【第205話】戻ってきたモノ / テイル、ポイン、シラヌイ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



 ペチュニアとチハヤの激闘から一夜明けた。
勝負が終わると同時に失った記憶が急速に戻ったチハヤ、及び全身に猛毒を巡らせながら戦っていたテイル。
両名はその場で気を失い、駆けつけたスズメによって保健室へ丸1日幽閉されることになった。
そんなスズメの手伝いで看護をしていたケシキ曰く『両名とも、何を聞いても「ばなな」か「みそスープ」としか答えない。脳と精神に激しいダメージを負っている証拠だろう。』とのことだ。

 彼ら本人はそんな状態ではあったものの……シヅリとイロハの仲介を経て、ペチュニアとテイルの取り決めは実行されることになった。
即ち……ポインとシラヌイに対しては、解毒剤が手渡される事になったのだ。
解毒剤の効き目は確かだったようで……両名はその後、すぐに記憶を取り戻した。
その後の反動に拠る精神的ショックも計り知れないものだったようで……落ち着くのにはまたしばらくの時間を要した。


―――――そして、数日後。
カフェ『GAIA-OASIS』にて。
ポインとテイルは……互いに軽食を摂りつつ、一連の出来事に付いての会話を交わした。

「……あれからどう?ポイン先生……その……辛くなかった?」
「はい、と言えば嘘になるわ。でも……仕方ないもの。いくら悔やんでもあの子は戻らないし……いつまでも泣いていたら、あの子に怒られちゃうわ。」
そう言って苦笑いをするポインだったが……目元は相当くたびれている。
ひどく泣き腫らしていたのだろう。
それでもなんとか、彼女は自分の感情に踏ん切りをつけようとしていたのだ。

「寧ろ、セチアを喪ったことよりも……あなたやチハヤ君に散々逆恨みをしていたコトを忘れていた方が、申し訳なくて……」
「……仕方ないよ。あれはペチュニア先生の薬のせいなんだから。」
「でも……。」
「……大丈夫。私もチハヤも、先生の事はもう許している。」
改めて、そう言葉で確認するテイル。
ポインを諭すためというのは勿論……自分自身の心に整理を付けるために。
あの場所で……心傷トラウマとして蘇ってしまったあの言葉を、清算するために。

 しばらくの沈黙の後……テイルは言葉を紡ぐ。
「そういえば……あの時、嬉しかったよ。セチアさんの事を呼んでくれて。」
彼女が言っているのは……ペチュニアとの戦いの最中、ポインが声援を送ったあの出来事の事だ。
ポインが自覚なく……セチアの名前を叫んだあの事だ。
「でも……アレはあなたの名前じゃない。あの時もずっと、テイル先生のことなんか分からなくて……」
「ううん……違う。ポイン先生の中に、ちゃんとセチアさんが居たことが嬉しくて……」
「……。」
「……ポイン先生が、独りぼっちで生きなくても良いってのが分かって……だから、私も頑張れた。」
そう……テイルが感じていた喜びは、自らへの声援ではない。
ポインがセチアの死を受け入れつつも……その存在までをも押しやろうとはしていなかったこと。
記憶が消えても尚……その心が真に死んではいなかったこと。
それを知れたことが、テイルにとっては何よりの励みになっていたのだ。

「だから……ありがとね、ポイン先生。」
そうして感謝の意を伝えるテイル。
そんな彼女を、ポインは黙って抱きしめた。
これ以上泣かないように……と、声を殺しながら。


 それからしばらくして……ポインは何かを思い出したかのように、テイルに語りかける。
「そうだわ、テイル先生。こんな状況であなたにお願いするのも申し訳ないんだけど……」
「……何でも良い。聞かせて。」
「大事なことを思い出したの。……あなたが前に言ってたコト。今なら……意味がわかる・・・・・・。だから、手伝って。私のやらなくちゃいけない事を……。」




 ―――――同時刻。
西エリア、屋上。
回復したチハヤは……久々に友人・・と寝そべりながら、休息の時を過ごしていた。
「それで、解毒剤ってどんな味だったんだよシラヌイ。」
「あはは……別にそこまで大したモノじゃないよ。飲んだ後に、脳天を叩き割られるような感触はしたけどね。」
「あぁ……アレか。俺も試合が終わった後にそれっぽいのあったわー。」
こうして彼らが会話を交わすのも……酷く久しぶりの事だ。
雨降って地固まる……ではないが、ペチュニアの一連の事件を追えたお陰で互いに和解できたようだ。
彼らの枕元の床には、仲直りの印なのだろうか……互いが互いのために買ってきていたダイマックスカレーパンが、食べかけの状態で置かれていた。


 ……現に、その仲介に大きく貢献した蒼穹フェアは、物陰からハバタクカミと共にその様子を眺めていた。
彼女にとって、シラヌイはGAIA生活初めての友達。
その友達が大切と謳っていたチハヤとの関係も……心配の種だったのだ。
故に彼女も、こうして一件落着したことには……大変安堵していたようだ。

「良かったな。何事もなく……無事に仲直りが出来たようで。」
『左様でございます。男子おのこの和解は特に早い……というのが相場でございますが、いやはやそれはこの時代でも変わらないようで。』
「…………もしかして、私の事で何かあります?」
『はてさて……何か思い当たるフシでも?』
「……いえ。」
なんとも見透かした様子のハバタクカミに不気味さを覚えながらも、彼女は静かに潜むことに徹していた。


「……そういや、お前ってこの後どうするのさ。養成プログラムは続けるのか?」
「まぁね。一度始めちゃったし……今更中途半端な所で辞めたら、留年しちゃうし。」
「……そうか。」
「それに、チハヤの事だって心配だからさ。2学期に入ったら、団体戦の練習も始まってくるからね。」
そう……元はと言えば、シラヌイはチハヤのためにこの養成プログラムを始めたのだ。
彼に留年をされたら困る……ということで、協力することを目的にして。

 ……そして、もうひとり。
同じ目的を持ってこの戦いに身を投じた……この場に不在の者が。
その名は自然と……シラヌイの口をついて出る。
「…………シグレも、仲直り出来ないかな。」
「…………さぁな。お前は……戻ってきてほしいのか?」
「…………………………うん。やっぱり……3人で居たいよ、僕は。」
「……………そうか。」
途切れ途切れの会話が、晴天の屋上に消えていく。
小さなため息を交えながら。



 ―――――その日の夕方。
学園長室。

トレンチ学園長にて語りかける人影が。
それはMis.W……ウィングに人格を支配された、トキワのものであった。
「……さて、私の準備は順調だ。既に忌刹シーズンの4柱がこのGAIAに集結し、3柱は万全の状態。クロウは遅かれ早かれこちらに来るだろうし……残りの1柱についても、私の方で準備は着々と進めている。」
「…………何が言いたいのよ。」
「君の担当するはずだったドライブの覚醒……随分と遅れているようじゃないか。それどころか、主人格チハヤに主導権を乗っ取られつつある始末だ。」
「………。」
恐らくウィングが言っているのは、先日のペチュニアとの果たし合いプレイオフの事だろう。
チハヤの精神が喪失状態に陥ったことによって、中にいたドライブが表出。
しかしそのすぐ後に、チハヤの方に主導権を握り返された……あの一連の流れのことだろう。

「あの一件、ペチュニアを焚き付けたのはアンタの方でしょ?煽り方が足りなかったんじゃないの?」
「私が言っているのはチハヤの方の問題だ。君がもっと普段から徹底的に奴の精神を脆弱化させておけば……ペチュニアの功績で、もっとドライブの覚醒は進んだ筈だ。違うか?」
「………ッ!」
トレンチの肩に、ポンと置かれる手。
走る悪寒……北風のような冷たい視線を、肌で感じる彼女。
全身に鳥肌が走るのを……嫌というほど実感していた。

「それともアレか?君は今更……『大切な生徒を手に掛けるなんて出来ない』とでも言うつもりか?」
「ち、違………!!」
「ジャックを助けるために汎ゆる外道に手を染めると覚悟した筈の君は……どこに行ったというのかね?今更教師としての矜持やら、人としての良心やらと……在り来りな事を唱えるつもりかい?」
「ッ………………!!」
徐々に追い詰められていく学園長。
既に言い返すだけの立場に無いことを……彼女は自覚していた。
非情に徹するにも、正義を貫くにも……今の彼女は中途半端だったのだ。
迷い、揺らぎ、戸惑い……そんな中で、頼れる人間はどこにも居ない。
そのせいで、何の結果も出せないまま……失うものだけが積み上がっていく。

「自覚しろ。君は独りだ。既に味方はどこにも居ない。君は自らの罪を贖うためにも……全てをジャックへと捧げ、全てを敵に回すしか無い。」
「ッ…………そうね。その通………」





 そこまで学園長が言いかけた……その時。
ドンドンッ!!
と、扉を激しく叩く音がする。
恐らくは招かれざる客の来訪だろう……と、ウィングはその扉の向こうの人物を排除すべく、近寄った。
が……その直後。
頑丈に閉まっている筈の扉は、何者かによって蹴破られてしまった。

 学園長室の前に立っていたのは……これまた意外な人物だったのである。
「これは……」
「ぽ……ポインッ!?」
戻ってきた見覚えのある顔に、驚く学園長。
そこに居たのは、自らの勅令で追放したはずの……ポインの姿だったのだ。

「…………トキワ先生、学園長を追い詰めるのはお辞めください。聞いてて不愉快です。」
彼女は毅然とした態度でトキワウィングを睨みつつ、トキワに迫る。
が、そんな彼女に……肩を上げるジェスチャーをしながら、トキワは笑って返してきた。
「盗み聞きとは趣味が悪いですね。第一、今の私はトレンチ学園長の秘書ですよ。どのような会話をしていようと、あなたには関係のない事の筈です。そうですよね?トレンチ学園長。」
「え……えぇ、そうね。ポイン……あなたには異動を伝えた筈よ……?」
「……………伝わらなかったようですね。では言い方を変えます。

















それ以上学園長に近づくな……忌刹シーズン冬ノ翼獣ウィンター・ウィングッ!!!」


 ポインは目を見開きながら……ウィングへと告げる。

 その直後……ウィングはトルネロスの姿へと変化し、その刹那でポインへと掴みかかる。
秘密を知った人間をこのままにしておく訳には行かない……と、手を下そうとしたのだ。


 ……が、その拳はポインには届かない。
拳が届くとほぼ同時に……どこからともなく現れたラブトロスが、トルネロスを殴り飛ばしたからだ。
無論、彼女の正体は……
『君は……テイルッ!?』
『ウィングッ……覚悟ォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』
テイルはそのまま掴みかかり、学園長室の窓ガラスを叩き割り……両者は空の彼方へと消えていく。
人の目には止まらぬほどの速度で……トルネロスは叩き出されたのである。





 そして、学園長室には……ポインとトレンチの2名のみが残った。
「お久しぶりです、学園長。お怪我はありませんか?」
「…………んでよ………。」
心配そうに寄ってくるポイン。
そんな彼女の胸元を掴みながら……学園長は迫り、叫ぶ。
「なんで帰ってきたのよッ!?ウィングに消されたらどうするつもりなのよッ!!?」

 そう……学園長がポインを追い出したのは、これ以上自らの非道に巻き込まないようにするため。
そのために記憶をペチュニア伝に抹消させ……そうまでして遠ざけたのに。
それでも……ポインはこうして、この学園長室に戻ってきてしまったのだ。

「知らないわけじゃないでしょう!?トキワアイツ忌刹シーズンの一角であることも、テイルから聞かされたんでしょう!?危ない事は分かっている筈でしょう!?どうして……」
「……私が後悔しないためにです。トレンチ学園長。」
掴みかかってきた学園長の手をゆっくりと外しながら……ポインは諭す。

「私は……自らの力が及ばないせいで、妹を亡くしました。家族を守りきれなかった。セチアの存在は、私の後悔となって残り続けています。」
噛みしめるように言葉を絞るポイン。
その言葉通りの実感は……記憶が戻ってきたことで、より強く感じていたモノだったのだろう。

 そしてその後……学園長の手を握りながら、続ける。
「……そして今、学園長やジャックさんは……私の家族も同然です。そんなあなたたちを……セチアのようにはしたくない……!」
「……………ポイン。」
抱き寄せられる学園長。
彼女は全身を震わせながら……その手をポインの肩に掛ける。

「……私の力は弱いかも知れません。ジャックさんを元に戻す方法も分かりません。でも……あなたを独りにはしたくないんです、学園長。」
「………馬鹿……ホント…………馬鹿ッ!!」
彼女にとっては、久々だった。
誰かの胸に顔を埋めるのも……誰かの温もりを感じるのも。
先の見えない道の途中……僅かな日陰を見つけた彼女。
それがまやかしだったとしても……彼女にとっては、何よりの救いだったのである。

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