風の愛し子と捜し人(伊月視点)

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読了時間目安:14分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 この世界に来てから初めて訪れた町、宵闇の町は一言で表すと最悪な場所だった。皆、俺達の目や体の色を見るなり嫌そうな顔をしたり、話しかけても無視したりする。凍てつく洞窟での体験からある程度は覚悟していたとはいえ、ここまでとは思わずかなり堪える。
 更になぜか警察からも目を付けられ、情報収集は困難を極めていた。俺はカラコンを付けて見た目を誤魔化せばどうにかなるのではないかと思ったが、アランに一刀両断された。悔しいが、彼ら視点で見ればそうに違いない。
 本当に方法が見つからず、俺が頭を抱えようと思った時、白衣を着たクチートに声をかけられた。

「あれ、あなた達どうしたの――って、色違いと改造!? 何でここにいるの? こんな町の外れにまで来るのなら、さっさと立ち去った方があなた達のためだと思うけど……」

 ディアナは立ち位置から姿が見えなかったらしく、首を動かしてクチートの姿を確認する。その結果俺からは顔が見えず、どんな表情をしているのかわからない。恐らくクチートの分析をしているとは思うが、俺はエスパーじゃないからな……。
 クチートが何者なのかはともかく、俺達を見ても嫌な顔一つしないポケモンに出会えたのはかなりラッキーだ。この町でのデュークさんのような存在がいれば、情報収集がぐっと楽になる。
「あ、あの俺達は――」
 このチャンスを逃すわけにはいかない。そう思い、俺はこれまでの状況を話し始めた。ディアナも希望を見出したのか、口元が緩んでいる気がする。この町に来て、やっと俺達にとっていい風が吹き始めたみたいだ。
 あ、そういえばクチートの名前をまだ聞いていなかったな。口を動かしながら頭の片隅でそう思った時、クチートが笑顔で言った。

「あら、結構来るのが早かったわね。ああ、言い忘れていたわ。私はこの町で色違いや改造を研究しているティナ。少し前に町のヒトから色違いと改造がいたと聞いて、探していたのよ。私、警察とも仲がいいから、ちょっとだけ協力して貰っていたの」

 え、と声にならない言葉が口を通り過ぎる。どういう意味だ。そう問いかけようとした時、俺は初めてクチート……ティナの後ろから多くのポケモンがこちらに向かってきていることに気が付いた。
 ティナは、彼女は俺達の味方じゃなかった。それどころか、今すぐにでも逃げなければならないほど厄介な「敵」だった。その事実が俺の頭を揺さぶり、なぜ無条件に信用してしまったのかと己を責める刃を突きつける。
「……ハッ、たった三匹に対してあれだけの数を用意するなんて、キミは相手をいたぶる趣味でも持っているのかい? そうだとしたら今すぐ趣味を見直すことをおススメするよ」
 アランがティナに向って棘の生えた言葉を投げかける。だが、ティナはその棘に傷つくそぶりも見せずに倍以上の棘を放ってきた。
「確かに、『普通のポケモン』にだったらもう少し数を考えるわ。でも、あなた達は色違いや改造。色違いであるあなたやその彼女はわからないけれど、そこの彼は目以外も改造されている可能性が高い。――どんな力を持っているかもわからないやつに少数で挑むヒトはいないでしょ?」
 体が反射的に震える。ティナの言葉で思い出されたのは、凍てつく洞窟で投げかけられた言葉の数々。時間が経って、この町で散々な反応をされて、もう慣れたと思っていた。
 それなのに。

『リーフィアのくせに炎タイプの技を使うなんて、頭がおかしい』
『やはり色違いや改造は自分達とは違う存在だ。同じ姿をしたポケモンがいるだなんて、そのポケモンが可哀想だ』
『なぜアルセウス様はこのような化け物達を生み出したのか……。理解に苦しむな』

 あの声なき悪意が。視線が。俺が悪いのだと、俺のせいでこうなったのだと訴えかける。頭の中で延々と繰り返される悪意に、いつの間にか俺の口から言葉が零れ落ちていた。
「……俺の、せい?」
 小刻みに震え、触れたものならすぐに消えてしまいそうな自分の声。そんな声を素早く拾ったらしいアランが嗤い、俺も素早く反論する。だが、アランの言うことも一理あるのが現実だ。ただ自分の不幸を嘆いているだけでは、何も進めない。
 この絶望的な状況を何とかしなくては、と視線を彷徨わせていると、明らかに敵ではない。だが味方でもない――というか何なのかよくわからないモノを見つけ、思わず叫んだ。

「な、何だあれ!?」



 嵐のような展開にしばらくポカンとしていた俺達だったが、ゼフィールが出してくれたコーヒーを飲んで落ち着くとようやく状況を掴めてきた。
「それで、どうしてわたし達を助けてくれたのですか?」
 コトリとカウンターにマグカップを置いたディアナがゼフィールにそう尋ねる。この体でマグカップなんて使えるのかと最初は疑問だったが、ちゃんと体格に合ったマグカップがあるんだよな。デュークさんの家でそれを知った時の衝撃は忘れられない。
「なぜ……ですか。ポケモンを助けるのに、理由など要りますかね?」
 困り顔で微笑むゼフィールに、うっと言葉を詰まらせるディアナ。ティナの件もあって信用に値するかどうかわからないから尋ねたようだが、こうある意味正しく返されては他に意図があるかの判断ができず、続けて尋ねることもできない。といったところか。いや、俺が分析してどうする。
「そういえば、さっき『間に合ってよかった』って言っていたよね。言葉をそのまま受け取ると僕達が危ないことを知っていたみたいだけど、どこから情報を得たんだい?」
 アランの質問に俺も確かに、となり改めてゼフィールの顔を見る。視界の端に映るディアナはそのことにも疑問を抱いていたようだが、タイミングを逃したのか開きかけた口を閉じていた。
 ということは、あの反応をされても続けて尋ねる気だったのか。俺が分析した半分が崩れたな。逆に分析した全てが当たっていたら自分としては恐ろしいから、それでちょうどいいかもしれないが。
 ゼフィールはアランの質問にやはり困り顔で微笑むと、信じて貰えないかもしれませんが……と前置きをしてから言葉を続けた。
「実は数分前、警察の関係者と見られるお客様がご友人と話しているのを聞いたのです。ティナさんがあなた達を捕まえようとしていることなど、色々ね。それでお客様が帰られてから急いで店に札をかけ、そちらに駆け付けたというわけです」
 なるほど。そういうことだったのか。納得して頷きかけた時、俺はゼフィールの言葉にある違和感に気が付いてしまう。それは彼が前置きしていた言葉通り、とても信じられないようなものだった。
「ちょ、ちょっと待て。だとすると、お前は『そのことを知った直後に』あそこに来たというのか? カフェが町のどこにあるかは知らないけど、町からあの場所まで行くにはどう頑張ってもそれなりの時間がかかる! もしお前が真実を話しているのだとしたら、お前は『ほとんど時間をかけずに』来たということになる。一体どうやって――」
 それを実現したというんだ。その言葉が口から飛び出す前に、俺の脳裏に一つの可能性がよぎる。ディアナやアランも同じようなことを考えたらしく、どこか信じられないものを見るような目をゼフィールに向けている。
 俺達の視線を受けたゼフィールは困りながらではなくただ純粋に微笑むと、首をゆっくりと横に振った。
「いいえ。ワタシは『改造』ではありません。……ただの、生まれつき足が速すぎるゾロアークですよ」
 改造ではない。ゼフィールが放った言葉は俺達に先ほどとは違う衝撃を与え、新たな混乱を招いた。
「か、改造じゃないだって!? 本来の能力でそんな速さを出せるだなんて……やっぱりすぐには信じられないな」
「ええ。これは今までの分析結果から大きく外れる、とても珍しいケースね。もし本当に生まれつきなのだとしたら、一体何があったと言うの……?」
 驚きから言葉も出ない俺とは違い、アランやディアナはそれぞれの反応を見せていた。彼らの言葉を聞いてゼフィールも苦笑いを零す。
「他の皆さんにも大抵最初は驚かれ、疑われ、酷い時は心読術に長けた方に同席されたこともありますよ……」
 見た目でわかる色違いとは違い、改造は見た目では判断できないこともあるからな。そうじゃないと証明するのはなかなか骨が折れることだろう。確かゼフィールって西風の神様の名前でもあった気がするし、風の愛し子ってやつか?
「ゼフィールは何で俺達を助けてくれたんだ? いや、これだとディアナが言ったのと同じか。何で、ゼフィールは俺達を忌み嫌わない? 普通に話してくれるし、ティナの関係者というわけでもなさそうだし」
 この質問にゼフィールは眉をピクリと動かすと、辛そうな表情で天井を見上げた。

「ワタシは、ティナさんがやっている研究がどうも好きではないのです。かなり前のことになりますが、青い目のキルリアが偶然この町に迷い込んで来ました。しかし、ワタシがその噂を聞いた時には既に彼女の研究によって儚くなってしまったのです……!
 それだけではなく、同じように町に迷い込んできた色違いのザングースも彼女は研究して儚くしてしまった! この方々以外にも、多くの、多くの命が彼女の研究のせいで散っていった! ワタシは、それが許せない……!!」

 怒りからか、ガンと力強く拳をカウンターに叩きつける。振動からディアナが置いたカップとまだ中身が残っている俺とアランのカップが揺れた。僅かに波打つ中身に視線を落としながら、彼がいいヒトであることを心より実感する。
 そして、今の発言でティナがどれほどの悪党なのかを知ることができた。本当に色違いや改造について研究しているのならいい。だが、仮に違いなどについて調べるにしても命を奪うのはさすがにやりすぎだ。
 あっちは必要犠牲だと言うかもしれないが、俺には対象になったやつらをただ消しているようにしか受け取れない。アラン達もそう思ったのか、それぞれ顔を歪めたり今はカーテンを下ろされた窓の向こうを睨んだりしている。
 ゼフィールは俺達の前で少し乱暴な行動を取ったのが恥ずかしくなったのか、ポリポリと頬を掻きながらそういえば、と口を開く。
「少し前にこちらに来て頂いたお客様に『イツキ』と『アラン』もしくは『シャール』というリーフィア、『ディアナ』というブラッキーが来ていないかと尋ねられましたが……」
 一旦言葉を切ると、ゼフィールは何かを確認するかのように俺達の顔や体を見つめる。
「あなた方のことですよね? 先ほど自己紹介も済ませましたし」
 思いもよらない問いかけに、誰かがヒュッと息を飲む音が聞こえた。誰なのかは確認できなかったが、もしかすると俺だったのかもしれない。
「い、一体誰がそんなことを……?」
 ディアナが若干震える声でそう絞り出す。さすがのディアナもこの町で自分達を探す存在がいるとは思わなかったのだろう。実のところ、俺もかなり驚いている。探す側に回ることは考えても、探される側に回るとは考えていないからな。
 ゼフィールはディアナの声が震えていることに気づいたのか、「あなた方のことをよく知っていらしたので、ご知り合いかと思いますよ」と優しく微笑むと二階に伸びる階段に視線を向けた。
 知り合いという言葉で頭をよぎるのは、結果的に村に残ってしまったアイツらの顔だ。確かにアイツらなら俺達のことを知っているし、探す理由にもなる。デュークさんに聞いて俺達と合流するために来たのかもしれない。
 だが、クレアはどうなったのだろうか。あの様子を思い出すとそんなに早く来てくれるとは考えにくいが……。デュークさんの言うように、何だかんだいいつつ来てくれたパターンなのか?
 様々なことを頭に巡らせていると、これまでの会話を聞いていたのか空気を読んで降りる機会を窺っていたのか、複数の足音が上から響いた。賑やかなステップが止むと共に、異なる大きさの影が地面に足をつける。

「イツキ、大丈夫だった!?」
「すきを見て、ぼくも来ちゃった!」
「ごめんなさい。ボクが目を離していたせいで、ウェインくんも……」

 二階から降りてきたポケモン達は、それぞれ違う表情でそんな言葉を俺達に投げかける。本来であれば早い再開を喜び、これまでの情報交換をするべきだろう。
 しかし、俺達から飛び出した言葉はこんなものだった。

「え~と、サリーはともかく他の二匹は誰だ?」
「サリー以外は、ちょっと記憶にないのだけど……」
「フン。声だけは彼らと同じだけど、姿は欺けていないみたいだね? 一体どういう目的で僕達を探していたんだい? サリー以外の偽者さん」

 彼らにとっては予想外であろう言葉に当人達は目を丸くし、状況が呑み込めないらしいゼフィールはただ俺達と相手の顔を見比べている。ゼフィールは知らなかったから何も疑問に思わなかったのだろう。
 だが、俺達は知っている。アイツらの目の、体の色を。

「もし本人だと言うのなら……何でお前らも『普通』なんだ?」

 俺達の目に映るポケモン――シャワーズ、イーブイ、グレイシアの姿は、どれもこの世界では珍しくない普通の色をしていた。

 続く

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