Report.11 井の中のケロマツ、大海を知る

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 歴史ある車窓からは、歴史ある学び舎が映る。
 トレーナーズスクール。忘れもしない、架と楓が育った場所。
 山と一体になったその校舎は少年少女を迎えるべく、今日も門戸を開く。
 元々山内の資源を採掘しながら集落を営んでいたところ、麓や山頂部に人が集まり、定住するようになった。物資の運搬は鳥ポケモンに担わせていたがどうにも負担が大きい。そこで山内を開拓し鉄道網が敷かれる。この開通により、山間部の往来は画期的なものとなった。
 今しがた説明した歴史は、他でもない、架と楓が習った知識である。
「わー、懐かしいね!」
 窓に張り付き、楓とクチートが口を開けている。
「うんうん、ここからおれの第一歩は始まったんだよなあ」
「いやいや大げさだろ……」
 感傷に浸るふたり。急ぐ旅でもないし、途中下車も悪くないだろう、ぐらいのノリで駅に降りてみた。
 校舎にはチャイムが鳴り響く。一斉に教室から散り、各々の放課後に繰り出していくのだ。

「失礼しま~す……」
 下校中の生徒に混じり、卒業生です、と身分証明しながら入っていった。まずは職員室へとご挨拶。いわゆる卒業生という立場は、勝手知ったる場所が突然そうではなくなり、一定の余所余所しさを味わう羽目になる。
「卒業生? 知ってる?」
「いや、私は存じ上げないですなあ」
 寂しさが去来する、その時。
「一条?」
「わたしもいます!」
「倉木! ふたりして会いに来てくれたのか」
 ボブヘアーに縁取り大きな眼鏡をかけた教師が姿を見せた。何を隠そう、この方こそが架と楓の元担任・渚薫子(ナギサ カオルコ)先生である。
「渚先生今もいてよかった」
「ああ、だいぶ生徒や先生の雰囲気も変わったけどね。顔見せてくれてうれしいよ」
 教え子たちの成長した姿を見られるのは、教師にとってこれ以上なく嬉しい報せだ。
「おれたち、今リーグ目指して修業の旅に出てるんです。途中で学校見えたから寄ろうかなって」
「そうかそうか」
 渚先生はトレーナーズスクールの近況を教えてくれた。
 なんでも、ゴンべが大量発生したらしい。
 食糧庫に忍び込み、給食用の蓄えを食い漁っていたところを調理員が発見し、急ぎ捕獲。行方不明になった食べ物のいくつかは、ゴンべ自身が体毛の中に隠しており使えなくなった。結局その日は被害が甚大で、出張レストランに来てもらい事なきを得た。保護者宛てに後日、弁当持参のお触れが出たようだ。そんな時にいなくてよかったと思う。
「ポケモンの大量発生、増えてるって聞きますけど……」
 野生ポケモンたちは独自のテリトリーで固有の価値観を持って生きており、人間の居住区からは等しく一線を引いている。大量発生は、その均衡を崩してしまうことがある。
 本来の確率をオーバーした過剰な出現率は、人々の生活にも被害をもたらしかねない。こうした野生ポケモンの大量発生は近年問題視されている。
「何かの前触れじゃないといいんだけど」
「ですねー」
 お返しにと、架は自分が出会ったトレーナーたちとの土産話を聞かせた。
「外には強いトレーナーがいっぱいいます」
「モエギにいただけじゃ見えない、経験出来ないことがたくさんある……その通りね」
「先生、ポケモンリーグ出場者でしたよね」
「昔の話よ。今のレベルにはついていけない」
 廊下から見渡せるグラウンドでは、イチ、ニ、の掛け声に合わせ、ポケモンバッカー部がランニングに励む。クラウンチングスタートを決める陸上部はラビフットと競い合っているようだ。音楽室からは吹奏楽部とポケモンの合奏が聴こえてくるし、すれ違う生徒たちは皆ポケモンを連れている。
 スクールでは原則1匹のパートナーポケモンと共に生活する。元々の家系や環境で所持していた手持ちがいる場合、そのポケモンと共に入学できる。丁度、架とクワガノンのように。
「そういや、バトルクラブどうなってるかな……」
 架の足は、自然と己のルーツに引き寄せられていた。

「おーす、たのもー!」
 建屋の古びた引き戸が両側に開くと、室内が途端にざわめいた。
「おい。あれ……」
「まさか! あの、伝説の?」
「へ?」
「『一条架』さんですよね!? 校内最強だった!」
 マジで!? 
 本物!?
 実在したんだ!!
 すっげー!!
 間欠泉のようにあちらこちらから声が噴き出し、言葉のハイドロポンプを浴びる。
 そう。架はかつて、ポケモンバトル部員だった。道場にはスタジアムが併設されており、実践練習も行える。
「あれれ。架、レジェンドチャンピオンになってるよ」
 破格の待遇を受ける相方に、楓は目を白黒させた。となれば何かしらのリアクションで応えねば部員たちの期待を裏切ってしまう。
「スクールチャンピオン見参!」
 傍からすれば痛々しいことこの上ない若気の至りも、ここではスターのお茶目な振る舞いとして許容される。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
「おい、お茶をお出ししろ!」
「いいってそんなの!」
 だんだんエスカレートしていくのが怖くなり、慌てて両手を振った。


 古風な外壁に、巨体が打ち付けられる。大柄かつ坊主頭の少年は、思わず目と口を顔の中心に寄せた。
「トーショーのナゲキが負けた!?」
「流石レジェンドだ!」
 ナゲキ使いの名は、東昇(アズマ ノボル)。
 架はこう言った――クラブで一番強い奴と試合がしたい、と。そして名乗りを挙げた彼とシングルバトルの一回勝負を行い、見事道場破りを達成する。
 確かに有望な選手だ。ナゲキという、図体が大きく扱いの難しいポケモンを上手く活かした戦いぶりには少しばかり手間を取らされた。クワガノンのアゴを的確に掴んで動きを止め、投げ技で仕留めようとしてきた。
 だが、そこからの切り返しは架の方が上手い。ゼロ距離からの電撃が容赦なく後輩を貫き、あっという間の逆転劇を起こした。これが公式大会と部活のレベル差である。
 しかし、見事な勝利を収めたはずの架は実に浮かない面持ちだ。
 部員たちが『伝説のトレーナー』とそのポケモンへの信奉を強める中、渚先生だけは冷静だった。
「東、ちょっといいか」
「押忍」
 試合へのフィードバックが先生から言い渡される中、部員のひとりはポケフォンを点けたり消したりと何やら忙しない。
「やべっ、もう時間だ!」
「早くテレビつけて!」
「集合!」
「え、ええっ?」
 楓の困惑をよそに、どたどた足音やかましく全員が集合し、その場に正座する。クチートが勝手に胡坐をかくので、とりあえず楓も倣っておいた。
 モニターの電源が点けられると、視線という視線が一箇所に集まる。

『マスターランクのトレーナーが集う「プロフェッショナルビギニング」にて、四天王・愛染玲奈が優勝を果たしました』

 皆がどうにも落ち着かない雰囲気だったのは、このニュースを待っていた為か。
 第一印象は可憐な少女ながら、顔付きに勝負の世界で生きてきたプロが張り付いている。全身のシルエットはまるでモデルのような立ち姿で凛々しい。
 何より目を惹くのは、スポットライトが照らす両隣のポケモンである。
「あのポケモン、なんていうの?」
 楓がこっそり耳打ちすると、部員のひとりがポケモン図鑑を見せながら教えてくれた。
「『ラウドボーン』と『アシレーヌ』ですね」
「どっちも強そう……」
「あの2体は切札ですから、そりゃ」
 シキソラリーグ四天王は、全員が二種類のタイプエキスパートである。
 愛染玲奈は、炎と水。
 相反する属性を自在に操るとされ、その戦いぶりはもはやバトルというよりもコンテスト。型に囚われない発想で観客を驚愕させる。
 玲奈を主役として、両脇を固めるソリスト級のポケモンたち。図鑑で見るより遥かにたくましく、うつくしい。
「今人気急上昇中の……」
「最年少四天王・愛染玲奈(アイゼン レイナ)。また勝ったんだ」
「そんな強いの?」
 楓のひょんな疑問に、部員は強さの一端を知る者として答える。
「四天王は……このシキソラ地方で、最強のポケモントレーナーですよ」
「この子、わたしたちと同じぐらいじゃない? なのにアイドルみたくキラキラしてる……」
 その輝きにあてられていると、架が振り向く。
「楓知らないのか、愛染玲奈」
「この世界疎くて……」
「テレビとかによく出てるぜ」
「あ、モデルとかやってる子!?」
「そうだよ」
「わたしコーデとか参考にしてる!」

『あたしはまだ、先輩方の背中を追う身です。賞の重みに慢心しないよう、もっともっと自分とポケモンを磨いていきます』 

「受け答えもしっかりしています」
「架とは大違いね」
 楓は少しいじわるしてやった。
「なっ!? まったく、やめろよ後輩の前で……」
「おやおや、後輩の前では格好つけたいのかな~」
「ったく、なんでこうなるかなぁ~」
 ああ見ろもう、みんな笑ってるよ。
 それにしても。
「愛染玲奈か……」
 画面上のスーパースターは、遥か遠く。それこそ、架空の存在にすら思えてくる。
 ここでどれだけ最強だ、伝説だと持ち上げられても、外の世界では通用しない。でも伝説は知らない奴なんかいない。架の名前を知っているのは、この学校の生徒だけ。
 スーパーランクの今を思うと、顔を曇らせる。
 だけど、いつか。おれはおまえに届いてみせる――そう心で誓った。


 道場中に飛び交う、指示出しの声。土を踏み締める音、体当たりをした音、中の様子がなんとなく分かる。楓が部員に稽古をつけてもらうと言い出してからの間、架と東は少し席を外し、外の風を浴びた。
「……実はおれ、伝説でもなんでもないんだ」
 彼らの夢を壊さぬよう一言一句気を遣って切り出したつもりが。
「知ってます」
「あれっ」
 現部長にはとっくに見破られていた。
「あいつら、舞い上がってるんですよ。鳴かず飛ばすのクラブに架先輩や楓先輩が来てくれて」
 東だって、架に会え、本気の試合も出来て、興奮を抑えられないはずなのに。俯瞰した物言いに、この子が部長へと任命された所以を知る。
「渚先生も気付いてましたよ」
「そっかー……」
 さすがに先生の目はごまかせないか。架は苦笑いするばかりだ。
「はーあ。オレももうちょい強ければ、こないだのクラブ対抗戦で負けなかったのになあ」
「東も壁に当たってるのか?」
「はい。とても強いトレーナーでした……」
 落ち込む様も、どこか自分を見ているようで。
「こないだ、カワラケで競った奴等もそうだったよ」
「カワラケ? 公式大会ですか」
「ああ。……準優勝だった」
「すごいじゃないですか! 充分ですよ」
 東の反応が本来の普通だ。後輩たちが伝説だと崇めたり、戦績を褒めてくれることで、少なからず救われる側面もある。でも、いつまでも甘えてちゃいけない。
「ダメだ。もっと上を目指さないと」
 止まることを知らず、どこまでも夕陽の先を見つめている。
「ひゃあ~……架先輩、ストイックすね」
 須藤は強かった。間違いなくこれから上に行くトレーナーだ。優勝しても微塵も喜んでなかったし、むしろ当然という顔をしていた。立ち止まってたら、すぐに置いていかれる。
「東、卒業したらもっともっと強い奴等に出会うようになるぜ」
 架は立ち上がり、東は座り込み、それぞれに校庭を眺める。いずれは彼もこの箱を出ていくのだろう。
「……先は、果てしないですね。オレが地区大会のクラブ連中に負けている間、先輩はカワラケの公式大会でもっと強いのとやり合ってる」
「で、そんな奴等の遥か高みに四天王がいる」
「面白いなあ、この世界」
「退屈しないよな」
 ははは、とふたりして笑い合う。

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