4話.陳腐な挫折談

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 1匹のヒトカゲが『学』の上を歩いていた。『学』の頭に付いた3つの"足場"を、ジャンプしながら渡っている。
 途中、足を滑らせて落ちそうになる。しかし、なんとか"足場"にしがみつくことで事なきを得た。
『危ない危ない、落ちて死ぬところだった……!』
 その次は『舎』の"屋根部分"をよじ登る。滑り台のように滑って助走をつけることで、『希』の上の"メ"に着地した。

『よーし、もう少しでゴールだー。頑張るぞー』
 最後の『心』の上の"シーソー"の部分に、1匹のツタージャが立っていて、ヒトカゲに向かってツルを伸ばしていた。
『こっちこっち! 早く掴んで! 時間なくなっちゃうよ!』
 手招きするツタージャと目を合わせたヒトカゲは、ツルを掴みターザンのように見事『心』に飛び移ることに成功した。
『やった! これでクリアだ!』
 ヒトカゲはツタージャとハイタッチして、これにて「Stage Clear!!!!!」となった。


 数学の授業中、早めに問題を解き終えた自分は、黒板の右側に置かれた校歌の歌詞が彫られている額を見ながら、そんな妄想をしていた。ちなみになぜリザードではなくヒトカゲなのかというと、まだゲームの1面という設定だからである。妄想の中なので、喋らせようが何しようが自由だ。

 授業中暇なときだけでなく、電車に乗って窓の外を眺めているときも、似たような妄想をよくする。ヒトカゲが窓の外で、家の屋根から屋根へ飛び移り、電車と並走しているのである。自分は暇なとき、こんなことばっかりして時間を潰している。
 数学の授業が終わるまで、あと10分程度あった。さて、残り10分の間、何を考えていようか……。


 自分らの世代は他に比べると、何事においても成し遂げられるのはごく一部だけ、という現実を突きつけられる回数が多いと思われる。幼稚園のときから、ネットという魔界に触れる人も多いから。にも関わらず、よくトレーナーになったものだ。
 ポケモンバトル部の中でも部長と自分は、昔トレーナーをやっていた。トレーナー出身の指示出しだった。自分がトレーナーをやっていたのは、小学5年生の夏から冬までだった。

 ネットで「トレーナー」と検索すると、関連ワードに「オワコン」と「ゴミ」と「うんこ」が表示されるのは、有名な話だった。それもあってかトレーナーになると言ったとき、友達はだいたい「いやいやいや(汗)」という表情をしていた。
「トレーナーになんかなったら、人生終了だって親が言ってたよ。やばいよ。トレーナー辞めてからの人生、大変らしいよ」
 と、止めてくる人もいた。その人に対して自分は、
「別に良いよ。こんな人生、死んだも同然なんだから」
 と、言い返してやった。小学5年生で何を言っているんだよと、今考えても思う。イキリを通り越している。

 そりゃあもちろん自分は、人生に絶望していたわけではない。でも、こういう風に言うのが、1番反論されにくいことを肌で感じていた。
 あまり使うべき言葉でないことは分かっていたけれど、他に良さげな反論も見つからなかった。あのときの自分は、この言葉にむしゃぶりつくしかなかった。
 自分は親ガチャに成功していたため、たとえ友達から反対されたとしても、親に進路を封印されることはなかったので、無事トレーナーになることができた。


 トレーナーになって2週間後の自分はさっそく、怒らせてしまったスピアーに追いかけられるという洗練を受けていた。
「やばいどうしよう……えっと、そうだ、こんなときは」
 自分は慣れない手つきで、スピアーに向かってボールを投げた。尻尾に炎が宿った、お馴染みのトカゲが飛び出した。
「ヒトカゲ、あいつを火の粉で追っ払って!」
『うん、分かった!』
 ヒトカゲはすぐに体をくるりと回して火の粉を繰り出す。宙を飛ぶ虫に狙いを定めるのは難しく、攻撃は横にそれた。辛うじて火の粉は、スピアーの針の先端をじりっとかすった。
『ああ! ごめん……外れちゃった……』
 だが、かすっただけでも、幸いスピアーにとって脅威だったようで、こちらをキッと睨みつけたあと、去っていた。

『あ、良かった〜。逃げていったみたい』
「助かった……。危ないところだった」
 巨大蜂が視界から完全に消えたことを確認したあと自分は、ひとりごとをつぶやく。旅に出てから、ひとりごとが増えた。
「お疲れ様! ありがとう助かったよ」
『うん! また困ったことがあったら呼んでね!』
「じゃあ、待たね!」
 2週間前に出会ったばかりのパートナーにお礼を言って、ボールに戻した。開閉スイッチを押す手がどんなにぎこちなくても、ボールから放出される赤光は迷うことなく一直線に突き進み、ヒトカゲを包み込んで引き寄せてくれる。


 こんな感じで特に最初の頃は、トラブル続きではあったものの、そのトラブルも含めて、純粋に旅を楽しんでいた。
 けれども、小学生だったこともあり、バトルの勝ち方とかポケモンの育成方法とかは、さっぱり分かっていなかった。
 たとえば、ヒトカゲ以外のポケモンも何匹か捕まえたけれど、ヒトカゲばっかりレベル上げしてしまい、他の仔は全然育てることができなかった。学習装置も持っていなかった。
 あと、火の粉や体当たりなど攻撃技しか基本使わず、鳴き声とかの補助技は「何それ美味しいの?」という感じで、使った記憶が一切ない。使うタイミングが分からなかった。


 そんな体たらくなので、どんどん勝てなくなっていった。最初のジムに挑戦する前に、自分はオワコン、いやうんこになった。
「バトル 勝てない」とかでネット検索したとき、バッジを1個も取れずに旅を辞めるのが、小学生の80%以上という事実を知った。幸か不幸か、この事実を知った自分は安堵感を覚えた。
 小学生の自分にとって、半分より上にいるのか、下にいるのか、はとてもとても重要な問題だった。平均以上/未満でしか、自分の価値を判断することができなかった。
 このあとジムに1度挑戦し、気持ち良いくらい完敗して、それで自分は辞める決心が完全についた。旅に出てから、半年経ってのことだった。半年は短いと思われがちだけれど、旅期間の中央値はだいたい4ヶ月くらいだ。平均値は3年程度だけれど、参考にすべきなのは中央値の方だ。年収とかもそうだし。


「いや、本当ごめん。中途半端に辞めることになって」
『気にすることないよ。陽斗、今まで頑張ってきたじゃん』
「ここまでありがとう。一緒に旅してくれて」
『うん! これからもよろしくね!』
 道路に置かれたベンチに座りながら、自身のパートナーに本日で辞めることを伝えた。そんなときのことである。ベンチの後ろの木から急に、野生のクヌギダマが落っこちてきた。
「やばい、自爆するかも。ヒトカゲ、火の粉!」
『分かった!』
 クヌギダマは火に包まれて戦闘不能になった。少し可哀想だけれど、惨事を防ぐためなので仕方がない。

『あれ……? なんか体の様子が』
 不意に、ヒトカゲの体が光に包まれた。光が消滅したとき、そこに立っていたのはリザードというポケモンだった。
『ははは、進化しちゃった……』
「いやおい、このタイミングで進化って」
 トレーナーを辞める日に進化する、という間の悪さに、自分たちは呆れ笑うしかなかった。
『どうする陽斗。トレーナー、まだ続ける?』
「いや、さすがに辞めるよ。いまさら続けるのは無理だよ」
 これから社会人になったときに飲み会の席で使えそうな、笑える鉄板のネタが最後にできたのは、喜ばしいことだった。


 授業終わりのチャイムが鳴ったとき、過去を振り返り暗澹たる気持ちになっていた自分を、客観的に見ることができた。
 だいぶ、無駄な時間を過ごしてしまった。これなら、黒板の左にある時間割の文字の上を、ヒトカゲやツタージャが走り回る妄想をしていた方が、100億倍マシだった。
 過去を振り返るだけでは飽き足らず、パートナーをずっと喋らせることで過去に創作を加えていたのが、また気持ち悪い。というか冷静に考えると、あいつは絶対こんなこと言わない。解釈違いだ、まったく。

 こんな風な陳腐なトレーナー挫折談は、ネット上にも溢れかえっている。お前が言うなという話だけど、トレーナー挫折談を見かける度に、「またかよ」とうんざりしてしまう。
 動画サイトには、ニャースやニャオハが「ハッピーハッピーハッッピー」や「チピチピチャパチャパ」などというBGMと共に踊っている様子を見せながら、「憧れだけでトレーナーを目指した末路」を語る動画が、数え切れないほどあった。

 トレーナー挫折談なんてもう、何万人もの人が語ってきたはずなのに、手を変え品を変え、未だ幅広いコンテンツが作られている。それらはなんだかんだ、結構人気を博していた。
 みんな、好きなんだろうなあと思う。自分も「またかよ」とうんざりしつつも、暇なときとか結局見てしまうのだった。

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