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最初の一体


「はい、回復が終わったわよ」
「ありがとうございます」
「ありがとう、おばさん」

アララギ博士からパートナーが入ったモンスターボールを渡されて、アカツキとチェレンは揃って礼を言った。

(ソロ、もうちょっと休んでてくれよ)

休んでいるソロに心の中でささやきかけて、アカツキは手にしたボールを腰に差した。
激しいバトルの末、辛うじて勝利を収めた後。
アカツキたちは改めて、アララギ博士の研究所へと場所を移した。
死力を尽くして戦ったソロと、チェレンのシママ――ボルトの回復を終えた後で、ポケモンの回復装置が置かれたリビングで話をすることになったのだ。
チェレンはポケモンの回復が終わると、そそくさと家に帰ろうとしたのだが、ナナとアララギ博士に『もうちょっとゆっくりしていったら? せっかく来たんだし』と引き留められて、渋々といった様子でソファーに腰を下ろしたのだった。
そんなチェレンの様子を気にするでもなく、アカツキはテーブルを挟んだ反対側に腰を下ろした。

(ここがおばさんの研究所……研究所と家が一緒になってるってナナは言ってたけど)

アララギ博士が台所に引っ込んでいくのを見送り、室内を見渡す。
研究所を兼ねた自宅だそうだが、ポケモンの回復装置がリビングの隅に置かれていることを除けば、普通の民家と大して変わらない。
いくら研究所を兼ねているとはいえ、他人の目に触れる場所に研究資料を置いておくわけにはいかないのだろう。
アララギ博士が茶を淹れて戻ってくるまでの間、ナナが場を盛り上げてくれた。

「アカツキ君もチェレンも、ポケモンバトルには慣れてるよね。
チェレンは今までに何回も見てきたから分かるんだけど……アカツキ君はシジマさんからバトルのこと、いろいろと教わってたんでしょ?」
「ああ。結構厳しかったけど、父さんのようなトレーナーになりたいって思ってたから頑張れたんだ」

ナナの言葉に、アカツキは深く頷いた。
脳裏に浮かぶのは、タンバジムで他のジムトレーナーと共に励んできたトレーニングの時の光景。
ジョウト地方では十歳になればポケモントレーナーとして旅に出られるが、シジマはいつかアカツキが旅に出た時のことを考えて、十歳の誕生日の翌日からジムのトレーニングに参加させていた。
もっとも、それは『やってみるか?』と参加を促す程度だったが、アカツキは二つ返事で『やる!!』と返した。
やる気があるなら、多少厳しくても食らいついてくるだろう……そう考えて、シジマは他のジムトレーナーと分け隔てすることなく、ジムリーダーとして厳しい姿勢でトレーニングに当たらせた。
少しでも弱音を吐けば雷が落ちるような勢いで叱られたし、少しでも力を抜いていると分かれば竹刀で尻を叩かれもした。
今となっては、シジマの厳しさは愛情の裏返しだと理解できるし、厳しくしてもらったからこそ、ポケモンバトルだけでなく格闘技の方でも頑張れたのだと思う。

「……アカツキのお父さんって、育ててくれたお父さんのこと?」
「うん。タンバジムのジムリーダーをやってるんだ」
「なるほど。道理で敵わないわけだ」

チェレンが探るような眼差しを向けながら問いかけてきたが、アカツキは隠し立てすることなく普通に言葉を返した。
ポケモンバトルの基礎をジムリーダーから叩き込まれた相手と互角以上の戦いができたのだから、今までの努力も無駄ではなかったのだと、チェレンは理解した。

「はい、お待たせ~」

話に区切りがついたのを見計らったように、ティーセットが載ったお盆を持って、アララギ博士が戻ってきた。
ソファーに腰を下ろすと、慣れた手つきでカップをそれぞれの前に置き、紅茶を注いでいく。

「はい、どうぞ」
「いただきます」

芳しい香りの紅茶に思わず表情が緩む。
香りを堪能するのも程々に、アカツキは向かいに腰を下ろしたアララギ博士に訊ねた。

「おばさん。
オレ、各地のジムを回って経験を積もうと思ってるんだけど、ここから一番近いジムってどこにあるの?」
「そうね……ここからだと、サンヨウシティにあるサンヨウジムかしら。
アカツキ君が船で来たヒウンシティにもあるけど、一番近いのはサンヨウシティね」

アララギ博士は淡々と答えた。
ヒウンシティにもポケモンジムはあるが、徒歩で旅をするとなると、いくつかの街を経由しなければヒウンシティにはたどり着けない。
その中で、カノコタウンから一番近いのは北にあるサンヨウシティのサンヨウジムなのだが……

「サンヨウジムに挑戦するのは……そうね、最後にした方がいいわよ」
「おばさんの言う通りだよ。いきなり挑戦するようなトレーナーはまずいないと言っていいからね」
「……? なんで?」

アララギ博士とチェレンが口を揃えて『やめておけ』と言うものだから、アカツキは首を傾げた。
いつか挑戦することになるのなら、最初だろうと最後だろうと変わらないと思うのだが……アカツキが怪訝な表情で疑問符を浮かべているのを見て、ナナが言葉を継いだ。

「サンヨウジムのジムリーダーって、イッシュ地方最強って言われてるの。
だから、みんな後回しにして、他のジムでバッジをゲットしてから挑戦することが多いんだよ」

サンヨウジムのジムリーダーは、イッシュ地方のジムリーダーの中でも最強の実力者と言われている。
だから、多くのトレーナーは他のジムをめぐって実力を磨いてから挑戦するのだ。

「へえ……最強のジムリーダーかあ」

しかし、アカツキは怖気づくどころか、むしろ目をキラキラ輝かせている。
最強のジムリーダー。
どのようなポケモンを繰り出し、どのような戦術で挑戦者を迎え撃つのか……それを考えると胸が高鳴る。

「……えっと、もしかして挑戦する気満々?」
「もちろんっ」
「……まあ、いいんだけどさ」

アカツキが完全にやる気になっているのを見て、チェレンは唖然としていた。
ジムリーダーが育ての親だけあって、最強のジムリーダーと聞くと、どんな人なのか気になる性分らしい。
まあ、無駄に委縮するよりはよっぽどマシなのだが。

「じゃあ、旅に出たらサンヨウジムに挑戦してみる」
「頑張ってね」
「もちろん!!」

アララギ博士は特に何を言うでもなく、笑顔をアカツキに向けた。
前途洋々たる若人は、やはりこうでなくては。
最強のジムリーダーと言われて恐れることなく、真正面からぶつかっていこうという気概は実父にそっくりだ。
アカツキを眺めるのも程々に、アララギ博士はチェレンに顔を向けた。

「それで、チェレン君。あなたも旅に出るのよね?」
「ええ。チャンピオンになるための足がかりとして、イッシュリーグに出ようと思ってます」
「だったら、アカツキ君と同じように各地のジムを回るのかしら?」
「そのつもりです」

チェレンも十二歳を迎えていたが、もう少しバトルの実力を磨いてから旅に出ようと考えていたのだ。
しかし、さらに強くなるにはもっと多くのトレーナーと切磋琢磨するしかない……明日にでも旅立とうと、アカツキに負けた時に決めていた。
チェレンの目標は、イッシュ地方のチャンピオン。
イッシュリーグを率いるトップにして、イッシュ地方最強のポケモントレーナーだ。
無論、易々となれるものではなく、イッシュリーグに優勝し、チャンピオンズリーグで四天王とチャンピオンを打ち倒して初めて、新チャンピオンと認められる。
そのチャンピオンに、チェレンはなろうと考えている。
できる、できない……それは本人の努力次第。
それよりも、大きな夢を持ち、そのために努力しようと思えることが大事なのだ。

「アカツキ君もチェレンも、旅に出ちゃうんだね」
「ああ、今よりもずっとずっと強くならなきゃいけない。
……負けっぱなしっていうのも、どうにも許せないからさ」
「そっかぁ……」

チェレンはちらりと横目でアカツキを見やった。
負けるはずはないと思っていたが……いや、結果の前では、どんな言葉も言い訳でしかない。
いつの日か必ず再戦を申し込み、雪辱を果たす。それだけだ。

「そういうナナはどうなのさ。ブリーダーの道を究めたいんだろう?」
「うん」
「だったら、旅に出ればいい。
研究所には確かに多くのポケモンがいるけど……外の世界にはもっとたくさんのポケモンがいる。
そういったポケモンたちのことも、知る必要があるんじゃない?」
「あたしもそう思ってる。だから……」

ナナはしばらく何か考え込むような表情を見せていたが、やがて傲然と顔を上げた。

「アカツキ君」
「……うん?」
「チェレン」
「なんだい?」

真剣な面持ちで見つめられ、アカツキはキョトンとした顔を向けた。
今までの話が耳に入らないくらい、各地のジムリーダーと戦っている自分の姿を脳裏に浮かべていたようだ。
……と、ナナが意を決したような面持ちで口を開く。

「旅に出るんだったら、あたしも一緒に行きたいんだけど……いいかな?」

何を言い出すのかと思ったら……わざわざそれを言うために考え込んでいたのか。
しかし、アカツキもチェレンも、揃って首を縦に振った。

「いいよ。どうせ旅に出るんだったら、一緒の方が楽しいと思うし」
「そうだね。
……ナナを一人にはさせられないし、アカツキだってイッシュ地方のこと、あまりよく知らないだろうから。
しばらくは僕も一緒に行ってもいいよ」

旅は道連れ、世はなんとか……とはよく言ったもので。
アカツキもチェレンも大歓迎だった。
アカツキは旅をみんなで楽しめればいいと感じていたし、チェレンはナナが一人で旅をするのは危険だと思っていて、かといってイッシュ地方を良く知らないアカツキと二人というのもなんだと考えていた。
先ほどまで敵意さえ抱いていた相手とナナと、三人で旅をする……そんなことを考えているなど、不思議で仕方ない。

(こういうタイプの人に会ったことがないから、だろうな)

自分でも不思議に思うくらい冷静に、チェレンは分析する。
ジョウト地方から渡ってきたアカツキは素朴で素直な少年だった。
ごまかすでも嘘をつくでもなく、自分の現状を素直に話してくれる。
今まで接したことのないタイプの相手だけに、毒気を抜かれたというか……興味をそそられた。
だから、しばらくは一緒に旅をしてみるのもいいと思ったのだ。
無論、負けっぱなしで終わるのは癪なので、一緒に旅をすることで彼の実力を今一度見定め、しかるべき時にリベンジを果たそうという考えも忘れていない。
……などと、チェレンが考えていることなど考えもしないといった顔で、アカツキが視線を向けた。

「チェレンも一緒に来てくれるんだ。なんか助かるな~」
「……少しの間だけだよ。キミがイッシュ地方に慣れてきたと思ったら、その時は一人で旅をさせてもらう。
ナナを一人にしとくのは心配だし、かといってイッシュ地方に慣れてないキミと二人っていうのも心配だからね」
「それでもうれしいよ。ありがとう」
「…………」

アカツキが笑顔で差し出した手を、チェレンは小さくため息をつきながら握った。
彼は素直に、三人で旅ができることを喜んでいるように見えたからだ。自分が何を考えているのかも想像していない顔で。
というのも、アカツキはチェレンを友達だと考えていた。
初対面でいきなり敵意を向けられたりしたけれど……ポケモンバトルを経て互いにライバルに相応しいと認識したからこそ、少しの間でも一緒に旅ができるのはうれしかった。

「じゃ、決まりだね」

握手している二人に笑みを向け、ナナが言う。
一人で旅に出なければならないのかと思っていたが、思いもかけずアカツキとチェレンと一緒に旅に出られることになったのだ。
これにはアララギ博士も安心したようで、安堵の表情を見せた。

「で、いつ旅に出るの?」
「明日には出たいな……ナナとチェレンは大丈夫?」
「あたしは大丈夫だよ」
「僕も」
「明日、三人で一緒に旅に出る。それでいいのね?」
「うん!!」

話はすんなりまとまった。
今日はアララギ博士の家で一泊させてもらい、明日、カノコタウンを発とうと考えていた。
思いもかけずに二人の連れができて、明日では準備の時間が足りないのではないかと心配に思ったが、杞憂に過ぎなかったようだ。
そこまで決まれば、明日に備えなければ……チェレンは紅茶を飲み干し、席を立った。

「……じゃあ、僕はそろそろ家に帰って準備をしておきます」
「それじゃあ、明日の朝九時に出発ということでいいかしら?」
「九時ですね。分かりました」
「じゃあ、ルリスちゃんを連れていきなさい。
チェレン君の最初の一体なんだから。水辺にいると思うけど、一緒に旅に出られるって分かったら、きっと喜ぶわよ」
「そうですね……そうします。それじゃあ」

アララギ博士の言葉に頷き、リビングを出るチェレン。
その足取りは、軽やかだった。
あーだこーだと言っていたが、本当は友達と旅ができることを喜んでいるのかもしれない。
足音が遠ざかり、ドアが閉まる。
一区切りついたと判断してか、アララギ博士はアカツキに向き直った。

「アカツキ君。
イッシュ地方でも旅立つトレーナーに初心者用のポケモンが与えられるんだけど、チェレン君に言ったルリスって子も、その一体なの。
ナナはブータ。さっき会ったわよね?
そこで、アカツキ君にも最初の一体を連れて行ってもらおうと思っているわ」
「え、オレにも?」
「ええ。ジョウト地方だと、炎タイプのヒノアラシ、水タイプのワニノコ、草タイプのチコリータよね?
イッシュ地方は炎タイプのポカブ、水タイプのミジュマル、草タイプのツタージャよ。さ、ついてきて」
「あ、はい……」
「ナナ。片づけをお願いね」
「うん、分かった。いってらっしゃ~い」

最初の一体とは、トレーナーとして旅立つ少年少女が与えられる最初のポケモンを指す。
もっとも、アカツキの場合は子供の頃からソロとずっと一緒にいるため、厳密には『最初の』ではないのだが。

(ポカブはナナが連れてたな。ミジュマルとツタージャか……どんなポケモンなんだろう?)

未だ見ぬポケモンたちへの想いをを馳せながら、白衣の裾をなびかせて歩くアララギ博士についていく。
リビングを出て、通されたのは地下の一室だった。
なにやら難しそうな本がテーブルに山積みになっており、開きっぱなしの本には意味不明な数式や図表が書かれている。
壁際の棚にも本がぎゅうぎゅう詰めの状態で、アララギ博士が片づけを苦手としているのがよく分かった。

(おばさんって、整理整頓が苦手なのかな……?)

アカツキの考えを余所に、アララギ博士はケーキが入るくらいの大きさの箱を手に取り、彼に差し出した。

「アカツキ君。この中にあなたに渡そうと思っていた最初の一体が入っているわ。
外に出して、一番気が合いそうだと思う子を選んで」
「……………………」

言葉と共に差し出された箱を受け取り、蓋を開ける。
中に入っていたのは、三つのモンスターボール。
炎タイプのポカブ、水タイプのミジュマル、そして草タイプのツタージャ。
彼らはモンスターボールの中で、自分を選んでほしいと思って待ってくれているのだろうか?
そう思うと、一刻も早く顔を見たいという気持ちになった。

(よ~し……)

アカツキは三つのモンスターボールを手に取ると、頭上に軽く放り投げた。
投げ上げられたボールは途中で口を開き、その中から三体のポケモンが飛び出してきた。

「ブーっ」
「ミジュ~っ♪」
「……………………」
「へえ、可愛いなあ……」

口々に嘶くポケモンたち(一体は無言・無表情だった)。
アカツキから見て、左がポカブ、真ん中は身体の色や特徴から見て、水タイプのミジュマルだろう。
そして右は身体的な特徴から察するに、ツタージャ。
ポカブはナナのブータで見ているので飛ばすとして、ミジュマルは後足で立つラッコのような見た目で、胸にホタテ貝のようなものをつけている。身体の一部かどうかは分からないが、見た感じ着脱もできそうだ。
ツタージャはジョウト地方の最初の一体、ヒノアラシにどこか似ているように見えるが、身体の色は草タイプらしく、鮮やかな緑。
こちらも草タイプらしく、尻尾は葉っぱのような形になっている。
一番スマートな印象を受けるのだが……

「……………………」
「……………………」

無言でじっと見つめてくるツタージャ。
無表情で何を考えているのかよく分からないが、連れて行けと訴えかけてきているのは間違いなかった。

(ポカブは……なんか好奇心旺盛そう。
ミジュマルはすごく純粋そうな目をしてる。
ツタージャは……何考えてるかよく分かんないけど、意志はすごく強そうだ)

三体とも、旅に出たいという気持ちを抱いているようだが、無情なことに、アカツキが選べるのは一体だけ。
膝を折り、ポケモンたちにより近い目線に立って、じっと見やる。
誰を連れて行こうかと考えていると、少しでも参考になればと思ってか、アララギ博士が三体のポケモンの性格について話してくれた。

「ポカブはすごく好奇心旺盛な子なの。
敷地に棲んでる子たちの中でも、恐れを知らずに何にでも興味を持っているのよ」
「ブーっ」

アカツキに興味津々らしく、ポカブはキラキラ輝いた目を向けてきている。

「ミジュマルは、ちょっと引っ込み思案なところはあるけど、とても純粋な子なのよ」
「ミジュ~っ♪」

ミジュマルのつぶらな目は、純真さを表しているかのよう。

「ツタージャは……そうね。敷地のみんなからはちょっと浮いた存在なのよねぇ。
いつも無表情で黙りこくってるから、何を考えてるか分からないって思われがちなんだけど、ホントは照れ屋で意志の強い子よ」
「……………………」

無表情で、何を言いたいのかよく分からない……が、三体の中で最も強靭な意志を持っているように見える。

(みんな魅力的だな。できればみんな連れてってあげたいけど……できないんだよな)

見たことのないポケモンたちだから、なおさら新鮮に映る。
……が。正直、アカツキは迷いに迷っていた。
炎タイプのポカブは虫、草、氷、鋼タイプのポケモンと有利に戦える。
水タイプのミジュマルは炎、地面、岩タイプのポケモンと有利に戦える。
草タイプのツタージャは水、地面、岩タイプのポケモンと有利に戦える。
どのポケモンもソロが有利に戦えるタイプ以外と相性がいいので、誰を選んでも戦略に幅が広がることに間違いない。
迷っているアカツキの背中を押したのは、ツタージャだった。

「……………………」
「んっ?」

無言でのそのそと歩き出したかと思うと、アカツキの膝にちょこんと飛び乗って、至近距離からじっと見つめてきたのだ。
無表情で無言ながらも、自分を連れて行けと強烈に主張しているのが雰囲気から分かる。
それに……

「もしかしたらこの子、あなたのことを気に入ったのかもしれないわよ。
何も言わないけど、思ってることは行動で表現することが多いの」
「へえ……オレのこと、気に入ってくれたのか?」
「……………………」

本当にそうだろうか?
そんなことを思いながら問いかけてみると、ツタージャは無言で首を縦に振った。

――キミのことを気に入ってるから、こうして近くに来た。だから、連れてけ。

そう語りかけてきているように思えて、アカツキはツタージャの頭をそっと撫でた。
目をパチパチさせながら、ツタージャはじっと彼を見やる。
表情はないが、うれしいと思っているらしい。反応を見せているところからして、悪い感情は抱いていないようだ。

「そんなにオレと一緒に行きたい?」
「……………………」

またも頷くツタージャ。
背後でポカブとミジュマルが『おまえだけズルい!!』と言いたげだったが、ツタージャは我関せずと言いたげに無表情だった。
ポーカーフェイスなのか、それとも感情を表に出すのが苦手なのか。
ただ、ツタージャが本当に自分と旅に出たがっていることは伝わってくる。

「分かったよ。オレと一緒に行こう」
「……………………」

アカツキの言葉に頷くと、ツタージャは前脚を腰に当てて、胸を反らしてみせた。
オレと一緒なら、どんな相手だって敵ではないと自慢げですらあったのだが……

「あら、ツタージャでいいの?」
「うん。もう決めました」
「そう……良かったわね。この子、ポカブとミジュマルと違って女の子なのよ」
「え……」

ツタージャに決めたものの、まさか女の子とは。
多くのポケモンは見た目からは男女の区別がつきにくいのだが、無表情で無言ともなると、女の子とは考えづらかった。

(女の子なのか……ちょっとビックリだけど)

基本的に、性別でポケモンの能力に違いはない。
驚きはしたものの、一緒に行くと決めたパートナーだ。性別の違いなど気にしていても仕方ない。
性別が絡むとすれば、ポケモンバトルで『異性』の攻撃をかなりの割合で封じてしまう『メロメロ』という技の成否と、特性『闘争心』くらいだろう。

「よろしくなっ」
「……………………」

無言で頷き、ツタージャはアカツキの腕にギュッとしがみついた。
表情は相変わらずだったが、本当に彼のことを一目見て気に入ったようだ。
前方からツタージャの姿が消え、今まであまり気にならなかったポカブとミジュマル淋しげな表情が目に入った。

「ポカブ、ミジュマル。
本当はキミたちとも一緒に行ければいいんだけど……また機会があったら、一緒に旅しような」

アカツキはポカブとミジュマルに笑顔で言葉をかけると、それぞれの頭を軽く撫でてやった。
選んでもらえなかったのは淋しいが、そのように言ってくれただけでうれしかったのだろう。二体の顔に笑みが浮かぶ。
アフターケアも終わったところで、アカツキは腕にしがみついたまま顔を見上げてくるツタージャに視線を向けた。

「一緒に旅するんだから、ちゃんと名前で呼ばなきゃな。
ツタージャってのもいいんだけどさ。そうだなあ……」

一緒に旅をする仲間で、相棒でもある相手を種族名で――学会で決めた通称で呼ぶのも失礼だろうと思って、アカツキはツタージャの名前を考えた。
スマートで、それでいて力強さを感じさせる名前。
いくつか候補を思い浮かべ、一つ一つ消していく。
最後に残った名前を、ツタージャに伝えた。

「よし。キミの名前はシャスだ。よろしくなっ!!」
「……………………」

名前が気に入ったのか、ツタージャ――シャスはアカツキの腕から肩を這って、今度は胸元にしがみついてモゾモゾと身体を動かした。
無言で感情表現が苦手でも、思っていることを行動にして相手に伝えようとしているのだ。

(良かったわ。あの子、いつまでも旅に出られないんじゃないかって心配してたけど……)

アカツキにじゃれ付いているシャスを見て、アララギ博士はホッと胸を撫で下ろした。
彼女は前々から新人トレーナーの最初の一体として研究所にいたのだが、持ち前の性格から、今まで誰一人として彼女を選ばなかった。
いっそ、別のツタージャを手配しようかとも思ったのだが、それではいつまで経っても彼女が『変わる』ことはない。
だから、いつか彼女を連れていってくれるトレーナーが現れるのを待っていたのだが……まさか、それが五年ぶりに戻ってきた親友の一人息子だったとは。

(アカツキ君、シャスちゃんをお願いね。
あなたなら、きっと彼女を輝かせることができると思うわ)

シャスはアカツキを一目見て、ビビっと来たのだろう……そうでなければ、あんな風にじゃれ付くことなどない。
長いこと研究所で彼女の面倒を看てきたアララギ博士だからこそ、そうだと分かった。
運命とは異なものと思わずにはいられないが、シャスが無言でアカツキの胸元でモゾモゾ動いているのを見て、アララギ博士は微笑んだ。






To Be Continued…

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