Mission #090 キャプチャの練習、と……?

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キャプチャ・ディスクが燐光を放ちながら音もなく宙を舞う。
キャプチャされまいと、相手のポケモンは左右にジグザグに動きながら素早い動きで迫ってくる。
ディスクを引き戻しても、間に合わない。
嫌でも理解せざるを得ない状況に、アカツキは小さく舌打ちした。

(さすがにまだ無理か……!?)

三秒前までは部屋の端と端だった位置関係が、あっという間に一メートルに狭まる。
マイペースな動きをするポケモンは考えが読めないため厄介だが、やはり一番厄介なのは、素早い動きを身上とするポケモンだ。
キャプチャ・ディスクの飛翔速度はスタイラーで調整可能だが、速度を上げれば、その分コントロールがしづらくなるし、スタイラーから供給されるエネルギーも増加し、結果的にスタイラーのバッテリーをすり減らすことにもなるのだ。
ゆえに、ポケモンレンジャーはバッテリーの持続時間とディスクの飛翔速度、そして自分の能力や特性を勘案することで、スタイラーを扱いやすいようにカスタマイズするのだが、キャプチャする相手に合わせて速度を変えるといった使い方は基本的にしない。
自分に合ったスタイラーの使い方を見つけ、自分向けのカスタマイズをメカニックに依頼できるようになって初めて、ポケモンレンジャーとして一人前……という意見も少なくない。
実際、アカツキはこの三ヶ月でスタイラーを自分用にカスタマイズできているため、そういった意見を汲むならば一人前と言えるのだろうが、素早いポケモンのキャプチャにはあまり慣れていないのが現実だった。
急激な勢いで眼前に迫るのはガブリアス。今までに何度も何度もキャプチャに失敗してきた相手だが、今回も間違いなく失敗する。
シミュレーター装置によって虚空に生み出されたガブリアスの映像が、ヒレのついた前脚を大きく振り上げ、アカツキに向かって振り下ろす。

「……先輩っ!!」

キャプチャを見ていたタイキが、ハッとして思わず叫ぶが、振り下ろされたガブリアスの前脚は音もなくアカツキの身体に突き刺さり——そこで終わった。

「ふう……」

実体を伴わない映像の前脚が胸に突き刺さっているが、痛みも何もないのだから、他人事も同然だった。
アカツキは深々とため息をつき、ディスクを回収した。

「やっぱ、ガブリアスは今のぼくじゃ無理だなあ……結構、練習はしてきたんだけど……」

マッハポケモン・ガブリアス。
他のタイプのポケモンと比べて高い能力を有するといわれるドラゴンタイプの持ち主で、攻撃力、素早さ共に優れたポケモンだ。
身体を折りたためばジェット機とタメを張れるほどのスピードで跳躍することが可能であるといわれ、その動きをコマ送りにすることなく映像として定着させるのに苦労したと開発者に言わしめたという逸話があるのだが、その苦労に見合うだけのリアリティや緊張感を練習中のポケモンレンジャーに与えている。
ただし、見た目は普通のポケモンと変わらないようなクオリティであるため、練習中のレンジャーだけでなく、傍らで見ている者にも緊張感を与える。

「先輩、大丈夫っスか!?」
「大丈夫だよ。ディスクに攻撃を受けると痛いけど、ぼく自身を攻撃されても特に痛くはないから」
「…………あ、そうだった」

慌てて駆け寄ってきたタイキに微笑みかけ、アカツキは回収したディスクをスタイラーにセットした。
映像なのだから、攻撃されたところで痛くも痒くもない。
ただ、映像と分かっていても、攻撃される瞬間は怖いと感じてしまう。殺気や敵意は向けられなくても、鋭い眼差しや立派な体躯、刃物のような爪や牙は本物に見えてくるのだ。
タイキが思わず叫んだとしても、それはそれで仕方のないことだった。増してや、彼はこのシミュレーターでの練習に慣れていないのだ。

「……ガブリアスってすごく強いポケモンだって聞くけど、こんなに速いなんて……」

慣れていないなりに、ガブリアスのスピードに度肝を抜かれたらしく、タイキは開け放った口が塞がらないといった様子だった。
伊達にマッハポケモンと呼ばれてはいないが、ガブリアスが棲息しているのはハルバ砂漠の奥の奥で、普通にミッションをこなしている限りは出くわすこともないし、まともにキャプチャできるのもトップレンジャーほどの腕を持つポケモンレンジャーに限られる。
もしもシミュレーターの映像が物理的な力を宿したとするならば、さっきのやり取りでアカツキは間違いなく死んでいる。
攻撃を受けたのは胸の真ん中——図らずも心臓の位置だったからだ。

「ガブリアスって仲間ならすごく心強いポケモンなんだけどね。
……でも、いつどこで出会うかもしれないから、今までに結構キャプチャの練習をしてきたんだけど、まだ一回もキャプチャできてないんだ」

唖然としているタイキに微笑みかけ、アカツキは小さくため息をついた。
ガブリアスは強いポケモンだ。
普通の動植物と比較にならない力を持つポケモンとはいえ、砂漠という過酷な環境で生き抜くためには、相応の力を身につけ、強くならなければならないのだろう。
シミュレーターでもそれを余すことなく組み込んだのだろうが、だからこそ練習するにはうってつけの相手なのだ。
この三ヶ月間、ガブリアスの映像相手にキャプチャの練習を幾度となく行ってきたが、一度もキャプチャの成功には至っていない。
最初の頃に比べれば、攻撃を受けてしまうまでに時間を稼げる……立ち回れるようにはなってきたが、一旦距離を詰められるとどうしようもない。
素早いポケモンをキャプチャする必要が出てきた場合、距離を詰められる前にキャプチャしてしまうか、あるいは距離を詰められても対応できるようにならなければならない。それが今の自分の課題だと、アカツキは認識している。
今までの振り返りなど心の中でしていると、タイキが言葉をかけてきた。

「でも、先輩もすごいっス!!
最後の方は一気にやられちゃったって感じもするけど、あんなに素早いのが相手でも一歩も引かないし、カッコ良かったっス!!」
「え……そう? ありがとう」

レンジャーベースでは誰よりもアカツキを尊敬しているようで、タイキの目には太陽の輝きに勝るとも劣らない光が宿っていた。
もう少し踏み込めばミーハー的な要素が強くなるところだが、べた褒めされたアカツキもまんざらではなさそうな顔だった。
世辞ではないと分かっているから、すごいと言ってもらえるのは何気にうれしい。
タイキが鼻息も荒くアカツキをべた褒めしているのを見て、ムックとブイは当然だと言わんばかりの顔で、特にブイは胸など張りながら何度も何度も頷いている。
人間とポケモンの言葉(言語的な意味で)は異なるが、人間の言葉はポケモンにある程度通じるものらしい。
タイキが撒き散らしているミーハー的雰囲気も手伝って、ムックとブイは彼の言いたいことをかなり理解しているようだった。

(タイキって、明るいけどなんか変わってるな……)

一ヶ月前の一日体験学習で、アカツキがヤルキモノをキャプチャしたのを見て、タイキはアカツキに強い憧れを抱いたようなのだが、持ち前の明るい性格も加わって、その憧れが過剰なものに感じられた。
後でそれとなく諭すしかないだろうが、別に悪い子でもなんでもないのだ。話せば分かってもらえるだろう。
それよりも今はやらなければならないことがある。
アカツキは装置に張り付いているエレナに顔を向けた。

「エレナさん、ぼくの方はこれでオッケーです。
次はタイキにやってもらおうと思うんですけど」
「オッケー、どのポケモンがいい?」

エレナは明るい調子で言葉を返してきた。
彼女は彼女でメカニックとしての仕事があるのだが、シミュレーターをいじれるということで、アカツキとタイキのキャプチャの練習に快く付き合ってくれた。
シミュレーターの装置をちゃんと操作できるのが彼女だけなので、それは仕方がなかったのだが、エレナにとっては機械さえいじれれば何だっていいと考えていたようだ。
三度のメシより機械が好きと公言して憚らない女性である、彼女の厚意はありがたく受け取っておくことにした。
エレナはいいとして、タイキは鳩が豆鉄砲食らったような顔を見せた。

「え、オレっスか?」
「そうだよ。キャプチャの練習したいってタイキが言ってたじゃない。
練習しなきゃ上手くならないからってさ」
「ああ、そういやそうっスね……あはははは」

アカツキが至極当然と言わんばかりに言葉を返してきたため、タイキは決まりの悪そうな顔で頬を掻いた。
……というのも、パトロールを済ませてレンジャーベースに戻った後、各地に異常が見られないことから、何事もなければ好きに過ごして良いとバロウに言われ、アカツキとタイキはキャプチャの練習を行うことにしたのだが、タイキが『アカツキ先輩のキャプチャを見たいっス!!』などと熱烈なリクエストを出したため、アカツキが先にキャプチャの練習をすることになった。
ムクバード、ブイゼル、ロゼリアなど、アルミア地方に棲息するポケモンで練習をしていたのだが、徐々に難易度を上げていき、アカツキが失敗したのがガブリアスだった。
タイキが調子に乗って『もっとすごいポケモン』とリクエストしたことと、アカツキも今まで何度となく失敗してきた相手をキャプチャしたいと思ったため、ガブリアスに白羽の矢が立ったのだが、見事に失敗した。
エレナは二人してやる気になっているのを見て『なにやってんだか……』と思ったが、(彼女から見て)年頃の子供っぽさを見せる二人を悪くは思わなかった。
アカツキの練習が一区切りついたところで、次はタイキの番だ。
自分でやると言ったからには、しっかりやってもらわなければ困る。

(さっきはコロボーシでマジ苦戦したからなあ……先輩にあんまみっともないとこ見せられねえし、気張ってかなきゃな)

タイキは深呼吸して気持ちを落ち着かせると、スタイラーを手に取った。
やると決めたからには、きっちりやるだけだ。
後輩が真剣な目つきになったのを見て、アカツキは安心して壁際に移動した。

「ブイっ」
「ムックゥ〜」
「ブイ、ムック、ありがと。
ぼくにはまだガブリアスは無理だけど……でも、初めて練習した時に比べたら、少しはマシになった気がするよ」

お疲れさまと言わんばかりに声をかけてきたブイとムックに微笑みかけ、アカツキは壁に背をもたれて座り込んだ。
何度も失敗して、少しは学習したつもりだ。
ガブリアスの攻撃的な能力を考えるなら、本番は絶対に失敗するわけにはいかないのだが、本番はムックやブイの力を借りることができるから、難易度は少しでも下がるだろう。
ただ、シミュレーターでの練習は、何らかの理由でパートナーの力を借りられなくなった時、ポケモンレンジャーだけの力でキャプチャしなければならなくなった時を想定しているため、最初からパートナーの力を借りるつもりで臨んでも意味がない。
自分自身の実力を高めようとしなければ、いくら練習しても無意味なのだ。

(距離を詰められるとどうしようもないんだよな……そこのところ、もっと考えていかないと)

距離を詰められる前にキャプチャを成功させるか、距離を詰められた後でも対応できるように策を練るか。
そのどちらかしか対抗策はないと思ったが、すぐに後者を丸めて捨てた。
まずは距離を詰められる前にキャプチャを成功させるための努力をするべきだ。
それができなかった時に初めて、距離を詰められた後のことを考えた方がいい。
しばし思案をめぐらせて方向性を決定したところで、タイキの威勢のいい声が室内に響き渡った。

「おっしゃ行くぜ、キャプチャ・オン!!」
「……!!」

突然の声に驚いてアカツキが顔を上げると、タイキがコロトックを相手にキャプチャを始めるところだった。
コロトックはコロボーシの進化系で、進化前と打って変わって攻撃的な技を多数覚え、能力も攻撃的なベクトルが大きく伸びる。

(タイキ、コロボーシのキャプチャに時間かかったからって、いきなり進化後を相手にするなんて……まあ、なにか考えがあるんだろうけど。
どんな感じなのか、見せてもらおうかな)

タイキには何かしらの考えがあるのだろう。
ならば、後でアドバイスをするためにも、彼のキャプチャを良く見ておかなければならない。

「それっ!!」

一直線に向かってくるコロトックを睨みつけながら、ディスクを横に迂回させる。
コロトックは接近戦を得意としているため、距離を空けた状態でのキャプチャが望ましい。それはタイキも理解しているようで、距離を詰められないように立ち回っていた。

(足速いなあ……)

お世辞にも走り回るのに広いとは言えない室内ではあるが、タイキの足の速さに、アカツキは目を丸くした。
これでも同年代の男の子と比べて身体能力には自信があったし、ポケモンレンジャーとして毎日パトロールに出て足腰も鍛えられていると思っているアカツキでさえ、タイキの足の速さには敵わないと素直に思うくらいだった。
運動能力だけで言えば、タイキの方が上なのかもしれない。
切り返しや駆け出す時の瞬発力など、運動能力の高さを際立たせるところが多分にあって、彼が相当足腰を鍛えているであろうことが見て取れた。
コロトックがそれほど素早くないポケモンとはいえ、脚力だけを見てみれば、確実にタイキの方が上回っている。
しかも、このコロトックは攻撃的な性格を付与されているようで、ディスクなど眼中になく、ひたすらタイキを攻撃しようとしているようだった。
先ほどのコロボーシと違って一直線に向かってくるだけとなると、ポケモンレンジャーにとっては一番キャプチャしやすい部類に入る。
それは新人であっても例外ではなく、タイキは一分とかからずにコロトックのキャプチャを完了した。

「うっし、キャプチャ完了っ!!」

コロトックが石像のようにぴたりと動かなくなったのを見て、タイキがガッツポーズを取った。
攻撃的な相手だったが、脚力の差があったためか、距離を詰められ、攻撃を加えられる前にキャプチャを完了できた。
コロボーシの進化形が相手だったが、むしろこちらの方が楽だった。

(あのコロボーシみたくマイペースじゃなかったからな……こういう相手の方がやりやすいぜ)

タイキは小さく息を吐いた。
攻撃一辺倒で、他のことなどどうでもいいような相手の方が、キャプチャは楽だ……レンジャースクールの頃からそうだった。
どのように動くか分からない相手ほど、厄介なものはない。
自分から攻撃技を仕掛けられないからといって先ほどは油断していたが、甘かった。どんなポケモンでも、マイペースで動く相手ほど厄介なものはないのだ。

(だけどなあ……相手にもよるんだよな)

先ほどアカツキのキャプチャを見ていたが、ガブリアスのように強いポケモンのキャプチャはそれこそ命がけだ。
シミュレーターだから良かったものの、もしも現実の場面であったなら、少なくとも大怪我は免れない。
キャプチャの腕ではアカツキの方が上だが、その彼ですら失敗するような相手。
今の自分ではとても無理だろう。
だから、少しずつ腕を上げていくしかない。キャプチャに近道はないのだ。
そんなことを考えていると、背後から声が飛んできた。

「タイキ、お疲れさま」
「あ、先輩……」

振り返ると、アカツキが口元に笑みなど浮かべながら歩いてくるところだった。
ブイもムックも『よくやった。なかなかだった』と言いたげな表情だったが、タイキにはアカツキの顔しか目に入らなかった。
憧れているのはアカツキであり、彼のパートナーポケモンにもそれなりに敬意は払っているが、それだけなのだ。

「先輩、どうっスか?」

タイキは歩いてきたアカツキに感想を訊ねた。
憧れの先輩にキャプチャを見てもらったということで、彼にとってどんな感じだったのか、気になっていたのだ。
アカツキとしても彼にアドバイスはしたいと思っていたので、質問されて驚くようなこともなかった。

「いい感じだと思うよ。
動きのキレっていうか……ぼくよりも足速いし、それを生かしてると思う。
だけど、距離を詰めすぎてるように見えたから、もうちょっと慎重になった方がいいかもしれない」
「オレ、そんなに距離詰めてました?」
「……ぼくの見立てだから、他の人から見たら違うかもしれないけど。
なんていうか、ギリギリの距離でキャプチャしようって考えてなかった?」
「うーん……確かにそれはあるかもしれないっスね」

タイキは眉間にシワを寄せながら唸った。
距離を取ってキャプチャしようと考えて、考えたとおりに、普通にキャプチャしただけなのだが、他の人の目には距離を詰めすぎているように映るらしい。
今になってコロトックのキャプチャを思い返してみれば、確かにアカツキの言うとおり、相手の攻撃が当たるか当たらないかというギリギリの位置をキープしていたように思える。
下手に離れすぎると、相手やディスクとの距離感覚がおかしくなってしまうと思っていたからだ。
唸るタイキに、アカツキが先輩として適切なアドバイスを与えた。

「あんまりギリギリの位置でやらない方がいいよ。
ポケモンの瞬発力って、ぼくたちじゃ対応できないことの方が多いから。
ブイみたいに遠距離攻撃ができるポケモンだっているし、そういったポケモンを相手にする時は特に注意した方がいいかな。
あと、タイキはぼくより足速いから、相手の攻撃が当たらないギリギリの距離に入ったり出たりを繰り返して間合を狂わせるってのもいいかもしれない。
ぼくじゃマネできないけど、タイキはタイキらしさを活かしたキャプチャにするといいよ。
ぼくとヒトミだって全然キャプチャの方法は違うからさ」
「なるほど……参考になるっス」

ポケモンの中には炎や水、ビームなど、いわゆる『飛び道具』で攻撃可能なものもいる。
コロトックに関しては鎌が長く伸びたような前脚での攻撃が主であるため、そういった攻撃を受けることはないが、『飛び道具』で攻撃可能な相手は特に、間合を詰めずにキャプチャしなければならない。
アカツキが身振り手振りを交えながらアドバイスすると、タイキは納得したように深く頷いた。
今までの経験も交えていることもあって、説得力があった。

(オレらしさ、かあ……)

正直、よく分からない。
アカツキに「オレらしさって何っスか?」と訊こうと思ったが、それは自分で考えることだと思い至り、言葉を飲み下した。

(先輩だって、自分で見つけてるんだろうな……)

一日体験学習の時のキャプチャと、今日のアカツキのキャプチャは明らかに違っている。
一言で言えば、技量が上がっているのが一目で分かるのだ。
経験の差は三ヶ月しかなくても、三ヶ月の間にたくさんのポケモンをキャプチャし、その中で何度も失敗や危険な思いをしたことがあったはずだ。その経験を踏まえて、腕を上げていったに違いない。
『自分と向き合えるのは自分だけだ』と言われているような気がして、タイキは背筋が引き締まる想いがした。
アカツキは後輩があれこれ考えているのを眺めながら、少しずつ成長していってもらえればいいと思った。
……と、その時、部屋の扉が開き、ヒトミとミソラが入ってきた。

「あんたたち、ここにいたんだ」

開口一番、不機嫌そうに投げかけてきたヒトミを見やり、アカツキは言葉を返した。

「パトロールが終わったから、タイキとキャプチャの練習をしてたんだよ。ヒトミたちも?」
「まあね〜」

彼女が不機嫌なのは珍しいことでもない。
大方、アカツキたちが先にいて、キャプチャの練習をすぐにできないと思って不機嫌になったのだろう。
表情自体はそうは見えないだけに、相当それっぽい雰囲気を撒き散らしているようで、彼女と共にやってきたミソラは居辛そうな表情を見せていた。

(ミソラにそんな想いさせたってしょうがないじゃん、もう……)

アカツキやタイキが相手ならまだしも、ミソラは傍目から見ればいかにも繊細な女の子なのだ。
ヒトミの顔を見る限り、ミソラの様子には気づいていないのだろう。
そう思って、アカツキはヒトミに言った。

「ぼくたちは終わったから、ヒトミたちが練習する?」
「そのつもりで来たのよ。ま、それなら話早いわ」

さすがに双子の弟は物分りがいい。
部屋に入ってきた時とは打って変わって、ヒトミは上機嫌になった。
彼の言葉が本当であるかどうかなど考えたこともないのだろうが、その強引なところは時に、膠着状態を打開する勢いになりうる。
有無を言わせぬ勢いに、タイキとミソラが呆然としていると、ヒトミがエレナに向かって言った。

「エレナさん、お願いしま〜す」
「はいはい〜。どのポケモンにするの?」
「ラムパルドでお願いします」
「オッケー、ラムパルドね。ちょっと待っててね」

双子の弟であるアカツキや、三ヶ月間一つ屋根の下で寝食を共にしているエレナはヒトミの強引なところに慣れていたが、接している時間が非常に短い新人二人には異世界の出来事のように感じられるらしく、呆然としていた。
アカツキはそんな二人を手招きして呼び寄せると、壁際でヒトミのキャプチャを見物することにした。
下手に口出ししたところで、話が拗れるだけだと分かっていたからだ。

「よ〜し、やるわよ〜っ」

腕をぐるぐる回し、やる気満々といった様子のヒトミをため息混じりに見やりながら、アカツキは『いい気なもんだなあ……』と思った。
ヒトミは元から気が強いが、相手がアカツキだと他人にも増して容赦がない。
双子の弟に遠慮は不要と考えているのだろうが、少しは遠慮してもらいたいものだと思わずにいられない。
ここにいるのはアカツキだけではないのだ。
彼がそんなことを考えているとは露知らず、ヒトミは眼前に現れたラムパルドの映像を睨みつけていた。

(ラムパルドか……ヒトミ、もしかしてあの時のことを……?)

ラムパルドといえば、磨き抜かれた宝石のような美しさとは裏腹に、あらゆるものを砕くとも言われる堅固な頭蓋骨を持ち、攻撃的なことで知られるポケモンだ。
攻撃力だけで言えば、今現在確認されている約四百九十余のポケモンの中でもトップクラス。
大型ゆえに動きはそれほど素早くないが、攻撃力の高さは直接攻撃だけでなく、二次災害的な意味でも驚異的なのだ。
実害がないとはいえ、そんな強力なポケモンのキャプチャにいきなり臨むとは……何かあるかと思ったが、アカツキはすぐに思い至った。
イノチ崖でラムパルドのキャプチャに苦戦した時、アカツキはヒトミをかばって落石の直撃を受けたのだ。
その時に逃げられなかった自分自身のことを悔やんでいる……目が覚めた後、彼女からそのようなことを聞いた覚えがあった。
どうやら、まだ気にしていたらしい。
背中を見せる彼女の表情は窺えないが、多分そんなことを考えているんじゃないかと、アカツキは根拠もなく思った。

(別に、気にしなくたっていいのにさ……)

アカツキはため息をついたが、気にしなくていいことをいつまでも引きずってしまうのは自分もヒトミも似ている。
双子なのだから変なところまで似るのも当然か。
などと想像すると笑えてくるところだが、タイキに声をかけられて、考えを中断せざるを得なかった。

「アカツキ先輩、ヒトミ先輩っていきなりラムパルド行っちゃいましたけど、大丈夫なんスかね?」
「ちょっと、タイキ。それ失礼よ……すいません、アカツキさん。
タイキに悪気があったわけじゃないんですけど、言い方がちょっと……」

タイキが言い終えるが早いか、ミソラが慌てて謝ってきた。
当人に悪気はなくても、言い方が失礼だと思ったからだろう。
増してや、ヒトミはアカツキの双子の姉である。
意図したことでないとはいえ、悪く言われたら気分を害するはずだ……そんな気遣いが感じられたが、アカツキは別に気にしていなかった。
悪く言われたなどとは思っていなかったからだ。

「そんなにかしこまらなくたっていいよ。
タイキはヒトミがパトロールから戻ってきたばかりでいきなりラムパルドをキャプチャして大丈夫かって意味で言ったんでしょ?
だったら、気にしなくていいよ」
「やっぱ先輩は話分かるっスよね。この頭でっかちとは大違……んがっ!!」
「自慢することじゃないでしょ!!
先生にだっていろいろ言われてるのに……なんで分からないの。すいません、タイキはホントに口が悪くて……」
「いや、だから……気にしなくていいんだけどな」

タイキとミソラの漫才(?)に、アカツキは笑いをこらえるのに必死だった。
タイキの口ぶりが悪いとは思っていないし、むしろ下手に遠慮しないで話しかけてきてくれるところは好印象だ。
ミソラは他者への気遣いを忘れないところがあるようだが、気遣いも度が過ぎるとお節介。当人にその気がないのは分かっているので、何も言わないことにしている。

「ったく、いってーな……おまえ、オレが相手だと容赦ねえのな」
「自業自得です。あなたはもっと先輩を敬いなさい」

タイキはミソラにどつかれた後頭部をさすりながら、目にうっすらと涙など浮かべながら言った。
相当強くどつかれたようだが、それだけミソラが真剣に思っているということなのだろう。
それはそれで見ていて微笑ましいが、あまり騒いでヒトミの集中力を乱したくない。
そう思って、アカツキはそれとなく話しかけて、二人の気を鎮めることにした。

「ミソラ、パトロールはどうだった?」
「特に何もなかったんですけど……でも、やってみると大変だなって思いました」

アカツキの問いに、ミソラはやや緊張した面持ちで答えた。
いきなり質問を投げかけられるとは思っていなかったようだが、元々の奥ゆかしい性格のためだろう。
タイキとは一緒にパトロールしてきたし、その中であれこれ話して、彼の人となりはそれなりに理解したつもりだ。
だが、女性陣は別行動で、ミソラのことはよく知らない。
一緒に働く仲間なのだから、話を通じて、彼女の人となりを知っておきたい……先輩としてアカツキがそう考えるのは当然のことだった。
当然のことだったのだが……

「…………」

すぐに表情を明るくしたミソラが、アカツキと話をしているのを見て、タイキは険しい顔つきになった。
口ではあれこれ言っても、彼女のことが気になるのだ。
そんなこととは露知らず、二人の話は進んでいく。

「わたしたちはプエルタウンの方まで行ってきたんですけど、特に何もなくて。
でも、いつ何が起こるかって分からないから、緊張感を保つのって難しいなって思いました。
……ラクアさんとヒトミさんは、あんまり緊張しすぎないようにって言ってくれたんですけど、やっぱり難しいですね」
「そうだよね。でも、徐々に慣れていくしかないと思うよ」
「わたしもそう思います」

アカツキが時折相槌を打ちながら話を聞いてくれていることがうれしいらしく(そこのところは途中で茶々を入れてくるタイキと違うと新鮮に感じているようだった)、ミソラは明るい表情で話を続けた。

「わたし、パートナーポケモンは誰にするか全然決めてないんですけど、パトロールの途中で気になるポケモンを見つけたんです」
「そうなんだ。どんなポケモン?」
「スバメです」
「スバメかあ……飛行タイプのポケモンだよね」
「はい」

ミソラ曰く、パトロールの途中で翼を怪我したスバメを発見したため応急処置をし、プエルタウンのポケモンセンターに事後を依頼したのだが、スバメは適切な応急処置をしてくれたミソラに好意を抱いたらしく、ポケモンセンターを出て行く彼女の背中に向かって何度も鳴き声を投げかけたそうだ。
後ろ髪を引かれるような想いはしたものの、ジョーイに事後を依頼した以上、長々とは留まれない。パトロールを続行し、それ以後は特に変わったこともなく、レンジャーベースに戻ってきたらしい。
ポケモンレンジャーなどやっていれば、怪我をしたポケモンに出くわすことはそう珍しいことでもない。
増してや、怪我をしたポケモンを助け、そのポケモンからどんな形であれ謝意を示されるのも珍しくはない。
アカツキも、この三ヶ月で何度も怪我をしたポケモンを助けてきたものだ。

(そういえば、ラクアさんとミーナもそんな感じの出会い方だって言ってたっけ)

怪我をしたポケモンを助け、そのポケモンをパートナーに迎え入れたと言えば、このレンジャーベースではラクアがそのケースに該当する。
もしかしたら、彼女からそういった話を聞いて、スバメのことを気にしているのかもしれない……アカツキはなんとなくそう思ったのだが、

「……こういう考えっていいのか分からないんですけど……」

ミソラが躊躇いがちに、そう前置きをして言葉を続けた。

「プエルタウンに連れてくまでの間、スバメはわたしに何度も甘えるようなしぐさを見せてて……ジョーイさんに事後は依頼してるんですけど、怪我が治ったらまた会いにくるみたいな感じで。
わたしも、あのスバメのことは気になってて、そういう時ってパートナーにしたいって思ってもいいんですか?」

助けられたスバメと、助けたミソラ。
互いに相手のことが気になっているらしいのだが、怪我をしていたのを助けたという『成り行き』であっさりとパートナーポケモンにしてしまっていいのかと考えているらしい。
他人がどうこう口出しする問題ではないのだろうが、それをアカツキに話さずにはいられないほど、ミソラは真剣に考えているのだ。
言葉はどこかたどたどしく、口調も控え目なものだったが、アカツキの目をまっすぐに見据える彼女の目つきは真剣だった。
パートナーポケモンは、ポケモンレンジャーと寝食を共にしながらミッションを遂行していく大切な相棒だ。
将来を左右する選択と言っても過言ではない状況にミソラが差し掛かりつつあるのだと感じて、アカツキは下手な受け答えはできないなと思った。
しかし、言葉はすらすらと口からこぼれ出た。

「それって、ぼくや他のみんながどうこう言う問題じゃないと思うんだけど、ミソラとスバメが一緒にいたいって思うんだったら、それでいいんじゃない?
パートナーポケモンとポケモンレンジャーってそういうものだと思うし……ぼくも、ムックとブイとは一緒に頑張りたいって思ってるから、パートナーになってもらったんだ。
ね、ムック、ブイ?」
「ムックゥ〜♪」
「ブイっ」

アカツキの言葉に、ムックとブイは揃って「当然だ」と言わんばかりの態度を見せた。

『アカツキのパートナーは、オレたち以外にありえないっ!!』

大きく翼を広げたムックに、得意げに胸を張るブイ。
自信に満ちた二体の様子を見て、ミソラは素直に感じるものがあった。

「ムックもブイも、本当にアカツキさんのことが大好きなんですね。
一緒に頑張りたいって思う気持ちが見てて伝わってきます」
「ありがとう。ミソラも、助けたスバメに同じことを思うんだったら、パートナーにしてもいいと思うよ。
最後に決めるのはキミだから。
将来のことにもかかわるから、どっちにしたって一度考えた方がいいと思う」
「そうですね……ありがとうございます」

考えることは大事だが、要は『一緒にいたい、頑張りたい……』と思う気持ちが両方にあるかどうかだ。
それさえあれば、パートナーとして頑張っていくことができる。
アカツキの言葉と、ムックとブイの自信とアカツキへの強い信頼をにじませる堂々とした態度。
話をしていたミソラだけでなく、若干の嫉妬を込めた眼差しでアカツキを見ていたタイキでさえ、パートナーポケモンの重要性を再認識するのだった。






To Be Continued...

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