Mission #098 失踪

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「ボイルランドでポケモンが失踪している……本当ですか?」
「ああ、現地の駐在員からの連絡だと、そういうことになっているそうだ」

バロウの言葉に、クラムは訝しげな面持ちで問い返した。
現地からの情報では、ここ数日、ボイルランドに棲息するポケモンの姿が見当たらなくなっているらしい。
具体的に言えば『見かける数が減少している』『人と住んでいるポケモンが外に出かけたっきり帰ってこない』の二点であるが、なんとも奇妙な事態だ。
一体、二体の話ならまだ偶然で片付けられるが、その数が数十にまで膨れ上がっているとなれば、無視することはできない。
何かあると考えるのが自然だろう。

「何かあるにしても、大勢で押しかけるわけにもいかないだろう。
一応、俺が様子を見てくる。何かあったら応援は要請するから、心配は要らん」
「あまり無理はしないでくださいよ。リーダーはビエンのレンジャーベースの総括責任者なんですからね」
「分かっている」

バロウは厳つい顔に、笑みを浮かべた。
単純に、ポケモンが自然に起こしている行動であれば問題ないのだが、もしそうでなかったとしたら……?
個人で引き起こせるような事態ではない。
念のため、バロウが先に現地に入り、様子を見ることになった。
これはバロウ自身が決めたことであり、レンジャーユニオン本部からの要請でもあった。
本部の要請を受けたとなれば、断るなど論外だ。
とはいえ、探りを入れる程度の目的である以上、大勢で押しかけるわけにはいかない。
単独で行動して問題ないポケモンレンジャーは、このレンジャーベースではバロウ、クラム、ラクアの三人だけだ。
アカツキたちはまだ経験が浅いし、単独で行動させるにはまだ不安が残る。
その点、バロウなら経験も豊富だし、レンジャーとしての実力も一級品だ。

(トップレンジャーの試験を蹴り続けてまでエリアリーダーであろうとする人だ、問題ないだろう)

クラムはバロウに絶対的な信頼を寄せていた。
ポケモンレンジャーとしての実力で言うならば、バロウはトップレンジャーと同等の実力の持ち主だ。
ただ、周囲(特にユニオン本部)からトップレンジャーの試験を受けたらどうだと薦められても、今まで一度も試験を受けてさえいない。
トップレンジャーの試験の受験資格のハードル自体がかなり高いため、受験資格がつくイコール、トップレンジャーと認められることと同義なのが一般的な認識である。
トップレンジャーに相応しい経験と技量を兼ね備えているのだから、周囲は放っておかないだろう。
しかし、バロウはどういうわけか試験を受けることなく、エリアリーダーの地位に甘んじている。
誰かにそうしろと言われたわけではなく、むしろ自分でエリアリーダーであり続けると決めているようだった。
トップレンジャーはユニオン本部の所属であり、アルミア地方だけでなく、フィオレやカントー、ジョウトといった本島にもミッションで出向かなければならない。
バロウは恐らく、生まれ育ったアルミア地方に並々ならぬ愛着を感じているからこそ、エリアリーダーとして、アルミア地方の平和と自然を第一に守ることを考え、トップレンジャーの試験を蹴り続けてきたのだろう。
多少の無茶はするだろうが、引き際はちゃんと弁えている。クラムが心配する必要はまったくなかった。

「そういうわけだから、行ってくる。ラクアたちには明日の朝にでもそれとなく話しておいてくれ」
「分かりました。お気をつけて」

クラムの言葉に頷き、バロウはパートナーポケモンであるアンクルを連れて、レンジャーベースを発った。

——新人が配属されてから二ヶ月が経ったある日の晩の一幕だった。






その翌日、ビエンのレンジャーベースのロビーに、素っ頓狂な声が響き渡った。
声の主はヒトミだった。

「えーっ、クラムさんがリーダーの代理なんですか〜!?」
「まあ……そういうことになったんでよろしくね」

あからさまに『信じられない!!』と顔に出しているヒトミに苦笑を向けながら、クラムは深く頷いた。
それから、リーダーの代理を務めることになった経緯を淡々と話し始めた。

「リーダーは昨晩、ユニオン本部からの要請を受けてボイルランドに向かったんだ。
なんでも、ボイルランドでポケモンがいなくなるっていう事象が発生してるらしくって、先に調査するようにって指示があったんだよ」

ボイルランドでポケモンがいなくなる事象が発生し、その数が数十体にまで膨れ上がったことで、ユニオン本部としても動かないわけにはいかなくなった。
そこで、単独で調査に出向いても問題ない力量を持つバロウに白羽の矢が立ったのだ。

「……そうなんですか。ぼくたち、何も知りませんでしたよ」
「そうっスよ〜。なにもオレたちに黙って行かなくても……」

アカツキとタイキが揃って不満げな表情で言うと、クラムは深く頷いた。

「まあ、二人の気持ちは分かるんだけど……まだ調査って段階だから、大掛かりに動くわけにはいかなかったんだ。
リーダーが自分から行くって言い出したし、何かあったら連絡は寄越すって話だったからね。
それに、みんな昨日はくたくたに疲れてただろうから、休ませてあげたいっていうリーダーの配慮なんだ。そこのところは分かってほしい」

いつもは寒いギャグで周囲の温度を下げる口から真面目な言葉が飛び出した。
リーダーの配慮を理解してほしいと言われてしまえば、アカツキもタイキも言い返すことはできなかった。
確かに、昨日はビエンの森でポケモンの縄張り争いが激しく繰り広げられていたため、ビエンのレンジャーベースが総出で解決に向かったのだ。
森をあちこち駆けずり回り、各人が十体以上のポケモンをキャプチャし、さらには迷子のポケモンを住処に帰したりと、午前中に出動したにもかかわらず、戻ってきたのは夜の帳が降りた頃という有様だった。
くたくたに疲れきって戻ってきたレンジャーたちに追い討ちをかけるようなことは、さすがのバロウも言い出せなかったのだろう。

「……で、連絡はあったの?」
「いや、今のところは何も。リーダーはボイルランドで調査をしているようだよ」

今まで黙っていたラクアが、クラムに訊いた。
バロウなら一人で現場に出向いても大丈夫だと思ったが、一夜経ってどうなったのか。
調査は彼に任せるにしても、自分たちが何も知らないままでいいはずがない。
彼女の言わんとしていることを理解して、クラムは答えた。

「GPSでスタイラーの現在位置を確認しているから、間違いはないよ。
そこのところはユニオン本部も把握しているし、レイコさんが逐一様子を見てくれてるから」
「そう……だったらいいんだけど」

スタイラーは、電源が入っている時は常に位置情報を発信しており、先ほどレイコが確認したところ、バロウはボイルランドの北西部にいることが分かった。
電源が入るのは指紋認証で本来の持ち主であるポケモンレンジャーが手にしている時に限定されるため、彼が無事に調査を続けていることを意味している。

(リーダーが現場に出るなんて珍しいな……でも、ポケモンたちがいなくなるなんて、どう考えても普通じゃない。
……ホントはぼくたちも現場に行くべきなんだろうけど)

アカツキはクラムとラクアのやり取りを耳に挟みながら、そんなことを考えていた。
ボイルランドは火山島で、空を飛べるか海を泳げるポケモンでない限りは、外に出て行くことはできない。
いわば『密室』と言える島でポケモンがいなくなる……どう考えても普通ではありえないことだ。
調査段階とはいえ、自分たちも本当は現場に行くべきではないか?
最近はなぜかおとなしいが、ヤミヤミ団が関わっていないとも言い切れないのだ。
レンジャーユニオン本部の対応は、良く言えば慎重で、悪く言えば腰が重いのだろう。
一月前に、ボイルランドで開催されたイベントは滞りなく終了した。
その一週間前にポケモンハンターが古代ポケモンを奪いにやってきたが、なんとか撃退した。
それからは特に、ポケモンハンターやヤミヤミ団が絡む事件は発生していない。
平和なのは良いことなのだが、ここまで何も発生しないと、なんとなく不気味に感じられる。

「とりあえず、みんなにはいつもどおり、パトロールを続けてもらいたい。
何かあったらリーダーから連絡が入る手筈になっているし、その時はすぐにみんなに連絡して、現地に飛んでもらうことになるから。
それまでは毎日の業務を優先してやってもらうことになる。リーダーともそういう風に話し合っているから、頼んだよ」

結局のところ、クラムの言葉に従うしかなかった。
バロウからリーダー代理として任命されたのは彼であり、彼の言うことに間違いはなかったからだ。






「クラムさん、すっげぇ真面目でしたよね。普段からそんな感じだったら、ラクアさんに逆襲されることもないのに……」
「ぼくもそう思うけど、しょうがないんじゃないかな。
今はリーダーがいないから、クラムさんが責任者になったわけだし……真剣になるのは当然だと思うよ」
「そうっスよねぇ……」

レンジャースクール方面にパトロールに向かう途中、タイキが深々とため息などつきながら言った。
一緒にパトロールを行っているアカツキが相槌を打つ。
タイキからしてみれば、クラムが大真面目に振舞っているのが素直に信じられない出来事だったらしい。
アカツキの言うとおり、リーダー代理として責任者となった以上、クラムが真剣になるのは当然のこと……それは分かっているのだが、普段とのギャップがあまりに激しいため、彼が素直に信じられないと思う気持ちは理解できた。
なにしろ、クラムは寒いダジャレを口にしてはラクアかミーナの鉄拳制裁を受けているのが日常茶飯事なのだ。
ポケモンレンジャーとしての実力はバロウに次ぐものだと分かってはいても、人となりからして真面目という印象はあまりない。
しかし、クラムの言葉は正しい。

「それに、リーダーは現地に行っちゃったけど、ぼくたちがやらなきゃいけないことは変わらないと思う。
……タイキとミソラは、そろそろ一日体験学習のこと考えていかなきゃいけないんじゃないの?」
「う……それは、まあ……そうっスね……」

バロウは本部からの要請を受けて現地に向かっただけであって、自分たちがやらなければならないことに変わりはない。
正論を突きつけられ、タイキは言葉を返すことができなかった。
こちらは真面目なアカツキの言葉であり、クラムのものとは重みが比較になっていなかったからだ。
それに、タイキとミソラが配属になってから二ヶ月が経つ。
十日後にはレンジャースクールの生徒を招いて一日体験学習を行うのだが、タイキとミソラの二人にプランニングが任されている。
前回の例もあって、バロウは新人に一日体験学習のプランニングを任せることにしたのだが、どのような形で進んでいるのかは、任された二人しか知らない。
アカツキも何気に気にはしているが、あれこれ口出しするつもりはないため、頼ってきた時だけ口を出そうと考えている。

(タイキ、結構苦戦してるみたいだな……)

タイキの様子を見る限り、ミソラと相談しながら進めているとはいえ、芳しくはなさそうだ。
バロウはプランを二人に任せるとは言っているが、二人だけで完成させろとまでは言わなかった。必要なら先輩にアドバイスを仰いでもいいということだ。
その時は一緒にプランを作ってみたいが、まずは新人の二人に任せること。
バロウも、自分で考えて物事に取り組む姿勢を身につけさせたいと思っているのだろう。

「一日体験学習で何をするかって考えるの、結構楽しいよ。
ぼくとヒトミは楽しみながら考えてたし……三ヶ月前までは、タイキだってスクールの生徒だっただろ?
その時に体験したことを思い返して、やってみたいなって思うことがあったら、それをやったらいいんじゃないかな」
「うーん、そうっスねぇ……」

一日体験学習は、スクールの生徒を招いて行うものだ。
実践形式でポケモンレンジャーの仕事を一日だけ体験するという意味合いで始まったものではあるが、実際は半分、遊びが入っている。
ビエンのレンジャーベースでは、弁当の入った包みをソヨギの丘に運ばせるドッキリを敢行しているし、他のレンジャーベースでも似たようなことをしているのだ。
いきなりポケモンレンジャーの厳しさを体験させるのではなく、まずは仕事を『楽しむ』ことを覚えてもらう……それが一日体験学習のもう一つの目的でもある。
だから、アカツキの言うように、スクールの生徒が楽しいと思うような仕掛けを考えるべきなのだ。
三ヶ月前まで、タイキはスクールの生徒だった。一日体験学習を受ける側だったのだから、スクールの生徒の気持ちは良く分かるはずだ。
ツボに入るアドバイスを受けて、タイキは笑みを浮かべた。何かしらのアイディアが浮かんだらしい。

「アカツキ先輩、ありがとうございます。やっぱ先輩は頼りになるっス♪」
「調子いいんだから……おだてたって何も出ないよ?」
「いやあ、ホントのことなんだからしょうがないじゃないっスか」

タイキは満面の笑みを浮かべ、アカツキを褒めちぎった。
頼りになると言われればまんざらでもないが、ちょっとしたことでおだてられるのも困る。
お調子者であることは前々から分かっていたし、むしろその明るい性格は自分にはないものだから、少し羨ましいとも思っていたのだが……二ヶ月も一緒に仕事をしてきたともなると、互いに慣れてきて遠慮しなくなったこともあって、先輩後輩よりもむしろ友達的な意味合いが強くなってきたのは否めない。
もっとも、それはアカツキが望んでいたことでもあるので、下手に遠慮されるよりは小気味がいい。
延々と褒めちぎられるのも照れるので、アカツキは話を切り替えることにした。

「リーダーがボイルランドで調査してるって話だけど、ポケモンがいなくなるなんて普通じゃないよね」
「そうっスねぇ……」

自分でも露骨な変え方だとは思っているが、タイキにとってはそうでもなかったらしく、普通に反応してくれた。
腕を組み、眉間にシワなど寄せながら、なにやら考え込んでいるようだ。

「どんなポケモンがいなくなってるのかも分からないし、いなくなったポケモンがどこに行ったのかだって、クラムさんは言ってなかった」
「うーん……」
「それに、リーダーに話が来たのが昨日の晩だって言ってたし、急に何十体もポケモンがいなくなること自体、普通じゃありえないことだよ。
……ヤミヤミ団が関わってたりして」
「可能性はあるかも……っス」

腑に落ちないところが多すぎるのだ。
アカツキもいつの間にか、タイキと同じように眉間にシワなど寄せながら、時折「あー」とか「うー」とか唸りながら考えをめぐらせていた。

「…………」
「…………?」

二人のパートナーポケモン……ムックとリンクはそれぞれのパートナーレンジャーが考え込んでいるのを見て、互いに顔を見合わせた。
一体何を考えているんだと言いたげだったが、思考にヒビを入れるようなちょっかいは出さなかった。

(ヤミヤミ団が関わってたら……でも、いなくなったポケモンってどこに行ったんだろう?)

ヤミヤミ団が関わっている可能性はある。
ここのところは不気味なほどおとなしくしているが、水面下で良からぬことを企んでいるのは間違いない。
アカツキがそう思う根拠は、ポケモンレンジャーになってから今までに二度相対したヤミヤミ団の女の存在だった。
姿を現す時は徹底的な打算と計算を尽くし、自分たちに有利に働くように状況を作り上げる。
さらに、万が一自分たちが不利な状況に転落しても逃げられるよう、手を打っておく。
その女がすさまじく性悪なヤミヤミ団関係者であることは間違いないし、彼女を擁する組織が、ただの気まぐれでおとなしくしているとは到底考えられなかった。

(……あの人、なにを考えてるんだろう……?)

金髪に整った顔立ちをした女。
穏やかな物腰は、着ている白衣も相まって女医という印象を与えるが、その性格は患者へ与える慈愛とは程遠く、冷徹にして狡猾だ。
トップレンジャーが助けに入ってくれなければ、間違いなくポケモンレンジャーを辞めていた……あの日の出来事を思い返し、アカツキは背筋を震わせた。
もう二度と迷わないと誓ってはいても、同じ状況に出くわすようなことがあったら、迷わずに自分の信念を貫けるか、今でも自信はない。

「…………」
「……アカツキ先輩、怖い顔してるっスよ」
「えっ……?」

知らず知らずに強張った表情をしていたらしく、タイキがどこか躊躇いがちに言葉をかけてきた。
頭に浮かんだ考えがパッと霧散して、アカツキは我に返った。
考え込んでいた自分がどんな表情をしていたかなど分からなかったが、タイキが言うからには『怖い顔』だったのだろう。

「……どうしたんスか?」
「ちょっと、ヤミヤミ団の女の人のこと、考えてたんだよ」

アカツキが『怖い顔』をすることなど滅多にないためか、タイキは彼の様子をとても気にしていた。
仲間としての気遣いを無下にするわけにもいかず、アカツキは正直に言うことにしたのだが、『女の人』という単語に、タイキの目がギラリと輝いた。

「女……アカツキ先輩にも好きな女の人、いるんスか?」

何か期待しているような眼差しで顔を覗き込まれて、アカツキは頭を振った。
何を期待しているのか良く分からないが、ヤミヤミ団の女とはそんな関係になりそうにない。
いや、それどころか……

「違うよ。そんなんじゃない。
……むしろ、嫌いだ。二度と会いたくない」
「…………」

アカツキが嫌悪感を隠そうともせずに言うと、タイキは黙り込んだ。
彼が感情的になること自体、珍しいことなのだ。少なくともタイキはそう思っている。
だから、いくら相手がポケモンレンジャーの『敵』であるヤミヤミ団とはいえ、ハッキリと『二度と会いたくないほど嫌いだ』と口にしたことが、タイキには意外だった。

(アカツキ先輩がハッキリ嫌いって言う人がいるんだ……でも、ホントに嫌いみたいだな。
嫌な思い、してきたんだろうなあ……)

一体どんなことがあったのだろう。
気にはなったが、二度と会いたくないほど嫌いというのだから、相当に辛い出来事だったに違いない。
蒸し返すわけにもいかず、それ以上は何も言えなかった。

「あ……すんません、嫌なこと思い出させちまったみたいで……」
「気にしなくていいよ。
あれは……ぼくが弱かったせいだから。タイキが悪いわけじゃない」

タイキは謝ってくれたが、アカツキからしてみれば、彼が謝る必要などまったくない。
確かに嫌なことを思い出してしまったが、結果論から言えば、あの女に出くわした二度とも、嫌な想いをしたのは自分の弱さが原因なのだ。

(すげー気まずいな……どうしよう)

アカツキはあくまでも『気にしなくていい』と言ってくれているが、気にしないわけにはいかないだろう。
かといって、露骨に話題転換などするのはわざとらしすぎる。
どうしたものかと考えあぐねていると、アカツキの方から声をかけてきた。

「気を遣ってくれてありがとう。
……嫌な想いはしたけどさ、同じ失敗はしないように強くなろうって、そう思ってるんだ。
だから、気にしないで」
「先輩……」

自分のことよりも他人への気遣いを忘れない。
真面目で穏やかなアカツキらしい気遣いに、タイキは彼の中にある強さを見たような気がした。
同時に、自分のことをもっと大事にしてほしいというもどかしさもあったが、それを言ったところで詮無いことだろう。
温厚でも、何気に頑固なのだ。

(そうさ。
……ぼくが強くなればいいんだ。あんな想いをしなくて済むように。
ヒトミやみんなを傷つけたりしなくて済むように)

今の自分では、あの女を出し抜くことさえできないだろう。
それは痛いほどに理解しているし、だからこそ、強くならなければならないと思っている。
具体的にどのように強くなればいいのかは分からないが、できることを一つ一つ積み重ねていけば、やがて道は拓けるはずだ。
強くなることに近道などないし、後悔するような決断をしないように、自分でしっかり考えることと、とあるトップレンジャーからも叱咤激励を受けた。

(今のぼくにできることなんて、そんなに多くはないけど……でも、やらなきゃいけないことをやっていけばいいんだ)

強くなることに意味なんか見出してはいない。
意味があるのかさえ、正直なところよく分からない。
それでも、大切な人やポケモンが傷つかずに済むなら、強くならなければ。
拳をぐっと握りしめながら固く誓っていると、不意に手先に振動が走った。

「……!?」
「あ、ボイスメールが入ってますよ」
「ホントだ……」

タイキに言われて、手にしていたスタイラーに目をやると、液晶にラクアからのボイスメールを知らせる表示が出ていた。

「ラクアさんから……? どうしたんだろう?」

不思議に思いながらも、すぐに対応する。

「はい、アカツキです」
『今、どこ?』
「本島とスクールの半島をつなぐ橋の近くです」

いきなり居場所を訊ねられて驚いたが、アカツキは言葉を返した。
ビエンタウンを出て三十分と経っていないので、まだスクールのある半島にまでは到達していない。
しかし、いきなり居場所を訊ねてくるとは……ラクアの声は思いのほか大きく、どこか切羽詰ったような緊張感が混じった声音に、アカツキとタイキは怪訝な面持ちを浮かべた。

「何かあったんですか?」
『……リーダーの居場所が分からなくなったのよ』
『ええっ!?』

これにはさすがに二人して素っ頓狂な声を上げた。
ポケモンレンジャーはスタイラーを手にしている時、スタイラーのGPS機能によって居場所をユニオン本部やレンジャーベースに報せることができる。
しかし、居場所が分からなくなったということは……

「リーダーがスタイラーを手放したか、あるいはそんな状態にならざるを得なくなったか……ってことっスか?」
「……考えたくはないけど」

アカツキとタイキは顔を見合わせた。
もしかしたら、バロウの身に何かあったのかもしれない……漠然とした不安が、じわりと背筋を這い上がっていくのを感じずにはいられなかった。






To Be Continued...

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