Pure Summer

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作者:花鳥風月
読了時間目安:15分
自分のやりたいことって何?

これは、悩める1人の大学生の少女の、夏のある時に起こった不思議な体験。

「お先に失礼します、お疲れ様でした!」

わたしは事務室にいる、カラフルなTシャツを来た職員さん達に頭を下げると、ピカチュウのマスコットがぶら下がっている手提げを持って『ポケモン相談所』というパステルカラーの看板が飾られている施設を後にした。

マグマッグのほのおのからだよりも熱いかもしれないアスファルトの上を、ペダルを乱暴に漕ぎながら渡る。ペダルを漕いで行くと同時に、虹色に輝く石の付いたペンダントが、首元で揺れる。 バックミュージックは、油で何かを揚げた音のような、テッカニンの鳴き声だ。
腕時計を見ると夕方の5時だ。 にも関わらず、日差しは意地悪にもジリジリわたし達通行人を焼き尽くすように見つめている。
今、わたしは相談所のボランティアが終わったところで、これからレストランのアルバイトに向かうところだ。
信号機が赤になっているのをいいことに、鞄から手帳を取り出して昔の出来事を振り返りながら、今後の予定を確認する。
2週間前は1週間、音楽サークルのライブの追い込み練習だった。 その週は朝から晩まで休憩無しで、ずっと音楽と向き合っていた。
ライブが終わった後は、フレンドリィショップのバイトが4連勤、次の日はポケモン相談所といって、ポケモンとの関わり方で悩んでいるトレーナーの相談に乗ったり、彼らを援助する施設のボランティア活動。
次の日もボランティアだったのだが、それが終わった後はレストランのキッチンバイトが夜9時前まで。
日曜日もバイトもボランティアこそなかったが、半年前から交流しているペンパルの女の子と会って遊んで来た。
しかし次の日からまたバイトとボランティアが交互に行われる日々。 今日もこの後、キッチンバイトに向かうことになっている。

何でわたしがこんなに多種多様なことをしてるのかって?
音楽に関しては、趣味でやっているものであるが、わたしは自分の本当に将来やりたいことが分からないのだ。

シオンタウンに、フジ老人という捨てられたり身寄りのないポケモンを世話しているボランティアを行っているおじいさんがいる。 よく、わたしの住む街にも『ボランティア募集中』なんて紙が貼られていて、同じ大学の友達は何人か、彼のポケモンハウスにボランティアに行っている。
わたしもポケモンの幸せを願いながら生活しているフジ老人に惹かれた若者の1人であるのだが、何せボランティアだ。 収入がたくさん入るとは言えない活動だ。 このご時世だから、安定した仕事には就きたい気持ちはかなりある。
そこで、ポケモンの幸せ、いわゆる『ポケモン福祉』にまつわる研究が出来る大学に何となく入ったのだが。
ポケモン福祉を学んだからと言っても、就職先が幅広いとは言い難い。

____もし、もしもだ。 これから大学の4年間で、わたしがポケモン福祉の道を進むことを挫折してしまったら?

そんな気持ちから、わたしは取ることが苦ではないと聞いた調理師の免許を取りたいと思い、2年の実績を得るために、この夏休みからバイトを掛け持ちすることにしたのだ。
その前にやっているフレンドリィショップのバイトは、元々新米ポケモントレーナーぐらいの年代の子どもやポケモンと関わることが好きだから、2ヶ月ほど前から続けている。
そして夏休みの間だけ、ポケモン相談所のボランティアをやることにしたのだ。
何でポケモンハウスにしなかったかって、わたしの地元からシオンタウンは余りにも遠かったのだ。 ラジオ塔は目を凝らせば我が家からも見えるのに……。
そうこう振り返っている間に、バイト先のレストランに到着してしまった。 幸いな事に、客は少ない。
わたしは従業員専用の入り口からレストランに入って、出勤の支度をして、厨房に入って行った。

「よろしくお願いします」

レストランで働いているのは人間だけではない。 食べ物を加熱する担当のほのおタイプや、洗い物担当のみずタイプのポケモンを中心に、働いているポケモンもいる。

「こら、マリルリ! 何トロトロとレタス洗ってるんだい!?」

キッチンのリーダーの、40代くらいのおばさんが、甲高い声でレタスを洗うマリルリを怒鳴りつける。
マリルリはおばさんに怯えると、せかせかとレタスを洗うスピードを上げた。
今度はウェイターの若い男の人が、大声を張り上げる。

「おい、ヘルガー! このお肉、火の通りが不十分だ! お客様に何かあったらどうするんだよ!」

呼び出されたヘルガーは、申し訳なさそうにしょんぼりと項垂れていた。
理不尽な話だ。 このポケモン達はみんな店長と副店長のポケモンらしいが、それでも雇っているポケモンだ。
人が人の都合で動かされるのはともかく、ポケモンが人の都合で動かされるのはいかがなものか。
ポケモン福祉を勉強している身としては、どうしてもそう思ってしまう。

「ちょっと新人、ボーッとしてないで早くカレー作ってよ!」

いけないいけない。 バイト中にこんなこと考えてちゃダメだ。
わたしはここではキッチンアルバイターなんだから、それらしく自覚を持たないと。

「はいっ!」

***

ようやくバイトが終わり、時間は夜の8時半を回った。
すっかり外は涼しくなり、心地良い風がわたしを「お疲れ様」と包み込んでくれる。
家に帰ると、わたしの家での癒しにしてパートナーであるチルタリスの『ふわりん』がお出迎えしてくれた。 ふわりんも、わたしの付けているペンダントと似たようなそれを首から下げている。

「ただいまー、ふわりん。 いい子にしてた?」

ふわりんはニコッと笑い、その表情でしていたよ、と返してくれる。
ご飯を食べ、お風呂に入ると髪を乾かすのも忘れてバタッとベッドに横たわってしまう。 ふわりんはそんなわたしを見て「やれやれ」と苦笑いする。 仕方ないじゃん、疲れてるんだもん、とわたしはぷくっと風船みたいに頬を膨らます。
今日1日を振り返ると、そういえば、今日はボランティアやったっけ、と、自分のやったことすら忘れかけていたことに気付く。
明日はボランティアはないし、少しは荷が軽いかな。 そういえば今日、バイトでポケモン達が強く当たられていたな。
ふわりんの……ポケモンの幸せのために、わたしは何かしてやりたいと、心から思っているのか。
そう考え事をしながら、わたしはふわりんのハミングに耳を澄ませながら深いまどろみに落ちて、無意識に1日を終えている。

***

今日はフレンドリィショップのバイトだ。
こちらのバイトは2ヶ月ほど前からやっているということもあり、レジ打ちはすっかり慣れていた。
ちなみにお店そのものはポケモンセンターにある。 便利な時代になったものだ。

「いらっしゃいませ、こんにちはー」

典型的な接客業の従業員が使う挨拶を交わすと、わたしはトレーナーの買ったモンスターボールを袋に詰め、手渡す。

「ありがとうございました、またお越し下さいませー」

これだけの簡単なお仕事だが、始めたばかりの時は、人見知りが災いして、俯きながらぼそぼそお経でも唱えるようにレジ打ちしてたっけ。

あれ?

今ふっと、目の前がぐるっと回って、足が地面から離れたような、フワフワした感覚に陥った。
そして次の瞬間、わたしの身体はもっともっと働け、と信号を送り始めた。
それからラストの時間まで、わたしら無駄に動いた。 必要ない場所でも動いた。
お客さんが来ない時は品出しをして、来たら誰より早くレジに立つ。
どうしたんだろう、昨日は確かに感じていた「疲れた」って感覚がなくなってしまったみたい。

***

バイトが終わって、家に帰ってきた。
わたしの家は、両親共に働いていて、弟も遊び呆けて外にいるから、この時間帯はふわりん以外には誰もいない。
鞄を置いてソファにだらしなく座りながら、ふわりんの隣でケータイをいじっていると、わたしはひとつの嫌な感覚に襲われる。

「……寒い……」

つい声に出してしまった。 冷房もまだ付けていないのに、今は8月真っ只中で蒸し暑いハズなのに、寒気がする。
自分の部屋から長袖のパーカーを羽織って、前のチャックも閉めてフードも被った。 それでも寒気は止まらない。
これはもしや、と思ったわたしは体温計を取り出し、口に咥える。
ピピッと電子音が鳴ったら案の定、37.5という数字が体温計に確かに示されていた。平熱が36度ジャストのわたしにとっては、あと少し遅かったら大事になっていた可能性もある数字だ。
いや、そんなことより。 明日もキッチンのバイトあるのに。 嘘だと言って欲しかった。
唖然とするわたしを、ふわりんはぎゅっと、その羽毛で抱きしめてくれた。
とても柔らかくてあったかい。 本当に羽毛みたいな、ふわりんのわたしを思う気持ちが伝わってくる。
……それにしても情けないな、わたしはポケモンの幸せを勉強し、考えてたってのに、そのポケモンに心配されてたんだな、って思うと。
家族が帰ってくるまで、ふわりんはずっとわたしのそばにいてくれた。 短い息で寝込んでいるわたしを、少しでも癒してくれるように。

***

次の日になっても、わたしは熱がなかなか引かなくて、バイトを休むことにした。
その時スマホでネットを漁ってみて分かったのだが、この熱はどうやら過労から来ていることが分かった。
やろうとしていることが多すぎて、スケジュールも詰め詰めで、相談援助、接客業、キッチンとどれも体力と気力を使う仕事やボランティアで。
分かっていたさ、無茶し過ぎだって。 でもあれもこれもしないと、自分の本当にやりたいことが分からないし、社会人になってからじゃ、もう遅いかもしれない。

最初はポケモンの幸せのために、それを生きがいにして働きたいと思っていた。
でも本当にそれでいいのか、わたしはあえてポケモンと関わらない道を選んで進んで行く方がいいのか。

自分でも何を考えているのか分からなくなってきた。 ただ心の中にあるのはもやもやと黒い霧のように蠢く不安と、それを上手く言葉にできないジレンマ。
いや、言葉にできないんじゃない。 言葉にそもそもしたくないんだ。
もういい歳しているっていうのに、自分の将来のことでこんなに悩んで、悩んで。
優柔不断な自分を認めたくないんだ。

「____?」

そんなわたしのシンキングタイムをぶち破るかのように、ふわりんがわたしに向かって声を張り上げる。 何かを訴えようとしているんだ。
その綺麗な鈴みたいな鳴き声、 わたしには何て言っているのか分からない。 でも、何でだろう、何となくわかる気がする。

わたしに喝を入れているの? それとも、わたしを慰めているの?

多分、両方だ。
わたしはふわりんをぎゅっ、と抱きしめる。 ありがとう、って意味もあるけれど、ごめんね、って意味もある。
あなたの仲間の幸せを考える勉強をしているわたしがこんなんだったら、ダメだよね。
それを、教えてくれようとしてたんだね。
すると、わたしのとふわりんのペンダントが、反応したかのように激しい光を放った。 何が起こったのだろう、わたしは慌てて思わずふわりんから手を離す。 同時にふわりんの身体は、凄まじいエネルギーを帯びた輝きに包まれて。

「……メガ、チルタリス……」

光を打ち破るかのように現れたふわりんは、羽毛が増えて幻想的な容姿になった。 『メガチルタリス』と呼ばれている姿だ。
メガシンカって、ポケモンとトレーナーの絆に反応する、みたいなことを聞いたことがある。 じゃあ、わたしとふわりんの絆に、このペンダントが反応したってこと?

『分かってくれたのね』

突然、頭の中に声が響いた。 高すぎも低すぎもない、とても綺麗な、女の人の声に聞こえた。

『あなたは焦り過ぎてやらなければいけないことを増やし、いっぱいいっぱいになった。 まだあなたは若い。 今しか出来ないことと、もう少し大人になっても出来ることはあるから、今全てをやろうとする必要はないと思う』

ふっと顔を上げると、ふわりんが神妙な顔で、わたしを見つめた。
この表情、そしてこの言葉。 もしかして、これってふわりんの声?
____もしかして、熱のせいで幻聴が聴こえてるのかな? でも、ふわりんの声だとおもったら、もうふわりんの声としか考えられない。
いきなりメガシンカしたかと思えば、ふわりんはメガシンカした瞬間を巻き戻しするかのように、普通のチルタリスへと姿を戻した。

「ふわ……りん?」

わたしは怖々聞いた。 もしかしたら、頭に響いてきたあの声で喋るんじゃないか、って。
何故か固唾を飲んでしまう。

「____」

けれど、いくらわたしがふわりんをじっと見つめても、ふわりんが人間の言葉を話すことはなかった。 さっきと同じ顔で、ふわりんもわたしを見つめ返すだけ。
やっぱり、今のは夢だったのかな? ポケモンが喋るなんて、ありえないんだから。
でも。

「焦らなくて、いいんだ。 一気に全部やろうとしなくてもいいんだ」

そして、わたしは同時に改めて思った。
やっぱりわたしは、ポケモンと関わっていきたい。 時々不思議だけど、支え合いながら、助け合いながら過ごしていくかけがえのない存在、そんなポケモン達が困っているのならば、助けたい。 共に幸せに生きていく道を探したい。

***

夏休みが終わって、後期の授業が始まった。
わたしはキッチンのバイトを早急に辞め、フレンドリィショップのバイトと音楽サークルの活動をしながら、改めてポケモン福祉士になるための勉強をしている。
正直、キッチンのバイトを辞めることはかなり悩んだ。 何せ1ヶ月も経たないうちに辞めてしまったのだから。
でもわたしは、これでいいと思っている。 確かに申し訳ないとは思っているけれど、早く辞めておいた方がむしろ店側としてもいい方ではあったし、何よりそれで自分の本当にやりたいことにありつけるなら。
辛くなることだってある、投げ出したくなることだってある。
もしかしたら、また自分の進むべき道を見失うかもしれない。

でも、大好きなポケモンを幸せにしたい。 共に生きていきたい。
そんな気持ちがあれば、きっと大丈夫。
だって、焦らなくていい、ゆっくりでいい。 今しか出来ないことと、これからも出来ることがある。

それを絆を介して教えてくれたパートナーが、わたしにはいるのだから……。

*おわり*

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