File 38 -戒めの空・再燃と流転-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

えっこは謎の空間で目を覚ます。そこは先程の花畑ではないが戒めの塔内部でもない、ただ何もない真っ白な空間だった。ぼんやりとした目を周囲に向けると、そこに輪郭がほとんど消えかけたポケモンの姿が現れた。

「えっこ……ごめん…………。僕はもう行かなきゃダメなんだ……。2度もこんなことになって……本当にごめんね…………。」
「ローゼンさん……!! そうか、奴を倒すためにあなたは……。」

「うん……こうすることでしか敵を滅せなかった……。擦っても擦っても消えない人間の性……それを無へと戻すには……意識の一時遮断では足りなかった…………。だから僕がこの魂を滅ぼした……。君たちが行く先は怖くなど……ないんだよって。ただ真っ白に虚無が続いているだけ……その中に溶け込んで消えるだけ…………たったそれだけなんだって…………。」

そのぼんやりとした影はローゼンだった。えっこはローゼンの身に何が起こったのかをすぐに察し、その言葉に無言で頷いてみせた。やがて数秒の沈黙が残った後、その残響をかき消すようにえっこが切り出した。


「あなたは知っていた……。俺が創世主であり、奴は偽物なのだと。そしてこの世界の本来の姿も…………。でもそれは俺自身が生み出し、俺自身が招いた結果だった。だから自分の目で見て触れて認識して、名実共に創世主の魂を継ぐ器となる必要があった。俺が覚醒するため、全てはそのためにあなたは……。」
「そうだね、そしてここから先は……僕にも知り得ない未来だ……。最早僕はこのゲームから……完全にドロップアウトしてしまった…………最後にちょっとだけでも……また君と共に戦えてよかった……。」

「俺もですよ……本当に、本当にありがとうございました。安心してください、俺が必ず人間やポケモンの持つ可能性を示し、守り抜いてみせる……。呪われた因縁をあなたが身を呈して打ち砕き、アルセウスの魂を持つこの俺の原罪を肩代わりしてくれたのだから……。そのツケは必ず払いますとも。俺たちの信じるその道に、正義に立ち塞がる邪魔者は倒す……それがどんな存在であれ、ローゼンさんという孤高の蒼き勇ましき花の輝きに恥じぬように戦い抜く……。」
「それじゃあ……ね…………もう終わり……みた……。ありがとう……。また来世で…………えたら……いな…………はっ……。」

霧のように薄まって消えゆくローゼンの気配に対し、えっこは溢れ出る涙を腕で一気に拭い去った後、ただ前だけを見据えて敬礼してみせた。その眼差しは自分自身の気を引き締めようとする決意の強さと、ローゼンの魂が無へ帰りゆくのを見送る温かみと、その両方が垣間見られた。


「ローゼンさん……。親しき戦友がまた1人去ってしまっても……。それでも俺たちは前に進まねば……!!」

えっこがそう呟くと視界が一気に晴れ渡り、そこには円形の部屋に3つの月が描かれた床が貼られていた。その月はそれぞれ満月、三日月、新月を表した模様となっており、えっこは新月の黒い円、ユヅキは満月の白い円の上に立っていた。スィフルもユヅキの傍に浮いているのが見える。


「えっこ……こんなこと信じたくないけれどローゼンが……。」
「分かってます……俺もついさっき、彼の魂と最後の別れを交わしたところですから。新月の紋章……つまり月のない夜の模様を隠し持つ俺。そして満月の紋章……真円の模様を身体に宿すユヅキさん。恐らく残りの1人はあちらの世界にいるハリマロンのえっこさん……彼には三日月の紋章があるはずだ。戻らねば……俺たちやローゼンさんが切り開いたこの道を通り、あちらのアークへと。」

「えっこ君たち!! よかった、みんな無事でここまで辿り着けたんだね……本当によかった。」

ふと背後から何者かの声がした。塔内部の円形と思しきこの部屋の入り口の方を見ると、丸い影がこちらに姿を見せるのが伺えた。


「あれっ、レヒト会長……!? どうしてこんなところに……?」
「ちょっと訳ありでね……。既に裏切り者が動き始めたようなんだ、地下世界や地上は既に『星の停止』に巻き込まれてしまっている……。その予兆に気が付いた僕は何とか逃げ出してきた……だけど残念ながら恐らくプルヌスは……。」

「星の停止って一体……!? それにプルヌスさんが巻き込まれたって……どうしてそんなことに!!」
「ごめん、間に合わなかったんだ……。彼女のラボに既に病魔が迫っていた。星の停止、それはフォトンの物理的固定によってもたらされる時間の流れの停止……。時を司るフォトンが止められたことによって、そのフォトンを受けて存在するあらゆる者のあらゆる時間が止められてしまうんだ。この場所もやがてその闇の中に落ちるだろう……。」

えっこたちの前に現れたレヒトは、外界で起こっていることに関してそのように説明した。フォトンが時間と連動してその量を推移させることで全ての現象が発生しているため、それを止められると時間が停止してしまうことになる。それが星の停止なのだという。


「というかよ……もしかしてそれを引き起こした裏切り者ってのは……。」
「そこまでだ、彼らにそれ以上接触するな!! 今すぐ退いてもらおうか、レヒトよ!!」

「なっ!? それじゃあやっぱりエクトルさんが裏切り者……!? そして邪魔者を消してここまで来たってことなの!?」

入り口付近から響く叫び声の方を振り返ると、そこにはアークの総統であるエクトルがいた。その姿を見たレヒトは動きを止め、ゆっくりとエクトルの方へと振り返った。








「おやおや……誰かと思えば裏切り者が自分から現れたってことか……。それなら話が早いね、僕らの目的のため、彼を一刻も早く倒さないといけないなぁ。」
「バカなことを言わないでもらいたい、この星の停止を引き起こしたのが一体誰なのか……こんな惨状を生み出したのが誰なのか……とぼけたところで騙し通せようものか……!!」

「まさか僕が裏切り者だって? えっこ君、ユヅキ君、スィフル君…………この僕に君たちを裏切る意味なんてあるかな? メディオキュールの分析にしろ、博物館の調査にしろ、僕は君たちに協力してきた……。もし僕が裏切り者なのであれば、そんなことするわけないよね?」
「ああ、確かに……。もし会長が裏切り者で偽の創世主と組んでるってならよ……。寧ろ妨害してこんな場所に辿り着かせないようにするよな? それに言っちゃ悪いが、アンタを信用する判断材料ってものが全く見当たらないぜ……俺たちに何か関わったわけじゃないし、会長にメディオキュール流したっぽいし、プルヌスさんも会長も裏切り者じゃないとすれば、必然的に一番怪しいのはアンタだけになっちまう。」

スィフルやレヒト自身が述べる通り、レヒトはこれまでえっこたちの行動に積極的に協力してくれた相手であり、メディオキュールのサンプルが破壊された事件の被害者であり、逆にエクトルにはアリバイもなければえっこたちに対する立ち位置も把握できない。状況から考えるに一番怪しいのはエクトルと考えるのが普通だろう。


「えっこ君、早くアイツを倒してここから出るんだ。本物の創世主としての力を得た君なら元の世界に戻れるんだから。僕も協力するよ!!」
「よしっ、4対1ならこっちに分があるってもんだよな……!! ……えっこ? 一体どうしたんだよ、会長の言う通り早くエクトルを倒しちまわねぇと、援軍とか来たら厄介じゃねぇか……。ってなっ!?」

レヒトとスィフルに促されたえっこは一瞬動きを止めた後、レヒトに向かって蒼剣で攻撃を仕掛けた。レヒトは何とか瞬時に攻撃を回避し、えっこの方を睨む。


「ちょっ、何やってるのえっこ!!!? レヒト会長は敵じゃないって、さっきの話聞いてなかったの!?」
「その言葉、そのままお返ししますよ。確かにコイツは言ったんだ、『本物の創世主の力を得た俺なら向こうの世界に帰れる』って。いつ俺が創世主だと知ったのか、どうして俺が創世主なら100%向こうに帰れると断言できたのか、全くもって予想がつきませんね。」

「そりゃあこんなところに来たんだ、ここに残された創世主の記憶を見たんだよ。君たちだってそうやって真実に辿り着いたんだよね?」
「なるほどな……それならもう1つ俺からも聞かせてもらおうか? 最初からどこにいたか分かんないエクトルさんならまだしも、何でおめーが今ここにいる? 星の停止に巻き込まれる寸前までプルヌスさんのラボにいて、エスカレータを使ってここまで楽々辿り着いた俺たちとそう変わらないタイミングでどう登って来たんだ? それも創世主シアターをご丁寧に全部見た上で、だ。」

えっことスィフルの言う通り、よく考えてみればレヒトには不可解な点が2つある。第一にえっこの正体を最初から知っていたかのような発言をした点、そしてもう1つはつい先程まで地上にいたかのような説明をしたにも関わらず、自動で登る階段を利用したえっこたちに軽々追いついてきた点だ。

エクトルは既に早くからこの塔に来ていたのかも知れないし、空中に浮かんでショートカットできた可能性もある。しかしレヒトがプルヌスラボに星の停止直前まで居座った上で、創世主の記憶を全て見ながらこの速さでここまで上がってくるのはまず不可能だろう。


「お前らの言う通りだぜ、何とか間に合ったなぁオイ!!」
「君の判断が正解だ、諸悪の根源はエクトルではない……全てレヒトが引き起こしたことだ!!」

「えっ、プルヌスさんにカシア……!? どうしてこんなところに……!?」
「見くびってくれるなよ、彼女の治療の手腕は一級品でね。本調子に戻った僕に、そこの道化が向かわせた雑魚の刺客共など時間稼ぎにすらなるものか。それに地下にいた勇気ある牧師……彼にも感謝せねばならないな。彼が僕らの時をここまで繋いでくれた、その犠牲はムダにはしない!!」

部屋の窓から颯爽と侵入してきたのは、プルヌスとカシアの2匹だった。2人共かすり傷1つないといった様子で揃って姿を見せており、レヒトとえっこたちの間に割って入るようにして立ち塞がった。


「そこのアホガエルに協力したのもおかしな話じゃねぇんだわこれがよ……。何せコイツが狙ってたのは本物の創世主の力、存在そのもの……。最初から偽物の方とは組んじゃいねぇってこった。ムダな戦いをすり抜けてアホガエルの味方を演じ、騙し切った上で美味しいとこだけ持ってくつもりだったらしいが、見通しが甘かったなてめぇ。」
「そもそもえっこと敵対するつもりはなかった……騙し討ちで倒してその力を横取りするのが目的だったから……。それに色々協力してくれてたのも、博物館で敵にやられたのに傷一つなかったのも、全て味方を演じて私たちに自分のことを信用させるため……!?」

「ふっ……ふふっ…………。本当に……本当に面白い……。そして愚かな奴らだね君たちは……。そうとも、その説明に偽りはないよ。僕はえっことユヅキ、君たちの創世主としての魂を得て世界を再建して支配したかった……ただそれだけのことなんだ。騙されてくれて、本当に……愉快だったよ……ふふっ……。」
「本性を現したな……。全く恐ろしい奴よ、こんな醜悪な者が全くノーマークで野放しになっていたとは予想外だ。そうだろう、『もどき』さんよ? いつまでも隠れてないで、僕らの前に姿を見せたらどうだ?」

レヒトは遂に本性を現して不快な笑みを見せ始める。世界を作り変えて支配するという己の目的のため、えっこたちの力を奪おうとしていたのだと自ら明かしたその言葉を聞いたカシアは、溜め息の後部屋の中の柱の影を睨みつけてそう言い放った。そこから出てきたのは偽の創世主だった。







「ほーん、お前が例の性悪女かいな。確かにゲロにクソをぶちまけたみてぇなオーラしてんな、近付くだけで何かムカっ腹が立ってくるぞオイ。」
「全て計画通りと言っておきますよ、レヒト。彼らがゲームを攻略してくることも、あなたがその道中に敵として立ちはだかることも、何もかも私の手の平の上に収まっていること。」

「そりゃあどうも、でも僕はコイツらを倒して創世主の力を手に入れる……。君みたいな偽物とは違う、本物の世界の支配者……僕はそうなる予定なんでね。」
「私にも度し難いことだが……何故そのような野望を持つ? 私やプルヌスと共に研究していた頃の君はもっと純真だったはず……。しかしどうしてこんなことを……。」

エクトルがレヒトに語りかけると、レヒトは近くにあった別の柱に身を寄り掛からせ、一同を見下すような表情で言葉を返した。


「僕はね……人間って奴が大嫌いだった。色んな文献や資料を見て、この世界が滅びたのは奴らの愚かさと慢心だったと早々に気付いたからね。奴らがもっと賢ければ……或いは強ければ、僕らはあんな地下の掃き溜めになど蹴落とされることはなかった。何故奴らの尻拭いを僕たちポケモンがしなきゃならないんだい? それっておかしいんじゃないかな?」
「何てことを……!! いくら何でも人間を侮辱するような発言、聞き捨てならないよそんなの……。カシアたち人間がどれだけ自分たちの過ちを悔いたのか、それに苦しんだのか知ろうともせずに……!!」

「悔いたから何なのかな? 事実として僕らはこうして蹴落とされた。たった1つ、それだけの事実だよ。だから僕はこの歪な世界を組み替えてやりたいんだ……今度は僕たちポケモンが人間を支配して使役して、消費して消耗してゴミのように捨てていく世の中にね。」
「下らないな、君が憎み嫌っている相手と同じ土俵まで成り下がるだけとは……。聞く価値もない野望だ、そんなものが叶うわけあるまい。」

レヒトは人間の過去に憎悪や理不尽を感じていた。そして地下へと追いやられたポケモンとしての自分に歪んだ劣等感を抱いていた。だからこそこの世界をポケモンが支配する世の中に作り変え、自分が人間を蹂躙するのだという。ユヅキやカシアがその考えに反発する中、偽の創世主は苦笑を見せている。


「全く、人間が愚かで生きる価値がないというのは同意ですね。しかしあなた程度の器ではメインキャストにはなり得ない……支配する帝王となるなどもっての外。ここで惨めに敗れ去り、ボロ雑巾のように朽ち果てるだけと宣告しておきましょうか。」
「そういやお前はどうすんだよ、お前の計画も邪魔しかねない勢力だろ? 俺らと一時結託でもするかい?」

「まさか。放っておいても勝手に消え去る小物です、処分はあなた方に任せますよ。」
「傍観してるってわけやな、ならとっとと失せな。視界に入るとマジでうぜぇんだわお前、全身の皮膚引っぺがすぞコラ。」

あくまで傍観の立場を取るという偽の創世主。彼女はえっこたちがここで敗れることなどなく、レヒトが無様に消えていく未来を確信しているようだ。プルヌスとスィフルに睨まれた彼女は、一行の手の届かぬ場所に退避するかのように空中に浮き上がり、全員を見下ろすようにして眺め始めた。


「高みの見物というわけか……まあいいさ、僕だって何の後ろ盾もなくここに現れたわけではない……お生憎、兵力ならいくらでも持っててね。」
「例のヤミラミたちか……それにしても何だこの数……!? 部屋の外周を取り囲んでいる……。僕とえっことユヅキ、スィフルにエクトルにプルヌス……6名で奴らを倒さねば先はないということか……くっ……!!」

「関係ないね、何かすっごくムカついてきたとこだもんコイツにはさ。私も人間がしたことを擁護するつもりはないけど……カシアみたく冷たくも良心を残している人間が確かにいる。なのにあんなにボロカスに貶されてさ……私の前世の相棒を侮辱されて、私たちが生まれ育ったアークのことも散々言われておいて、黙ってなんかいられない!!」
「ですね、俺が創世主とかそんなのはどうだっていい。世界を司る能力をこんなゲスに開け渡してはならない。アルセウスの魂だって、ハリマロンのえっこさんだって、顔を洗って出直してきなと一蹴するでしょうしね。」

一帯を囲むヤミラミたちはジリジリとこちらへ迫ってくる。エクトルは素早くユヅキたちの軍勢に合流し、えっこ、ユヅキ、スィフル、カシア、プルヌス、エクトルの6匹とレヒト一味との決戦の幕が切って落とされた。

(To be continued…)

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