Special Mission #9

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冷凍ビームが防がれると見ると、メタモンはすぐさま別のポケモンに変身し、攻撃を仕掛けてきた。

(ルカリオか……!! アルミアの城で出会ったんだっけ……)

メタモンが変身したのはルカリオ。
二年前、アカツキがとあるミッションでアルミアの城に出向いた時に出くわしたポケモンだ。
その時にちょっとしたトラブルがあって、それから半月ほど使い物にならないようなスランプに陥ったのだが……克服したつもりでいながらも、その時のトラウマが心には残っていたらしい。
苦手と感じている気持ちがどこかに残っていたから、ネイティがその感情を読み取って、メタモンに伝えているのだ。

(ネイティはメタモンの味方……かもしれない。
だけど、今はメタモンを落ち着かせるのが先だ)

変身すべきポケモンを教えているネイティを先にどうにかしたとしても、メタモンにはいくらでも変身できるポケモンたちがいるのだ。
周囲で遠巻きに状況を見守っているポケモンたちは言うまでもなく、ムックやアーサーといった最終進化形のポケモンもいる。
だから、メタモンとネイティが似たような考えを持っていたとしても、真っ先にメタモンを止めなければならない。
メタモンは波導弾を無数に撃ち出してきた。
波導弾は相手の『波導』――いわゆる個々人を判別する周波数のようなもの――に反応して動くため、たとえ回避したとしても、撃墜しない限り追尾してくるという特徴を持つ技だ。
一つだけならまだなんとかなるが、無数に放ってくるとなると、一つ一つ撃墜するか、うまく誘導して同士討ちさせるくらいしか対処しようがない。

「ムック、電光石火から翼で打つ!! 波導弾をつぶすんだ!!」
「ムクホーっ!!」

アカツキの指示に、ムックは文字通りの電光石火で周囲を飛び回り、一直線に飛んでくる波導弾を一つ一つ、翼で打つ攻撃で丁寧に破壊した。
一歩間違えれば自身が攻撃を食らいかねない危険なやり方だが、そうしなければアカツキに全弾直撃しかねないし、下手をすれば周りのポケモンたちにまで影響を及ぼしかねない。
千日手としか言いようのない息の長いやり方だ。緻密さと繊細さが同時に要求される……
ムックが自身の能力を存分に活かした方法で攻撃を撃墜しているのを視界に捉えながら、アカツキはメタモンと、その周囲を飛び回っているディスクに意識を集中させていた。
メタモンは立ち位置を変えながら、波導弾や竜の波動といった技で攻撃を仕掛けてくる。
しかし、ルカリオには変身し慣れていないのか、両方を織り交ぜながらの混合攻撃を行ってくる様子は見られなかった。
波導弾には翼で打つ攻撃で撃墜、竜の波動は目覚めるパワーで相殺と、遠近でそれぞれの有効性を活かした技で、攻撃を防ぐ。
アカツキがほとんど指示を出さない中で、ムックが自分で判断して防御手段を切り替えているのを見て、青年は小さく口笛を鳴らした。

「へえ、なかなかやるなあ……一歩間違えれば大変なことになりかねないのに、全然怖がってない。
それだけ、アカツキのことを信頼してるってことなんだろうな」
「そのようだ。だが、私とおまえほどの信頼関係ではないだろう」
「……かもな」
「そこは空気を読んで『当然♪』とか言うところだろう」
「真っ向から否定できないって、アーサーも見てて分かるだろ?」
「ふむ……」

周囲への被害を考えれば、危険度満載の方法を採らざるを得ないと分かっていても、迷いも怯えも見せずにそれを実行するアカツキとムックの度胸は大したものだ。
それもこれも、互いの信頼がしっかりと強固なものでなければ実行に移せない。
パッと見、ムックの活躍が目覚しいようにしか見えないが――実際、メタモンの攻撃をすべて防いでいるのはムックなのだが――、アカツキも負けてはいない。
軽い足捌きで立ち位置を変えながら攻撃を仕掛けるメタモンに対し、攻撃を掻い潜りながらディスクを巧みに操って、幾重にもキャプチャ・ラインを描いていくアカツキのキャプチャの実力も、腕に装着したファイン・スタイラーに相応しいレベルだった。
……しかし、緻密さと繊細さが同時に要求される行動は、そう長くは続かない。

「……ムクホーっ!?」

ムックは波導弾を一つ一つ翼で破壊しながらも、一つだけ破壊し損ねたものがあると瞬時に理解し、すぐさま声を上げた。
アカツキに対して、攻撃がそっちに向かっていると知らせるための嘶きだったが、そんなものがなくても、真正面から迫ってくる攻撃を見ていないはずはなかった。
複数発迫ってくれば厄介なのだが、一発だけならまだなんとかなる。
アカツキはキャプチャを継続しながらも呼吸を整え――

「はあっ!!」

空いていた左腕をバットのごとく振りかざし、波導弾を思い切り頭上に弾き飛ばしたのだ。
骨が折れんばかりの痛みが左腕を襲うが、避けたところでいつか攻撃を受けるのだ、少し痛い思いをしてでも先に対処しておいた方がいい。

(こりゃ痛いな……だけど、威力だけなら本家のルカリオに全然及ばない)

我慢できないほどの痛みではない。
先ほどから絶えず頭を襲っている痛みに比べれば、大したことはない。
専売特許とも言えるルカリオが放つ波導弾の威力はこんなものではないと理解しているからこそ、アカツキは痛みに気持ちを持っていかれることなく、キャプチャを継続した。
ムックの呼吸がわずかでも乱れていることを今のやり取りから見て取って、メタモンは別のポケモンに変身した。

(次はガブリアス……ホント、僕が苦手としてるポケモンに変身するんだな)

メタモンが変身したのはガブリアス。
マッハポケモンと呼ばれており、翼はないが脅威の跳躍力で擬似的に空を飛ぶことができるとされるドラゴンポケモンである。
攻撃、防御、素早さと、すべての能力が平均以上で、特に攻撃と素早さに関しては全ポケモンの中でもトップクラス。
メタモンがガブリアスに変身したのは、アカツキがガブリアスを苦手としているからだが、それはハルバ島のカバルドン神殿で危うく殺されかけたという苦い経験があったからだ。

(ガブリアスが得意としてるのは接近戦。ムックに相手をしててもらうしかない)

とはいえ、いつまでも苦手に思っているわけにもいかない。
一直線に突撃してくるメタモンを睨みつけながら、アカツキはムックに指示を出した。

「ムック、メタモンを近づけさせるな!!」
「ムクホークッ!!」

接近戦なら、ムックだって負けてはいない。
翼で打つ攻撃やインファイトといった技を駆使すれば、どんな相手とだって渡り合えるのだ。
ムックはメタモンに向かって突撃すると、持ち味である物理攻撃力の高さを活かした猛攻撃を仕掛けた。
メタモンも負けじとドラゴンクロー、瓦割りといった技で応戦する。
単純な経験値だけで言えば、ムックの方が上。
アカツキのパートナーになって早三年、あらゆるポケモンたちと渡り合ってきたのだ。
経験に裏打ちされた瞬時の判断や攻撃の鋭さは、メタモンにはマネのできないものだ。
しかし、変身を駆使した戦いに慣れているメタモンには、他のどのポケモンにもマネできない戦い方というものがあった。
メタモンはわざと大振りのドラゴンクローを放ち、ムックに回避させると、反撃を誘った。
次の瞬間、メタモンはさらに別のポケモンに変身した。

(ヤミラミ……!!)

堂々とした体格のガブリアスから一転、どちらかと言えば小柄なポケモンに分類されるヤミラミに変身したのだ。
当然、ムックは次の攻撃が来ると考えて身構えていたため、瞬時の変身に思わず思考が停止し――
メタモンの不意討ちが、ムックを吹っ飛ばした。

(不意討ち……!!)

アカツキはぎりっ、と奥歯を噛みしめた。
不意討ちは攻撃技を出そうとしている相手に対してのみ先制攻撃が可能な技で、今のように互いに技を繰り出し合って攻防を繰り広げている状態では特に有効とされている。
メタモンは敢えて身体の小さなメタモンに変身することで、先ほどまでの間合を一気に狂わせ、不意討ちによって確実にムックにダメージを与えてきたのだ。
変身するポケモンによって生じる身長差……間合の変化を熟知したからこそ可能な攻撃だ。
不意討ちでムックを吹き飛ばし、ムックが態勢を立て直すまでの間に、メタモンはさらに変身を行った。

(次はエレキブル……!!)

電気タイプの中でも物理攻撃に優れているとされるエレキブルだ。
メタモンは身体を激しく震わせると、広範囲に雷を降らせて攻撃を仕掛けてきた。
一気に決着をつけようという腹なのか、飛び立とうとしていたムックに頭上からの雷が直撃した。
声も上げられずに雷に打たれるムックだが、全身を駆け巡る痛みと鈍い痺れを我慢して、メタモンに突撃を仕掛ける。
しかし、メタモンはそれを予期していたらしく、ムックのブレイブバードをリフレクターによって威力軽減した状態で受け、冷凍パンチで反撃、ムックを近くの木の幹に叩きつけた。
ブレイブバードの威力は凄まじいものだが、タイプの防御(電気タイプのエレキブルには、飛行タイプのブレイブバードのダメージが軽減される)とリフレクターによる物理攻撃の威力軽減の相乗効果で、ダメージはさほどのものではなかった。
恐らく、エレキブルに変身したメタモンはそこまで読んだ上で、敢えて一撃を受けてから反撃に転じたのだ。
しかも、普通のエレキブルなら冷凍パンチなんて技は使えない。
相当に熟練したエレキブルの戦いを見て、メタモン自身がそういった技を吸収したと考えるべきだろう。

(くっ……!! まさか、そんな手段まで持ってるのか……!!)

いくらムックでも今のダメージは大きく、すぐには立ち直れない。
運の悪いことに、冷凍パンチの追加効果でムックの翼は氷漬けとなり、飛び立つこともできないような状態だった。
氷が解けるか、あるいは壊すかしなければ、ムックがメタモンを引き付けていることができなくなる。
ある種、パートナーと一体になってキャプチャに臨むポケモンレンジャーにとって、分断された現状は、最悪の状況と言っていい。
だが、ムックがなんらかの理由で動けなくなっても、アカツキだけでキャプチャを継続できるように訓練を積んできただけに、動揺はしても行動に迷いはなかった。
ムックさえいなければ後は簡単だと言わんばかりに、メタモンはエレキブルの顔で不敵な笑みを浮かべると、さらに別のポケモンに変身してきた。

(ドラピオン……僕が今まで出会ってきた、キャプチャしてきたポケモンばかりに的を絞ってる。苦手って意識はないつもりだけど)

ダークライ、ルカリオ、エレキブル、ドラピオン。
いずれも、アカツキが今までに出会ってきたポケモンたちだ。中には苦戦を強いられた相手もいたが、苦手意識を抱いているほどではない。
もっとも、ネイティが『こいつならいいだろう』と思っているポケモンをメタモンに伝えているだけだろうが。
アカツキがあれこれ考えている間に、メタモンはミサイル針を撃ち出してきた。
読んで字のごとく、針のようなエネルギー体をミサイルのように無数に発射する、虫タイプの技だ。
威力は小さいが、塵も積もれば何とやらという言葉の通り、全弾命中ということもなれば、ダメージはバカにならない。
さすがにこれだけの数を放たれれば、攻撃を掻い潜ってキャプチャを継続するのは難しく、アカツキは一旦ディスクの操作を打ち切って、手元に回収した。
怒涛のごとき数で迫るミサイル針をギリギリまで引きつけて避けようと考えたが、メタモンはそんなアカツキの考えを読んでいるかのごとく、程よく拡散するように放っていた。

(まずい、このままじゃ……!!)

このまま突き進んでくれば避けきれないと悟り、無理に避けたところで、背後のポケモンたちを直撃する軌道だ。
迷っている時間はなく――瞬時に幾度も逡巡を重ね、アカツキはすぐさま行動を取った。
メタモンに背を向けて、直撃するであろう場所のポケモンたちに向かって走り、強引に押し倒すと、その上に覆いかぶさったのだ。
アカツキが取った行動は、遠巻きに見守っているポケモンたちに対して警戒を送ることでもなければ、自分だけが避けるというものでもなかった。
身体を張って、ポケモンたちをかばう、というものだった。
直後、ミサイル針がアカツキの背中を直撃した。

「くっ……あぁぁぁぁぁぁっ!!」

一発だけでも包丁で背中を刺される痛みが襲うのに、アカツキの背中に突き立ったミサイル針は数十発。
あまりの痛みに意識が飛びそうになったり、気が触れそうになったりするが、そんな意識を強い使命感が強引に押さえつけていた。

(うわ、思い切ったことするな……大丈夫かと思ったけど、このまま見てたらとんでもないことになりそうだ。オレが話をつけてみるか)

アカツキはポケモンたちを優先する行動を取ったが、ポケモンレンジャーとしてはそれが最善で正しいと信じているからだろう。
しかし、傍から見ると危なっかしいことこの上ない。
青年は、このまま見守ろうと思っていた考えを転換した。
アーサーやネイトならどんなポケモンに変身されたところで対等以上に渡り合えるし、粘り強く説得するのはお手の物だ。
だが、もう少しだけ、待つ。
本当に危ないと感じた時にそうしなければ、アカツキの立つ瀬がないだろう。

「ぅぅっ……大丈夫かい?」

アカツキは覆いかぶさっていたポケモンたちから身体をどけると、痛みをおして微笑みかけた。
明らかに強がっているのが分かるような笑みだけに、ポケモンたち――五体のツチニンはアカツキに心配そうな顔を向けていた。
彼がメタモンのために行動を起こしてくれていることは傍目から見て理解していたし、自分たちもメタモンをどうにかして止めたいと願っていたのだが、自分たちではとてもあのメタモンを止めることなどできない。
悔しいが、彼に任せるしかなかったのだ。
そうしたら、広範囲にわたって放たれたミサイル針の巻き添えを食らいそうになり、アカツキがかばってくれた。
身体を張って誰かをかばうなど、人でもポケモンでも、相当に勇気の要ることだ。
痛い思いをすると分かっていて、躊躇いもなく自分たちに覆いかぶさったアカツキに、ツチニンたちは何かしなければ、と思っていた。

「…………」
「…………」

身を挺して仲間を守ってくれたということは、他のポケモンたちにもすぐに伝播した。
少し離れたところから見守っている青年とはすでに心が通じ合っているが、アカツキとは話もしていないし、キャプチャによって心を通わせているわけでもない。
それでも、メタモンを止めたいと思っているのは彼らもまた同じだった。
メタモンを止めることと、ポケモンたちを守ること。
その二つを両立しようと頑張ってくれているアカツキに、自分たちが力を貸さなければという機運が高まり始めていた。
ポケモンたちの気持ちの変化を雰囲気で感じ取り、アカツキは彼らの力を借りるべきかと思った。
ムックが立ち直るまでには時間がかかるし、ポケモンたちがメタモンを止めるために力を貸してくれるなら、心強い。
だが、メタモンはアカツキにミサイル針を撃ち込んだ後、ルカリオに変身して神速で間合を詰めると、再びドラピオンに変身していた。

「……!?」

視界に差した影にハッとして顔を向けようとしたが、その時にはメタモンの両腕のハサミがアカツキの胴体をつかんでいた。

(……しまった!!)

このメタモンに、常識など通用しない。
短時間に、しかも連続で変身することができるのだ。
ガブリアスからヤミラミに変身し、すぐさま不意討ちをしかけてきたように、戦いにも慣れている。
能力のすべてをコピーできなくても、戦い方は知っているのだ。
そして、技と変身を駆使したメタモン独自の戦い方を確立している……
アカツキの身体はメタモンの斜め上まで持ち上げられた。

(まだ敵意を持ってる……本当に僕たちを排除して、それで終わるって考えてるのか?)

メタモンの目には、強い敵意。
ジェイであれアカツキであれ、人間なら誰でも一緒だと言わんばかり。
今までのキャプチャで、多少は気持ちが伝わっているだろうが、それでも興奮状態が収まらないところを見ると、今まで溜まりに溜まった人間への敵意が今回の件で一気に爆発したのかもしれない。

(この場にいる仲間たちのことが、目に入ってないんだ。
……僕がかばったのを見ても、心配さえしてない。メタモンは完全に人間への怒りで我を忘れてる)

仮にここでアカツキとあの青年を排除したとして、メタモンとポケモンたちは本当に平和に暮らしていけるのだろうか?
今回の件で、ポケモンたちはメタモンに対して恐怖に似た感情を抱いているはずだ。そんな状態で、普通に暮らしていけるのか?
……答えは否だ。
そんなギスギスした状態になることが、本当に幸せであるはずがないし、メタモンだって望んではいないはずだ。
だったら、仲間たちの気持ちを、自分の気持ちと一緒にキャプチャで伝えなければならないのだが、メタモンは両腕のハサミでアカツキの胴体をぐいぐい締め上げ始めた。

「ぐ……あ、ああっ!!」

ドラピオンのハサミは、自動車でさえスクラップにしてしまうほどの膂力を秘めている。
その幾許かのパワーがあれば、人間の胴体を両断することは容易いだろう。
ハサミが身体に食い込み、内臓が飛び出んばかりの気持ち悪さと、容赦なく締め上げられる痛みに悲鳴を上げながら、アカツキは身体を捩った。
辛うじて束縛から逃れられた両手でハサミに触れるが、人とポケモンの身体能力の差は歴然としており、どうにもならない。

「ムクホーっ……!!」

アカツキが窮地に追いやられていくのを見て、ムックは悲痛な声を上げた。
翼が氷に閉ざされていなければ、今すぐすっ飛んでいって、メタモンを倒してでもアカツキを救い出すのに。
ムックがそんな風に思っているのを波導から読み取って、アーサーは青年に言葉をかけた。

「おい、そろそろ助けるぞ。このまま放っておいたら、どうなるか……」
「大丈夫」
「大丈夫だと? おまえの目は節穴か?」
「何があったって必要なことをやり通そうとする目をしてるんだ。大丈夫に決まってるだろ」
「…………」

青年はアカツキならこの窮地すら脱すると確信しているらしく、まったく動じていない。
アーサーの言葉にも耳を貸さない。
だが、本当に危険と判断したらアーサーが動くことも理解していて、それを止めるつもりもないのだ。

(食えないやつだ……)

十年近い付き合いになるが、今回ほどドライに現実を見据えているのは久しい。
だが、本当に大丈夫だと思うから動かないだけだということも知っている。
万が一の時には動くことも想定している。
だから、見守っているだけ。

(まずい……ムックは動けないし、僕だけじゃこの状況を打破できない)

耐え難い吐き気と痛みに気がおかしくなりながらも、アカツキはしっかりと考えをめぐらせていた。
結果、思い浮かぶのは面白くない結末だけ。
ムックが動ける状態なら、まだ打破する手立てがあるが、ムックの翼は氷に閉ざされて、とても動ける状態にない。
どうにかしなければ……しかし、どうにもならない。
今までにだって絶体絶命のピンチは何度か経験しているが、その度にどうにかして乗り越えてきた。
だが、今回ばかりは厳しいかもしれない。
それでも、自分がここであきらめたら、島に棲むポケモンたちの気持ちはどうなる?
あきらめるつもりはない。
だから、どうにかしてこの状況を打破しなければならない。

(ちくしょう、どうすれば……!!)

自分は動けない。ムックも動けない。
この状況で動けるものと言えば……
考えがとある一点に至った直後、がくんと身体を激しく揺さぶられ、頭に強烈な痛みが走った。

「あつっ……!! えっ……!?」

メタモンが思い切り揺さぶりをかけてきたのかと思ったが、違った。
そうだと分かった次の瞬間には、アカツキはメタモンのハサミによる束縛を脱していた。

「げほ、げほっ……」

喉に手を宛がいながら、激しく咳き込む。
こんな隙だらけの状態を、メタモンが見逃すはずはない。
……見逃せるような状態ならば。

「…………」

一秒が過ぎ、二秒が過ぎ、三秒が過ぎても。
メタモンからの攻撃はなかった。
……というのも、アカツキとメタモンの間に、島のポケモンたちが押し寄せてきたからだ。
まるで、互いを衝突させないように……アカツキをメタモンから守るように。
ポケモンたち自身が身体を張って、メタモンにアカツキを攻撃させまいとしているのだ。

「みんな……ダメだ、危ないから下がってるんだ」

頭を金槌で叩かれるような痛みと息苦しさに表情をゆがめながらも、アカツキはポケモンたちに下がっているように言葉をかけた。
島のポケモンたちを巻き込むまいと身体を張ってかばったのに、前面に出られたのでは意味がない。
それに、メタモンのキャプチャを行うにも支障が出る。

「…………」

メタモンはアカツキをかばっているポケモンたちを睨みつけたが、ポケモンたちも一歩も引かない。
アカツキが、自分たちのために動いてくれていることを理解していて、メタモンを止めようとしていると分かっているからだった。
律儀なことに、他人に任せて自分たちは何もしないなどという考えを、この場のポケモンたちが抱いていなかったのだ。
一方で、人間を排除して仲間たちを守ろうとしていたメタモンだったが、守るべき仲間たちが、排除すべき人間を守ろうとしていることに理解が追いついていなかった。
問答無用で仲間たちを排除しようなどと言う気にはならないし、この状況で人間を排除しようとしたところで、仲間たちを巻き添えにしてしまう。

(みんな……)

アカツキはポケモンたちが自分の気持ちを理解してくれているのだと分かったが、それがメタモンに伝わらなければ意味がないことも同時に理解していた。
メタモンに、ポケモンたちをどうにかしてまで自分を排除する気がないということも。

(みんなはメタモンに、僕を傷つけさせないようにしてる。
……メタモンも動いてない。きっと、仲間たちへの気持ちは本当に強いんだ。
だったら、僕が保護区へ移送するなんてことをしたら……)

メタモンがアカツキを排除しようとしているのは、仲間たちを思うがゆえ。
仲間たちの気持ちが伝わっているなら……もう一押しで自分の気持ちも伝えられる。
メタモンに危害を加えるつもりはなく、ただ守りに来ただけなのだと伝えることができるはずだ。
それに、自分に与えられたミッションが本当に正しいものなのかと、ポケモンたちの様子を見て思ってしまった。
メタモンをジェイから守り、保護区へ移送すること……
レンジャーユニオンの立場からすれば、それがベストなのかもしれない。
だが、それが本当にポケモンたちにとってベストなことなのか……?

(分からない。でも、本当にこれでいいのかって思う)

アカツキはメタモンとポケモンたちが無言で見つめ合っているのを見て、疑念を強めた。
同時に、自分が為すべきことが何なのか、見えてきたような気がした。
一方、ポケモンたちが身体を張ってアカツキを守ろうとしているのを見て、青年は口の端に笑みを浮かべた。

「な? 大丈夫って言っただろ?」
「結果論だな……癪だが、認めざるを得ないところだ」

アーサーは承服しがたいと言いたげだったが、結果的には青年の言う通り、『大丈夫』な方向に転がり始めている。
あと一押し。
ポケモンたちに気持ちは伝わっている。
その気持ちを、メタモンに届けるだけ。
ポケモンたちの気持ちを重ねれば、トップレンジャーに匹敵する実力を持つアカツキならそう難しいことでもないはずだ。

(ポケモンレンジャーとして、ポケモンたちのために頑張ってきたキミなら、簡単なことだろ。
……トップレンジャーになろうって言うんだから、ここらできっちり締めてもらわなきゃな)

青年がそんなことを思っていると、アカツキはゆっくりと立ち上がり、ドラピオンに変身したままのメタモンの目をまっすぐに見やった。
そして、ありったけの気持ちを口にした。

「僕はこの島のポケモンたちに危害を加えに来たんじゃない。
みんなは分かってくれた。あとは……メタモン、キミだけなんだ。
僕の気持ち、そのままきっちり伝えるから。ちゃんと受け止めてくれないかな。
もしそれで不満だったら、煮るなり焼くなり好きにすればいい」
「…………」

メタモンはしばらくじっと彼の目を見つめ返していたが、周囲のポケモンたちに離れているよう仕草で指示を出した。
先ほどまでの興奮はなく、問答無用でアカツキに襲い掛かろうとしている雰囲気でないことを察して、ポケモンたちは一体、また一体と離れたところへ移動を始めた。
一分ほどが経って、先ほどと同じようにポケモンたちが遠巻きに事態を見守るといった構図に戻ったのを確認して、アカツキは深呼吸して気持ちを落ち着けた。
それから、メタモンとの距離を取り、腰を低く構える。
ディスクを回収し、いつでもキャプチャできる体勢で、じっとメタモンの目を見やる。
メタモンはドラピオンの変身を解いていないが、このままでいいと思っているのだろう。

(メタモン。
僕はキミを保護するためにここまで来た。
だけど……今はそれが本当に正しいことなのか、分かんないんだ。
それでも、僕の気持ちは知っておいてほしい)

呼吸と共に気持ちを整え、凛とした声で叫ぶ。

「キャプチャ・オン!!」






To Be Continued...

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