Mission #064 初めてのユニオン本部

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「そうか、なるほど……大変だったが、よく頑張ったな」

レンジャーユニオン本部の軒先で。
アカツキとヒトミの報告を聞き終えると、バロウは深々と頷いた。
それから、二人の報告を一頻り咀嚼した後で、労いの言葉と共に二人の肩を軽く叩いた。
彼なりの賛辞だったのだが、傍からはそう見えないのかもしれない。
ただ、二人はバロウが率直に喜んでいるのだと分かったから、素直にその賛辞を受け取っておいた。

アンヘルパークで、ブルーメというポケモンハンターが機械を用いてポケモンたちを略奪していたところを、アカツキとヒトミが二人がかりで食い止めた。
簡潔にまとめればそんなところだが、二人は状況や途中経過を事細かに報告した。
ホウレンソウは社会人の基本である。
……と言っても、当然、野菜のホウレン草ではない。
「報告」「連絡」「相談」の頭文字をつなげるとホウレンソウになり、仕事を回していく上で必須となる事柄なのだ。
まあ、そんな裏事情はともかくとして、バロウは速報として聞きかじっていた話とアカツキたちの報告を合わせて、おおよその状況を理解した。

「だが、ポケモンハンターとは結構な割合で出くわすことがあるからな。
大変だったと思うが、いい経験ができたんじゃないかと俺は思っている。心構えがあるのとないのとでは、全然違ってくる」

実際のところ、今回の事件では、プエルタウンの警察からレンジャーユニオン本部及びビエンタウンのレンジャーベースに一報と出動要請が行っていたのだが、彼らが本格的に動き出す前に、アカツキとヒトミがブルーメを逮捕直前まで追い込んでいた。
そういった意味では、新人二人で大変だったと思うが、いい経験ができたに違いない。
これから幾多のポケモンハンターと戦ってかなければならないのである。
バロウの言葉の通り、心構えの有無が大きな差となって現れることだってあるのだ。
今回の経験を、今後につなげていってもらいたい。
自分の言葉を真剣な面持ちで聞いている二人を見て、バロウは安心した。まだ頼りないところはあるが、ここ五年ほど見てきた中で、新人としては最も成長ペースが速い。
ならば、これ以上ここで話をしていても無意味。
そう判断して、バロウは二人に背を向けた。

「もうすぐ会議が始まるから、議場に行くぞ。
見学は……その後になってしまうが、まあやむを得ないだろう」
「分かりました」
「よし」

プエルタウンでポケモンハンターが暴れたりしなければ、レンジャーユニオン本部をじっくり見学して、ある程度理解を深めた後に対策会議出席……というプランがあったのだが、それよりはミッションの方が大事だ。
会議がどれだけ長引くかは分からないが、終わった後でも見学はできるだろう。時間帯によっては、ある程度の制限はつくだろうが。
そんなことを考えながら、バロウは歩き出した。

(そういえば、見学って話だったんだよね)

彼の後について歩きながら、アカツキは思った。
レンジャーユニオン本部では、各地のレンジャーベースとは比べ物にならない機器がゴロゴロ転がっていたり、多くのポケモンレンジャーやメカニック、オペレーターが働いている。
ただ単に見学するだけでも十分に勉強になるし、会議が終わった後でも、見学することはできる。
順番が逆になってしまったのは残念だが、それはやむを得ない。
あのポケモンハンターをほったらかしにしていれば、逃げられていたかもしれないのだ。
入口の自動ドアが音もなく左右にスライドして開き、三人は中に足を踏み入れた。
直後。

「うわー……」
「すごいわねぇ……」

ロビーに入った途端、アカツキとヒトミは口をあんぐり開けたまま、感嘆のため息をついた。
レンジャーユニオン本部のロビーは一階と二階を存分に使用したものだった。
環境との調和を謳っているだけあって、地味な色遣いながらも心が落ち着くような色彩で天井、床、壁に至るまで覆われている。
アンヘル社の新本社ビルと似たようなつくりになっているが、あそこほど華美な印象は受けなかった。
正面には受付があり、周囲には簡単な応接スペースがいくつか設けられている。
警備のガードマンが周囲に目を光らせているだけでなく、自分たちと同じ制服を身にまとったポケモンレンジャーの姿も多く見受けられた。

(みんな、ぼくよりも年上だよな……なんか、ぼくたち、浮いちゃってない?)

アカツキはロビーにいるレンジャーたちを一頻り見回して、素直な感想を胸中でつぶやいていた。
若いポケモンレンジャーが多く、パッと見たところ、二十歳を過ぎている者はほとんどいないだろうが、明らかに自分たちよりは年上だ。
ポケモンレンジャーの最低年齢は事実上十三歳であり、アカツキとヒトミは組織で言えば底辺に位置している。
実際、レンジャースクールに入学できる年齢が十三歳であるため、年齢を詐称していない限り、それ以下の年齢でポケモンレンジャーになることはできない。
それは分かっているのだが、こうも年上の人ばかり目に付くと、自分たちが明らかに浮いているのではないかと思ってしまうのだ。

(でも、そりゃそうだよね。
レンジャーユニオンの本部で働けるのって、きっとすごい人たちばかりだろうし……)

何かしらの用事でもない限り、ユニオン本部に来ることはまずない。
そもそも、レンジャーユニオン本部はすべてのポケモンレンジャーやメカニック、オペレーターを統括する組織であるため、十階建ての本部ビルには議長以下、ユニオンの上層部が集結している。
ここで働く彼らは、実績と実力を兼ね備えたエリートたちだろうと思った。
あどけなさを残した顔立ちの中に、凛とした面持ちを備えているし、物腰も自分たちと比較して明らかに無駄が少ない。
数年単位で努力を重ねても、ここで働けるようになるかは分からないが、もっとも、アカツキとヒトミが考えているのはそんな些細なことではなかった。

(できればここで働きたいけど、どこで働いてたって、ポケモンレンジャーとして平和と自然を守っていく気持ちに変わりはないんだ)

基本理念に立ち返れば、そんなものだ。
働く場所がどこであろうと、ポケモンレンジャーの制服を着て、手にはポケモンレンジャーのみが携帯を許されたスタイラーを握りしめ、自然と平和を守っていくことに変わりはない。
無論、レンジャーユニオン本部に所属しているポケモンレンジャーは、本部から直にミッションを受けるため、その難易度と重要性はエリアレンジャーである自分たちの比ではないのだろうが。
張り詰めながらも、活気に満ちた空気を肌でひしひしと感じながら、三人はロビーの左側に設けられたエスカレーターで二階に上がった。
一段飛ばしで駆け上がるようなことはせず、行儀よくステップの左側に寄ってゆっくり上がっている間に、アカツキはロビーの背後の壁にかけられた巨大なモニターを見やっていた。
アルミア地方の航空写真を映像化したものらしく、各地の天気予報や発生した事柄などのニュースが下端に流れている。

(外から来る人も多いから、あんまり専門的な言葉を並べちゃいけないってことなのかな……?)

何気にそんなことを思ったりしたのだが、ビンゴだった。
レンジャーユニオン本部には、様々な人間が出入りする。
清掃業者や、スタイラーなどの重要アイテムからペンや消しゴムに至るまでの備品を納入する業者、他にも挙げればキリがないほどの人間が出入りしているのだ。
一般人の立ち入りが許されているのは二階までであり、そこから上はレンジャーユニオンの関係者以外立ち入り禁止となっている。
ゆえに、一般人が立ち入る場所で『どこでこんな事件が起こっていて、現状はこんな感じ』などという情報を流すわけにはいかないのだ。

(さすがに、まだプエルタウンのことは出てないみたいだけど……)

エレベーターで二階に上がるまでの間にニューステロップが一周したが、プエルタウンで発生した事件については触れられていなかった。
編集が間に合っていないのか、あるいはまだ流すべき段階でないと判断して、流していないだけか。
どちらにしても、ある程度の規制はかけられているらしい。
そんなことを考えている間に二階に到着した。
エスカレーターを降り、すぐ近くにあるエレベーターの前で立ち止まる。

(…………?)

アカツキはエレベーターを見て、訝しげに眉根を寄せた。
ヒトミも同じような感じだったが、そこは互いに『似てない!!』と主張していながらも、双子であることを如実に示しているところだった。
二人して訝しげな表情を見せたのには理由があった。
普通、エレベーターの傍には上昇か下降を選ぶためのボタンが設けられているのだが、それがなかった。代わりに、ボタンがあるべき場所には、黒く小さなパネルがついていた。
ボタンがないのにどうやってエレベーターを呼ぶのだろうか……?
二人して首を傾げていたが、背後で新人二人が疑問符を浮かべているのを雰囲気で察してか、バロウが丁寧に説明してくれた。

「そういえば、おまえたちは初めてだったな」

口を開くと、スタイラーを腰のホルダーから手に取りながら、振り向いてきた。
どうしてここでスタイラーを出す必要があるのかと、二人の疑問符はさらに一個ずつ増えたのだが、

「ここから先は、レンジャーユニオンに所属する者以外立ち入り禁止だ。
だから、エレベーターにはセキュリティが導入されている」

彼の説明によると、エレベーターに乗るためにはスタイラーが必要とのことだ。
一般人が間違って乗り込まないようにするため、エレベーターのボタンは存在せず、代わりに、ボタンのあるべき場所に黒いパネルがついている。
スタイラーには赤外線通信機能が搭載されていることから、黒いパネルの内側にある赤外線送受信端子に向かって赤外線通信を行うことで、エレベーターに乗ろうとしているのがポケモンレンジャーであり、なおかつ固有のIDが通信に含まれることから、どのポケモンレンジャーであるかまで判別することができる。
そうやって部内・部外の区別を行い、部内者と認証された者のみがエレベーターに乗って、レンジャーユニオン本部の上層に向かうことができるのだ。
スタイラーのデータや各地の情報など、多くの個人情報が含まれたエリアに立ち入るには、これくらいのセキュリティが必要になると、バロウは淡々とした口調で説明した。
レンジャーならスタイラーの赤外線通信でエレベーターを呼ぶことができるが、役員をはじめとしてスタイラーを持っていない人については、身分証明も兼ねた所属証(いわゆる名札である)に内蔵されたICチップをパネルに近づけると、端子が情報を読み取り、自動で認識してくれるため、同様の方法でエレベーターを呼ぶことができる……という仕組みである。

「あと、呼ぶヤツだけじゃなくて、乗り込む時は全員が同じことをしなければならない。
面倒だと思うが、これもユニオン本部を守るためのセキュリティだからな。覚えておいてくれ」
「はあ……」

なんて面倒な。
口にはしなかったが、アカツキもヒトミもめんどくさいと思った。
確かに高度なセキュリティが求められるのは分かるのだが、それはそれとして、もっと楽な方法はなかったのだろうか。
今さら文句を言ってもしょうがないので、二人ともバロウがやったのと同じことをして、エレベーターに乗り込むための認証を済ませた。
それから間もなくエレベーターの扉が開き、三人はすぐに乗り込んだ。

(そういえば、このタイミングで部外者が乗り込んできたらどうするんだろ?
……もしかして、力ずくで叩き出すのかな?)

いくら認証を済ませているとはいえ、ドアが開き、自分たちが乗り込んだ直後に部外者が入ってきたらどうなるのだろうか。
アカツキが疑問に思うのは当然だったが、そこのところはノー・プロブレムだった。
エレベーター内部にセンサーが設けられており、そこで『エレベーターに入った人数』をカウントしているのだ。事前に認証した人数と、エレベーターに入った人数が合わない場合は、エレベーターが動かないようにロックする仕組みとなっている。
そうすると、今度は『部外者を含めた人数がピッタリだった場合はどうなるのか』という問題点が発生するのだが、パートナーポケモンがピッタリついているレンジャーをどうにかして上に行くことは常識的に考えると無理に等しい(監視カメラもついており、異常時はアラームを発報する)。
どちらにしろ、アカツキの疑問(というか心配)は杞憂に過ぎなかった。
エレベーターに乗り込むと、すぐにドアを閉めて、行き先階ボタンを押す。

「会議室は九階にある。
地下にはメインサーバーや他の機器室、実験室や訓練室がある。
三階から八階がレンジャーやオペレーターといった職員の寮と食堂、浴場になっている。
十階がオペレータールームと役員の執務室だ」

アカツキとヒトミが疑問を投げかけてくる前に、バロウがさっと答える。
普通に考えれば、当分はレンジャーユニオン本部に来る機会などないだろうが、それでもポケモンレンジャーとして、ある程度は常識として知っていてもらいたい。
エレベーターが上昇を始め、若干の間、その場に置いていかれるような感覚を覚える。

(壁に囲まれてるのも、やっぱセキュリティなんだろうなあ……)

白一色のエレベーター内部を見やり、アカツキは小さくため息をついた。
今のご時世、セキュリティはやってもやりすぎることはないのかもしれない。
なにせ、プエルタウンでさえドカリモが設置され、混乱が起きたのだ。先ほども、ポケモンハンターが大暴れした。
行政区や警察の本部が置かれた都市ですら、そういった騒ぎが起きることを考えれば、どこでだって同じことが起こる可能性はある。むしろ、起こるのだと考えるべきだ。
そう考えれば、レンジャーユニオン本部のセキュリティも当然のことと言えるだろう。
セキュリティ云々は上層部が特に気にすることであり、一介のポケモンレンジャーは定められたルールを遵守していればいい。
アカツキの考えはすぐに別のものに摩り替わった。

(会議って、どんな感じなんだろう?)

九階にある大会議室で行われるドカリモの対策会議だ。
上層部が雁首揃えて出席するのだろう。
メカニックや研究者、オペレーターからポケモンレンジャーまで、多くの人が参加して、ああでもないこうでもないと激しく議論するのかもしれない。
まかり間違っても自分のような新人が気軽に入れる場ではないだろうが、だからこそ真剣に耳を傾けて、吸収すべきことがあれば、吸収していかなければならない。
そう考えると、知らず知らずに緊張に身体が縮こまる。
エレベーターの扉の上に設けられたモニタに、現在の階が表示され、徐々に数値が「9」に近づいていく。
それから程なく、エレベーターが止まる。
アナウンスと共に扉がゆっくり開く……と、扉のすぐ傍に、一人の女性が立っていた。

「バロウ、久しぶりね」
「ハーブか……顔を合わせるのは何年ぶりだろうな。元気そうで何よりだ」

エレベーターから降りるなり、バロウは足を止め、彼女に言葉をかけた。

(知り合い?)

アカツキとヒトミも足を止め、ハーブと呼ばれた女性に顔を向けた。
年の頃は二十歳過ぎだろうか。
エメラルドグリーンの髪を長く伸ばした美人で、細身だが女性にしてはやや背丈が高く、スラリとした印象を受ける。
ポケモンレンジャーの一般的な制服とは違うが、恐らくは制服であろう服を着ており、腕に赤い塊に見える機械をつけている。

(あ、これって……!!)

アカツキは息を呑んだ。
ハーブが腕につけているその機械は、ポケモンレンジャーなら誰もが知っている、誰もが憧れと畏敬を抱くものだったからだ。
彼が驚愕に目を見開いているのを余所に、バロウはハーブと他愛ない話を続けていた。
どうやら、ただならぬ間柄らしい。

「あなたも相変わらずね。
トップレンジャーに匹敵する実力があるのに、エリアリーダーのままでいるなんて。
……正直、今の状況を考えれば、トップレンジャーとして存分に働いてもらいたいわよ」
「トップレンジャーでなくてもできることはたくさんある。
それに、エリアを知り尽くしたヤツがいないと、そこが機能しなくなるだろう」
「あなたらしい考え方ね。まあ、それはそれで尊重すべきだとは思うけど」

バロウは相変わらずの仏頂面だったが、ハーブに向ける雰囲気は穏やかなものだった。
彼女の方も、バロウとは旧知の仲らしく、笑みなど浮かべながら楽しげに談笑していたが、アカツキとヒトミの存在に気づいて、話を変えた。

「その子たちが、さっき話してた期待の新人クン?」
「ああ。さっき起こったポケモンハンターの件を解決した二人だ。
アカツキとヒトミ。似ているように見えるだろうが、双子の姉弟だ」
「へえ……ポケモンハンターを逮捕するまで追いつめるなんて、やるじゃない。
さすがはあなたの部下ってところね」

ハーブの口調が、『ポケモンハンターを逮捕寸前まで追いつめた新人』に対してではなく、『双子の姉弟』に対して驚いているように思えてならなかった。
双子だろうと何だろうと、そんなことはポケモンレンジャーの仕事に無関係だと思っているので、余計なお世話なのだが、相手が相手だけに、それを素直に口にはできなかった。
なぜなら……

(あの人がつけてるの、ファインスタイラーだ。
……トップレンジャーだけが使える、すごいスタイラー……)

ヒトミは今さら気づいたが、アカツキはそれを目にした瞬間に理解していた。
ハーブがトップレンジャーの一員である……と。
彼女が右腕に装着している赤い機械は、形状こそ自分たちが所有しているものと違うが、れっきとしたスタイラーの一種だ。
しかも、トップレンジャーだけが所有を認められている、バージョンの高いスタイラー——ファインスタイラー。
トップレンジャーは一般のレンジャーと比べると明らかに難度が高く危険なミッションを多くこなすため、激務に耐えられるようにスタイラーの各所を物理的に強化し、また一般のレンジャーよりも必要とする情報量が多いこともあって、通信機能も強化したスタイラーが必要となる。
そこで製作されたのが、ファインスタイラーである。
見た目は細長い四角形の機械で、長さは約二十センチ。
腕に装着するスタイラーで、アンテナ機能を持たせた特殊な手袋と対になっており、ディスクを射出した後は、指先の細かな動きに対応してディスクが動く仕組みになっている。
あらゆる機能が普通のスタイラーと比べてワンランク上であり、それぞれのレンジャーに合わせてカスタマイズされているらしい。
トップレンジャーと言えば、言わずと知れた『ポケモンレンジャーの中のエリート』である。
実績と実力を兼ね備えたレンジャーの中でも、トップレンジャーに名を連ねることができるのはほんの一握りと言われている。
普通のポケモンレンジャーが一緒に仕事をする機会など皆無に等しいが、まさかそんな雲の上の存在が目の前に現れるとは思わなかったから、アカツキもヒトミも驚きっぱなしだった。
驚く二人を尻目に、ハーブはニコッと笑みを浮かべると、軽く自己紹介した。

「初めまして。わたしはハーブ。
一応、トップレンジャーなんて名乗らせてもらってるけど、そんなのガラじゃないのよね。
バロウとはレンジャースクールの同級生だったわ。
あなたたち、ポケモンハンターを逮捕寸前まで追いつめるなんて、やるじゃない。将来が楽しみね」
「はあ……ありがとうございます」

どうやら、彼女は気さくな人柄の持ち主らしい。
バロウが厳つい表情こそそのままだったが、雰囲気を和らげるような相手だ。
アカツキもヒトミも生返事を返すだけだったが、紹介は済んだと言いたげに、ハーブはバロウに顔を向けた。

「それはそうと、そろそろ会議が始まるわよ。
アカツキ君とヒトミちゃん……だったわね。あなたたちは後ろの自由席で聴いててもらうことになるけど、そんなに身構えなくていいわ。
話をするのは上層部で、バロウにもエリアリーダーとして報告してもらうことになるけど、それだけだから。
それじゃあ、また後で」

一方的に言い放つと、ハーブはエレベーター正面にある議場へと歩いていった。
議場の扉は開け放たれており、中にたくさんの人が見えた。会議まであと十分を切っていることもあり、出席者のほとんどは席についていることから、エレベーターホールで屯している人はまばらだった。

「…………」
「…………」

まさか、トップレンジャーに会えるとは思わなかった。
アカツキもヒトミも呆然と立ち尽くしていたが、バロウに言葉をかけられて、我に返った。

「レンジャースクールの同級生だったが、今はトップレンジャーの一員だ。
……まあ、それだけの付き合いだったがな」
「はあ……」
「俺とあいつの関係なんてそんなモンだ。
それより、おまえたちは早く着席しておいた方がいい。俺は資料だってちゃんと読んでるから、頭に入ってるんでな」
「分かりました」
「よろしい」

言い終えるが早いか、バロウはホールから右側に伸びた通路へ歩き出した。
『主たる出席者』は議場の前方で発言することになっており、彼らは議場前方の通用口から出入りするのだ。

「…………」
「…………」

バロウの足音が遠のくと、開け放たれた議場の中から話し声が聴こえてきた。
まだ会議が始まっていないこともあり、その多くは談笑によるものだったが、アカツキとヒトミの耳には、ほとんど入っていなかった。
その場に立ったまま、どちらともなく顔を向け合う。

「トップレンジャーだなんて……初めて見た」
「うん。なんかすごそうな人だったよね」

ハーブ。
ファインスタイラーを装着した、うら若きトップレンジャー。
バロウとはレンジャースクールの同級生だったそうだが、先ほどの会話の流れや表情を見てみれば、それだけの関係でないことは明白だった。
もっとも、色恋に疎いアカツキにとっては、同級生以上の関係と言えば『親友』くらいしか浮かばなかったのだが、それはさておき。

「できるって雰囲気はあったよね。
トップレンジャーって、あんな風な人が多いのかな……?」
「カッコいい……」

アカツキはアカツキで素直にすごそうな人だと思っていた。
一方、ヒトミは……
同性であることも相まって、あっという間にハーブに憧れを抱いていた。
目などキラキラ輝かせ、神格化されたもののごとく、あるいは観音像のごとく心の中に打ち立てられる。
洗練された物腰に感化されてしまったのだろう。
そんな双子の姉を見やり、アカツキは小さくため息をついた。

(まあ、憧れたくなるのも分かるけど……とりあえず)

今は議場に入って、雰囲気に慣れておくことが一番だ。
そう思って、ヒトミの手を取る。

「ヒトミ、中に入ろうよ」
「あ、うん……そうね」

手を引かれると同時に現実にも引き戻されて、ヒトミは若干まごつきながらも頷いた。
アカツキの手を払い、先に議場に入る。
神格化したハーブを拝んでいた(であろう)のを邪魔されて、少しご立腹なのが背中を見て分かったが、アカツキはしょうがないなあ……と思うだけだった。
数歩遅れて、彼も議場に入った。
数百人が収容可能と思われる大きな議場——会議室と呼ぶにはあまりに広いスペースには椅子が整然と並べられており、その数は百や二百では効きそうになかった。
しかも、ほとんどの椅子が埋まっており、アカツキとヒトミは二人並んで座ることができなかった。

(こんなに多くのポケモンレンジャーが、ここで働いてるんだ……やっぱり本部ってすごいな)

一階のロビーに入った時もそうだったが、広めの空間とはいえ、一箇所にこれだけ多くの人が集まるところに入ったのは初めてだった。
議場を埋め尽くさんばかりの人の約半分はポケモンレンジャーで、あとはメカニックとオペレーター、白衣をまとった研究者だった。
当然と言えば当然だが、ヒトミ以外に見知った顔はそこになかった。
前方にはひな壇が設けられ、コの字に配されたテーブルには『主たる出席者』が席についていた。
老若男女の取り合わせで十数人が列席していたが、その中には、バロウやシンバラ教授の姿もあった。
さっき出会ったハーブはいなかったが、後部に設けられた傍聴席のどこかで会議を見ているのだろう。

(やっぱり、みんなぼくたちより年上だなあ……歳が近そうな人はいるけど)

改めて議場を見回すと、やはり自分より年上の人しかいないような気がした。
もっとも、童顔の人も中にはいるだろうから、歳が近そうに見えて、実は五歳も六歳も離れているということなどザラにある。
若人にしろベテランにしろ、ここで働くからには高い実力や見識を兼ね備えているのは間違いないだろう。
そうこうしているうちに、時間になった。
天井にあるスピーカーから、朗々とした男性の声が降ってくる。

『時間になりましたので、会議を始めさせていただきます』

ところどころで聴こえていたざわめきが、薙ぎ払われたかのように掻き消えて。
議場に、静寂と緊張の空気が張り詰めた。






To Be Continued...

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