Special Mission #1

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:16分
ヤミヤミ団の野望が潰え、アルミア地方に平和が戻ってから二年の時が過ぎた。
十六歳になったアカツキは相変わらずレンジャーとしてアルミア地方の各地を飛び回っていたのだが……
ガォォォォォォォォォォォッ!!
猛々しい咆哮を上げながら、怪獣を思わせる立派な体躯のポケモンが暴れ回っている。
身長は二メートルを優に超え、体重など数百キロはあろうか。
悪タイプと岩タイプを併せ持つバンギラスというポケモンで、地団太を踏んだり破壊光線を放ったりと、とにかく暴れ回っている。
脚を振り下ろすたびに周囲の地面がひび割れ、ずぅぅぅん、という重たい衝撃が駆けめぐる。
破壊光線を放てば木々をあっさりとなぎ倒し、凄まじい爆発で周囲の自然を破壊していく。
周囲に人の姿はなく、人家もない。
ここはアルミア地方の北東部……ヌリエ高原からほど近い場所で、街から遠く外れた場所だった。
人的な被害は皆無なのだが、逆に誰も止めてくれる者がいないために、荒れ狂う嵐は収まる気配を見せない。
普通の人間にバンギラスを止めることはまず不可能。
もしもこの場にポケモントレーナーがいれば、バトルを仕掛けてダメージを与え、体力を奪うことで動きを止めることはできるのだろうが、このアルミア地方において、ポケモントレーナーは皆無に等しい。
中にはポケモントレーナーとして旅立つ者もいるが、そのほぼすべてはポケモントレーナーがメジャーな職業となっている他の地方を冒険の舞台に選ぶため、そういった手段は期待できない。
バンギラスはヨーギラスの最終進化形で、その力は全種族のポケモンの中でもトップクラス。
並大抵のポケモンでは止めるどころか、逆に攻撃を受けて逃げ出すのが関の山だ。
バンギラスは山の形をあっさり変えてしまうほどの力を持つとされており、このまま暴れさせていれば、アルミア地方の地図を書き換えなければならないような地理的な被害が出ることは間違いない。
しかし、どのような形であれ自然と平和を脅かそうとする存在を野放しにしておく道理はない。
やや離れた上空で、猛禽ポケモン・ムクホークの背中にまたがってバンギラスの様子をじっと見守る少年の姿があった。
赤を基調としたポケモンレンジャーの制服を身にまとい、右手にはスタイラーを握りしめた、十五、六歳の少年だ。
幼さを多分に残した顔立ちで、よく言えば可愛らしく、悪く言えば子供っぽく見える童顔。
少年――アカツキは見る人によってかなり評価の分かれるであろう顔立ちに凛とした表情を浮かべ、鋭い眼差しをバンギラスに注いでいた。

(バンギラスか……ハルバ島に棲息してるはずなのに、なんでこんなところに?
相当興奮してるし、早いところキャプチャして、本部に保護を要請した方が良さそうだ)

アルミア地方北東部某所でのミッションを終え、ユニオン本部に帰還する途中で、バンギラスが暴れているのを見かけた。
だが、アカツキの知る限り、バンギラスはアルミア地方南東部に位置するハルバ島に棲息するポケモンだ。
誰かが連れてきたのか、自力で海を渡ってきたのか。
どちらとも判断はつかないが、周囲の自然への被害をこれ以上出さないためにはキャプチャで落ち着かせ、当面は本部の施設に保護してもらうのが一番だろう。
しばし考えた後――

「ムクホーク?」
「ムック、少し離れたところに降り立って。僕がキャプチャして落ち着かせるから、サポートをお願い」
「ムクホーっ!!」

『どうする?』と問いかけてきたパートナーポケモンのムクホーク――ムックに指示を出す。
ムックはアカツキの指示に大きく嘶くと、指示通りバンギラスから十数メートル離れたところに降り立った。
アカツキが背中から下りたことを確認すると、翼を広げて飛び立った。

「よし……」

アカツキは見境なく暴れているバンギラスを見据え、キャプチャの体勢に入った。
深呼吸して気持ちを落ち着かせ、

「キャプチャ・オン!!」

スタイラーからディスクを射出し、キャプチャを開始する。
短く突きつけるような声に気づいてか、バンギラスの注意がアカツキに向いた。
存分に暴れられる相手を見つけたと思ったのだろう、バンギラスは口を大きく開き、いきなり破壊光線を発射してきた。

(いきなり破壊光線か。すごく興奮してるな。キャプチャに時間がかかるかも)

破壊光線は威力抜群な技だが、強力すぎる反動で、放った後、エネルギーチャージのため数秒から十数秒の間、動けなくなってしまうリスクを伴う。
何の前触れも迷いもなくそんな技を放ってくるところからすると、理由はどうあれ相当に興奮しているのは間違いない。
キャプチャはポケモンレンジャーの気持ちを相手に伝える行為であり、興奮状態のポケモンを落ち着かせるには時間がかかる。
それでも、アカツキは落ち着き払っていた。
バンギラスのような強力なポケモンを今までに何度も相手にしてきたし、キャプチャにだって成功しているからだ。
アカツキはスタイラーを操作して、ディスクを破壊光線の軌道から逸らし、バンギラスの横から回り込むように動かすと、自身もさっと横に飛び退いた。

どーんっ!!

轟音と共に破壊光線が地面に突き刺さり、派手に土塊を舞い上げる。
着地してその様子を横目で見やるが、特に反応するでもなく、キャプチャを続ける。
エネルギーチャージの反動で動けない間に、ディスクの先端から漏れる燐光――キャプチャ・ラインでバンギラスを幾重にも囲んでいく。
その後も、反動を抜け出したバンギラスはアカツキに対して攻撃を仕掛けてきたが、いずれも直線軌道の技で、避けるのは容易かった。
さらに、ムックが上空から強烈な風を巻き起こし、バンギラスの動きを鈍らせる。
小山のような体躯を有するバンギラスでさえ、ムックの起こす風には踏ん張りながらゆっくり攻撃動作に移るのが精一杯だった。
ムクホークはムックルの最終進化形で、ムックがムクバードからムクホークに進化したのは約三ヶ月前。
進化によって大きく能力を伸ばしたが、ムクホークは猛禽ポケモンという呼び名の通り、とにかく物理攻撃力に優れている。
それだけの攻撃力があれば、物理的に相手を傷つけることのない風起こしでも、相当な風圧を生み出すことができるのだ。
ポケモンレンジャーのパートナーポケモンは、ポケモントレーナーのポケモンと違って相手を傷つけることを潔しとはしない。
相手を傷つける心配のない技で、レンジャーのサポートを行うのである。
ムックの場合は、風を起こして相手の動きを制限するのが主な手段。
あとは周囲を飛び回って、注意をアカツキとディスクから逸らすこと。
風を巻き起こし、あるいは忙しなくバンギラスの目の前を飛び回り、アカツキが攻撃に巻き込まれないように努める。
キャプチャを開始して一分後、バンギラスはまだ落ち着きを取り戻せずにいた。
興奮しているポケモンほど、なおかつ強力な力を持つポケモンほど気持ちが伝わりにくいのだ。
バンギラスは直線軌道の技では目の前にいる相手にダメージを与えられないと判断してか、同心円状に広がる黒い衝撃波――悪の波動を放って攻撃してきた。
人が走るスピードの何倍もの速さで広がる悪の波動を、アカツキが普通に避けられるはずはない。
――が、ムックは電光石火の勢いでアカツキの元へ向かうと、脚で彼の肩をがっしりつかんでそのまま宙に離脱した。
直後、悪の波動が先ほどまでアカツキのいた場所をなぎ払う。

「ムック、サンキュー」
「ムクホークっ!!」

アカツキが短く礼を言うと、ムックはこれくらい当然だと言いたげな声音で返した。
危うく攻撃を食らうところだったが、アカツキは全然慌てていなかった。
というのも、ムックがこうして攻撃から守ってくれることを知っていたからだ。
あらかじめ、自分だけではどうしても避けられない(と思われる)攻撃が来たら、『守る』で防ぐか、アカツキを連れて攻撃範囲から離脱するように指示を与えていたのだ。
今回は同心円状に広がる攻撃だったため、『守る』でアカツキの目の前に立ちはだかって攻撃から身を守ろうとしても、バリアの範囲外から攻撃が回り込む恐れがあったため、離脱する方を選んだ。
そこはムックの判断に任せているが、アカツキは彼のことを心の底から信頼しているため、不安はまったくなかった。
ムックは先ほどより離れた場所にアカツキを下ろしたが、その間もアカツキはバンギラスのキャプチャを続けていた。
視界やバンギラスの位置、そしてディスクの位置が絶え間なく変わり続けている中でも、ディスクのスピードや方角を理解していれば、操作することはできる。
もっとも、並大抵のポケモンレンジャーではそんな状態でキャプチャを続行することなどとても不可能なのだが。
背後に回り込んだアカツキに向き直るバンギラス。
口を大きく開き、破壊光線を放とうとしたところで、動きを止める。
キャプチャ・ラインで数十回囲い込み、ようやく気持ちが通じたのだ。アカツキがバンギラスに対して『落ち着いて欲しい』と思っていた気持ちが。
興奮状態から解き放たれ、我を取り戻したバンギラスは『ここはどこ? オレは何をしていた?』と言わんばかりの表情で周囲を見渡していた。

「キャプチャ完了!!」

アカツキはディスクをスタイラーに回収すると、バンギラスに歩み寄った。
先ほどまで血走っていた目も、すっかり落ち着きを取り戻している。
気持ちの通じたポケモンレンジャーなら、相手を怒らせるようなことをしない限り、危害を加えられることはない。

「バンギラス、落ち着いたかい?」
「がぉぉぉっ……」

アカツキの言葉に、バンギラスは首を縦に振った。
それから、周囲が無残に荒れ果てているのを見て、これは自分がやったのだろうと理解した。
覚えてはいないが、これだけのことができるのは自分くらいなものだと思ったのだろう。
好戦的なことで知られるバンギラスだったが、理由もなく周囲に攻撃を加えまくっていたことには心を痛めていたようで、アカツキはバンギラスの身体をそっと撫でながら言葉をかけた。

「キミはとても優しいんだな。
気にするなって言っても、気にしちゃうんだろうね。
でも、これから先こんなことがないように気をつけていけばいいんだ。悔やんでばかりじゃ前に進めないよ」
「がぉぉぉっ」

優しい口調の中にも、若干の厳しさを含んだ言葉。
アカツキの言葉を理解してか、バンギラスは深く頷いた。

(分かってくれたみたいだな。これなら大丈夫だ)

どうやら、目の前にいるバンギラスは、種族の中でもかなり穏やかな部類に入るらしい。
キャプチャによって気持ちを通わせたポケモンレンジャーが目の前にいるから、穏やかなのは当然なのだが、それだけではないのだろう。

「ムクホーっ?」
「がぉぉぉ……」
「ムック、ムクホークっ」
「がぉぉぉぉっ? がぉぉ……」

アカツキの傍に舞い降りたムックが、バンギラスに言葉をかける。
なんらかの会話を交わしているのだろうが、普通に聞いている分には、何をしゃべっているのかよく分からない。
アカツキも、ムックとバンギラスが何をしゃべっているのか分からないが、和やかな雰囲気から、過ぎたことはあまり気にするな、みたいなことを話しているのだろうと推測するだけだ。
ムックが話してくれていれば、自分が少し目を離しても大丈夫だろう……
そう思い、アカツキはスタイラーのボイスメール機能を使って、ユニオン本部のオペレーターと連絡を取った。

「こちらアカツキ。本部、応答どうぞ」
『はい、こちらリズミ。アカツキ、どうしたの?』

応答したのはアカツキの親友であるオペレーターだった。
まさか彼女が出るとは思わず、アカツキは苦笑していたが、用件を手短に告げた。

「リズミ。バンギラスが暴れてたんでキャプチャしたんだけど、どこから来たか分からないから、当分はユニオンの施設で保護しようと思う。
大型のヘリとスタッフを寄越してもらえないかな?」
『分かったわ。すぐに手配して向かわせます。
場所は……ヌリエ高原の近くでいいわね』
「うん、頼んだよ」

短いやり取りを終えて、通信を切る。
アカツキの話が終わったところで、ムックが問いかけてきた。

「ムクホークっ?」

これからどうするんだと言っているのは分かったので、アカツキはどこか不安げな表情を見せているバンギラスに顔を向けた。
海を隔てたハルバ島に棲息するはずのバンギラスがどうしてここにいるのか、その理由はアカツキにも分からない。
分かるとすれば当人だけだし、人間とポケモンでは言葉が非常に通じにくいため、たとえムックを介したとしても、アカツキには理解してやることができないのだ。
そこで、ユニオン本部の保護施設に一時的に身柄を預け、元いた場所へ帰そうと考えた。

「バンギラス。僕たちが責任を持って送り届けるから。
僕がずっと一緒にいてあげられるわけじゃないから、不安に思うかもしれない。
だけど、みんなとっても優しいから大丈夫。キミは元の生活に戻るだけだから」

ポケモンレンジャーは、キャプチャによって気持ちを通わせたポケモンの力を借りて、事件や事故の対処に当たる。
しかし、それだけが仕事ではない。
困っている人やポケモンを助け、自然と平和を守ること。
その守るべき対象にはポケモンも含まれているため、バンギラスのように我を失って暴れているポケモンを落ち着かせ、元いた場所に送り届けるといった内容も、仕事の一つなのだ。
アカツキの言葉に安心したのか、バンギラスの表情から不安の色が消える。
三十分後、一台の大型ヘリが現地に到着した。
鮮やかなスカイブルーの機体が特徴のヘリで、戦闘機かと見紛うような大きさだった。
あらゆるポケモンを保護し、もしケガをしているようなら治療を行えるよう考慮された大きさで、現在確認されているポケモンで最も身体の大きなホエルオー(体長十五メートル弱)でも中に入るように設計されているのだ。
ヘリが着陸すると、入口が開いて中からスタッフが数名、外に出てきた。
アカツキは目の前にやってきた年長のスタッフに敬礼すると、用件を告げた。

「ユニオン本部所属のアカツキです。
こちらのバンギラスの保護と、元々棲んでいた場所への移送をお願いします」
「了解しました」

年長のスタッフは敬礼と共に言葉を返し、他のスタッフに保護と移送の準備を進めるよう指示を出した。
アカツキはバンギラスに向き直り、微笑みかけた。

「バンギラス。
僕はもう行くけど、この人たちがキミを元の場所に戻してくれるから、安心してお帰り。
……それから、行き慣れてない場所に迷い込んじゃったりしないように気をつけて」
「がぉぉぉ……」

この人たちは優しいから大丈夫だよ。
アカツキの言葉に頷くと、バンギラスはスタッフの後について歩き出し、ヘリに入った。
バンギラスとスタッフ全員を収納したことを確認し、ヘリは飛び立っていった。
まずはプエルタウンの北に設けられた保護施設に移され、健康状態に問題はないかどうかのチェックを受ける。
それからカウンセリングやセラピーを受けて心身ともにリフレッシュしたところで、どうするかの判断が下される。
大概の場合は元々棲んでいた場所に帰されるのだが、今回のケースも同様の結果になるだろう。
アカツキは西へと飛び立っていくヘリを一分ほど眺めていたが、足に擦り寄ってきたムックに目をやった。

「ムック、お疲れさま。僕たちも本部に戻ろうか」
「ムクホークっ♪」

労いの言葉をかけられて、ムックは上機嫌だった。
翼を広げると、アカツキが背中にまたがるのを待って、飛び立った。






To Be Continued...

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想