広大な密林は豊かな水源と安定した高気圧が恵みをもたらし、そこに数多の生物が宿る。
名前すら与えられない巨大な密林、そこには約200種あまりのポケモンが生息しているという。
大半は草タイプ、他に飛行タイプや毒タイプ、水タイプのポケモンの姿もある。
最初の話はその密林に住む一匹のラグラージに関する話だ。
密林の奥、深い沼地には一匹のラグラージの姿がある。
ラグラージはその短い足を泥に沈め、目を瞑ったまま静止していた。
「………」
その沼地の周りは静かだった。
本来ならば数多の生物の生活音が独特の合唱となって、寧ろけたたましく響くものだがこの辺り一帯だけは、異様な静かさに包まれていた。
「……!」
ピクン! とラグラージの頬の感覚器が揺れた。
ラグラージは頬の感覚器を用い、僅かな空気の揺れから周囲の状況を察知する能力を持っている。
更にその独特の身体は沼地でも自由に動くことが出来、かつ沼地に潜っても外鰓から呼吸が可能である
そのラグラージが、肌より敏感な感覚器を用いて周囲を探ると、ラグラージは一気に泥の中へと潜った。
ラグラージの身体が完全に泥に埋もれると、この沼地に大きな影が近づいた。
「……あの野郎、どこ行きやがった?」
大きな影の正体はドサイドンだった。
一歩歩くだけで周囲を揺らし、頭上から木の葉が舞落ちる。
何やら怒り心頭な顔で何かを探すと、見つからない影に苛立ちを見せその場を去っていく。
ドサイドンの姿が見えなくなると、頃合いを見たかのように先程のラグラージは顔を半分だけ沼から出した。
周囲を確認し、誰もいない事を確認すると泥の中から一気に飛び出した。
「……あの旦那もしつこいな……まだ諦めてねぇのか」
ラグラージは沼地から出ると身体に纏わりついた泥を振るい落とす。
泥が周囲に飛び散ると、ラグラージの体は粘膜が覆い、身体が僅かに輝る。
沼地での隠密性とは裏腹に、沼地を出るとその青い体表に加え粘膜で僅かな光でも輝った身体のせいでむしろ目立つものだった。
しかし、それでもこのラグラージは沼地よりも好みのようで、気持ちよさそうに僅かに届く太陽の光を浴びて身体を乾かした。
「あの黒い渦の性で、世の中が変わっちまったな……」
このポケモンだけの世界、その世界は極めて原始的ではあるが、何もかもが穏やかな世界だった。
……だが、ある時忽然とその世界に黒い渦が姿を表した。
黒い渦はあらゆる自然現象とは異なり、あらゆる力場になんの干渉も顕わさなかった。
ただ、その場に存在するだけ。
だが、黒い渦を見たポケモンはある叡智を授かったのだ。
『科学』……というには原初的だがポケモンたちが物を産み出す能力を得た。
極めて原始的であったその世界はあらゆる意味ですべての存在に公平である。
それは、等しくも貧しく、等しくも豊かで、等しくも生を与え、等しくも死を与える。
だが、黒い渦はその世界に新たな理を与えた。
それは、物を産むという能力がその精神に新たな影響を与えたのか、様々な不文律を与えたのだ。
そして、その様を見たポケモンたちはこの異変をある者は神の与えた祝福と称賛し、ある者は、禍つ者が与えた悪意と忌み嫌った。
このラグラージもまた、その影響を忌み嫌うものだ。
「……この世界には豊かさは大いにあるだろう、それ以上がなぜ必要なんだ」
「欲望って怖いよねぇ〜、でも生まれ持った性は消せないからねぇ」
羽音がラグラージに近づいた。
それはラグラージの頭上の木の枝に降り立つとラグラージを見下ろしニコリと笑った。
「アゲハントか……何の用だよ」
その正体はアゲハントだった。
アゲハントはニコリと笑うと、フワリとラグラージの眼前に飛び降りた。
「用がないと来ちゃダメなの?」
そのアゲハントはまだ年若く、つい先月今の姿に進化したメスのアゲハントだった。
アゲハントはケムッソの頃からラグラージに付き纏わり、ラグラージに邪険にされていた。
「……お前みたいなガキに構っている程暇じゃねぇんだ」
「暇な癖に」
ラグラージの眉が僅かに持ち上がった。
生来他との付き合いが苦手なラグラージは、この生意気な小娘には手を焼いており、いつもこのよう余計な一言でラグラージの心証を悪くさせる。
尤も、不器用すぎる生き方がこの問題を生んでいるのも事実だ。
「……昔は大人として我慢していたが、今のテメェなら心置きなくぶっ飛ばせるぜ?」
ラグラージはそう言うとニヤリと笑い、手を強く握る。
しかし、アゲハントはそんなラグラージの様子を見ても驚く様子なく寧ろ更ににこやかな顔を見せた。
「あ、さっきに言っておくけどあたし、新技覚えたんだ?」
「ほぅ? 奇遇だな……俺も新しい技を今編み出した」
そう言うと、足よりも長い腕をゆっくりと持ち上げた。
ニヤリと不気味に釣笑った顔は一瞬で怒気に包み、その拳が振り下ろされる。
「怒りの鉄拳パンチ、別名悪ガキの折檻! テメェで試してやらァ!!」
次の瞬間、ラグラージの身体は緑の光に包まれ、何かがアゲハントに吸収された。
次の瞬間、ラグラージは地面に横たわっていた。
自分に何が起きたのか理解できたのは30分も後のことだ。
「あたしが覚えた技、『ギガドレイン』っていうの」
死ぬほど鬱陶しいと思っている糞ガキの声が働かないラグラージの頭に響いた。
01_02に続く。