嗚呼、人間なんて

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作者:adventure
読了時間目安:9分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 嗚呼、人間なんてろくでもねぇ。生まれた時からこの施設に居る俺が人間に対して抱いた感情は、これだけだ。試合終了のゴングと共に倒れゆくその時ですら、その胸の内に沸き上がったのはこの熱い熱い、炎のような憎悪だった。もう目を開けることもできない、真っ暗な世界の中で、人間の大歓声が脳に響く。奴らは、倒れた俺を見て笑ったり、罵声を浴びせたりしている。どいつもこいつも身勝手で、うざくてうざくて仕方がない。ここぞとばかりに脳裏に過る走馬灯も、クソみたいな人間どもとの記憶だった。





 物心ついた時には、この施設で暮らしていた。周りは皆アチャモだった。俺も、彼らと同じ姿をしていた。前に見た人間同士のやり取りで、人間は誰かからタマゴを買い取っていた。そのタマゴから生まれたのもアチャモだった。きっと俺も、こうして買い取られたタマゴから孵ったアチャモなのだろう。とにかくこの施設には、俺も含めてたくさんのアチャモが集められていた。
 俺たちが人間に逆らうことは許されなかった。言う事を聞かなければ、殴られたり、蹴られたりした。人間はアチャモよりもずっと背が高いから、暴力を振るわれればとても痛い。嗚呼、人間なんてろくでもねぇ。そう思いながらも、痛いのが嫌で俺たちは必死に人間の言う事を聞いた。
 人間の目的は、俺たちを強いバシャーモにすることだった。どうやら人間どもの間では、バシャーモ同士を戦わせてお金を賭けるイベントが流行っているらしい。そのイベントで戦わせるバシャーモを育てるのが、その人間たちの仕事だった。
 人間どもの指示で、マズい飲み物も飲まされたり、嫌いな味のきのみも食べさせられたりした。アチャモ同士で何度も戦わされて、負ける度に殴られた。毎日毎日、傷が増えていった。泣いても泣いても救われないから、皆いつしか泣くのを辞めた。泣くのを辞めた奴から強くなっていった。そうやって利口になって、傷が減った奴は、立派なバシャーモになった。時間はかかったけど、俺もその一人だった。傷つくのに慣れたアチャモは、傷つけることを厭わない戦闘マシンへと成り下がったのだった。

 そうして俺は、他のバシャーモたちと同じようにリングで戦わされた。人間からたくさん応援されたのが初めは嬉しかった。だが、それが金目当ての声援だと気付いた時には、もう全てがノイズにしか聞こえなくなっていた。
 初めての試合は、白星だった。相手も同じ新入りだったから、運が良かっただけなんだと思う。だがその試合のすぐ後、負けたバシャーモはどうなるのかを、俺はその目に焼き付けられた。
 人間どもに連れられて、対戦相手の“出荷”を見送った。「あのトラックは精肉工場へ行く」のだと、訊いてもいないのに聞かされた。嗚呼、人間なんてろくでもねぇ。お前らが食われればいいのに。そう思いながらも、人間には逆らえないから、負けに怯えながら戦い続けるしかなかった。



 そして今日、遂に負けた。相手は超大型の、施設最強と謳われるバシャーモだった。言ってしまえば、負けは当然だった。嗚呼、人間なんてろくでもねぇ。そう思いながらも少しはこの死刑宣告に抗いたくて、全力を出した。でも当然、敵うような相手ではなかった。
 俺は最強チャンピオンに見守られ、動かない身体を担がれる。行先はトラックの荷台と、その先の精肉工場だ。……ところであのチャンピオン、俺をねじ伏せる間際、何て言ったと思う? 「悪く思うなよ」だってさ。ほらみろ、最強ですら、人間は怖いんだ。嗚呼、人間なんてろくでもねぇ。



「ちょっとお待ちになって!!!」



 突然、薄暗い施設には相応しくない声が響く。声質からして人間の、メスのガキなのだろう。

「そのバシャーモ、わたくしが引き取ります!」

……おいおい、冗談じゃねぇ。手段はどうあれやっと人間から解放されるっていうのに、なんでまた人間の元へ引き取られなきゃいけないんだ!嗚呼、やっぱり人間なんてろくでもねぇ。

「気持ちはわかるけどね、お嬢さん。このバシャーモは大切な商品だから、簡単にあげるわけにはいかないんだ」

「あら、じゃあお金を払えばよろしいのですわね?」

 ガキは「いくら必要ですの?」と付け加えた。施設の人間どもは少し考え、ひそひそ話をする。そしてその後、一人の男が口を開いた。もう目は開かないからわからないが、きっと気持ち悪い笑みを浮かべていたのだろう。金が絡んだ時の人間の顔なんて、だいたいろくでもねぇ。

「そうだなぁ、五千万円なら考えてやってもいいなぁ」

「あらそう。ではお支払い致しますわ」

 パンパン、と手を叩く乾いた音の後に、ドス、と重々しい音が響いた。施設の人間どもがウハウハと汚い笑い声を上げ始めた。その中にはガキと大金に対する驚嘆の声も上がっていたが、やがて人間どもは「おい、行先変更だ。このお嬢の家へそいつを運べ」と他の人間に指示した。担がれたままだった俺は、乱暴にトラックに乗せられる。全身を打った痛みが先の試合で付いた傷と共鳴し、全身に酷い激痛が走る。その瞬間、俺の意識は遠のいていった。





 次に目が覚めた時、視界に入ったのは見知らぬ天井だった。慌てて周囲を見渡しても、どこもかしこもキンキンギラギラしていて眩しすぎる。立ち上がろうと思って近くに手を着けば、感触が柔らかい。俺はこの柔らかい布に包まれて寝ていたみたいだ。よくよく全身を確認してみれば、傷があったところにも布が当てられている。そのおかげなのか、もうほとんど痛くない。

「あら、お目覚めになられたのね」

 扉を開けて入って来たのは、俺が寝かされていた布と同じようにフワフワフリフリした布を身に纏った人間のメスのガキだった。声からして、あの時俺を引き取った人間なのだろう。畜生、この期に及んでまた人間の支配下になるだなんて。俺もそうとう運が無いらしい。

「さぁバシャーモ。お朝食をお持ち致しましたわ」

 ガキが差し出したのは、きのみとモーモーミルクだ。こういうのは人間や飼われているポケモンが食う者で、俺らが口にしていいものじゃなかった。……変な匂いはしない。どうやら罠ではなさそうだ。腹の虫に急かされたので試しに一口かじってみても、ほのかな甘みが広がるだけで、身体に悪い事は起こらない。
 飯を食っていると、ガキが俺に向かって手を伸ばしてきた。殴られる! そう思って咄嗟に身を引いた。ガキは一瞬驚いた。だが、その後に驚かされたのは俺だった。
 ガキは、俺のことを殴らなかった! それどころか、「ごめんなさいね、驚かせるつもりではなかったの」と、謝罪すらしてきた。
 今度はガキが、ゆっくりと俺に手を伸ばす。先程身を引いた時に殴られなかったから、今度は様子を見ることにした。ガキの手が、俺の頭に触れる。さす、さすと小刻みに手を滑らせる。こういうのは、人間が飼っているポケモンにすることだ。少なくとも俺はそんなことされたことが無い、知らない。

「わたくし、貴方の戦いを見ていましたの。自分よりも背の高い相手に、とても勇敢に戦われていらっしゃって」

 ガキは、手の動きを止めずに語りだす。知らない、知らない。そんな言葉も、声も、俺は聞いたことがない。

「だから、貴方が負けて酷い目に遭わされると知った時、居てもたってもいられなかったの」

 ガキはずっと、俺に柔らかく触れていた。ガキの手は、ガキの声は、温かかった。ふと、無心できのみを食べていたはずの視界が歪む。何かが、頬を伝う。

「あらあら、泣くほど美味しいの? 我慢しなくてもよろしくてよ」

 これは、知っている。涙だ。弱い奴が、人間に殴られて泣いた時に流す奴。もうとっくに泣くのは辞めたつもりだった。そもそも痛くも怖くも無いのだから、泣くことなんてあり得ないはずだった。でも、どうして、今更辞められないのだろう。どこも痛くないのに、胸が苦しくて仕方がないのだ。やはり、負けたからだろうか。負けて、弱い奴だから。じゃあ俺は、このガキに負けた、ということなのだろうか。きっと、そうなのだろう。





嗚呼、人間なんてろくでもねぇ。こうしてまた、泣かされるなんて。


お読み頂きありがとうございます。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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