの」
「君にバトルを……ね。パパが選ぶんだから腕は確かなんだろうけど」

 ダイバはジェムのバトルの実力を現状そこまで認めていない。それがはっきり伝わる言い方だった。歯がゆさはあるけれど、今の自分ではダイバには勝てない。

(だけど、私はもっと強くなる。強くなって、ダイバと……アルカさんを)

 どうしたいのか、は自分でもまだよくわからない。でも、二人は今のままでは悲しい。自分が両親から与えられたような優しさと情を、二人にも分けてあげたいと想った。

「……まあ確かに、この施設は確かに僕より君の方が向いてるかもしれない」
「どういうこと?」

 ダイバが入口を見て、ジェムもつられてそちらを見る。入口の向こうは、闇が広がっていた。

「……この施設は、一番下から頂上を目指していくわけだけど、上がる方法はバトルじゃない。迷路を探索して次の層にいく階段を探せばいい」
「ああ、あなたはあんまり動くの好きじゃなさそうだもんね」

 つまり、トレーナーが動く必要があるということだ。それではダイバは嫌がるだろう――と思ったが、ダイバは不愉快そうに首を振った。

「それもあるけど、違う。この施設は単なる迷宮攻略じゃない。『野生のポケモン』が出るんだ。出てくるポケモンは層によって違うけれど、共通してるのは……単純に攻撃してくるんじゃなく、状態異常の類を使うポケモンが多いこと」
「状態異常?……あっ」

 ダイバの言わんとすることを察する。彼の戦術を支えるのは能力強化から繰り出す圧倒的な攻撃力だが、回復や防御の技を使っているところはほとんど見ない。野生のポケモンにいちいち状態異常を仕掛けられたのでは、分が悪い。

「バトルが終わった後の回復はないの?」
「……ほかの施設みたいな定期的な回復はない。代わりにあちこち回復アイテムが落ちてるから、それを拾って回復することになる。……とはいえ、他の参加者もいる以上、そこまで期待は出来ないね」
「そっか……だから自分で回復できる技が多い私の方がいいんだ」
「他にもいろいろルールがあるんだけど……あそこに書いてあるから」

 古代の壁画のような茶色い色彩の看板にバトルピラミッドの特殊なルールが書いてある。今説明された部分を除き要点をまとめるとこうだ。

1.最下層から頂上を目指し、頂上のフロンティアブレーンを倒せばクリア。挑戦時にはきずぐすり等の道具は全て没収、こちらで用意したバッグとライトを渡す。
2.6体のポケモンで挑む。階層ごとにそのうちの3体を選択して次の層を探し、層が上がるごとにポケモンを一匹交換する権利が与えられる。しなくてもいいが、だからといって次の層で二体を交換することは出来ない。その階層で選んだ3体のポケモンが全て戦闘不能になると失格。最下層からやり直し。
3.他のトレーナーと会ったときは、バトルしなければならない。この時ルールは1対1であり、どちらかのポケモンが倒れればバトルは終了。ただしあくまで失格条件は全てのポケモンが戦闘不能になったときである。また、勝利したトレーナーは敗北したトレーナーから道具を一つ貰うことが出来る。
4.同じトレーナーとは、どちらかが再挑戦するまでバトルすることはない。これは3.のルールによってどちらかが失格になるまでバトルするのを防ぐためである。
5.他のトレーナーと同行してはならない。バトル以外で5分以上同じトレーナーと歩いていると、失格となる。
6.バトルピラミッド内では『野生のポケモン』が出現する。逃げても倒してもいいが、倒すと手持ちのライトが明るくなる仕組みである。これによって見渡しが良くなり、次の層への階段が探しやすくなるほか色々と有利になる。
7.バトルピラミッド内に落ちている道具は自由に使ってよい。ただし失格及びクリアの際は返却すること。


8.バトルピラミッド内はライトを使わないと先が見えない暗闇だが、主催者側はセンサー等で全ての階層及び参加者の状況を把握している。


 特別なルールが多く、一個ずつ飲み込んでいくジェムだったが、最後のルールがやたらでかでかと強調されているのが気になった。

「8番のルールって、なんでこんなに大きく書いてあるんだろ?」
「不正と犯罪を防ぐために決まってるでしょ……」

 呆れ、面倒くさそうなダイバの言葉。御曹司として、強く自分の身を守れるように厳しく育てられた彼からすれば、何でチャンピオンの娘であるはずのジェムからこういう言葉が出るのか本当にわからない。あまつさえ、純粋な目で例えば?などと聞いてくるものだから性質が悪いと思う。

「あのね……例えばトレーナーとのバトルに勝てば一つ道具を奪えるってあるけど、勝者の側なら別に一つじゃなくて無理やり全部奪って有利になることだってできるってわからない?」
「あ、そっか。だから誰かが見張ってるんだ……」

 素直に感心した様子のジェム。呑気すぎる態度に腹が立つので、更にダイバはこう言った。

「これが不正。で、犯罪の方だけど……恐らくこのルールだと最初のライトはほとんど使い物にならない。そんな暗闇の中、君のような何の力もない女の子が後ろから思い切り殴り掛かられたらどうなるか考えてごらんよ」
「流石に抵抗できないと思うけど。それで道具を奪われちゃうってこと?」

 棘のある言い方を感じ取り、さっきの発言から推測して慎重に答えを言うジェム。またダイバはわざとらしく大きくため息をついて。

「0点。それじゃ結局不正でしょ。……殺人や淫行に遭うかもって、想像できない?」
「さっ……!?」

 本気で驚き、目をぱちくりさせるジェムを見て少しだけすっきりしたダイバは、それを悟られないように帽子を被り直す。

「まだわかってないようなら言うけど、今このバトルフロンティアには様々な場所からトレーナーが集められている。……つまり、どんな人間がいても不思議じゃないってことだよ。あの催眠術師みたいなロリコンが他にいないとも限らない。そういう人間から君みたいな呑気で世間知らずを守るためにこういうルールが必要なの」
「……そっか。ありがとう、心配してくれるんだね」
「は?」

 ジェムは今の言葉を警戒心が薄く世間知らずな自分への純粋な忠告と取ったのでお礼を言ったのだが、ダイバの神経を逆なでするだけであった。ジェムを突きさすような怒りが混じる。

「と、とにかく行ってくるね。あなたはどうするの?」
「……僕は適当にここで待ってるよ、また君が勝手に攫われないとも限らないし」
「さっきの今だし、大丈夫だよ」
「二日連続で攫われる人の台詞じゃないね。とにかく作戦を教えるから、言う通りにして」

 ダイバは勿論元々は自分で攻略するつもりでいた。なので攻略法も考えており、ジェムでは不安があるが自分より適しているのも事実。作戦通りにすれば、頂上までたどり着くことはたやすいだろう。

「気持ちは嬉しいけど、自分で考えて言っちゃ、ダメ?私の師匠の施設だし、自分の力でクリアしたいの」
「攻略できなかったらめそめそ泣く癖に?」
「……もう泣かないわ」
「言うこと聞かなきゃ、また殴るよって言っても……?」

 ダイバがジェムを睨む。10歳の子供とは思えないような厳しさと覇気、それに子供の残虐性が混じった顔。ジェムを震えさせ、心を折りかけた瞳。

「今の私じゃあなたには勝てない。でも……少しだけ、近づけてると思う。だから、信じて?」
「……ふん、つまらない」

 もうさっさと入ってきてと言われて、ジェムダイバから離れる。ダイバはジェムが自分の支配から逃れていることに苛立ちと、自覚できないほどの小さな安堵を覚える。ジェムは、ダイバとまずは対等になりたいと思って行動する。そのためにも、ここで結果を出そうと思った。
手持ちの道具をすべて渡し、ライトとバッグを貰う。思ったよりバッグは小さく入る荷物には限度がありそうだった。受付のお姉さんはジェムに吸盤状のチップを渡す。これを3匹の手持ちにつけることで、使用可能な3体を区別するらしい。そして階段を上がった際に使用ポケモンの交換が出来るとのことだ。
ジェムがポケモンを選び終わると入り口の一つへと案内される。参加者が固まらないように入口もたくさん用意しているようだ。

「それじゃあ、行くよ皆!」

 手持ちボールの中の6体に元気よく声をかける。それぞれの反応が帰ってきたのを確認してから。ジェムは暗闇、バトルピラミッドの中へと足を踏み入れた――



(本当に、ほとんど先が見えない……)

 入ってすぐにライトを付けたが、照らせるのはせいぜい1mほど先、しかも光源は細く左右の視界はほとんど利かなかった。正面が開けているようなので、とりあえず壁に突きあたるまで前に進む。5分ほど歩くと、壁――いや、壁画が見えた。上の方からライトで照らして文字を読んでみる。

「墓荒らしへ警告する。ここは王の住まう場所。お前たちごときが足を踏み入れていい場所ではない。これ以上立ち入るというのなら、番人が襲い掛かり墓荒らし共で殺し合うことになるだろう。入りたければ、慎重に仲間を選べ……?」

 墓荒らしとは挑戦者、王というのはジャック……ブレーンのことだろう。ほかに何か書いていないかと照らしてみると、その少し下に一文が書いてあった。

「この層の番人は動きを奪う。体は痺れ、上への侵入を拒むだろう……麻痺状態にしてくるってことかな?」

 ダイバも層によって性質は違うが状態異常を操る野生ポケモンが多く出現すると言っていた。おおよその見当をつけておく。どのみちこの階層では使うポケモンはすでに決まっている。

「進めるのは、右と左かぁ」

 左右を照らすと、両方とも道が続いていた。ここが最初の分かれ道。とはいえここで考えても仕方ない。右の道を、他のトレーナーと出くわさないように慎重にすすむ。

(お化け屋敷を歩くときって、こんな気分なのかしら)

 ジェムはゴースト使いの父を持ち、おくりび山で育ったため、そもそもお化けを怖がるという感覚はない。だがこういう暗闇をか細い光に頼って歩くのはなかなかスリルがあった。
少し道に沿って歩くと、光が突然何かを照らす。何かが近づいてくる気配がなかった。これは――

「ヴァーチャルポケモン……!これが『野生のポケモン』ってことね。いくよラティ!」
「きゅうん!」

 ボールから相棒を呼び出す。バーチャルポケモンはどうやらサマヨールの様だ。まっすぐ突き出された灰色の両手が、闇の中から覗いでいる。全体図は見えないが、ゴーストポケモンなら見間違えることはない、

「いくよラティ、『サイコキネシス』!」

 ラティアスの瞳が輝き、強力な念力がサマヨールにぶつかる。サマヨールの瞳が不快そうに歪んだが、倒れるまではいかない。灰色の両手が一瞬光を放つと、ラティアスの体が震えた。

「やっぱり麻痺……今度は竜の波動!」
「きゅっ……う!」

 銀色の波動が、銃弾のように回転しながら飛んでいく。動きの遅いサマヨールは回避することもなく吹っ飛ばされ、地面に倒れた。するとその体がふっと消える。ヴァーチャルポケモンのHPが切れたということだろう。
だが、ポケモンが倒れても麻痺は残る。麻痺によって行動が遅くなり、また身動きが封じられれば次第に追い詰められていくだろう。

「ラティ、『リフレッシュ』だよ!」

 ラティアスの体が淡い光に包まれ、痺れが解けてゆく。ラティアスは自分の身を守る技が多く、また攻撃力も決して低くはない。この施設にはうってつけだ。

「とりあえず、最初は道具を集めたほうがいいよね……」

 回復手段があるとはいえ、それらの技も無限に使えるわけではない。やはり回復する道具は集めるに越したことはないだろう。そう思い、足元に気を付けながら歩き出す。野生のポケモンを倒したことで少し明かりの範囲が増し、進みやすくなった。

「あ、見つけた!」

 数十歩進むと、傷薬が落ちていた。拾って確かめてみると、『すごいきずぐすり』と書かれている。触った感触は、固いのにどこか弾力がある。ひとまずバッグにしまうと、突然光が飛んできて目が眩んだ。

「げっ……」
「他のトレーナー?」

 自分もライトで照らすと、朧げにだが相手の姿が見えた。ジェムよりいくらか年上の少年で、自分を見て困った顔をしている。格好は動きやすそうな薄手の赤い服で、頭に白いバンダナを巻いているのが特徴らしい特徴だ。お互いのライトが照らし合うと、明かりの色が黄色から赤色に変わった。これがバトルをしろという合図なのだろう。

「こんな所でバトルなんかしたくないんだが、仕方ないな。ほら始めるぞ」
「そういうルールだもんね。勝負は一対一……行くよルリ!」
「出てこい、ノクタス!」

 出会ってすぐにバトルを始めなければ失格になるルール上、のんびり話すことは出来ない。ノクタスとマリルリでは、お互いに効果抜群の技を決めることが出来る。ライトで照らしてみるとノクタスは少しふらついていた。麻痺か、ダメージを既に受けているのだろう。なら先手必勝だ。

「ルリ、『アクアジェット]!」
「ノクタス、『ニードルアーム』!」

 この暗闇では大きく動いて撹乱するのは逆効果。マリルリが一直線に突き進むと、ノクタスは大きく腕を振り上げて棘だらけの腕で殴りかかる。だがその動きは遅く、マリルリは最小限に横に躱してタックルを決める。

「そのまま『じゃれつく』よ!」
「防げノクタス!」

 両腕を振り回して攻撃するマリルリに対して、ノクタスが棘のついた腕でガードする。殴りつけるたびにノクタスの体が後ろに下がっていく。それを見てジェムは指示を出した。

「いったん引いて、ルリ!」
「子供みたいに殴り続けちゃくれないか。意外と冷静だな」

 だが、ダメージを受けているのはマリルリの方だった。ノクタスはただ防いでいたのではなく『ニードルガード』を使って棘だらけの蔓で身を守っていた。単に攻撃を防ぐだけでなく、触れた相手を傷つけることを目的とした技だ。ゴムまりのように体を弾ませて後ろに下がるマリルリ。

「『ハイドロポンプ』!」
「そんな大技を使っていいのか?」

 マリルリの尾から、大量の水が噴射される。向こうのトレーナーは――何もしない。黙って攻撃を受け止めた。案山子のように微動だにしない。効果がいまひとつ、という程度ではない。完全に無効化されていた。

「悪いが俺のノクタスの特性は『貯水』だ。水タイプの攻撃は効かない。大事な技を無駄にしたな」
「……そうかも」

 相手の男はにやりと笑う。いくら水タイプの技が効果がないとはいえ、ハイドロポンプの勢いを受けて動かないのは不自然だ。ジェムがライトでノクタスの足元を照らすと、足から伸びた蔓が地面に絡みついている。地面からエネルギーを吸い取って回復する『根を張る』だ。

「でもその技を使ったら、自分からは動けなくなるはず。どうやって攻めるの?」
「必要ないな。攻めてこなければいけないのはそっちだ。トレーナーとのバトルはどちらかの体力がなくなるまで終わらない。そして俺のノクタスはこの場にいるだけで回復する。遠距離の水技は効かない。近づいて来ればニードルガードでそっちがダメージを受ける。ま、相性が悪かったな」

 少年はもう勝負は決まったとばかり壁にもたれかかる。そうしている間にも、ノクタスは体力を回復していく。

「攻める気は。ないのね?」
「この施設はいかに技と体力を温存するかが鍵だ。体力がなくなるまで終わらないと言ったが、降参してもいいんだぞ?その場合、マリルリは瀕死を回復する道具を消費しなければ使えなくなるし、道具も頂くけどな」
「そう、わかったわ」

 ジェムは少し考える。少年は、諦めるかあがくか考えているのだと思った。口には出さないが、根を張るで単に体力を回復すると見せかけ、さらに『せいちょう』も使っていた。ピラミッド内は日が差さないので効果は薄いが、もしマリルリが想定外の技を覚えていたとしても、上昇した攻撃力で対処できる。

「ルリ、ごめんね」

 諦めの混じった声。降参する気になったか、と少年はジェムの方を見た。だが違った。ジェムの目は、暗がりでもわかるほどはっきりと勝利の意思を宿している。

「『腹太鼓』よ!」
「リルリルリルッ!!」
「なっ!!」

 電々太鼓を叩くような弾んだ音が響く。可愛らしい音とは裏腹に、マリルリの力が一瞬にして限界値まで上がっていく。己の体力と引き換えに。その速度は、日の差さない状況の『せいちょう』で追いつけるものでは到底なかった。

「それじゃあ行くよ!」
「く、『ニードルガード』!」

 マリルリの接近に、幾重にも蔓の壁を作るノクタス。びっしりと棘の生えたそれは下手な有刺鉄線の強度を超えている。だが。

「ルリ、『馬鹿力』!」

 壁の前で渾身の力を込めて、両足を蹴って飛び小さな腕から右ストレートを放つ。まるで濡れたティッシュを千切るように壁が破れ、一気にノクタスの正面に立った。ジェムとマリルリの瞳が鋭くなる。

「これで決めるよ!ルリ、『じゃれつく』!」
「ま、待て!参った!参ったぁ!!」

 マリルリの拳がノクタスを殴りつける直前で、少年はボールにノクタスを戻した。降参ということらしい。それをぽかんと見つめるジェム。

「ノクタスを殺されるかと思ったぞ」
「そんな、大げさだよ」
「いや、目がマジだった……」

 少年には、さっきのジェムの攻撃宣言は自分が降参していなければノクタスが戦闘不能を通り越して再起不能になるのではないかとすら思えた。それほどまでに、ジェムの目は真剣だった。

「とにかく、俺の負けだ。……好きな道具、持っていけ」
「うん、じゃあもらうね」

 鞄を受け取り、荷物を物色する。最下層なので大したものは入っていないだろうと思ったら、結構な量が入っていた。一つの技を使いやすくするピーピーリカバーや瀕死を回復させる元気のかけらがある。

「ルリ、どれにするのがいいかな?結構体力使っちゃったし」
「……ほら、これを持っていけ」

 マリルリと目を合わせて話していると袋に入った砂らしきものを手渡される。ジェムが受け取り首を傾げると、少年は聖なる灰だと言った。瀕死の手持ちを全て回復させられるかなり貴重な道具である。

「どうして、私に?すごい道具なら自分で持っておいた方がいいんじゃ」
「勝ったやつがいい道具を持っていくのは当然の権利だ。それと……体力と技の使い過ぎには気を付けたほうがいいぜ。……俺みたいなその辺のトレーナーあいてにリスクのある技なんて使うもんじゃない」

 ジェムは素早い移動のためにアクアジェットを使わせていた。そしてさっきの腹太鼓。自分よりはるかに実力はあるが、このペースでは今勝つことが出来てもあっという間に技を使い果たしてしまい、頂上までたどり着くことは難しそうに見えた。

「ありがとう、優しい人なのね」
「気にするな。あまり話し過ぎても失格になる。……もう行け」
「わかった。あなたも頑張って。私もね、昨日は最初のバトルに負けちゃったり、とっても強い人に手も足も出なかったりして、自分がとっても弱いし情けなく思えた。だけど怯まなければ、きっと前に進めるよ」
「そうか。じゃあな」

 少年は踵を返した。自分よりもはるか格上の猛者が集うバトルフロンティアで、少年はもう諦めかけていた。だから一番いい道具も渡してしまった。あの少女が自分の心情を見透かしたのかどうかはわからない。だけどジェムの今の言葉で、もう少しだけ挑戦してみようと思った。

「体力と技を使いすぎないように……か。『腹太鼓』は結構ルリが疲れちゃうもんね。『身代わり』くらいなら気軽に使えるんだけど」
「ルリルリィ!」
「ありがとう。でも、私もあなたたちに頼るだけじゃいけないから、ね」

 頑張りをアピールしてくれているのだろう、ぐっと小さな腕で力こぶを作るマリルリ。その腕にはどんなポケモンにも負けないほどの力が秘められている。マリルリの頭を撫でながら、ジェムはトレーナーとして、どうすべきかを考えながら歩き始めるのだった。 









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