Mission #105 敵地突入(中編)

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:29分
「まだ捕まえられんのか!!」

貨物船の操舵室に、苛立ちに満ちた怒声が響き渡った。
怒声に混じって床を強く踏みつける音がしたが、その場にいるヤミヤミ団の団員たちには聴こえなかったようだ。

「それが……
あいつら、ちょこまかと動き回ってまして……それに、ドカリモが使えないのでは人海戦術でしか……」
「ええい、くだらん言い訳は要らん!!
おまえたちは黙ってあのガキどもを捕まえて、ここに連れてくればいいんだ!!」

監視カメラのモニターを看視していた団員が躊躇いがちに言い訳を口にしたものの、それは操舵室の中央にでんと鎮座している黒ずくめの金髪男の凶暴な気分をエスカレートさせるだけの結果に終わった。
座っている椅子の肘掛けに握り拳を何度も振り下ろし、爪先で床を小突き、明らかに苛立ちを募らせているのが分かるためか、一喝の後は、誰も彼に言葉をかけようとしない。
怒りの矛先が自分に向かないように……肉食獣に怯える草食獣よろしく、背後の気配に怯えながら、各々の仕事に専念している。
この場にいる団員たちを統率する立場である黒ずくめの男は、前方斜め上に設置されたモニターを見やっていた。
苦労なくストレスを増やしてくれるのは部下の無能ぶりなのだが、その部下の無能ぶりを際立たせている原因がモニターに映っていたのだ。
数秒ごとに移り変わる映像に、共通して映っているもの——ポケモンレンジャーの制服を着た二人の少年だった。
年の頃は二人とも十三、四といったところだが、ポケモンレンジャーだけあって、なかなかいい動きを見せている。
……もっとも、その『いい動き』のせいで、大勢の部下たちが船内に忍び込んだ二匹のネズミを捕まえられずにいるわけだが。

(子供相手に手こずっているというのか、このバカどもは……)

男からすれば、自分の半分の時間も生きていないであろうポケモンレンジャーの少年たちは子供もいいところだった。
ポケモンレンジャーは、レンジャースクールで必要な知識や技術を教え込まれる——それは誰もが知っていることであるが、火山の洞窟を突破して貨物船に入り込んできただけのことはある……二人のポケモンレンジャーは、立ちはだかる団員たちを『怪我をさせない方法』でなぎ倒しながら、船内の廊下を駆けてゆく。
子供ではあるが、さすがはポケモンレンジャーといったところか。
ポケモンレンジャーの侵入を許すこと自体、彼にとっては許しがたい失態ではあった。
さらにはいいように手玉に取られている(モニターを見ている限り、そう捉えたとしても不思議ではない状況だった)となると、部下の次の給料を下げるどころか、次の給料が出る前にクビを海外まで飛ばしてもいいかもしれない……とさえ思う。
ストレスが自動的に増加し、知らず知らずに肩が怒り、撒き散らす雰囲気も憤怒の色合いを濃くしつつあった。
どんな些細な物事でも、触れれば間違いなく雷が落ちるような彼に話しかけようなどと思う者がいるはずもなかったが、彼の横で足など組みながら座っている白衣の女だけは違っていた。

「そう怒るものでもありませんよ」
「……!!」

涼風を思わせるような声に背筋でも冷やしたのか、彼はびくっ、と身震い一つしてから、女に顔を向けた。
ちょうど、モニターが別の場所に切り替わるところだった。
女は彼が視線を自分に向けていることに気づいていないのか、切り替わったモニターをじっと眺めていた。

「貴方は生真面目だから、ポケモンレンジャーに侵入されるなどあるまじきことと考えているのかもしれませんが、そうでもありません。
むしろ、彼らはよくやってくれていますよ」

明らかに無能な部下たちを擁護している発言に、彼は眉を吊り上げた。
先ほどの一声で猛る気持ちが冷めてしまったのか、やや落ち着きを取り戻した声で、言葉を返す。

「二匹のネズミさえ捕まえられないような無能どもが……ですか?」
「モニターをよく見てみることです。冷静に構えていれば、分かりますよ」
「…………」

女が淡々と言うものだから、興醒めすらしてしまったような心地で、はぐらかされた答えを求めるようにしてモニターに視線を戻す。
数秒おきに切り替わる画面。
モニターの中央で走っている二人のポケモンレンジャーだけは変わらず、次々と別の区画が映し出されている。

「…………」

冷静にモニターを見ていれば分かると言われたが、相変わらずポケモンレンジャーが逃げているところが見えているだけで、取り立てて変わった様子は見受けられない。
……が、不意に気づいて、口の端に笑みが浮かぶ。

「なるほど……」

切り替わる画面の順番を見ていれば、それが船内のどの位置であるかは分かる。
順番から察するに、部下たちが追い立てようとしている場所は……下層の袋小路。ネズミが迷い込むのにうってつけの行き止まりだ。

「総員、ネズミどもを捕らえろ!!
捕らえたらスタイラーを没収するのを忘れるな!! 捕まえたらすぐさまここにつれて来い、廊下を走る馬鹿者は存分にお仕置きしてくれるわっ!!」

先ほどの怒りはどこへやら。
男は操舵室に存分に響き渡ってもなお余りある声量で、豪快な笑い声を立てた。

「…………」

単純……
白衣の女は笑い声を立てる彼を半眼で見やり、小さくため息をついた。
周囲の部下たちも、彼女に倣うようにため息をつく。感情的になりやすい上司を持つと、部下は苦労する……その典型的な例だと、誰もが思っていた。






「先輩、オレたちどこに向かってんスか!?」
「分かんない!!」

背後に迫る足音から遠ざかろうと廊下を走りながら、アカツキは今自分がどこにいるのか考えてみたが、答えなど出るはずもなかった。
船内の設計図が頭にあるわけではないし、そもそもどこの角をどちらに曲がって……などと考えられるだけの精神的な余裕があるはずもない。
タイキの質問に答えられるわけもなく、ただ無視するのも躊躇われて、短く返す。

「分かんないけど、このままじゃ追い詰められる!!」
「げーっ!!」

タイキは盛大に悲鳴など上げてくれたが、今さらその大声を咎める気にもならない。
船内には監視カメラが無数に取り付けられている。しかも、それをいちいち壊そうという時間的な余裕もない。
こちらの動きは間違いなく相手に筒抜け。
その相手が、追っ手に対して『こちらに追い詰めろ』と誘導を促しているのだとしたら……このまま行くと、取り返しのつかない崖っぷちにまで追い詰められるのは間違いない。
相手が100%有利な状態になる前に、どうにかして脱出の手立てを見つけ出さなければならないのだが……

(リーダーがいればなんとかなるんだろうけど……ダメだ、そんなこと考えちゃ。
今はぼくたちしかいないんだ。ぼくたちでなんとかしないと!!)

バロウは動けない状態だ。
今、ここにいるポケモンレンジャーは自分たちだけ。リーダーを頼るよりも前に、自分たちでできることをすべてやらなければならない。
このままでは間違いなく追い詰められる。
そうなる前に突破口を拓く……難しいことかもしれないが、やるしかないのだ。ここまで乗り込んだからには、選択の余地はない。
だが、どうする……?
逃げ続けるにしても、ここは敵地だ。
袋小路に誘導されている可能性は高い。
この状況を打破するためには、まず『逃げ続ける』ことから脱しなければならない。

(そのためには……)

利用できるものはなんでも利用する。
以前、バロウから言われた言葉が脳裏を過ぎる。

『おまえは真面目だから、何かを利用するということに罪悪感を抱くことがあるかもしれん。
だが、自分たちの力だけでミッションの遂行が困難だと思ったら、その時には周りを利用してもいい。それもまた、俺たちのやり方だ』

周りを巻き込むくらいの勢いでミッションを遂行しろ、と言われているのだと思ったが、今この状況のことを指しているのだと、アカツキは今さらのように理解した。

(周りのものって言っても……)

左右には船室があるが、中に飛び込むだけの余裕はない。
入った途端にヤミヤミ団員が手ぐすね引いてお待ちかね……ということはないと思うが、わざわざ追いついてくれるための時間を稼ぐ義理もない。
周囲を見やるが、利用できそうなものといえば……

「先輩、行き止まりっス!! まずいっス!!」

周囲を探っていて気にならなかったが、タイキの言葉に視線を前に戻すと、前方が行き止まりになっていた。
しかも、近くに船室はなく、窓もない行き止まり。
どれくらい走ったのかよく覚えていないが、恐らくはこのフロアを一周したか、それに近いくらいは走ったはずだ。
このまま進んでいけば、間違いなく袋小路に追い詰められたネズミ。

(何か利用できそうなもの……)

船室があれば、中に篭城するという手も考えられるのだが、それはない。
壁は金属板で補強されており、ムックとリンクのパワーで破るのは無理だ。破ったところでどこに通じるかも分からないのは博打も同然で、余裕のない今やるべきことではない。
ならば、どうすれば……?
行き止まりに追い詰められれば、もはやどうすることもできない。
かといって、ここから引き返そうにもヤミヤミ団が大挙して押し寄せてきているのでは、ムックの吹き飛ばしやリンクの電磁波で捌き切れるとも思えない。

(何か利用できそうなもの……!!)

考えろ。
考えなければ、答えは出ない。
壁や天井が利用できないのなら、床もまた同じように利用できない……

「まじーっ、引き返すにも引き返せねえ……!!」

タイキが横で歯噛みしているが、弱音にいちいち付き合ってはいられない。
弱音を吐くヒマがあれば、この現状を打破する手立てを考えるべきであって、それをいちいち口にするのももったいない。
アカツキは今ある意識をすべて『この現状を打破する手立ての捜索』に傾け——その結果、一つだけ見つけることができた。

「ムック、あそこに向かって全力で体当たりして!!」
「ムックゥ〜!!」

アカツキが行き止まりの手前の床の一点を指差しながら指示を出すと、ムックは疑うことなくそこに向かって飛翔した。

「先輩、どうしたっスか!?」
「タイキ、あそこをよく見てみれば分かるよ!!」
「あそこって……あ!!」

一体どうしてムックに指示を出したのかと疑問に思ったタイキだったが、アカツキの指差した先を見て、ハッとした。
直後、ムックがその場所に渾身の力を込めて体当たりを食らわし——
ぱきん、と甲高い音がして、その場所にあった床が抜けた。
そして、そこに子供がようやく通れるくらいの大きさの穴が空いた。
アカツキが見つけたのは、行き止まりの手前の床にはめられていた格子だった。
格子があるからには、その下は少なくとも空洞となっている空間があるはずだ。ならば、行き止まりで追い詰められる前に、そこに入ってしまえばいい。
幸い、大きさは大人が入れない程度のもので、自分たちなら多少なりとも時間をかければ十分に入れる。
ヤミヤミ団の団員たちがほぼ全員成人であることを考えると、逃げ道はここしかなかった。
鋼鉄でできていればどうしようもなかったが、幸い、ムックのパワーが材質の強度を上回ってくれたおかげで、逃げ道が確保できた。

「タイキ、リンクを連れて先に入って!! 時間はぼくたちが稼ぐから!!」
「了解っス!! リンク、入って待っててくれ」

行き止まりの手前で立ち止まり、アカツキはタイキに先に中に入るよう指示を出した。
後輩に時間稼ぎなどさせられないし、むしろ先に入るならリンクを連れたタイキの方がいい。
中が暗くても、リンクは『フラッシュ』を使える。
暗闇を明るく照らし出す手段を持ち合わせている彼らに先に入ってもらうのが最適なのだ。

「くぅ〜……」

小型犬よりやや大きい程度のリンクは、ムックが空けた穴にあっさりと飛び込んだ。
それから、タイキが穴に足を突っ込み、「よっこらしょ……」と言いながら身体を捻り、無理やり穴の中に身体をねじ込んだ。
その時、

「いたぞっ!! 追い詰めた!!」

ここは行き止まり。
それが分かっているからだろう、追いついてきた二十人以上のヤミヤミ団員たちの顔には、余裕の笑みが浮かんでいた。
すでにタイキとリンクの姿はなかったのだが、追い詰めたと高を括っている彼らの意識には、見落としという単語は存在していないようだった。

「ムック、吹き飛ばし!!」

包囲網を狭めようとにじり寄るヤミヤミ団を睨みつけ、アカツキはムックに指示を出した。
ムックは彼の頭上で激しく羽ばたくと、廊下に猛烈な風を巻き起こした。
窓も何もあったものではないのだから、風はひたすら前方に向かって吹き付ける。
人の力では抗いがたい強風に、ヤミヤミ団の足が止まる。

「よし……」

誰もムックが起こす強風に逆らえないし、逆らう術もない。
なぜか分からないが、ヤミヤミ団はドカリモやポケモンを持ち出してこなかった……この際、理由はどうでもいい。
ドカリモに操られたポケモンたちが徘徊して、自分たちを見つけ次第攻撃を仕掛けてくるようなことがあれば、今頃は間違いなくヤミヤミ団に捕まっていただろう。
そう考えれば、この幸運に感謝するしかない。
ムックが強風で相手の足を止めている間に、アカツキは床に空いた穴に飛び込んだのだが、脇が引っかかってしまった。

「うそーっ!!」

食生活には気を遣っているし、そもそもミッションで外回りが多いので運動量も半端なく、普通に生活しているだけで太る要素などなにもないのだが、なぜか脇が引っかかってしまった。
信じがたい現実を前に、アカツキは思わず悲鳴を上げたのだが、それがヤミヤミ団に『穴から逃げる』ことを知らしめてしまった。

「あそこから逃げるつもりだぞ!!」
「ムックゥ!?」

アカツキがすぐに穴に入れなかったのは予想外だったらしく、ヤミヤミ団の誰かの声とムックの驚愕の声が重なった。
予期せぬ出来事に思わず吹き飛ばしを中断してしまい、その隙を突いてヤミヤミ団が殺到してきた。

「や、やばい……!!」

このまま穴を通れなかったら、間違いなく捕まってしまうだろう。
そうなると、タイキ一人で船内の捜索をさせてしまう。彼は自分よりもキャリアが短いが、それなりに腕は立つ。
不安なのは、一人きりで捜索をさせてしまうことだったのだが……

「先輩、引っ張るっスよ!!」
「え、ちょっと待……いたたたたっ!!」

言葉が終わるが早いか、下からタイキに引っ張られ、アカツキは悲鳴を上げた。
脇が穴の縁に食い込んで痛い。
制服が破れるくらいならまだいいが、こんなことで怪我をするなどみっともなくて穴があったらどこでもいいから入りたい心地になる。

「痛い、痛いってばタイキ!! そこ引っ張らないで!!」
「ムックゥ!!」

ごんっ!!
痛くて喚くアカツキの頭に、ムックが落ちた。
——否、ムックが彼の頭に体当たりを食らわし、その勢いでアカツキが穴に落ちた。

「あいたたた……ムック、無茶しすぎだよぉ……」
「ムックゥ〜♪」

なんとか窮地は脱したか。
脳みそを激しく揺さぶられるような鈍い痛みが頭を駆け巡っているが、文句を言えた筋合いでないことはアカツキがよく理解していた。
頭上を仰げば、ヤミヤミ団が何人もこちらを見下ろしているではないか。
あと少し遅れれば、間違いなく捕縛されていた。
ムックが実力行使に打って出てくれたことに感謝するしかないだろう。
穴に落ちた時に打ち付けた尻は痛むが、それよりも頭がくらくらする。

「こんなトコに落ちれるだけのスペースがあるなんて……」
「感心してる場合じゃない!! 早く親方に報告を!!」
「そうだな、早く手を打たないと!!」

くらくらする頭に追い討ちをかけるように、頭上から大声が飛んできた。
アカツキは耳を押さえていたが、彼らの言葉はちゃんと聞き取れていた。

(なんとか……今はなんとか逃げ切れた……)

遠ざかっていく足音を聞きながら、アカツキはホッと胸を撫で下ろした。
子供しか入れないような場所があることに驚いたが、なんとか時間を稼ぐことができた。
しかし、このまま待っていれば、じきに頭上の穴を広げられ、大挙してヤミヤミ団が押し寄せてくるだろう。
時間は稼げても、それは一時的なものでしかなく、根本的な解決に近づいたとは言いがたい状況であることに変わりはない。
アカツキは痛む頭を抑えながらゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。

(だいたい二メートルってところかな……一個下のフロアって感じだけど、ここ、どこだろう?)

薄暗くて周囲がよく見渡せないが、天井の高さが約二メートルと、身長の高い大人なら屈む必要がありそうだ。
頭上の穴にはめ込まれていた格子は、空調のために設けられていたのかもしれないが、自分たちにとっては唯一の脱出路だった。
ともあれ、今はここから脱出しなければ。

「先輩、大丈夫っスか?」
「頭が痛いけど、なんとか大丈夫」

アカツキが頭を抑えているのを見て、タイキが不安げな顔で言葉をかけてきた。
チラリと彼の表情を見やり、アカツキは口元に笑みを浮かべて応じた。
上層の床からはみ出した格好の……杭という言葉が似合っていたとしか言いようのない自分を、ムックが真上からハンマーを振り下ろしたような勢いで叩き、へこませた。
第三者から見れば、そんな風に映っていたかもしれない光景を脳裏に思い浮かべ、アカツキは苦笑した。
できれば、もう少し加減してもらいたかったのだが、中途半端な勢いでは穴の下に突き落とすことはできなかっただろう。

(服とかは破れてないみたいだし……結果オーライってことで)

幸い、穴の縁に引っかかっていた制服は若干擦れた程度で、破れや綻びは見られなかった。
てっきり、上着くらいは軽く破れているのではないかと思っていただけに、これはうれしい誤算だった。

「とりあえずさ、ここがどこだかよく見てみよう。
……あと、何か使えそうなものがあるといいんだけど」
「そうっスね」

互いに頷き合い、アカツキとタイキは捜索を開始した。
もたもたしている時間はない。一秒後か、それとも十分後、一時間後……?
いつになるかは分からないが、時間をかければ、ヤミヤミ団が必ずここにやってくる。その前に手札を整えておきたい。

「さっきの下の階……ってことは、オレたちが入ってきたトコなんスかね?」
「どうだろ……? でも、なんか違う気がする。船倉はもっと天井が高かったから、さっきいた階と船倉の間じゃないかな」
「隠し部屋ってヤツっスかねぇ?」
「分かんないけど……何かあるといいな」

タイキの言葉に応じながら、周囲の様子を探る。
天井から差し込む明かりは微々たるもので、歩く分には苦労しないが、周囲を探るにはやや物足りない。
ただ、何か四角い形のシルエットが点々と並んでいることだけは確認できた。
船倉に似た印象は受けるが、床の材質が違う。
アカツキは自分の推測が正しいと思ったが、船倉と一段上のフロアの中間に位置するこの場所の意味合いまでは分からなかった。

「…………物置っスかね?」
「…………うーん」

パッと見た目は物置と言っても差し支えなさそうだった。
四角い形のシルエットには、黒い布がかぶせられている。
それがいくつも並び、床にはモップやお菓子の袋が無造作に転がっている……少なくとも船員が寝起きに使う場所ではないだろう。タイキが物置と言いたくなるのも分かるような、雑然とした場所。
だが、アカツキたちにはそのように感じられる場所も、ポケモンたちにとっては違っていた。
四角いシルエットの合間を縫うように歩いていると、

「くぅぅ……」
「ムックゥ……?」

リンクとムックが計ったように、同時に嘶いた。
アカツキとタイキは思わず足を止め、それぞれのパートナーを見やった。

「どうかした、ムック?」
「ムックゥ……ムックゥ〜」

声をかけると、ムックは斜め前にある四角いシルエットを翼で指し示した。
……恐らくは何かの箱だろう。目に付いたら困るのか、黒い布をかぶせられている。
よくよく見てみれば、周囲のそれは同じように黒い袋がかぶせられている。
黒という色に意味があるのかは分からないが、お揃いにしているのには何らかの意味があるのかもしれない。
ムックが指し示した場所まで歩いていき、目の前にある物体を見やる。
周囲のものと大して変わらないような気はするのだが、何かを感じたというパートナーの鋭い感性を疑う理由はなかった。

「箱……? 中に何か入ってるのかな? タイキ、見てみよう」
「え、いいんスか?」
「このままだとぼくたち、捕まっちゃうんだけどな」
「了解っス!!」

勝手に開けてしまっていいのかと戸惑うタイキに、アカツキは自分たちの現状を突きつけ——あっさりと従わせた。
このまま待っていれば確実に捕まる。
使えるものがあるなら、なんだって利用するくらいでなければ、ヤミヤミ団を出し抜くことはできない。
そう思っているアカツキの目の前で、タイキが黒い布を取り払い——

「あ……これって……」
「ポケモンっスよ!!」

そこにあったものを見て、アカツキとタイキは声を上げた。
黒い布がかぶせられていたもの……それは、鉄製の檻だった。
人の手首ほどはあろうかという太い鉄枠に囲まれた、立方体の檻だ。
そして、その中にポケモンが横たわっていた。

「ゴーリキー……? なんでこんなところにポケモンが……」

何らかの方法で眠らされていると思しきポケモン。
檻に閉じ込められている。
普通のポケモンなら檻に閉じ込める必要などないし、人目につかないような場所に閉じ込められているとなると、まるで密輸……
そこまで考えたところで、アカツキはハッとした。

(もしかして、ボイルランドから行方不明になったポケモンなんじゃ……!!)

直後、どこからかけたたましい物音が聴こえてきた。
扉を強く叩くような物音が連続して鳴り響く。

「な、なんスか!?」
「ヤミヤミ団が来たんだよ!!」

どこからともなく鳴り響く荒っぽい物音に、アカツキはヤミヤミ団がこの場所に到達しつつあることを肌で感じていた。
これで何の異常もありませんでした……では笑うしかないが、敵地にいる以上、そんな楽観的な考えは抱けそうにない。

(このままだと捕まる、どうにかしないと……!!)

見てきた限り、逃げ場はない。
先ほど通ってきた穴など真っ先にマークされているし、下手をすると物音が響いている方と併せて挟み撃ちにされるだろう。
そうなれば、万事休すだ。
時間がない。
考えなければどうにもならないが、考えがうまくまとまらない。
そんなアカツキの焦りを募らせるように、檻の中で眠っていたゴーリキーが目を覚ました。
そして、檻につかみかかり、激しい調子で嘶く。

「ゴーっ、ゴーっ!!」

——ここから出せ、人間!!

そう言っているようにも思えて、アカツキはあまりの迫力に思わず後ずさりしてしまった。
どうにかしなければならないが……このゴーリキーは、自分たちのことを敵と考えているらしい。
当たり前と言えば当たり前だろう。
気づけば檻の中にいて、目の前に人間が立っているのだ。人間が自分を檻に閉じ込めたと考えても不思議はない。
もしもこのゴーリキーがボイルランドからいなくなってしまったポケモンであるなら、アカツキたちはむしろ助けにきた側だ。
それをどうにかして理解してもらわないことには、先に進めないような気がする。

「せ、先輩……」

このままだと間違いなく捕まる。
いよいよ現実味を帯びた窮地に、タイキが今にも泣き出しそうな顔でアカツキを見やった。
普段は明るくて、どちらかといえば強気なのに、こんな時にはそんな顔も見せるのか……意地悪にもアカツキはそんなことを思ったりしたが、今は彼の不安を払拭している場合ではない。
気がつけば、周囲から別のポケモンの声が幾重にも重なって響いている。
黒い布がかけられた他のものも、中にポケモンが閉じ込められているのだろう。
ボイルランドから貨物船に積み込まれたポケモンたちと見ても、問題はなさそうだった。
……いや、そうでなくても。

(ポケモンたちを檻の中に入れるなんて……それだけで許せない)

ポケモンは愛玩動物でも、動物園で飼育されているような動物でもないのだ。
アカツキにとって、ポケモンは自分たちと共に生きているパートナー。かけがえのない存在だ。
だから……絶対に助ける。
そのためにも、まずはゴーリキーから落ち着かせなければならない。
檻を強く叩き、こちらを嘶きで威嚇しているゴーリキーの前に立ち、アカツキは毅然とした表情を向けた。
中からどれだけ攻撃されても、檻はびくともしない。格子にヒビが一つも入っていない。
ゴーリキーほどのパワーの持ち主でも無理となると、少なくとも内側からの破壊は無理だろう。

「ゴーリキー、聞いてくれ。ぼくたちはキミたちの敵じゃない。
……助けにきたんだ」

アカツキはゴーリキーの目をまっすぐに見やり、堂々とした物腰で話しかけた。
キャプチャで力を借りるのは骨が折れるだろうし、そんなことをしている暇はない。
だったら、言葉を尽くして理解を求めるしかない。
それこそ回り道だ……タイキはそう思っていたが、アカツキにとってはそれが一番の近道だと考えていた。






「……追い詰める場所を間違えましたね」
「うっ……」

女の言葉に、金髪の男は思わず呻き声を漏らした。
モニターには、ゴーリキーと向き合っているポケモンレンジャーの少年が映っている。
もう一人は忙しなく周囲を見やり、焦りを体現したような格好だったが、それは彼らにとってどうでもいいものだった。
問題は、モニターに映っている場所。

「曲がり角を一つ間違えましたね。
……これで、ここまで乗り込まれるのはほぼ確実です。覚悟はしておいてください」
「…………ドカリモを使えば……いや、モバリモでも……」
「船内で使用できるはずがないのは、分かっているのでは?」
「うっ……」

金髪の男の落ち着きのなさに一瞥をくれながら、女は淡々と言った。
ポケモンレンジャーが、ボイルランドから連れ去ったポケモンと接触した……それだけで、彼らの状況が好転するであろうことは疑うべくもない。
部下たちが彼らを追い詰めた場所を間違えたのが原因だが、今さらそれを責めたところで意味がない。
ポケモンと心を通わせ合う手段を持つポケモンレンジャーがその気になったなら、間違いなく部下たちは押し返されるし、負けるに決まっている。
そうなれば、指令塔であるこの操舵室に乗り込まれるのは必至。
それに……

(くそっ、船内でドカリモもモバリモも使えんとは……!!)

男は椅子の肘掛けに握りこぶしを叩きつけた。
船内には無数の電子機器があるため、音波と共に電波も発信しているドカリモを使うことはできない。
仮にそれらの対策を施していたとしても、ドカリモによって理性を取り去られたポケモンたちがポケモンレンジャーに襲いかかった時に、周囲の設備にとばっちりという形でも危害を加えない保障はない。
それで船が沈没するようなことがあっては、ボイルランドからポケモンを連れ去った意味がなくなってしまう。
……そんな、ヤミヤミ団にとっては微妙に頭の痛い理由があるために、船内でドカリモを使用することはできない。
ゆえに、人海戦術で、数の暴力を以ってして『ネズミ』を捕らえようとしたのだが、まずい展開になってきた。

(だから、この場所まで乗り込まれることを覚悟しろと……くそっ!!)

男は歯噛みした。
まずい展開になっていることは嫌でも承知しているが、すぐ傍に座っている女は指揮官としての立場からか、焦りをまったく表情に出していない。
ここまで来ると、まったく焦っていないとしか思えなかったのだが。

「ここに乗り込まれたところで、切り札はこちらにあります」
「切り札……というと、まさか……」
「アレを使わずに済むならそれに越したことはないんでしょうけど……背に腹は代えられないということだけは、肝に銘じておいてください」
「わ、分かりました……」
「では、わたしはアレを動かすのに必要なものを準備してきますので、しっかりと指揮を執るよう、お願いしますよ」
「……承知しました」

切り札。
それは最後の最後まで、相手に見せてはならないもの。
使わないに越したことはないが、使う時のことも考えておかなければならない。
それが頭にあるから、彼女は慌てなかったのか……?
そんなことを考えていると、女は席を立った。

(一体、どこまで考えている……?)

白衣の裾をなびかせながら歩く女の胸のうちを読むには、あまりに情報が足りなさすぎる……男は歯噛みするしかなかった。






To Be Continued...

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想