連れ去り(サリー視点)

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読了時間目安:15分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ボク達が宵闇の町に来てすぐに出会ったのは、カフェ「ビジョン」を経営しているゼフィールというゾロアークのヒトだった。ボク達がヒトを探すうちに偶然店を見つけた時はちょうどお客さんが帰ったタイミングだったようで、店に入っても誰も嫌味の声をあげなかった。
 ゼフィールさんはボク達を見ても顔色一つ変えることなく、すぐに用件はと微笑んできた。驚きを隠せていないエミリオに代わってボクが説明をしたけど、残念ながらイツキさんやアラン、ディアナのことは知らないらしい。
 ゼフィールさんが言うには、そのような色違いや改造が固まって行動していればすぐに噂になって広がるようだ。もしかしたら既に噂になっているのかもしれないけど、ボク達はカフェに入るまで誰ともすれ違わなかったし、会っていたとしても聞けていたかどうかわからない。
 今、この町にイツキさん、アラン、ディアナはいないのかもしれない。ボク達よりも先に出ていることを考えると、もう惑わしの丘に向かってしまった可能性もある。安全に情報収集ができるボクだけでも情報を探そうと店を出ようとした時、ゼフィールさんが慌てた様子で止めてきた。
 惑わしの丘はでたらめな行き方では絶対に辿り着くことができないようで、もし向かうのであればと丁寧に行き方を教えてくれる。それを頭の中で何度も繰り返して忘れないようにしていると、ウェインくんがゼフィールさんの腕輪を見て口を開く。
「ゼフィールさん、その腕輪は何のためにしているの?」
 単にアクセサリーとしてつけているのだろうと思い、ボクは行き方をエミリオと再度確認し始める。視界の端ではゼフィールさんがウェインくんの耳元でコソコソと何かを話した後、なぜか腕輪を取るのが見えた。
 次の瞬間、ゼフィールさんの姿が霧で覆われたかのように見えなくなる。何が起こったのかと目を擦ろうと眼鏡を持ち上げた時、霧が消えた代わりに色違いのゾロアークがそこに立っていた。
『……え!?』
 驚きで固まるボク達の耳に飛び込んできたのは、棚からオボンと言っても過言ではないほど都合のいい情報だった。その後腕輪に興味津々のウェインくんと完全に信じられていないエミリオが腕輪を試し、ゼフィールさんと会話が弾んでしまったことからすっかり惑わしの丘に行くことを忘れていると、複数のお客さんが店へと入ってきた。
 仕事の邪魔をしないためと注目を浴びないため、端の方で固まっているとそのお客さんから驚きの内容が飛び出してくる。
「聞いたか? 少し前にこの町に色違いと改造が現れたんだってよ」
「ああ、知っている。俺達警察もその件でティナさんから彼らを捕まえて欲しいって、直々に頼まれたからな」
「ティナのやつ、研究熱心だよな。オレだったら目も合わせたくないのに……」
「おいおい、俺にもその言葉をくれよ。こっちは――」
 それから泉のように溢れてくる情報達。ボク達の顔色が変わったのを見て、ゼフィールさんも察してくれたのだろう。自然な形で彼らが帰るように仕向けて帰ったのを確認すると、万が一の時のために二階に上がるよう伝えてから店を飛び出していった。
 ボク達も行きたい気持ちは山々だったけど、あのポケモン達が言っていた場所がどこなのかわからない以上、ゼフィールさんの足手まといにしかならない。言う通りに二階に上がり、大丈夫だろうかと二匹と話し合う。
 エミリオがゼフィールさんだけじゃやっぱり無理がある、僕達も行こうと言い出した時、ドアの開閉音と共に懐かしい声が聞こえてきた。その声にエミリオが真剣な表情ですぐにでも下に行こうと言い出す。
 でも、ボクはもう少し待ってから行った方がいいと彼を止めた。イツキさんやアラン、ディアナはきっと何が起こったのか全くわかっていないと思うから、落ち着く時間を作った方がいい。エミリオは一瞬不満を顔に出すも、ボクの言うことも一理あると思ったらしく心配そうな表情で階段の先を見つめるに留まっていた。
 聞こえてくる会話の流れを聞き続け、あるタイミングもういいだろうとエミリオが階段を駆け下りた。つられたように降りるウェインくんに続いて、ボクも慌てて降りる。感動の再開が待っているのかと思いきや、ボク達を迎えたのは疑いの目だった。
 まさか疑われるとは思っていなかったエミリオやウェインくんはショックの色を隠せていなかったけど、すぐに原因に思い当たったのかその色はあっという間に抜けていった。ボクもそれに思い当たり、説明もされていないのだからそれはそうだろうという思いになる。
 ボク達の反応にモヤモヤが溜まったのか、アランが少し棘の生えた言葉で質問をぶつけてきた。それに対してゼフィールさんはボク達にしたものと似たようなことをしてくる。ボク達も驚いた光景には、彼らも似たような反応をしていた。
 それから色々と話し合って二階でくつろいでいると、ウェインくんが町を覗いてみたいと言い出した。カフェに来るまでに町は見ていたはずだけど、自分の存在のことを考えてあまり見ていなかったのかもしれない。
 ボク達は危ないからと止めようとしたけど、ちゃんと腕輪をしていくからと折れる気配がない。やがてその姿勢にこちらが折れて、ボクがウェインくんと一緒に町を見に行くことになった。
 
 ウェインくんは誰かと会ったとしても何の問題もない、という安心からとにかくあちこちを見て回りたがった。腕輪があるといっても、もし何かの弾みで外れてしまった時のことを考えると笑って見ていられるものじゃない。
 ボクはあまりウェインくんが暴走しないように止めつつ、町を軽く見て回っていった。
「ウェインくん、そろそろ戻ろう?」
 大方見ただろう、という感覚とそろそろ戻らないと心配をかけてしまうという思いから、ウェインくんに声をかける。ウェインくんはやや物足りなさそうな声を出したものの、歩き疲れたのかやや疲れた表情でコクリと頷いた。
「よし、じゃあカフェに帰ろうか!」
 カフェのある場所を思い浮かべつつ、足を一歩踏み出す。後ろから、ウェインくんがついてくる音が――しない?

「え?」

 疲れた表情をしていたから、歩けなくて座ってしまったのだろうか。そう思って振り返ると、目に飛び込んできたのは白衣を着たクチートと大勢のポケモン達がウェインくんを袋に詰めている光景だった。
 邪魔をされたくないのか、ザングースがその鋭利な爪をボクの首元に突きつけている。ボクは物理よりも特殊の方が得意だから、例え爪を突きつけられたとしてもここから動かずに技を放つことができる。
 でも技を放った、または放とうとした瞬間、ボクの運命が決まってしまうのは火を見るよりも明らかだった。
 一体、いつ。どうやってここに? 疑問は尽きないものの、そもそもどうしてウェインくんが袋に詰められているのだろう。彼は今、腕輪のお陰でどこにでもいるただのイーブイなのに――。
 何の問題のなかったはず、と思いながらも答えを探して視線を彷徨わせる。すると、視界の端に壊れた腕輪が飛び込んできた。もしやとウェインくんの方を見るも、彼は完全に袋の中で腕輪の有無を確認することはできない。
 何とか少し前の一瞬を思い出してみると、彼の腕には何もつけられていなかったように見えたことに気が付く。どうやら、誰かが腕輪を破壊したらしい。どのタイミングで腕輪を破壊したのかはわからない。音がしなかったことから、エスパー技の可能性がある。
 行動ができないせいで考えることしかできないボクを嗤うように、目的のものを手に入れたらしい集団は姿を消してしまった。ザングースも同時に消えたことから、ボクは体の力がどっと抜けて地面に座り込んでしまう。
 ウェインくんが大変な目に遭っているというのに、何もできなかった。動こうにも動けない状況をあちらに作られていたとはいえ、何かできたのではという思いから暗い思いに飲まれる。
 しばらく暗い思いに浸っていたけど、落ち込んでいても何も始まらないことに気が付いてそこから何とか抜け出す。力が抜けた体をゆっくりと起こすと、全力疾走でカフェへと向かう。やや乱暴ながらもドアを開けると、ボクは持てるだけの大声でこう叫んだ。

「――皆! ウェインくんが、よくわからない集団に連れ去られた!!」



 何があったのかと問いかける皆に、ボクは可能な限りわかりやすいように自分が見た光景を伝える。何もできなかった後悔も同時にぶつけてしまったけど、イツキさんとアランが悪いのは白衣を着たクチート――ティナさんがと言ってくれた。
 その言葉を聞いて自分に圧し掛かっていた後悔が少しだけ影を潜めたのと、あのクチートがティナさんだったのであればウェインくんを連れ去った理由もわかった気がした。きっとウェインくんを「研究」するつもりなんだ。
「でも、どうしてティナ達はウェインが色違いだということがわかったんだ?」
 琥珀色の目がティナさんへの怒りの色に染まっているイツキさんが、そういえばと呟く。それはボクも不思議に思っていたので、ただ首を傾げるだけになってしまう。エミリオやアラン、ディアナは何か考えているようだったけど、答えは見つけられていないようだった。
 ゼフィールさんもそれについて考えていたけど、何か思い当たる部分があったのか小さく口を開いた。
「もしかすると……、ワタシがイツキさん達を助けるきっかけをつくったお客様が情報を伝えたのかもしれません」
 ゼフィールさんがイツキさん達を助けるきっかけになったお客さん……、あの警察の関係者らしいポケモンかな? でも、彼らは腕輪のこともあって、ウェインくんが色違いだと気づいていなかったように見えたけど……。
 疑問を抱いていると、ゼフィールさんは「あまり想像したくないことですが……」と言葉を続ける。
「あの時、お客様達は自然に帰られたように見えましたが、ワタシの対応やエミリオさん達の表情にどこか引っかかりを覚えたのかもしれません。ティナさんは前からワタシの腕輪に興味を抱いていましたし、腕輪に秘密があると気付いていた可能性があります」
 腕輪に気づかれていた、という可能性にイツキさんやエミリオ達の顔から腕輪に対する安心が抜け落ちていくのがわかる。それだと、腕輪をしていても意味がないに等しいことになってしまう……。
「サリーさんの話だと腕輪が破壊されていたと言いますし、これはもう気付かれていると考えていいでしょう。タイミングよくサリーさん達の前に現れたのは、警察の中にいるエスパーポケモンが疑似千里眼でずっと監視していた、と考える以外ないかと……」
 ゼフィールさんの言葉に、氷タイプであるはずのボクの背筋がどんどんと冷たくなっていく。彼の言葉が真実だとすると、今この状況もティナさん達に視られている、ということになるわけで……。
 同じことに気が付いたらしいイツキさんが、青い顔で口を開こうとする。でも、その口から言葉が紡がれることはなかった。
 衝撃波と共にカフェの壁が脆くも崩れ去り、店内の物が形をなくしていく。壁が壊れたことで発生した煙のようなものにせき込んでいると、やけに楽しげな女性の声が耳に入ってきた。

「ふふっ、また会えたわね?」

 煙のせいで姿はよく見えないけど、時々視界にぼんやりと入ってくる特徴的な大あごから、声の主はクチートであることがわかった。シルエットの一部がクチートらしくないことから、服を着ているのかもしれない。
 服を着たクチートで「また会えた」ということは――、壁を壊したのはティナさんか。クチートの力だけで店内を酷い有様にはできないと思うから、仲間も一緒に来ているに違いない。前回は何もできなかったけど、今回は何としても止めないと!
 ボクが口元に冷気を溜め始めると、強風と共にディアナの叫び声が聞こえた。煙が晴れてよくなった視界には、爪をぼんやりと輝かせたザングースとぐったりと倒れるディアナの姿が映る。
 ザングースがディアナに技をしかけたのは間違いない。それも、ディアナの反応とザングースが覚える技を考える限り、使ったのは恐らくシザークロス! ザングースは警察らしいけど、警察がこんなことをしていいものなの!? ティナさんとの関係もそうだけど、こんなの間違っている!!
 十分に溜まった冷気をザングースに放とうとした時、首に激しい衝撃を痛みが走る。何の技かはわからないけど、誰かから攻撃を貰ってしまったらしい。ボクは悔しさからギリリと歯ぎしりをすると、あっけないほど簡単に意識を手放してしまった。

*****

「……?」
 痛みを訴える首と共に目を覚ますと、そこは冷たい金属でできた牢屋だった。周りを見ても、牢屋に入れられているのはボクだけ。あまり考えたくないことだけど、ボクがこうして捕まっているということは、他の皆も似たような目に遭ったはず。
 皆は一体どこに捕まっているのだろう……? 鉄格子越しに見える光景からでは、その姿を確認することはできない。わかるのは、この牢屋が暗い場所にあるということくらいだろう。
 ここからどうやって脱出しようか。氷技で凍らせたとしても、それで壊れるとは思えない。恐らくある程度のコーティングか何かはしているはずだ。そうでもしない限り、牢屋は牢屋として機能しないだろうし。
 あれこれ考えていると、突然外の照明が一斉に付き始めた。光が発生したことにより、牢屋越しの景色がハッキリと見えるようになる。目に突き刺さるような威力を持って飛び込んできた光景は、ティナさんが「悪い」研究者なのを笑えるほどよく表していた。
 ずらりと並ぶ物達の中に見知った顔を見つけ、思わず声をかける。
「イツキさん!!」
 声は届くのか、イツキさんはボクの方を見て「壁」をガンと叩くと擦り切れそうな叫びをあげた。

「サリー、お前だけでも逃げてくれ! このままじゃ、俺達全員ティナに『研究』されることになる!!」

 その叫びがボクの耳に届いた直後、誰かがこちらに向かう足音が聞こえてきた。

 続く

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