Mission #075 ドッキリから始まる一日体験学習

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本当に大丈夫なんだろうか……?
朗らかな雰囲気が満ち溢れているサロンの中にいて、アカツキはなぜか得体の知れない不安を憶えずにはいられなかった。
というのも、自分とヒトミ以外の面々(ビエンのレンジャーベースに現在残っている全員)の顔には、揃いも揃って笑みが浮かんでいるからだ。
ラクアやクラム、エレナ、レイコの四人はいいとしよう。
……問題は、厳つい顔つきで何があっても笑いそうにないバロウの顔に、なぜだか知らないが明るい笑みが浮かんでいたからだった。
彼らの手には、一枚の紙。
アカツキとヒトミが共同で計画した、レンジャースクールの一日体験学習のプランを書き記したものだが、それを手渡した途端、全員の顔に笑みが浮かんだのだ。
恐らくは承認の意味を込めた笑みなのだろうが、なぜか分からないが不安になってくる。

(ホントに大丈夫かな……?)
(なんか、この沈黙が逆に不安よね)

アカツキとヒトミは、目と目で言葉を交わした。
互いに言いたいことは良く分かっているつもりなのだ。
普段何があっても笑わないような人の顔に笑みが浮かんでいるのだから、何かあったのではないかとかえって不安になる。
これも、およそ人間性が為せるワザだろう。

——朗らかな雰囲気と、沈黙。
その沈黙を破ったのはラクアだった。

「うん。いいんじゃない、これ」
「そうだね。前回の内容と大きく変わったわけじゃないけど、それぞれの項目に厚みを増したみたいな感じがするね。
下手に変わるよりはやりやすいと思うな」
「機器室の案内がサブに成り下がってなきゃ完璧なんだけど……」
「全体的にはこれで異論ないわ」
「うむ、そうだな。
多少の余裕を持たせておいた方が、いろいろなケースに対応できる。
……アカツキ、ヒトミ、これで行こう」

彼女の言葉を皮切りに、全員が一言ずつ感想を述べた。
エレナはレンジャーベース見学の時間が少ない(機器室を案内し、愛しい機器たちについて語らう時間が少ない)ことを不満に思っているようだったが、結局はバロウが承認を与えたため、それ以上は何も言ってこなかった。

「ありがとうございます!!」

前回と内容的に大きな変化を持たせていなかっただけに、これで大丈夫かという不安はあったのだが、逆にそれが好印象を与えたようだった。
すんなりと受け入れられて、アカツキもヒトミもホッと胸を撫で下ろした。

「俺たちから付け加えることもないから、この内容でレンジャースクールに送信しておく。
細かな時間調整は当日、適宜行っていくということでいいな?」
「はい」
「分かった。レイコ、校長先生にメールで送信しておいてくれ」
「承知です」

バロウの指示に、レイコは『笑いが止まらない……』とでも言いたげな表情で頷いた。
『弁当ドッキリ大作戦(正式名称に決定)』のドッキリの仕掛け人であるだけに、誰よりも楽しみにしているのかもしれない。

(そうだよなあ……レイコさんの迫真の演技、すごかったもん)

アカツキは小さく息をついた。
彼女の迫真の演技で、自分たちは弁当箱の包みが危険物だと勘違いしてしまったのだ。
よく考えてみれば分かることでも、レンジャースクールの生徒にとっては嫌でも気持ちが引き締まる『ミッション』という言葉を用いられれば、ただの弁当箱だなどとは思わない。
実によくできているが、それも仕掛け人であるレイコの演技力があってこそ。
もちろん、今回は自分たちが仕掛ける側である。計画者でもあるため、気合を入れて頑張らなければならない。
比較的規模が小さく、また人数が少ない所帯ということもあって、普段から仲間意識は高いわけだが、何かしらのイベントがあると、それが最高に発揮されそうな気がしていた。

「スクールの子からすると、何かあった時に僕たちと一緒にミッションに参加できるってことが一番の楽しみなんだろうね。
そこのところは、二ヶ月前までスクールの生徒だったアカツキとヒトミの方がよく分かってるだろうから、うまいこと考えたね」
「……やりすぎですか?」
「いや、そんなことはないよ。むしろ、それくらいの方がいいかな。
少しでも実戦に触れてもらった方がスクールの子のためにもなるだろうから」

クラムはアカツキとヒトミが共同で考えた体験学習の内容にご満悦といった様子だった。
この場にいる全員が納得した形であるとはいえ、本当に大丈夫かという不安はどうにも拭いきれなかったのだが……本当に、杞憂に過ぎなかったようだ。

……と、ラクアがアカツキの肩を叩いた。
顔を向けると、満面の笑みを浮かべた彼女が、握りこぶしに親指を真上に立てていた。

「よっし、それじゃ張り切ってパトロール、行ってくるわよ〜」
「はい!!」

一日体験学習は五日後。
それまでは、楽しみで逸る気持ちを宥めたり押さえたりしながらミッションに励まなければならない。
アカツキはラクアの言葉に明るい声音で返事を返した。
人というのは不思議なもので、楽しいと思っている時間ほど、早く過ぎ去るものだと感じてしまう。
そんなこんなで五日間があっという間に過ぎ、その間、ビエンタウンの周辺では目立った事件もなければヤミヤミ団の暗躍の報を受けることもなかった。
おおむね平和に時間が過ぎて、一日体験学習の朝を迎えたのだった。






ビエンのレンジャーベース——一階ロビーは緊迫感で満ちあふれていた。
レイコは若葉色の制服を着た初々しい顔立ちのスクールの生徒を明るい笑みで出迎えたのだが、すぐにその表情が真剣なものに引き締まる。
空気の変化を肌で感じてか——それとも彼女の表情の変化に気圧されてか。
レンジャーベースにやってきた二人の生徒の顔も強張った。
レイコは真剣な面持ちをそのままに、傍に置いてある包みをカウンターに載せ、生徒たちに厳かな声音で言い放った。

「お届け物と言っても、これはれっきとしたミッションです。
無用の混乱を避けるためにも、包みを開くようなことはしないでください。
……あと、衝撃を与えたり、横倒しにしたり、ひっくり返すのは厳禁です。
普通にソヨギの丘まで届けてもらえれば大丈夫ですので、くれぐれもよろしくお願いしますね」
「あ……はい」
「わかりました……」

『ミッション』という一言と、『衝撃厳禁、天地無用』の文言が効いたらしく、二人の生徒——一人はいかにも元気が有り余っているような少年、もう一人はいかにも控えめそうな物腰の少女——は緊張に凝り固まった表情で、レイコがカウンターに置いた小包を見やった。

(爆発物が入ってたりしたらどうしよう……)

アカツキ&ヒトミと同年代の二人は、彼らと同じことを考えていた。
普通に考えれば、レンジャーでもない人間に危険物など運ばせるはずはないのだが、ミッションであることと、衝撃厳禁、天地無用の文言が魔法のように二人の考え方を『目の前の小包が危険物ではないか』という方向に向かわせていた。

(ウヒヒ、効果抜群ね♪)

レイコは険しい表情のままで、しかし内心はドッキリが成功するものだと確信してほくそ笑んでいた。
二人の生徒はそんな彼女の心中など知る由もなく、どこか不安げな眼差しを小包に向けていたが、少女の方がおずおずと口を開いた。

「あの……これ、もし落としちゃったらどうなっちゃうんですか?」

失敗した時のことを考えるのはけしからんと言いたいところだが、それが分かっているのといないのとでは違いがある。
予期せぬ問いかけにレイコは一瞬、思考が停止したのを感じたが、そこはドッキリの仕掛け人である、大根役者では勤まらない。

「知りたいですか?」

にこっ。
どうしようもない笑みで訊ね返すと、生徒は二人して頭を振った。
当たり前である。
爆発物かもしれないと勘違いしているのだから、落としたらどうなるかを考えるだけで恐いに決まっている。
さすがにそれ以上の質問はなく、なんとも言えない沈黙がロビーに広がった。
二人は本当に大丈夫なのかと不安げだったが、やがて不安に思うことに飽きたのか、男の子の方が小さくため息などつきながら言った。

「考えてたってしょうがねえや。
ミッションなんだから、言われたことちゃんとやんなきゃな。ミソラ、降りるんだったら今のうちだぜ」
「な、何言ってるのよタイキ。
せっかくここまで来たんだもの……正規のレンジャーでも、そうでなくても、ミッションはちゃんと完遂しなきゃいけないわ。
……ちょっと恐いけど」

少年……タイキの意地悪な言葉に頬を膨らませながら返すミソラ(少女)。
好き勝手な方向に髪が撥ねている黒髪の男の子とは対照的に、彼女は淡いブラウンの髪を三つ編みにしていた。
雰囲気からして対照的な二人だが、それなりに仲は良さそうだ。

(いいわね、青春してるわね)

レイコはレンジャーのタマゴである二人の生徒を前に、なんとも微笑ましい気分に浸っていたが、表情はいつの間にか真剣なものに戻っていた。さすがは名役者だ。

「すでに当レンジャーベースのレンジャーが現地で処理の準備をしています。
慌てず急いで、現地に向かってください」

ここでも生徒に勘違いさせる文言を一発。
『処理』と言えば、まさか食べ物などとは考えまい。普通なら爆発物か危険物と勘違いしてしまうだろう。

「わ、分かりましたっ」
「頑張ります……」
「お願いします」

レイコの言葉に、タイキはごっくんと唾を飲み下し、カウンターの小包を手に取った。
軽いわけではないが、ずっしりと重いわけでもない。
中身は先ほど言われたように、見ることはできないが、見る必要がないということだろう。

「……お、落とさないでよ」
「分かってるって。おまえこそ変なこと言うなよ」
「分かってるわよ。
……それじゃあ、失礼します」

タイキが小包を抱えたのを見て、ミソラは不安げな表情を浮かべたが、いつまでもここにいたって始まらない。
二人ともレイコに小さく頭を下げて、レンジャーベースを出て行った。
目的地はソヨギの丘。ここは前回と変わらない展開である。
レンジャーベースの扉が閉まり、二人の小さな背中がその向こうに消えるのを真剣な表情のままで眺めた後——

「ウヒヒヒヒ……上手く行ったわね。
それじゃ連絡、連絡っと……」

誰も見ていないのが災いしてか、悪女さながらの笑みと言葉でドッキリの成功を一頻り喜んでから、スタイラー専用回線の電話を手に取った。
電話機本体のボタンをいくつか押して、該当するIDのスタイラーに連絡を入れる。

「リーダー、レイコです。
スクールの子たち、そちらに向かいました」
『バッチリ勘違いしているようだったか?』
「ええ、そりゃもう完璧です」
『よくやった。ところで、変わったことはないか?』
「いえ、特には。ユニオン本部の方からも、緊急のミッション依頼も入っていません」
「分かった。では、ここからは俺たちの仕事だな」
『頑張ってくださいね』
「ああ、それでは……」

短いやり取りで通信を終えると、レイコは口の端に浮かべた笑みを深めた。
やはり、ナンダカンダ言ってバロウが今日の日を一番楽しみにしていたのだと分かるやり取りだったからだ。
思ったことを顔に出さないように努めていると聞くが、普段と口調がわずかにでも異なれば、相手が何を考えているのかくらいは分かる。
そこのところは、何年もオペレーターとして共に仕事をしている間柄、相手のことはよく理解していた。

「さて、わたしの方もちゃんと仕事しなくちゃね……」

とりあえず、第一段階は完璧だ。
あとは現場のレンジャーたちが上手にやってくれればいい。
オペレーターだけではなく、各種事務作業も掛け持ちで行っているレイコには、やるべき仕事が山のように溜まっていた。
気持ちを切り替え、パソコンを立ち上げて仕事を始めた。






To Be Continued...

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