お母さんはポケモントレーナーになった

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作者:Lino
読了時間目安:39分
「お母さん、なんで起こしてくれなかったの!」

 朝からけたたましい声とドタバタと階段を降りてくる音が響く我が家。私には小鳥のさえずりを聞くのと同じくらいのBGMでしかなく、それよりも目の前の卵焼きを焦がさないことに集中している。

「2回も声かけたでしょ、それに目覚ましもあなたが止めたんでしょ」
「あーもう制服のリボンどこ?」

 私の言い分に聞く耳も持たず、娘は着替えに必死である。9歳の女の子なんてそんなものだろうと、私は手際よく娘の探しているリボンの在り処を指で差しつつ焼き上がった卵焼きをお皿に乗せる。食卓に並べ終わると同時に着替えが完了した娘は椅子に座り、勢いよく朝ご飯を食べ始める。

「あ、卵焼きに海苔とチーズ入ってる! あたし大好き!」
「お弁当にも入れたからね」
「やった!」

 美味しそうにご飯を頬張る娘の横で、私はせっせとお弁当箱におかずを詰め込んでいる。入り切らない分はそのままつまみ食い、これが私の朝食スタイルだ。
 蓋を少し強めに押して閉め、バッグに詰め込む。これで準備完了だ。これで一息つけると顔を上げると、窓の外には1台のバスが止まっている。やばい、あれは娘の学校のスクールバスだ。

「やだ、バス来ちゃってるじゃない!」
「え、うそ!? やっば! 行く行く行くもう行く!」

 味噌汁を半分残したところで娘はカバンを背負い、学校の指定帽子を被り、お弁当バッグをしっかと握りしめて勢いよく玄関に向かっていく。「いってきます!」と元気な声とともに扉をぶち破るくらいの勢いで飛び出し、バスに乗り込んだ。

 これが我が家の日常茶飯事。台風一過の如くとよく言うが、うちも例外じゃない。まだマシなのは、今は娘と2人暮らしだからだ。
 夫は長期出張で数ヶ月に1回程度、1週間滞在するかどうかの頻度でしか帰って来ない。だけど運動会や発表会といった大事なイベントの日を欠かしたことはない。家事もするし娘とも仲が良いし、よくできる夫であると自慢したい。

 一見すると理想の家庭に見えなくもないが、1つだけ他の家庭にはあってうちにないものがある。ポケモンの存在だ。
 他の家庭では、最低でも1匹はポケモンを迎え入れている。一緒に過ごすだけのポケモン、家事や仕事などのお手伝いをしてくれるポケモンといったように、理由は様々だ。だけど、我が家にはそういったポケモンはいない。たまに屋根に糞をしていく野生のマメパトを除いて。

「さて、家事本気タイムといきますか!」

 娘が残した朝食を一気に平らげ、私の家事は山場に差し掛かる。食器洗い、掃除機、洗濯……これを午前中に片付けないと自由時間がなくなってしまうからだ。なのでいかに時短できるかにかかっている。

 まず食器洗い。これは私のつまみ食いスタイルが功を奏しており、洗うのは調理器具と娘1人分の食器のみ。大人1人分の食器を丸々節約することで時短を実現している。さらに先日購入した食器洗い機を駆使することで、フライパンとまな板以外はすべて自動で洗えちゃうのだ。科学の力ってすげー。
 次に洗濯。これはドラム式洗濯乾燥機が大活躍。しかも洗剤自動投入タイプでボタン1つであとは放置。科学の力ってまじすげー。
 そして掃除機。これもお掃除ロボットが全部勝手に……と言いたいところだが、上記2つを買ってしまったが故に予算オーバーで普通の掃除機に。次のボーナスで夫に交渉を持ちかけたいところ。

 というわけで掃除機がけのみ人力で行うので、各部屋を回る。まずは2階の娘の部屋から着手しようと扉を開け、中に入る。床に散らばった朝の着替えを回収しつつ掃除機をかけようと腰を上げると、机の上に置かれた1枚の紙が目に止まった。

「また学校のプリント置きっぱにしたわね」

 娘はよく、学校から持ってきたプリントを机に出してそのままにするため、私に見せるのを忘れてしまう。今日のこれもそうだろうと思い、文字の書いてある面を開いて内容を読んだ。

「えっと、”進路希望提出のお知らせ 10歳時に在籍する学年における……”」

 読んだ結果を簡単にまとめると、次のようになる。

=================
・10歳になる学年から、いくつかの進路を生徒が決められる
・そのまま進級し、15歳になる学年で卒業することも可能
・ポケモントレーナーを目指す場合、15歳になる学年の年度末までに旅先の学校で単位を取得することで卒業認定が与えられる
・親とよく相談し、1週間後までに進路希望を学校の先生に提出すること
=================

 私は心の中で、「ついに来てしまった」とつぶやいてしまった。娘の進路選択の時期がやってきてしまったのだ。
 決して面倒くさいというわけではない。娘には幸せな将来を歩んでほしいと心から願っている。だからこそ、私はずっと決めていたことがあるのだ。


 ポケモントレーナーには、なってほしくない。




「パパ! ママ! みてみて!」

 幼少期の私は、好奇心旺盛でいろんなことに興味を持っていた。近所の男の子と山に登って隠れ家を作ったり、川で魚を手づかみで捕まえようとしたり、全てが新鮮であった。
 そしてテレビも大好きで、アニメや戦隊ヒーローもの、魔法少女ものもよく観ていた。中でも、ポケモンを特集した「ポケモンまる見えショー」という番組を毎週楽しみにしていた記憶がある。
 木をかじりながら眠るラッタを撮影せよ、トリトドンから出る紫の汁が1番落ちやすい洗剤比較、ノノクラゲリレー選手権といった、ポケモンの生態を活かした企画ものとして放送されていた人気番組だ。とりわけ私が好きだった企画は、年に1回だけ放送される「ポケモンリーグ密着」だ。

「うわぁ~かっこいい~!」

 ポケモンとまともに触れ合ったことのない私にとって、少し年上の少年少女がポケモンと息を合わせてバトルしている姿が格好良くて仕方がなかった。リザードンのかえんほうしゃ、カメックスのハイドロポンプ、フシギダネのソーラービーム……全てが新鮮で、エネルギッシュで、エキサイティングだった。
 リーグに出場するトレーナーはみんなの憧れの存在であるが、私も例に漏れず虜になっていた。そして誰もがこう思うはず。「自分もポケモントレーナーになりたい」と。

「わたしもポケモントレーナーなれるかな!」
「あなたがなりたいと信じればきっとなれるわよ」
「じゃあ大きくなったら旅に出たい!」
「そうだな、もう少し大きくなったらな。それまではしっかりママとパパの言うことを聞くんだぞ」

 この親子のよくあるやりとりで大はしゃぎしたのを今でも覚えている。テレビに出ているトレーナーになれる、ポケモンを連れてバトルできると思うと、ワクワクが止まらなかった。


 年月が経ち、10歳を迎えた私は誕生日の次の日に最寄りのポケモン研究所へと駆け足で向かった。研究所の博士が御三家と呼ばれる旅立つ子供に1匹だけ渡される貴重なポケモンを渡してくれるのだ。
 博士からポケモン入りのボールを受け取った時の喜びは今でも覚えている。私の、私だけのポケモン。この子とこれから旅をするんだ、いっぱい戦って強くなって、ポケモンリーグのチャンピオンになるんだ、そう夢を膨らませてボールを強く握っていた感覚は忘れられない。

「いいかい、大切に育てるんだよ」
「はい!」

 大切にしないわけない、最終進化させないといけないからと思っていた私は大きな声で博士に返事をし、近くの草むらへ向かうべく颯爽と研究所を後にした。
 手始めに野生のポケモンを捕まえつつ、もらったポケモンのレベルを上げていく。そして新しい技を覚えさせてはポケモンジムに特攻していった。ジムリーダーの前に立ちはだかるトレーナーにコテンパンにやられちゃうことも少なくなかったが、それでもよかった。強くなるための小さい目標がそこにあったから。
 とにかく一生懸命に頑張ることは嫌いではなかった。だから疲れるまでバトルもしたし、なんとか節約しながらヨクアタールを買ったり、寝る前に相性表を覚えるのもいっぱい頑張った。


 旅は順調なはずだったのだけど、6つ目のジムをなかなか突破することができなかった。手持ちも弱点を突いたタイプにしたし、レベルもそこそこ上げて挑んだはずなのに、いつもリーダーの最後の2匹の攻撃で負けてしまっていた。
 なんでだろうと作戦を練り直していると、同じ頃に旅立った人たちのことが頭によぎる。ちょっと前にポケモンセンターで観たテレビで、すでに四天王に挑戦する人がいたり、きれいなミロカロスを率いてコンテストに出場していたりと、活躍している姿が画面に映し出されていた。
 ちょっと嫉妬めいた気持ちにもなったりしたが、それ以上に何故か彼らが眩しく見えた。同じだけ努力してるはず、何なら私のほうが頑張ってるのではと思ってしまうのだが、それを感じさせない笑顔でテレビに出ている姿が、眩しくて見ていられなかった。

「きっと、運が良かったんだ。私も頑張ってるもん、もう少しすればあそこに行ける」

 そう自分に言い聞かせながら、それ以来テレビを避けるようになってしまった。きっとその頃の私は、眩しく感じる彼らを見てると何かが崩れてしまいそうな気がして怖かったのだろう。
 そして何回目だろうか、さらにレベルを上げてジムリーダーに挑んだが、一定レベルのポケモンが言うことをきいてくれるようになるというバッジの効果を上回るレベルになってしまっていた。そうなると私の指示は届かず、野生のポケモンを見つける度に倒すのと同じように手持ちのポケモンは弾丸のごとく突っ込んでいくだけで、もはやバトルではない。
 案の定負け試合となった。私は悔しくてヨクアタールの空き瓶を地面に叩きつけてしまった。瓶が頑丈なので割れることはなかったが、その姿を見たジムリーダーは少々怒った顔つきで私に言葉を放った。

「君、しばらくジムに挑戦しない方がいい。このままだといいトレーナーになれない」

 ショックすぎて言葉が出てこなかった。悪いことをした自覚はないし、いつもなら「また特訓して出直して」って言ってくれたのに、急に来るなと言われてパニックになった。
 気づいたらジムから離れるように、いや、逃げるように走っていた。さっきの一言で、私の中でジムはバッジを手に入れるところから私を襲う化け物が住む城と化したのだ。振り向くと化け物に飲み込まれる、そんな気がしてならなかった。

「なんで、なんで! なんでよ! 私こんなに一生懸命やってるのに! いっぱいバトルして、いっぱい相性覚えて、アイテムも買って……」

 走るのをやめたと同時に、泣き崩れてしまった。周りには何も知らない大人達が困った様子で私を見ていたようだが、そんなことどうでもよかった。
 テレビで観たポケモンリーグのトレーナーみたいになりたい、ただそれだけなのに、それに向かってひたすら頑張ってきただけなのに、他のトレーナーにはどんどん追い抜かされていくし、ジムリーダーからはトレーナーになれないと言われるし、なんで自分だけこんな辛い仕打ちを受けているのだろうと思うと、涙が止まらないのだ。
 しばらくしてポケモンリーグに出場するだけで相当な狭き関門であることを知ることになるが、この時の私はそんなこと知る由もない。ただなりたいものを目指して頑張れば、なれるものだと思っていたのだ。パパとママもそう言ってくれてたから。


 その次の日、落ち着きを取り戻した私はママに電話をかけた。「旅をやめて帰りたい」と。私の口調で察してくれたのか、特に理由を聞くこともなく「わかった」とだけ言ってくれた。
 ただ、ポケモン達は家で面倒見れないのでどうにかしなさいと言われ、私は旅の途中で1度だけ立ち寄った預かり屋に相談することにした。どうしても育てる手段がないので、ここで過ごさせてやってくれないかと相談し、お世話役のおじさんおばさんは快く受け入れてくれた。
 会いたくなったらいつでもおいでと言ってくれたが、私はこの日をもってポケモン達と触れ合うのをやめようと心に決めていた。いまポケモン達を見てしまうと嫌な思いがまた心の中から溢れかえってしまうと思い、できる限り遠ざけたかったからだ。それもあり、最後のお別れの挨拶もせず、ボールから出すこともなくおじさんおばさんに渡して立ち去ってしまった。

「もうやだ……」

 家につくまでの道中、ずしんと重い気持ちがずっと取れずにいた。誰かを傷つけてもないのに、私だけすごく責められて傷ついたように感じて仕方がない。家についてからも数日間は罪悪感に似た感情を抱きながら生活することになり、何をしても気分が晴れなかった。
 それからは、普通に学校に通い、普通に就職し、普通に結婚し……という、ある意味”いい”人生を送ってきた。それでも、ポケモンからは意識的に離れるようにし続けていた。決して嫌いではない、ただどうしても嫌な記憶を呼び起こす要因を排除したかっただけなのだ。




「ただいまー」
「おかえりなさい」

 娘が学校から帰ってきた。手には今流行りのゲームソフトが握られていて、聞くとどうやら帰りの途中に友達から借りたようだ。早くやりたいと言いながらも、お弁当バックから弁当箱を取り出してシンクに置くところまではしっかりやってくれる。
 手洗いうがいと整理整頓が済んだところで、リビングのソファにどかっと座りゲームを始めようとする。そのタイミングで私は学校からのプリントの件を思い出し、娘の本心を伺ってみることにした。

「ねぇ、学校のプリントのことなんだけど」
「あ、進路希望のやつ?」
「そう。それでね……」

 私は言葉を詰まらせた。いよいよ禁断の質問をすることになった私の心拍数は急上昇だ。これまで娘の夢をきちんと聞いてなかったこともあり、気持ちがどこに向いているかもわからない。ドキドキを深呼吸で抑えながら、聞くことにした。

「来年、どうしたい?」

 ゲームの電源が入り、起動画面のロード時間でAボタンを連打しながら娘は考えている。すぐにタイトル画面になったが、私にとってはこの時間さえも10分待たされている感覚だ。タイトル画面の明るいBGMが始まったところで、娘はいつもの口調で答えた。

「私、ポケモントレーナー目指したい」

 思わず、吐息が漏れてしまった。絶対に答えてほしくない選択肢をさらっと言ってしまうなんて、娘らしいといえばそうであるが。
 ここでポケモントレーナーになるのはそう甘いことではないと諭してあげるのは親の役目だと信じて、私は自分の経験だとはあえて言わずにその大変さ、辛さを語った。

「ポケモントレーナーって、大変なのよ。なりたいと思ってなれるものじゃないし、ポケモンリーグに行けるのもほんの一握り。バッジ集めだって、レベル上げるだけじゃ難しいのよ」

 もし娘がポケモントレーナーになりたいと言って旅に出て私と同じように挫折して帰ってきたらと考えると、可哀想で仕方がない。かといって雲を掴むような目標であればなおさら挫折する可能性も高くなる。娘には私が味わったような辛い思いをしてほしくないと思うからこそ、説得が長くなる。
 なんとか、諦めてほしい。旅には出ないで学校へ行き、私と同じように就職、結婚というロードマップを歩んでくれれば苦しい思いをすることのない”いい”人生を送れるのだから。それが幸せにつながるのだから。そう願っている。
 もう「親が言うから」という理由にするには十分な量の材料で、旅を諦めさせる準備は整えた。あとは「わかった」と娘が答えてくれれば、この問題は解決する。その一言を言い放ってくれるのを待っていると、娘は予想しない返答を私にしたのだ。

「お母さん、それ違うよ」

 違う? 何が違うのか? 私は”正しい”ことしか言ってないはず。傷つかない安全な人生の方向性を示して違うと言われる要素がどこにあるだろうかと。娘の返答に混乱しているうちに、娘はさらに続けた。

「ポケモントレーナーは、ポケモンとたくさん仲良しになることが1番の目的なんだよ」

 その返答は、私が一切考えたことのなかったものだった。あれ、トレーナーってそうなんだっけと思い返すが、私の中のポケモントレーナーは戦って強くなっていくものである、仲良しというワードはどこにも存在しない。
 私が変な顔をしていたのか、娘はその言葉の意味を私に説明してくれた。

「ポケモンと人間が、お互いを好きになって、信頼し合えるようになって、はじめて一緒になれるんだよ。高い壁があって1人じゃ超えられなくても、一緒なら超えられるかもしれない。その積み重ねがポケモンもトレーナーも強くして、いろんなことができるようになるんだよって、前に学校でチャンピオンが教えてくれたよ」

 この言葉が、これまでの私の人生の謎を一瞬にして解き明かしてくれた。「なぜ私はトレーナーになれなかったのか」、それは「ポケモンに愛情を注いでいなかったから」だと。
 私は強くなることが正義であり絶対だったので、ポケモン達にはたくさんバトルをさせていた。だが勝っても負けても感謝もせず、傷の手当をしてすぐ再戦、1日の終わりも「ありがとう」と言葉では言うものの気持ちはこもっておらず、ひどい言い方をすればロボットのように扱っていた。
 ポケモンからすれば、主の言うことは聞かないといけないと思いつつも、何のために戦わされてるかを理解していない。何のために強くならなければいけないかもわからないまま、目の前のポケモンとバトルする。そこに信頼関係はなく、彼らにとっても楽しくないはずだ。
 初歩的なことであるが、欠かしてはいけない大事な要素を疎かにしていたからこそ、全てが上手くいかなくなったのだ。ジムリーダーが言った言葉も、この歳になってようやく理解するに至った。

「でもね、ポケモンと仲良くなっても、強くなれるとは限らないんだよ?」

 だけどまだ私の心の中に少し残っている、娘を引き止めたい気持ちが言葉になって現れる。だがすでに娘の気持ちの方が私の理論武装より遥かに上回っていた。

「強くならなくたっていいじゃない。ポケモンのことを好きになって、ポケモンとの絆を深めることができれば、それだけで立派なポケモントレーナーなんじゃない?」

 こう言われてしまうと、もう反論の余地はどこにもない。私の努力の方向が不適切で、それによって生じた苦い経験を社会の不条理のように語った私が100%悪いと理解した瞬間だった。これは親として猛省すべきであると同時に、過ちに気づけて幸せであると思えたのだ。
 かつて私が憧れていたポケモントレーナーが格好良く見えたのは、ポケモンの技のインパクトだけではない。ポケモンとトレーナーが互いに信頼し合って、楽しくバトルしている姿そのものが格好良かったのだ。
 もっと気づくのが早ければ、私は変われたのだろうかとも考えたが、もうそれは過ぎた話。思い直すことができた今すべきことは、娘を全力で応援すること以外になかった。

「そうね。あなたの言う通りだわ。じゃ、お母さんも頑張らなきゃね!」
「急にどうしたの、ベタベタしないでウザい!」

 娘に頬ずりしてうざがられる私。でもいいのだ、私は娘のことが大好きなのだから。


 進路希望の三者面談も過ぎ、娘が旅に出るまであと2週間となった時、私は1日だけ夫に留守番を任せて1人でお出かけをすることにした。よそ行きの服装ではなく、どちらかというと動きやすいシャツとショートパンツ姿に小さいリュックサックを背負い、リニアに乗り込んだ。
 最寄り駅に到着するとすぐさま自転車屋に駆け込み、1日レンタルでロードバイクを借りた。タクシーとかでも良かったのだけど、自転車に乗ると旅をしていた当時の感覚に戻れそうな気がして、はじめから乗る気満々だった。

「え、いま電動なの? 楽ちん~♪」

 私の子供の時にはなかった電動式のロードバイクに感動を覚えながら、すいすいと道を進んでいく。景色を懐かしみながらあっという間に到着したのは、私に最初のポケモンを授けてくれた博士のいる研究所だ。
 20年も経っているので、きっと白髪混じりになってるんだろうなぁと思いながら扉を叩く。少し待って出てきたのは白衣のおじいちゃん……ではなく、おじさんだった。

「えっ、あれ?」

 思わず驚きが声になって出てきてしまった。確かに博士に間違いない見た目なのだが、白髪がまったくない。髪も、髭も、地毛の色だ。さては染めてるなこいつ。

「あれ、もしかして……えーと待ってね、えと、えっと……マナミちゃん?」
「違いますぅー、エミですぅー」
「あっ、そうだエミちゃん! ごめんー!」

 昔からこんなノリのおじさんだったのをよく覚えている。だから私はあえてふてくされた演技で応じた。

「いやーでもよく来たね! 君のお母さんから結婚して子供できたって話は聞いてたけど、久々だね!」
「大変ご無沙汰してます。あのぅ、ちょっと話したいことがあって……」
「なんだい? 打ち合わせ室使おっか?」

 少々重い話になると感じてくれたのか、博士は部屋で話をしようと中へ案内してくれる。久々に入る研究所は最新の機器で様変わりしていたが、相変わらず博士の机の上は書類やモンスターボール、工具で散らかっていた。この風景も懐かしく感じた。

「はい、ミックスオレ。飲みながら話してごらん」
「ありがとうございます」

 2人きりになった部屋で、私は博士にこれまでの出来事を懺悔した。せっかくもらったポケモンを大事に出来なかったこと、預かり屋に預けて以降会ってないこと、それ以降ポケモンそのものを避けるように生きてきたこと、全部をゆっくり伝えた。
 博士は何も言わずに私の話を聞いていた。合間合間で私は博士の顔色を伺って、怒ってるのじゃないかと何度も確認してしまった。
 話し終わると、博士はゆっくりと口を開いた。

「そっか。ちょっとだけ間違えちゃったんだね。確かに僕が渡したポケモンのことを思うと、悲しい気持ちにはなったかな」

 今の私にとってその言葉は、心に剣山が刺さったかのようにチクチクした。きっと博士は双方が豊かになるように願って私にポケモンを託してくれたのだろうと、今なら思える。
 しゅんとした私に、博士は優しく語りかけた。

「でも、時間はかかったけどこうして気づいて、何なら僕に伝えに来てくれた。すごいことだと思うし、君がそう思えたなら、僕はポケモンを渡した甲斐があったと思えるよ」

 その優しさが辛くて、でも暖かくて、思わず涙が滲んできてしまった。きちんと謝りに来れてよかったと、重かった肩の荷が1つ降りたような気がした。

「博士、ありがとうございます」
「君が成長した今なら、子供も大丈夫。うちに来たらポケモンを1匹プレゼントしようって伝えといてくれ」


 しばらく博士と雑談で花を咲かせた後に向かったのは、預かり屋だ。私が次にやりたかったことは、預けたままのポケモン達に直接謝ること。
 もしかしたら私のことすら忘れて平穏に暮らしてるかもしれない。ずっと怒っていて攻撃されるかもしれない。それでも、私がポケモン達にしたことを考えたら謝らずにはいられない。

「こんにちは」
「あら、エミちゃんじゃない! 大きくなったわねぇ」

 出迎えてくれたのは、お世話役のおばあちゃん。すっかり年を取ってしまっていたが、優しい笑顔は当時と全く変わってない。おじいちゃんにも挨拶したかったが、残念ながら2年前に亡くなってしまったとのこと。

「あの……」
「覚えてますよ。あの子達に会いに来てくれたんでしょう?」

 私が来た目的を全て見透かしたかのように、おばあちゃんはすぐさま施設裏の通用口から放牧場へと案内してくれた。当時よりも預かっているポケモンの数が増えていて、みんな仲良く遊んだりきのみを食べたりしている。
 そしてしばらく放牧場内を歩いていると、1匹のラッタが木をかじって前歯をメンテナンスしていた。よく見るとちょっとだけ欠けた前歯をしている。間違いなく、私が預けたラッタだ。

「……ラッタ?」

 私の声に反応したラッタが木をかじるのをやめて振り向いた。私のことがわからないのか、しばらく固まったまま私の目をじっと見つめていたが、だんだんラッタの目が潤んできたように見えた。そして急に私に飛びつき、泣いてしまったのだ。

「ラッタ……覚えててくれたのね。ごめんね、ごめんね!」

 感極まって私も大きな声で泣き出してしまった。私達の様子に気づいたゴルバットとヌマクローが駆け寄ってきたこの子達もまた、私が預けたポケモン達だ。
 みんな、覚えててくれてたのだ。忘れてるわけでもなく、嫌いになって攻撃してくることもなく、一緒に寂しかった思いを浄化させるかの如くわんわん泣いた。たくさん抱きしめた。
 きっと許してくれたはず、ポケモン達の表情からそう感じた私は、図々しいお願いをしてみることにした。

「みんな、もう寂しい思いさせない。これからずっとずっと大切にするから、一緒に来てくれる?」

 散々放って置いて、今更一緒に行こうだなんて虫のいい話だとはわかっている。けど、今の私にはまた彼らの存在が必要なのだ。彼らとやらねばならないことがあるのだ。
 私の気持ちを汲んでくれたのか、ラッタは喜んで飛び跳ね、ゴルバットは私の頭上をぐるぐる飛び回り、ヌマクローはぼけーっとしてるが喜びの鳴き声を発していた。

「仲直りできた?」

 後ろで様子を見ていたおばあちゃんが寄ってきてくれた。手に持っているカゴの中にはポケモン用のおやつと、モンスターボールが3つ。しかもボールは昔の私がデコレーションしたシールが貼られたものだ。きちんと取っておいてくれたんだとまた泣きそうになる。

「できました! またこの子達と一緒に、今度は愛情を注いでいかなきゃって」
「そうね。その気持ちを持ち続ければ、きっと、応えてくれるわ」

 それでいうと、すでに応えてもらっている気がする。
 もちろん100%許してくれてるとは思ってないけど、少なくとも私が気づいていなかっただけで、ポケモン達は私を必要としてくれていたのではないかと、さっきのやりとりで思うことができた。もし違っても、これから育んでいけばいい。また1からやり直すくらいの気持ちで接しよう。

「あら、もう行くの?」

 おやつをあげ終わったポケモン達をボールに入れ、私は放牧場を出ようとした。

「はい、もう行きます。この子達と行かなきゃいけないところがあるので」
「そう。また、いつでもおいでね」

 本当の祖母のように、おばあちゃんは手を振って見送ってくれた。預かり屋を離れてから、今日までポケモン達の面倒を見てくれたお礼をするのを忘れていたことに気づいた。今度改めて、お菓子を持って遊びに行こう。それまでに、ポケモン達と仲良くなって。


 自転車を走らせて最後に訪れたのは、かつて何度も挑戦しては敗れてしまった因縁のジムだ。年月が経ったのもありジムが一新されており、当時よりシステマチックに何でもできるようになっていた。
 中へ入ると受付ができていた。受付のお姉さんにジムリーダーとの面会予約をお願いすると、「次の試合終了後から30分間の枠になります」とこれまたかっちりした運営形態に。呼び出されるまで私は施設内の売店でジムグッズを眺めて待つことにした。

「え、各地のジムリーダーのアクスタもあるんだ。今どきって感じね」

 いやしい私はジムリーダー毎の在庫数を数えていく。あの人は完売、この人はセット売りだと在庫少ないのでカプ推し、といったように分析しながら商品を眺めていた。
 夢中になっているうちに受付から呼び出しがかかり、面会室へと案内された。小綺麗な部屋で少し緊張してしまったが、備え付けのコーヒーメーカーを勝手に使ってコーヒーを淹れて落ち着かせようとした。

「お待たせしました」

 まだコーヒーができないうちに、ジムリーダーが来てしまった。順当に年を取った見た目をしていて安心感のようなものを感じた。

「あ、あの、私……」
「……あ、エミちゃん、だっけ? 覚えてるよ、がむしゃらに頑張って挑戦してきてたよね」

 ジムリーダーが私の名前まで覚えていたのは意外であった。嬉しい反面、当時のことをしっかり覚えているという証拠でもあるため、内心複雑だ。言いたいことが言いにくくなってしまい言葉がつっかえたが、唾を飲み込んで調子を取り戻す。

「私、当時間違ってました。ジムに来るなって言われてしまったと思い込んで、そこから全部手放して……」
「いや、実はこちらの言い方もキツかったと後から思っていたんだ。結果的に君を傷つけてしまい、本当に申し訳ない」
「えっ、謝らないでください。私も勝つことだけに執着して、大事なことを見失ってました」

 互いに謝り続ける変な感じになってしまったので、今になって私がジムを訪れた理由を伝えることにした。それを聞いたジムリーダーは、まるで自分ごとのように喜んでくれた。

「そっか、娘さんトレーナー目指すんだ! だからお母さんとして応援するために……いい話だぁ~」

 このジムリーダー、こんなに涙脆かっただろうか、年を取ったせいなのかと思いながらもその気持ちは嬉しかった。
 和解もできたのでそろそろ帰ろうかと思っていたら、ジムリーダーからある提案を持ちかけられた。

「エミちゃん、今からポケモンバトルしてみない?」
「え、今から? 私が!?」
「そう、今から。さっきポケモン達引き取ってきたんでしょう? それって、ここのジムに再挑戦するつもりだったんじゃない?」

 図星であった。博士も許してくれた、ポケモン達も手元に戻ってきた、その上で成し遂げたいこと――ジムリーダーに挑戦して、当時手に入れられなかったバッジを手にすることだ。
 ポケモントレーナーとして足りなかったものを、今なら満たせる気がしている。勇気を出して自ら再挑戦したいと言う腹積もりをしていたが、緊張もあって言えずにいた。先ほどの話を聞いたジムリーダーにはお見通しだったというわけか。

「いいんですか?」
「もちろん。バッジもかけていいよ」

 このバッジが手に入れば、きっと私は救われる。過去の過ちに囚われたまま歩み続けた半生に終止符を打って新しい道が開ける、そんな気がしてたまらない。そして今ならこの子達と一緒に戦えると思っている。私は2つ返事で提案を受け入れた。

「お願いします! バトルさせてください!」


 程なくしてジムリーダーとの約20年ぶりのバトルが始まった。
 私はぎこちない投げ方でモンスターボールを放ち、最初にヌマクローを出した。この子は博士にもらった最初のポケモンで、1番レベル上げに注力した。なので言うことを聞いてくれない可能性も十分にある。

「えっと、みずで……じゃなかった、”みずのはどう”!」

 指示が届いているか恐る恐る見ていたが……やった、言う事聞いてくれた!
 これこれ、この高揚感がたまらない。トレーナーならなんてことない動作だけど、今の私にとってはこの場でクラッカーを鳴らしてヌマクローを祝福したいくらいの嬉しさだ。

「次は、”いわなだれ”!」

 この時、ヌマクローは私の方を向きながら小さくうなづいた。わかった、と言ってくれている気がしてすぐさま抱きしめたいほど愛おしい存在になっていた。もはや親バカに近い。そしてこの2発で1匹目をノックダウン!

「やったね、ヌマクロー! ありがとう!」

 自然と口から出る、我が子への感謝の言葉。昔の私なら出来なかったことが、今は出来ている。ちょっとずつ、私自身が変わっているはず。
 と少々自惚れているうちに相手の2匹目が繰り出され、ヌマクローが一撃でやられてしまった。相性が悪かったとはいえ、幸せムードから一転、悲しい気持ちが胸の中を侵食していった。

「ごめんね、痛かったでしょう。今きずぐすり塗ってあげるからね。ゆっくり休んで」

 私はジムリーダーに一旦待ってほしいと言い、すぐさまヌマクローの手当をする。ヌマクローが痛い思いをしているのに、私が1番泣きそうになっている。愛する者が傷つくとこういう感情になるんだと、また1つ、学びを得ている。

 そこからはラッタに頑張ってもらって2匹目もクリア。最後の3匹目を繰り出されたが、こいつが強くて、ラッタも頑張ってくれたが敗北。私の手持ちもあと1匹、ゴルバットだけだ。
 どうしても勝ちたい、ここを乗り越えたいと願いを込めながら、私はモンスターボールを両手で持って祈る。手の中でボールがカタカタと揺れている。ゴルバットもやる気を出してくれているのだろうか。

「お願い、頼んだよ、ゴルバット!」

 ボールを放った瞬間、奇跡がおきた。ボールから出たゴルバットは全身から光を放ち、私達の視界を遮る。そして瞬く間に、姿形を変えていた。そう、今この場でクロバットに進化したのである!

「クロバット!」

 クロバットは図鑑によると、トレーナーに懐いていないと進化しないと言われている。この短時間で私との距離がぐっと縮まったのもあるかもしれないが、それにしても早すぎる。
 冷静になって考えると、もしかすると、私が最初にズバットとして捕まえた頃から、ずっと私のことを想い続けてくれていたのかもしれない。ろくに愛情を向けてこなかった私に、ずっと懐いてくれていたのかもしれない。
 だとしたら、全力でこのバトルでその想いに応えなければ! 絶対に期待を裏切らない! 一緒に、戦おう! そう胸に刻んで、私はラストバトルに挑んだ。



「お疲れ様。もうちょっとだったね」

 数分後、目を回して倒れているクロバットを抱えた私がそこにいた。本当にもう少しのところで私は負けてしまった。脱力してしまった私はフィールド上でへたりと座り込んでしまう。
 悔しい、けどどういうわけか、清々しさもあった。昔なら歯を食いしばって怒りに似た感情を抑え込もうとしていたが、今は満足感でいっぱいだ。そんな余韻に浸っているところに、ジムリーダーが私の下へ歩み寄ってきた。

「エミちゃん、本当に変わったね。バトル中、すごく輝いていたよ」

 そう言いながら胸ポケットを探り、あるものを差し出してきた。

「これ……」
「ジムバッジだよ。勝負には負けたけど、あげるに値するほど頑張ってたからね」
「でも、ルール違反じゃ……」
「ここのジムは、勝たないとバッジをあげないというルールはないよ。バトルで相手とポケモンのことを見極め、次のステップに進んでいいと判断できたら渡しているんだよ」

 ジムリーダーは私の手のひらにバッジを置き、両手で手のひらを握ってくれた。

「ポケモンと一緒に喜び、悲しみ、そして信頼して歩んでいく。エミちゃんは、もう立派なポケモントレーナーになっていたよ」

 私が、ポケモントレーナーに、「なれた」。それはバトルで勝利することよりも、私にとって喜ぶべき称号に他ならない。
 幼い頃テレビで観た彼らのような、私が強く憧れていた「ポケモントレーナー」というものに、私はなれたのだ。他者から認めてもらったことで、初めて禊を済ませられたのだ。それを自覚すると感情がごっちゃになって、涙が止まらなくなってしまった。

「ほら、泣かない泣かない! お母さんしっかり!」

 ジムリーダーがなだめてくれたが、無理だ。泣いちゃう。いくらでも泣く自信がある。約20年分の感情と思えば泣き足りないくらいだ。
 泣き終わったら、急いで家に帰ろう。私が変わるきっかけを作ってくれた娘に感謝しよう。そして、自慢の我が子達を紹介しよう。「家族全員で」パーティするんだ。




「お母さん、なんで起こしてくれなかったの!」

 朝からけたたましい声とドタバタと階段を降りてくる音が響く我が家。私には小鳥のさえずりを聞くのと同じくらいのBGMでしかなく、それよりも目の前の卵焼きを焦がさないことに集中している。

「2回も声かけたでしょ、それに目覚ましもあなたが止めたんでしょ」
「あーもう制服のリボンどこ?」
「今日は制服じゃないでしょ? 寝ぼけてないで早く着替えなさい」

 あの日から2週間はあっという間に過ぎ去り、娘が旅路に出る日がやってきた。
 朝9時までに最寄りの研究所でポケモンを受け取る約束になっているため、学校に行くときより大忙し! なのに娘はいつものように寝坊して慌ただしく身支度に勤しむ。

「お母さん、私のお気に入りの帽子どこ?」
「もう~、クロバット、探してあげて。あ、ヌマクローとラッタはこれ運んで」

 いつもと違うことがあるとすれば、ポケモン達が家事を手伝ってくれていることだ。
 あれからたくさん考え、私自身はこの子達と一緒に生活していくことを選んだのだ。この子達の幸せを日々模索しながら過ごすことも、かつて夢見ていた「ポケモントレーナー」の1つの形であると思ったからだ。

「あ、海苔とチーズ入り卵焼き!」
「しばらく食べれないだろうから、たくさん入れておいたわよ」

 帽子を探してくれたクロバットを肩に乗せた娘はお弁当の卵焼きに喜びつつ、急いで朝食を済ます。外では夫が車の運転席で娘が来るのを待っている。本当は「1人で行く!」と啖呵を切っていた娘だが、遅刻が濃厚になり夫が気を利かせて研究所まで送迎すると言って準備していたのだ。
 しっかり朝食を食べ終わった娘は大きいリュックを背負い、鏡の前で帽子の角度を微修正してバッチリ決めるとそのまま玄関へと向かった。

「行ってきます!」
「あ、待ちなさい!」

 靴を履こうとしていた娘を止め、私は娘の目線に合わせるように膝を折る。旅に出る娘にどうしても言っておきたいことがあり、それを伝えることにした。

「これから楽しいことも辛いこともたくさんあるけど、1つだけお母さんと約束。どんなときでも、ポケモンのことを大切にね!」

 娘が旅に出るならば、こう言おうとずっと決めていた。だけど私自身がやってこなかったことを娘に強いるわけにはいかない。それだけは許せなかったので、お出かけと称してあちこち巡ってきたのだ。
 以前は娘に辛い思いをしてほしくない一心だったが、今はその過程を通してポケモンとの愛情を育んでほしいと強く願っている。そうすれば、娘も立派なポケモントレーナーになれると信じて。

「わかった!」

 ほんとかなー、と冗談半分で口にはしたが、きっと大丈夫。私の娘は私より理解しているはず。もしくじけて帰って来たら、首根っこ掴んで家から追い出してやろう。胸を張って帰ってきたら、優しく抱きしめてあげよう。
 私も期待に胸を膨らませながら、娘を玄関先で見送った。ワクワク感が止められなかった当時の私を重ねて、娘の姿が見えなくなるまで見続けていた。 



 後に娘は異例の早さでポケモンリーグで優勝し、その後も各地を周っていろんなことに挑戦している。
 娘の名前はリサ。彼女の活躍話は、また今度。
ふと、思い立って短編を書いてみました。

努力すれば夢は叶う、頑張れば道は開ける、というのは必ずしも正しくありません。
でもエミのように、自分の至らない点をきちんと受け入れた上で、なすべき事を貫き通す力があれば、思い描いた形と違えど何かしらの答えにたどり着くと思っています。
それが夢が叶うことなのか、諦めて別な道へ進むことなのかはわかりませんが、どんな答えであれ、自分の出した答えは人生を豊かにするものに繋がっていると作者は信じています。

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