Mission #117 再会の一夜

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「ふう……やっぱり緊張しちゃうなあ。議長は穏やかな人っぽいけど……いつでもそんなんじゃないだろうし」
「ブイ?」
「ムクバーっ?」

自室——726号室に入るなり、アカツキは胸に手を宛てて深々とため息をついた。
ササコ議長の執務室で、彼が相当に緊張していたことが分かったのだろう……ムックとブイが『大丈夫か?』と言いたげに声をかけてきた。

「うん、大丈夫。それより、やらなきゃいけないことはさっさとやらなきゃね。
ムックとブイはゆっくり休んでて。荷物の整理はぼくがやるから」
「ムクバーっ♪」
「ブイっ」

緊張はしていたが、今はずいぶんマシになった。
浮かべた笑みと優しい口調から大丈夫と判断し、ムックとブイはアカツキの言葉に甘えて、ベッドで休むことにした。
彼らが身体を丸めて寝息を立て始めたのを一頻り眺めた後、アカツキは部屋の隅に置いてあるダンボールを開けた。
ビエンタウンから先に送っておいた私物が入っていたが、ダンボールが大きいためか、ずいぶんと少なく見える。
もっとも、目覚ましや洗面用具、それから私服など、身の回りの品が最低限入っているだけで、クローゼットに場所を移すだけで良さそうだ。
ムックとブイを起こさぬよう、物音に気をつけながら荷物の整理を手早く行い、アカツキは部屋を見渡した。
二人用の部屋というだけあって、二段ベッドが置いてある。
部屋の広さを考えれば、ベッドを二つ横に並べるよりは、一つ分のスペースにできる二段ベッドの方が効率的という考えで室内のレイアウトが設計されているのかもしれない。
テーブルに人数分の椅子、それからクローゼットにタンスと、必要最低限の家具しか置かれていない。トイレや風呂は共用だが、清掃の手間を考えればその方が安上がりなのだろう。
ここのところは特に、ヤミヤミ団が開発したドカリモやモバリモに対処するために特別予算を組んで設備等の開発を行っているため、いろいろと経費がかさんでいる。
それに、清掃や食事などは外部の業者に委託しているため、削れるところは少しでも経費を切り詰めたいと考えているのかもしれない。
そんなレンジャーユニオンの台所事情などアカツキの知ったことではなかったのだが、二段ベッドなどいまどきあまり見るものではないと素直に感じていた。

(前に来た時は、リーダーが上に寝てたんだよな……)

どちらで寝ても別にいいと思っている。
同居人が決めればそれに従うつもりだし、相手も『どっちでもいい』という考えなら、ジャンケンで決めればいいだろう。
軽い気持ちでそんなことを考えてみる。
上で寝ようが下で寝ようが、同居人の鼾(欠く人かどうかは分からないが)の音量が大して変わるわけではないし、枕が変わったら眠れないほど神経が細いわけでもない。
極端な話、その時の気分で変えるのもアリかとさえ思っているくらいだ。

(でも、ムックとブイが下で寝ちゃってるし、ぼくが下で寝ることになるのかも)

ムックとブイは、少し離れて眠っている。
真っ白なシーツの上は居心地が良いのか、二人して完全に夢の世界に旅立っているようだ。
どちらにせよ、二人が気持ちよさげに寝ているのなら、自分は下で寝ることになるのかもしれない。パートナーを寝かせた方のベッドに相手を寝かせるわけにもいかないだろう。
まあ、そこのところはどっちでもいい。

(だけど……パートナーが二体なんて、珍しいんだよね。驚くかな……?)

パートナーポケモンの数に制限はないが、ミッションに連れて行けるのは一体だけと決められているため、二体以上のポケモンをパートナーにするポケモンレンジャーは少数派である。
同居人は恐らく一体しかパートナーを連れていないだろうから、若年のポケモンレンジャーが二体もパートナーを連れているのを見たら、驚くかもしれない。
馬が合う人ならいいんだけど……
今になって、気になってきた。
ペアで仕事をする相手のことなのだから、ある意味でパートナーポケモンと同等の存在と言えないこともない。
その相手のことが気にならないはずがないのだ。
アカツキ自身は、どんなポケモンとだって仲良くなれると思っているし、多少性格の違う人とだって、話をすればちゃんと理解し合えると考えている。
だから、気になるといっても、それは単純に好奇心の類だった。

(明日から仕事だから、そろそろ来ると思うんだけど……)

壁にかけられた時計に目をやると、時刻は五時三十分過ぎだった。
もう少ししたら夕食の時間になるが、自分だけ先に食事をするわけにもいかないだろう。
どうせなら一緒に食事をして、親睦を深めるべきだ。
アルミア地方ではレンジャーベースがビエンタウンにしかないため、相手は他の地方のポケモンレンジャーだろう。時間がかかるのは致し方ないのかもしれない。
それからしばらく(約十分ほど)ムックとブイの身体をそっと撫でながら寝顔を眺めていたが、いい加減、待つのにも飽きてきた。
本当に気持ち良さそうな面持ちで眠っている二人を起こすのも気が引けるし、一人だけで出歩くわけにもいかない。
自分が出歩いている間にもう一人が来たら、きっと驚くだろう。
どうしたものかと思っていると、そうなることを待っていたかのようなタイミングで——あくまでも偶然ではあったが——、ガチャ、と音を立てて扉が開いた。
各部屋の鍵はエレベーターと同じようにスタイラーによる所有者認証で開く仕組みとなっているため、部屋に入るのにわざわざノックする必要はなかったりするのだが……それでも、いきなり扉が開く音がして、アカツキは弾かれたように顔をそちらに向けた。
そして、部屋に入ってきた制服姿のポケモンレンジャーを見て……驚愕した。

「いや〜、遅くなっちまったい」
「ダズル!!」
「んあ……? ……って、おまえアカツキじゃん!!」

アカツキが発した声に、その相手——ダズルはめんどくさそうに彼に顔を向け、表情を引きつらせた。
互いに見知った相手……というか、レンジャースクールの同期であり親友でもある相手がここにいることに驚いている。
二人が発した声に、ベッドで寝ていたムックとブイが目を覚まし、顔をこちらに向けてくるが、当然、アカツキがパートナーポケモンの動きに気づいているはずもない。
茶髪を好き勝手な方向に跳ねさせた髪が特徴の、アカツキと同年代の男の子——スクールを卒業した後は、フィオレ地方でポケモンレンジャーとして活躍しているはずの親友がここにいる。
自分よりもキャリアが長く、それでいて年上のポケモンレンジャーが来ると思っていただけに、驚きは一入だった。

「……って、なんでおまえがここにいるんだよ?」
「それはぼくのセリフだってば。
……明日から本部に転属になるっていうから、寝泊りするこの部屋で待ってたんだ。ダズルは?」
「オレも同じだぜ。さっき、ササコ議長から、もう一人のルームメイトが来てるから早く部屋に行ってやれって言われて……」
「じゃあ……」
「そういうことみたいだな」

互いに、相手がどうしてここにいるのか分からなかったが、会話を交わしている中でハッキリした。
アカツキとダズル。二人とも明日付けで本部に転属となった……それだけのことだったのだ。
ササコ議長が言った『もう一人の仲間』というのはそれぞれ目の前にいる相手。
ここにいる二人がアカツキとダズルでなければ、一緒に仕事をすることになる仲間が揃ったというだけのことだ。
ただ……アカツキとダズルだからこそ、ササコ議長は二人が同期であることを知った上で二人とも本部へ転属としたのか、それとも単に結果論だったのか。
今さらそれを考えたところで詮無いことくらい、二人にも分かっていたから、思いもかけない場所、タイミングでばったり再会したことを心から喜んでいた。

「しっかし、こんなトコで会うとは思わなかったぜ」
「ぼくも。ダズルは元気そうだね」
「当たり前だっての。おまえも……まあ、相変わらずそうだな」
「うん」

知らず知らずに笑みを向け合い、どちらともなく差し出した手を固く握る。
ダズルはベッドで身を起こしたムックとブイに気づいて、目をやった。

「へえ、おまえ、パートナーが二体いるのか」
「うん。ムック……ムクバードは一日体験学習の時にキャプチャしたムックルなんだ。一ヶ月前にムクバードに進化したんだよ。
ブイゼルの方はブイって言って、ミッション中に出会ってパートナーになったんだ」
「ほう……」

アカツキの紹介に、ダズルは興味深げな眼差しをムックたちに注ぎながら、眉を上下させた。
一日体験学習でキャプチャしたムックルがパートナーになったということに、ただならぬ縁を感じているのかもしれなかった。
パートナーポケモンの紹介を終えて、アカツキはダズルのパートナーポケモンの姿が見えないことに気づいた。
すでに室内に入っているのかと思って見回してみたが、姿は見当たらない。

「ダズル、キミのパートナーは?」
「オレの? ……ああ、恥ずかしがって隠れちまったんだな」

ダズルは困ったように言うとため息をつき、部屋の入り口に顔を向けた。
アカツキの目線が釣られるように移動して——

「セイル、ピート。こいつはオレのダチだから恥ずかしがらなくったって大丈夫だぜ。入ってこいよ」

ニックネームだろう、ダズルに呼びかけられると、開け放たれたままの扉の向こう側から、二体のポケモンがそっと姿を現した。
ダズルの言うように、照れ屋な性格なのかもしれない。

(ブイゼルとピジョン……ぼくと同じ感じのパートナーなんだな。二体ってところまで同じなんて……)

違う地方で違うミッションに勤しんでいたはずなのに、ブイゼルは共通しているし、ムクバードとピジョンという種族の違いはあるにせよ、飛行タイプのポケモンであることは共通項と言える。
偶然にしてはできすぎているような気がするが、狙った結果でないことは明白だ。
偶然もここまで来ると運命めいたものを感じてしまう。
部屋に入ってきたブイゼルとピジョンを指差し、ダズルはそれぞれの紹介をした。

「こっちがセイル。
おまえのムックと同じように、一日体験学習でキャプチャしたブイゼルなんだ。
……それがどういうわけか、オレがフィオレ地方に出てくのを見てたみたいで、追いかけてきたんだよ。で、そのままパートナーになったってわけ。
ピジョンの方がピート。セイルとピートは両方とも女の子なんだぜ」
「へえ……」

パッと見た目は判断がつかないが、ダズルのパートナーポケモンは二体とも女の子らしい。
アカツキの方は、ムックもブイも男の子。
うまい具合にカップルにでもなるんじゃないかと考えていると、ブイがセイルに興味を示したようで、一声嘶きながら彼女に近づいた。

「ブイ、ブイブイ?」
「……どしたの、ブイ?」
「ブイブイっ♪」

ブイは前脚を頭上に掲げたりしながら、セイルに話しかけている。
仲良くしたいと思っているのだろう……そう思って、アカツキは特に何も言わなかったのだが、

「…………」

セイルは無表情でブイを見やっている。
いきなり言い寄られて困惑しているようには見えないが、単に感情を表情に表さないだけかもしれない。

「ブイ、ブイブイ、ブイっ♪」

ブイは積極的にセイルに声をかけているのだが、セイルは無反応だった。
それだけなら良かったのだが、しばらくすると……

「ブイっ」

つまらないと言わんばかりに嘶き、セイルはそっぽを向いた。
刹那、ブイが愕然とした表情を浮かべ、がっくりとうなだれた。
どこかから『ガーン』という効果音が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

「……ブイ?」

話しかけた。
そっぽを向かれた。
そしたらブイがうなだれてしまった。
三つの事象の関連性がまったく理解できず、アカツキは怪訝な面持ちで首をかしげた。
事態を理解できていなかったのは、悲しいかな、アカツキだけだった。

「あー……」

ダズルが『やっぱり……』と言いたげにこんな言葉を口にした。

「セイルってさ、こう見えて結構気難しいトコがあるんだよな。
……いきなり馴れ馴れしく話しかけたりすると、だいたいこうなっちまうんだ。悪気はないんだけどさ……」
「そうなんだ……」

要は、ブイがあまりに馴れ馴れしく話しかけたので、鬱陶しいと思われてしまったのだ。
ブイは相手が同族であることもあって、気軽に話しかけたつもりなのだろうが……セイルにとってはそれが鬱陶しくて仕方がなかったのかもしれない。
同じ種族でも皆が皆陽気であるとは限らないし、暴れん坊で知られている種族であっても、中には臆病だったり控え目な性格の者がいるのと同じだ。
性格の不一致——よく、離婚の理由で語られているものが、目の前に具現化したような気がして、アカツキは小さくため息をついた。

「……ブイ、気にしなくていいよ。
別に、セイルはキミのことを嫌いになったわけじゃないからさ」
「そうそう。
セイルって本気で嫌いなヤツには容赦なく水鉄砲とかアクアジェットとかお見舞いするからさ。あんま気にすんなって」

本当に嫌いなら、反応さえ見せない。
いきなり馴れ馴れしく話しかけられるのが、セイルは苦手なだけなのだ。
だから、気を落とす必要なんてない。
アカツキとダズルが口々に励ますと、ブイは恐る恐る顔を上げた。
セイルは相変わらず目も合わせようとしないが、嫌いだという雰囲気を向けられていないことだけは理解できた。

「ブイ……」
「これからちょっとずつ仲良くしていけばいいんだよ。ぼくたちも協力するからさ」
「ブイっ」

いきなり仲良くなろうと思って話しかけたのは失敗だった……ブイは自らの失態を反省した。
アカツキと出会う前にも同族の仲間とは友好関係を築いていたが、それと同じように考えていたのがまずかったらしい。この反省点は次に活かさなければならないだろう。
落ち込んだかと思ったらあっさり復活したブイの様子に、ダズルは口元の笑みを深めた。
それから、今まで妙におとなしくしているピートの様子を見やると、ムックと気が合ったらしく、二段ベッドの下の方で互いにくちばしを使って翼を繕い合っているところだった。

「ムックとピートの方はずいぶんと仲良さそうだな」
「え……あ、ホントだ。いつの間に……」

ダズルの言葉を受けてムックを見やると、すでにピートの翼をくちばしで繕っていた。
その様子を見て、アカツキは『すごいな……』と素直に思った。
鳥ポケモンにとって、翼は生命線そのものと言っても差し支えないほど大切なものだ。
翼を繕うのは日々の役目の一つであるため、それを他のポケモン……しかも初対面の相手に繕わせるなど、なかなかできることではない。
それを可能とするほどに互いに相手を信頼しているのは間違いないし、単純な信頼だけではないのだろう。

「すごく仲が良さそうだね。
……ムックも、なんだか楽しそう」

アカツキはムックがピートの翼を繕っている様子が楽しそうに見えてならなかった。
ピートに対して、親しい感情を覚えているのは間違いないだろうが、本当にそれだけだろうかと思うほどに。
ダズルと二人してその様子を眺めていると、今度はピートがムックの翼を繕い始めた。
初対面ながらも相手に対する信頼がうかがえる。
パートナーであるレンジャーが親友同士ということもあって、相手に対して疑いは抱いていないのだろう。
そこのところはムックの実直な性格をピートが素直に受け入れてくれたということかもしれない。
どちらにしても、パートナーポケモンが仲良くしてくれるのはうれしいことだった。

(ブイも、セイルとこんな感じで仲良くなってくれればいいんだけど……こっちは時間がかかりそうだなあ)

ブイはやる気満々のようなのだが、セイルがあまり乗り気ではなさそうだ。
そこはじっくりと時間をかけて親睦を深めていってもらえればいいだろう。急いては事を仕損じる、慌てず騒がずどっしりと腰を据えて臨む姿勢が必要だ。
パートナーポケモンのことは、彼ら自身に任せておけばいい。
アカツキはそう結論付けて、ダズルに向き直った。

「ダズル、こんなところで会うとは思ってなかったけど……よろしくね」
「おう、こっちこそ」

その一言を言い出すまでに時間がかかってしまったが(パートナーポケモンを互いに紹介していたからなのだが)、二人とも笑顔で、固い握手を交わした。
互いに機会があったら会いたいと思っていた相手と、明日から一緒に仕事をする……その『偶然』に感謝しつつ、再会の喜びを心行くまで分かち合った。






「へえ……おまえも結構苦労してきたんだなあ」
「うん、まあね」

夕食を摂り終え、風呂に入ってさっぱりしたところで、アカツキとダズルは互いの近況をそれぞれ打ち明けていた。
思いもよらない場所で再会したものだから、スクールを卒業して今までの半年間、相手がどのように過ごしてきたのか、気になっていたところだ。
フィオレ地方からの長旅で疲れたのか、セイルとピートは二段ベッドの上の方で休んでおり、ピートとすっかり仲良くなったムックがちゃっかり彼女の隣で休んでいる。
セイルと仲良くなりたいと思いながらもいきなりそっぽを向かれてしまったブイは、彼女と距離を置いて、下のベッドで一人、身体を丸めて寝息を立てていた。

「でもさ、おまえの名前を地方紙で見た時はビックリしたぜ。
こいつやりやがるなーっ、って思うと、やっぱオレも負けてられねえみたいな」
「ダズルも、アルミアタイムズで写真が大きく載ってたよ。
あと、トップレンジャーのカヅキさんと一緒に仕事したんだって聞いたけど」
「なんでおまえがそんなこと知ってんの?
……あの時のことって、別に雑誌とかテレビとかに出てたわけじゃないと思ったんだけどな」
「そりゃ、カヅキさんから聞いたから」
「へえ、おまえカヅキさんと会ったんだ……」

互いの近況から、共通の知り合いであるトップレンジャーの話題に移り、夜の帳が降りて静まり返った夜景とは裏腹に、二人は何気に盛り上がっていた。
二人の会話が耳に入らないほど疲れているのか、パートナーポケモンたちは反応することなく横になっている。
あるいは、二人の邪魔をしてはいけないと気を遣っているのかもしれないが、傍から見る分に、その判別をつけることはできそうになかった。
横になっているパートナーポケモンたちをよそに、アカツキとダズルの会話は早くも盛り上がりを見せ始めた。

「うん。ミッションでアルミア地方に来てたらしくて、そこで会ったんだよ。
どうしようもないほどピンチの時だったから、助けてくれなかったらどうなってたか……」
「そっか……そういや、カヅキさんって単独行動することが多いからな。
オレとだって、たまたまそこにいたってだけで手伝うことになったんだけど……」
「やっぱりトップレンジャーは違うって思ったよ。ぼくなんかとは比べ物にならないくらいだった」
「ま、そりゃそうだ。トップレンジャーって、試験が半端なく厳しいって話だからな」

トップレンジャー。
ポケモンレンジャーなら誰もが憧れと畏敬を抱く、レンジャーたちの最高峰だ。
受験資格はユニオンの上層部が付与するため、受けようと思って受けられるわけではない。
さらに、試験の内容は非公開(当人と人事部、上層部しか知らない)とされており、難易度が非常に高いことくらいしか知られていない。
だから、受験資格がつき、試験を突破してトップレンジャーになれるのはほんの一握りでしかなく、ユニオン発足から三十年余りが経過した今でも、全世界で数十人しかいないのだ。
ゆえに、トップレンジャーは例外なくエリアレンジャーやエリアリーダーとは一線を画した実力の持ち主なのだ。

(カヅキさんもハーブさんも、すごく温厚そうに見えるけど……ミッションになると、別人みたいになるんだろうな)

アカツキが知っているのは……会ったことがあるトップレンジャーはカヅキとハーブの二人だけだ。
二人とも温厚そうな人柄だったが、それはミッションが関係していない時に話していたからだろうか。

「でも、あの人はホントに優しくて頼りになるんだぜ。
下手すりゃ大怪我ってトコを助けてもらったけど……オレが悪かったのに、怒りもしなかったんだ」
「へえ……」

ダズル曰く、カヅキには共通のミッションで何度も助けてもらったらしい。
その中にはポケモンの火炎放射をまともに食らう寸前で助けてもらったことがあり、その原因を作ったのが(意図的ではなかったのだが)ダズルであると分かっていても、怒らなかったそうだ。
彼が意図的に原因を作ったのではないと分かっていたからだろう。
確かに優しい時は優しいのだが、結構きつい言い方をされたこともあると、アカツキは返した。

「ぼくなんか、『正しいことってなに?』って訊き返されたことがあったんだ。
怒ってたわけじゃないけど……なんか、怖いなって思ったよ。
あの時は……下手をしたらポケモンレンジャーを辞めるようなことになってたかもしれなかったから、ぼくも相当落ち込んでたんだ。
カヅキさんに助けられたって思った」
「そっか……おまえも結構辛いことあったんだな」
「まあ、それなりにね」

アカツキは小さく微笑んだ。
辛いと思ったことはあったが、今だから笑っていられる。その時は……本当にどうしようもないほど追い詰められたものだ。
誰だってそうだが、いいことばかりではない。
ダズルだって大怪我どころか死んでもおかしくないような状況を何度か経験しているし、アカツキはヤミヤミ団にヒトミを人質に取られてポケモンレンジャーを辞めざるを得ないギリギリの状態まで追い詰められた経験がある。
そんな絶体絶命のピンチを華麗に助けてくれたのが、トップレンジャーだった。
二人して共通のトップレンジャーに憧れを抱いても不思議はないし、むしろ助けてもらった分、憧れが強いのは当然とも言えた。

「辛いことがあったから、今のぼくがあるんじゃないかって思うんだ。
これからだって辛いこととかいっぱいあると思うけど……でも、絶対に乗り越える。ぼくには頼れるパートナーが二人もついてるからね」
「オレのセリフ横取してんじゃないっ」
「そう? みんな同じこと思ってるんじゃない?」
「ま、おまえが代表して言ったってことにしといてやるよ」
「ダズルってば相変わらずだなあ……」
「おまえが相変わらず真面目なだけだっての」

カッコいいセリフを先に言われて、ダズルは悔しそうな様子を見せたが、口の端に浮かんだ笑みが、イタズラの一種であることを如実にうかがわせていた。
スクールの頃からまったく変わってない……それはアカツキだけでなく、ダズルもそう思っているようだった。

「ダズル、明日から頑張ろうね」
「おうよ。オレの足引っ張るなよ」
「もちろん」

ちょっと生意気だけど、本気でそんなことを考えているわけではない。
ダズルの軽口は相変わらず……いや、もしかしたらスクールにいた時よりもスケールアップしているかもしれないと思って、アカツキは苦笑した。
互いに、この半年間で様々な経験を積んできた。それを明日から存分に活かすことになる。
スクールの頃から、互いに切磋琢磨してきた仲だ。
今日、こうして再会を果たすまでも『あいつにだけは負けたくない』と思ってきたのだから、明日からの日々はその延長線に過ぎない。

「よし、それじゃ明日に備えて寝るぞっ」

ダズルは興奮が収まりきらないといった様子で、すぐさまハシゴを伝って上のベッドに向かったのだが、ムックがピートと寄り添うように眠っているのを見て、素っ頓狂な声を上げた。

「……って、なんでムックが寝てんだっ!?」
「ピートと仲良くなっちゃったからじゃない?」

ムックとピートがすぐに仲良くなったことは知っているし、それなら添い寝しようとするのだって、別に不自然なことではない。
アカツキはしれっと言ったのだが、ダズルにとっては自分の寝るスペースを奪われたのと同じだった。

「こら、そこオレのエリア!! アカツキのトコで寝てろっ!!」
「ムクバーっ……?」

すぐ傍で声を張り上げるダズルを寝ぼけ眼で見上げ、ムックは仕方ないと言わんばかりに羽ばたくと、下のベッドに滑り込んだ。

「……なにもそこまで言わなくても……」

強引に家賃を取り立てられた挙句、地上げ屋に追い出されたようなムックの様子を見て、さすがに気の毒と思ったのだろう。
アカツキは困ったような顔でつぶやいたのだが、ダズルにとっては彼の都合などどうでもいいことだったらしい。

「イチャイチャしたいんだったら他のトコでやってりゃいいんだよ。
……ここはオレの城なんだからな」
「やれやれ……」

一畳ほどの広さもない二段ベッドの上の方。
下も同じ広さなのだが、レンジャーベースと異なり、エリアレンジャーには基本的に個室が宛がわれていないのだ。
二人部屋である以上、寝起きするベッドのスペース以外は共有の場所であり、ダズルが『オレの城』と言いたくなるのも、アカツキにはなんとなく理解できた。
ただ……

「ムクバーっ……」
「ダズルは別にムックのことが嫌いなんじゃないって。
明日からしっかり頑張らなきゃいけないから、早く休みたいだけなんだよ」
「…………?」

本当に?
そう言いたげなムックの、少し潤んだ目。
アカツキは笑顔でムックの頭を撫でた。

「ムックとピートが仲良くなったって言うんで、ダズルはとてもうれしそうだったよ。
……まあ、さっきのは言い方もあると思うんだけど」

いつの間にやら、上から鼾が聞こえてきた。
早くもダズルが夢の中に旅立ったらしい。
興奮のし過ぎで眠れなくなるのではないかと思ったが、とんだ思い違いだった。
お調子者のダズルに限って、眠れなくなるほど悩むことなどそうそう多くはないのだろう。

「……それより、ぼくたちも早く休もう。
明日からいきなりハードなミッションに派遣されるなんてことはないと思うけど……今日は結構な距離を移動したから、ムックもそれなりに疲れてるだろ?
明日に疲れを残さないようにね」
「ムクバーっ♪」

アカツキの言葉に吹っ切れたようで、ムックはいつもの笑顔で頷くと、枕元まで移動してから身体を丸めた。
やはり、ムックルの時のクセが抜け切っていないのか、アカツキの傍で寝たがるのだが、それはそれで可愛いと思えるところだった。

(ぼくも寝ようか……明日から何をするか、まだ分からないし。疲れを持ち越しちゃダメなんだよな)

アカツキはムックとブイの邪魔にならないような位置取りで横になると、リモコンで部屋の照明を消した。
カーテンと窓枠の隙間を縫って射し込んでくる月明かり。
暗いというほど暗くはなく、かといって明るさが気になることもない。
目を閉じてしばらくすると、疲れがどっとのしかかってきたように感じられて、押し寄せる睡魔のようなもの(アカツキにはそう感じられた)に意識が飲み込まれた。






その頃、ビエンタウンのレンジャーベースでは、共有スペースでバロウとクラムがなにやら話をしていた。

「今頃、アカツキは休んでますかね?」
「……そうだな。あいつはバカがつくほど真面目なヤツだ。明日に疲れを残すまいと早めに休んでいるだろうよ」
「なんか、淋しくなりましたね」
「男が一人減ったからな。その分、女連中の勢いが増す」
「そうですか? ヒトミなんて、結構気にしてるみたいでしたよ」
「すぐに慣れるだろうさ」
「まあ、そうですね。言えてます」

他愛ない言葉を交わし——だが、バロウもアカツキがいなくなって内心は淋しいと思っていることを、クラムはしっかり見抜いていた。
普段から仏頂面で強面で、何を考えているのか分からないと言われることが多い彼の心中を正確に理解できるのは、恐らくクラムだけだろう。
もっとも、それを口にしたところで、バロウは反応しない。エリアリーダーという手前、弱いところは仲間にさえ見せたがらないのだ。
厳つい外見とは裏腹に、なにげに繊細な一面も持ち合わせているのだ。
強さとしなやかさ。
その両方を持ち合わせなければ、リーダーとして毛色の異なる面々をまとめていくことはできないだろう。

「でもまあ、レンジャーになって半年で本部に転属なんて、ホントに異例中の異例ですよね」
「俺が知る限り、今回で二度目だな」

本部に所属するポケモンレンジャーは、基本的に各地方で経験を積んだ、エリアリーダー級の能力の持ち主が多い。
だから、レンジャーになって半年という『浅い』経験で本部に転属することなど異例中の異例としか言いようがない。
だが、バロウはその例を一つ、知っているらしい。
これはさすがに気になって、クラムは訊ねた。

「一度目というのは?」
「俺の同期だったヤツだ。
今は……どこで働いてるかも分からんが、あいつはすごいポケモンレンジャーだったよ」

クラムの興味津々な視線を受け、隠すだけ無駄と悟ってか、バロウはあっさりと答えた。
曰く、彼の同期であり、ハーブと同じくこのビエンタウンのレンジャーベースに配属されたが、約半年(実際は五ヶ月と十日だった)で本部に転属となり、その後めきめきと実力を伸ばしていった。
トップレンジャーの試験も一度で合格し、いよいよトップレンジャーとして各地方での任務に就く……といったところで突然ポケモンレンジャーを辞めて、実家のある地方に帰ってしまった
なにがポケモンレンジャーを辞するきっかけとなったのか、そして今はどこにいるのか……それさえ分からないのだが、バロウにとってその相手は『すごいポケモンレンジャー』と呼ぶしかないほどの才覚の持ち主だったらしい。

「それはすごいですね……でも、突然辞めるなんて普通じゃないと思うんですけど」
「俺もそう思うが……なんでも、実家のある地方が大変なことになってるからってんで、ポケモンレンジャーであるうちに戻って……それから三日と経たないうちに本部に辞表が届いたそうだ」

結局、一身上の都合としか辞表には記されておらず、ポケモンレンジャーを辞した理由は分からずじまいだった。
今頃は何をしているのかも分からないし、連絡先だって不通となっている。
そういったポケモンレンジャーもいるのかと、クラムは意外に思った。
普通、一度ポケモンレンジャーになれば、再起不能な大怪我を負うか、肉体的な限界に近づいてこれ以上続けられなくなるか、女性であれば妊娠して任務に就けなくなるか……それくらいの理由がなければ、辞めようなどとは思わないものだ。
だから、理由も告げずに辞するなど、普通は考えられない。
その元ポケモンレンジャーのことは気になるが、バロウもそれ以上のことは知らないのだろう。
口ぶりからしても、相手を友のように思っているようだったし、分からないことを延々と訊ねても彼にしては傷口に塩を塗られるようなものだ。
だからそれ以上は訊ねなかったが、その代わりに別のことを訊ねてみた。

「……アカツキがレンジャーとしての才覚に恵まれてるのは分かるんですけど、今回の異動ってもしかして……」
「おまえの考えてることだろうさ」
「……将来のトップレンジャー候補としての異動、ですか?」
「ユニオン本部に呼び出された時に、ササコ議長からそのように話は受けている。
……俺はまだ早すぎると反対したが、押し切られた。責任は私が持つ、と言われてはな」
「…………」

クラムは絶句した。
レンジャーになって半年で本部に異動など、異例中の異例。
その異例の人事異動が為された理由は……ある意味で単純明快なものだった。

——将来のトップレンジャー候補。

トップレンジャーは全ポケモンレンジャーの憧れの的であり、畏敬を受ける存在でもある。
なろうと思ってなれるものではないし、増してや、その候補として選ばれたともなると……仰天するしかない。
クラムの目から見ても、アカツキはポケモンレンジャーとしての才覚に恵まれているし、性格的にも向いている。
まさにポケモンレンジャーになるべくしてなった存在と言ってもいいだろう。
ただ、トップレンジャーともなると話は別だ。
いくら『候補』と言っても、一朝一夕でなれるわけではない。
様々な経験を積んで、ありとあらゆる状況に対応できるだけの実力を身につけなければ、トップレンジャーとしては認められないのだ。
才覚があり、性格がお誂え向きであっても、絶対的な経験量が不足している。
それを補うための異動なのだろうが……

「アカツキはそれを知ってるんですか?」
「俺からは伝えていない。伝えようと伝えまいと、あいつが本部に行くであろうことは変わらなかっただろう。
それに、俺の口からあいつに負担となるようなことは言えないからな。
もっとも、ササコ議長が伝えるのなら俺に止めようがないんだが……当分は伝えないんじゃないか?」
「…………」

アカツキは、自分が将来のトップレンジャー候補としてユニオン本部へ転属となったことを知らないのだろう。
確かに、知ったところで考えを曲げるような性格ではないだろうし、逆にそれが負担になることもありうる。

「あいつなら多少大変でも乗り越えていくだろうさ。
……あいつがやる気になれば、トップレンジャーにだってなれると思ったから、俺はあいつを異動させることを了承した。それだけだ」

バロウは言い終えると、席を立った。

「明日から一人抜けた状態でミッションに臨まなければならないからな。
……早めに休んどけよ」
「分かりました」

隆々とした身体を引きずるようにして自室へ戻っていくバロウを見やり、クラムは小さくため息をついた。
伝えた方がいいのか、伝えなかった方がいいのか。
本当は前者なのだろうが、それは伝える側と伝えられる側にもよるのだろう。
難しい判断を迫られたのだと分かってはいるが、異動した本人がそれを知らないことが果たして本当に良いことなのか……

「どっちにしても、あの子なら大丈夫……か。
リーダーがそう思うのも分かるな。僕も、ナンダカンダ言ってそう思ってるクチだし。
……さて、僕もそろそろ休もうか。明日からあの子の分まできっちり働かなきゃいけないしね」

つまるところ、自分があれこれ考えたところで詮無いことだったのだろう。
人事異動で一人欠員となっただけ。
当人は行く気満々で旅立っていった……ただそれだけのことだ。
ただ、知らされてはいないけれど、将来のトップレンジャー候補。
それが当人にとって重荷と感じるという判断。
どちらにしても、アカツキが本部で頑張っていくことに変わりはないし、言わなかったのはバロウなりの配慮だろう。
ともあれ、明日からは一人欠けた状態でミッションをこなしていかなければならない。
バロウに次ぐ年長者である自分が『休めなかった……』などと言い訳にして弱音を吐くわけにもいかないのだ。
クラムは頭を振ると席を立ち、自室へ向かった。
程なく、誰もいなくなったスペースの照明が消え、粛々と夜は更けていった。






To Be Continued...

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