第31話 ヤマブキ事件・そのさん

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 男は、閉じていた目を開いた。
 彼が立っているのは、ビルの最上階。広々としたシンプルなバトルフィールドの先には、未だ対戦者はいない。静かに彼は待っていた。長らくの、待ち望んでいた相手が現れるのを。
 視線が、動く。その先にあるのはエレベーターであり、光る数字が彼のいる階へと近づいてくる。機械的な音と共に到着したエレベーターの扉が静かに開いた。彼はそこから現れた姿に、口角を上げる。その相手は、彼の待ち望んだ相手ではなかった。しかし、彼が少なからず興味を惹いていた相手ではあった。
 踏み出し、姿を見せたのは少女であった。以前とは違い、黒く長い艶やかな黒髪をそのまま流している。細くて小柄な少女らしい身体つきに、ピタッとした袖なし黒ハイネック。黒いパンツ。その胸には、モンスターボール管理システムのダウンの影響を受けない、特殊な機械のバッジがついている。男は相も変わらずマントを靡かせて、少女に言葉を投げかけた。

「……まさか本当に来るとはな、小娘」

返答はない。照明がついておらず、窓からの光しかない室内は薄暗い。少女の表情ははっきりしなかったが、彼は構わず言葉を重ねる。

「前座にちょうどいい。バトルをしてやろうではないか」

 彼は少女と同じく胸元に揺れるバッジを手に取ると、かちりと操作する。その途端に室内の床がせり上がり、天井が開いていく。機械的に上がっていく床と開く天井によって、フィールドに光が差し込んでいく。そこで彼は初めて、少女の様子が以前とは異なることに気がついた。
 少女は、笑っていた。犬歯を剥き出しにして、これ以上なく楽しそうに、獰猛に笑っていた。その身に纏う空気は、ただの駆け出しトレーナーのものでは断じてない。

 その瞳は、血に飢えたる獣の如く。

 その顔は、戦場彷徨う幽鬼の如く。

 その姿は――――



 誇り高き、覇王の如く。



「小娘ではないな。貴様は、誰だ? いや……何だ?」

 男は嘲笑気味だった口元を引き結び、問いかける。彼女は笑みを崩さないままに、風に遊ぶ黒髪の向こうから答えた。

「敵」

 これ以上なく明快で、簡潔な言葉に、男は笑った。こんなにも面白いことはないと言わんばかりに、至極楽しそうに声をあげて笑う。その笑いに侮蔑はなく、見下しはなく、ただただ愉しいから笑っているだけだった。

「そうか、敵か――――そう来たか」

 ひとしきり笑い終えると、居住まいを直す。舐めた雰囲気など一切なく、彼は直感的に感じていた。
 すなわち、全力で当たらねば前座になるのは自分の方だと。

「ルールは簡単。好きな数のポケモンを出し、好きに戦う。トレーナーにポケモンが、ポケモンにトレーナーが、直接攻撃するのもアリだ。勝敗判定は、トレーナーが倒れるか、手持ちが全て倒れるか。シンプルでいいだろう?」
「うん」

 少女が頷き、男は満足げな顔をする。そして、名乗りさえも不要とばかりにお互いモンスターボールに手をかけた。
 フィールドの端にあるスピーカーから、誰かの声が響く。

『――――試合、開始!』










「向こうに回れー!」「見つかったか!?」「こっちはいないぞ」「金髪の女の子は何処だ!?」「こっちにも姿はない!」「御用でござる御用でござる!」「監視カメラはどうだ!?」「まだ見つかってない!!」「捕えろ!」「侵入者は何処だー!」「ボスに殺されるぅぅぅぅぅ!!」

 ビルの内部は騒然としていた。先ほどの少女の正面突破のどさくさに紛れたのか、見知らぬ金髪の少年――少女と勘違いしているようだが――が侵入したのだ。まだレッド達とはコンタクトをとっている間ではあるが、来るのは時間の問題だ。不安要素は早急に排除する必要があった。

「……くそ。僕は男だ!」

 背後に響く足音から必死で逃げながら、キリは悪態をついた。相手取るには人数が多すぎる。ユズルを見つけたは良かったが、そのあとすぐに内部の人間に見つかってしまったのは、運が悪いとしか言いようがない。迫る足音に、キリは近くの部屋に隠れる。

「いたか?」
「いない! 近くの部屋に逃げ込んでるんじゃないか?」

 キリは舌打ちした。急いで部屋を見回すが、どうにも隠れられるような場所はありそうにない。どこもすぐに見つかりそうな場所ばかりだ。
 と、その時。扉の向こうを窺うキリの口を押え、誰かが引っ張った。キリは全身が総毛だったが、聞き覚えのある声がぼそぼそと耳打ちする。ソファの後ろに押し込まれ、その人物は堂々と扉を開けた。

「どうした?」
「そっちの部屋に侵入者が来なかったか? 金髪のカワイコちゃんらしいんだが」
「……いや、来なかったな」

 その人物は〝カワイコちゃん〟の下りで一瞬ピクッと口元が引くついたが、相手は幸いにも気がつかなかった。否定をされると、相手は「そうか」と言って、またバタバタと走り去っていく。その人物はポケットからカードキーを取り出すと、扉を閉めて滑らせた。扉がしっかり閉まったことを確認すると、ソファの向こうのキリに声をかけた。

「行ったで、キリ」
「……いったいどこからそんなもの入手したんだ」
「適当に巻き上げた」

 キリにのほほんと答えるのは、短い黒髪の中肉中背の男性。しかし次の瞬間には全身流動化し、青みがかった髪の毛の少年――カスムの姿へと変わる。

「どうやって侵入……っと、聞くまでもないな」
「そうやろうな。ここは黒髪の人間にあんまり警戒心がないようやんな。理由は知らんけど。それでキリ、電話のことなん「そうかそんなにユズルのことが気になるか。ならば仕方ないな教えてやろう! さぁさぁさぁ!!」……ま、ええわ」

 微妙に顔の赤いキリがカスムの言葉を遮った。カスムはもう蒸し返すつもりもないようで、肩を竦める。そして真剣な顔で問いかけた。

「そっちの状況は?」
「……ユズルがエレベーターで昇って行ったのは見えたんだが、そのエレベーターが作動しない。特殊なロックがかかっているらしくな。他にエレベーターはあったのだが、行く場所が違うせいであいつのいる場所には行けなかった。どうも、あのエレベーターを使わないといけないらしい」
「ふんふん。確かあれはボスと四天王専用らしいでなぁ」
「四天王……? あともう一つ、モンスターボールが動かない」

 キリがため息をついて、一つ手に取って見せる。いくらスイッチを押しても反応しない。仕方なしにウインディには、ビルの外で留守番してもらっている。乗ったままビルに突入するには、少々どころでなく目立ちすぎるからだ。

「モンスターボール管理システムがここの奴らの手によってダウンしとる。その関係から反応しないんやよ。これを使いや」
「なんだ?」

 カスムがキリにバッジのような形の機械を渡す。キリはしげしげとそのバッジを眺めると、取りあえず胸元につけた。

「その影響から一時的に脱出するためのもんや。つけとれば普通にモンスターボールガ使えるようになる」
「そんなものが……ってちょっと待て。モンスターボール管理システムだと?」

 キリはカスムの言葉を繰り返し、その意味に愕然とした。
 モンスターボールとは、遥か昔からのポケモン捕獲道具を大量生産したものだ。モンスターボール自体の歴史は長く、ひな形はボングリを使用したモンスターボールである。そちらはそれぞれに特殊な機械が組み込んであるため、独立しているが、現在の市販の品はそうではない。
 それぞれに組み込まれている細かな機械を最小限度にまで減らし、捕獲・出し入れの部分を遠隔操作の一括管理システムに委託することにより、コストを劇的に下げた。その為、昔は職人にしか作ることのできなかったモンスターボールの大量生産が可能になったのだ。
 市販のモンスターボールを作り上げた会社は、今では世界でも有数の大きさを誇る。ポケモン教会への援助も行っており、モンスターボールの特許も取得しているために、その会社が一手に生産・管理を請け負っている。
 世界中で初心者向けの道具として使用されているモンスターボールの管理をしているシステム、それがモンスターボール管理システムである。当然、ダウンなど持っての他。そんなことが起これば会社の沽券に係わる。システムの機械は厳重に警備され、それがどこにあるのか、知る者は会社内部でもごく少数と聞く。更にはネット経由の侵入も防ぐために、そちら側には大量のポリゴンはもちろん、ポリゴンⅡも常に巡回している。
 そんなシステムにハッキングをかけた上に、制圧までして見せただなんて、キリには信じられない話だった。

「嘘だろう。まさか」
「残念ながら嘘じゃないんやな。いまカントー各地は大騒ぎや。ちょうどジムリーダーはではらっとったし、ついでにジョウトで大きな事件も起きたらしい。当分こっちには手が回せんと思うで」
「ジョウト? ジョウトで何かあったのか」
「……知らへんのか?」

 キリが眉を寄せると、カスムはざっと説明をした。セキエイリーグにロケット団が現れて、ジムリーダー達はそれに捕まってしまった。その後ルギアとホウオウが現れ、リーグはめちゃくちゃ。キリは唖然とした顔で聞いていた。

「あっちの知り合いからの話によると、事件自体は収束にむかっとるらしいで。多分だけど」
「クソッ……最悪なタイミングだな。運が悪いにもほどがある」
「……運が悪い?」

 カスムはキリの一言に反応した。深刻そうな表情で、キリを見つめる。

「これは運なんかとはちゃうと思うで。奴らはむしろ狙っとったんや。カントーからジムリーダーが出払うのを」
「確かに。そっちのが自然か。だが下手を打てば、カントーだけでなくジョウトのジムリーダーをも相手に取ることになると思うぞ」
「……事前に、事件が起こること自体を知っとったらどうや」

 カスムは神妙に語りだす。部屋の外ではいくつもの足音がしているが、気にする必要はない。この部屋に監視カメラがついていないのは確認済みだった。

「……何?」
「見て欲しいものがあるんや」

 カスムは部屋の隅に置かれていたリュックサックから、パソコンを取り出した。すぐに起動したパソコンにアドレスを打ち込んでいく。現れたページに書かれた質問に、キリは盛大に眉を顰めた。

『この世界の名前を入力してください』

 カスムはパスワードを打ち込んでいく。声に出して、キリにも何がパスワードなのか分かるように。

「〝Pocket  Monster’s Special World〟っと」

 そして出たのは掲示板。いくつものスレッドが立ち並び、カスムはいくつかのスレッドをクリックして新たなウィンドウを出していく。キリはそのタイトルから、目が離せなかった。

〝原作の流れスレ〟

〝レッドさんを愛でる会〟

〝介入反対派の集い〟

〝元の世界を懐かしむ俺を誰か慰めてくれ〟

〝トリッパー互助組合〟

〝Y少女追跡スレ〟

 どれもこれも、元の世界だの転生者だの、キリにとって訳の分からない言葉で溢れていた。特に目を剥いたのは、Y少女スレとやらにあげられたユズルの写真に特徴。何か言いたげなキリを視線で制したカスムは、とあるまとめスレを開いた。そのスレのタイトルは。



〝ポケスペ原作の流れ&キャラまとめ〟



 事細かに述べられている彼らのプロフィール。特徴をとらえたデフォルメされたイラスト。親密な友人でなければ知りえないような情報まで、記載されていることにキリはぞっとした。それぞれの関係や出会いのエピソード、性格。持っているポケモンのメンバー構成から愛称に、レベル、技。生まれたときからストーカーでもされていなければ、これほどの情報量はありえないとしか言いようがない。これが本人たちにでもしれれば、卒倒どころか、気配さえつかめない視線に怯えて過ごすことにでもなりそうだ。
 そして、もう一つ。そこに書かれていたのは、ありえない内容だ。ロケット団事件、四天王事件の詳細が書かれ、どのような関係でどのように収束したのかが記載されている。それだけならまだしも、まだ収束していないはずのジョウトの事件についても、解決方法とその後のそれぞれについて、書かれているのだ。

「……ありえない」

 キリは空いた口が塞がらない。食い入るように画面を見つめ、痺れたように動けなかった。カスムは息をつくと、キリに言葉をかける。

「パスワード入手するのが大変でな。その為に追われるわ風邪ひくわえらい目にあったわ。俺もこれを見たのは最近や」
「……おい、これは、いったい、どういう」
「キリ。衝撃を受け取るところ悪いんやけど、もっと凄まじい事実があんねん」

 カスムは、大きく息を吸って、吐く。少し疲れたような表情と、その瞳には自分自身も未だ信じがたいという疑念がこびりつく。


「どうも、このスレをいくつかチェックする限り」
「……限り?」

 お互いの視線が交差した。そしてカスムが、爆弾を落とす。

「この世界は、漫画の世界らしいねん」

 キリは今度こそ、言葉もでなかった。






To be continued……?




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