Mission #109 切り抜けろ!!(後編)

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(手ごわい……!!)

アカツキがまず感じた印象は、その一言に尽きた。
キャプチャに入った途端、ドラピオンが攻撃を仕掛けてきたのだ。
ミラカドの意に沿って、邪魔者を排除しようとしているのだから、攻撃を仕掛けてくるのは当然といえば当然のことなのだが、その激しさが半端なものではなかった。

(スクールの時は加減してたのかもしれない……)

毒針、クロスポイズン、アイアンテール……
様々な技を駆使して、アカツキに攻撃を仕掛けてくる。
ムックなど最初から眼中にないと言わんばかりに、アカツキに集中的に攻撃を仕掛けているのも、ミラカドがそうしろと事前に命令していたからかもしれない。
しかも、周囲を飛び回っているディスクなど目もくれず、アカツキだけを攻撃しているのだ。
これも、事前にポケモンレンジャー本人を攻撃した方が効果的であると言い含められていたのか……
実際、ディスクを撃墜するよりも、ポケモンレンジャー本人を攻撃した方が効果的だ。
副業(?)とはいえ、レンジャースクールの教師を務めていたミラカドには、ポケモンレンジャーがキャプチャに臨んでいる時の心理状況がそれなりに理解できる。
アカツキはドラピオンの攻撃を食らわないように身を避わしながら、スタイラーでディスクを操作していた。
何よりも『自分の身を守る』ことを優先せざるを得ないため、ディスクを思うように操れない。
アカツキがドラピオンを手ごわいと感じていたのは、それが最大の原因だった。

(こんな風に攻撃されたら、キャプチャにまで気が回らない……)

ドラピオンの動きはそれほど素早いものではないが、クロスポイズンやアイアンテールといった近距離攻撃の技と、毒針のような中・遠距離攻撃が可能な技を適度に組み合わせて攻撃を仕掛けてくるため、一度の攻撃を避けたくらいでは安心できない。

「ムックゥ〜!!」

アカツキを集中攻撃していることに並々ならぬ怒りを感じているようで、ムックが突く攻撃や電光石火などをドラピオンに加えているが、ドラピオンは体表を覆う鎧のような鱗を持つため、無傷とは言わないが、効果的な攻撃というわけではなかった。
ドラピオンがムックを無視しているのも、ちょろちょろと飛び回られるのは面倒だが、攻撃されても致命傷を受ける危険がほとんどないから無視しても問題ないと考えているからだった。

(アカツキには荷が重いか……?)

バロウは離れたところからアカツキのキャプチャを見やり、胸中でつぶやいた。
ドラピオン自体、キャプチャをするのには厄介な相手だと言わざるを得ないのだが、ミラカドのドラピオンは相当強く育てられているようで、特にパワーは普通のドラピオンとは比べ物にならない。
そんなドラピオンを相手に、アカツキでは荷が重いのかもしれない。
自分ができるなら代わってやりたいが、スタイラーを壊されてしまった以上、スタイラーのセキュリティシステムが災いしてそれもできない。
ユニオンとの連絡手段もない以上、アカツキがドラピオンのキャプチャに成功することを祈るしかなかった。

(タイキの方も、一人ではさすがに厳しいか……)

アカツキと同様に、タイキも苦戦を強いられていた。
新手のヤミヤミ団員がモバリモを使って、甲板でぐったりしていたキャモメたちを操ってタイキに攻撃を仕掛けている。
あと一人誰かがいれば、かなり負担も減るのだろうが……こればかりはどうしようもない。
リンクがキャモメたちに攻撃を仕掛けてはいるものの、一向に怯んだ様子を見せない。当然のことだが、理性がない状態では怯むなどという精神的な動揺は存在しない。

(ラクアたちがいれば、まだ話は変わってくるが……いや、今はこいつらに乗り切ってもらうしかない)

話を聞いた限りでは、ラクアたちは別行動をしているとのことだが、未だに連絡一つ寄越さないところを見ると、火山の洞窟内にいるヤミヤミ団の相手で手一杯なのだろう。
彼女らが駆けつけてくれれば状況は好転するだろうが、スタイラーを破壊され、キャプチャから連絡まで、自分にできるほぼすべての手立てを失っている自分が考えるには虫の好い話だ。

(アンクルは……動けるようになるにはもう少しかかるか)

すぐ傍で横になっているアンクルを見やる。
果敢にドラピオンに向かっていったはいいが、クロスポイズンや毒針を食らって、毒に冒されてしまっている。
時間が経てば毒も薄まり、体力を取り戻すだろうが、それまではほとんど動けない状態だ。
アンクルが動ければ、ドラピオンの動きを封じてアカツキのキャプチャを助けるくらいはできるのだろうが……さすがに、傷ついた彼自身の身体を張るわけにもいかなかった。それだけの体力は残念ながら残っていない。
アンクルと共に、じっとしていることで体力を取り戻すしかなさそうだ。
バロウがそんな風に、冷静に状況を把握していることなど知る由もなく、アカツキはドラピオンの猛攻を掻い潜りながらキャプチャを続けていた。
クロスポイズンほどの大技になれば、動きも大振りになって発動後の隙もかなり大きいのだが、その隙を穴埋めするように毒針を吐き出して攻撃してくる。
クロスポイズンは両腕、毒針は口から放つものなのだから、放つ部位が異なれば、隙を穴埋めすることはできるだろう。

(近づいたら毒針を避けられない……かといって離れてしまうとキャプチャしにくい……くそっ!!)

徐々に追い詰められているのが嫌でも分かるが、それでも冷静に努めているつもりだった。
キャプチャ・ラインで幾重にも囲い込んではいるが、ドラピオンは相当に興奮しているのか、落ち着こうという気配すらなかった。
このまま時間をかければ、いつかは船縁に追い詰められる。そうなったら攻撃を避けることはできなくなるだろう。つまり、大怪我は免れない。
そうなる前に、突破口を見つけたいところだったが、ムックの攻撃はまったくと言っていいほど通用せず、ラインを重ねても落ち着く気配がない。
ジリ貧か……そう思った時、ムックの翼で打つ攻撃が、ドラピオンの目を掠めた。

「ごぉぉっ……!?」

身体は固い鱗で覆われていても、目だけは防御がなかったらしい。
ムックからすれば、目を攻撃するつもりはなく、伸びきった翼の端がたまたま触れただけなのだが、これが効果的だとすぐさま悟り、ドラピオンの目を重点的に攻撃し始めた。
無論、ポケモンレンジャーのパートナーポケモンゆえ、相手を不必要に傷つけてはならないことは承知している。
失明まで追い落とそうとは思わず、むしろ相手の気を引きつけられさえすればそれでいいと思っていた。

「ムック、このままドラピオンの気を引きつけてて!!」
「ムックゥ〜!!」

ムックはアカツキの指示に嘶くと、ドラピオンの目を重点的に攻撃し始めた。
防御力がほとんどないに等しい目を攻撃されてはたまらないと、ドラピオンはアカツキを攻撃するより、ムックを追い払おうと技を繰り出していた。

(よし……!!)

アンクルではドラピオンの目まで攻撃が届かない。
だが、空を自由に飛べるムックなら、上から回り込んで目を攻撃することができる。
仮に相手にこちらの目をつぶす意図がなくとも、目に攻撃を仕掛けられているのを無視するわけにはいかなかった。
見事に相手の弱点を突く格好となり、アカツキたちの反撃の第一歩だった。

(あんまり動き回れない。ムックが持ちこたえてくれてる間に、ぼくがキャプチャする!!)

クロスポイズンを食らわないギリギリの位置まで間合いを詰め、アカツキは深呼吸しながらスタイラーを動かした。
火山の洞窟に入ってからここに至るまで、ほとんど休憩など取っていない。取れる状況にないことは理解していたが、今となってそれが恨めしく思えてくる。
少しでも膝の力を抜けば、そのままへたり込んでしまうほど、体力の消耗が激しかった。
身体が妙に熱っぽく、気だるさが足から全身に伝わっていく。腕はダンベルをぶら下げているように重く感じられたが、疲労がそう感じさせているだけかもしれない……
どちらにしても、時間をかければ先にアカツキの体力が尽きる。そうなったら、終わりだ。
ドラピオンはクロスポイズンや毒針を使ってムックを追い払おうとするが、ムックは特性である『鋭い目』で相手の攻撃の兆候を的確に見通し、それら毒タイプの技を避けながら攻撃を加えている。
これならなんとかなるか……!?
キャプチャ・ラインを重ねながらそんなことを思っていると、ドラピオンが吐き出した毒針の一本が、ムックの翼に突き刺さった。

「ムックゥ……!?」

翼に生えた羽毛のおかげで痛みはほとんどなかったが、ほんのわずかな違和感。
しかし、わずかでもそれに気を取られ、ムックは次の攻撃を繰り出すことも、ドラピオンの次なる一手に対する回避も、一瞬だけ失念してしまった。

——ミラカドのドラピオンにとっては、その一瞬で十分だった。

「ムック!!」

斜め下——死角となる場所からのクロスポイズンが、ムックを襲った。
アカツキの声にハッと気づいた時には遅かった。

どんっ!!

「…………!?」

突き上げる衝撃に、ムックは声も上げられなかった。
さらに、ドラピオンのもう片方の腕が真上からムックを打ち据え、そのまま地面に叩きつけた。

「ムックっ!!」

地面に叩きつけられてぐったりするムック。
アカツキは思わず叫んだが、ドラピオンは攻撃の手を緩めなかった。
ムックに向かって再びクロスポイズンが放たれ——
ぐったり横たわっているムックをかばうように、ディスクが横から滑り込んだ。
予期せぬ事態に、クロスポイズンの勢いが緩む——が、ムックの代わりにディスクがそのまま攻撃を受ける。
ディスクに邪魔されて、ドラピオンの攻撃はムックをわずかに逸れて、すぐ傍の地面に突き刺さった。

「ぐっ!!」

ディスクに放たれていたエネルギーが逆流し、スタイラーを操作していたアカツキの腕に鈍い電撃の痺れが襲いかかってきた。
とっさにムックをかばったまでは良かったが、ディスクからのバックファイアを食らう形になってしまった。
軽い感電に気を取られてしまったアカツキは、ドラピオンが接近していることに気づくのが遅れた。
クロスポイズンを食らわないギリギリの位置にいたため、ほんの少しでも接近されれば、それらの攻撃の射程圏内となる。
思わず膝を突いて痺れに耐えていると、

(しまった……!!)

目の前に、ドラピオンがいた。
怒りに満ちた雰囲気をまといながら、体内の毒素を凝縮して毒々しい紫に染まった右腕のハサミを振り下ろしてきた。
怖いと思ったわけでもないのに、思うように動かない身体——それを引きずるようにして右に転がって攻撃を避ける。
直後、風が耳元を掠め、轟音が耳に飛び込んできた。
転がりながらその場所に目をやると、先ほどまで自分がいた場所——甲板の表面に蜘蛛の巣状のヒビが入り、そこに紫色の液体が染み出していた。
まともに食らっていたら、どうなっていたか……視界が移り変わるまでのわずかな間にそんなことを思い、アカツキは背筋を震わせた。
だが、攻撃を避けて態勢を整えようとした彼の思惑は、見事に空回りすることとなる。
身体に力を込めて立ち上がろうとした時、思い切り突き飛ばされた。

「……!?」

襲いかかる衝撃に、声も出ない。
視界が回転し、そのまま固い何かに背中から叩きつけられた。
背骨が軋んで、一瞬、息が詰まる。
息苦しさを振り払って、いつの間にか固く閉じていた目を開くと、自分が船縁に叩きつけられたのだと悟った。

「くっ……」

身体が痛む。
思ったよりも強く叩きつけられたらしく、ヒビが入るように痛みが広がっていくのが分かる。

(ドラピオンの左腕……!!)

ドラピオンがこちらを見ながら、ゆっくりと接近している。
右腕のハサミによる攻撃を避けてホッとしていたこと自体が間違いだったのだ。フリーだった左腕の攻撃を食らい、十メートル以上は軽く吹っ飛ばされたのだろう。
ドラピオンほどのパワーがあれば、骨の一本や二本は折れても不思議はなかったが、幸い、身体が痛むだけで骨は折れていないようだった。

(ムック……)

ムックはゆっくり起き上がろうとするが、ドラピオンの攻撃によるダメージが大きかったのか、ばたばたと翼をバタつかせてもがいているだけだった。
ドラピオンはそんなムックには目もくれず、アカツキを始末しようとしている。

「まずい、このままじゃ……」

スタイラーを取り落とさなかったのは、不幸中の幸いだった。
しかし、ドラピオンの攻撃を受けて痛む身体は、限界を訴えかけていた。
痛みという形で警告を発し、気力が少しでも緩めば、これ幸いと休息を取ろうとする……
このまま数十秒でも待ってみろ。
間違いなく『始末』される。自分だけならいざ知らず、バロウとタイキまで、ひどい目に遭わされるだろう。

(左も右も……逃げるに逃げられない)

アカツキはとっさに周囲に視線をめぐらせ、逃げるに逃げられない状況であることを悟った。
船縁の中でも、数十センチほど出っ張ったところに吹っ飛ばされてしまったのだ。ドラピオンがそこまで計算していたかは分からないが、偶然で片付けるにはあまりに条件の悪い場所だ。
どちらかに逃げた瞬間に狙い撃ちされるのは間違いない。

(それに……)

ドラピオンの左腕の攻撃を食らった時に肌が裂けたのだろう、右の二の腕から血が滲んでいた。
深い傷ではないが、ずきずきと痛む。
幸い、毒は流し込まれていないが、それでも無視できる傷ではない。

(やるしかない……!!)

長引けば確実に失敗することが分かっているのだ。
今さらどうこう言っていられない。
痛む身体をおしてキャプチャを再開させようとした時、五メートルまで接近していたドラピオンが口を開き、毒針を撃ち出してきた。
アカツキは左に飛びのいたが、案の定、ドラピオンは右腕でなぎ払うように攻撃を仕掛けてきた。
どちらに逃げても攻撃を仕掛けてくるであろうことは分かっていた。
ぶんっ!!
鼻先を掠めて、ドラピオンの腕のハサミが眼前を通り過ぎる。
まともに食らっていたら鼻が……いや、顔をぐちゃぐちゃにされかねない勢いだったが、その風圧だけでも前髪が数本千切れ飛んでいた。

(あ、危ない……!!)

思わず肝を冷やすアカツキだったが、すぐさまドラピオンと距離を取った。
ドラピオンが追撃しようと向き直り——
次の瞬間、横手から青白い光が迸った。

「……!?」

不意討ちととしか言いようがなかった。
青白い光は一直線に虚空を迸ると、ドラピオンに巻きつき、その動きを封じた。

「ごぉっ……!?」
「な、なんだと……!?」

突然の出来事に、ドラピオンは言うまでもなく、高みの見物を決め込んでいたミラカドまで驚愕の声を上げた。
……というのも。
アカツキは青白い光……ドラピオンに巻きついているものの正体を察し、光が飛んできた方角を見やった。

「リンク……!!」

ちょうど自分とタイキの間くらいの位置で、リンクが身体から電磁波を放ち続けているのだ。
アカツキが苦戦していると見て、タイキがリンクにアシストを指示したのだろう。
そのタイキだが、キャプチャした傍から再び襲ってくるキャモメたちにかかりっきりで、振り向くだけの余裕もなさそうだった。

(それなのに、タイキ、キミは……!!)

自分だって手一杯なのに、リンクにアカツキのアシストをさせている。
ポケモンレンジャーは、パートナーポケモンと一体になってこそ真価を発揮する職業だ。
それをわざわざ他のレンジャーのアシストを任せるなど……しかも、余裕のない状態でそれをするなど、自殺行為もいいところだ。
だが、アカツキはそんなタイキの気持ちを無駄にしないように、すぐにキャプチャを再開した。

(タイキ、絶対にこのキャプチャを成功させてみせる!!)

後輩に大変な負担をかけてしまったことに申し訳なさを感じつつ、だからこそ彼の気持ちを無駄にしたくはなかった。
アカツキは文字通り、全身全霊を賭してキャプチャに臨んでいた。
その気迫たるや、ドラピオンでさえ一瞬は気圧されるほどのものだった。
だが、ドラピオンはすぐさま電磁波を振りほどこうともがき始める。

「くぅぅぅぅぅ……!!」

電磁波を強引に突き破ろうとするドラピオンを止めるため、リンクも全力で電磁波を放ち続ける。
ドラピオンは電磁波の影響で攻撃こそ繰り出せないが、身を捩って電磁波を振りほどこうとしながらアカツキに向かって前進している。

(リンクが持ち堪えてくれてる間に決めなきゃ、勝ち目はない!!)

リンクの力では、そう長い間、電磁波を放ち続けることはできないだろう。増してや、ドラピオンの動きを大きく制限するほどのパワーともなれば、数十秒持ち堪えられれば良い方だ。
だから、その前に……ドラピオンを落ち着かせる。

「ドラピオン、ぼくがキミを止める!!」

アカツキは朗々と言い放ち、スタイラーを持つ右手を大きく動かした。
そのたびに二の腕からだらだら流れる血が周囲に飛び散り、腕全体が叩かれるように痛むが、構ってなどいられない。

……落ち着け。
これ以上、ポケモンたちが傷つくのを見過ごすわけにはいかない。
そのためにも……窮地だってなんだって切り拓いてみせる。

強い意志を胸に、一歩も引かずにキャプチャを続ける。
まっすぐに、ドラピオンの目を見やり、睨みつけ。
ドラピオンが身体を引きずりながら、アカツキを排除しようと迫るが、リンクが全力で電磁波を放っているために攻撃には打って出られない。
だが、接近してしまえば攻撃せずとも、重量感たっぷりの身体で倒れ込んで押しつぶせばいい……そんなことを考えているのかもしれない。
迫る壁のように、ドラピオンの身体が視界の中で大きく、そして迫力(プレッシャー)が加速度的に増加していくのを肌で感じながらも、アカツキはその場を一歩も動かずにキャプチャ・ラインで幾重にも相手を囲っていく。
五メートル、四メートル、三メートル……
徐々に迫り来るドラピオン。
落ち着くどころか、溶岩のように滾る熱情をその双眸に宿しながら、じわりじわりと迫り来る。
本当に気持ちが通じているのかは分からないが、それでも引くわけにはいかなかった。

(…………)

不安がないわけではない。
それでも、先に進むしかないのだから、後ろを振り返ったり、立ち止まったりしてはいられない。
電撃の帯とキャプチャ・ライン。
二重の囲いを受けながら、ドラピオンがアカツキの前に立った。

「ごぉ……ごぉぉぉぉぉぉっ!!」

ドラピオンは裂帛の気合と共に全身に力を込め、リンクが放った電磁波を強引に引きちぎると、両腕のハサミを振り上げた。

「くははははは……わたしの勝ちだな!!」

今から逃げようと、間に合うはずがない。
アカツキが一歩も引かずにドラピオンのキャプチャを続けていることに驚愕していたが、ミラカドは勝ち誇った笑みを浮かべた。
ポケモンレンジャーを行動不能にするか、スタイラーを壊してしまえば、こちらの勝ちだ。
バロウはスタイラーを壊したし、タイキは……モバリモをすべて破壊したが、足を怪我して動ける状況にない。
残りはアカツキだけだ。
その場に踏みとどまらなければいいものを、下手に意地など張ったせいで、逃げるタイミングを逸してしまった……
ここでポケモンレンジャー全員を捕縛すれば、後はどうにでもなる。
途中に予期せぬ事態が起こったが、最後に勝利するのは自分たちだ。打つ手を間違えたわけではないのだから、それは当然のこと。
自分の力量も弁えずにキャプチャを続けた結果だ、少しは痛い目を見れば現実も理解できるだろう。
ドラピオンが振り上げた両腕のハサミが、毒々しい紫に染まる。
渾身の一撃を食らわそうと、ドラピオンは振り上げた両腕を勢いよく振り下ろそうとして——
何の前触れもなく、その動きを止めた。

「……!? どうした、ドラピオン」

アカツキを見やったまま、石像のように動きを止めたドラピオンを見やり、ミラカドは怪訝な面持ちで声をかけた。
だが、ドラピオンは応えない。

「…………」
「…………」

アカツキとドラピオンがじっと睨み合う。
目を逸らした方が負けだと言わんばかりに、互いに気迫を滲ませていたが、不意に、ドラピオンが腕を下ろした。
毒々しいまでの紫の色が、ハサミから消える。

「……キャプチャ、完了……!!」

アカツキはドラピオンを見上げたまま、小さくつぶやいた。
なんとかギリギリのところで、ドラピオンのキャプチャに成功した。

「バカな……!! わたしのドラピオンがキャプチャされる、だと……!?」

ドラピオンが直前で……それこそ土壇場で攻撃を取りやめるなど、キャプチャに成功して落ち着きを取り戻した以外の理由は考えられない。
信じがたいことではあるが、ミラカドは信じられないと言わんばかりに頬を引きつらせ、驚愕の眼差しでドラピオンを見やった。

「ドラピオン!! ドラピオン……!!
何をしている……そいつを叩きのめせ、今すぐにだ!!」

ドラピオンの力なら、それは容易い。
しかし、ドラピオンはトレーナーであるミラカドの指示を受けても、じっとその場に佇んでいた。
アカツキのキャプチャで、昂ぶっていた気持ちが消えたために、誰を攻撃しようという気にならないのだ。
なにやら喚いているミラカドには構わず、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。

(良かった、なんとか成功した……)

獰猛で手ごわいドラピオンのキャプチャに成功したことを喜びたい気持ちは確かにあったが、それ以上にホッとしている気持ちの方が強かった。
だが、安堵している場合でないことは承知していた。

「ムック!!」

ドラピオンの攻撃を食らってぐったりしているムックに駆け寄ると、その身体をそっと抱き上げた。

「ムックゥ……」
「ムック、大丈夫……?」
「ムックゥ〜」
「翼、汚しちゃってごめん……後で洗うから、無理しないで休んでて」

抱き上げてから気づいたが、右の二の腕から流れていた血がムックの翼についてしまった。
本当なら今すぐきれいに洗い流してやりたかったが、そんなことをしている場合でもなかった。
一言詫びると、ムックは構わないと言いたげに頷き返してきた。

「タイキは……」

アカツキはムックを抱きかかえたまま、タイキの姿を捜した。
リンクをこちらに寄越してくれたおかげで、ドラピオンをキャプチャできたのだ。彼がどうなったのか、気になって仕方なかった。
遮蔽物など皆無に等しい甲板で彼の姿を捜すのは、簡単なことだった。
船内から上がってくるドアの付近で座り込んでいるのを認めた。
また、アカツキとタイキがそれぞれのキャプチャを行っている間に体力を少しでも回復したのだろう、バロウとアンクルの姿もそこにあった。
タイキを介抱しているように見えたので、アカツキは急いで駆け寄った。

「タイキ!!」
「疲れ果てて眠ってるだけだ。見た目はひどいが、深手ではない。静かにしてやれ」

名前を呼ぶと、バロウが静かな声音で——しかし、威厳を漂わせる重厚な声で返してきた。
風に吹かれて炎が消えるように、アカツキはトーンダウンしてその場に立ち尽くすしかなかったのだが、タイキが足に怪我をしているのを見て、思わず息を呑んだ。
両膝が真っ赤になっている。
キャモメたちの攻撃を受けてしまったのだろう。傷口は両膝にあったが、血の赤さも相まって痛々しく見えて仕方ない。

「タイキ……」

胸を締め付けられるような心地がした。
思わず胸に手を宛がう。
アカツキと同じように、火山の洞窟からここに来るまで休憩をまったく取っていなかったのだ。

(リンクが電磁波でドラピオンの動きを封じてくれたおかげで、ドラピオンをキャプチャできた。
だけど……リンクがタイキについていたら、タイキが怪我をすることなんてなかったかもしれない。
ぼくがちゃんとしてたら……)

タイキが膝を怪我した原因は、もしかしたら自分にあったのかもしれない。
そう思って、アカツキは申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、バロウから感傷に浸るのは後にしろと言われ、気持ちを切り替えた。
周囲を見てみれば、モバリモの残骸が転がり、モバリモで操られていたキャモメたちが翼をだらりと広げて横たわっている。
何度も何度も無理やり操られ、攻撃に駆り出されたために疲労しているのだろう。
ヤミヤミ団の団員たちの姿が見られないが、モバリモを壊されたせいで恐れ戦き、海に飛び込んで逃げたとバロウが言った。

「くぅ……」

リンクが、不安げな表情でタイキの顔を見やっている。
タイキの指示があったとはいえ、本当に彼の傍を離れて良かったのかと自問自答しているように見えてならなかった。

(タイキ……)

今さらのように——本当に今さらだった——、アカツキはタイキの顔を見やった。
怪我にばかり目が行って、彼がどんな顔をしているのかなど気にもしていなかったが……タイキの顔は穏やかだった。
膝の怪我のことなど気にしていないように。

(タイキ……キミは、ぼくのことを助けようとしてくれたんだ……)

自分を窮地に追い落としてまで、アカツキのことを助けようとしていた。
その気持ちがうれしく……それでいてそこまでさせてしまったという後ろめたさもあった。
アカツキが複雑な心中を体現するような面持ちでタイキを見ていると、バロウがゆっくりと立ち上がり、彼の肩に手を置いた。

「アカツキ、そう自分のことを責めるな。タイキはこうなるのを承知の上でおまえを助けようとした。その気持ちだけは理解してやってくれ」
「分かってます、分かってますけど……」

割り切るべきなのだ。
それは分かっている。分かっているが……申し訳ない気持ちが消えない。怪我という形でまざまざと見せ付けられたのだ。
だが、感傷に浸っている場合でないことを突きつけられることになる。

「ありえん……!! ポケモンレンジャーになって半年足らずのガキにわたしのドラピオンがキャプチャされるだと!?」

ミラカドの悲鳴めいた叫び声が、甲板にこだました。
アカツキとバロウはとっさにそちらに向き直った。
ミラカドがなにやら喚いている。ドラピオンは彼にとって自慢のポケモンだったらしく、トップレンジャーに匹敵するバロウでさえキャプチャできなかったものを、レンジャーになって半年と経っていないアカツキがキャプチャしてしまうなど、とても信じられない出来事だったのだろう。
相当に混乱しているのが傍目からも分かるが、逆にこれはチャンスだと、アカツキもバロウも判断していた。

「まだ仕事は残っている。ドラピオンは当分、戦意を取り戻すこともないだろうが……ミラカドは放っておいて、早いところ、操舵室を制圧する」
「はい」

そうだ……当初の目的は、操舵室を制圧して、主導権を握ること。
主導権を握った上で、ラクアたちが来てくれれば、そこで初めてミッション完了となるのだ。
最後の仕上げが残っている段階で立ち止まるわけにはいかない。
タイキを見ているようにとリンクに言いつけ、アカツキとバロウは操舵室に向けて駆け出した——その時だ。
何の前触れもなく操舵室の扉が開き、奥から一人の女が姿を現した。
潮風になびく白衣と、夕映えの炎を思わせるような金髪の髪。

「…………!!」

その姿を認め、アカツキは雷に打たれたようにその場で足を止めていた。






To Be Continued...

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