Mission #092 洋上パトロールへ

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「エアル、ムック、ご飯だよ〜」
「すばーっ」
「ムックゥ〜♪」

ミソラの呼びかけに、晴れ渡る空を悠々自適に飛び回っていたスバメとムックルが彼女の両肩にそっと舞い降りた。
人間であれポケモンであれ、食事は生きていく上で不可欠な要素であり、日常のささやかな楽しみなのだ。

「二人とも元気ね……お腹空いたでしょ」
「ムックゥ〜」
「すばーっ……」

レンジャーベース入り口の自動ドアをくぐりながらミソラが問いかけると、二体の鳥ポケモンは揃って頷き返してきた。
ムックルはアカツキのパートナーポケモンであるムック、エアルと呼ばれたスバメはミソラのパートナーポケモンだが、二体は鳥ポケモンという共通点があることと、性格的に馬が合うこともあって、仲が良い。
暇があれば二体揃って空を飛び回って戯れている。
そのため、ムックはエアルのパートナーレンジャーであるミソラにも良く懐いており、肩に停まるのは愛情表現だった。
ロビーに入ってきたミソラたちに気づき、カウンターの奥でパソコンと睨めっこしていたレイコが顔を上げた。

「あら、またエアルとムックが二人で空飛んでたの?」
「好きですよね。
でも、ホントに楽しそうだから、見てるわたしまでなんだかうれしくなっちゃうんです」

どこか呆れたような表情で言うレイコに、ミソラはにっこり微笑みかけた。
レンジャーベースに配属となった頃は控え目でおとなしい性格だったが、少しずつレンジャーベースの皆と打ち解け合い、一ヶ月が経った現在はそれなりに活発な性格に変わりつつある。

「それじゃあレイコさん、エアルとムックにご飯食べさせなきゃいけないので、これで失礼します」
「引き止めて悪かったわね」
「いえ」

ミソラはレイコに小さく一礼すると、エレベーターに乗り込んで地下へ向かった。
地下一階の共用スペースまではほんの数秒だったが、その間にもエアルがムックと親しげに会話を交わしているのを見て、心が暖かくなった。

(ホント、仲がいいわね。
エアルをパートナーに選んで正解だって思うの、何度目になるかしら……)

エアルと出会ったのは、ミソラがレンジャーベースに配属された日のことだった。
女性陣(ラクア、ヒトミ)と共に初めてパトロールを行っている途中で、翼を怪我したスバメを見つけ、すぐさま保護してプエルタウンのポケモンセンターに搬送、ジョーイに事後を依頼したのだが、スバメは助けてくれたことに強い恩義を感じていたらしく、数日後にはミソラに会いにきた。
ミソラはその時、助けてくれてありがとうとお礼を言いにきただけかと思ったのだが、スバメは夜になっても帰ろうとせず、何度も住処に帰るよう促したが、結局は一夜をレンジャーベースで明かすことになった。
しかし、翌日になってもスバメは帰ろうとせず、ミソラとピッタリ寄り添うように居座っていることから、もしかしたら一緒にいたいと思っているのではないかと思って確認したところ、その通りだった。
ただ、ポケモンレンジャーの仕事は、時に多大な危険を伴う。
パートナーになるということは、その危険を背負うということだ。
その危険に巻き込んでしまってもいいのかとミソラは迷ったが、スバメの強い意思が込められた眼差しに根負けし、パートナーとして迎え入れることとなり、エアルと名づけて今に至る。
エアルはとても利発で人見知りしない性格で、アカツキのムックにも物怖じすることなく話しかけ、すぐに仲良くなった。
ある意味、ミソラが一ヶ月の間に明るくなれたのも、エアルがぐいぐい引っ張ってくれたおかげとも言える。
だから、ミソラとしてもエアルに感謝しきりだったし、パートナーになってくれて本当に良かったと素直に思えるのだ。
エレベーターが地下一階に到着して扉が開き、ミソラは歩き出した。
廊下に出るが早いか、ムックとエアルは競い合うかのように彼女の肩から飛び立ち、共用のスペースへと向かった。
ミソラは二体が飛び立った後で気づいたのだが、前方から芳しい料理の匂いが漂っている。
食欲の虫に負けて、自分から飛び出したのだ。空を飛び回っていれば腹が減るのは当然だし、ムックもエアルも進化を控えたいわば『子供』であり、食欲旺盛な年頃だ。

(ホント、やんちゃなんだから……)

横並びで飛行する二体を見て、ミソラは表情を綻ばせた。
ムックは男の子で、エアルは女の子。エアルはムックのことを好いているようで、何かと一緒にいたがる。
アカツキと一緒にパトロールする時はいいが、いつも一緒に仕事ができるわけではなく、そんな時はエアルを説得するのに苦労する有様だった。
まあ、それはそれで微笑ましい光景だし、仲良しなのはそれだけで良いことだ。
廊下を歩いていると、背後から声をかけられた。

「ミソラ、戻ってたんだ」
「アカツキさん、タイキ……キャプチャの練習をしてたんですか?」
「うん」

振り向くと、アカツキとタイキが立っていた。
二人してトレーニングルームでキャプチャの練習をしていたらしいが、休みもせずに練習していたのだろう、二人とも額に大粒の汗を欠いていた。
ミッション中ではないのだから無理などしなくていいのではないか……ミソラはそう思うのだが、アカツキとタイキは仲の良い先輩後輩としてだけでなく、ポケモンレンジャーとしてライバルだと互いに認識している。
先輩後輩の関係を抜きにして、切磋琢磨して互いにより高みを目指したいと思っているのだ。
それに……

(男の子同士の友情って、なんか憧れるな……)

ミソラには、アカツキとタイキの仲の良さがまぶしく映っていた。
先輩後輩の間柄も、この一ヶ月で少しずつ薄くなり、戦友……いや、親友に近づきつつあるのが一目で分かるのだ。

(わたしとラクアさんやヒトミさんはそんなんじゃないし……)

それなら自分たちにも当てはまるのではないかと考えたこともあるが、すぐに『否』と理解できた。
ラクアとヒトミはとにかく活発で男勝り。
レンジャーベースを引っ張っているような感さえあって、性格的に二人ほど積極的になれないと分かっているミソラには、アカツキとタイキのような関係性を有することなどできるはずもなかった。
だから、彼らの友情には憧れている……それが素直な気持ちだったし、うらやむ気持ちはあっても妬ましくはなかった。

「アカツキさん、ムックはエアルと一緒にご飯食べに行ってます」
「そっか……ありがと、ミソラ。助かるよ」
「いえ、エアルも楽しんでますから、お互いさまです」

アカツキの言葉に、ミソラは微笑んだ。

「…………」

心なしか彼女の顔に朱が差しているように見えて、タイキはむすっ、と頬を膨らませた。
アカツキにその気がなくとも、ミソラは彼のことを好いている。
明確な形としてそれが表に出ることはないが、彼に好意を抱いていることは傍目からも明らかだった。
それに、パートナーポケモンであるムックとエアルも仲が良い。
パートナーポケモンのことで話を弾ませているアカツキとミソラを見ることが何度かあったが、その度に嫉妬に似た気持ちを憶え、自分が他人に嫉妬することがあるのかと愕然としたりもして……なんとも言えない気持ちを持て余してきた。

(先輩のせいじゃないってのは分かるけど……でも、なんか気に食わねえ)

アカツキがミソラを異性として認識していないのは分かる。
だが、それでもなぜか煮え切らない気持ちがある。
なぜか気に食わない。
その理由が分からなくて、なんだかもどかしい。
人知れずそんな気持ちになっていると、ミソラが口を開いた。

「先輩もタイキも、お昼ご飯にしましょう。
クラムさんが腕によりをかけて作ってくれたそうですよ」
「クラムさんのご飯、とても美味しいんだよね。タイキもそう思うだろ?」
「え……そうっスね。何杯でも行けちゃいます」

そういえば……と、アカツキとタイキは思い出した。
今日はクラムが食事の当番であり、彼の食事はレンジャーベースで一番美味しいと評判なのだ。
寒いダジャレを連発したり、デリカシーのない発言でラクアとミーナに蹴り倒されている割には家庭的なところがあり、特に料理は得意だと豪語している。
そんな彼の昼食なのだから、期待しないはずがない。
キャプチャの練習ですっかり頭から飛んでいたのだが、思い出した途端に表情が緩んでしまう。
タイキがニコニコしているのを見て、ミソラがため息混じりに言った。

「タイキは毎回食べすぎなのよ」
「そりゃ成長期だからたくさん食うんだよ」

タイキは育ち盛りということもあって、とにかく食欲旺盛だ。
大柄というわけでもないのに、毎回お代わりは欠かせない。
胃袋をいくつ持っているのかと言いたくなるような食欲だけに、ミソラから見れば食べすぎなのだ。
ただ、成長期と言えば同い年のアカツキもそうなのだが、

「アカツキさんはそんなに食べないわよ。タイキ、食べすぎですよね?」
「食べすぎとは思わないよ。
運動すればお腹空くし、ぼくだってそれなりに食べてるつもりだけど」
「そうっスよね? ほら、先輩だってそう言ってるじゃん」

アカツキの同意を取り付けて満足したのか、タイキは腰に手を当て、得意げに胸など張りながら言った。
アカツキから見れば、タイキは別に食べすぎではない。
確かにたくさん食べているとは思うが、年頃の男の子の食欲としては異常という域にまでは達していない。
タイキの思い通りになったことに鼻持ちならないものを感じたようで、ミソラは顔をしかめながらも言葉を返した。

「アカツキさんはタイキほど食べないし、食べ方だってきれいだもん」
「うわ、オレが下品みたいな言い方じゃんか」
「品のある食べ方じゃないわ」

タイキはとにかくがつがつ食べる。
マナーは悪くないのだが、品のある食べ方ではない。
ミソラは子供の頃からマナーや礼儀作法を厳しく躾けられてきただけに、いくら相手が幼なじみであると言っても、タイキの食べ方は捨て置けないのだろう。

「おまえみたくチンタラ食ってっと、いくら時間あっても足りないって」
「急いで食べると胃に負担がかかって、かえって不健康よ」
「オレの胃袋は特別製だからいいんだよ」
「そうね。タイキの胃袋って変わってるもんね」
「そんな言い方ねえだろ。それじゃオレの胃袋が変みたいな感じじゃねえか」
「普通じゃないって意味じゃ変よ」
「なにをーっ!?」
「ほらほら、二人とも落ち着いて。こんなところでケンカなんかしたってしょうがないじゃん」

このまま放っておくと口げんかがエスカレートしかねないと思って、アカツキが止めに入った。
タイキは元々熱くなりやすい性分であり、ミソラが挑発的な言葉を投げかけるものだから、互いに歯止めが利かないのだ。
柔和な物腰で間に入られて熱が冷めたのか、二人は言い争いをやめた。
まさか胃袋云々でここまで話がエスカレートするとは……アカツキは苦笑したが、ケンカするほど仲が良いという言葉もある。

「ミソラ、ブイとリンクは先に行ってるって?」
「はい、ゆっくり休んでるって言ってました」
「そっか……」

今日は早朝にパトロールを済ませており、やらなければならないことがあるわけではない。
だが、一日を何もせずに過ごすのは退屈で、その間にできることがあるならと、アカツキとタイキはそれぞれのパートナーポケモンを休ませることにして、自分たちはキャプチャの練習に励んでいた。
タイキのパートナーポケモンはコリンクで、名前は種族名から取ってリンクという。
明るい性格で波長が合うのか、種族やタイプはまったく異なっているが、ブイと非常に仲が良い。
ブイがリンクの兄貴分であるためか、リンクに関してはとても気にかけているようだ。
二体とも、キャプチャの練習はポケモンレンジャーが行うものだと分かっているため、奥でゆっくり休んでいる。

「ぼくたちも行こうよ。お腹ぺこぺこじゃ、午後からが大変だよ」
「そうですね」

アカツキが歩き出すと、タイキとミソラは黙って彼の後についていった。
共用スペースに到着すると、すでに食事は始まっていた。

「お疲れさま〜。二人ともよく頑張るね」
「たくさんあるから、慌てなくたって大丈夫だよ」

ラクアが美味しそうな顔で頬が膨れんばかりに料理を頬張っているのを、クラムが苦笑混じりに眺めていた。
品がないという意味ではタイキと大差なかったのだが、それを指摘しようものなら、ミーナのドロップキックか冷凍ビームが飛んでくる。そうなると分かっていて口にするはずもない。
テーブルには他に置き場がないくらいに料理の盛られた皿が並べられており、ヒトミにラクアにエレナ、バロウが食事を楽しんでいた。
スペースの端の方では、各人のパートナーポケモンがそれぞれの好みの味に選り分けられたポケモンフーズを食べている。
食事に夢中で、パートナーが入ってきたことに気づいていないようだったが、別に構わなかった。

「アカツキ、タイキ。おまえたちはよく頑張るな。頑張った分はたくさん食べろよ」
「はい」

バロウの言葉に頷き、アカツキたちは席に着いた。
食事は基本的に全員でテーブルを囲んで摂るのが通例なのだが、レイコだけは仕事が溜まっているらしく、少々遅れるそうだ。

「やっぱ、クラムの料理は絶品よね。何度食べても飽きないわ」
「そうですよね〜。クラムさん、料理学校にでも通ってたんですか?」
「いや、そうでもないんだけどな……料理は子供の頃から好きだったし、特別なものを作ってるわけじゃない。
それでも喜んでもらえるのはうれしい限りだね」

ラクアとヒトミが笑顔で料理の美味しさを褒め称えると、クラムはニッコリ微笑んだ。
クラムの料理はありふれたものだったが、味付けが薄めであっさりしており、肉や魚の生臭さがまったくないため、とても食べやすいのだ。
曰く、子供の頃から料理が好きで、家ではよく作っていたそうだ。

「いただきます」
「いっただっきま〜すっ」

遅れてきたアカツキたちも、早速箸を伸ばした。
すると、瞬く間に三人の表情が綻んだ。

「いや〜、やっぱうまいっス!! こりゃいくらでも食えるっス♪」

アカツキとミソラは静かに食べていたのだが、タイキはラクアに勝るとも劣らない立派な食べっぷりを披露した。
上品とは言いがたい食べ方だったが、本当に美味しそうな表情で食べてくれる方がうれしかったのか、クラムの表情は緩みっぱなしだった。
チャーハンにサラダ、コンソメスープなど、ごくごくありふれたメニューだったものの、むしろ舌に馴染んだ料理の方が美味と感じられるらしく、アカツキたちはあっという間に平らげた。
当然と言うべきか、タイキはさらに箸を伸ばしていた。
それから五分と経たないうちに二人前を平らげ、満足げな面持ちで腹をさすった。

「やー、うまかったっス!! ごちそうさまっス!!」
「毎度のことだけど、すごい食欲だね……」
「うむ。昔の俺もそこまでは食えなかった」

クラムの料理が絶品で食欲をそそるものであったことを差し引いても、タイキの食欲はバロウでさえ驚嘆するほどのものだった。
育ち盛りの時期ならこれくらいは食べなければ……と思っているのか、バロウは感心しきりだった(表情は普段と変わらなかったが)。
タイキが落ち着くのを待ってから、バロウは一同を見渡し、口を開いた。

「さて、午後からのことだが」

押し殺したわけでも、大きな声を出したわけでもないのに、場の雰囲気が一変した。
和やかな昼食の一時が、重要なミッションを受けた時のような真剣な雰囲気に変わる。
パートナーポケモンたちも、食事の手を止めてバロウを見つめている。

「午後は洋上パトロールをしてもらおうと思っている」
「洋上パトロール……っスか?」
「そうだ」

洋上パトロールという単語が聞き慣れないものだったらしく、タイキが怪訝な面持ちで言葉を返した。
普段のパトロールは陸上であり、洋上については有事の際にしか出向くことがないのだが、そういった類の事件が発生したとは聞いていないし、バロウもそんな雰囲気で話しているわけでもない。

(……ぼくたちに、海の上ではこうやって行動するんだってことを知ってほしいって思ってるんだろうな)

アカツキはなんとなくそう思ったが、ビンゴだった。

「クラムとラクアは今までに何度か洋上でのミッションを経験しているから、トレジャーボートの操縦もできるし、陸上との違いも理解している。
洋上に出ることは滅多にないが、だからこそ、おまえたちには経験をしてもらいたい。
一度の経験の有無でも、勝手は違ってくるからな」
「そういやそうですよね。
あたしたちはいいとして……海の上でもちゃんと動けるようにしとかないと、何かあった時に大変ですもんね」
「本部に応援を頼むにしても、あそこからじゃ時間かかりますからねぇ」

バロウの言葉に、ラクアとクラムが納得したように深く頷いた。
洋上で事件が発生すること自体がレアケースなのだが、万が一発生した時には、陸上と違って非常に動きにくい。
海を生活圏としているポケモンはそれなりに多いものの、多くは海中に棲息しているため、海のポケモンの力を借りることは難しいのだ。
さらに、トレジャーボートなどの移動手段を的確に操縦する腕が求められるなど、陸上よりもポケモンレンジャーの実力を試される。
ラクアとクラムはすでに何度も経験しているからいいとしても、アカツキたちは未経験。
何かあった時にちゃんと動けるのが中堅の二人だけとなると、心もとない。
アカツキたちもそれなりに陸上での経験を積んで、そろそろ洋上での動きを知るのにいい頃合いだろう……バロウはそう思って、洋上でのパトロールをさせようと考えたのだ。
クラムの言うとおり、彼とラクアしかまともに動けないのでは、有事の際はユニオン本部に応援を頼むことになる。
アルミア地方は南部から東部にかけて海が広がっており、北西部に位置するレンジャーユニオン本部に応援を要請するにしても、プエルタウンに立ち寄ってボート類を借りるなどしなければならず、現場に駆けつけるのに多大な時間を要してしまう。
その間に被害が拡大したり、事態が悪化することも考えられるから、本部よりも海に近い場所に位置するビエンのレンジャーベースで先に動けるようにしておきたい。
年長者三人の言葉の意味を理解して、アカツキたちの表情が険しいものになった。
確かに陸上での行動には慣れているが、洋上はまったくの未経験、未踏の地と言ってもよかった。
陸上のように自由に動けないし、キャプチャできるポケモンも限られてくる。レンジャーとしての判断力、行動力が今まで以上にモノを言う世界だ。

「ボイルランドで珍しいポケモンが見つかったということで、観光協会が大々的にボイルランドをPRするためにイベントを開催するそうだ。
イベント自体は一週間後だが、警備には我々も立ち会うことになっているから、警備の下見も兼ねて、おまえたちに洋上のパトロールをしてもらいたい」

ボイルランドでのイベント開催は初耳だった。
これにはアカツキたち年少組のみならず、クラムとラクアまで興味深げに身を乗り出していたが、かくいうバロウもまた、今朝になってユニオン本部からイベント開催について話を受け、イベント中の警備についても打診された。
そこで、年少者と新人の育成も兼ねて、午後に洋上のパトロールをしてもらおうと考えたのだ。

「珍しいポケモンって、どんなポケモンなんですか?」

物静かで控え目な物腰とは裏腹に、イベントの目玉となる『珍しいポケモン』が気になるらしく、ミソラが興味深げな眼差しでバロウに訊ねた。
タイキやヒトミ、アカツキと比べると控え目な態度が目立つためにそのように見られがちだが、実際のところ、好奇心は人一倍強いのだ。
そんな新人の様子に微笑ましさを感じながら、バロウは言葉を返した。

「大昔に絶滅したとされているアノプスだ。ボイルランドで活動していた発掘チームがその化石を発見したらしい。
化石に残された遺伝子から復元することに成功したということで、一週間後のイベントでお披露目すると聞いている」
「アノプスかあ……」

アカツキは小さくつぶやきながら、そのポケモンの姿を脳裏に思い浮かべた。
アノプスはバロウの言うとおり、大昔に絶滅したとされているポケモンで、本の挿絵でしかその姿を見たことがなかったが、現物はどんな感じだろう?
大昔に絶滅したポケモンを化石から復元できたのだから、確かに『珍しいポケモン』と呼んでも差し支えないだろう。

「化石から復元なんてできるんですか?」
「すっげーっ……」

絶滅したポケモンを化石から復元するということで、現代科学技術の水準の高さを理解したのだろう、ヒトミとタイキは目を丸くしていた。
アノプスについて知っているわけではなさそうだ。

「アノプスって……今で言うと、岩と虫タイプを併せ持つポケモンですよね?」
「うん。海で暮らしてたって言われてる」

反面、ミソラはアノプスについて多少は知っているようだった。
勉強でもキャプチャでも、トップの成績でレンジャースクールを卒業しただけのことはある。

(アノプスはアルミア地方じゃ珍しいポケモンだから、ポケモンハンターが狙ってくることも考えられるんだよな……)

大昔に絶滅したポケモンを化石から復元したケースは今までに数例あり、今回アルミア地方の科学研究チームが復元に成功したアノプスをはじめ、リリーラやオムナイト、プテラなどのポケモンが現代によみがえった。
化石からの古代ポケモンの復元が初めて成功したのは一年ほど前のことであるが、化石に残された遺伝子の状態によっては復元できないこともある。
実際、初めて復元に成功してから一年、失敗例は数知れず、復元できたポケモンの個体数は非常に少ない。
よって、それらの『レア』なポケモンを狙ってポケモンハンターが暗躍することは十分に考えられる。
イベント中は警備が厳重になるだろうが、それでも手出しをしてこないとも限らないのだ。
逆に人混みに紛れて……と考えるポケモンハンターだっているかもしれない。
どちらにしても、ポケモンレンジャーが警備をする理由にはなる。
ボイルランドはアルミア地方東部にある火山島だが、麓はリゾート地として、あるいは観光地としての賑わいを見せている。
火山活動はやや活発ではあるが、噴火の兆候は常に監視されているため、噴火の警戒レベルが上昇すればすぐに避難警報が出される。
避難訓練も定期的にしっかり実施されているため、火山島でありながらリゾート地、観光地として賑わっているのだ。

(ボイルランドとハルバ砂漠は本島と違って海にしか逃げ場がないから、海でちゃんと動けるようにならなきゃいけない)

ポケモンレンジャーとしては、警備という形で、イベントを成功裡に終了させるための手伝いをしなければならないが、それ以上に、化石から復元した古代ポケモンをポケモンハンターの魔手から守りつつ、ポケモンハンターを摘発することを最優先にしなければならない。
そのためにも、洋上での動き方をちゃんと学ばなければならない。
アルミア本島は陸路と海路での逃走ルートがあるが、ボイルランドとハルバ砂漠は孤島であるため、逃走ルートが海路に限られるのだ。
警察もイベントの警備には参加するとしても、ポケモンハンターが手持ちのポケモンを使うことを考えれば、ポケモンレンジャーの出番と重要性は自ずと増加する。

(今日だけじゃ、正直不安だな。後でリーダーにお願いしてみよう)

イベントまでは一週間だが、今日だけ洋上パトロールを行うのでは不安が残る。
やるからには、徹底的に海の上での行動指針を頭に叩き込んでおきたい……アカツキがそう思って顔を上げると、バロウと目が合った。
アカツキが何を考えているのか表情から悟れたらしく、バロウの口の端が笑みの形になった。






To Be Continued...

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