都会と強さ@ハトバ

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読了時間目安:22分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

もりのなかを歩いていたおとこのこは、せのたかいまほうつかいに
よびとめられました。
「きみのねがいをなんでもかなえてあげるよ。そのかわり…」
モモコさんとドレンテくん、ミルクさんメノウさんをお借りします。
Common wild oat
某月某日 晴れ
「さあさお立会い、レディス エン ジェントルメーン!
今からよいこのみんなに、とっても愉快なマジックショーを
ごらんに入れましょう!」
こどもたちの大きな歓声が青空に響く。
ハトバデパートゴージャステン、通称ハデゴテ。サートの諸島でも
最大の町の最大級のビルの10Fは、ちょっとした遊園地になっている。
その目玉は、ラティアスとラティオスという伝説のポケモンの
姿をゴンドラの前後にかたどったバイキング、その名も
『アルトマーレの観光船』。これ、当の本人(本竜かな?)が見たら
どんな反応を示すんだろうかと信仰心の薄い俺でも戦戦恐恐としている。
知らない人のために説明しておくとバイキングというのは、
食べ放題するのでも海賊のことでもなく船の形をしているのにどこに行ける
わけでもなく座席が前後に大きく振れたり360度ひっくり返ったりなんかしちゃったり
して、純粋に船酔い、乗り物酔いを楽しむためだけにあるクレイジーな趣向の絶叫マシンだ。
「また書いてるの?」
「これは業務日誌さ。」
「…嘘付いてなさいよ。」
今、手元のポケッチ最新型をいかにも暇そうに覗き込んできた気の強そうなべっぴんさんは
メノウ。このデパートに薬を提供している薬剤師だ。
この島に病気で亡くなるポケモンや老人は、野生、トレーナー付き問わずそう多くない。
ひどくなる前に彼女がすました顔で現れ、その症状、療法、時には本土の優れた病院を、
的確に指摘していく。『その体への過信こそがあんたを今苦しめている毒なのよ。』
実を言えばこの狭い島で今誰より、時には本人よりも他人の身体をいたわっているのは
彼女かもしれない。
「え?私ですか?ただのしがない奇術師ですよ。
ちなみにきじゅつしというのはマジシャンのことでございます。
この国の言葉でマジシャンと言えば魔法使いのことですね。
そもそも魔法の歴史をたどれば、ごみから金を作りだそうと
した無謀なおじさんたちにたどり着きます。
…彼らはこう呼ばれていました。錬金術師と。」
論理をなしていそうでなしていない雑多な言葉の集合体は、まるで俺の文章みたいだ。もっとも、
そんな言葉を並べて煙に巻きながらその手元では想像もできない種を仕掛けているのだろう。
アシスタントのごく普通に変わった格好をしたピエロが、金箔の張られた棺桶を取り出した。
あれはデスカーンですかーん?
少し脱線に過ぎた。ともかくそんな大型アトラクションを中央に、
刺激に無免疫な島の子供たちの目をとらえて離さない極彩色のドラッグが
至るところに配置されている。
「自分たちのお得意様にむかってずいぶんな書きようじゃない。」
本土じゃ百貨店やデパート自体フレンドリィショップにおされ気味らしいが、
なかなかどうして濡れ手でケロムースのぼろ儲け、そんな餌につられて
やってきた子供に対するばあちゃんじいちゃんの甘さをいいことに
甘いお菓子やおもちゃを軒並み売りつけていた。…そっちの“あわ”じゃ
ないっけ。
「お姉さんー、子供たちの笑顔が見られるのは、いいことだと思うなぁ。」
甘いんだよね。『お姉ちゃん』は。こんなガキに構われなくたって、
ケムッソに刺されたほどの痛痒も感じないだろうに。だから未だにセキマと仲良くやっているわけだ。
「“その為に希少で短い子供時代の感性を塗りつぶすのかよ?”」
さすがに周りのやつにこんなこと聞かせるわけにもいかなくて、
最新型ポケッチの“メモちょう”に書き込んだメッセージを見せる。
「それ言ったの、何回目よ?」
「…さあな。」
いい加減、いい加減でも自己紹介をしよう。俺はカラスムギ。現在18歳。ハトババトルカンパニーの下っ端だ。
ずっとこの島で育ってきた。タイプの女のコは…よく分かってない。
今は最新型傷薬のサンプルを配るため、人通りが増えるこの場所に駆り出されていた。
メノウも協力し、力の粉の成分を練りこんで安さと質を両立させたスプレー型薬品が
どこまで普及するかは、俺たちの営業スマイルにかかっている!…らしい。
ショウが始まってしまえば暇で暇で仕方なかったので、思ったこと、感じたことをこの端末に書き込んでいる。
親しい人間にしか見せない、字数無制限のさえずりだ。
「交代の時間です、お疲れ様でしたぁ。バトルカンパニー物品配布2班のみなさんは、
休憩に入ってください。」
「…あたしがいつ入社したっていうのよ。」
ま、本当のこと。メノウはこんな浮かれた会社に飼いならされる器じゃない。
それにひきかえ俺は…。
俺は4年も所属するバトルカンパニーという組織が未だに大嫌いだった。

 team zardost
『低所得者は楽観的で下品な呟きが多く、高所得者は政治や企業について
コメントし、怒りを表現する…とぃったーに流れてきた社会科学の研究成果』
「楽しみ、喜び、夢、笑いは人を成長させやしないよ。本当に導火線となるのは、妬みや怒りだ。」
「とかいうわりに、あんたいつでも楽しそうじゃないの。ハウルくん。」
「毎日楽しいからね。」
僕ら3人はハトバ島を訪れた。カントーで高いビルや団地ばかり見てきた身としては、
人で満ち溢れたこういう場所のほうがじろじろとした視線がなくて落ち着く。
さて、ちっちゃな紫くんはどう思ってるんだろう。
「遠く“デセルに住む”ほうのフーパは、自分の凄さを知らしめようとしてむじゃきに暴れた。
理解されなかったから、本当の力を勝手に壷に閉じ込められた。
力は憎しみにもだえ、超フーパと名乗った。
そのむじゃきさ、フーパの本性ともいえる
小さな姿を取り込まんとした…。この壷って何かと似てるよね。」
「ギンガ団のアカギがわざわざ赤い鎖で伝説のポケモンを呼び出したのは、
ボールで捕獲されたポケモンは固有能力の一部が封印されるから、って話ですか?
まあどちらかといえば、人間が無事で済むようにパワーを抑えてくれてるって説が好きです。」
ポケモンを愛する人間として喜ぶべきか、残念に思うべきか、
世界では伝承に残るような生物が少しずつ捕獲されだしていた。
かがまないと目が合わないような、ハウルという11歳の子もその一人だ。
だが、カイオーガにいくら雨乞いをさせても限られた範囲にしか効果はないし、
ユクシーに記憶を消させようとしても、決して指示に従わない。
自爆や同属殺しは、信頼がなくても平気で行わせられるモンスターボールの鎖なのに。
「キミはやっぱり甘いんだよね。紫苑くん。現代のデセルでもフーパはわがままであると、
“世界はきみのためだけに存在していない、なぜならば…”と結論づけ、
当人も納得してるみたいだけど…ぼくは違う考えを持ってる。」
その素性を知らなければ、戯言と切って捨てられる偉そうさだろうが、
実際彼はポケウッドの子役、一商店街のイメージキャラクター兼アドバイザー、
ポケモンバトルトーナメント施設の人気選手、研究者見習い…
子供だから珍しがられている面はあれ、輝かしい多くの顔を持つ勝ち組だった。
もっとも、勝ちたいと思わずにそこまでの地位を得たことがまた凄いのだけど。
偉そうなのではない、実際偉いのだ。それを理解していることから、
ともに行動している年上2人は彼を平等なおとなとして扱っている。
本人にも、おごるような気持ちはなく、毎晩何かに憑かれたように
技の演習を続けている。
「みんながそのわがままを解き放てばいい、むしろ急き立てられればいいと思っている。」
 全員が最大のパフォーマンスを発揮すれば、経済は、科学は大きく発展する。」
「それで、たくさんの人が負けるよね。そんな社会についていけない人はどうするの?」
「それとこれは別の話さ。まずは自分が強くなればいい、ウィールドさんだってそうだったろ?」
フォッコの頃から激しい気質を持つというマフォクシーが、話題に反応してカプセルから飛び出てきた。
話は聞いている。僕が10歳で旅立っていた頃、彼女は14歳で旅立った。
大事にしたい友達と共に旅立てる日を待って、祖母が急かしても、妹に先を越されても、
狭い故郷にとどまりつづけた。
「ライバルに負けた。全然勝てない。そんな気持ちをばねにしてあなたは
修練してきた。…僕には分からない感情だけども。」
11歳の天才少年は、狭い世界で決定的な敗北を知らない。
知らないことを知っているけど、だからどうするのかといえばどうしようもない。
ただ、目の前の課題をこなすだけなのだ。
僕はといえば、そんな戦いを早々にリタイアした側であるのに、
昔のよしみで弾丸ツアーに参加している。いわば休暇としての小旅行だ。
“まさにその日に、クロスに圧倒的に負けた。ええ、悔しかったわ。
でもその初陣が、ガーネットとの出会いだった。その日からずっと、
わたしたちは一緒にバトルしてきたの。”
もう、悔しくない。11歳の紫苑は、負けた自分をどこか違う世界から
眺めているような少年だった。これは違う、本当の自分じゃない。
それがパフォーマンスに影響していた面もあるかもしれない。
ないかもしれない。事実としてあるのは、14歳の紫苑がチャンピオンを諦め、
現在でも無償で行われている中学校教育に参加していること。
改めて別の夢を探すつもりはない。一生ポケモンと暮らせればそれで万々歳だった。
そのために、人並みの会社に入り、6体分の食べ物が手に入ればそれでいい。
だが問おう。キミは果たして、ふつうの大人にすらなれるのだろうか?
伝説のポケモンと友達になりたい。そんな笑顔がまぶしい変人博士から情報をもらい、
3人のでこぼこエリートトレーナーはサートの伝承を調べにきた。
この島に求めていたのは、もうひとつの世界の存在の真偽。

By a losted pokemon

>おなかがすいたの<
ムチュールは路地裏で嘆願した。
こうして通りかかったトレーナーにえさをねだるのが彼女の日課。
成功率は4割弱。だが、こんな裏通りを歩いているにんげん
(human being、冷たい目をしてわたしを捨てた青髪の少年の同属)の
の絶対的母数が少ない故に、その空腹感は限界に達しつつあった。
なぜ堂々と大通りに立たないかといえば、ほかのポケモンに
エサとして狙われたらひとたまりもなくやられるから。
この前もおなかをすかせたデルビルに追いかけられて、
髪の黄色いふさをひとつ食いちぎられている。
本来“うるおいボディ”とも称されるその肌は、
ムチュールのポケモンとしてのプライドと同様にぼろぼろになっていた。
もし神様がいるのならあの青髪の少年を
同じような姿にして目の前に這いつくばらせてほしい。
そうしたらわたしは天使のような微笑みを浮かべて“てんしのキッス”で
地獄のような幻覚を見せ、それが覚めたならわたしは本物のてんしに戻ってどこまでも彼についていってあげるから。
夢想は、一人の少年によって中断された。
「無理だね、それは出来ない。」
そんなの分かりきっている。こんなふうに恵まれた衣服を身に着けて
つやつやとした肌の少年が神であるものか。
「…」
だから今日の飯をよこせ。生き永らえさせろ。
「ひかり。」
ボールから飛び出たさかなはぱくぱくと、ムチュールに理解できないナニカをわめいた。
「******」
オマエはそんな悲しそうな顔をして、何でその尾びれの一つも与えてくれない?
巻き起こされる風…彼は“ふきとばし”と呼んでいた…を受けてよくわかった。お前もトレーナーのいいなりであることが。
「帰るよ、ひかり。」
その後ろには闇が拡がっていた。薄暗いコンクリートじゃない、正真正銘の暗闇だ。
吸い込まれたわたしは、急速に意識をなくした。

その後には、それに気づくことのない紫フードのこどもが立っていた。
「…僕は悪いことをしたのかな?あかおに。」
「******」
「仕方ないんだよ。」
そのこどもが提げているふくろからは、
“穴場!穴が当社比10パーセント増量、激安ハトバドーナッツ!”
のやきたてで香ばしい匂いがぷんぷん漂ってきていた。
にんげんのいってることはなんとなくわかるのに、べつのポケモンどうしだとぜんぜん通じないことがある。
それは、今に始まったことでもない。方言とか身体のつくりのちがいだ。
「パパがね、言ってたんだ。弱い相手に情けをかけるな。このオーレは自然界と同じ、弱肉強食の世界。
オレは自分だけでここまでのし上がったんだ。馬鹿にするやつは許さない、
そういう怒りで勝ち上がってきた。」

「だったら、何かをさしのべる行為は生きる気力を奪う行為に違いないんだろ?」
「******」

「思いつきで、その場のノリで、中途半端に、
生半可なやさしさをかけるには、ボクはあまりにこの世界を知らなすぎる。
そうなんだ、そうなんだよ…そうだろう?」
そうだ、あのコも捨てられたんだ。ぼくみたいに…ちがう、よ。ぼくはかわりになったんだ。
弱いぼくがいなくなれば、きっと勝てる。
たのまれてはないけど、あの人のためになったんだ、よ…
強くなりたい。もう一度、あの人のためにバトルフィールドに立ちたい。
ジムで力を見せる。このサートのどこかにいる彼に、認めてもらう…
ただ、楽しかった。
最初は餌をもらうため、しぶしぶ協力していた。
てきとうに命令をこなしていればいいと、どこかでおもっていた。
いつか仲間が増えて、あの人のこと、人間という生き物の暮らしをもっと知りたくなる。
彼らの役に立ちたい、そう思い始めた頃、数匹の同属に責められた。
“お前はいいよな。毎日、あったかい食い物もらえて。”
“気持ちいいボールの中でぐっすり寝られて。”
“おめぇはじぶんの力だけで生き抜く道を売り渡した卑怯者だ。”
“オレなんか。面白半分の人間の集団に、告白したばっかりの
彼女がバットで殴り殺された。やつはオレよりずっと頭がよかったのに。
人間の下でも野生でも、前途有望なやつだったのに!”
みな、いまだに野生に住む仲間だった。
その現実を、人間がラジオの向こうのニュースを聞き流すように、
まるで別世界の出来事のように見て見ないふりをした。
でも、それって普通のことだろ?赤の他人よりまず自分が大事で、
大事に思う家族や友達が大事だ。
ポケモンの間で、一つのうわさが流れていた。
モンスターボールはただ快適なだけの容れ物じゃない、
人間が都合よく操るために軽い洗脳機能がついている、と。
だとすると、僕が自分の気持ちとして持っている一体どこまでが
ほんとうに自分のものなのだろうか。
さいわいなことに、図太かったようでそんな悩みはすぐになくなった。
楽しい。苦しいこともあったけど、物を覚えることはいつだって楽しい。
野生で生きていては到底願えないことだった。
ひとりの命として、トレーナーを友達として愛し、信頼している。
そのこたえが、おばあさんに教えられた空から隕石を呼び出す技だった。
誇らしかった。胸を張った。なのに、あの人が目指したてっぺん、“ぽけもんりーぐ”には及ばない。
いつからか、あの人は焦った。ここ一番の勝負ではぼくを出さないようになった。
そんな自分を責めて、彼は他の手持ちも追い詰めた。
まともな判断力がなくなっていると、ポケモンの僕らでも分かった。
にんげんが賢いから、作戦を考え戦わせる役目に意味があるのに。
彼が最後に出した結論は、“やり直し”だった。僕を売りに出し、新鮮な気持ちで別天地に行く。
そう、買い手の男は馬鹿にした口調で改めて教えてくれた。どうもありがとう。
輸送される朝、同属の1匹が死に掛けていた。
無機質なトラックからそれをみつめるぼくに、じぶんのからだより哀れなやつを
馬鹿にするのが楽しみで大切なのだろう、大きな口をぱくぱく動かした。
“ざまあみろ
きずなとか思いのつよさとか、ためらいやかなしみや。
きっと、それは意味のないことなのだろう。あの人がいうなら。

こころがきゅっとした。ぼくの、ぼくのだいじなともだち。
紫のフードの目の前のこどもは、こちらを見ている気がした。
友達記念日にあの人がしていた、世界におびえた目で。

Momoco and Dolente
(…良いね、すごく良いね。3匹と1人、少し目を離せばすぐに呑みこまれそうな
ニンゲンの洪水。人間ひとり、ポケモンひとりにとって大きな悩みは、
この島、この町全体からすればクダラナイものにすぎない。
これだけいるんだ、誰かひとり演奏者“はぐるま”がいなくなっても、
問題なくオルゴールは動いていく、回っていく、進んでいく。
誰にも気づかれない、置いてけぼりにされた存在の絶望で、この場所は満たされている。
社会はたった一人のために指揮されているのではないのだから。
だのに下らないことで苦しみ、怒り、希望を絶っている人間の
なんと多いことか。数も質も、星空町の比ではない。
もし彼らすべてを解放したならば、
ユウリ様の目的は一足飛びにかなってしまうだろうに。)
といったことを、バトルカンパニーのふれあい牧場で一匹のイーブイが考えていた。
横にハリマロンもいて、はたから見ればとってもファンシーな光景である。
だがよく見ると、一方の小さい口は皮肉に歪んでいて、その間からは鋭い牙が覗いていた。
小さい子供に触れ合わせるには、だいぶ刺激がきついようだ。
「ここで作るつもりはないんでしょ?…ドレンテ。」
十分な、いや遠すぎる距離を保ってハリマロン…モモコが話しかける。
(うん、やっとだ。今日はじめて、やっと話しかけてくれたよ!)
「作りたくたって作れないよ。魔法がないんだからさ。」
ひとりと一匹、というべきか、二匹というべきか。彼らは、ここの住人ではない。
パラレルワールド。ポケモンが文明を持ち、人間のような生活を送っている
世界から、何故か飛ばされてきたのだった。
「よくボクが、ミュルミュールのことを考えてるって分かったね?」
「何となく、そんな気がしたんだ。ドレンテがそういう笑い方をするのは、
誰かを傷つけるときだもん。」
ポケモンバトルとは全く別の緊迫した空気が流れていた。
「それに、ここはエンタンやキナリ島みたいにいい人ばっかりじゃない。
あそこまでゆったりした空気が流れてない。そのキナリでも、
あんな怖いポケモンに襲われるし…」
元はヤマブキシティという、カントーきっての大都会で生まれた少女
モモコはつぶやいた。
「星空町のみんなって、ほんとに優しいんだよ。」
なくすことで大事なものが分かるとは言うが、モモコはひと時たりとも仲間のありがたみを忘れたことはない。
だからこそそれを届けるために、口に出してドレンテに言うのだ。
「どうしてそんなみんなに、ひどいことをするの?」
「ボクらは心を解放してるだけだろ。勝手に悩んで勝手に持った負の感情を、
横から利用させてもらってるってだけ。悪いのはお金、悪いのは理解のない周り、
悪いのはこの社会構造、悪いのは世界…
言ってしまえばそんな奴らに余計なおせっかいを焼き始めて、こっちの邪魔をしてるのはキミの方じゃないか。」
ここに来て早々襲われ、次に目が覚めたとたんドレンテに飛びつかれた。
自分がそれだけの危ない状況だったことは理解していたけど、とっても調子が狂う。
その時一緒だった見ず知らずの人たちも、正直、始めのうちは怖くないといえばウソだった。
人間の世界の怖さを少しは知っているつもりのモモコだから。
おかしなことに、ドレンテが今一緒にいる中で一番深い知り合いなのだ。
だから、疑いたくない。
「ミュルミュールに町のみんなを苦しめさせるなんて、
ほんとはしたくないんだよね?何か理由があって、
クライシスにいるんじゃないの?」
いつかの質問を、もう一度投げかける。
それは希望でなく、じぶんに都合のいい考えでしかないかもしれないけど、
ドレンテもまた、“たたかう”のでなく、“にげる”のでなく、
話して、向き合う強さの持ち主なんだと信じてみたい。

あいにくドレンテにも「仲間」がいるし、やるべきことがあった。
「元の世界に戻ったら、ボクはただのクライシスに戻るさ。」
この平和は、ただの停戦協定にすぎなくて。2度も必死で守ったモモコとも、
クライシスと魔法使いでは敵同士だ。音楽と、相手と向き合う姿で前向きな心を守る魔法使いとは。
何かを呑み込むように、怖がるみたいに、1人の少女は聞いた。
「ねぇ。ドレンテががんばるのは、何のためなの?」
チャイムが鳴った。
『午後1時より、本館10階フロアでカリノ・カオル氏によるマジックショーが
行われます。全国を回る奇術師の彼は、アシスタントとして一度ハトバを訪れており、
大変縁深く…』
そんな放送の合間に、シュガーとモモコが帰ってきてしまう。
特に取り決めたわけでもないが、その前で元の世界について話すことはなんとなくタブーだった。
シュガーはとても鋭いから。余計なことを言って、話をこじらせたくない。
少なくとも、まだ。
「さあ、おいしいパンやドーナツをたっぷり買ってきましたからねぇ。
 今日はあまりのモコシの実も合わせて、ごちそう作るのですよ!」

その日は、ミルクたちがハトバを訪れた一日目だった。
To be (not)continued.
next“---カオルの誇り”
10/28 加筆修正。ご指摘ありがとうございます。
30 タイトル小変更。
2/1また変更。

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