第62話 ~かすかなもの~

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(失踪中)
 [シズ:人間・ミズゴロウ♂]

(シズを捜すべく集まった)
 [ユカ:イーブイ♀]
 [チーク:チラーミィ♂]
 [スズキ:人間・コリンク♂]
 [フラッペ:デリバード♂]
 [カナリア:クワッス♂]

 前回までのあらすじ

 巨大宗教組織『再生教団』の引き起こした事件をきっかけに失踪してしまったシズを探すべく、『大陸』に乗り込んだユカたち。
 しかし、彼女たちはその道中で『カラカラ盗賊団』なる組織に襲われてしまった。最終的に撃退することには成功したが……その過程で傷ついてしまったカナリアをきっかけに、喧嘩をしてしまうことに。

 ……シズを見つけるためには、『自警団』という組織の力を借りなければならない。
 そのために、ユカたちはその通過点である『カラカラロック』の町へと向かうのであった。
 あれからもずっと、ユカたちは荒野を歩いていた。
 いくら歩いてもほとんど変わらない景色……まともな状態であれば地形の変化なんかに心のひとつやふたつ踊らせることはできたかもしれないが。

 そして……目的の町が見えてきたのは、日も落ちてきた頃だ。


「『カラカラロック』の町……この街も無事なのか? 港街『ナイトドッグ』みたいに?」
「いや、この町にはそもそも救助隊協会支部がないんですよ。だから再生教団の同時襲撃作戦のターゲットにならなかったのでしょうね」

 チークとフラッペの雑談をよそに、ユカとスズキは町の様子を見渡した。
 『カラカラロック』……なんだかウエスタンな雰囲気の木造の建物がずらりと建ち並んでいる。夕方なのであまり活気はみられないが、近くにある酒場だけはどんちゃん騒ぎのようだ。



「酒場宿『カラカラコロン』……行くぞ、ユカ」

 スズキの口ぶりからして、自分たちが宿泊するべき場所はなんとその酒場だったようだ。


「正気なの? カナリアは静かなところの方が好きだよ。それに……あんなことがあったあとなのに……」

 ユカは視線を逸らしながら、少し威圧感のある声で呟いた。彼女には……騒然とした場所は、誰かと触れあうのが苦手なカナリアにとって良い環境とは思えなかったのだ。


「……あそこ以外に知らない。酔っ払いどもに目をつむればこの街で一番マシな場所だろう」
「はぁ……」

 選択肢がないのなら仕方ないのかもしれないが。まさか町中で野宿なんてリスクは犯せないし。
 彼らは酒場宿とやらへ足を進めた。











 ユカたちは早々に受付を済ませ、案内された寝室に入る。


「やっぱりウエスタンだなぁ。西部劇っぽさの表現には細部まで気が使われている、とか……いや、元々こういうものだったり?」 
「どうでもいい」

 チークの言動を受け流しながら、ユカは周囲を見渡した。
 ふかふかの、人間用のものをそのまま転用したようなベッドがある。これもポケモンたちの研究の成果だろう、寝っ転がってみると意外に快適である。


「こういう話にノってくれなくなったな……」

 無視されたことをぼやくチーク。
 

「……ベッドは二つだけだな。どうする?」
「ユカとカナリア、あとはそれ以外で分ければ良いのでは?」

 それをよそに、スズキとフラッペが相談を始めた。
 ここに居るポケモンは5匹、そして使えるベッドは二つ。ベッドは人間用の設計をそのまま転用しているので、小型ポケモンである彼らは複数人で使用可能……ならば、フラッペの言うような振り分けが良さそうだ。カナリアへの最大限の配慮という意味だ。


「へえ、意外と気遣いができる」

 ベッドに寝転がりながらユカが呟いた。以前、ユカとフラッペは喧嘩したのだが、その遺恨はまだ拭えていない。そんな状況で皮肉なんて言えば……


「貴方が情けなかっただけですよ。全方位に敵意を向けるほど愚かではありません、相手は選びます」
「よく言うね。どっちかっていうと……」

 無論口論に発展する。


「おいよせっ!」
「チッ。」
「……」

 喧嘩の熱が膨れ上がる前に、チークが声を上げて制止した。
 ユカとフラッペは不満そうな表情をして互いに背中を向ける。




「……どうすれば良いんだろうな。ユカは凄く疲れてるみたいだし……フラッペはどういうつもりなんだ?」

 そんな様子を見て、チークは小さな声で呟いた。
 黄金の街の事件から……皆の顔に影が落ちるようになった。強大で重たく、深い深い影だ。


「シズを見つけるために努力する。それ以上に出来ることは無いだろう」

 でも、そのために彼らができることといえば……少なくともスズキには思いつかなかったようだ。現行の目的を遂行する以外には、なにも……


「……だよな」

 チークも同じ結論に至っていた。
 ……もっとも、シズを取り戻したところでこの状態が解決するのかも分からないのだが。













 次の日の朝。
 みんな酒場宿の正面に集まっている。


「……次は『フォッグフォレスト』だね。気は進まないけど……早く出よう」

 初めに言葉を発したのはユカである。何処か焦ったようにも見える表情で皆を急かすのだ。次の目的地は彼女と因縁がある地でもあるが、にもかかわらずである。


「いや、今日は出ない」
「は?」

 だがスズキはバッサリ否定した。


「『フォッグフォレスト』の住民なら分かるだろ? 『霧警報』だ」
「あ……」

 彼が補足である単語を呟くと、ユカはハッとしたような表情で目を逸らしてしまう。
 ……あの森は、ユカとチークが育った土地でもある。その場所特有の言葉も理解できるのだろう。




「あの……キリケイホウって……」

 ……だが、カナリアはその単語を理解できなかったようだ。
 ユカの表情を伺いながら、繰り返すように呟くだけだ。


「あの森はいつも霧に包まれてるんだけどね、時々その霧がとんでもなく濃くなるときがあるんだよ。その時にはまわりの町に『霧警報』ってのがでるんだ。はあ、こんな時に……」
「しかも不思議のダンジョンの影響も強まって特殊な磁場が出るから、コンパスはもちろん、たとえば第六感でさえ役に立たなくなるんだぜ」
「えと。あり、がとう……」

 ユカとチークが合同で説明すると、カナリアはああ、納得したという風に引き下がっていった。少なくとも霧で危ないということは伝わっただろう。


「だから今日は休もうと思う。どうせだからぱーっと遊ぶといい」

 話が終わったのを確認してスズキは続けた。
 やることがないのなら、あとは自由時間だけということだ。




「そうですか。私は私で時間を潰しておきます……それでは」

 それを聞いた途端に、フラッペはこの集まりから立ち去ってしまった。この街でやりたいことがあるという雰囲気でもない様子だが……


「……カナリア、宿で休んでよっか。ポケモンが沢山居るの、怖いでしょ?」
「あ……うん……」

 そしてユカとカナリアは酒場宿に戻ってしまった。





「あー、うん……」
「はは……そんな雰囲気じゃなかっただろ? その雰囲気を解きほぐすために言ったんだろうけどさ……」

 少し残念そうにしているスズキをみて、チークは苦笑いしながらその肩を叩いた。
 確かに、遊ぶという行為には気力を回復する効果がある。だが一定の閾値を超えて元気を無くしたポケモンは遊ぶことすらできなくなるのだ……気まずい相手と組むなら尚更。


「じゃあ、せめてオレたちだけでもなんかしに行くか?」
「え? 俺は……」

 自分の意図を外してしまったスズキだったが……チークは、そんな彼だけでも遊びに誘うことにしたらしい。


「お前も疲れてるだろ。いろいろ、な?」
「あー……朝食でも、食べに行くか?」

 スズキもそれに乗ることにしたようだ。













 チークとスズキは何処かの飲食店の机に座っていた……言うまでもなくウエスタンな雰囲気の店である。
 そして、パンをかじりながら談笑をしているようだ。


「なんつーか……あの町からすっごく離れちまったって気がするよな。こう……ほら、窓の外」

 ……チークが指を指した先を見ると、辺り一面に荒野が広がっていた。この店は高台に建っているので、町の建物にもかかわらずこんな景色が見えるのだ。
 チークの元住んでいた町『シーサイド』は海に面している土地だったから、故郷との違いを感じるのも当然なのだろうか。
 

「そうだな。俺の故郷も良く雨が降っていたから、こういう乾いた環境とは大違いだ。遠くまで来たという感覚も、強く感じる」

 スズキも同じような思いを抱いているようだ。


「ってか、スズキの故郷ってどこなんだ? シズは記憶喪失だったし、人間がどんな暮らしをしてるのかとかよく分かってないんだよな……」

 スズキの話を聞いて、チークはふと疑問を覚えたようだ。
 ……彼は、人間であるシズともそれなりの時間を過ごしている。だが当然記憶のないシズに人間の暮らしを想起させるような思い出話をしろなんてのも無理なわけで……


「まあ……俺の話で良ければ。外れ値だは思うがな」

 一方、スズキは記憶喪失というような話をしたことはない。
 それ故、彼からは話を聞けるようだ。





「まず……俺は赤ん坊の頃に親を殺された戦災孤児でな。『スズキ孤児院』という場所に拾われて、世話になったんだ」
「せ、戦災……?」
「人間同士の組織だった争いごとで親を亡くした子供のことだ。俺は『クレイド地方』という紛争地帯の生まれだから、そういうこともあまり珍しくはなかった」

 なんだか、いきなり重たい話から始まった……が、スズキはさほど暗い顔はしていなかった。赤ん坊の頃というぐらいだから、そもそも覚えてすらいないのかもしれない。
 その孤児院とやらで後から聞いた話だったのかも。


「いや、待てよ……え? 『スズキ孤児院』? お前の名前もスズキだよな……?」

 ……より問題だったのは、彼が世話になった孤児院の名前と彼の名前が完全に一致していたことの方である。


「名字だ。知らないか?」
「あっ……あ~!!」

 とはいえ、人間の世界には名字という概念がある。それを知っていれば納得するのは難しくなかった。孤児院の名前を、そのまま名字として使っているということだったのだろう。


「『アルコル・スズキ』。これが俺の本名だ。……別に覚えなくても良いぞ」

 そう言うスズキの表情は、多少恥ずかしそうに見えた。
 確かに、シズもユカもチークもカナリアも……フラッペはどうか分からないが。少なくとも、この4匹のうちに明かしたのはこれが初めてだったからだろうか。


「へえ、アルコル……面白い名前だなぁ。じゃあ、これから『アル』って呼んでも良いか?」

 アルコル……由来は分からないが、少なくともスズキという東洋風の名前とあまりかみ合っていないのは確かだ。チークがその点に気付いていたのかは定かではないが、スズキのファーストネームからあだ名を取ろうとしている彼の口調はある程度冗談めかしたものである。


「やめろ。『スズキ』が一番良い」
「……ちぇっ」

 スズキはわりとガチトーンで返したが。




「あ、そうだ。スズキって……人間の頃も強かったワケ? 一般に人間はポケモンより身体能力で劣るって話をよく聞くんだけど」

 チークは質問を変えて、彼の実力について言及してみることにした。コリンクのスズキは『自警団の死神』と呼ばれて恐れられるほどの存在ではあるが、しかし人間時代はどうだったのだろうか。


「まあ……そこら中ドンパチやってるような地方で、考え無しに暴れてもなんとかできるぐらいには」
「へぇー?」

 スズキは少し微妙な表情をして、目を逸らしている様子だったが……少なくとも、発言そのものに嘘が含まれているような口調ではなかった。
 そういえば、スズキも先日ユカと微妙な空気になっていたか。その際彼の力について言及される場面があったからかもしれない。


「もちろん、俺1人の功績というわけではないぞ? 当時の俺には相棒がいた」
「あっ……ポケモントレーナーなのか!」

 それはともかく、人類絶滅以前と言えばポケモンと人間が共存していた時代でもある。
 多くの地域では人間とポケモンが支え合って暮らしていたのだ。スズキもその例にもれていなかったらしい。


「一応な。あいつをこの時代に連れてこられたなら、俺もまだマシなポケモン人生を送れたのかもしれないが……」

 でも、今のスズキの周囲にはそんなポケモンはいない。
 おそらくは人類絶滅前の時代に置いてきてしまったのか、それ以前に死んでしまっているのか……その種族にもよるが、ほとんどの場合は死体すら残らないような時間は経過してしまっているだろう。





「……シズとか、今どうしてるんだろうな」

 どういう経緯かはともかく、友を失ったという話を聞いたチークはあまり良い気分にはなれなかった。
 そして、きっと今はひとりぼっちであろうシズのことをふと思い出したのだ。


「何かを失ったり、手が触れられない場所にまで行ってしまうというのは……とても、つらい事だ。俺はよく知っているよ……」

 スズキもまた、チークに同調している。そんな彼はあらぬ方向に視線を向け、なんの変哲も無い木製の壁を眺めていた。……あるいは、虚空と言うべきだろうか。


「よく知っている、か……」

 スズキの口調に、チークは何か感じる物があった。
 何かを失うこと、手の届かない場所に行ってしまうこと。……チークの故郷が焼き尽くされたことを想起させたのだろうか。













 それからしばらくして。チークとスズキはカラカラロックの町中をふらついていた。


「おお、アクセサリー店があるぞ。見てくか?」
「あ? ……まあ、お前が言うなら」

 ふと、チークは道ばたの装飾品店に興味を持ったようだ。
 露店の形を取ったその場所では、ちょっと高そうな金属のアクセサリーが丁寧に並べ立てられている。


「おっ。このペンダントの石、『輝き野山』の虹色石だな? しかもプリズム樹脂でコーティングされてるぞ。うーん、産業の繋がりを感じるぜ……」
「いくらなんでもぎらつきすぎじゃないか? 自分を飾り立てるなら、俺はもう少しシンプルなものを選ぶがな……」

 自らの居住地域由来の材料に不思議な満足感を覚えるチーク。
 だが、虹色にぎらつくその様子にスズキはまぶしそうにしている。好みではないのだろう。





「その、左前足に巻いてる緑色の包帯みたいに?」

 チークはさっとスズキの左前足を持ち上げて言う。
 今まで、シズもユカも、そしてチークすらも気にかけたことはなかったが……スズキはその場所に、いつも緑色の布切れを巻き付けていた。これを外したことは一度も無いぐらいに、彼という個体の識別子でもあったのかもしれない。


「あ……」
「え?」

 それを指摘されたスズキはチークから視線を外していた。そして苦い表情をたたえて、小さく息を漏らすのだ。なにか嫌なことを思い出したとでも言わんばかりのその面構えに、チークはただ困惑するしかない。


「どうしたんだ? その……何かあったなら、話してくれたら……」

 そして、つい聞いてしまったのだ。問題があるなら手を貸してやりたいという善意だったかもしれないし、ただの好奇心だったかもしれない。





「……人類は絶滅した。故に、人間の『アルコル・スズキ』は全ての友人を失った。」
「あ……」

 スズキはしばらくためらうような表情をした。そして、否定を嫌ったかのようななし崩しの口調で語り出す。


「己の無能によってだ。俺は……人類を絶滅させた原因たる『取り残された科学者』の首筋に刃を突き立てる直前だったというのに。そこに至るため多くの犠牲と苦痛を対価にしたというのに……」

 チークは、シズの失踪直後に彼が話していた内容を思い出した。人類の絶滅は、とある科学者の手によって引き起こされたこと。そしてスズキはそれらと戦っていたという話を。だが、今のポケモンの時代があると言うことは……


「俺は何も守れなかった。失意のまま、『精霊』に流されるまま、このコリンクの肉体を得てこの世界へとやって来たんだ」
「……」

 チークは何かを言おうとした。だが何も思いつかなかった。
 たしかスズキは、人類を絶滅させた科学者は『暗黒メガコーポ』なる組織の社長だったとも言っていたし……きっと、壮絶な戦いだったはずだ。はずなのに。





「自警団に拾われてからも、仲間が死んだりしてな。いつしか自分1人では立ち直れない段階に来てしまって、一度自分を消してしまおうとしたことがある。この包帯の下には今もその試みの跡が残っているんだ」
「そりゃ……いや……」

 自殺未遂?
 沢山あったであろう出来事を一気に浴びせかけられたチークは、彼の感じてきたという苦しみを上手く想像することができなかった。だが……


「そうして自ら陥った死の淵から引き上げてくれた人もいたけど……そいつも死んだ。全てが空虚に感じられたな」
「……」

 例えばユカやシズ、カナリアとか……あるいは今目の前にいるスズキも含め、自分の仲間が全て消えてしまったらどうなるかと置き換えて考えることはできた。
 何もかもが消えてしまったら、チークの故郷が破壊された日や、『黄金の街』のこととか、いろんな辛い記憶だけが残って……それを慰め合えるかもしれない仲間はもういないとか。




「スズキ、その……」
「俺をかわいそうだと思うなら……死ぬなよ。絶対に。」

 ただひとつ確かなのは、スズキが沢山のものとの死別を経験しているという事実だけだろう。


「ユカもそうだ。……たぶん、俺にはどうしようもないのだと思う」

 そして、二度とそれを経験したくないという思いも。


「……オレもあれ以上悪くなって欲しくない。手は尽すよ」

 そんなスズキのためにチークができることと言えば……自分と仲間を大切にすることぐらいだろう。
 なんだか、少し憂鬱な気分にさせられた。

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