【第30話】短い時の中で

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 ポインとチハヤの果たし合いプレイオフからしばらく。
 見回りの報告をしに黒衣の観測者ジャッカニューロ部室に足を運んでいたストームは、テーブルの菓子かごに珍しく手作りのクッキーがあったのでつまんでいた。
 部屋の奥から戻り、それを目撃した長雨レインはなんと声をかけるべきかしばらく迷う。
 その内にストームの方が戸惑う彼に気づいた。

「うまいなこのクッキー。迷霧フォッグの奴が作ったのか長雨レイン?」
「いや……それは光霰ヘイルが作ったと持ってきた」
「げ…………けどうまいなこれ……」

 苦い顔をしつつも、口にクッキーを運ぶ手を止めないストーム
 彼の食べっぷりに「迷霧フォッグ蒼穹フェアの分も残しておけ」と長雨レインは軽く注意した。

 結構な数のクッキーを食べたのち、ストームが「んじゃ、光霰ヘイルが来る前に僕はそろそろ行くぜ」と立ち上がろうとした。
 その時、長雨レインは少し強めに言った。


光霰ヘイルなら、たぶん来ないだろう」


 6つ目の彼の席をじっと見ながら長雨レインは深く息を吐いた。

「第2部隊運営の件、引き受けてくれると光霰ヘイルは言った。今頃、第2部隊の部室用に用意した部屋の片づけをしているはずだ」
「……そっか。ま、僕としてはせいせいするな、日陰者が他所行ってくれて」
「…………」
「……なんだよ」
「いや……何でもない」
「文句あるなら言えって」
「文句はない……」
「あっそう。その割には未練ありそうだな光霰ヘイルに」

 黙る長雨レインストームは軽く睨む。

「……同じ組織のメンバーだからって、一枚岩じゃいかないのはとっくの昔に分かっていると思ったんだけど」
「だとしても、彼ももう黒衣の観測者ジャッカニューロの一員だ。将来的には次の代を担ってもらわなければ困る。そのためにまだ教えなければならないこともある」
「ご苦労なことで」
「他人ごとではない。これは僕たちが先輩として……示さなければならない責務だ」
「……あんまり甘やかすのもどうかと思うけどね」

 悪態交じりにストームがぼやく。
 彼には示し導くことだけが、正しいとも思えていなかったからだ。
 光霰ヘイルに関しては私情を抜きにしても、特に強く思っていた――――

 彼は、自分で悩み道を見つけた方が良いのでは? 行き先を決められるだけの頭はあるのでは? と……。

 気づいたらもう一枚とクッキーに手を伸ばしかけていて、今度こそ長雨レインに止められるストームであった。


  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 GAIA南西エリアにある大きな牧場脇に、その大きめの納屋はあった。
 もともと倉庫として使われていたその納屋を第2部隊の部室にしてもいいということで与えられた部屋の片づけを光霰ヘイルは友人たちとポケモンたちの力も借りつつやっていた。

「途方に暮れていた部分があったから本当に助かる、ありがとうナガメくん、ライゾウくん……」
「それは何度も聞いたから光霰ヘイルくん。こういう時は人手がいた方が良いって……あ、ライゾウくんバケツに水汲んできて」
「おうナガメ。それに背の低いお前だと高いところ届かないだろ光霰ヘイル?」
「ぐ……まあ確かに。ナガメくん、次は何すれば」
光霰ヘイルくんとマネネは床拭きをお願い、ハネッコは棚の上を拭いてね。タブンネとウネルミナモは僕とハリマロンと一緒にゴミ出し。ライゾウくんはデルビルと一緒に一回このメモにある道具を購買に買い出しお願い」
「わかった。床拭きだね」
「おう、ひとっ走り行ってくるぜ」

 外見は綺麗な納屋だがいかんせん倉庫だけあって各所に埃が積もる。
 埃を払い、床磨きをし、ゴミ出しをし、なんとか机と椅子などを運び込む彼ら。
 そんな彼らを近くの牧場に出入りする人々が見かけていた。

 重労働を終え、埃まみれになったエプロンを軽くはたき床に大の字になる3人。
 彼らのポケモンたちも外でウネルミナモに寄りかかり、軽く寝息を立てている。
 どうにか人が過ごせるだけのスペースは出来たが、まだ設備を整えたりなどやることは沢山だ。
 だが、今日一日にしては十分な成果であった。

 ふと、床に転がった光霰ヘイルが天井を見上げながら、ふたりの名前を呼んだ。

「ナガメくん、ライゾウくん」
「なに?」
「何だ何だ?」
「ふたりとも好きだ」

 唐突な発言にむせ込むライゾウ、固まるナガメ。
 ナガメがフリーズから解け、「どうしたの、光霰ヘイルくん?」と理由を尋ねる。
 すると彼は、相変わらず天井を見つめたまま、胸の内を吐露する。

「伝えられるうちに、伝えておこうと思って。いつも、気づいた時には言えないことの方が多いから」
「……失恋でもしたの?」
「ううん。違う。そういう好きではないと思う」

 ライゾウが「お前が言うとマジに聞こえるから心臓に悪い……」と眉間にしわよせながら、ぽんと彼の肩を叩いた。

「まー、そういうこともあるよな。離れてから、嫌いじゃなかったんだなーって、気づくって」
「こっち側が好意をもっていても、必ず向こうもそう思ってはくれる保証はない。ポケモンたちにもあるあるだね」
「ライゾウくん……ナガメくん……」
「ドンマイだ」
「辛かったね、光霰ヘイルくん」
「……ありがとう」

 顔を見せないように、礼を言う光霰ヘイル
 そんな彼にナガメは「お疲れ様」と伝え、ライゾウは「飯にしようぜ飯!」と起き上がる。

 その日の夕飯は新調したばかりのカセットコンロに鍋を乗せ作ったカレーだった。
 ハネッコに合わせモモンの実を入れた甘口カレーを囲みながら食べ談笑するそのひと時は、光霰ヘイルの心と体に温かなモノをたしかに満たしていくのであった。


  ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 その晩、寮の自室の布団にくるまりながら、重い目蓋を閉じながら光霰ヘイルはまどろみの中で考えていた。
 この間、先輩のストームに言われた言葉が、彼の中で渦巻いていた。

「(苦しむのは、贖罪にならない、か)」

 彼の言葉を受けて、光霰ヘイルは少なからず考えさせられていた。
 それは、反省だけではなかった。

「(何ができるんだろう……何か出来ることはないかな)」

 闇の中で糸口を探すように、静かに思考する光霰ヘイル
 眠る前のこの時間は、隣人の人形クラウドが居ても、独りだ。
 逆に言えば、独りで考えられる時間でもあった。

 記憶と感情を整理しつつ、光霰ヘイルは考える。
 それは、ほんの少しだけ明日に向けたものへと変わっていった。

 未来は残り10年しかないのかもしれない。
 けれど、GAIAに送り出されたことで、あの日のテイラーの手を取ったことで、彼は死ぬだけだった未来を変えられた。
 悲しいこともたくさんあるけれど、嬉しいこともあった。
 その意味を深く抱きながら、彼はまた第2部隊という新天地にやってこようとしている。

 後悔しないように選んだ道。不安は付きまとう道。
 けれど、思い返す彼ら彼女らの存在が、彼の背を押したのであった。

「(いろいろ動いてみるか……ん?)」

 やがて夜も深くなりかけたころ、スマホロトムが静かに振動する。
 何事だろうか、と光霰ヘイルが画面を見ると、グループメッセージが新たに作られていた。
 それは、光霰ヘイルも含めた黒衣の観測者ジャッカニューロの4人の先輩とのグループだった。

光霰ヘイル、片づけもろもろ手伝いに行けなくてすまねえ。そしてクッキーありがとうございます。シャズも喜んでいました。やるっすね』
迷霧フォッグ先輩」
『女子力あるものをさらっと作りおって……腕を上げたな。私も負けてられん』
蒼穹フェア先輩」
『クッキー、うまかった……食べ物自体には罪はないから』
ストーム先輩」
『そう言いつつもストームがほとんど平らげていましたよ』
『ああ、袋の半分以上は食べていたな』
「そ、そうだったんだ」

 黙り込むストーム。しばしの沈黙の後、長雨レインが締めるように書き込んだ。

『なんでもといいつつも、君の料理はどれも食べられた……そういうことだ』
長雨レイン先輩……」

 その発言に対し3方面から『素直じゃねえの』『世話になっておいてその言いぐさか』『もう少し長雨レインさんは、美味しいもの食べられていたことに感謝してくだせえ』と集中砲火を受けていた。
 流石に光霰ヘイルも苦笑いしている中、長雨レインは全部スルーして、言葉をまとめた。


光霰ヘイル、行ってこい。後ろは任せた』


 ゆっくりと、一文字一文字に色々な感情を乗せつつ光霰ヘイルは、短い言葉に決意をこめる。


『任されました、行ってきます』


 別々でも一緒に居なくても。
 短い時の中で共に歩んできた道は、未来と過去は繋がっていた。
 光霰ヘイルはそのことを強く意識し、明日を望んだ。

 さあ、再出発の始まりだ。






【おふざけ次回予告】
「いよいよ第2部隊に新たなメンバーがやってくる。果たして光霰は新メンバーと打ち解けられるのか。つづく!」
「一文で次回予告をまとめるな雲……あと微妙に不安を煽るな……」
「がんばれ光霰、屍は拾ってやろう」
 雲にくたばる前提で話を進めないで欲しいと節に願う光霰。
 当たって砕けろの覚悟とはいえ、誰しも砕けたくはないのであった。
『次回、三日月と流星と』
 次回もお楽しみに!

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