815-いくぞ!ポケモンどまんなか!

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作者:ioncrystal
読了時間目安:22分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

 スタジアムと聞けば多くが連想するであろう姿をした、芝生を張ったターフスタジアムにて。
バトル相手への挨拶がわりに、一匹のポケモンが小石を大きく蹴り上げた。
西欧の家の前でよく見られる守護獣像のように四つ脚を並べて動かないライボルトが、それに相対する。稲光を連想させるような色で静かに相手の様子を伺っていた。
対するは、このガラルでも大人気のポケモン、エースバーン。
先ほどの小石に火を吐きかけるとそれが灯り、まっすぐにライボルトに向かっていく。
「シア、エクレア、行くぞっ!!」
流儀、嗜好、利害関係の違いこそあれ対戦相手へ返すべきモノはいつも一緒。このグラウンドに立ったならば、そこが、
「ここが!ポケモン、ど真ん中!!」

815 いくぞ!ポケモンどまんなか!

 野暮は承知で、場の説明のために少しばかり時を巻き戻そう。
エースバーンがエマの出す一体目であったポケモンを倒すと、その隙をついてエースバーンのトレーナーである翔愛(シア、とこの物語ではこれからも呼ぶ)がオボンの実を投げ渡した。これはランクマッチ戦や勝ち抜き戦でないからこそ出来る荒技であり、ギャラリーからの不評を買うことを考えれば二度は使えぬ手段だろう。それに何より、彼女達も今月は木の実を買うおこづかいが厳しい。
 エースバーンであるラビはしゃくりと大口を空けてこのとても堅いはずの実を一口で頬張り、辛みのない豊かな風味を楽しんだ。そのゴージャスな経験が、少しだけダメージを受けていたエースバーンの活力を全快させる。端的に言えばHP全快である。すん!みかん!!

 その直後だ。オボンを口に放り込んだラビの腕を、ペリッパーの勢いよく飛ぶクチバシがかすめた。
「チッ、さすがに外したか。リベール、戻ってらっしゃい!」
シアの今日の大会の決勝戦の相手、「偉大な料理人の弟子」エマの二番手ぺリッパーである。このエマという名の、悪口をついてなお円熟した所作の美しさを漂わせる53の女性は、バトルシャトーの爵位で公爵を意味する「マーショネス」と認められた人物だ。
 異国の人物でありながら、メガシンカの源流の一つであるホウエンのポケモンにも良く通じた有名人で、いわばジムリーダー級のトレーナーの1人である。
 対するシアは、さしたるトロフィーを持たないトレーナー業2年目の19才。カロス風に言えば、ベテランに喰らいつくホープトレーナーといった構図であった。
 ルールは4対4のシングルバトルで、1匹しか削られていないエマに対し、シア側はすでに一匹半ほどのポケモンが体力を削られ切っていた。
 今も、悠長に回復するエースバーンの木の実を「どろぼう」の技術抜きでも奪えると
踏んで、リベールという名のぺリッパーをボールから出して早々鳶のように襲撃を掛けさせたのだがーーさすがにそうは問屋が下さなかったらしい。
 急旋回してエマの前に戻ったぺリッパーが不思議な調子で鳴きながら羽ばたくと、遠くの空に見えていた入道雲が黒さを増しながらスタジアムの真上に集まり出した。
「な、なに!?」
「あら?あなた、『あめふらし』も知らないの?」
「知ってるし!ただ、生で見るのは初めてっていうか、やっぱ大自然やポケモンってすごいっていうか…!」
 すでに小雨がぽつぽつと降り出し、トレーナーの安全地帯サークルではシアの登録された手持ちの一体であるイーブイが穴だらけのぼろぼろのピンク色の傘をどこからか取り出してにこにこ笑顔で滝雨に降られていた。エマはもともと品のいいぶどう色のレインコートをこの展開を予期して羽織っていたし、シアはイーブイが無理してるのはあたしのせいかな、大丈夫かな、と罪悪感にかられながら普通にブルーの折り畳み傘を取り出していた。
 それだけ雨1つに感動出来るならいいトレーナーになれるでしょうよ。まあ、その道はここであたくしが阻むのだけど。心中で戯言を言いながら、エマはシアの様子を観察するーーーが、一瞬、様子がおかしいことに気付く。
(先輩、来てるかな。)
シアの心中に過ぎってしまったのは、この大会への調整にかかりきりで、最近ろくに会えなかったとある友人のことである。空を見上げたら、観客席も当然目に入ってしまい、一瞬気が散ってしまったのだ。
 その隙をエマは見逃さなかった。
「で、でも水タイプなら好都合よ!見せてやりましょう、あなたのとっておきーー」
「何が?何がとっておきだって、いうの?」
「エレキボーール!」
エマの頭上数メートルほどを飛ぶぺリッパー目掛けて、凝縮した稲妻の球が飛んでいくも、突如軌道を変えたエレキボールは弧を描いてあらぬ方、より上空へと吸い寄せられていく。
その終着点を見ると、既に真上へ対戦相手が投げ上げたクイックボールから、ぺリッパーから交代した3体目のポケモンが飛び出るところだった。
 元から微かな燐光をたてがみから放っていた彼は、エレキボールを吸収してより碧い光を輝かせ始めた。
「ライボルトーー!」
「あのね、」
エマは軽く驚いているシアに構うことなく、言葉を続け始める。
「貴女、注意不足だし、何より勉強不足なのよ。ライボルトの特性が『せいでんき』なことなんか、ギムナジウムの時でもあたくし知ってたわよ?」
「し、あたしは小学生の時知らなかったし…!」
 せいでんきは、電気技を引き寄せてこれを無効化し、さらに特攻をあげる特性だ。
先述の通り、エマはメガシンカ使いを得意とする有名人であり、数の限られたそういったポケモン達の中でも、彼女がどういった個体を手持ちにしやすいかはある程度ネットで調べればわかることだった。にも関わらず、手持ちの情報を知らずに、メガ枠も確認しないうちから悠々とでんきわざを使ったのが勉強不足だと彼女は言っているのだ。
 一方で、星の数ほどの一流トレーナーの中に、今日の対戦相手の名があったことをシアも既に知っていた。だからこそ、シアは素直に恥じて頭を下げる。
「ごめん!」
「まあいいわ、」
一方でポケモン達は「オレはエクレアって言います」とか「あたしはラビ!よろしくね!」とかトレーナーの舌戦を余所に自己紹介を終えていた。これが人の耳に意味を持って届くことは、注意していてもあまりない。エマは吠えた。
「これであたくしの優位が確立されたのだからーー!」
そして、時系列は冒頭に戻る。

 ところで余談であるが、この大会は多くの反対を押し切って開催された。
演劇、飲み屋、コミックマーケット。最初から開催が決定していた他の多くのイベントに加え、今年のガラルスタートーナメントや、それに付随する大中多くのイベントの中でも、ポケモンバトル大会群は開会直前まで支持をされてはいなかった。
 人にのみ感染する疫病が蔓延し、ポケモンの研究によって開発された、紙製に比べても感染防止効果が高く表情も見える完全に透明なヒト用マスクをもってもなおそれは進化と拡大が続いていたからだった。
 ポケモンに感染することがないと確認されたのは不幸中の大きな幸いだったが、人間より寿命のはるかに短いような種類のポケモンのバトルなら電子世界で完全に可能な技術か確立していることや、他のスポーツのアスリートと決定的に異なる点として、トレーナーには体力の衰えによる引退がほぼ存在せず、老若男女が同じ条件で可能なスポーツであることを踏まえ、ガラル地方の国民の多くは実施に反対していた。カントーやジョウト、ホウエンやシンオウに比べても、政治家すらも迅速な対応を取り、ワクチン摂種が早く広がっていたに関わらずだ。
 意外にも、旧チャンピオンが反対の急先鋒だった。
「ガラルのみんなが最強なのを、もうオレ達は知ってる。他の地方だって、それは同じことだろ?」
 現リーグ理事長であるダンデが最後まで反対したに関わらず、バトル大会群は運営委員の個人的な執着か、既に注ぎ込んだ金銭や違約金の問題か、あるいはそうした人々の票を繋ぎ止めておく為か、あるいはエネルギーや利権を分け合う為か、理由が不透明のまま実施と相成った。
市民にできるのは、引き続き反対の態度を取り続けるか、あるいは現状に追認して何ができるかを考えつつ、アスリート達を称える事だろう。
 スポンサーであるカントーやジョウト付近の地方の大人達が、多様性を掲げるにふさわしい視野を果たして持っているのか否か。そんな中での開催の是非は、後世の人々が歴史として判断し、そして今を生きる人間達が判断するのだろう。

 そして、このターフスタジアムでもバトル相手への挨拶がわりに、一匹のポケモンが小石を大きく蹴り上げた。
先ほどの小石に火を吐きかけるとそれが灯り、まっすぐにライボルトに向かっていく。
だが、番犬のようにエマの前で静かに立っていたライボルトの姿は一瞬にしてかき消えた。
「早いっ!」
 エクレアという名前のライボルトは横方向に跳び上がり、息も切らさずに先ほどと同じ姿勢を保っていた。
「必要ない動きはしない、必要な動きだけを最速で行う!研ぎ澄まされた動きに、“見える”ことなど必要ない!!さあ、シェフのきまぐれランチ、今日の主役はあなたのもの。エクレア、メガシンカして“ひかりのかべ”よ!」
首に掛けたメガライボルトナイトが僅かに揺れ、腰に着けていた麻袋に入った「ひかりのねんど」を彼が口に含むと、そわそわした感覚の強化がエクレアの四肢に、口に、熱湯を垂らすかのように駆け巡った。エマがジョウト語で叫ぶ。
「南無天満大自在天神!」
それを“ひかりのかべ”の要領でエクレアがふっと吐き出せば、それはヒトのような姿が描かれたレリーフが所狭しと並んだ薄いドーム状の壁として、実体はないながらも誰の目にも見ることが可能だった。
 別にレリーフが彫ってあるのは伊達や酔狂や、意味のないお洒落ではない。
より強い守りのカタチを意図したら自然と気分的にこうなってしまっただけである。もっとも、この技を教えたエマの趣味や、メガシンカを生み出した地方への敬愛はそれに反映されているだろうが。
 一方シアは何事かが起きている事態に、左手を静かに上げて見せた。エースバーン、ラビはその指示を理解し、上空へとその強靭な足で“とびはねる”ことをした。
 レリーフはより鮮明な形へと変わり、そして観客すら圧倒するほどの大きさに変わった。ドームはより厚くなっていった。
それは、レートでも大活躍しているボルトロスを正面から見た姿に最もよく似ている。それが横に数体並んでいた。しかし、その表情はより優しげであり、その背後には雷鼓のまあるい形が、後光のように存在していた。
 多くの移民を受け入れて戦争を乗り越えてきたイッシュ地方に住むからこそ、ボルトロスというポケモンはイタズラで人を怖がらせる時、ホウエンのマボロシの島の伝承を参照して、取る化身の姿を決めているのだろう。
 ライボルト本体からの攻撃に恐怖しながらもその前に飛び降りるラビに、このレリーフの視線が飛び込んで来た。それはラビを確認すると、すぐさまランドロスでもしないような、眉根が人体では不可能なほど歪んで上がった怒りの表情へと変わった。怖気けて身体のバランスを崩しかけるラビに、シアの励ましの声が掛かる。
「そういえばサッカーでも化身出すのが流行ってたんですっけ。」
「あたしのいた学校では今もやってるよ!ね、ラビ!石を火を付けずに蹴って様子を伺うんだ!」
蹴り倒して相手がよろめいた感触ははっきりとあったが、相手の姿は見えなくなっていた。前に一応拾った石を蹴った直後、着地した彼女に衝撃が襲う。
 一体何が!?ついシアを振り向いてしまったが、答えはすぐにやってきた。
周囲に見え辛く存在する二つの土色が剥き出しの小さい穴…
「”あなをほる“…! 」
元々はダイマックスした相手をやり過ごすために覚えさせた技だったのだろうが、雷と同じ速度ともウワサされたライボルトを持ってすればワザの回避機能の部分がない代わりに一瞬で地中を掘り進むワザとして使えるのである。彼はこれを、ひかりのかべを完成させた直後に自己判断で用いたのだ。
ライボルトの特徴は、ひたすら器用にさまざまなタイプの技を覚えることーー先輩に教わったことが、シアの脳裏によぎる。
「出力抑えめで”ボルトチェンジ“!」
「くっ、”かえんボール“!」
再びライボルトに向けて飛んで行った巨大な”かえんボール“は、しかし”ひかりのかべ“のボルトロスのヒゲの造形を少々歪めることしかできなかった。
目の前のポケモンは、もはや足で地面に立つということすらもしていなかった。
その姿は、まるで幼稚園児が自由帳に思い描く雷雲そのもの。贔屓目に見ても走るのに効率の良い流線形の体とは言い難かったが、それを凌駕する生命エネルギーが注がれたことで彼は先程の速度以上で休みなく走り続けることを可能にしたのだ。短距離選手が、その速度でマラソンの42.195kmを走りきれるようになったようなもの。メガライボルトへの進化を超えたシンカ。その速さで地中でメガライボルトとなったエクレアは後退し、しかし”ボルトチェンジ“の追加効果である交代はせずにドームの外に出たのだ。
 ”かえんボール“は”ひかりのかべ“を挟んだメガライボルトに、そよとした温風しか与えていなかった。だが、シアはもはや軽率に”とびはねる“を指示することなどできない。”かえんボール“も、じめんわざの存在が見えた以上同じこと。安全な選択肢は、さほど多くラビに残されてはいない。

ーー使う技、覚えている技。そのすべてに染まっていくというのが、ラビが生まれもった特性。自分の意志ではどうしようもない、彼女の「個性」だった。

 ゴリランダー達の”グラスメイカー“、インテレオン達の”スナイパー“、エースバーン達の”リベロ“。ダンデ達がこの三種を育て上げる中でダンデが発見した、いわゆる”かくれとくせい“である。
 より強く、明るい方へ。チャンピオンを降りた彼が鎧の孤島でこの三匹の子孫たちと共に多くのチャレンジを積む中で、明らかに別の性質や才能に長けた個体が見つかり、それは品種改良の中で新たな特性へと昇華された。
 やがてその存在はリーグ現理事長の責任の元で公表され、ダイオーキド博士のラボから、新人トレーナーへも配布された。語った理想である、「みんなで強くなる」を実現するために。
 まだ今の名前をつけてもらう前のラビは、そんなラボで育てられた一匹だった。
特別にバトルの動画を見るような英才教育があったわけではない。一匹の親から生まれる子が多産であるヒバニーの群れは、住む家が狭くなりすぎないよう注意しつつ多くの研究員による遊び相手や、いろいろな場所で生きていくことを想定したおはじきや知育菓子、柔らかな角材といったおもちゃを渡されながら、サルノリ達のむちゃくちゃな演奏を笑ったり楽しんだり、インテレオン達の興じるダーツに憧れたりもした。
 ある時、誰かが研究員のスマホをかすめ取り、現チャンピオンとダンデの試合動画を見つけた。
(自分たちはこうはなれないや)
それが、将来ラビになる子の、正直な実感だった。
みんな、現チャンピオンと一緒に戦う自分たちとよく似たエースバーンの、縦横無尽な戦いに、小さいスマホを押し合いへし合いしてもっと近くで画面を見ようと夢中だった。
「かっこよかったね!」
それでも彼女は、自分のきょうだいしまいたちとは別のラビフットの親に「アミ」と呼ばれていたヒバニーの個体に、そう笑って声を掛けた。
まだアミと将来のラビはそう仲良くはなかったが、絵を描くのが好きなアミにラビはとても興味があった。あるいは、クレヨンを使っているのを見るのが好きなだけだったかもしれない。
 だから、周りの空気を壊すのもイヤでああ言った。
「うん、とってもフワフワで、ギザギザを感じるよ〜〜!」
アミの答えはこうだった。自分より根から興奮しているのが見て明らかだった。
辛抱たまらないと自由帳をアミはひっ掴んで、ページこそがビリビリで台無しに破れそうで彼女は慌てて止めた。
 その時である。血相を変えた研究員が駆け込んできたのは。

 いつもなら、お菓子を泥棒しても笑って許してくれるどころか、むしろ喜んでいる気配すらあったのに、その時だけは別人に変わってしまったように怖かった。
 あの人、なんであんなに怒ってるの?
ヒソヒソ声が、ヒバニー達にざわめきとなって伝わる。
後から考えれば、”ポケモンバトルの強い弱いをまだ過剰に意識させたくない“なんて思い伝わるわけがない。そもそもヒバニーにまだ細かいヒトの言葉は伝わらない。喧嘩するとヒトが悲しそうにしたり、エサを減らしてくるから、仕方なく仲良くしてるだけだ。
「あのね。キミたちは生きてるだけで金メダルなの。ケンカはともかく戦いなんて、まだ学ばないでいいのよ。」

 明くる日、ヒバニーたちはいつものようにサッカー遊びをしていた。
「へいアミ、パース!」
身体を動かすのがへなちょこなアミにも、たまにはボールが回ってくる。そんな時彼女はことさらうれしそうに、ゴールに向けて走っていくのだった。
「アミ、違う違う!チームプレイを意識して。周りにフリーなコがいないか探してパスする。そこからまた受け取って、支え合ってゴール!」
アドバイス通りアミがやりとげると、辺りに喝采が起きる。
今回アミと別チームになってしまった将来のラビにとっても、それは喜ばしいことだった。
自分も負けじと敵チームからボールを奪い取ろうと”フェイント“を掛けようとして、その時ボールが黒く染まる。
「!?」
その時ヒバニー達が連想したのは、この間見た動画。そこに映る現チャンピオンのエースバーンが縦横無尽にコートを駆け抜け、場に応じて目まぐるしくスタイルを変える輝かしい姿。
後から考えたら、それは”不意討ち“という技の萌芽だ。ふだんは上から数えても見つからないほど平凡なキック力しか持っていなかった彼女が、その時は誰より強い力で、ゴールのこっち側から向こう側まで届く球を、ちょうどコートの全距離を詰める形で一瞬にしてゴールしてしまった。
 それからも、将来ラビと呼ばれるヒバニーはボールを奪うと、決まって黒いボールに染めてキックを続けた。
「!」
 ラビの足からコントロールが離れると、ボールは元の色に戻る。
ヒバニー達はやがて理解したーー今ラビにボールを渡してはいけない。ゲームが成り立たなくなるし、僕たちの居場所がなくなってしまう。
敵も味方も一丸となって、ラビに妨害を続けるようになった。それはサッカーゲームが終わってもなぜか変わらず、話しかけても適当にあしらわれたり嫌そうな顔を隠せないで対応されるようになった。”黒いボール“をもう打たないと必死で約束してもすぐには状況が変わらなかった。
「ねえアミちゃん、」
「なに?」
「なんでそんなイヤそうな顔するの?昨日は足を振っても無視するし。」
「きっとキミの気のせいだよ?」
取り付く島もない対応に、ラビの胸は強く傷んだ。
「なんで、ともだちになってくれないの…?」
 だってあたしは、こんなに“弱い”のに。アミちゃんとも友達になれなくて苦しいぐらいに。違うことに優越感をわずかに感じてしまう自分も、とても苦しかった。

 やがて人たちもこの異常に気付いた。始末書を書かされて徹夜明けで必死にヒバニー達に謝って、そして寝不足であることを笑い飛ばしていたあの研究員がまた必死に、今度は喧嘩しないよう彼らにお願いして、”リベロ“という名を与えられた特性のこのヒバニーはやっと普通にみんなと話せるようになった。やがてこの不思議な(だが外の世界ではよく知られていた)ヒバニーはほのおタイプからタイプを変化させることでメッソンやインテレオン達と一緒に海に水泳に行けるようになったし、その経験をみんなに話して注目されるようにもなった。
 ご存じの通り、かくれとくせいの親を持つ子のすべてにそれが遺伝するわけではない。
だからダンデ達は、単純なポケモンバトル以外にもダイマックスレイドや保育園のような、ヒバニー達ポケモンの様々な居場所を確保する努力を惜しまなかった。
 そもそも”猛火“というのはポケモンバトルに限っても、そこそこ耐久性に優れたエースバーン族にはリベロと違った魅力があり、採用率の高い特性である。それにインテレオンの”スナイパー“だって、今のバトル環境を抜きにしたらホストクラブや動画サイトで人々の目を惹きつけてやまないのはみなさんご存じのはずだ。
ーーだが、後にラビと呼ばれるヒバニーがアミとそれ以上仲良くなることはついになかった。
「みんなと仲良くできる「リベロ」。ぜったいに諦めない「猛火」。
 いっぴきいっぴき自分が持てる特性はどっちかかもしれないけど、どっちの良さも大事に出来る大人になってね。」

 ーーラビにだって、諦めないことはできる!
シアがラビをボールに戻して、次にすることを彼女は確信していた。
ダイマックスエネルギーが”ねがいぼし“から彼女に集まり、あたりの重力が歪む。
「ポケモンバトルは相手を倒すだけの手段じゃない、それぞれが来た道を試し合い、自分と戦うための手段なんだ!」
そこに現れたのはキョダイマックスエースバーン。その姿を確認し、エクレアも自らの最大火力を使う判断をする。
頭上の入道雲の黒さが増し、それを確認したラビは文字通り自分の”魂“を蹴り出した。
キョダイカキュウと”雷“、両者の激突にエクレアは震え上がったーー

 シアの握った手は、多くの皺が刻まれて、そこに至るまでにポケモンを洗った数と触れた洗剤を思わせるようだった。自分もいつかそうなれるだろうか、どうやってそうなりたいだろうか、そんなことを思いながらシアはエマが握り返した自分のまだ若々しい手を見る。
 健闘と勝者を称える握手に、そんなことを思い、パートナーに”約束“をした。

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