30話 脳みそとモンスターボール

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

  ♪

 翌日。チルルさんがうちの孤児院まで迎えに来た。
「お久しぶりです、ガルーラさん」
「そんな堅苦しくしなくたっていいさ。今日はありがとね」
「まあ、関係があるかも、となるとこちらも黙ってはいられませんからね」
「ああ。そういうわけで、この子を病院まで連れて行ってくれないかい?」
「よろしくお願いします」
 あたしはペコリを頭を下げる。チルルさんはこくりと頷いて、
「じゃあ、乗ってくれ。快適な空の旅を約束する」
「はーい」
 言われた通り、チルルさんの背に乗る。うわ、もふもふで気持ちいい。
「どうだ、気持ちいいだろう」
「はい! めっちゃくちゃ!」
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
 ママがチルルさんにそう言って、チルルさんも頷き、そして飛び立った。

  ♪

「うひょー! はっやい!」
「いいテンションだな」
 もふもふの羽毛。そして、体毛に当たる風。爽快過ぎる。
「それで、なんて病院に行くんでしたっけ」
「アイライト病院だ。部下の友達の友達が院長をやっていてな」
「関係遠くないですか?」
「アポを取ったのはその部下だ。あたしは、空を飛べるから伝搬を頼まれたってわけだな」
「なるほど……」
「それにしても、元ニンゲン疑惑ねえ。実際に起きてなけりゃ、にわかには信じがたいよ」
「あたしもです。ホントに、最近その疑惑を知って」
「ガルーラさん、定年直前に不思議なニャビーを拾ったとだけは言ってたけど、そういうことだったのかって、警察内でも話題だよ」
「アハハ、話題なのかあ」
「重要参考ポケモンでもあるしな」
「あ、それなんだけど……もうアンナは捕まってるわけじゃないですか。なんでまだ調べてるんですか? やっぱりストレリチア?」
「あー、あんなに情報が漏れだしちまったらそりゃそうなるよな。だがそれは答えられない」
「ルールですよね、わかりました」
「物分かりがよくて助かる。まあ、お詫びと言ってはなんだが話せる範囲でヒナにも関係することを話そう。もしヒナが元ニンゲンであったなら、その身体情報を調べれば何かマリンとの繋がりが見られるかもしれない。マリンにも行いたいんだが、何せ身体検査だからな。加害者の権利もあって、そう簡単には行えないんだ。だから、今回のこの調査は警察の捜査にも繋がるって訳だ。別にガルーラさんがあたしたちをただコネで使っているわけではないぞ」
「なるほどー」
「ま、コネであることは否定できないけどな……」
 チルルさんは苦笑い気味の声でそう漏らし、あたしもアハハと笑う。
「さ、着くぞ」

  ♪

 アイライト病院に着いて、看護師のハピナスさんがあたしたちを地下のある一室に案内した。
「ありがとうございます」
「いえいえ。では、院長を呼んで来ますね」
 ハピナスさんはニコリとほほ笑むと部屋を去っていった。部屋に窓はなく、なんというか隠されてるような感じだ。
「なんというか、秘密の検査みたいだなー」
「みたいというか、まさに秘密の検査だ」
「アハハ、そうですね」
 そんなことを話していると、もう誰か入って来た。
「あ、はじめまして」
 振り返って挨拶する。顔を上げたあたしに、入って来たレントラーさんは穏やかな笑顔で、
「はじめまして、よろしくお願いします」
 と伝え、しっぽを揺らめかせた。
「さて、本題に入りましょうか。あなたは、元々ニンゲンだったのではないか、そしてもしそうだとしたら、その体にどんな特徴があるのか。それを調べたいということで合ってますよね?」
「ああ、それで合っています」
 チルルさんがそう伝え、レントラーさんが頷く。
「実はこの事象についてはこの事件が起きた後に既にいろいろ調べていましてね。というのも……かつての研究に、種族を変更することで病気の治療の選択肢を増やしうる、というものがあったのです。もっとも、倫理的非難は避けられないでしょうし、臨床……つまり、実際の治療に使用された症例はないんですがね」
「そんなこと、存じ上げませんでした」
「ええ。一般に用いられるような手法でもないのに、一般に広まるものでもありません。しかもこんな、倫理に反するような研究、医学界でもそりゃあ認められません。一般どころか医学に携わるポケモンでも知らないことは多いでしょう」
「ほうほう。それで、種族を変更するとどういうメリットが?」
「いくつか考えられますね。例えば、ヒナちゃんのようにほのおタイプに変化すれば、体温は跳ね上がります。そのため、例えばこおりタイプを蝕む病気の菌は、ほのおタイプには感染しても即座に死滅し、無害です。後、体が弱い種族……例えばニンゲンと比べ、たいていのポケモンは体が丈夫です。死亡率の高い手術であっても、ポケモンの体に変更できれば、リスクを軽減できます」
「あたしが呟いてたってのは、それだ」
「呟いていた?」
「アンナ……さんのその変身を見て、あたしはどうも、体が丈夫になれば治療がやりやすい、みたいなことを口走ってたみたいなんです」
「なるほど……それは、確かに怪しいですね。この話を知っているポケモンはほとんどいない、ただの中学生にその知識があるはずないですから。何か知っていると考えるのが自然でしょう」
「あの、検査とかしないんですか?」
 あたしの問いかけに、
「検査もします。でもその前に問診は大切ですから」
 とニコリ顔で返事するレントラーさん。
「なるほど……」
「これも問診ですが、何か普通のポケモンと違うなと思ったことはありますか?」
「例えば?」
「うーん、答えにくい質問ですよね。でも、例えばこうですか? という聞き方をすると、無意識にそれに合致する事柄を探してしまって、そうでもないのにあげてしまうんですよ」
「事情聴取と同じですね」
 チルルさんが翼で口を抑えながら言う。今にも笑いだしそうというように、体が震えていた。
「ええ、相手の事情を伺う必要があるどんな業界でも言えることでしょう。結論ありきは最もあってはならないことですからね」
「その通りだな……ですね」
「アハハ、大丈夫ですよ、普段通りで」
「構わないか? すまない、お言葉に甘えさせてもらう」
「ええ。それで、ヒナちゃん。何か心当たりがあったりしませんか?」
「うーん、健康診断とかで今まで何か言われたことはないなあ」
「なるほど。わかりました。症状面から事情を特定することは難しいようですね。となれば……レントゲンで内部構造の確認か?」
 レントラーさんはぶつぶつと呟き、それからおもむろに資料を取り出して目を通す。
「ああ、失礼。過去に類を見ない……誰も見たことがない症例なものでね。必要な検査は何なのか、冷静に特定したいんだ。少し待っていてくれるかな?」
「はい。あ、じゃあ待ってる間音楽聞いててもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
「ありがとうございますー」
 あたしはイヤホンを耳にはめ、流れてくる音楽に耳を澄ませる。ああ、やっぱり。この燃えるような音たちが、あたしの心を激しく満たしていく。たとえこの先何が待っていても、音楽があればきっとあたしは大丈夫。先行きの見えない不安も、それすらも楽しんでいけるよと背中を押してくれる音楽。怖かったら休んでもいいよと落ち着けてくれる音楽。様々な音楽に没頭しているうちに、ひとつの声が聞こえた。

『聞こえる?』

「何?」
 答える自分の声で我に返る。
「え、あれ、今の声……」
 あたしはイヤホンを外す。チルルさんがどうした? と尋ねてくる。
「あー、いや、何か聞こえたような、気がしたんだけど……」
「イヤホンで何か変な音を拾ったとかじゃないのか?」
「あれー、そうかなぁ……」
 もう一度イヤホンをはめる。普通に、大好きな音楽たちが流れているだけで、変な声が入り込む余地なんてない。
「おっかしいなぁ」
 あたしはイヤホンを外した。今、確かに、『聞こえる?』って質問されたような……。
「よし、これでやって行こう」
 レントラーさんがそう言って、あたしに向き直った。
「まず、脳を診て行こうと思う」
「へ? 脳ってどうやって?!」
「僕の種族はレントラー。透視能力が使えるんです。だからうちの家系は代々医療に携わってるんですよね」
「なるほど……。それじゃ、透視して見るってことですか?」
「ええ。早速確認してもよろしいですか?」
「頭の中まで見られるのってなんか恥ずかしいな……はっ、もしかして、あたしが考えてる音楽とかも?!」
「脳に流れている電気信号の観測は私の目では流石にできません。そして現代医療では、それを観測したとて思考の再現は無理ですよ」
 レントラーさんは笑いながら言う。
「電気信号の観測ができれば、今楽しいのか悲しいのか、それとも怒っているのかぐらいはわかるかもしれませんがね。感情面について調べようというのは私も専門外なので、あんまり押さえてないんですよ」
「な、なるほど……」
「何を見たいのかというと、この論文が確かなら、脳に何かしら異常が起こっているはずなんです。というのも恐らく、ポケモン化のスイッチが脳に埋めこまれているはずなんです」
「スイッチ?! それ、脳になんか変なのを入れて……?」
「あー、すみません。埋め込むと言っても、外から埋め込むわけではなくて、むしろスイッチ自体は元々脳にあるはずなんです」
「えーと……」
「えっと、例えば。ポケモンは危険な目に遭うと、体を小さくする。ニンゲンはその性質を利用して、モンスターボールを作った。歴史の授業で習ったことありませんか?」
「えーと、そんなことやったっけ……」
「まだかもしれないです。まあそれはさておき、ポケモンの脳には、命の危険に遭ったら自分の体を縮めろ、という命令を出す機構が存在しているんだ」
「な、なるほど……命の危険って、どのぐらい? あの、あたし、このところ命の危険に遭うことが多くて、だけど……」
「マリンちゃんの事件だろう?! まったく、許せないよ! おっと、失礼」
「えっと……」
 困惑するあたしに、レントラーさんは苦笑いしながら、
「アハハ……実は私も、マリンちゃんのファンでね。今回の事件には胸を痛めているんです」
「で、それを利用されてローネさんに頼まれ、引き受けたと」
 チルルさんがそう言い、レントラーさんは、
「そういうことですね、アハハ」
「ローネって……ニンゲンインパクトの?!」
 思わず叫んでしまう。え、だってニンゲンインパクトって、この世界にニンゲンがやってくることになったきっかけの。
「ああ。部下の友達の友達と言ったが、その部下の友達がローネだ」
「ちなみに、チルルさん、あなたの部下はリオさんですよね?」
「ああ」
「わーお……」
 リオとローネ。小学生の時にニンゲンインパクトにおいて重要な役割を果たしたポケモンとして、小学校の社会の教科書にも載っている超超有名ポケモン。歴史はあんまり得意じゃないけど、小学生がそんな凄いことをしたっていうインパクトで、みんなその2匹のことを凄いと言っていたのは覚えてる。そんなポケモンたちと友人だったり上司だったりするのが、この2匹。どうしよう、なんか途端にこの空間が凄いものに思えて来た。
「ビックリしますよね。でもまあ、私がローネと友達になったのは中学の時で、ニンゲンインパクトについて詳しくは聞かされてないんだ。だから、たまたま友達になったポケモンが、偉大過ぎたってだけさ」
「あたしも別に、リオが部下だからと言ってどうということもないしな」
「ですね。2匹とも、凄い事件に巻き込まれたってだけで、私たちとそう変わりはありません。で、話を戻していいですか?」
「あ、すみません」
「えっと、体を縮めるっていう話でしたね。ヒナちゃんの周りで起きた事件は、少しでも経過が違えば命に関わっていたかもしれないが、でも経過が上手く行ってね。致命傷にはなっていない。だから縮むこともなかった。聞いた話からの推測にはなってしまうんですが、そういうことかと」
「え、あれでも……?」
「本当に、『もう死ぬ、これ以上は駄目だ』という所にならないと発動しない機構なんですよ、本来は。だけど、モンスターボールは違う。半強制的に、ポケモンの体を縮める……縮めるという命令を脳に出させてしまう」
「え……」
「もちろん、それはモンスターボールがポケモンに危害を加えていることを意味しません。ただ、脳の回路をほんの少しバグらせ、電気信号を出させる。体を縮めろ、と」
「なるほど……そういう仕組みなんですね」
 あたしは頷く。
「作り方は我々ポケモンには公開されていない……どころか、大半のニンゲンも知らないですがね。私も知りません。だけど、そういうシステムを利用していることは公表されています」
「だから、脳に多少の影響を与えて、友好関係を築く補助もできる、と」
 チルルさんが納得したように頷くと、レントラーさんは首を傾げ
「だから、というと少しわかりませんが……。でも、モンスターボールが脳に作用するのは確かですね。捕まったポケモンがニンゲンに対して親密の感情を抱きやすくなる傾向があるのもその作用とみられています」
「なるほど」
「で、今回のポケモン化についても同様の事例なのではないか、というのがこの論文を見ての推測です。とりあえず、実際に観察してみてもいいですか?」
「わ、わかりました」
 あたしはごくりとつばを飲み込み、頷いた。

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