03_02 砂漠の王国のルカリオ

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孤児院に帰るとルカリオたちを迎えたのはアルマジロのような背中をした小さなポケモンだった。
サンドという砂地に住むネズミの一種に似たポケモンだ。
サンドはルカリオが帰ってくるとオドオドした様子だったが手を合わせて敬礼をした。

「お、お帰りなさいませ師父」

「うむ、今帰った。直ぐ夕食の用意をしよう」

「夕食!?」そう聞くとルカリオの後ろのルオがはしゃいだ。
現金なルオはご飯と聞くと痛みも忘れて部屋の中へ走っていった。

「……全くルオの奴、痛みでは懲りなくなってきたな」

「ル、ルオの性格は治らないと思います」

「そうかもしれんな、手伝ってくれるかサン?」

分かっていた事だが納得できず落胆して肩を落とすが、ルカリオは気を取り直し子どもたちのために夕食の用意をするため台所に向かう。
台所に向かうと、その途中で常に手をズボンに入れるように腰のビロンビロンに伸びた皮を掴むルオより少し小さな黄色いポケモンがルカリオの前に現れる。
この孤児院にいる三匹のポケモンの一匹、ズルッグのズクだ、

「押忍。師父、外でサソリ捕まえたんだな。一品入れて欲しいんだな」

語尾に『な』をつける変な特徴を持つズクは大変大食いであり、修行にも真面目だが、ついつい盗み食いをする困った子供だ。
一匹で外に出てはいかんと言われたのにオアシスの外に出たのだろう。
ルカリオは鋭い目つきでズクを見るとズクは慌てた様子で弁解を行った。

「こ、これは家の外にいたんだな! だから師父の言い付けは破ってないんだな!」

こいつは言っても聞かないだろう。
節制することに耐えられず抜け出してしまうのは目に見えている。
ルカリオはまたため息をつくとそのサソリを受け取った。

「ワシが何度も口を酸っぱくして言うのは、外が危険だからだ。言いつけを守らんならワシはお鬼になるぞ?」

「ひぃ!? し、師父の修行は充分鬼なんだな!? これ以上は死んでしまうんだな!?」

ルカリオの脅しを聞くとズクは顔を青くしてガタガタ震えた。

ルカリオはそれ以上は何も言わず台所へと入る。
台所には朝汲んだ水が入った水瓶と、保存された木の実が保管された壺がある。
ルカリオは食材を用意すると、次に水の用意をする。
サンは慣れているのか、水の用意をルカリオがしている間に木の実の下処理を始めた。

ルカリオは夕飯の用意をしながらこの三匹の事を思い浮かべる。

イタズラ好きで不真面目なリオルのルオ、臆病だが真面目で勤勉なサンドのサン、のんびり屋で大食いのズルッグのズク。
この三匹は皆事情は違うが孤児なのだ。
ルオは以前話したとおりだが、サンやズクもまた複雑な事情がある。

サンは元々親がいたが、家庭は貧しく已む無く彼は盗みを行い家庭を助けようとした。
だが、親たちはそれをよしとせずなんとか幸せな生活をするためにある仕事に出かけた。

その仕事は傭兵だった。
傭兵として遠くの国へ出兵したサンの両親だったが、そこは未だ内戦続く治安の悪い国でサンの両親が帰って来た時には、それは傷ついた遺体だけだった。
両親を失い世界に絶望していた所現れたのはルカリオだった。
ルカリオはサンを不憫に思い、サンを孤児院に受け入れたのだ。
サンは当初こそ戸惑い、距離をおいていたが図々しい程迷惑な兄貴分のルオと、まるで第二の親のように接してくれたルカリオに徐々に心を開いていった。
今では二番弟子としてルカリオの元で文武両道に励んでいる。

ズクも親を若いうちに疫病で失い、天涯孤独になった所、空腹で倒れかけ已む無く食い逃げをしたところ、ルカリオに捕まえられた。
ルカリオはその身の上事情を聞くと、孤児院に来ないかと聞いたところ、一杯食べられるならと快諾してやって来た。
割りと修行に真面目なのだが、とにかく食べる。
まぁ、子供が腹いっぱい食べられないなどあってはいけないとルカリオも張り切って用意するわけだが。


「!」

ルカリオは『メタルクロー』を掠らせるように瞬間的に火打ち石とスリ合わせる。
火打ち石から火花が出ると乾燥した薪に火を付ける。
ルカリオの夕食の用意は一時間程かけて行われた。



*


夕飯は戦争だ。
何せ欠食童子が二匹もいるのだ。
丸テーブルに配置された大皿に据えられた木の実料理に肉料理、小麦粉を水で固めて焼いただけの粗末な物も子どもたちの前では瞬く間に胃に入れられる。
料理は小皿で別けられず大皿から掬う必要がある訳だが、そうなると欲しいものは食べたもの勝ち。
となると、ルオとズクの戦いは熾烈を極めた。
まるで手が何本もあるかのようにリオとズクの手がテーブル上を飛び交い、フェイントを交えながらほしい物の奪い合い。

行儀よく食べるサンは余所余所しくモモンのみを切り分けただけの料理を口に運んだ。

「……サン、急がんと全部食われるぞ?」

食が絡むとリオとズクは本気と書いてマジになる。
わざわざ地雷地帯に踏み込むような危険を誰が犯すものかとサンは呆れながら少なく食べた。

「だぁァァ! 諦めやがれズクー!?」
「こればかりは兄弟子でも譲れないんだなー!!」

しかし、煩い。
毎日がこれなのだからたまったものではない。
ルオたちが壮絶に争っているのは、テーブルの中心に置かれた肉団子の甘酢餡かけだ。
本日一番のご馳走にこれは譲れんとカンフーのごとくルオとズクの腕が交錯する。
出しぬいて取ろうとすれば、相手の腕が内側に回り腕を外側に押しのけ、もう片方の腕が狙うが、やはりそれも押しのけられる。
そんな目にも止らぬ攻防が、たかが晩飯の一品のためだというのだから呆れてものが言えない。

「……食わんならワシが頂くぞ」

そう言うと、残像が残るような手刀がテーブルの中央に伸びると二人の制止も間に合わぬまま最後の肉団子はルカリオの口へ入った。

「そ、そんなじじい……」
「あ、あんまりなんだなぁ」

「これが漁夫の利じゃ」

あるいはカモネギが長ネギを背負ってきたか。
足を引っ張り合えば出し抜かれるという教訓だろう。



*



朝、ルカリオたちは目が覚めると朝食前に調練は始まる。
眠そうにしたルオに喝を入れつつルカリオは城下町を少し足早にランニングをした。

「ふひぃ、ふひぃ」

「おーい、ズクー! だらしねぇぞー!」

「お腹が空き過ぎて力が出ないんだなぁ〜」

息を切らしてやや遅れ始めたズクになんだかんだで弟子たちの中では一番前を走るルオはズクに喝を飛ばす。

「頑張るのじゃズクよ、家に帰れば美味しい朝飯が待っておるぞ」

「も、もう少し頑張ってみるな〜師父!」

ルカリオも、アメとムチを巧みに操りズクのやる気を刺激するとズクのペースが少し回復した。

「ズクー! ビリだったらお前の飯はねぇぜー!?」

「そ、それは横暴なんだな兄弟子〜!」

(元気だなぁ、兄弟子もズクも)

さっきから口一つきかないサンは二人を見て本当にそう思う。
自分は口も聞けない位疲れているのに、実はズクの方が体力があるんじゃないかと思う。
ルオに至っては余裕すら見える。
まぁ、ルオに比べてサンやズクは脚が短い。
ルカリオが1メートルを一歩で行くとするとルオは三歩、ズクが四歩、サンが八歩はかかる。
同じ種族ではなく、違う種族であるからこの差は出る。
サンの種族であるサンドは荒れ地や砂地に生息する種族だ。
その身体は固い鱗に覆われ、生半可な攻撃は簡単に弾いてしまう。
しかし、その身体は素早く動くのが苦手だ。
本来ならその鋭い爪を使い地面を潜るのを得意としている。
だから、ランニングは苦手だった。

「ほら、あともう少しだぞ」

「ま、負けないのだなぁ!」

ラストスパート、家が見えると三匹は一気にペースを上げた。
特にズクの執念は凄まじく、そこまでで一番疲れた顔していたにも関わらず物凄い形相で駆け抜けた。
負けじとサンも最後のスパートをかけ、追い抜かれまいとするが、本気を出せばルオに勝てるわけもなく差を離されてしまう。

「いっちばーん!」

一着は当然の如くルオ。

そしてその後ろから二着をかけて並走したサンとズクはゴールにたどり着くと同時に地面に前のめりに倒れた。

「はぁ……はぁ……どっちが勝ったな?」

「同時じゃよ、さぁ朝飯の準備をするとしよう」

「て、手伝います師父……」

最後のスパートは正に死力を尽くした走りだったろう。
ヘロヘロになっているにも関わらずサンはすぐに立ち上がると手伝うと言った。

「いや、休んでいなさい。ルオ、二人を部屋に運びなさい」

「えぇー、メンドー」

「朝飯の抜きでも構わんな?」

「よーし!兄者が部屋に運んでやるからなー!」

ルオは瞬く間に態度を変えるとズクとサンを両肩にもたれ掛からせ、家の中に入っていく。
やれやれ、結局生活を脅かすやり方が一番効率的か……と、その現金な生き方に呆れつつルカリオはオアシスの湧き水で育つ木の実を収穫する。

孤児院の菜園にはモモンのみやヒメリのみ、カゴのみ、オボンのみと様々な木の実の姿がある。
ルカリオの密かな趣味である木の実菜園には毎日のように様々な木の実が花を付け、果実を実らせる。

「お、チイラのみとカムラのみもようやく実ったか」

ルカリオの菜園には食用に適したものばかりがあるわけではない。
その代表がこのチイラのみやカムラのみなのだ。
これらは味が濃すぎるので、食材には適さない。
しかも実るまでに長い時間が掛かり、収穫できる量も少ない。
しかし、その花は美しく鑑賞価値は抜群で、また薬用にもなることから、これを城下で売ることでこの孤児院の唯一の収入源となっているのだ。

「ふふ、ありがとう自然の恵みよ、今日もその恵みの恩恵に肖ります」

ルカリオは手を合わせ、お辞儀をすると、感謝の言葉を告げながら木の実を収穫していく。
葉をつけた菜園の木々はルカリオに触れられ、言葉をかけられると嬉しそうに葉を揺らしていた。
植物は愛でれば良く育つ。
植物は言葉がわかる、気持ちがわかるのだ。
ルカリオはそれを知っている。
植物から感じる波動は喜びに満ちているのだ。



*


「はい! はっ! ぃや!」
「や、はっ、とな!」

朝食の後は、休憩を挟むこともなく三匹には実践的な修行が待っている。
ズクとサンは互い拮抗した組手を披露しており、二人の戦いは攻めのサンと守りのズクと言ったところか。
動きは重いが一撃が重いサンの攻撃を防御が巧みでタフさ持久力に優れるズクが受け止める。
どちらも小さい見た目とは裏腹に、そこらの大人のポケモンくらいなら負けない程二匹は強い。

「くそ! この! くたばれじじい!」

「汚い言葉使いには感心しませんな」

さて、余っているのは当然ルオだが、ルオの組手の相手はルカリオ師父だ。
ルカリオはルオに注意を与えながらすべての攻撃を左手一本で捌ききる。
ルオはその身軽な身体を最大限に活かして多彩な攻撃で攻め立てるが全てが無駄と言われているかのようにルカリオに防がれてしまう。

「戯けめ、無駄が多いと言っていよう」

「ぐえ!?」

空中に飛び上がり、曲芸のように空中で前転し、その勢いでルカリオの脳天に踵落としを放つが、やはり左手一本で僅かに蹴りを逸らされると、そのままルカリオの左手は生き物のようにルオの身体を這いずり、ルオの身体が空中で半回転する。
そのままルカリオの手が地面に振られると、ルオの身体は背中から地面に叩きつけられた。
思わず潰された蛙のような悲鳴を上げたルオは横隔膜を叩かれてまともに呼吸もできずその場で悶絶した。

「達人の戦いに大技はない。それは攻防が完成され隙の大きな大技は死に技となるからだ」

「が……っは!? そ、そんな面倒な戦いできるわけ……ねぇ、だろ……」

「……本当にワシを超えたいならいずれ気付く。武を突き詰めるとはそういうことだ」

武神と言われる程の達人であるルカリオには派手な動きはない。
ほんの僅かな動きで相手を見切り、一撃を叩き込むのだ。
ルオは咳き込みながら起き上がると「チッ」と舌打ちをして、腹を抑えた。

「よし、組み合わせを交代するぞ。次はズクとルオが組手! サンはワシと組手だ!」

「は、はい師父!」
「分かったんだな師父」

一日の殆どは修行に費やされる。
彼らの修行は辛く険しい。
だが、彼らはその技を極めるため強くなるのだ。
その道には終わりはない。

(くそ……ジジイのやつ、次こそギャフンと言わせてやる!)

ワガママで面倒くさがりでひねくれ者でいたずら好きなルオ、だがそんな彼はどうしてルカリオの弟子になったのだろう?
それは彼の強い思いが、どんな苦さえも押しのけ支えている。


03_03へ続く。

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